鎮魂歌_第23話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 19:31:01

「核をばらまいた張本人に戦場に乱入するテロリスト…………とんでもない経歴ね」

エイミィの操作するディスプレイから目を落してしばしして、リンディが呻くように零したのはそんな言葉。
分割された画面の中には、顔写真とともにとりあえず集められるだけ集めた2人の履歴が表示されていた。
すなわち、キラ=ヤマトとラウ=ル=クルーゼ。
彼ら2人の生い立ちや軍歴、そして行方不明や状況判断としての死亡に至るまでの流れである。
グレムア、ロッテ、アリアらのコネで第83管理外世界―――コズミック・イラと歴史を刻む世界へとエージェントを派遣、そこでの調査結果である。
もともとトライアらとの本格的な接触が初めてあっただけに、2日でおおよその経歴といった情報はアースラへと送られてきている。
より詳しく多くの情報と、MSなる世界独特の機動兵器の情報も順を追って入ってくるはずだ。

そう、キラとクルーゼ、この2人の激突からすでに2日が経過していた。
決着の後、すぐにキラは意識を失い、クルーゼもキラに海へ叩き落とされてから意識をなくしていた。
そして、そのままこれだけの時間がすぎているのだ。
どちらも、まだ意識は戻っていない。
双方、本局の方に移されて容体を見ているのだが、キラは死に到り得る高熱に見舞われ、苦げに呻き続けているのだが意識を取り戻さない。
呻き声に混じり、「フレイ」と言う名を聞きとる事が出来たが、それも現在送られてきたエージェントらの情報でようやく何者であるか判明したところだ。

クルーゼの方は、まるで死んだように眠り続けている。
本局での検査結果と来歴とを合わせ、もはや短命のクローンである事は発覚しているのだが、それにしてもこの眠りは深すぎる。

「どうするんです、艦長。2人が起きたら……」
「そうね……」

あらゆるニュアンスを含んだエイミィの言葉に、リンディとてすぐに返事が出来なかった。
問題が難しいすぎる。
何と、現状で意識を失っている2人はどちらも重犯罪人。
どう擁護しても彼らの世界の法で、彼らはほとんど死刑に該当するのだ。
もちろん、ここに魔法の力が絡んでいるだから管理局が処理すべき問題となる。
管理局

管理局としての判断で物を言うのならば、どうにか2人の命は確保できる弁護も可能だろう。
だが、

「話すしかないわ。特にヤマト君……帰れなくなってしまう事も」

どんな結末であれ、現状ではキラがコズミック・イラへ帰り、元通りの生活する事など叶わないのは間違いない。

そもそも、キラの世界に魔法の技術はない。そんな世界に魔法を使用できる者が処置なしに帰れるなどは、2ケタに及ぶ「裏技」でも駆使しない限り無理だろう。
なのはの場合、この「裏技」の数々で魔法を知ったまま管理局に拘束されない生活を謳歌出来ている。
しかしキラの場合は話が違う。
何と言っても、彼は戦争関係者だ。
その事実一つとって、なのはのような温情にあずかる事は不可能。
どうまかり間違えても、魔法の使える者が使えない者たちの戦争に関与してしまう事は認められない。
例えキラがもう戦争に介入しないと、魔法は使わないと叫んだとしても、ここは過去の経歴で判断されるポイントだ。
これはもう、魔法を使えなくなってしまうぐらいしかキラが帰る可能性はなかった。
これより一生、キラは管理局から離れられない生き方しかできまい。

(やっぱりヤマト君は魔法を知らない方が、良かったのかもしれないわね……)
「やっぱりヤマト君は魔法を知らない方が、良かったのかもしれないわね、って顔ですよ、艦長」

リンディの顔ではなくディスプレイに目を向けながら言うのだから大したエイミィだ。
どきりとするリンディに、苦い笑いを向ける。

「今は仕方ないと言うしか、ないですよ。逆にフェイトちゃんみたいになる見込みだってあるじゃないですか」
「それが彼の幸せとは、限らないわ……どちらにせよ、ヤマト君が目を覚まさなきゃ意味のない話ね」

そりゃそうですけど…と口を紡ぐエイミィの向こう、映し出されたキラとクルーゼの顔写真を見ながら、リンディは物憂げな溜息をつく。

あぁ、これは夢だ。
そう思考するキラの目の前には、現実ではない証明のようにフレイがいるのだから。
まるで海の中にいるかのような心地で、キラは懐かしいその少女との邂逅に涙が零す。

