鎮魂歌_第20話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:28:27

黒いモビルスーツに釘づけになっていた。
そのシルエットも、大きさも、全てが心にひっかかる。

「ガイア」

キラの口に、出た言葉にその場の全員が驚いた。ぽつりと呟いた本人まで驚いているのだ。
クルーゼも黒いモビルスーツがリリィの守護に戻ってきたのを機にアリアたちがいる空域まで後退している。
現状は、作戦タイムとでもいったところか、全員が固まっていたのだ。

「知ってるのか、ヤマト?」
「え……」
「え、じゃない。あの黒いの、知ってるのか?」

ロッテから問い詰められ、曖昧に頷いてみた。
正直、ぽろりと単語が零れたが、正確に記憶に浮かんだわけではない。
だが、知っている。
見た事がある。
あの黒いモビルスーツを。
そう思うと、心臓が強く脈打ち、体が熱くなる。
クルーゼと黒いモビルスーツ。一挙に、自分の記憶にたどり着きうるものが目の前に2つも現れてキラは戸惑い気味だ。

「ヤマトが知ってのなら、クルーゼ、あんたもあれを知ってるのか?」
「私は知らんね」
「……今回の事が終わったら、ヤマトの記憶を含めていろいろと話を聞かせてもらうぞ」
「以前から言っているのだがな、私はあれをどうにか出来た後であればいくらでも、何でも話すさ」

仮面の奥の瞳は、じっとリリィを見つめていた。
いや、もしかすれば転送の魔法を敷かれた卵を見ているのかもしれない。
大きい。
見上げるような大きさの黒いモビルスーツ、ガイアよりもさらにその卵は大きいのだ。

「よし、決まったわ」

そこまで思案顔だったアリアが、ひと声。
まず自分、ザフィーラ、ロッテを順に指さす。

「あたしとロッテ、ザフィーラはあの黒いの……ガイアだっけ? それを叩く。正直、壊せるかどうかは分からないからどうにか動けなくするよ」

ロッテが軽く頷いた。

「クルーゼ、見る限りあんたとリリィは互角だ。あんたがリリィを抑える」

クルーゼは何も返さない。
彼自身、それが妥当だと思っていた。

「っで、ヤマト君」
「はい」
「あんたはあの転送魔法陣を壊してもらう」
「……」

ごくりとキラの喉が鳴る。
壊すこと。単純な任務だ。
だがこの場においてはキラ以外出来る者がいない任務である。

「まず、あたしたちがガイアを抑える。次にヤマト、あんたははクルーゼと一緒に飛ぶんだ。クルーゼが、リリィを抑える隙間を縫って、転送魔法陣に飛びな。それでいいね、クルーゼ」
「構わんよ。君らがあのガイアとやらを抑えられればの話だがな」
「獣出身の使い魔3匹、獣っぽさじゃ負けないわよ」

ロッテが頼もしい笑顔でウィンク。
とりあえず、案は纏まった。正直、この作戦タイムに裂いた時間さえ惜しいほど切迫している。
転送魔法の完成予定時間が不明なのから、敵の応援などいくつも不安要素があるのだ。
だから、

「俺は使い魔では 「行くよ」

スタートはとても簡素で短いものだった。

「あの……」
「何かね」

ロッテたちの後ろを飛ぶキラが、おどおどとと並行するクルーゼに声をかける。
対するクルーゼは冷たいというか、壁を作った応え方だ。

「僕は……あなたを知っています、よね?」

か細く弱い声。
不安だった。
本当に記憶は戻るのか?
本当に思い出せるのか?
クルーゼが記憶の手がかりになり得るのは、間違いない。
それでも、その不安をどうにか誤魔化すように、直視しないように、クルーゼへと言葉をかけた。

「そうだ、私は君を知っている」

やはり抑揚を欠いた声。
キラを見ようともしない。
そんなクルーゼに、キラは不安がさらに大きくなった気がした。
先ほど、今回の事が上手くいけばクルーゼは自分について語ってくれると言った。
喜ぶべき事だ。自分を取り戻せる。この不安がなくなる。
そうであるはずなのに、キラの不安は増していく。
自分の記憶が怖いのか、それともクルーゼが恐いのか、良く分らない。
ただ、不安の増大が気のせいではない。
そう気づいた頃にはもうロッテたちはガイアと接触していた。
ロッテが前衛、ザフィーラが中衛、アリアが後衛の三段だ。
派手な音とロッテの雄叫びがハッキリと耳を叩く。
それを迂回するように卵へと飛べば、リリィが躍り出てくる。
速い。
速いが、狙いはクルーゼだ。
複雑な軌道で空を回り、クルーゼはリリィに対応する。
もう、一直線に飛んでいるのはキラ一人になった。
リリィが躍り出てきた時点で、もうすでに卵に程近かったのだ。キラの魔法が届く距離である。

