鎮魂歌_第19話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:27:53

チカチカとした煌きが海上でいくつも瞬いた。
星のようなそれは、フォトンランサー。
撃ち手はラウ=ル=クルーゼ。
目標は、海中よりその姿現わした巨大な卵型の立体魔法陣である。
だが、それも仮面の魔法少女、リリィ=クアール=ナノーファーにより防がれる。

大きさは20メートルに及ぶだろうか。
呪術的な文字や紋様が卵のような形に絡み合って出来た三次元的なその魔法陣は、静かに淡やかに光を放ち続けている。
完全に海上に出てきたそれだけでも見上げるほどのものであるのに、まだ半分が海面から抜けきっていないもう1つの卵はさらに大きい。
かねてより、リリィたち一行が地球に隠し続けていたのはこの卵である。
本当に、これは卵だ。
光の卵と言うロストロギアがゾンビースレイヴやデバイスを創造する過程は、この卵状の魔法陣の内部で行われているのである。

いくらか、クルーゼもフォトンランサーを命中させているのだが、大きさの割に充実した魔力を緻密に編んで魔法陣としており、まるで卵の形をした要塞のよだった。
だが、クルーゼが卵を発見して現在に至るまでにリリィが攻撃よりも卵の防衛を主として行動している。
ならば間違いなく攻めに意味はあるはずだ。

「グリンガムフォーム」

プレシアの杖が閃けば、先端から伸びていくのは鞭だ。それが、3本。
杖の部位を柄として、先端から3本の鞭が生成されたのである。
クルーゼがそれを振るえば、振るった力のベクトルから考えれば有り得ない軌道を描いて3本の鞭がリリィに降ってくる。
鈍い風切音を伴って空気を切り裂く3本の鞭は、微妙に時間差をつけてリリィの勘を狂わせていた。

「あああああああああぁぁあああああぁあ!! 偽物!! 偽物ぉおお!!」

軽快だったリリィの足並みが乱れていく。
いくらか避けきれなかった鞭を、魔力の爪で切り裂いては難を逃れ、距離を取る。
どちらとも、これまでの戦いでお互いの手の内がかなり分かりあっているのだ。
そうなると、行動に幅をつけているクルーゼが徐々に有利なっていく。

ふと、リリィが背にする卵型魔法陣に変化が起きる。
卵を上下ではさむように、新たな魔法陣が展開されたのだ。記述されたプログラムが何かを、クルーゼは一目で理解する。

「転送魔法……あの卵を逃がすつもりか」
「お前! お前ぇええ!」

だが、どう見てもこの狂乱を絵に描いたようなリリィがした事ではないだろう。
海上に出れば移動するようにプログラムされていたか、あるいはトライアたちの誰かがもうこの近くにいるのか。
注意を戦闘の外にも配りながら、突撃してくるリリィをクルーゼはグリンガムフォームでどうにかしのいでいく。
クルーゼも随分と成長したが、それはリリィも同じだ。
最初は指から強い魔力を爪のように形作るぐらいだったが、今では肘や膝まで魔力の甲で武装するほどの練度になっている。
徐々に体を覆う魔力の甲が広く強くなっており、このままいけばいずれはクルーゼが手を出せないほどになるのが目に見えていた。
だから、仲間が見えず、卵を護る現在が絶好の好機だ。
捕らえるなり殺すなりは、今が最大のチャンスである。

輝き、廻り始めた転送魔法陣へと適当にフォトンランサーを浴びせながら、そのたびに動くリリィの装甲を巧みにグリンガムフォームで削って行く。
クルーゼの狙いは、卵の方だ。
間違いなくここでこの卵を逃せば後に大きな負担になる。
だから、ここで本格的に卵を狙わない。
卵を利用して出来る限りリリィの魔力と体力を削っておく腹積もりである。

(あの巨大を転送するのだ、もう少し時間はあるはず……一つ上を試してみるか)

