鎮魂歌_第18話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:27:19

「……ここまでにしようか」
「あ、はい。有難う御座いました」

パタンと、手にした教本を閉じてアリアがまぶたの上から目をもみほぐす。
キラに割り当てられた部屋で、今日は主に理論的な魔法の話を詰める事に消費された。
ロッテやクロノからいたぶられるのに比べれば何とも平和な数時間だったという。

「今のヤマトさんの強さに合わせた理論は、教え切っちゃいましたね」
「そうだね、後はあたしも実戦で教えた方が効率がよさそうだ」

アリアの隣でシャマルが感心げだ。
随分キラと親しくなった彼女は、アリアの授業であればたまに手伝いに来てくれる事がある。

訓練開始からおよそ1カ月が経過している。
ここにきて現段階のキラは頭のみに頼る訓練の終了を告げられた。
正直、こうやってノートをとったり本に目を通したりする授業にキラは安堵があったのだ。
学校のようなアリアの時間は、なんだか懐かしい気がする。
忘れている記憶の中に、学生だった自分がいたのだろうが、こうして机と向き合っているとキラは特にそれが感じられた。
だから、もう少しこんな気持ちを味わっていたいと思う。

「さて、それじゃあたしはデュランダルの所へ行くから、後ははもう自由に過ごしても構わないよ」
「分かりました、それじゃシャマルさん、行きましょうか」
「ええ」

今日も、はやてと昼食の約束をしている。
正確にはシャマルと約束しているのだが、それにはやてが加わるのはもう当然の事になっていた。
シャマルたちが来ると、はやては笑顔をキラとシャマルを迎えるが、天真爛漫なアリサの笑顔をいつも見ていたキラは分かる。
はやての笑顔がまだまだ無理したものである事が。

「今日は早うに終わったんやね、ヤマト君」
「うん、区切りがついたみたいだから今日一日はもう自由にしていいって」
「お、どのへんまでいってるん?」
「えーっと、後は戦闘訓練で直接教えた方が効率がいい……って所まで?」
「全然わからへんよ」

無理をしている笑顔であったとしても、シャマルはかなりホッとしている。
普通の顔で普通の会話ができるのだから。
はやてが数日、引きこもっていた時にはもうどうすれいいのかと焦りに焦ったものだ。

「ザフィーラはどうしたん?」
「そう言えば今日はザフィーラさんを見てないかな。トレーニングルームだと思うよ」
「最近ずっとやねぇ」
「何回かザフィーラさんを見てるけど、デバイスなしであんなに強くなれるものなんだね」
「せやなぁ……」

はやてが小さく頷く。
寂しい思いが胸に込み上げてきたが、キラとシャマルに悟られまいと頑張って笑顔を続けた。

さて、当のザフィーラと言えばキラたちの予想通り、トレーニングルームで1人黙々と自分を磨いていた。
次は、次こそは仕留め損なわぬように、と。

「恐い顔しちゃって」

いつ入ってきたのだろうか。
背後からザフィーラにかけられた声はロッテのものだ。
ウキウキしているというか、ワクワクしているというか、ロッテの様子は嬉しそうな気配に満ちていた。
まるで、新しいおもちゃが手に入った子供のよう。

「ちょうどいい、相手をしてもらいたい」

猛るザフィーラへと、ピンと胸元のペンダントを弾きながらロッテが笑った。

「こっちのセリフなのよねぇ、それ」

双剣のペンダントが、煌いた。

「組み上がってる……?」

マリーの所属ラボでの事。
やってきたアリアが見た物はピッカピカのデュランダルである。
その隣では、むにゃむにゃとコンソールに突っ伏して眠ってしまっているマリー。
彼女の担当していたレヴァンティンは、影も形もないので彼女が仕上げ、ロッテが持っていったのだろう。
そして、マリーがピッチを上げてデュランダルを完成させてくれたようだ。
彼女の眠りの深さが激闘であった事を物語る。

