黒い波動_プロローグ

Last-modified: 2007-11-18 (日) 15:41:53

 暗い場所に、ただ一人。ここは憎悪と後悔に染まっていた。
(討てなかった……。討つと誓ったのに)
 それは誰へでもない自分への誓い。仲間を、彼女を、家族を殺した蒼い翼。あいつを討つために俺は力を手に入れた。仲間も協力してくれた。作戦は完璧だった。絶好の機会が訪れていた。
 それなのに。
 迂闊だった。ミネルバからの自分たちの危機を知らせる通信。それに気をとられた一瞬の隙をつかれ、無様にあいつに撃墜されたのだ。こちらも何とかビームサーベルであいつの翼を切り裂いたが、コクピットまでは刃は届いていなかっただろう。
 一瞬のうちに頭部、右腕、右翼を持っていかれ、墜ちた先は凍える海。深く、深く、俺の機体は沈んでいった。
 ミネルバがどうなったかは分からない。おそらく窮地にたたされているだろうが、今の俺には守ってやれない。その力がない。
(くそぉ、せめて、せめてあいつだけでも!!)
(……かね?)
(あいつだけでも!!)
(……くいかね?)
(……?声?)
(そんなに憎いかね?彼が)
(そんなのっ!憎いに決まっているだろう!)
(くく、そうか。それならば……君にチャンスをやろう。人類の業を討ち、大切な者を取り戻すチャンスを)
(な、何を言っているんだ?そもそも、お前は誰なんだよ!?)
(くく、そんなことを気にする必要がどこにある?チャンスはいつも一瞬だ。君もそれを、先ほど嫌と言うほど思い知ったのではないのかね?)
(それは……)
(さあ、選べ!このままここで何もできずに逝くか。それともその手に希望を掴むか!君の意思で!選びたまえ!!)
(俺は……)
 迷いがあった。海上では仲間が危機にたたされているかもしれない。
そうだ。冷静になれ。この機体の通信装置はもう使えないはずだ。それなのに、この声はどこから聞こえているのか?少なくとも幻聴ではないことは確かだ。この声には意思がある。そう、俺と同じ、あいつを憎む意思が。
(なんだ……。簡単じゃないか。こいつも、あいつを憎んでいるんだ)
 その瞬間、何かが変わった。
思い出せよ、俺。
 家族を殺し、安息を奪ったのは誰だ?
 仲間を殺し、戦友を奪ったのは誰だ?
 彼女を、ステラを殺して!彼女の笑顔を奪ったのは誰だ!?
(そうだ!俺は!あいつを!殺したい!!)
(くく、よく言った。君ならそう言ってくれるものだと信じていたよ。さあ、来たまえ。彼も来る。君に殺されるために。君はその力で、全てを取り戻すのだ)
 その瞬間。
 いままで暗闇に包まれていたコクピットは、目を開けて入られないほどの光に包まれた。
(ようこそ、新しい世界へ)
 今思えば、そもそもの過ちはここから始まったのかもしれない。
敵への想いではなく、仲間への想いが強ければ……
だが、憎しみに燃える俺の心は、そんなことに気付けるはずもなく、この世界に別れを告げたのだった。

 アースラに到着すると、さっそく次の裁判の準備が始まった。
 中盤にさしかかった裁判は、館長であるリンディ提督や彼女の息子のクロノ執務官、たくさんの人たちの協力のおかげでかなりいい線まで持ってこられた、とエイミィさんが言っていた。だが油断も禁物だと。
 そのため、今日もまた事件の資料作りをしようと思っていたのだけど。
「フェイトさん、頑張りすぎるのも良いけど、裁判があった日ぐらい休まないと体を壊すわよ。今日はもう休みなさい」
「無理をしすぎて倒れられるほうが迷惑だからね。今日はもう休むといい。」
 そんな二人の好意に押されて、私はあてがわれた自分の部屋へと向かっている。
「フェイト。今日は疲れたろ?」
「ううん。皆が私のために頑張ってくれてるから。こんなことぐらいで疲れたなんて言えないよ」
 横を歩くのは使い魔でもあり、心許せる友でもあるアルフ。
 私はアルフにも迷惑をかけっぱなしだ。でもアルフは嫌な声一つださずに、私についてきてくれる。
 そしてもう一人。
「ねえ、フェイト。なのはにいつものやつを送ったらどうだい?」
 私の最高の親友、なのは。
 私を救ってくれた恩人であり、今も私のことを心配してくれている。
「うん、そうだね。今日の報告も送りたいし」
「じゃあ、善は急げってね。早速準備しよう」
 アルフが元気良く駆けていく。そんな姿を微笑ましく思いながら、私は自室を目指した。

