シンがアカデミーへの受験の為自室で体を鍛えた後、喉が渇いたと冷蔵庫に向かうと先客がいて、その先客は非常に悩んでいるようだった。
「ミーア?」
もう1時を過ぎている。
とっくに眠ったのかと思えばまだ髪も乾かしておらず湯上りのようだった。
シンの声に反応して振り返ったミーアはいつもは笑顔ばかりだというのに、その時は難しい顔をしていた。
「・・・何かあったのか?」
苦悩とも呼ぶべきその表情に反応してシンが息を呑んで尋ねると、ミーアはシンの上から下までを見てから溜息を吐いた。
それに更に焦ったシンが瞬きを繰り返す。
そんなに言いにくい事なのだろうかと再び口を開こうとすると、その前にミーアが難しい顔のまま口を開く。
「シンはいいね」
「は?」
「細いから」
何を突然言われているのかとシンは眉間に皺を作る。
質問の答えになってない。
それに、ザフトに入ろうと体を鍛えてる現在「細い」なんて言われたくない。
確かにまだミーアとは身長も変わらず(若干負けている)、抱えるなんて出来ないが、その内ミーアなんて軽々と抱き上げる事が出来る予定である。
「ナンダヨ、ソレ」
「だって、あたし今凄く悩んでるの!」
「太った?」
ぺちりっ。
額を叩かれた。
素早い反応にシンは眉を寄せる。
どうしてミーアはこういう言葉に対する反応速度だけは速いのだろう。
痛くはないのだが、じんわりと衝撃が残っているので額を擦る。
「違うよ。でも、今物凄くアイスが食べたいなぁと思うと・・・」
太るかもと、懸念しているらしい。
それで冷蔵庫の前で立ち尽くしていたのかと、シンは呆れて一気に脱力した。
心配したのが馬鹿らしい。
「そんなんでずっと悩むくらいならさっさと食べたらいいだろ」
「だって・・・最近お姉さん達が・・・・・」
「太ったって?」
ミーアの言う「お姉さん」とは勿論血の繋がりはない。
彼女が働いているクラブやバーで接客をしている先輩の女性達をそう呼んでいるのだ。
シンもミーアを店まで迎えに行く時良く招かれて化粧や香水の匂いの立ち篭める部屋に連れ込まれてお菓子や飲み物を貰っている。
時々抱き締められたりして体を触ってくるのだが、いつも「細い」と言われては悔しい思いをしている。
きっとあのお姉さん方からするとシンはまだ子供なのだろう。
来年には成人するんだけどな!俺も!
と、叫んではいるのだが、人生の先輩はそんなシンのあしらい方も心得た物だ。
『なぁにが成人よ。女の一人も食べてから出直していらっしゃい』
こう言われたら言い返せず、結局は玩具代わりに引きずり込まれ、べたべたと触られ続けている。
その後は必ず自分の体が香水臭くなっているのでその後は絶対に風呂に入っている。
シャワーでは落ちない。
そのお姉さん方を思い出し、シンは嫌そうな表情を見せたがミーアは気にした様子は見せなかった。
「ううん。シンの方が細いって・・・・」
「・・・・・」
いいんだよ、ミーアは女性にとって大事な所に肉がついているんだから。
と、言いたかったが言えない。
言う勇気がない。
「じゃあ食べなきゃいいだろ」
精一杯それだけを言うとミーアを押し退けて水を取ってグラスを用意すると並々と水を注いで一気に飲み干した。
残りをまた冷蔵庫に戻すと、まだ悩んでいるミーアに視線を遣ってから冷凍庫を開けた。
そこにはシン用のチョコアイスと、ミーア用のストロベリーアイスが二つずつ。
シンは何気ない様子でストロベリーアイスを取ると冷蔵庫を閉め、スプーンを取りに行く。
「あ、それ・・・・」
自分のだと主張したいのだろう。
ミーアとすれ違い様に手を取って居間に向かうと二人並んでソファに腰掛ける。
「シン?」
何を考えているのだろうかと尋ねる為にミーアはシンの顔を覗き込む。
するとシンはスプーンを口に咥えると特に気にした様子も見せずにカップの蓋を開け、テーブルの上に置いてから咥えたスプーンを手に取る。
「半分こ」
「?」
「半分こすればお互い同じ量だし、いいだろ」
ミーアが太るかもしれないという点においては何の解決にはなってないのだが、シンにしてみればずっと寒い冷凍庫の前で立ってる方が不健康に思える。
いつまで経ち続けていたら諦めるのかも分からないのに。
そのシンの考えがミーアにも伝わったのか分からないが、アイスを食べる口実は出来たのでそれに関しては純粋に喜んでいるのだろう。
単純だなとシンも笑うと、ミーアは直ぐにある事に気付いてキッチンを振り返った。
「あ、じゃああたしの分のスプーン・・」
「いいよ。洗い物増えるだけだし」
一つあれば十分。
シンがミーアの腕を掴んで取りに行くのを止めるとスプーンでストロベリーアイスを掬ってミーアの前に差し出す。
「あの・・・」
「何?」
平静を装っているが、これが間接キスになる事はシンにだって分かっている。
ミーアもそう思っているから気にしているのだろう。
これがどんなに意地悪な事かも自覚しているが、それでもミーアを自分のモノだと主張したい、ミーアにも気付いて欲しい。
そう思うから突き出したスプーンを自分の口に持っていかず、ミーアが口に含むのを待つ。
「い、イタダキマス」
ぱくり。
口に含まれるスプーンの先を凝視してしまうのは男として当然だろう。
指先にミーアの舌の動きを感じて思わず息を呑む。
そしてゆっくりと唇からスプーンを離して行く唇を見てしまって。
「・・・美味い?」
口を開くと口の中が乾いているのを自覚する。
「うん、美味しい♪」
一気に表情が緩んだ嬉しそうな笑顔にシンは自分の体の火照りを感じ、慌てて自分も一口食べる。
「あ。沢山食べた!」
「そっちの方が太らなくていいだろ!」
「あたしのだもん、早く頂戴♪」
一度一緒のスプーンを使ってしまうと気にならなくなったのかもしれない。
今度はシンに体をくっつけ、早く食べさせてと口を開く。
「太るぞ!」
「でも食べたいんだもん!」
ソファの上でシンを押し倒す勢いで身を乗り出すミーアの体の感触にシンはどきどきしながら平静を装い、最後まで二人で食べた。
「食べたー」
空をゴミ箱に入れ、二人はそれぞれ自分の部屋にもどろうとした時、ミーアがシンを見て「あ」と、声を上げた。
「何?」
「アイスほっぺに付いてる」
優しく両手が肩に置かれたと思ったら。
横目でミーアの顔を追い駆けると舌を僅かに出し、接近してきて。
頬を、舐められた。
「ご馳走様♪」
ミーアの手が離れた瞬間に頬に手を当て一歩下がる。
「な!?」
「最後の一口貰っちゃった♪おやすみ♪」
そして上機嫌に自分の部屋に帰っていくミーアを見送る。
扉が閉まった音と共にシンはその場にしゃがみ込んでしまう。
フェイントだ!
というか、こんな事いつ覚えたんだ!?
そう思うと、暫くその場から動けなかった。
だれか分からない相手に、嫉妬してしまいそうだった。
<終>
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