鎮魂歌_第22話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:29:53

チカチカとした煌きが海上でいくつも瞬いた。
色は赤と白。情熱と灼熱を混ぜたような赤と、無垢のような汚濁したような白。
赤と白がもう何度目かの交錯。赤い軌跡はとても美しいけど、白には届かない。
反転しては、またぶつかるように赤が飛翔。どんどん、加速していきながら、赤い閃光をまき散らすが、やはり白には当たらない。

「ハッ、デバイスもなしにここまでの魔法を使いこなすとはな。流石、スーパーコーディネイターというわけか」
「なに!?」
「結局、君には戦いしかないのだな」

空気の爆ぜる音。
クルーゼを囲むように、いくつもの雷電の珠が生まれては共に舞う。

「私は負けた、君に、君が守りたいと言った世界にな。それが世界の行きたかった道であるのならば、私は何にも手を出すつもりもなかったのだがね。再び私を殺そうと言うのならば、もういい、君が死ね」
「違う!」

いくつかのフォトンランサーが肩を、足をかすめるほど命中スレスレの軌道。それでも赤い魔力の尾を引いて飛ぶキラは少しずつクルーゼとの間合いを詰めていく。
すれ違いざま、数個のフォトンスフィアへと赤い斬撃を叩きこめば、あっさりと切り裂かれては光の粒子となってさらなる上空へと昇って溶けていった。

「僕は……僕は殺さない!!」

両手に赤い閃き。
二刀の赤い魔力の刃を時間差と緩急をつけてクルーゼへ振るえば、バリアジャケットの表面に切っ先がようやく届いた。
非殺傷設定だ。

「ほう? では私をどうしようと言うのかね」
「生かす!」
「な…に?」
「ぶちのめして、絶対に元の世界で罪を償わせる!!」

キラの脳裏を駆け巡る記憶の津波は、停滞の2年。
ラウ=ル=クルーゼを結局力でねじふせ、多くの言葉を否定できないままに終わった戦いの事実に苦しんだ2年だ。
出来る事、出来ない事、出来なかった事、したかった事、正しい事、正しかった事、間違った事、間違いのない事に苦しんだ2年。
それだけの時間をかけて、ようやくたどり着いた答えは結局、戦い。
それでも、クルーゼの言葉に抗うようにただ生かした。空で、宇宙で、戦場で。立ちはだかる者たちの命を奪わずに、戦った。

存在を否定された存在なんて、有り得ていいはずがない。
誰も死ぬな。
きっと、生きる方が戦いなのだとしか思えなかった。

「傲慢だな。私は死人だ」
「そんな潔さ! 要らない!!」
「殺した君が言う事か!」
「あなたが殺したからだ!」

多角度からのフォトンランサーをあるいは防ぎ、あるいは避けるが、キラのバリアジャケットに蓄積されるダメージは増える一方だった。
レンズ状のシールドを回転させ、攻撃をいなす防御法は体当たり的に突撃する敵に最大の効果がある。
リリィには抜群の効果があったが、フォトンランサーと鞭を駆使するクルーゼには不適当だ。
それでも、そんな不利などキラの頭にはない。
あるのはクルーゼへの燃えるような憎悪と、それがゆっくりと鎮んでいく2年の記憶。
そんな同居するはずがない2つの思いがキラの中で混ざり合い、訳の分からないほど激情でありながら冷静だ。
2年の停滞でたどり着いた、出来なかった事としたかった事、正しい事。それを今、クルーゼへとぶつける。

「死んだのに生きているなら、その命で絶対に世界に償わせる!!」
「あの世界にだと? まだ分かっていないようなだ、キラ君。私などきっかけの一つにすぎんのだよ。必ず、あの世界は別のきっかけに滅びる」
「なんだってあなたはそんな風にしか考えられないんだ!」
「そんな世界だ! 君は実際に見たのだろう? 終わった戦争を再び始らせたブレイク・ザ・ワールドを」
「あれが人の総意じゃない! どうしてもっと暖かい人々の営みに目を向けないんだ!!」
「未来のない出来損ないの私には残酷な言葉だよ、それは!」