「フレイ…」
「キラ…」

大地も空もない、どこでもない空間。
向き合う2人だかはっきりと境界は見えた。死んだ者の世界と、生きる者の世界。
だからフレイを前にしてキラはあと一歩を踏みこめない。超えてはもう、帰れないのが分かるから。

「フレイ……ごめん…」

絞り出す声に、フレイは優しく首を振る。
その一挙一動が、キラには懐かしくて申し訳なくて、うつむいてしまう。

「僕は君を守れなかったのに……」
「泣かないで、キラ。もういいの。もういいのよ」
「良く、ないよ……最初から、最後まで……守りたかった……君を…」
「キラ、もういいの。ニュートロンジャマーキャンセラーを運んだ私だもの……ああなって…」

暗い声。でもそれだけは、キラは認める事が出来るはずがなかった。キラの声が、荒くなる。

「違う!」
「私はずっと自分の命ばかりだった。戦争を終わらせる鍵なんて、考えればどういう物か分かったはずなのに
……冷静で、他の誰かの為の、そうね、例えば死ぬ勇気があの時の私にあれば、きっと核は撃たれなかった」
「それは絶対に違う!! だったら、だったらなんであの人は……今!!」
「あの人は、あの人なりの清算を世界に返すつもりよ……光の卵を、コズミック・イラに孵さないようにと」
「ラウ=ル=クルーゼを肯定するの…?」
「だって、事実だもの。あの人は、苦しかったの。その苦しみから、解放された今、きっと世界を慈しんでいる」

「有り得ない…」
「愛されていないと、思い込んでいたかっただけ。立ち止まれたあの人は、きっと素直な気持ちで世界に向き合っている。そして、私も……あの人も、私も自由だわ」
「君は…君が失われては、仕方ないんだ……ずっと、ずっと守りたいと思ってたのに……守れなくても、それどころか護られていて……その事も忘れて…」
「キラ…」
「僕は……ごめん……フレイ…」
「違うでしょ?」

徐々に、フレイを直視できなくなっていくキラへと降る言葉は優しいものだった。
微笑んでいるのが、見ずとも分かる。
そして、どう答えればいいのか、キラは学んだのだ。
だから、

「フレイ……ありがとう……」
「うん」

顔を上げた。
しっかりと、微笑むフレイを見つめる。目をそらさないで。

「ねぇキラ、私を重しにしないで。どうかあなたの心をそんなに使わないで」
「命は…背負っていくものだろう?」
「違うわ。背負うべき命は、今を生きている命。私の重さは、要らない……私を忘れてとは、言わないわ……だから」

ゆっくりと、フレイが一歩を踏みこんだ。
きっとそこは、死者と生者の挟間。キラの手を、フレイが柔らかくとる。
その掌に、ぬくもり。

「だからせめて、あなたは自由で在って」

キラの手の中には、蒼い宝玉。フレイの想い。

「光の卵に掴まれた時、ほんの少しだけ付いてきた光の卵の力で紡いだ私の精一杯。受け取って」
「うん……」
「死者は見守る事しか出来ない……ルール違反かもしれないけど、私が遺すものはこれで最後。もうここに来るほど消耗しなくても済むように願ってる」
「……あの種子の因子だね?」
「そう。私のリンカーコアをキラの形に整えた因子……無茶な事だわ。炎を素手で好きな形に整える事に等しいのに」
「そっか、僕……死にかけてるんだね」
「そうよ……でも次はきっと、こんな挟間に留まれない。堕ちてしまうわ……だから」
「うん、きっと、使わない。このデバイスだけで、乗りきるよ」

ギュッと、握りしめる蒼い宝玉から鼓動さえ感じる。
それだけで、名前も分かる。理解できる

「行こう、フリーダム」
『All right, Kira』

夢から、醒めていく。
最後に見たフレイの微笑みを目に焼きつけながら。

気付けば、白い部屋。ベッドの上。

「…病室…?」
「あ!」

すぐそばから声。なのはとユーノだ。

「ヤマトさん…よかったぁ……」

ふと、掌に固い感触。開けば、そこにはしっかりと存在するフレイの想いの結晶。フリーダム。

「ヤマトさん……大丈夫?」

不思議そうな顔をするユーノに、キラはゆっくりと微笑んだ。

「そっか、何か不思議な気分だったんだ……」
「?」
「僕のファーストネーム、キラなんだ」

ぎゅっと、フリーダムを握りしめてキラはぎこちなく起き上がる。その表情は、柔らかだった。

あぁ、これは夢だ。
そう思考するクルーゼの目の前には、現実ではない証明のようにクルーゼがいるのだから。
いわゆる、神の視点と言えばいいだろうか。今見いる映像が過去の自分を客観視したものだとクルーゼは浮遊した感覚の中で理解する。

