鎮魂歌_第17話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:26:50

キラの訓練の終了を見計らい、ザフィーラがトレーニングルームに入ってくる。
広大と言えるような巨大な訓練室で、立っていたのはリーゼロッテ1人。

「お、ザッフィー」
「終わった、のか?」

訝しそうにザフィーラが尋ねれば、ロッテが頷いた。

「終わったよ」
「……キラ=ヤマトはどうした?」
「あっこ」

ロッテが指さす方向に視線を回せば、ザフィーラが目の当たりにしたものはボロ雑巾のようにボッコボコにされて転がされ、ピクリとも動かない機動戦士ガンダムSEEDの主人公。
死人より死んでいる。

「ほら、鉄は熱いうちに打てって言うし?」
「………」

正直、身内がとんでもない危険にさらされている中で「記憶」と叫んで事件に乱入してきたキラ=ヤマトにザフィーラは悪印象しかない。
それが今日、少しだけ応援したくなってしまった。

「それじゃ、空いたし使っていいよ」
「待て」

片足を掴んでキラを引きずろうとするロッテに、ザフィーラは制止をかける。

「少し付き合ってもらいたい」
「ん~、御誘いかにゃ~」

ねっとりとした蠱惑的な笑顔で唇を舐め、ロッテはいったんキラを置いておき、ザフィーラへと身を摺り寄せた。

『ヤマト君はどうもデバイスと相性が悪いな』
『うーん処理のほとんど自分でしなきゃならないけど、これはもうデバイスなしで鍛えるのが良いんじゃない?』
『そのようだ。やれやれ、こんな所で君たちを呼んだメリットになるとはな』

キラ=ヤマトはデバイスとあわない。
訓練を開始してすぐに判明したのがその事実だった。

使える事には使えるのだが、訓練中、明らかに使っていない方が動きが鋭い。
ほとんどの魔導師がデバイスに防御や飛行を任せるのに対し、キラの場合自分でそれらを処理をしたがる傾向がある。
それならばとそれほどデバイスに頼らぬリーゼ姉妹はそのままキラを鍛練し始めた。
デバイスなしの場合、ほとんど自分の肉体を強化して近接で戦う者が多い。
だが、稀有な事にキラは魔力を強く放出できる性質ゆえどの距離でも戦えるようだ。
ミッドチルダの術とかなり相性が良い。

トリガーアクションによる赤い魔力のビームと、高出力での赤い魔力のサーベルがキラの武器なのは変わらないが、今では一発一発に凝縮した魔力を込められるようになっており、段違いの威力が実現している。
アリアと、ヒマを見て一度だけ顔を出してくれたなのはの教えで魔力の扱いがどんどん上手くなっていた。

問題は、経験だった。
眼はいい、頭はいい、勘もいい。
そして軍人として通用するほどの体の頑丈さなのだが、経験がない。
空戦や戦争の経験があっても、魔法戦の経験が、ないのだ。
と、言うわけで実際に殴る蹴るの戦闘訓練が特に多いロッテを相手にすると、もうホンマ可哀そうなぐらいズタズタにされるのだった。

(あ…何か前にもこんな事あったような……)

砂浜。
走る。
夕焼け。
ばてて。
片目に傷を負った誰かが笑っていた。

――ザフトのしごきに耐えられるかな?

(耐えます。自分で積み重ねた高さの尊さが、ラウ=ル=クルーゼにありましたから……僕も…僕だって)

――今日はここまでにしようか

(まだやれます……)

――俺はひとあし先に戻ってコーヒーでも淹れておいてやろう

(……はい)

今と、似たような状況。

ロッテにボロボロにされたように、誰かに自分から頼んで鍛えてもらった記憶。
誰だ?
名前は?

バルト――――

そこで目が覚めた。

(あれ……? 今、何か思い出したような……)

ぼんやりと今見た夢、記憶の断片を思い出そうとしたキラだが、仰向けのままの彼の目に飛び込んできたものに心を奪われてしまう。
それはデバイスがなくともこれほどの事が出来るのかと思わせられる戦い。
ほとんど全力のロッテとザフィーラの戦闘訓練に、キラは魅入った。
せっかく思い出した記憶のかけらも忘れ去り、ただその戦いに魅入った。
ロッテとザフィーラに芽生えたのは憧憬か、嫉妬か。

(僕も……僕だって……)

また意識が落ちていく。
獣たちの戦いを目に焼きつけながら。

まだ痛む体を引きずりながら、キラがやってきたのは無限書庫。
最古から最新まで、数多の知識は発展途上のキラの大きな助けとなる。
ロッテとクロノは口をそろえて「習うより慣れろ」と訓練ではとにかくキラを戦わせるが、アリアの場合はここでの書物を用いた授業になる事が何度かあった。