三方向からの鞭、そしてフォトンランサーの奇襲。
徐々にキラが攻める時間が短くなり、クルーゼの攻撃が通り始める。
フォトンランサー・ドラグーンシフトには足りない7つだが、キラには十分厄介な数のフォトンスフィアだ。
鞭を防ぎ、フォトンスフィアを切り裂いても、手数が及ばずきついダメージをいくらかもらう。
斬り裂いたフォトンランサーは、やはりさらに上空へ昇って溶けていく。

「未来がないはずが、ない!! 残りの命で、未来を探せよ!! 託せよ!! そんなのは卑屈で、立ち止まって!!」
「約束された未来のある、最高のコーディネイターだから言える言葉だな!!」
「どこが……」

キラが突っ込んだ。
鞭にバリアジャケットと一緒に肌を切り裂かれ、フォトンランサーに右足を焼かれ、前進。

「何が最高だ! エルちゃんの船も救えず、サイの心を傷つけて、トールとニコル君を殺して…最後の最後で結局あなたから助けられなかった……これの……」

なびく赤い髪。
思い出せない顔。

「これのどこが最高のコーディネイターだあああ!!?」

刃の間合いなど関係ない。
辿る記憶から生々しいその日その時その瞬間の感情たちのままクルーゼへと突貫。
振るわれる赤い魔力の刃は単純な軌道。やすやすとクルーゼにかわされるが、それで引き下がらない。
体が傷つくのも厭わずに、とにかくクルーゼに張り付いた。
脚。キックなどという原始的な攻撃に赤い魔力を乗せてクルーゼを腹につま先を突き刺す。
一拍を置いて、クルーゼがその衝撃に吹き飛んだ。

「ぐっ……ふ…」
「与えられた最高なんか……積み重ねる高さに及ばない!! あなたから身をもってそれを知らされた!!」

守れなかった。
それはキラにとって大きな敗北。
出来損ないと自分を嗤う男が、最高に勝つ。例えクルーゼを殺したとしても、結局あのヤキンドゥーエの最終局面、負けたのは、キラだったのだから。

「憎しみが連鎖するものなら……幸福も連鎖するはずじゃないか……なんでその連鎖に命を重ねようとしないんだ!」

また突撃の体制に入るキラだが、止まる。
距離をとったクルーゼの周囲へと展開される11のフォトンスフィア。
フォトンランサー・ドラグーンシフト。

「大した高説だな。大切な人間を殺した相手にそこまで吐けるとは立派なものだ! だが、幸福があって当たり前だと人は思うのだ。そんな思い上がりの果てに歪むのならば!! 命を重ねる意味などない!!」

上下左右前後を埋め、補い合うフォトンスフィアに逃れる術は今のキラにない。
どう動いても必ず命中してしまうのだ。
だから、

「そんな悲観!! もっと意味がないだろおおおお!!」

キラの周囲に赤が揺らめく。
全力全開。
ありったけの魔力を放てば、その赤が形作るのは鳥の形。
大きな巨きな、赤い鳥。

「うああああああああああああ!!!」

いつか空に放り出された時の緊急処置とは比較にならないほどに練り上げられた魔力の巨鳥。
まるで不死鳥のように翼を広げれば、優に8メートルを超えようという大きさだ。
いくつものフォトンランサーが火を噴くが、赤い不死鳥に包まれキラには届かない。
真っ赤な翼が羽ばたけば、強烈な魔力に当てられたフォトンスフィが次々と砕けて散る。散っていった光の粒子が天へ昇るその情景は、赤い不死鳥と相まって幻想的でさえあった。