「よし…! やってやる!」

深く、息を吐く。
大きい。
圧倒されるほどの巨大なその卵に、キラは気圧されてしまう。
それでも、やるしかないのだ。

キラの右手が跳ね上がる。
その手には、何もない。
何もない手で、トリガーを引くアクション。
まるで銃口のような赤い魔法陣が出現、そして紅い閃光が走った。
レッドライフル、とキラ自身で名付けたトリガーアクションによる直射型の魔法は、転送魔法陣へと命中するが、1発でどうとなるものではない。
さらに立て続けに、引き金に力を込める。
やはり、当たる。
だが威力だが足りない。
時間があればこれでいいが、時間がないのだ。

(フルで行かなきゃ……!)

覚悟と気合とともに、眼を見開いた。
ポイントすべき地点を正確にキラの視線が射抜けば、ポツリ、ポツリと周囲に赤い魔法陣が現れる。
キラの肩、腰の高さに2つ、そして構えた両手の合計6つの魔法陣。
昂る魔力を出し惜しみせずに、

「ああああああ!!!」

赤い魔法陣全てに注ぎ、咆哮。両手のトリガーアクションを合図に全力を吐き出した。
肩や腰の高さに備えられた魔法陣が閃けば、あるいは直射型の魔力奔流、あるいは凝縮された魔力弾丸となり迸っていく。
アリアの仮想空間による複数の仮想敵との訓練にて、一斉に複数を攻撃するために編み出したフルバーストだ。
そして、「ライフル1本で複数から抜ける訓練でしょ」と、こずかれてからは封印した禁断の技でもある。
そんな多数へ叩きつけるためのエネルギーたちを、今回は一点に集中。
これで決めるつもり満々だったが、やはり50メートル級を転移させようとする魔法陣である。
効果は見てとれるが、きっちりと編まれた魔法陣相手ではまだ足りない。

「く……もう一度」

大きく力を使うこのフルバーストだが、まだ余力はある。
今再び、構えるキラだが、

「ヤマト!!」

かなりの距離があるロッテの叫び声が耳に届く。
はっと、振り返ればそこには仮面の少女が爪を振り上げていた。

「止めろおお!!」
「うわ!」

腕がかすむような速度で振り下ろされる五本の爪だが、とっさにキラの展開する防御魔法陣に止められる。
いや、止まったわけではない。
緩やかに丸みを帯びたキラの魔法陣に爪が落ちれば、キラは魔法陣を奇妙にひねり、爪をいなしてしまった。

「な……!」

きっちりと受け止められるでもなく、避けられるでもなく、流されるという初めての体験にリリィが驚く声を上げ、一瞬だけ体が泳ぐ。
キラ自身、ここまで上手くいくとは思っていなかった結果である。

レンズ状と言うのが一番近いキラの防御魔法陣は、正面から受け止めるシールドタイプとは扱いが異なる。
普通の平面魔法陣よりももろくなる半面、三次元的に動かす事が出来るのだ。
これを利用し、防御に用いながら攻撃にも使用できるが、キラが学んだ使用法はいなす、受け流すといった捌き方である。
この捌くという防御に才能は要らない。
必要なのは本能だ。
デバイスと力を合わせる魔法使いでは融通が利かない所があるのだが、全てを自分で処理をするキラにとってこういった捌く、流すという行為が良好な選択だった。
そう言った意味では教える先生も本能的な面が強く、キラ自身も生き残る事にはかけては大きな資質があり、かなりマッチしたスタイルのようだ。
よって今回の事も、とっさにリリィの攻撃から逃れようとした本能の成した結果というわけである。

態勢を整えるのを待たず、キラが魔力によるサーベルでリリィを薙ぎ払おうとした瞬間、フォトンランサーが次々にリリィへと飛来した。
崩れた態勢のまま、フォトンランサーを、手甲や脛当てのように身を包む魔力武装で受け、あるいは爪で切り裂くリリィ。
やはり、身のこなしは天性のものを感じさせるしなやかさだ。
怒り心頭がキラでも分かる猛り方でリリィがクルーゼへと飛んだ。いついかなる場合でも、最終的にリリィはクルーゼに対する攻撃性が強く出る。
嵐のようなリリィのヒットアンドアウェイに、キラがホッとするのも束の間。
フォトンランサーを撃ちだしたクルーゼが、異常な苦しみを見せていた。
明らかに、様子がおかしい。
胸を抑え、すがるようにプレシアの杖を握りしめているのが見えた。

「クルーゼさ…!!」

我を忘れて、飛び出そうとした瞬間だ。
胸の奥に、黒い思いが湧く。

助ける必要が、あるのか?