唐突に、クルーゼが周囲に展開していたしていたフォトンスフィアを杖へと戻す。
攻撃を止めた、とはリリィも思っていないだろう。ここぞとばかりに攻めてくる。
さらに速度が増し、さらに身のこなしが獣じみてきたリリィの手足の爪は依然としてクルーゼが捌ききれるものではない。
ミラージュハイドで一時クルーゼが姿をくらませれば、リリィは即座に卵付近へと戻り、構える。
卵を護衛の対象ならば当然の動きだろう。
しかし、クルーゼが再び姿を現したのは卵から離れた場所である。
その周囲には、フォトンスフィア。
バスケットボール大の大型のフォトンスフィア3基、通常サイズの小型のフォトンスフィア8基による計11基だ。
初めて2ケタのフォトンスフィアを形成、維持するクルーゼに大きな負担がのしかかる。

「い、け、るか……フォトンランサー・ドラグーンシフト……!」

一斉に、飛びかかる11基のフォトンランサーだが、遅い。
敵の動きも、自分の動きも、11基のスフィアの動きも、かなり精密にクルーゼは把握できているが、思いのほか維持と操作に頭を使ってしまい速度を出す余裕がない。

簡単に大型の1基が切り裂かれ、さら小型を3基真っ二つにされた時点で、ようやく今まで通りの速度で制御できるようになる。
余裕が出来れば、大型スフィアから同時多方向に撃ちだされるフォトンランサーは、リリィを狙いながら卵をも狙え、命中させること自体は簡単だ。
だが、いくら命中させてもやや出力が不足していた。
そこで、クルーゼは卵ではなく転送魔法陣の方を射る事にする。
転送魔法陣の方が造りが簡単なのだ。まずは卵をここで停止させておく。
フォトンランサーの攻撃を続けてみれば転送魔法陣に綻びは出来始めているのだが、現状では転送までに破壊するのは難しそうだった。

もう1つの50メートル級の卵も、海面より姿を現わしてしまっている。
これから、こちらのより巨大な方の卵にも転送魔法陣が敷かれるのだろう。

「チッ……」

少し、焦り始めたクルーゼはフォトンランサーのいくつかを卵に集中させた。
そしてこれまで「フォトンランサーに支援してもらいながらリリィを攻撃していた」と言うスタイルを変えて、「転送魔法陣を攻撃するフォトンスフィアをリリィから援護する」にする。

ここで、今のクルーゼは卵を護るリリィと同じ行動をとっているという事になる。
つまり攻撃されやすいのはクルーゼだ。
グリンガムフォームを操り、トリッキーな角度で攻められる有利さはあるが、リリィも再生を繰り返す鞭を切り裂きながら徐々にクルーゼに近づいていく。
自分自身を守るために卵の転送を見送るか、卵の転送を阻止するために自分自身の危険を大きくするか。
そんな考えがよぎったクルーゼの上空から、大きな魔力の波が感じられた。
果敢にクルーゼを攻めていたリリィも敏感にそれに反応、すぐさま卵の方へ戻ろうとするが、間に合わなかった。

「デュランダル! アイスセイバ-・エクスキューションシフト!」
『OK』

天空から雨のように降り注ぐのは冷気を凝縮して出来た魔力の刃。
魔力刃一つ一つを環状魔法陣が取り巻いており、自由落下では実現できない速度で転送魔法陣と卵に突きささる。
簡単に転送魔法陣は消滅、卵にもいくらかのヒビが入りダメージが見て取れる。

リリィが源をたどり上空を睨みつければ、降下してくるのはアリアとザフィーラだ。

「時空管理局だ! 抵抗しなけりゃ、こっちもそれなりの対応はする! どちらも武器を収めな!」
「随分とのんびりしたものだな」
「何だって?」
「アレを見てまだそんな悠長な事を言えるかね?」

クルーゼの視線の先は、大きな卵だ。
海上で静止していたそれに、転送魔法陣が現れている。
明らかに転送を阻止した卵よりも厄介そうな物が入っているだろう、舌打ちをしながらアリアがデュランダルを構えた。