「チィ…!!」

急遽、クルーゼは残りのフォトンスフィアも上空へと最高速度で飛し、一定の高さで霧散。
戦闘空域を超えた上空には、開戦から現在まで破壊されたフォトンスフィアの回収可能な魔力が漂っている場所がある。
プレシアの杖を掲げれば、天空に魔法陣を展開。上空を漂う魔力は現れた巨大魔法陣へ収束。その様は、まるで星が集うよう。
コンセプトはほぼスターライトブレイカーと同等の魔法。それにプレシアの得意とする雷の特性を加えた魔法だ。

赤い翼が1つ、ひるがえれば灼熱の風が巻き起こる。
雄大な不死鳥が、飛翔。

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

不死鳥がクルーゼへと羽ばたいた。
突っ込むつもりだ。これほどの魔力の塊、人間サイズが飲み込まれれば莫大な魔力を削られるだろう。
速い。
速いが、

「単純だ」

プレシアの杖が、振り下ろされた。
神意という名の魔法。

「プロヴィデンス!!」

轟と、強烈な稲光。
天空で凝縮に凝縮を重ねたクルーゼの魔力が今、雷の形でキラへと降った。
狙いは正確。
赤い不死鳥が、天を裂く稲妻に切り裂かれる。

「うわああああああああああああ!!!」

衝撃。
だがキラに痛みはない。ただ視界が白いばかり。
そこでキラが見るのは記憶。
もう自分でもはっきり分かる。
これが記憶を失う直前の記憶である事が。

白い、まっ白い景色。
全周囲のモニターに映るそんな世界の向こうから、閃光が幾筋も自分へと走ってくる。
敵だ。その姿は自分のフリーダムに類似していた。ガンダムタイプ、とでも言うべきか。
避けた。防いだ。
反撃。
振動。
ビームライフルがやられた。
そこで敵艦の動きにキラは気づく。カタパルトから新たに武装を射出したのと、艦首砲が出てきた。
あの艦首砲は危険だ。対峙するガンダムから離れる。まずはアークエンジェルを逃がさなければ。カガリを逃がさなければ。
しかしついてくる。
射出された武装から、敵がある物をひっつかみ、投げた。
ビーム。ブーメランだ。
転回。防げた。
バランスを崩す。海に接した。
敵艦の艦首砲が、放たれたのが見える。
いけない。アークエンジェルは?
気を取られた。機体のバランスは崩れたまま。注意はアークエンジェルの安否にそれた。
敵は?
突っ込んでくる。対艦刀。刺す気だ。盾。
貫かれた。機体、腹部。

―――――――爆発。

そこに差し伸べられたのは、手。

無意識にその手をキラは掴む。
ふわりと、赤い髪がなびくのを見た。
優しい笑顔。
柔らかい眼差し。
ささやくように、その人物の紡ぐ言葉が耳に返ってくる。

―――護るから。本当の私の想いが。あなたを護るから。

キラの脳裏で種子が、砕けた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

轟雷に切り裂かれた不死鳥からキラが飛び出す。

「なにぃ!?」

不死鳥の真っ赤な魔力が霧散していくのを遥か後方に置き去りにしながら、キラの背には大小を合わせて都合10枚の蒼い翼。
蒼穹を切り取ったような、魔力の色。
真蒼な環状魔法陣を腕に巻きつけて、飛翔する速度をそのままに、大技に足を止めたクルーゼへと突っ込んだ。
眼の醒めるような美しい天空の色、蒼い魔力が零れる拳がクルーゼの顔面へとめり込んだ。
クルーゼがの体が崩れ、空を落ちていく。

キラはただ茫然と、我を忘れて泣いた。溢れる涙をぬぐう事もできず。悲しくて、嬉しくて、温かくて。

「フレイ……」

胸に手を当てれば、感じられるのはリンカーコア。
呟くのはこのリンカーコアの本当の持ち主の名。
思い出したくて仕方なかった名前。
思い出したくなかった名前。
守れなかったのに、護られていた事が、情けなくて、悲しくて、切なくて、キラはただ泣いた。

「フレイ……!!」