「断る」

それは、光の卵への返答。
フリーダムに貫かれ、気づいた時すでに捕獲されてれてたクルーゼは、光の卵から全てを聞かされ返答に至る。
空も海も地もないどこでもない世界で、クルーゼは気丈に拒否を現す自分を見下ろしていた。

「残念だ」

どこにもいない誰かが、どこからかかける声。
この声が、光の卵の声なのだろう。

「強いリンカーコア持ちが多量に死んで、豊作だと思えばどいつもこいつも逆らいやがる。ならば、お前は、虚数空間で出来損ないのまま朽ちろ」

声の気配が遠ざかる。
クルーゼが、堕ちていく。廃棄され、処分されて放り込まれたのは虚数空間。
絶望は特になかった。生きている頃から絶望に沈んでいたのだ、今更また死ぬ事に抵抗はない。
ただ、光の卵については納得がいかない。死者は死者。死んだ者は、見守る事しか出来ないはずだ。
どうせ自分がダメであれ、別の誰かが選ばれるのだ。
出来るならば、光の卵を壊したい思いに駆られるがそれもどうしようもない事だ。
浮遊感にも似ているが、上昇しているようにも感じられる空間で、ただクルーゼはゆられたまま。
早くこの思考が闇に閉じますように。
祈りにも似た想いのまま堕ちていく中、クルーゼが出会ったのは見知った顔だった。

「プレシア=テスタロッサ……だと?」

少女を一人抱きしめたまま、独りきりでその妙齢の女は漂っていた。
腕の少女が死んでいることは一目で分かったが、まるで眠っているようだ。
プレシアの目が開く。億劫そうに。

「ラウ=ル=クルーゼ……? 面白い人間と出会ったものだわ」

倦怠そうな声音。

「どうやってこんな所まで来たのかしら?」
「光の卵という……魔法とやらの産物に堕とされた。と言えば、信じるかな?」
「……あぁ、あのロスト・ロギア」
「!? 知っているのか?」
「……」

気だるげに、プレシアの腕が少しだけ動いた。
投げつけられた何かを反射的に掴めば、クルーゼの手には紫紺の宝玉。
それが、杖の形状へと即座に変化してクルーゼの度肝を抜いた。

「知っているわ……知りたいなら、見ればいい」

杖の先端、宝玉が輝いた。その紫紺の煌きに、クルーゼの意識が吸い込まれる。
虚数空間の景色がざぁっとかき消えれば、そこは情報の海とも言えるプレシアの研鑽の歴史。
塗りつぶされた視界に一斉にロスト・ロギアの情報が滝のように落ちてくる。その中で、光の卵と言う記述を見つける。
それを意識した瞬間、文字や図を用いた情報の数々がクルーゼの脳裏へと津波のように流れ込んでくる。

「く……」

奇妙な感覚。
入り込んでくる情報に抵抗を覚えながらも目を通していく。全てを見おさめれば、疲労感。
まだ、虚数空間の景色に戻らない。黒一色の世界で、「情報」や「記憶」、「記録」が灯のように揺れていた。
その光に触れればまた別の情報が頭に流れてくるのだろう。

「?」

一つ、小さな、しかし強固な光を見つけた。
無意識に、手を伸ばす。
誰かの「記憶」が流れ込んでくる。

『はじめまして』

大きな紫色の瞳が覗きこんでくる。
明るい瞳だ。

『わたし、プレシア=テスタロッサ。あなたのマスターよ、よろしくね』

それはプレシアの杖の「記憶」
色あせるはずがない機動からの旅路だ。
これからクルーゼはこの少女と、彼女の杖の歴史を辿る事になる。
プレシアの家は裕福なものではなくとも、間違いのない幸せがあった。
軍人の父と、魔法技師の母より祝福と愛情を受けた彼女は2人の背を追って修行を続ける。
そんな彼女のパートナーとして、母よりのいくつかの誕生日の贈り物がこの「記憶」の持ち主である杖だった。
プレシアの才能は天賦と言ってよかっただろう。
驚くべき成長をしていくプレシアに、両親とともに杖も誇る。
誇るべき知性もないストレージデバイスのくせに。
強くなっていっても、プレシアはデバイスを変える気などさらさらなかった。カスタマイズとチューンナップを繰り返して杖も成長していく。
ともに杖と歩いて行くのはプレシアが正しい道を教えられたから。
父と母からプレシアが教わるのは決して魔法の技だけではなかった。心とでも言えばいいか。心と技、2つを合わせて彼女は強くなっていく。
技を支える心、心を現す技。
しっかりと、両親の力と想いを受けとって、プレシアは強くなっていく。

