鎮魂歌_第28話

Last-modified: 2007-11-28 (水) 18:24:31

さぁ、と翡翠の風。
シャマルの癒しの息吹を受けてなお、アリアは死人のように気絶から醒めない。
噴き出る血の向こうに腹の中身が垣間見えるほど酷い一撃を受けている。動かさずに寝かせている状態でのシャマルの治癒だ。
なのはと、そしてキラとはやては無言。ただ、なのはとキラは喋りたくても喋れず、はやては喋ろうとする気がない。
キラとはやてが辿り着いた時点では、まだ戦闘中だったのだが封鎖領域の破壊に手間取った。
結果、結局はやてとキラは何も出来なかった。
はやては絶望を塗り固めたように無表情。しかし、心が痛いほど泣いているのがなのはとシャマルには分かる。

「……ぅ」

どうにか、アリアが気付く。開いた眼は気だるげな光だ。もう一度眠れば、そのまま醒めないような。

「アリアさん」
「キラ……」
「あ、あまり喋らないで」

シャマルの注意に、はっとして口を紡ぐキラとなのは。
念話でアリアが語りかけてくる。

『ごめん、はやてちゃん……結局、力づくで3人のリンカーコアを……』
『いいえ……有難うございました……ほんまやったら、あたしがせなあかん事やのに…』
『ハハ……こんなエグい事、させらんないよ……』

カタカタと震える手で、少しだけデュランダルが持ち上がる。
先端からポゥ、ポゥ、ポゥ、と紫、白、赤のリンカーコア。本来なら肉体から離れてすぐに消えてしまうものだが、もはや個体のように安定している。光の卵が結晶化させたのだろう。じっと見つめていると、美しい灯を発する宝石のようだ。

「……」

言葉もなくはやてが三つのリンカーコアを受け取れば、シュベルトクロイツに溶けていった。
涙がはやての頬を伝う。だが心の涙が表に出たことで、次に魂で鎌首をもたげたのは怒りだ。

「許さへん……」

シュベルトクロイツを握りしめて、はやてが唸る。獅子も虎も、すくみ上がらせてしまいそうだ。

『キラ、これをクロノに……』
『はい』

そしてデュランダルがカードになる。しっかりと受け取れば、懐に。

『でも、戻れるかな……?』
『……』

アースラが封鎖領域に閉じ込められた事は、通信ができない事ですでに把握できている。
宇宙でアースラを閉じ込めるというとは、本当にエイミィに言った通りだとキラは思う。
ひとまず、この場にいる者たちへとエイミィが語った宇宙での封鎖領域や空気の話をして見た。
一堂、アリアを除いてしっかりと耳を傾けて無言。

『……シャマル、治療の手を止めて。今は、アースラだ』

浅い呼吸のまま、アリアが笑いかける。大丈夫だから、という意思表示なのだろうが力がない。
それでも、シャマルが手を止めたのはひとまず、様子見だ。とりあえず血も止まり、内臓の損傷もここでできる事はないと見たからだ。後はアリアの体力が持ってくれるしかない。危ういと言えば危うく、8割ほど命が助かるだろう。残り2割というのは油断できないが。

「……」

クラールヴィントより魔法陣を生成。アリアから教えられた通りの衛星軌道上のポイントへと探索魔法の領域を細く鋭く伸ばしていく。

「………!」

5分と経たず、クラールヴィントが異常な空間の断層を捉えた。流石に宇宙だ、無理だろうと自身で思っていたシャマルだけに驚いてしまう。かなり強引な魔法の使い方だが、ぴたり、キラの言ったエイミィの案に合致する。宇宙に地上の空間を召喚して封鎖領域で閉じたようだ。
しかもこれは、

「……入れる?」
「入れるって?」
「アースラ、封鎖領域に閉じ込められてるんだけど……入れるの。たぶん、空気を取り込むために、出られないけど入れる結界にした、と思うわ」
「! ……転送できるって事ですか?」
「ええ」
『シャマル……すぐに転送の準備。あたしは後でいい』
「回復はわたしがします。ユーノくんほどじゃないけど……」

はやて、キラ、シャマルが動き出す。宇宙へ行く魔法陣を敷くために。

クルーゼに焦りが募るのに反して、トライアの余裕は大きくなっていく。
リンディという壁が一枚はさまる事は想定していなかったが、間違いなくデストロイと競って勝つのは無理だろう。だからこうしてクロノたちが前に前に出ているのだから、時間をかけてもデストロイが残ればほぼ目標を達成できるはずだ。
すなわち、アースラの撃墜だが、それはつまり八神はやての抹殺だ。
トライアが想定している事はただ一つだ。はやては安全な場所にいる。
ただし戦場に接するポイントであると考えていた。なぜなら、自分も前線に赴いて戦いを見物していたからだ。キャプテンシートにこそ座っていないが、指揮の傍らにいた。
ならばはやてがいるのは、アースラ。そう断定していた。つまりアースラを落とす事がはやてを落とす事につながる―――と、いうのがトライアの考えである。
ここでトライアの思惑に外れてはやてが行動的な女の子であったわけだが、はやてがいないとしてもアースラという邪魔者集合の場を叩き潰すのは有利になり得る。
本局に本気でケンカを売る行為になるが、逃げきる自信があった。

