鎮魂歌_第24話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 17:32:12

「……2日も眠っていたとはな。どうりで、上手く動けないわけだな」

ゆるゆると調子を確かめるようにクルーゼが腕を動かすのを、クロノとアルフは油断なく見つめていた。
ただフェイトのみ、微妙に剣呑さよりも柔らかさが強い眼差しだ。
そんな三者の視線など気にもせずにクルーゼはシーツをのけてベッドの縁に腰かけた。

「見られたのだな」

顔を覆う仮面に触れる。
何とも温度のない声だ。

「申し訳ないが、治療には邪魔だったのでね、外させてもらった」
「さぞや、醜かろったろう?」
「そんな事……」
「構わんよ。君と同じく私も失敗作だが、意味が大きく違う」
「あんた……!」

フェイトの言葉を冷たく拾うクルーゼへ、アルフの鋭さが一層濃くなっていく。
もともと敵意に近かった雰囲気が、眉ひとつ動かしただけだったクロノの静かな怒りと重なりクルーゼにはっきりと向けられる。
アルフのマントの裾を、フェイトがつかんで止めた。

「アルフ……別にいいよ。本当の事、だよ」
「いいや、良くないね!」
「問題なのは、失敗かどうかじゃないよ。本当に問題なのは、それを受け止めてから」
「ハッ、受け止めきれず、こいつは自分の世界に核をばらまいたんだよ!」
「どうやら、私については全て知られているようだな」
「失礼だが、こちらで調べさせてもらった。ラウ=ル=クルーゼ」

どんどん加熱していくアルフとは対照的に、クロノはどんどん冷えていく。

「それで、コズミック・イラの法でも引っ張って裁くかね?」
「いや、あなたが魔法にかかわる前の出来事だ。これ以降のあなたの評価に影響するだろうが、裁く裁かないの話にはできないな」
「さて、それではいったいどういう処遇になるのかな?」
「少なくとも、コズミック・イラに戻れない」
「だろうな」

すでに理解している風な様子だ。
それとは別に未練も何も、ないのだろう。ただ、どこかそっけないクルーゼの態度に郷愁がよぎったのをクロノは見逃さなかった。

「これから管理局に縛られた暮らしになるだろう。囚人とまではいかないが、こちらの指示に従ってもらう。雇うような形になるが、それほど自由はないと覚悟してもらいたい。あなたは優秀だろうけど、諸手を挙げて受け入れられる経歴じゃないのでね」
「……フン、それほど長くは持たない身だ。光の卵の破壊にさえ参加させてもらえれば、後はどう処分してもらっても構わんよ」
「いいだろう。現在光の卵について担当しているアースラであなたを使わせてもらう」

本当に、己を死人として扱っている様に感じられた。
生命を精一杯燃やしているアルフにはクルーゼの思考が理解できずに眉間にシワを寄せてしまっている。

「随分と寛容だなものだな、管理局」
「人材は、人材だ。だがな、」

硬質な足音を立ててクロノがクルーゼへと歩み寄る。腰かけるクルーゼを見降ろすクロノの瞳は、怒っていた。
拳が飛ぶ。
クルーゼの顔面を殴り飛ばし、腕を思い切り振り抜く。加減なしだ。
ベッドにクルーゼの体が叩きつけられて一度跳ねた。

「二度と、フェイトについてもあなた自身についても、失敗作なんて口にしないでもらおう」
「事実は、事実だ」

倒れたまま、仰向けの状態でクルーゼが笑いを堪える様に一言。
クロノの暴行に唖然としたアルフだが、その一言にすぐに自分もぶん殴ってやろうと一歩踏み出す。
それをマント掴んでまたフェイトが止めた。

「違う。命は、命だ」
「そうか……命か……」

クロノの言葉を復唱するクルーゼの声はどこか虚ろ。
ゆっくりと、身を起こす。その動作も本当に幽鬼か何かのようだ。

「フェイト=テスタロッサ」

呼びかけにこたえる間もなく、フェイトの手元へと紫色が軌跡を描いて飛んできた。
プレシアの杖、その待機状態だ。

「形見だ」
「ありがとうございます……でも…」
「管理局ではデバイスの借り受け程度、してくれるのだろう?」
「構わない。もっとも、プレシア=テスタロッサのデバイス以上なんて物は有り得ないが」
「あの……」

紫紺の宝珠を、フェイトがクルーゼへと手渡し返す。

「だったら、持ってて下さい」
「……いいのかね?」
「適材適所、です」
「ほお、もう少し情緒に沈んだ子だと思ったいたのだがな。大したものだ。では、このまま使わせてもらおうか」

