黒い波動_第01話

Last-modified: 2007-11-18 (日) 15:43:27

「っ!?」
「ほら、どうした?この程度もかわしきれないのか!」
 何条もの閃光が、俺を墜とそうと追いすがってくる。
 あれに何度痛い目に合わせられてきたか分からない。一見細く見えるので、低威力に感じる攻撃。前に一度、あれを〈シールド〉で受けたら五発目で破られ、そのまま残りの弾に撃墜された経験がある。物凄く痛かった。
 以降、回避に徹しているのだが、それが難しい。二十単位で追ってくる閃光は、それぞれが自由自在に、しかも割りと高速で動くのだ。これを避けきるのは正直無理だ。
 だが。
『マスター!そのまま下降を!』
「分かっている!」
 今回は完全に攻略してみせる。
 背後に敵意ある光を感じながら、俺は加速に魔力を回す。背にある四枚の翼がそれに応え、更なる加速を俺にもたらしてくれる。
『マスター。タイミングにはお気をつけて』
 胸からの声に俺は無言で答える。
 どんどん近付いてくる地面を見据えながら、タイミングを計る。早すぎては意味が無く、遅すぎるととても痛い。
 あと、5、4、3、2、1。
『今です!』
「ああ!」
 目前まで近付いてきた地面に若干の恐怖を感じながら、俺は強引に体を捻るようにして進行方向を地面と平行に切り替える。その数瞬後、背後からいくつかの爆発音が聞こえた。俺を追っていた魔法弾が地面に着弾したのだろう。
『お見事。マスター、回避は成功です。』
 俺は姿勢制御に気を付けながら、あの閃光を撃った張本人に笑ってみせる。
「へへ、どうだ!これでもう、あの攻撃は効かないぜ」
 そう、これこそ俺達が考えた秘策。高速、自由自在の魔法弾だが、完全に自由自在という訳ではない。どうしても無理な動きというものがある。それを利用した回避方法だ。この策はずっと考えてはいたが、今までの飛行魔法の実力では無理な機動だった。
 だが、ここ数日の集中的な訓練で、ついに体得したのだ。
『マスター!!』
「ん?」
 しかし、決定的なミスが一つ。少しハイになっていたのだろう。それはあまりに致命的な油断だった。
「どうし」
 衝撃。
(な?何が……)
「少し調子に乗りすぎだ、シン」
「ぐ……」
 目の前で俺を見ている女。そう、どこか楽しそうに。
「これはお仕置きだ」
 俺の視界一杯の閃光を放った。

 目覚めると、頭部に柔らかい感触を感じた。
「おお、目が覚めたようだな」
「っ、アリア?」
 まだ痛む体を起こす。どうやら膝枕されていたらしい。こうされるのはもう何度目だろうか。
「今回でちょうど二十敗目だ」
 なるほど、二十回目か。
「くそ、絶対にかわしきったと思ったのに。アリア、一体何したんだよ?」
 膝枕はどうでもいい。いや、感触が気持ち良いといえば、まあ、良いのだが、それは同時に敗北の感触だ。今は聞かなければならない。最後の一歩手前、あの背後からの攻撃の方法を。
「ん?あれか。簡単だ。二十の内の何発かにブレーキを掛けただけだ」
「な?」
 そんなバカな。いや、冷静に考えれば想定できただろう。飛行魔法の出来栄えへの満足感が、若干の集中力不足を招いたのだ。
『申し訳ありません、マスター。わたしが感知できなかったばかりに』
 傍にある三角形の金属からの謝罪。
「ふふ、それは仕方が無いことだ。お前が感知できないと知っていたからの選択だ。悪く思わんでくれ」
 アリアはそう言って押し黙る金属を手で撫でる。
「それよりもだ」
「!」
 まずい。アリアの声色が変わった。
 俺は慌てて逃げようとしたが
「遅い」
 逃走は叶わず、襟首を掴まれ
「何だ?先ほどの言葉遣いは?師匠に向かって使う言葉使いじゃないなぁ」
 右腕の間接をロックされた。
「ぃぃぃぃぃぃぃ!?」
 痛い、痛い、物凄く痛い。
「し、師匠、申し訳ありませんでした」
「聞こえないぞ」
 締め付けが強くなる。
「申し訳ありませんでした!」
「ふふ、以後気をつけるように」
 アリアは何かに満足したらしく、そう言って腕を解放してくれる。しかし、痛みの残滓は続き、しばらく静かに耐え忍ぶ。
『マスター、大丈夫ですか?』
「くぅぅ、これぐらい、何とも」
(オッケー、痛みの波は引いた。それにしても、アリアの奴、今日は割りと甘かったような)
 いつもだったら、この三倍ぐらいは痛みが長引く。今日は何故?と考えていると
「ふふ、あの機動のご褒美だ」
 そう言って、俺の頭を優しく、労わるように撫でてきた。
「最後の油断は頂けないが、よくあの飛行を手に入れた。これも私の特訓の賜物だな。お姉さんは嬉しく思うぞ」
 どうやら、先ほど見せた飛行魔法の上達振りを褒めてくれているらしい。この女性は厳しいだけでなく、優しさも持ち合わせている。訓練当初はスパルタだけの気に食わない教官だと思い何度か衝突したが、それも今では良い思い出だ。
そう、思い出。この世界で俺が目覚めてから三ヶ月。記憶を失った俺に新しい思い出ができるには、それは充分すぎるほどの時間だった。

