魔導機神_プロローグ

Last-modified: 2007-11-17 (土) 18:58:58

 幾人もの教会騎士たちが、巨人の腕の一薙ぎに吹き飛ばされる。
 紅い機神、ジャスティスは、周りを飛び交う魔法弾を全く問題にせず、大聖堂へと向かって暁の空を突き進む。
 騎士たちを打ち倒しながら進む機神を操るのは、かつては教会騎士の一人であった稀代の英雄、アスラン・ザラ。
 彼の表情は苦渋に染まっているが、その意思はジャスティスを操ることを止めることは無い。
 炎に飲み込まれた街を眼下に、機神は次々と騎士を撃退していく。
五十を数える騎士たちを倒したところで、ジャスティスは遂に大聖堂を目前とするところまでたどり着いた。
しかし、ジャスティスの前に金色の甲冑を纏った男が立ちはだかる。
 男はこの大聖堂を守護する聖王近衛騎士団の一団、大天使の騎士団を任せられた腕利きとして知られていた。
 名をムウ・ラ・フラガ。
 アスランとは知り合いである彼だが、今はかつてのように世界の未来を語らう事はない。
 ジャスティスは腰より光の剣を抜き放ち、ムウへと斬りかかる。
「邪魔を、するなっ!」
 高速で繰り出されていく斬撃の数々を、ムウは紙一重のところで避け続ける。
「どけぇ!」
「どくわけにはいかんだろーが!」
 ムウが叫びと共に四つの金色の魔砲陣を展開した。
『ガンバレル、ランダムシュート』
 不規則に動く魔砲陣からジャスティスに閃光が撃ち出されるが、紅い装甲には傷一つ付けることすら叶わなかった。
「ちっ、流石だな」
 顔を歪めるムウに、ジャスティスの拳が放たれる。
魔力を纏った拳は、金色の障壁との一瞬のせめぎ合いの後、障壁を粉々に打ち砕く。
 更にその勢いは障壁を砕くに止まらず、障壁を展開したムウ本人を砕かんと突き進む。
「くそっ」
 しかし、ムウにとっては稼いだ一瞬が運命を分けたのか、ぎりぎりのところで回避に成功した。
「このっ!こんなことを、本気で坊主が望んでいるとでも思っているのか!」
 その怒りを噛み潰したかのような台詞にアスランもまた怒りを押し殺し言い返す。
「何も分からぬくせにっ!したり顔でぬけぬけと!」
 繰り出される拳は先程より速く、強力になってムウへと叩き込まれた。
 悲鳴すら残せずに地上へ叩きつけられたムウにそれ以上の関心が無いのか、ジャスティスは目前の大聖堂へと進路を取りその場を去った。

 聖王教会でも「それ」を知る人物は殆どいない。
 最高地位である聖王を含めて、恐らく一桁の人数しか知らないであろう「それ」は、今、既に教会の人間ではない者の手で動き出そうとしていた。
 回り始めたデュートリオン・サーキットが、「それ」の全身に魔力を送り始める。
「君の主はここにはいないよ。だから、主のもとに跳んで」
 告げられた言葉に反応するかのように、「それ」の眼に光が灯る。
 展開されるのは次元を越えるための術式。
 それは、この世界にはいない、未だ目覚めぬ主のもとに行くための翼。
 魔法陣が輝き出し、次元の扉を開け放つ。
「行って。そして、ラクスたちを助けてあげて……僕の時間はもうなくなっちゃったから」
 眩い光が消えた後、そこには何も残っていなかった。

 聖都・オラトリオ。
 聖王教会の総本山であるこの都市は、炎の海に飲み込まれていた。
 この都を滅ぼしたのは、三機の巨大機神・デストロイ。
 古の超文明の技術で生み出された殲滅魔導兵装であるデストロイが侵攻を開始してから半刻、栄華を極めた聖都は無残な瓦礫の山と成り果てていた。
「はーはっはっ!ごめんねぇ、強くてさ!」
 デストロイの一機が、胸部から極大の閃光を放つ。
 それは聖都を防衛していた最後の騎士の一団を丸ごと飲み込み、跡形も無く消し去ってしまった。
「おい、アウル。お前の魔力出力が落ちてきてるぞ」
「アウル……撤退する」
 他の二機からの通信に、アウルと呼ばれた少年は顔を顰めながらも、素直に指示に従い下がり始める。
「くそ!だから骨董品は嫌なんだよ!」
「そう言うな。とっとと帰って休ませろよ。この戦いで終わりって訳じゃないんだからな」
「ん?……何だろう?」
 少女の言葉に、他の二人が身構える。
 探知魔法を走らせ、その正体を朧げに掴む。
「これは!?」
 その圧倒的な魔力反応に、三人は驚愕した。
 自分たちの駆るデストロイと同等、もしくはそれ以上の魔力値。
 そしてそれは、次元跳躍の反応と共に、忽然と姿を消したのだった。