いっそ猛々しい顔でクルーゼが笑った。いつもどこかに漂わせる皮肉っぽさがないその顔に、やはりこいつも生きている者だと、アルフが感じる。

「さて、クロノ=ハラオウンくん」
「……なんだ?」
「食事をお願いしたいのだがね、すぐに用意できるものかな?」

言うと同じく、クルーゼの腹が鳴った。

「そう……2日も…」

上半身を起こしたまま、脚元にシーツを乗せたキラが茫然とつぶやく。
驚いているというより、覇気や生気が希薄だ。うつむきがちな顔が、少しだけ上る。
病室には、ユーノとキラのみ。なのはは、キラの目覚めをみんなに知らせに走って行った。

「何か……進展や変わったこと、あった?」
「いえ、特に……まだ、クルーゼさんも寝てると思います」
「そっか……」

ほっとしたようなキラの口元。一応、話の全容を知るユーノとしては、クルーゼの名にもっと激情の表情を見せると思っていただけに意外だったが、病み上がりだからと納得する。

「記憶、戻ったんですよ……ね?」
「うん……思い出した。全部。ごめんね、随分迷惑、かけちゃって」
「迷惑なんてそんな…大変だたのはヤマトさん……じゃなくて、キラさんだったじゃないですか」

感触を確かめる様に、キラが右手でグーとパーを繰り返していればユーノに苦笑。

「どっちでも、構わないよ。ヤマトでも、キラでも」
「ですから、キラさん」
「うん」

微笑みが2人に。
いくらか、感覚が戻ったようにキラが一つ頷いた。ユーノに向ける目は、厳しさがいくらか差している。

「僕のリンカーコアについても、もう……?」
「…はい」
「そっか。そうだよね……」
「キラさんの世界についても、リンディさんたちがいろいろ調べてくれてるみたいです」
「ねぇ、ユーノ君……僕はやっぱりもう帰 「ヤマトさん!」

勢いよく、病室へと入ってきたのははやてである。
汗だくで、息も上がっているのだが「急いで病室へやってきた」にしては体力の減り方が異常だ。
運動した後なのだろう―――もしくは、訓練。

「あ、違う、キラさん……?」
「うん、はやてちゃん、えっと、おはよう?」
「おはようさん。ほんま、心配したんよ……このままずっと起きひんようになるかもって、シャマルが漏らすから…」
「は、はやてちゃん、そんな、私はそんな……」

わたわたしながらシャマルも入室。さらには、ザフィーラが静かに続く。

「体は無事か?」
「お腹が、空いてるのを除けば」

無骨なザフィーラの声に、これほど優しさが込められているのをユーノとキラは初めて聞いた。
少しばかりおどけて返すキラに、シャマルがクラールヴィントを手繰ってかざしてみせる。身体の調子を探る機能もあるのだろう。

「うん、いい感じ。本当にお腹が空いてて、体が鈍ってるだけみたい。あんなに熱を出してたのに」
「キラさん、もう魔力赤から蒼にしたらあかんよ?」
「……うん、気をつける。もう止めなさいって、言われたから」
「……? 誰に?」
「フレイって、娘」

はやてとユーノの顔が曇る。

「気にしないで。悲しいけど、情けないけど……また会えて、嬉しかったから」
「会えたのか」
「はい。まだこっちに来るなって、言われました」
「そうか」

素気ないほどの、ザフィーラの態度がキラには逆に有難かった。
もうみんながみんな自分について知っているのに勘付いてるキラとしては、むしろ気遣いが心苦しい。

「……ねぇ」

だから、キラは思い切る。心を強くして、尋ねるのだ。

「僕は……元の世界へ帰れるのかな?」

場が沈黙する。せざるを得ない。はやてがうつむき、シャマルが視線をそらし、ユーノが困った顔をする。
それが、答えなのだろう。

「帰れん」

ただ、ザフィーラだけがそう言葉を突きつけてくれた。
つ、とキラが涙をこぼす。

「ザフィーラ!」
「こいつは覚悟して、尋ねた。答えてやらん方が酷だ」
「言い方があるでしょう!?」
「誤魔化しに意味などない」

いつも以上に、ザフィーラの舌は軽かった。彼なりのキラへの気遣い故、言葉が多くなるのだろう。

「そうですか……そうですよ、ね…」

シャマル、はやてが不安げに見詰める中で、まだキラの涙は止まらない。
しかし、雫零す瞳はしっかりとした色。光。

「帰れなくても、あの世界のために、出来る事はあります」

立ち上がった。が、即座にふらついてベッドへともたれかかる。
それでもなお気丈にキラははやて、シャマル、ユーノ、ザフィーラを見渡すのだ。

「光の卵……僕も、あれをコズミック・イラへと返させない手伝いをさせて」

強く、全員が頷いた。
そして、ふらつくキラの腹が鳴る。

「………あの、すぐ食べられる物、あるかな……?」

すっごく嬉しくい気持だったなのはは、「みんな食堂に移りました」との思念通話を受けてうきうきしながらいくつもある食堂の、指定を受けた所へ軽やかに向った。
そして、食堂を包む異様な雰囲気に凍りつく。
険悪で、剣呑で、とげとげしく、ピリピリした空気。
大元はすぐに目に入る。
キラとクルーゼだ。
向う会う形で座るキラとクルーゼは、黙々と軽食を腹に詰めている。どちらもどちらを見ようともしない。
シャマルの判断でとりあえず軽くなら、とキラは果物、クルーゼはサラダなどを口にしているのだが、その2人の間に流れる空気は、凄まじく寒々しい。