「ザフィーラ、まずは転送を止めるよ」
「……待て、様子がおかしい」

今しがた、アリアによってヒビの入った卵に異変が起こる。
パリパリと、殻がむける様に卵を構成していた魔法陣がほどけていくのだ。
転送されかけていたのを見て急ぎ撃ったが、やりすぎたかと歯を噛みしめるアリアは見た。
卵から突き出る腕、頭、体。
ズルリと、ほどけていく卵型立体魔法陣から這い出てきた――いや、生まれてきたのは、漆黒の人型だ。
20メートル近い大きさのその人型は金属のような装甲で身を鎧い、片腕には身の丈に合った盾を有していた。

「傀儡人形!?」
「モビルスーツだと…!」

アリアとクルーゼの声が重なる。
名詞としてより詳しいニュアンスを含んだクルーゼの声に、ザフィーラは眉を動かした。

「知っているのか?」
「ZGMF-X88S……いや、私の知らない型だ」
「違う。モビルスーツとはなんだ?」
「兵器だよ。本来ならばアレに乗りこんで戦うが……どうやらパイロットは必要なさそうだ」

生まれたばかりのその漆黒の人型は、まるでリリィを護るように独りでに動いている。
金属的であれ海に落下せず、中空を踏んで飛んでいるのを見ると、魔法の産物である事が嫌でも納得させられる。

「あの卵から生まれるのはデバイスかゾンビースレイヴ………っで、ふたを開ければ出てきたのはデバイスでゾンビースレイヴってわけか」
「……複数のリンカーコアを随所に埋めて稼働させているな」
「! じゃあ、まさかあの大きい方の卵は……!」

怖気と寒気が一緒くたに背筋を走る。
20メートルほどの卵から生まれたのが、それに見合った大きさのモビルスーツだ。
ならば、50メートルはあろうという、奥の卵に至ってはどれほどの脅威になるだろう。

気付けばアリアが再びデュランダルに魔力をチャージし、ザフィーラとクルーゼが飛び出していた。
リリィも、黒いモビルスーツにも目をくれない。
目標は大きな卵の転送魔法陣。
しかし、それを止めるためにリリィはここにいるのだ。
健在なフォトンスフィアをさらにいくつか切り裂きながら、リリィがクルーゼの上から急降下してくる。
魔力の爪をかろうじてかわしても、身をひねって襲ってくる足の爪がバリアジャケットを傷つけた。

「偽物! 偽物ぉおお!!」
「クッ……」

さらにその横では、ザフィーラが動きだした黒いモビルスーツからの攻撃を受けている。
頭部に備えられたCIWSより、雨のように魔力の弾丸が降ってくるのだ。
サイズの違いが威力の違い。ディフェンスに定評があるザフィーラとて、この本来ならば牽制目的の弾幕に押されてしまう。

「ザフィーラ!」

さらに、ザフィーラを押し戻した黒いモビルスーツは腰にマウントしていたライフルを構え、立て続けにアリアへと射撃。
銃口から放たれたものはディバインバスターもかくやと言わんばかりの魔力の奔流である。
デュランダルの攻撃シークエンスを強制中止、即座にシールドを張りながら飛びのいた。
連続して射撃されるこのライフルは、なのはのディバインバスターエクステンションよりも狙いが荒く威力も低いが、連射性が高い。
1度足を止めて防御に回れば、立て続けに的にされ、最後は落とされるのが目に見える。

ようやく攻撃が止む頃合い、アリア、ザフィーラ、クルーゼは随分とリリィと黒いモビルスーツに押し戻されてしまっていた。
遠い。
静かに転送プログラムをこなしていく大きな卵に、たどり着けない。

「……どっちが厄介だと思う?」
「黒いモビルスーツだな」
「モビルスーツとやらだ」

アリアの問いに、ザフィーラとクルーゼの答えは間を置かない。
パシッと、デュランダルで掌を叩きながらアリアは頷いた。

「分かったわ、それじゃ、あたしが大きいのをあの黒いのに撃つ。ザフィーラ、クルーゼ、少し時間を稼いで。一発でアレを止め次第、転送魔法陣に一斉攻撃よ」
「一撃でアレを止められるほどの魔法があるのか?」
「ある」