「粘るじゃないか、出来そこないのクローン」
「そう何度も、死にたくはないものでね……」

クルーゼの息は弾んでいた。はやてと同じく、指揮を交えた複数での戦いでクルーゼは活きる。
トライアも組んだ方が持ち味を活かせる魔法使いだが、時間が経つにつれて徐々にトライア優勢になっていく。

「他の5人も、良くもまぁ粘ってくれる。正直、さっさと終わらせてさっさと帰りたいんだけど?」
「口数が多いな、トライア=ン=グールハート。苛立っているのかな?」
「そりゃ、苛立ちもするよ。邪魔なんですよ、あなたたち」

スと、レヴァンティンを肩に担いでトライアが止まった。仮面の下に覗く口元が意地悪そうな笑みを刻む。

「だから」

右手が上がった。

「とっとと死んでくれません?」

デストロイが蠢いた。上部に備えられた円盤型ユニット、その円周に沿った砲門が鈍く光る。

「退避しろ!! フェイト! アルフ!!」

ロッテの咆哮。デストロイから最も遠い局面のフェイトとアルフも、その声に異常に勘づく。
瞬間、円盤ユニット円周上に計20門内蔵されたビーム砲が発射される。「ネフェルテム503」、360度に対応する規格外の兵装だ。
戦場の全てに降り注ぐその直射砲の魔力密度は濃い。フリーダムやレイダーたちトライア陣営の敵は楽にやり過ごすが、クロノたちはそうはいかない。必死で長時間照射される魔力砲から逃げ回った。

「クロノ!!」

そんな中で、最も厄介なのはフォビドゥンの曲がる直射だった。「曲」がるのに「直」射というのはおかしいかもしれないが、曲がるんだから仕方がない。
この戦闘中いくらか慣れてきたのだが、デストロイの砲撃を縫い、カラミティの砲撃と絡めて撃ってきたこのフォビドゥンの一撃にクロノの足が取られる。クロノが止まれば、カラミティの一斉射撃、フォビドゥンの速射が雨あられと降ってくる。

「うおおおお!!」

フルパワーで防壁を展開するが、さらに鳥の姿を模したレイダーが降下してくるのが見えた。全てを一身に受ければ、アウトだ。
カラミティの砲撃が防壁を叩く、なのはの圧力を超える力だ。自分が練り上げてきた防壁が薄く感じてしまう。それにフォビドゥンのレールガンがかぶさってさらに圧力が増した。
耐えきれない、という所でロッテが間に入ってくる。随分軽くなるが、さらにレイダーが突っ込んできた。己をかばうように、レイダーへロッテが飛んだのをとクロノは見た。

「ロッテ!!」

レイダーへ斬り込むが、浅く旋回されてロッテから距離を作った。そこへ同時に標的をロッテに変えたカラミティとフォビドゥンの砲撃が叩きこまれる。フォローに入ろうとしたクロノへ、大鎌を振りかざしてフォビドゥンが一直線に走る。

「どけ!! どけええええええ!!!」

ヤバイ。そう直感していながらフォビドゥンを離せない。
ロッテ、後ろだ!
と、声にしようとした所でロッテがレイダーの鉤爪に捕らえられた。

「ロッテ!!」

レイダーのクロー付け根、強力なエネルギーの収束。
ロッテが振りほどく動きを見せたが、遅い。
奇妙な発射音を伴ってロッテの体を高出力の魔力が貫く。遠目からでも失神しているのが分かるが、それをレイダーが放り投げれば、動かないロッテへカラミティの砲撃が次々と命中していく。

「やめろおおおおおおお!!!」

フォビドゥンから強引に離れた。背が刻まれたが、今は痛みを薄く感じる。

「ロッテ!!」

ロッテをかっさらって3機から大きく距離を取る。腕の中のロッテはズタズタだ。
フォビドゥンとレイダーが追撃に動いてくる。
それを迎え撃とうとして、片手でS2Uを構えた時、クロノは近場に奇妙な空間のゆがみを感じた。
新手?
と感じたが、違う。
これは、

