鬼ジュール_オムニバス-14

Last-modified: 2007-11-11 (日) 21:19:24

シンがアカデミーからクインティリスに戻って来る時は大抵早朝だ。
なるべく多くの時間をミーアと過ごしたいというシンは、前日の訓練がどんなに厳しい物だったとしても翌日は朝一番に起きて朝食も食べずにアプリリウスからクインティリス行きのシャトルに乗る。
その為、家に戻って来ても夜遅くまで仕事をしているミーアを起こさないようにチャイムも鳴らさずロックを外して静かに入る。
次に自分の部屋に入ってまず荷物を置くと窓を開ける。
ずっと使っていない自分の部屋に新しい空気が入るのは心地いい。
そこで軽く体をほぐすとまたそっと居間を通って台所にまで移動すると冷蔵庫を開ける。

まともに入っているのが野菜ジュースと果物と水だけなのはどうなんだ?と、一人だとかなりいい加減いなるらしいミーアの食生活に溜息を吐く。
多分昼まで寝て、起きて野菜ジュースを飲んで家の事をして、夕方になって仕事に出ていたのだろう。
シンが来る前がそうだったというから、ミーアの感覚からすると「昔に戻った」程度のものなのだろうが、シンにしてみればよく3食きっちり食べない生活は考えられない。
ミーアもシンと過ごしていた時にはきちんと3食食べていたのだから、本来ミーアも3食食べた方が体調を整えるにはいいとシンは思うのだが。
食事よりも睡眠が優先されてしまうのだろう。
そこでシンは籠の中に入っていた野菜を物色し、果物も冷蔵庫から出して簡単にサラダだけ作る。
パンは家に戻る途中のパン屋で購入してあるのでそれを皿に並べるとシンはミーアの部屋に侵入する。
ノックもせずに入るのは昔は怒られていたものだが、今では全く気にしない。
横向きに丸まって寝る癖のあるミーアは頭の上までシーツを被っていた。
息苦しくないのだろうかといつも思うのだが、いつもシーツは頭まで被っている。
シンはシーツを捲ってその隣に横になり、ミーアの体を背後から抱き締めると一度目を閉じて彼女の匂いを感じる。
シーツの中に篭ったミーアだけの匂いにシンは少し照れ臭くなる。
アカデミーに居る間は寮生活なので、同室のレイの目が気になって余り通信は入れられなくて。
通信を入れても甘ったるい会話は殆ど出来なくて、互いにモニターに手を当てて手を重ねたつもりになっている程度か。
それが今はミーアの体はシンの腕の中にあり、酔ってしまいそうな甘ったるい匂いにうっとりと目を閉じる。
早く起こして一緒に朝食を食べなければシンもお腹が空いているのだが、ミーアはいつも恥ずかしがってシンの腕から逃げようとするので、こうもたっぷりと抱き締められるのは彼女が寝ている時だけだ。
此処で足も絡めようと抱き締めていた手をミーアの太腿のところにまで下ろすと、パジャマとは違った感触に眉を顰めて視線を移す。
そこで見てみるとミーアはジーンズを穿いたまま寝ていた。
しかし、抱き締めた時には煙草の匂いはしなかった。代わりにシャンプーの匂いが強く香る。という事は風呂には入ったのだろうが、また洋服に着替えた事になる。
バイトが休みだったとも考えてみたのだが、であれば余計に時間に余裕があるだろうから服のまま寝ている意味が分からない。
とにかく寝にくそうだからとジーンズを脱がそうとした所でミーアが身動ぎして目を覚ました。
そこで少し緩んだジーンズを脱がそうとする手に気付き、慌てて振り返る。
まず叫ぶなり手を捕まえるなり振り返るよりも前にする事はありそうな物だが、此処が間の抜けているミーアらしいと思うと振り返った頬に口付ける。

「おはよう、ご飯出来てる」
「シン!?あれ?」

ミーアはシンが下着と一緒にジーンズを脱がそうとしているのに気付いて漸くその手を叩くと起き上がる。
そして時計を見て「あれ!?もう8時だよ!」と、黒髪を手櫛で梳きながら目を見開く。
どうやらシンを宇宙港まで迎えに行くつもりだったらしい。
それで寝難いジーンズを穿いて起きやすくしていたのだろうが、すっかり熟睡していたようだ。

「ごめんねぇ。荷物とか多くなかった?」
「男の荷物がそんなに多い訳ないだろ。あっても俺より非力なミーアに持たせてどうするんだよ」
「それでもちょっとした物でもあったら持とうかなぁとか思ってたんだけど、本当にゴメン!寝坊しちゃった」
「いいよ、期待してないから。ミーアは俺より遅くまで働いてるんだから気にするな」
「うん、ありがとう」

折角だから早く朝ご飯食べて何処か行こうか?と、ミーアがシンの体を跨いで床のスリッパを履くと、シンが背後からミーアの腰を抱いた。
「それより」
「な、何?」
少し前までは見せなかったような柔らかい表情のシンに、ミーアはシンの腕の中で体を反転させると瞬時に頬を真っ赤に染め、うろたえて顔を左右に振る。
それでもシンは構わずミーアの両手を取って引き寄せると唇に、口付ける。
まだ触れるだけのそれにシンはいささか不満があるのだが、ミーアにしてみればこれでも頑張っているのだ。
シンがどんどん格好良くなっていっているのに自覚が無いからミーア一人慌てふためく事になるのだと恨めしげに思う。
そして、まだじっとミーアを見つめて動かないシンのその視線の意味に気付いてミーアは困ったように眉を寄せる。

シンは待っているのだ。
ミーアからのキスを。

シンには家族がいたから割とそういう事もしてたかもしれないけど、あたしそんなの慣れてないんだから!

と、これまでに何度も主張した言葉を心の中で叫ぶが、それを口に出せば「じゃあ今から慣れればいいだろ」と、返されるのが落ちなのだ。
慣れるんだろうかと思うと、シンにいいように言い包められているような気がしなくもない。

しかし綺麗なシンの顔を見ていると、ちょっと・・・・胸が高鳴って、・・・・触りたい。かも。

勢いをつけて「ちゅっ」と一瞬だけ口付けると、もっと触れたくなるのだから不思議だ。
今度はしっかりと見詰め合って口付けるとシンが一層ミーアを抱き寄せて来るのでそれには「ご、ご飯食べよう?」と、軽く逃げてみる。
シンは思い切り不満の表情を見せたが、諦めの溜息を吐くとベッドから降りてミーアの腰に手を回して居間に向かう。

そこでシンの用意した朝食に舌鼓を打ちながら今日の計画を立てる。

「俺、寝たい」
「え!?何で!?」
「昨日のサバイバル訓練で45kgのリュック背負ってマシンガン下げて8時間走り続けるとかやったからもう眠くて」
「相変わらずハードだね・・・」
「今時そんな訓練してどうするんだって思うんだけど、仕方ないよなぁ・・・単なる筋力作りって言うんだから。だから午前中は寝かせて。昼から出よう」
「いいよ」

では昼から遊びに行くには何処がいいだろうかとミーアは真剣に悩むから、シンもまた眉を寄せて唸った。
食後、二人で片付けを終えるとすぐに寝るのは体に悪いからと、半強制的にミーアはシンに風呂場まで連れて行かれて一緒に風呂に入る事になってしまう。

片付けの間に手際良く浴槽に湯を張っていた為結局は逆らえなくて。

ミーアは狭い浴槽の中シンの胸に背を預けるようにして湯船に浸かると、互いの存在の心地良さと日頃の疲れの為に二人でそのまま眠ってしまったというのは言うまでもなかった。

<終>

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