(ユーノくん)
(なのは……)

すす、と念話のまま静かにユーノの隣へと。

(えと、その……どうしたのかな、この空気は?)
(……キラさんがお腹すいたみたいだから、果物を食べさせようとしたんだけど…クルーゼさんとはちあっちゃって)

あちゃ、とばかりに目をつむってしまう。
しばし、そんなしじまの中。なのはやアルフ、はやて、ユーノといった面々は怒られてるかのように、緊張に身を強張らせてしまって仕方がない。
クロノ、シャマル、ザフィーラなどは落ち着いたものだったが、やはり嫌そうな表情を漂わせている。

かちゃり。食器が静かに鳴れば、クルーゼがフォークを置いた。
間をおかず、キラも手を止める。
そして、まだ険の残る鋭さでクルーゼへと目を向けた。睨むようだが、そこまで激しいものではない。
仮面に隠れたクルーゼは、顔を上げているがキラを見ているかどうかまでは読み取れない。ただ、なんはにはしっかりと見つめあっている様に思えた。

「僕は」

ここにきてようやく声を上る。キラだ。

「あなたが憎い……」
「……」
「フレイを殺した、あなたが……」
「……」
「それでも…」

気付けば、キラが泣いていた。声だけを聞いていてれば、涙しているようには思えない凛然とした気配。

「フレイは……とっくにあなたを許容している……」
「……」
「あなたに罪を償わせたいという思いは、変わらない。元の世界に、もう帰れないのは分かってる……」
「……」
「だけど……コズミック・イラのために、死んでいった人たちのために…光の卵の破壊、そしてそれからも」
「……」
「その力を人々のために使ってもらう……」

身をのりださんばかりに、感情のまま喋りきってキラが止まる。
対するクルーゼは、静か。とても静かだが、ゆるりと唇を開く。

「強引な事だ」
「……」
「光の卵の破壊……それに助力する事は、誓おう。たとえ、憎まれている君であったとしてもだ」
「……」
「だが、ククク、その後の話となると気の早い事だな、キラ=ヤマト」
「ラウ=ル=クルーゼ……」
「フン……今は、光の卵につてだけ、構えておきたまえ。戦いが終わった後の話は、戦いが終わってからだ」

あぁ、なんだ。
2人を見続けていたなのはは、思う。
2人は、もうすでに、

「……分かりました。頼りにしています」
「……私もだ」

認め合っているんだ、と。

「というわけで」

放課後の事。
夕日に赤い教室で、なのはは机を合わせてすずかとアリサへと向き合っていた。

「キラさんの記憶も戻って、クルーゼさんと和解……とまでいかないけど、少し大丈夫になったの」
「キラさん、よかったね」

ふんわりと、微笑むすずかに対し、アリサは何とも面白くなさそうな顔だった。
キラ、クルーゼの目覚めより、さらに3日が経過。土日を挟んだので、月曜日の今日、朝、昼休みとぶつ切りになりながらもキラについての報告をすずかとアリサに終えた瞬間である。

「キラさん、元気になってよかったね、アリサちゃん」
「そうねー」

まるでふてくされる様にすずかへ返事するアリサは、不機嫌さを隠そうともしない。
少し困ったような顔をして、すずかがなのはを見れば、意を決して二つくくりの少女は切り出した

「あの…アリサちゃん、怒ってる?」
「怒ってないわよ!」
「お、怒ってるよぉ!?」
「怒ってない!」
「アリサちゃんは、キラさんがすぐに記憶が戻ったこと報告に来てくれなくて寂しいの?」
「ち、違うわよ!」

バン、と机を叩いて顔を赤くしながら立ち上がる。
しばし、なのはとすずかがポカンとしてれば、アリサが着席。そして小さく漏らした。

「さ、寂しいわよ……」
「あの、あのね、アリサちゃん、キラさんもトライアって人に知られてるみたいだから、あの、軽率に動けないといいますか…あの……」
「分かってるわよ……クリスマスの時みたいに、危険な事になるかもしれないのは……」

いつも気の強い、アリサはどこへやら。たおやかでさえある様子で、瞳を伏せる。

「……それでも……会いたいよ……」

そんなアリサを見て、なのはは胸を締め付けられるような気分にしかなれなかった。
夕日に照らされるアリサを見つめながら、会わせてあげたい、と強く思う。