「エイミィさん、お疲れ様。何か変化はあったかしら?」
「あ、艦長。おかえりなさい。その、たいしたことではないとは思うんですけど」
 そう、これは些細な違いだ。普通の人間なら見逃すほどの小さな違い。
「ここを見てください。艦長たちがアースラに着いたときの数値なんですけど……この部分、微妙にいつもと違うんです」
「本当ね。でも、次元転送自体は何の問題もなかったわ」
「そうなんですよね。多分、外部からの干渉……とも言えないぐらい小さな値なんですが」
「ちょっとした偶然ってことは?」
「私もそう思うんですけど、何か引っかかるような、そんな感じがしたので」
「エイミィさんがそう言うなら、気に留めておく価値はあるわね」
 そして、この件に続くようにいくつかの業務報告をした後、私たちの話はいつの間にかフェイトちゃんの裁判の話へと移っていった。

「フェイトー、ほら早く早く」
 アルフが部屋の前で私を待っている。
(もう、あんなに楽しそうに)
 数ヶ月前はあんな笑顔、見ることはできなかった。浮かべるのは、いつも私の身を案じている顔だけ。私たちが変わることになる一つの出来事。
(……母さん)
 やっぱりまだ拭いきれない。今でも夢に出てくるあの人。忘れることなんてできっこない。私の最愛の人。私は……。
「フェーイト。ほら、さっそく撮ろうよ」
「え?あ、うん。そうだね」
 いけない、またあのことに沈みそうになる。
 アルフの方を見ると、楽しげにビデオカメラの設置をしている。きっと気付いている。なのに知らないふりをしてくれている。それも私を思いやってくれているから。
(ありがとう、アルフ)
 私もアルフに応えないといけない。
「ほら、フェイト。ここ、ここ」
 アルフの指示に従って、ビデオカメラの前に立つ。何回やってもこの場所は緊張する。なのはに見られるんだから、格好悪いところは見せられない。ちゃんとしなきゃ。
「いくよー」
 そう言ってアルフがビデオカメラのボタンを押そうとした瞬間。
「!?何?」
「フェイト!」
 突然、私の部屋に次元転送の扉が開く。
「アースラの内部に!?どうやって?」
「考えるのは後だよ。バルディッシュ!」
 私の呼び声に応え、バルディッシュが起動する。
 私はいつでも牽制の魔法が撃てるように、アルフは捕縛魔法を放てるように二人で身構える。この突然の侵入者にリンディ提督たちも気付いているはずだ。すぐに誰かを送ってくれるだろう。私たちはそれまでの繋ぎだ。
「来る!」
 転移の光が消えると共に、侵入者の姿が、姿が……
「な、は、は、はだ」
「フェ、フェイト!あ、あん、あんなもの、見ちゃだめだー!」
 アルフが慌てた様子で、私の目を塞ぐ。
 私の部屋に、突如として転移してきた彼。そう、彼は何も服を着ていなかった。いわゆる、その、は、はだ…裸というやつで、男の子だったから、その……
「フェイトに!変なものを!」
 アルフが私の目を塞ぎながら、魔力を集中させていく。
(アルフ?それはちょっと……)
 牽制にしては明らかに過剰な魔力を
「見せるなあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 正体不明の少年に思いっきりぶつけたのだった。