 俺がアースラに出現してから二日。
 俺の元に今回の件を調査するという人物が訪れた。
 初老の、人の良さそうな男だったが、何故か周りは驚いていた。
「な?提督!?一体何故提督が?」
 アースラの艦長であるあの女性の言葉が、俺に理由を教えてくれた。
 俺に残る知識の記憶が言う。提督。簡単に言えば偉い人だ。そんな人物が直々にやって来たのだ。驚くのも当然だろう。
「君が例の?私はギル・グレアムと言う。よろしく頼むよ」
 そう言った彼、グレアム提督は、俺を時空管理局本部と呼ばれる場所に連れて行った。
 そこで数日がかりで、俺と謎のデバイスの調査が執り行われ、出た判定は白。特に怪しい点は見つからない、という結果だった。問題のデバイスは、まだ、非殺傷機能を搭載していなかっただけ、という判定だったらしい。
 多少おかしさはあったが、自分の潔白が証明されたのだ。文句は無い。
 ついでに俺のこともいろいろ分かったらしい。
 恐らくは管理局の管理外の世界から、何者かに転移させられたということ。多少特殊だが、軍属であったということ。遺伝子に人為的な変化が見られたということ。など、その他諸々だ。
 その後、俺はグレアム提督から魔法使いを目指さないかと誘われた。
 魔法が使えれば、俺が元の世界に帰る助けになるということで、俺はそれを二つ返事で受け入れた。
 俺の魔法の訓練とこの世界で生活するのに助けとなる保護者には提督の双子の使い魔、リーゼアリアとリーゼロッテが引き受けてくれた。彼女達二人とは一波乱あったのだが、今では良き師匠であり姉のように思っている。
 金銭面は、グレアム提督にかなり世話になっている。俺の関わることにも、どうやら色々口利きしてくれたらしい。提督にはどんなに感謝してもしきれないぐらいの恩がある。
 俺はもし、俺が元いた世界に帰れなかったら、この人の力になりたいと思っている。
 そのことをリーゼ達に言ったら、嬉しそうに笑っていた。
(悪くない。記憶なんて戻らなくても。俺の居場所はここにある)
 俺は穏やかな日々の中に、確かな幸せを感じていた。

 アリアとの戦闘訓練のあった日の夜。
ここは俺がいつも寝泊りしている場所。俺の家、ということになっている。
 一人だとかなり広く、少し寂しさを感じる時もあるが、今に限ってはそう言えない。
「シン。ここにあった私のクッキーはどこにした?あれを食べたいがためにここに来たのだが」
 アリア、それは昨夜、君の双子のロッテさんが美味しそうに食べていました。
「シーン。喉渇いたー。お前は師匠に茶もだせんのか?」
 ロッテ、ついさっきもガブガブ飲んでたろう?
 とりあえず逆らうと怖いので、アリアに代わりのお菓子を出し、ロッテには茶を出した。
そんなこんなで召使い状態になってから30分ほど経った頃だろうか。
「シン、明日は暇だろう?」
 何の脈絡も無く、ロッテがそんなことを尋ねてきた。
「ん、ああ。明日は訓練も休みだしな。基本的に訓練ぐらいしかやることないし」
 自分で言っていて少し傷つくが、まあ、本当のことなのだから仕方が無い。