「あ、ユーノ君、これ返しに来たよ」
「ヤマトさん、お疲れ様。それじゃ、次のメニューに必要なのはこっちとこっちですから」

なので、随分とユーノの世話になっている。
話が通っているので、次のアリアの授業までに必要な予習教本は毎度毎度ユーノから受け取っているのだ。

「大変ですね。こんなに根詰めて大丈夫ですか?」
「うん、健康なのが取り得みたい。最近、自分で自分の体が頑丈な事、分かってきたんだ。それに……」
「それに?」
「空、飛ぶの好きみたいなんだ、僕」

照れを交えて苦笑するキラに、ユーノはなのはを思い出す。
空が似合う、女の子。
ユーノは飛んでいるキラを見ていないが、空が似合いそうな気はする。

「なのはから、聞いてます。暇があるとぼーっと空を見てたって」
「そ、そうだっけ……」

ますます照れて赤くなるキラが、なのはの師事を得ている事は初対面の折に語りに語った事だ。
アリアからユーノを紹介してもらっての第一声が『あ、なのはちゃんの魔法の先生の!』である。
以降、キラは師匠の師匠に対して良好な親交関係だ。

「アリサからも聞いていますよ。食事中もしょっちゅう空を見てたって」
「!」
「そうそう、ザフィーラも空を飛ぶのは上手い方だって言ってましたよ」

真上から降ってきたその声と声に、思わずドキリとする。
見上げれば、上層からいくつかの本を抱えた女の子と、女性。
フェイトとシャマルだ。

「フェ、フェイトちゃん……あの、アリサちゃん、元気?」
「ちょっと怒ってました」
「………」
「ふふ、だから早く「ただいま」を言いに帰らなきゃダメですね」

ピンク色のリボンでくくった髪が揺れた。
やはりフェイトとも、なのはという接点からキラは気軽に話が出来るような間柄になってこれた。
話と言っても、現在のクルーゼやトライア、リリィ、シグナムとヴィータといった捜査や仕事の内容ばかりだ。
だが、そんな殺伐とした会話の合間に、学校の事や家族の事を話す時のフェイトはどこまでも可憐で普通の女の子を感じさせた。

「まぁ、女の子を待たせてるんですか、ヤマトさんってば」
「ち、違います……!」
「でもアリサちゃんみたいな気の強い子だと、ヤマトさんと結構……」
「あ、わたしもそう思う」

そしてシャマルとは、トレーニングルームにてザフィーラとセットで出会う率が多く、寡黙なザフィーラに代わって会話をしているといった成り行きだ。

実を言うと、当初シャマルはキラに悪印象しかなかった。
身内が(以下略
だが何度も顔を合わせ、クロノやリーゼ姉妹から話を聞いたり、トレーニングルームでのひたむきな姿を見てるうち、そういった気持も薄れていった。
なんだかんだ言って、参謀役のこのシャマルと言う人格は情にもろいのだ。

ただし悪感情は薄れているだけ、実ははやてが沈んでいる現状に情けなさや憤りを感じた時その憂さ晴らしに、
トレーニングルームでクロノやロッテにズタボロにされてるキラに「あ、ヤマトさん、ボロボロですね。治して上げますよ!」
→「よし、じゃ、訓練の続きをしようか」→キラボロボロ→「大丈夫です! 治しますから!」
→「よし、じゃ、訓練の続きをしようか」→キラズタボロ→「治す」→「続き」
→ボロ雑巾→…→…→…
といった意地悪をする程度の負の感情がキラに対して残っている。

「そうそう、ユーノ君、ヤマトさん、時間空いてるかしら? フェイトちゃんと、はやてちゃんと一緒に食事しようと思ってたんだけど、お2人もどうかしら」

しかしそんな意地悪も今はなりをひそめているのだから、シャマルは奇麗な笑顔を振りまくばかりだ。

いくらかシャマルと親しくなってから、キラは女の子を紹介された。
はやてだ。
以前クルーゼと接触した時に、血まみれのザフィーラを抱きしめていたのをよく覚えている。
その時から2週間ほど経っているのだが、虚ろに沈んだ雰囲気が拭いきれていなかった。
これでも部屋を出たり人と会ったりしているだけ随分マシになったとシャマルは言う。
マシになったのを機に、シャマルははやてに次々といろいろな人間と食事させたり話し合わせたりする席を設けた。
フェイトやなのはを始め、マリーやレティといった面々とまではやてと触れ合わせている。
ほとんどの人間は、はやてを慰めたり励ましたりして元気づけようとしてくれて、はやても徐々にぎこちなくだが笑顔を返せるようにはなった。
例外的に、レティにはきつめな口調を叩きつけられたが、それはそれではやてに前向きになって欲しいという心底が垣間見えたりもした。

もっとも顕著にはやての様子に変化が見られたのは、グレアムが見舞いに来た時だった。
シュベルトクロイツの修理にグレアムが関わっていると聞いた時、はやては自分もします、と身を乗り出したが、それをグレアムはやんわりと制して、今は心の整理をしておきなさい、と座らせた。
退かないはやてだったが、結局グレアムはシュベルトクロイツの修理にはやてを参加させなかった。