何がどうなったのかは分からないが、目が覚めたら屈強な男に取り押さえられていた。最初は意識がはっきりしていなかったのだが、腹部に感じる痛みで覚醒していった。
 そこで気付いた。
何故?どうして?俺は裸なんだ?
周りには変な服を着た屈強な男。俺、裸。
本気で暴れた。あんなに必死になった覚えがないぐらい、もう死ぬ気で。
 両腕を押さえていた男を強引に吹っ飛ばし、近くに控えていた男には鳩尾に蹴りを叩き込んでやった。
 ここがどこかは分からないが、とりあえずこの部屋から出ようと思い、ドアらしきものへ駆け寄り…
「どうしましたか?」
 いきなりそのドアが開き、金髪の少女が入ってきた。
 今思えば、あまりの状況に俺は錯乱していたに違いない。
 俺は目の前の少女の肩を掴んで
「君みたいな子がこんなところに来ちゃダメだ!ここは危険なんだ!早くあっちに……」
「へ?あ……あ……」
「ボーっとしてちゃダメだ!ここには危険な男たちが……」
「それは!お前のことだろうがっ!!」
 怒鳴り声と共に、俺を衝撃が襲った。薄れていく意識の中で、拳を突き出し俺を睨みつけている少女と、顔を真っ赤にさせている少女を見た。
(あ、そうか。俺、服着てなかったんだ。……俺、あの子に見られた?)
そんな情けない思いと共に、俺は意識を失った。
 

 そうして再び目を覚ましてみれば、俺は独房?らしきものに閉じ込められていた。
 服も着ている。
(いつの間に着せられたんだ?ていうか誰だよ?着せたのは)
 俺が意識を取り戻すのに合わせるかのように男たちが部屋に来て、俺は連行された。
(監視されていた?当然か……こいつらはいったい何者だ?見慣れない制服、少なくとも友軍ではないよな。でも、連合にもオーブにもこんな軍服はないは…)
 そこまで考えて妙な違和感があった。
(今、俺は何を考えた?)
 連合?オーブ?何なんだ、それは?言葉だけは自然にでてきたが、それが何を意味しているのか分からない。
 そんなことを考えている内に、俺は少し広めの部屋に通された。
 中央にある大きなテーブルに、何人かの人間が座っていた。
(ん?あの子たちは)
 その中には先ほどの少女二人もいた。金髪の方はこちらに目を合わせようとしないが、もう片方の少女は積極的にこちらを見ている。いや、睨みつけている。
 他には女性が二人に少年が一人。
 その中の一人、恐らく一番偉いであろう女性が俺に着席を促した。
 逆らってもしょうがないので、俺は素直に着席する。
 そして、俺に対する事情聴取が始まった。

「では、まず名前から聞かせてもらえるかしら」
 名前……か。
「名前は……シン・アスカ?」
(おかしい、自分の名前に自信がない。何でだ?確かにシンって名前は間違いないのに、この感覚は何だ?)
「?そう、よろしくシン君。単刀直入に聞きたいのだけど、あなたの目的は何かしら?」
 その質問で、目の前の五名の緊張感が少し増した、気がした。
 だけど、その質問はおかしい。むしろ俺が聞きたい。
(どうなっている?状況が分からなきゃ、動きようがない)
「シン君?」
「え、あ、目的とか、そういうのは、その、無いです」
 とりあえず正直に答えてみたが、俺の答えに困った顔をする女性。
 対照的に、少年の表情は厳しくなり
「じゃあ、これは何なんだ?」
 そう言って、テーブルの上に何か小さな金属を置いた。
 見慣れない、三角形の金属。
「それが何なんですか?」
「とぼけるな!分かっているのか?これがどういったものなのか!こんなものを!」
「ほら、落ち着いてクロノ君」
 何が癇に障ったのかは分からないが、クロノと呼ばれた少年は興奮し、隣に座っていた女性に宥められていた。
「シン君。もう一度聞くわね?あなたの目的は何?正直に答えて頂戴。大丈夫。悪いようにはしないわ」
「提…この人の言っていることは本当だよ。私も助けてもらってるし」
 さっきまでの態度が嘘のように、あの金髪の子は、大丈夫だよ、みたいな声音で俺に話しかけてきた。その様子からは本当に俺を心配していることが伝わった。
 しかし、いろいろ言われているが、さっぱり分からない。ていうか、そもそも何で俺はここに?俺としてはあんたたちの目的を聞きたい。何で……
「俺を……俺、を?」
 違和感が大きくなっていく。そう、何か、大切なことを忘れているような気が……
「何を?あれ?」
 大切?何が?
「シン君?」
「分からない」
「?」
 皆の視線が俺に集まる。
「分からない」
 ようやく違和感の正体が分かった。
「俺は、一体何なんだ?」
 俺の中から、思い出が消えていたのだった。