「ありがとう、マリー……」

デュランダルを待機状態のカードにして胸元のポケットへと収めれば、さらりとマリーの髪を撫でてやる。
そして適当に羽織るものをマリーにかぶせ、すぐ隣の部屋で作業中のグレアムを訪れた。
未だ、部品部品に解体されて足りないもの、足りているもの、必要なもの、邪魔なものを調べている最中のシュベルトクロイツとにらめっこをするグレアム。

「やぁ、アリア。デュランダルはもう受け取ったかね?」
「はい。マリーったら、眠ってしまっていたので勝手に拝借しました」
「そうか、随分と頑張っていたようだからね。私も、静かに作業をしよう」

柔和な微笑み。
本局に来て、グレアムは活き活きとしている。
自身で辞職を希望したグレアムだが、管理局の空気が好きなのだろう。

「父様、あの……」
「分かっている。現場には、出て欲しくないのだろう?」
「……はい」

良く分かりましたね、と言わんばかりに目を丸くするアリアに、グレアムは苦笑するばかりだ。

「シャマル君とレティ君にもそう言われてね、まだまだ若いつもりなんだが……」

『現場には出ないで下さい』
出る気満々だったグレアムにそう釘を刺したのはレティだ。
彼女なりの労わりなのか、とにかくグレアムを後方に押しとどめようとさんざんにきつめに言い募る。
いくつかグレアムが傷つく言葉も混じってたりしたが、それだけレティが真剣なのだろうと思いながらグレアムはちょっぴり落ち込んだりしたのだが。

私もまだまだ若いよ、と反論するグレアムと議論はまったくの平行線をたどり、
『じゃあ、私に勝ってから行きなさい!』
と何かよく分らん方向に話は進み、グレアムVSレティの模擬戦が実現。
前線から退いて随分経つが、元々はどちらも戦闘力を買われてのし上がっている。
腕はいくらか錆びついていながらも、その魔法戦技術はやはり特級だった。
見学に来た者たちの度肝を抜きながら、訓練用デバイスを用いて実に1時間に渡る練達同士の模擬戦の末、レティが勝利を収めている。
こうして、グレアムは現場に出る事が許されなくなったのであった。

ちなみに模擬戦後にグレアムを医務室へと連れて行き、レティがじきじきに手当てを施し、
『本当に、絶対現場に出ないで下さいね……心配、なんですから』
と、2人きりの時に洩らしている。
レティはツンデレの素質がとてもあった。

「そうですか……安心しました」
「現場に出ないと約束してしまったからには、仕方ない。私はシュベルトクロイツに全力を注ぐよ」

そんな2人へ、第97管理外世界、地球に現れたリリィを知らせに局員が駆けこんでくるのはもう間もなくだった。

「うッ」

トレーニングルームに入るなり、キラの第一声がそれだった。
はやてと食事を共にした後、残りの時間を飛ぶことに費やそうとしたキラだが、熱い。
トレーニングルームがまるで火を通したように熱いのだ。
たまに視界が揺らめくような箇所さえあり、いったい何があったのかとキラは慎重に中に中に入っていく。

「やあ、ヤマト」
「ロッテさん、こっちに帰ってきてたんですか……それより、どうしたんですか、これ」

額の汗を拭いながら上空から降りてくる先生の手に握られているものにキラは目が行く。
双剣。
それも、飾りっ気のない簡素な造りのものがロッテの両手にそれぞれ握りしめられている。

「ん~、これの練習をちょっとザッフィーに手伝ってもらっててね」

カチン、と剣で剣を叩いて見せた。
なんとも無骨な形で、本当に斬るためだけに造られたような双剣である。
間違いなく、デバイスだ。アームドデバイスであるのを、ひと通りの知識を詰め込んだキラは判別できる。