ピシリ、と何かにヒビが入る音が聞こえた気がする。
瞬きの刹那に、キラが瞼の裏に見たのは、割れそうな、種子。

―――――――――――護るから

その種子の向こうから誰かの、声が聞こえた気がする。
誰の声?
知ってる。
けど知らない。

秒にも満たない時間。
砕けそうな種子の隙間からこぼれてくる感情は、まるで憎しみ。

助ける必要が、あるのか?

殺意を以て、高速で爪を突き立てんとするリリィ。
四肢を息も絶え絶えで動かすクルーゼ。

心にあるのは、クルーゼに対する昏い思い。
今のキラが、知らない思い。
知れば、どうなる?
種の向こうに、何がある?

どうせならこのまま見殺しに―――

「できるわけ!! ないじゃないか!!」

キラが飛んだ。

「デュランダル!」
『OK』

氷結の杖を高らかに掲げれば、アリアを中心に寒気が集う。
かき集めた水分を凝固させ自動車ほどの巨大さの氷塊を20ほど仕上げれば、その全てがアリアの頭上に停止。

「アイススマッシュ」

振り下ろされるデュランダルに従って、氷塊は隕石の如くガイアへと殺到。
ガイアに取りついて間接部位への攻撃を続けていたロッテが退避するのとほとんど同時にガイアも飛びのくが、無数の氷塊がボディを叩いた。
どうもガイアはシールドやバリアと言った防御魔法は使わず、装甲のみで戦う。
そんなガイアの装甲だ、こんな氷では突破できないだろう。
だが、無意味でもない。

「ロッテ、ザフィーラ! 左足よ!」

アリアの声よりも速く、ロッテはガイアの左足へと取りついていた。

このガイア、実は装甲が全然均一ではない。
当初、その突撃力と攻撃力にザフィーラさえ舌を巻いていたが、ロッテがしゃにむに動き回ってくれたおかげでその奇妙な事実にたどり着く。
例えば右腕はレヴァンティンで傷つけるのが精一杯でも、左足はアイススマッシュ程度の衝撃で痛んでしまったりするのだ。
未完成か、失敗か。
前者だったのだろう、と孵した張本人と言えるアリアは考えているのだが実際は良く分らない。
攻撃だけを考えれば完成していると言っていいほどに強力で、正直3人だから有利なだけで、2人だと各個がすぐに殺されかねないほどなのだが。

「カートリッジロード! 斬れろぉぉお!!」

ガイアの操る二刀のビームサーベルをザフィーラのサポートを得てかいくぐり、ロッテが吠えた。
右手のレヴァンティンが閃けば、ざっくりとガイアの左足の装甲が裂ける。
露出する装甲の向こうには濃密な魔力の流れと、それを整える電線や血管のようなコードの数々。
そこへ、左手のレヴァティンを突き刺してさらにカートリッジを消費した。

「燃えろ!!」

発火。
あっという間に露出して視認できる部分が黒こげになる。
そして、レヴァンティンから生まれた炎を置き去りにしてロッテが逃げた。

「爆ぜろ!!」

一声。
爆裂。
ガイアの左足膝から下の装甲が派手に砕ける。
バランスを崩すガイアへと、鋼の軛が殺到するも、主リリィに似て野性さえ感じさせる動きでかわし、あるいは両手に握るサーベルで薙ぎ払って逃げてしまう。

「ロボのくせに生意気!」

肩で息をしながらロッテが汗を拭う。
3人中、ロッテが最も動いているのだがまだまだ鋭さは失われていない。
さらに追撃する鋼の軛から逃げるルートに、ロッテが割り込む。
突き出されるガイアのサーベルをレヴァンティン二振りを重ねてブロック、接触の瞬間、カートリッジが舞った。

「爆ぜろ!!」

爆炎。
魔力で構成されたサーベルはかなりが霧散し、なによりガイアの勢いも削げる。
そしてロッテが自爆の爆風に吹き飛ばされながら見たのは、ガイアの左足を串刺した鋼の軛。
爆破した装甲を縫うように突き刺さった鋼の軛に、ガイアが一気に態勢を崩し海に右足を突っ込んでしまう。

「メガスプラッシュ、スタンバイ!」
『OK』

急降下したアリアがデュランダルを海に突っ込んだ。
ガイアが高度を上げようとする寸前、海中の右足に絡むように渦が現れる。
ガイアを海に引き込もうとするその渦は、魔力の渦。徐々に回転を上げながら、渦の中心へと冷気が流れ込んでくる。
飛べず、あがくガイアは抜け出せない。