それから何度もグレアムが見舞いに来たが、多くの言葉でやりとりはなかった。
むしろグレアムは黙り、はやても喋らないという時間の方が長かったと思う。
ただ、決まってグレアムが来た後のはやては真剣な表情で考え事をする。
その時のはやてには、悲愴の色はなかった。

「はやてちゃん」

はやての部屋。
ノックをすれば、すぐに返事は返ってきた。
シャマルたちが入室すれば、顔を上げるはやて。うつむいていたのだろう。
元気が満タンなはやてを、キラは見た事がない。
だから、少しでも早くはやてが元気になるようにと、はやてに語るのは居候させてもらっていた時の元気なアリサの話ばかりだった。

キラ=ヤマトの訓練が開始されて半月ほど経った頃合いだろうか。

アースラのブリッジでクロノは渋い顔して、エイミィの手元に備えられているコンソールを眺めていた。
クルーゼやトライアが出現した場所の分布の表示だ。
ここ最近は、特に第97管理外世界とその周辺世界に集中している。
ここ2週間ほど、トライアたちとの接触こそ成せていない管理局側だが、どこに出現してどんな事をしているのかはいくらかモニタリングが出来ている。
相変わらず、文明レベルがない世界ではリリィたちはリンカーコア集めに精を出しているのだが、どうも第97管理外世界、地球では毛色が違っている。
地球以外の場所では、リリィらはクルーゼが現れた時イの一番に、逃げを選択しているのだが、地球ではいくらかの抗戦を交えて時間をかせいだり、ある時はクルーゼを追い払ったりしている。
間違いなく、地球に何かがある。
この2週間、トライアとクルーゼの追いかけっこを眺めていてようやく分かったのが、その程度であった。

「……隠してる、のかな?」
「何を?」
「う~ん、何をと言われると、分らないけどさ」

エイミィの呟きを拾うが、実はクロノも同じ思いだ。
リリィがクルーゼに対して、癇癪を起すように「偽物」と連呼するのだが、地球では特に暴れ方が顕著だ。
トライアなどは上手く立ち回るのだが、リリィの場合は子供が何かを隠しているようにも、見えなくない。

「しかしアースラが衛星軌道上にあるのに、何をどう隠せるって言うんだ?」
「海」
「……」

しばし、クロノが考えに集中する。
エイミィの言うとおり、実は魔力を扱う時に海が隠し場所や隠れ家としてかなり有効だ。
ジュエルシードが海の底に沈んでいた時、正確な場所が分からずにフェイトが無茶したのもこれが大きな要因だ。
海の水深は下手をすると一万メートルなどが有り得るのだから、宇宙などと言う遠方で待機するアースラでは、リリィたちに隠している物があったとして、それを掴めるはずがないだろう。

「……成程な」
「うん、もう一回いろいろと洗いなおしてみるよ」
「苦労をかけるな」
「人手が足りないのはいつものことだしね。そうだ、ヤマト君とかに手伝ってもらえないかな?」

そこでクロノがだんまりを決め込んだ。
難しい顔だ。

「……えと、クロノ君、そんなにダメダメなのかな、ヤマト君って」
「逆だ。戦闘に関してだけ言えば、天才としか言いようがない」

クロノと付き合う限り、エイミィが初めて聞く単語だった。
天才。
はやてにさえ、その呼称をクロノは使わなかったのだからこれにはエイミィも驚いた。
話をする限り、気弱で普通な男の子にしか見えないが、クロノをしてこう言わせれば本物だろう。

「まるで戦うために生まれてきたような奴だ。性格が気弱で臆病な所があるから、好戦的で熱くなる輩より厄介だな」
「そうなの?」
「そう言う奴は後ろも見る。前後を見て戦う奴は、やりづらい」
「それ、クロノ君じゃん」
「そう教えられたからね」
「ふ~ん、つまりヤマト君はクロノ君の課題を順調にこなしてるんだ」
「………」

また、クロノが黙り込む。
『戦える事』
クロノはこれを条件にしたわけだが、実はキラはこの条件をほとんど満たしてしまっている。
もう並の魔導師レベルと遜色ない。
ただ今回の事件のレベルを考えれば、まだキラには荷が重いのは確かだ。
あのシグナムたちを切り抜けられる強さには、才能ではなく時間がいる。
つまり、戦えない、とキラには言える。
クロノはキラを現場に出すつもりなどさらさらないのだった。

しかし、いくらクロノがそう思っていても、キラの面倒を見ているのは、3人だ。

例えばの話をしよう。
クロノではない誰かがキラの訓練を請け負っている時、その人物が「戦えるだろう」と判断した時、キラは現場に出てしまう。
その例え話について、クロノは思いもよらない。
思いもよらなければならないのに。