そしてプレシアが成熟する手前、両親の死が届く。
戦争。
技師である母さえも巻き込まれ、プレシアは杖と2人きり。
それでも涙も悲しみも超えて二十歳を超える頃になれば、プレシアは偉大な知と力と心を身につけていた。
杖と2人、生き抜いたのだった。
そして1人の男と出会い、アリシアが生まれた。
結局、離婚という結果になるが、アリシアへとありったけの愛情を注ぐ事になる。
アリシアには魔法の才能がなかったから、両親から受け取った心を伝えて、育てていく。力は、要らない。

しかし幸せは長く続かない。
次元航行エネルギー駆動炉の暴走。
アリシアの死。
プレシアの異動。
砕けそうなプレシアの心の悲鳴をクルーゼは杖を通して聞いた。
それでもまだ、それでもまだ。
すがるようにプレシアが取り組むのは人造生命の研究。彼女の心にも技にも、狂気が滲んでいくのが最も近く、長くいた杖には良く分った。
そして出会うプロジェクト「F.A.T.E」
完成した理論を手に入れ、プレシアは焦がれた思いに駆られながら決してあせらなかった。
数々の世界へと飛びまわれば、魔法の使用を問わずあらゆる「クローン」を観察、研究していく。
その過程、出会ったのがラウ=ル=クルーゼだった。

『はじめまして、ここの室長をしているギルバート=デュランダルだ』

「記憶」の中、知る顔が続々と現れ始めた。
遺伝子研究者と言う仮面をかぶったプレシアの手を握る友、その足元には分身と言える幼いレイの姿もある。
デュランダルの案内とともに、プレシアと引き合わされるクルーゼも、「記憶」の中に登場。
クルーゼの容体や薬物の効果をつぶさにデュランダルらと話し合い、シミュレーションなどを行う「記憶」が見えた。
老化を抑制する薬物をデュランダルたちのグループによって、より精度の良い物へ仕上がっていく頃合い。
プレシアはメンデルや主だった研究施設からクローンやコーディネイターに関する情報をあるだけ吸い出し終えて消える。
デュランダルやクルーゼたちには紛争地帯でのいざこざに巻き込まれ死亡したという訃報が流れて終わった。
結局、いくつもクローンの歴史をプレシアは自分の物にしてアリシアを蘇らせる。
失敗。
ここでプレシアは絶望に打ちのめされてしまう。
アリシアのクローンにフェイトと言う名をつけて、残るアルハザードへの道を模索する年月。
この時すでに、プレシア自身、死が如実に迫っている事を肌で理解する。
それから時間が流れPT事件。虚数空間へと堕ちて、クルーゼと出会うに至る。

「記憶」の旅の果て、気付けばクルーゼはコズミック・イラへと帰っていた。
そこで目の当たりにするのはリンカーコアを奪う光の卵の使者、トライアとリリィ。
そしてフェイト=テスタロッサ。
プレシアの心を伝えられなかった人形。
気付けば、助けに入っていた。杖が見せた「記憶」、そのさなかにクルーゼ自身の頭にも入っってきた魔法を駆使して。

確かにフェイトはプレシアの心を伝えられなかった。
だが、それでもプレシアは自分が両親の死別後に生き延びた要因である「力」をフェイトに残しているのだ。
杖を通じて、フェイトにリニスを宛がうプレシアの裡は凍えていながら、悲痛なものだった。

―――力と心。私の心だけは、アリシアに……心だけは、アリシアの物

だから、力を。
軍人の父と、魔法技師の母がいなくても生き延びられた「力」を、フェイトへと。

―――憎しみが連鎖するものなら……幸福も連鎖するはずじゃないか……なんでその連鎖に命を重ねようとしないんだ!

親が子へ。子が孫へ。
続く。つながる。
これが、幸福の連鎖なのだろうか。

『きっと、そうですよ』

まぶたが開く。目が醒めた。
白い部屋のベッドの上。病室だろう。

「……最後に答えたのは、君か?」

掌を開けば、紫紺の宝玉。プレシアの杖。
しかし宝玉は答えない。クッ、とクルーゼが苦笑した。
扉が開く。即座、バリアジャケットの要領で顔を隠す仮面を形成。
現れたのは、クロノ、フェイト、アルフといったアースラの面々だ。クルーゼが起きている事に驚きの顔をし、

「クルーゼさん……良かった」

フェイトの呟き。それに、心がこもっている事がクルーゼに良く分る。静かに、唇が笑みの形を刻んでいる事に、クルーゼは自覚出来なかった。