「なのは!?」

煌きが3度閃けば、甲高い音が3つ。
転送の魔力の残滓を身に纏い、はやて、なのは、そしてキラが現れた。

「うわ! 地上が!?」
「きゃ、上手く飛べない……!」

重力のない違和感と、眼下に映る虚ろな地上にキラとなのはが驚きの声を上げた。
はやてのみが冷静な目。

「クロノ君!」
「はやて! 君は前線に来ちゃ……クッ」

レイダーの魔力弾の機関砲をロッテ片手にかわしながら、3人へと寄った。
すぐにクロノとロッテを護る位置にキラとなのはも着く。
はやてだけ、前に出た。

「クロノ君、この人……じゃなくて……MSさんたち、敵?」
「そうだ」
「デ、デストロイ……それにフォビドゥン、レイダー、カラミティ……」
「あ、あっちにキラさんが乗ってた…」
「フリーダムとジャスティスまで!?」

ざっと見渡して戦局をおおよそ把握できたようだ。デストロイの砲撃を一身に受けとめるリンディなどにキラは度肝を抜かれた。
フェイトやクルーゼ、リンディの所へ飛び出したい気持ちの逸りを抑えて3人ともクロノにちらりと目をやる。指示を、という意思表示だ。
カラミティの一斉砲撃がはやてたちに奔るが、キラ、なのは、はやて、クロノの混合防壁は抜けない。
フォビドゥンも、遠巻きで撃ってくるだけでこの人数相手に近づこうとしてこない。

「なのはとキラはフォビドゥン、レイダー、カラミティを突っ切ってクルーゼと一緒にトライアを。はやて、君は僕と一緒にこの3機を抑えるぞ」
「嫌や!!」
「な……」
「あたしが……あたしがトライア=ン=グールハートを叩く」
「気持は分かるが感情のままに」
「言ってるわけやない! 狙いはあたしや。せやったら、あたしを狙わせてまずはアースラの安全や。アリサちゃんは絶対護る」
「!」

なのはの顔が曇り、クロノがはやての理に唸る。
確かに今最優先されるのは、アリサの命だ。デストロイの注意をここではやてに引きつけた方がそれは格段に叶いやすくなる。

「……なのは、僕と組むんだ。キラ、クルーゼと組んで絶対にはやてを護ってくれ」
「了解」

防御に特化したクリスタルゲージを5重にかけてロッテを閉じ込めてから、クロノが構えた。
あ、とキラが小さく声をあげて懐のカードをクロノへ。

「デュランダルか……有難い」

起動。S2Uを片手に、デュランダルを片手に構えてクロノが不敵に笑んだ。
はやてがシュベルトクロイツを握りしめて眼を厳しくしていく。
レイジングハートがエクセルオンモードへと変わる
そして、スタート。
はやてとキラ、なのはとクロノというバディに分かれて散った。
途端、カラミティたちの動きははやてに集中する。

「バカ正直だな!」
『『Blaze Cannon』』

デュランダルとS2Uの二つから放たれる熱線で、カラミティへ牽制。ほぼ同時に、アクセルシューターの援護を伴ってキラもフォビドゥンの動きを制限していた。
レイダーとはやてが対峙する格好。
魔力機関砲をすり抜けて、片手のシュベルトクロイツを掲げてはやてが咆えた。

「あたしは今怒ってるねんで!! カンカンや!!」

シュベルトクロイツが光る。紫の色。シグナムの色。

「うそっこユニゾン!! シグナム!!」

空いている片手に紫の輝き。手に収まるのは、レヴァンティンだ。

「シュランゲフォルム!」
『Schlangebeißen angriff』

はやてがレヴァンティンを振るえば、連結刃へと姿を変える。
複雑な軌道を描いてから切っ先がレイダーへと突き刺さらんと急降下してくるが、優雅な飛翔でこれを回避。

「まだまだぁ!!」

まさに蛇。
動き回るレイダーに合わせて、連結の刃が締まっていく。レイダーをからめ取るように。
ガチン、と翼に刃が引っかかる。瞬時に、連結刃の鞭の部位が何重にもレイダーを縛った。

「うそっこユニゾン!! ザフィーラ!!」

次にシュベルトクロイツに宿る光は白。十字の杖で三角を組んだ魔法陣を描く。

「縛れ! 鋼の軛!!」

閃光のように、拘束条が飛び出した。レイダーの装甲を抜けず、何本かは弾かれるが2、3本がレイダーを突き破る。もはやレイダーが逃れられる術はない。

「なのはちゃん!!」
「エクセリオンバスター! フォースバースト!!」

レイジングハートに翼が広がった。鮮やかな桜色。カートリッジのロードのたびに環状魔法陣の中で育つスフィアは強く剛い。
激しくもがきレヴァンティンから抜け出そうとするレイダーだが、鋼の軛と相まって早々脱出できるものではない。
フォビドゥンも、カラミティも手が出せない状態、高らかになのはが叫んだ。