「アームドデバイス、ですよね。ミッドチルダ魔導師のロッテさんが使えるんですか?」
「ンッフッフッ、これ、借り物でね。持ち主もミッドの魔導師だから、アームドデバイスだけどミッド用に改造してるのよ。」

ロッテがひと振りすれば、物々しい音を立ててカートリッジが舞って双剣は炎を纏う。
陽炎の向こう揺らめくロッテの姿は、キラには妙に大きく見える。

レティにも魔法「少女」な時代があって、強敵と当たった時に発掘したてのこのレヴァンティンを使って勝ったとかなんとか。
後に、カスタマイズを重ね、ほとんどミッド用にしておきながらカートリッジシステムを残したままのこの形に収まったらしい。

「さぁてと、ヤマトちゃん」
「は…はい」

嬉しそうなロッテの表情に、キラはギクリとなる。

「ちょぉっとだけ練習に付き合ってもらうよ」

そして、それから30分と経たず、煙吹きながらボッコボコにされてピクピクと転がされてる焼きキラ一丁。

(……ずいぶんと強くなったね)

しかしながら、ロッテはレヴァンティンを胸元に納めながらそう思う。
少し前まではピクリともせずに気絶していたのに、今では途切れそうな意識をおぼろげに保ちながらピクピクと立とうとしているのだ。
出来たてとはいえレヴァンティンで武装している事を考慮すれば大した進歩である。
また室温の上昇したトレーニングルームで、しばしキラの火傷具合を見ていると(見てるだけで診てるわけではない)、勢いよくシャマルがやってきてはその熱気に顔をしかめる。

「暑……あ、ロッテ!」
「ん~、随分慌てて、どうかした?」
「地球が……地球が!」
「落ち着いて。それは第97管理外世界でいいの?」
「とにかく管制室に……」
「あ、待ったシャマル! この子治してからにしてくんない」

どうにか膝立ちできるようになったボロボロのキラをロッテは指さした。

細分化された管制室の一角。
アースラから映像を回してもらっているディスプレイにロッテとキラが覗きこめば、そこには海上で空中戦闘を繰り広げるリリィとクルーゼの姿があった。
奇妙なのは、その海から顔を出す2つの球だ。

「……立体魔法陣」

そう、クルーゼとリリィの戦いの下、海の中から球状の立体魔法陣が2つ、徐々にその姿を浮上させている。
いや、球というには語弊がある。
縦長のこの丸みはまるで、

「卵みたいだ…」

1つは全高で20メートルほどだろうか、もう半分ほどを海から上がっているのだが、もう1つはまだ海面下でゆっくりとした浮上である。
明らかに、まだ海の中にある卵の方が、巨大だ。
卵の頂点から丸みの広がり方を見れば優に50メートルを超える大きさの卵になるのではないだろうか。

手早くアースラに音声のみの通信を開き、ロッテがマイクに口を近づける。

「リンディちゃん、クロノはどうしてるの?」
『ロッテ? それが、先にトライアとシグナムの魔力を補足してしまって、そちらに向かってしまったのよ。フェイト、アルフを連れて今はシグナムたちと交戦中……地球に戻る余裕がないみたいなのよ』
「アースラの戦闘員全員出てるってことね」
『そうなの』
「オッケー、すぐ行く。エイミィにあの卵の解析急ぐように言ってね」
『ロッテ、解析っていうか、あの卵型の魔法陣が何か分かってるよ。あれの中身が、光の卵が作るゾインビースレイヴかデバイスなんだ』
「成程ね。よし、わかった、詳しい指示は現場で聞く、一旦切るよ」

通信を閉じれば、ロッテはキラに向き直る。
真剣な目だ。

「今から、地球に行く」
「…はい」
「もし、死んでも文句言わないなら、連れてってやるよ」

真剣な眼だ。
本当に、キラを現場で1人の戦士といて扱おうとしている。
だから、キラも真剣に答えた。

「行きます。連れて行って下さい」