「メガスプラッシュ!!」

渦の中心より巨大な氷の槍が天へと伸び、ガイアを突き刺した。
左足の爆ぜた装甲から侵入した氷の槍は、ガイアのかなり深い部分まで侵入。そのままガイアを動けなくしてしまった。
ガイアの内部で稼働を担うリンカーコアのいくつかを凍え砕く。

「よし!」
「ロッテ、ザフィーラ!! あたしはこのままガイアを凍らせる!! 2人は卵に!!」

アリアの叫び声に、しかし飛んだのはザフィーラだけだ。
ガイアの足止めに自爆まがいの爆発をしたロッテはやっとアリアの高度まで昇ってきたばかり。
いくらかガイアのライフルに尻尾が焦がされてしまうが、凍えた魔力で内部まで刺し貫いたせいか間違いなく出力が落ちていた。

「チックショ―、爆発強すぎたぁ」

結局アリアと合流、2人でガイアのライフルをしのぎながらデュランダルへと魔力を注ぐ。

飛び散る血しぶきを、もうろうとする意識の中でクルーゼは見た。
痛みはない。リリィの突撃を初撃は防いだ気がする。その、次の一撃はさけようもなかった気がするが、痛みはないのだ。
苦しみのせいかと思ったが、そもそも自分の血でないと理解したのは、リリィ以外にもう1人の人間が目の前にいる事に気づいたからだ。

「キラ……ヤマ、ト…」

徐々に視界が明瞭になって行く。
プレシアの杖から流れ出る光に緩和され、苦しみは退いている。
自分をかばうように、リリィの攻撃を体を張って止めてキラが痛手を受けていた。抑える脇腹から血が溢れている。

「どうしたんですか、クルーゼさん!」
「なんでもない……君は卵を何とかしろ」
「そんな、あんな苦しそうだったのに何でもないはずないじゃないですか!」

キラが言寄るのを無視し、苦しみのせいで霧散してしまったフォトンスフィアを補充、リリィへと発射する。
対するリリィも、キラを無視してフォトンランサーをくぐりクルーゼへと斬り込むばかりだ。
さらに魔力で編んだ長い尾のようなものまでリリィの腰部から生え、それを鞭のように使ってくる。
明らかにクルーゼが操る鞭を意識して編み出した戦闘手段だ。
そんな魔力の尾という一手の追加が完全にリリィを優位に立たせた。
リリィの高速にやっとついていっている状態だったクルーゼでは最後の最後で尾に刻まれる。

「く……」
「クルーゼさん!」
「ヤマト!」

結局、クルーゼを心配して動かなかったキラがフォローに回ろうとすれば、ザフィーラが到着。
リリィへと勢いに乗ったままリリィに掴みかかって行く。
拳から身を翻しざまにリリィは、ザフィーラのざっくりと裂けた胸部の傷に重なるように魔力の尾でさらなる斬撃を加えて逃げた。
傷口に新たに突っ込まれた痛みにザフィーラが呻きながら手をあてる。

「ここはいい、お前は卵へ行け!」
「は、はい!」

叱咤とともに弾かれたようにキラが飛んだ。
歯をきしりながら、もちろんリリィが妨害に空を走るが、

「ゴホッ……行かさんよ」

口元を押さえるクルーゼに塞がれる。

「どけ……どけぇ!」

両手の爪、魔法陣で受け止める、受け止めた瞬間に砕けた――爪は届かない。
両足の爪、グリンガムフォームを絡める、3本の鞭全て切り裂かれた――まだ爪は届いていない。
そして、鞭のように唸ってリリィの尾がクルーゼの顔面へと跳ね上がる――クルーゼは、動けない。
だから、

「ここでリリィ=クアール=ナノーファー、貴様を捕らえる!」

その魔力の尾をザフィーラが叩き落とした。
憎々しげに唇を歪ませるリリィへと、ザフィーラが飛んだ。
まずリリィへと到達するのはフォトンランサー・ドラグーンシフト……と、言っても現状で滑らかに動いているフォトンスフィアは7つに満たない。
軽やかに宙を舞うリリィに、あるいは避けられ、あるいは切り裂かれる。
その合間を縫って、ザフィーラのハンマーパンチが振り下ろされた――空振り。
体を不安定にしたザフィーラへと、尾が刃となってしなる。狙いは首。
だが、その尾もグリンガムフォームに弾き飛ばされあさっての方向へと流れていった。