 大聖堂の外壁が、三の光条に粉砕される。
 立ち込める粉塵の中から現れたのは紅い機神。
「変わらないな、ここは」
 誰へでもなく呟いた言葉は、遠い過去への想い。
 心地良い思い出に浸るという誘惑を振り切り、アスランは自分の父親が待つ聖の間に向かう。
 途中、個人単位の騎士の抵抗にあったが、それも苦も無く撃退し、アスランは聖の間に辿り着いた。
 玉座の間に当たるこの部屋は、必要以上に高い開放的な天井、これでもかというぐらいに備えられた最高級の調度品、それでいて悪趣味とならない職人のセンスの良さが光る部屋だった。
「……アスランか」
 その部屋で豪奢な椅子に腰掛けて待っていたのは、聖王教会の最高権力者、パトリック・ザラ。
 純白の法衣を纏ったその姿には、以前のような覇気は無い。頬は痩せこけ、顔色は白く、しかしその眼には辛うじて力が残されていた。
 パトリックは目の前に聳えるようにして立つジャスティスを操る自分の息子へと問いかける。
「何故だ?」
「何がです?」
「何故、このような愚かな真似をした?」
「父上……あなたはどこまで俺たちを馬鹿にすれば気が済むんですか?」
 静かな怒気を含む声に、パトリックは背中に冷たい汗が流れたのを感じた。
「思い直せ、アスラン。例えどのような魔法を用いても、死者は蘇らないのだぞ!」
「いいえ、父上。我らはその奇跡を見つけたのです」
「何?」
「これ以上語る必要はありません……残念ですが、お別れです」
 紅い腕が、光剣を振り上げる。
 パトリックは悟った。
 この一撃は、自分では防げないと。
「やめろ、引き返せなくなるぞ」
「引き返す気などありませんよ」
 深い亀裂の入った会話。
それが、親子の最後のやり取りとなった。

「フラガ団長が帰還したぞ!負傷してる、医療班を!」
「いや、俺はいい。それより他のところに一人でも多くまわせ」
「は、あ、了解」
 鮮やかな金髪を煤と血で汚して、ムウはやっとのことで自分たちの本陣に帰ってきた。
 勇んで出撃したはいいが、数分の足止めにもならないとは情けないと思いつつ、命からがら逃げ出してきたのだ。
「ふう、どっちかって言うと、見逃されたってわけだが」
 ムウは目の前で最終調整を受けている自分たちの次元航行艦、アークエンジェルを見上げながら、悔しさを噛み殺しながら呟いた。
「すまんな、坊主……だが、まだだ」
他人には絶対に聞かせない(一人例外がいるが)弱気を一瞬吐き出し、ムウは短距離転移魔法を起動し、アークエンジェルのブリッジへと転移した。

 マユ・アスカは、操縦席で一人死者への冥福を祈っていた。
 それが単なる自己満足だとしても、汚い偽善だとしても、そうしないと自分が崩れてしまうという危機感からの行いだった。
 まだ幼い少女であるマユには、この惨状は少々きつかった。
「大丈夫ですか、マユさん」
 念話を通して聞こえてくる涼やかな声に、マユは申し訳なくなった。
「いいのです。あなたは良く頑張ってくれました。帰還してください。アスランが大聖堂を陥としました」
「了解」
 仲間の朗報も、今のマユにはあまり嬉しいものではなかった。
「……でも、仕方がない」
 マユは正統なる主より託された機神・フリーダムを駆り、自分たちの本陣へと帰還するために飛び立った。

 移動庭園エターナル。
 永遠の名を冠した巨大な建造物は、聖都の空を悠然と飛んでいた。
 何者にも傷付けられない、聖女の庭園。
 それがラクスたち反乱組の拠点であった。
 その庭園の一部、小鳥が囀り、色鮮やかな緑を眺めることができる小道を、一人の女性が歩いている。
 神子と謳われた聖女、ラクス・クラインである。
 黒い喪服のようなドレスを着て、沈痛な面持ちで歩み続けるラクスに、一人の男が近づいてくる。
 導師、マルキオ。
 ラクスでさえ詳しいことは知らない男だが、機神の復活に、聖都の結界解除など果たした役割は決して小さいものではない。
「神子様」
 だからといって信頼していい人物ではないとラクスは思っている。
 ラクスは警戒心を笑みの下に隠しながら、マルキオへと向き直る。
「どうしたのです?導師」
「いえ、件の彼女。代替物の少女のことです」
「……それがどうかいたしましたか?」
「ええ、彼女は戦うには向かない性格です。しかし、それでは我々が困る」
 マルキオの言いたいことが分かっていながら、ラクスは続きを促した。
「ですから、彼女には目を覚ましていただきたいのですが……よろしいでしょうか?」
「……かまいません。あなたの好きにしなさい」
 それは、以前の彼女からは考えられなかった決断。
 しかし、愛する者を取り戻すために、彼女は変わった。
 それは沈痛な面持ちの中に、うっすらと笑みが見え隠れしているのを見れば分かるだろう。
「では、早速準備に取り掛からせていただきます」
 そう言って歩き去るマルキオの背中を見送ると、ラクスは想い人へと決意を伝える。
「待っていてください、キラ。必ず、私があなたを蘇らせてさしあげます」
 この世の理すら越えるため、ラクスはどんな犠牲をも厭わない。
 止まらぬ想いを胸にしまい、ラクスは聖都を陥とした者たちに労いの言葉をかけるため、庭園の港へと歩みだした。

 燃え盛る聖都を後に、一隻の大天使が次元を越える。
 いつか必ず帰ってくることを誓って。