自信を超越し、確信した瞳のアリアに、もうクルーゼは疑わない。

「フォトンランサー・ドラグーンシフト」

減った分を補充し、再び11基のフォトンスフィアを周囲に展開しながらクルーゼがリリィへ飛んだ。
先ほどよりも、負担に感じない。自分向けの魔法なのだ。コツさえつかめばかなり自由に操れる。
ザフィーラは、黒いモビルスーツからアリアを護る位置。
CIWS、ライフル、何であれ防ぐために全力を傾ける。

クル-ゼなりに、リリィを抜いて転送魔法陣を攻めようとするが、合間合間でライフルを撃ちながらCIWSでリリィに加勢をする黒いモビルスーツのせいで上手くいかない。
ザフィーラはと言えば、もはや盾だ。
黒いモビルスーツとアリアを結ぶ直線の間で、一歩も引かずにライフルを防ぎ続けている。
防げる。
防げている。
黒いモビルスーツの連射性は驚異的だが、威力を見れば盾の守護獣を蹴散らせるだけのものではない。
全力のザフィーラを真っ向から倒すのは、おそらくヴィータでも難しい。
それを、即座に理解したのだろうか。
クロイモビルスーツのライフルが止まる。
そして、変わった。
人の形から、獣の形。

(バクゥだと……!)

まるで翼持つ四足歩行動物のよう。
形態へと変じた黒いモビルスーツが、四本の足で空を蹴って駆けた。
背から突き出た2門の砲台から魔力の弾丸をまき散らし、高速でザフィーラに、アリアに接近していく。

「速い……!」

止めるために鋼の軛をいくつも突き刺そうとするが、翼から噴き出る魔力が濃くなるたびに加速して捕らえきれない。
いくつかの鋼の軛が命中する事にはするのだが、装甲を削ぐだけに終わっている。
どうあれ、アリアを護る位置から動かなかったザフィーラと、黒い獣がすれ違う。
翼が、輝いた。
すれ違いざま、溢れる魔力により翼は刃へと変じ、ザフィーラの胴体を2つにするために輝いたのだ。

「ぐぉおおおおお!!」

渾身の障壁を展開して、それと翼の刃が接触。
黒い獣が、一瞬だけ停止した。それだけでも、ザフィーラの防御力が素晴らしいものだと分かる。
が、負けたのはザフィーラ。
障壁を撃ち破られ、翼の刃がザフィーラを切り裂いた。

「ザフィーラ!?」

胴は、つながっている。
ザフィーラに届いた刃は、その運動量だけはほとんどを殺されていたのだろう、派手な胸の裂傷を抑えて、ザフィーラはすぐにアリアの元へと飛ぼうとする。
しかし、黒いモビルスーツの方が速い。
ほとんど即座に、獣から人へと戻った黒いモビルスーツは、腰の柄を抜き放ちざまにアリアへと振るった。
迸る、サーベル。
やはりこれもライフル同様に魔力より形成されたサーベルだ。

(ヤマト君のに……似てる……)

エターナルコフィンを完成させるプロセスを全て放りなげ、アリアは防御魔法陣を形成。
とんでもない衝撃を防御魔法陣ごしに受けながら場違いな考えをしていた。
ビシリと、アリアの防御魔法陣にヒビが入る。
いけない、と直感したその時だ。
肩に、手が置かれる。
誰の手かなんて、すぐに分かった。
アリアの防御魔法陣が、強くなる。
ヒビなんてなかったように、堅牢な魔法陣は結局黒いモビルスーツのサーベルをはじき返してしまう。
攻撃失敗とともに、CIWSから魔力弾丸をたっぷりまき散らして黒いモビルスーツがリリィのサポートに帰っていく。

「遅いわよ、ロッテ」
「ごめんねぇ、その分働くからさ、指示お願い」

リーゼロッテ、キラ=ヤマト参戦。