「縛れ! 鋼の軛!!」

魔法陣から稲妻のように駆ける拘束条。
しかし、遅い。
鋼の軛が突き刺すのはリリィの影ばかりだ。
さらにグリンガムフォームの追撃まで加わり八方攻撃がリリィを襲う。
それでも、それでもなおリリィは避け続けた。

「おぉおお!!」

まるで、業を煮やしたかのよう。
鋼の軛を踏みしめて逃げ続けるリリィへと、クルーゼが突っ込んだ。
片手で3本のグリンガムフォームを操りながら、さらに片方の手で小刻みにフォトンバレッドをリリィへと浴びせていく。
それでも、捕らえきれない。
かすめるし、当たりもするがリリィの足を止めるには至らないのだ。
1時間前のリリィならば、倒せていたようなザフィーラとクルーゼのコンビネーションは現在のリリィに通じない。
それと同じ速度で強くなっていくクルーゼでは、届かないのか。

「く…おおお!!」
「前に出過ぎだ!!」

逃げるリリィを追う形だったクルーゼが、リリィに追い付きかけてしまう。
爪が届く範囲。
リリィが強く空を踏んだ。
反転。
3本の鞭は、すれ違いざまに全て断たれる。
交錯。
プレシアの杖が、2つになる。
クルーゼの左腕、肘から肩にかけて裂傷。
血飛沫。
クルーゼが振り返ろうと身じろぎ。
もうリリィはクルーゼの、背後に戻ってきている。
爪が、振り下ろされ、

「ライトニングバインド」

ない。
深いため息とともにクルーゼが振り返れば、そこには四肢を金色に縛られるリリィ。
爪はもうあと2秒あればクルーゼの頭を叩きわっていた距離。

「ようやく、捕らえ 「後ろだクルーゼ!!」

ザフィーラの声に、反射的に飛びのいたクルーゼの脇に、寒気のするような影が通り過ぎる。
影は、そのままクルーゼを抜いて、リリィへ到達し、

「え」

リリィの胸を貫き、何かを掴んだ手が背中に現れる。
トライアだ。
ずるりと腕を引き抜けば、その手には、小さな小さな、卵。

「シ…」

リリィが消えた。
あっけなく、余韻もなく、光も音も、何もなく、消えてしまう。

「危ない危ない、これを取られるわけにはいかないんでね。ま、緊急処置だったのは間違いないし、これで第二位の所有権をもつ僕が光の卵のマスターだ」

ギュッと、手の中の卵を握りしめれば、トライアの体へと溶けていく。

「トライア!」

間近すぎる間合い、クルーゼの蹴りが叫びとともにトライアへと飛んだ。
その足裏を踏んで大きく逃げながらトライアは笑う。

「あは、いい感じにボロボロじゃない。扱いずらいったらなかったけど、流石マスターに選ばれただけの事はあったんだ、あの娘」
「貴様……」

ザフィーラがトライアをクルーゼと挟む格好に持っていくが、レヴァンティンを構えるトライアへ踏み出せない。
明らかに、光の卵を取り込んで強くなっている。

「君たちを潰すなら、まさに今なんだけどねぇ。夜天の王さまもいない、手駒も消耗してるとなると、割と不利だ、ここは退くよ」
「逃がすと思うか?」
「別に、逃がしてもらおうなんて思っちゃいないけど。あれ見ても、まだそんな事言える?」

トライアが指さす方向、50メートル級の卵、その転送魔法陣。
そう、転送魔法陣は健在だった。
それだけでもキラの身に何かあったのか直感できるが、そこにザフィーラは見た。
キラと、もう1人の少女を。

「ヴィータ!」
「油断大敵、ってね」

丁度、ヴィータがキラを海にまで叩き落とす所を目で捉えた瞬間、ザフィーラは背後からの熱気に気づいて逃げた。
半面をトライアの方へ戻せば、レヴァンティンから放たれた猛火の熱線。
熱された空気が悲鳴を上げるのを聞きながら飛びのいたザフィーラは、直撃こそ免れるが背が焼ける嫌な匂いを自分でかぐ。
灼熱の痛みを耐えながら向かってくるザフィーラへ、トライアがさらにもう一撃を加えようとして、止めたのが見えた。
クルーゼが動いたのと、クロノ、フェイト、アルフの声が聞こえたのだ。アースラ組が追いついたわけだ。
トライアとヴィータが転送魔法陣の輝きへと身を投じる。
クルーゼ、フェイトが即座に接近し、クロノが砲撃を試みるが卵の頂上付近にいたシグナムの弓のせいで結局誰も何も出来ない。
50メートルほどの巨大が完全に輝きに包まれれば、間をおかずに光の矢となって天へと消えていった。

任務失敗。