「ふぅ、アースラ出航以来初の侵入者と聞いて行けば、あんな変態、しかも記憶喪失だと」
 さっきから、この言葉は何度目だろう?
 クロノはイライラした様子でこの件に関する書類を作成していた。
 私は最初に接触した人間としての意見を求められて、こうしてクロノを手伝っている。私の横ではアルフが気持ち良さそうに動物形態で寝ていた。
私は書類の作成をいったん中止し
「ねえ、クロノ」
「ん、どうしたんだい?」
「あの人、シンさんはどうなるの?」
 事情聴取の最中から気になっていたこと。彼はどうなってしまうのか?
「大丈夫さ。裁判に影響はないはずだ。彼の件は、君は気にしなくてもいい」
「でも…」
 何かを察した様子で、クロノは真剣な表情で
「ショックなのは分かる。だが、僕にはこう言うことしかできない。忘れるんだ、一刻も早く」
と、見当違いのことを言ってきた。
「いや、そうじゃなくて。あの人、もしかして逮捕されるのかな?」
「ああ、残念だが仕方が無い。彼は猥褻物陳列罪で」
「クロノ!」
「ちょっとしたジョークだ」
 何がジョークだ、だ。クロノはいつも生真面目なのだが、たまに人をからかうところがある。今がそうだ。それに、あ、また思い出してしまった。彼の、その……
「悪かったよ、そう怒るな。ん?フェイト?」
「あ……何でもない。それより」
「シン・アスカのことか。調査の結果が出るまでは何とも言えないよ。だが、彼が持っていたあのデバイス。正直、ただではすまないだろうね」
「そう……」
 そう、アースラへの侵入。それだけならまだ簡単な案件になったはずだ。
 彼、シンさんが出現した近くに落ちていたデバイス。簡単な解析から分かった情報。何故かは知らないが彼専用であること。未完成であること。この二つにはそこまで問題ない。問題なのは最後の一つ。
「非殺傷機能の非搭載。最初から完全に物理破壊のみを想定した設計。いや、あれは人を殺すための設計だ」
 そうなのだ。彼が持っていたデバイス。持っていること自体が罪に問われる代物。そう、あれは兵器そのものだ。記憶喪失だからといって、その所持を見逃してもらえるのか?
「あの人は、悪い人なのかな」
「悪いやつに決まっているだろう。あいつはフェイトに裸を見せたんだよ」
 それまで寝ていたはずのアルフがいつの間にか目を覚まし、憤りを隠せない様子で会話に入ってきた。
「アルフ、でもそれは事故みたいなもので……」
 また思い出してしまった。あう、でも男の人ってああなっていたんだ、って私は何を。
「それでも!許しちゃいけないんだよ」
 アルフは人間形態になると、拳を虚空に連打しながら、一人で怒りを増幅させていく。
 私は私で、その、先ほどの衝撃的な映像が……
クロノはそんな私たちの様子を見ながら、深いため息をもらしていた。

「どうするのだ?貴様の言う計画に支障がでたようだぞ」
 私の前に座る男が厳しい調子で問いかけてくる。
 もうじき初老に足が届くか、といった男だが、その姿からはいまだ活力が衰えていない。
(たのもしいものだ)
 私の笑いが気に食わなかったのか、男がその目を細める。
「いえいえ、誤解なさらぬように。計画にはアクシデントは付き物でしょう?今回は少々想定外でしたが、むしろこちらのほうが我らにとって都合が良い」
「どういうことだ?」
「アースラ。例の場所と関係がある艦です。ご存知でしょう?」
 そう、この男の悲願を果たすための舞台。そこに繋がる艦。
「これで、我らの存在を気取られること無く、彼を配置することができる」
「……」
「まあ、それにはあなたの御力を借りることになるとは思いますが……おそらく調整なしでは辛いでしょう。ですがあなたなら、検査、という名目でそれができるはずだ。その点、よろしくお願いしますよ」
 私の言葉に答えることなく、男は無言で部屋をあとにした。
 くく、あの男の願い。人の業の一つを消滅させること。だが、それもまた人の業だということに、あの男は気付いているだろうか?
 おそらく気付いているだろう。だが、憎悪か使命感か、それでも男は止まらない。
 なんと滑稽な。
「っく、くくく、ははははは。せいぜい頑張ってもらおうか。グレアム提督」