「ブレイクシュート!」

レイジングハートから放たれるのは圧倒的な、一撃。
桜色の奔流に飲み込まれたレイダーが、砕けていく。
煌く結晶化したリンカーコアがレイダーから解き放たれていく向こうで、はやてとキラが飛んでいった。

「……リンカーコア……ほとんど結晶化している……」

レイダーを作り成していたいくつものリンカーコアを一つ、クロノがつまんだ。
単体で魔力素を取り込み、魔力を放射しているのが分かる。まだ、このリンカーコアは生きている。

「これは……」
「クロノくん!」
「あぁ、そうだな。今は……」

一つ、ある閃きがクロノに浮かぶの中、デュランダルへとレイダーに使われていたリンカーコアを回収。
なのはと肩を並べてカラミティとフォビドゥンの前に立ちふさがる。
はやての邪魔は、させない。

「あの女だよ! デストロイ!! アースラなんかどうでもいい! あの女を殺すんだよ!!」

嬉しそうな声だった。
クルーゼと戦いながら、しかしトライアが見ているのは向かってくるはやてだ。
獲物がやって来るのだから、トライアは笑いが止まらない。
アースラへと向いていたミサイルの数々は今でははやてへと降り注いでいる。
キラがはやての上を飛び逐一状況を思念でやりとりしているので、まだミサイルの被弾はない。
近づきすぎたからかドライツェーンは逆に届かなくなってしまっているようだ。発射はない。
どんどん距離が詰まって行く中、デストロイの両腕が離脱、自律的に宙を飛翔した。十指から次々に直射魔法が放たれていく。

「チィ……!」

クルーゼがデストロイの腕へと砲撃を試みるが、全て弾かれた。備えられた本体を護るものと同じ防御フィールドは固い。

「ハハハ、無駄、無駄!! 無意味なんだよ! ファイアガトリング!」

テンションの上昇に伴い、だんだんとトライアの魔法の威力が上がっていく。レヴァンティンを振りかざせば、30を優に超えるファイアスフィアが生まれた。一斉に赤い魔力が火を噴き、クルーゼどころかキラへ届くほどの乱射。
ミサイルに接触、誘爆を繰り返して炎がキラとはやてを飲み込んでいく。
だがまだだ。
この程度では死んでいない。絶えず、デストロイの十指は爆炎の中の2人を狙い続けていた。

「トライア!」
「うるさいんだよ! お前は!!」

やはりトライアを狙うしかないクルーゼは、ドラグーンシフトでフォトンランサーを次々とトライアへと射る。
さらに、それに重なって炎の中から赤いキラのライフルとはやてのディバインバスターがトライアへと撃たれた。デストロイの腕でその2発は防がれるが、トライアに焦りが生まれてきたのは事実だ。

「く……!!」

フリーダム、ジャスティス、フォビドゥン、カラミティを呼び戻そうとするが上手くいかない。先ほどまでこちらがデストロイへやって来るのを阻止したように、今度はMSをはやてにたどり着かせないように尽力しているようだ。
ミサイルの雨を突っ切って、はやてが顔をだす。
その手にはラケーテンハンマー。ロードによる加速でキラを置き去りにして一直線にトライアへと走ってくる。
素直だが渾身の一撃。ラケーテンハンマーをトライアはレヴァンティンできっちりと受け止めた。

「トライア=ン=グルーハート!!」
「八神はやて!!」

憤怒のはやてと対照的に、トライアは喜色。
何合かぶつかり合うが、トライアの防御を抜けないはやてはさらにカートリッジをロード。ペンダントとして首にかかったシュベルトクロイツから、まばゆく赤い光が放たれる。

「ギガントフォルム!!」

トライアへと叩きつけようとするギガントハンマーだが、はやてでは振り回され気味だ。
簡単に回避されてしまうが、はやてはめげずにさらにギガントハンマーを振り回す。

「やああああ!!!」

トライアを護るように宙を動き回るデストロイの両腕に妨害されながら、果敢に攻めるはやてだが慣れぬグラーフアイゼンでは捕らえきれない。
クルーゼとキラがミサイルや十指の直射砲を防いでれるのだが、攻撃が通らなければ意味がない。
デストロイの両腕に隠れてトライアが極炎の砲撃ではやてを狙撃したりと、はやての攻撃回数の方がトライアの攻撃回数よりも多くのにじりじりと不利になって行っている。

「このままじゃ……」

そんなはやてとトライアの攻防に、キラが歯を噛んだ。クルーゼも、同じ思いだろう。
そんな状況で、クロノから全員に思念が入った。

『みんな良く聞いてくれ。デストロイを貫けるかもしれない』