「そうか。シン、アースラを覚えているか?」
(アースラ……?っ)
 その時、脳裏に何かがよぎった。男、だろうか?年は俺と同じぐらいだが、正直、髪の生え際がきつい。きっと将来は……。
「…ン!シン!聞いているのか?」
「!あ、ああ聞いているよ」
 どうやらボーッとしていたらしい。
「また、記憶か?」
 リーゼ達は心配そうに俺を伺っている。
「ん。でも心配ない。ちょっと頭痛を感じるぐらいだし」
 そう。あれから数ヶ月。俺の記憶は何かの拍子に、こうして蘇るときがある。医者の話では完全に取り戻すのも時間の問題だということだ。
「まあ、お前がそう言うならいいが……で、話を戻すけど、アースラ。覚えている?」
「ああ」
 アースラ。俺がこの世界に初めて現れた場所であり、今の俺が始まった場所だ。
「そこに私達の弟子、まあお前にとっては兄弟子だな。それが近々この近くまで来るんだ。お、おいしそうじゃん。あん、もぐもぐ」
 ロッテはアリアのクッキーを横取りして食べ始めた。あ、アリアの目が怖い。
「もぐもぐ、その時に、もぐ、模擬戦をやって、もぐもぐ、もらえるように、もぐ、頼んだ」
「ふーん、強いの?その兄弟子って奴」
 ロッテの言葉に、何故かその兄弟子という人間への対抗意識が燃えてきた。
「もぐもぐ、ああ、もぐ、当たり前だ、もぐもぐ、クロノは、もぐも、ぎゅぅっ!?」
「私達が鍛え上げたからな。ロッテ、これ以上はあげない」
 叩かれて喋れなくなったロッテの言葉をアリアが引き継いで説明する。アリアは遂に我慢の限界になったのか、ロッテの頭を叩いたのだ。それも割りと力強く。ロッテは頭を押さえている。痛かったんだな。
 アリアはロッテからクッキーの箱を取り上げると、それを自分の手の届く範囲に置いた。
「はっきり言って万に一つもお前に勝ち目は無いが、その演習から得られるものがあるだろう」
(むっ)
 何だかムカッとするな。リーゼ達がそこまで太鼓判を押す奴だ。どれ程強いか見せてもらおうじゃないか。
「いいぜ。で、その演習はいつやるんだよ?」
「まあ、予定が変わらなければ一週間後だ」
(一週間か……。ふん、やってやるさ)
 俺は心の中でそう決意する。
 ふと、視線を感じてそちらを向くと。
「何だよ?」
 リーゼ達が、面白そうに俺を見ていた。
「べっつにー。ま、頑張りなよ」
「あまり無茶はしないこと。あくまで演習だからな」
 何か面白くないが、一応、応援と受け取ろう。
 その後、リーゼ達は好き放題やって帰っていった。
「……」
 いつものことだが、あの二人が来ると掃除が大変だ。結構迷惑な来客だ。正直、あまり来てほしいとは思わない。
 だけど。
 来られるのを嫌がる自分と一緒に、来てくれるのを待ち望んでいる自分がいること、そのことに気付かない振りをしながら、俺は部屋の後片付けを進めるのだった。

「……ここは?」
 目が覚めるとベッドの上だった。
「く、僕は……」
 起き上がろうとするが、体が動かない。
「起きたか。だが、まだ動くな。お前は三ヶ月も昏睡状態だったのだぞ」
「な、誰?」
 まだ視界がはっきりしない。
「お前は本当ならあのまま死んでいるはずだった。我らの主の慈悲に感謝するといい」
(主?この人は一体?)
「待っていろ。今、主とシャマルを呼んでくる」
 そう言って、恐らく女性であろう、声の主は部屋から出て行った。
「くっ」
 気配が遠ざかったのを確認する。無理矢理起き上がろうとすると
「?」
 額からタオルが落ちた。僕はタオルが乗っているのにも気付かなかった、のか?今の自分はそこまで弱っているのだろうか。
「タオル、看病……していてくれたのかな」
 だとすると、良い人達なのかもしれない。少なくとも害意はないはず。
(話からして命の恩人、ってことになるし、そうだ、お礼、言わなくちゃ)
 意識が再び遠のいていく。
 何かがどたどたと音をたてて近付いてくる。
(そうだ、それからラクスとアークエンジェルに連絡、を)
 ドアが再び開く音と共に、僕は意識を失った。

 演習場の真ん中で、精神を研ぎ澄ます。
 今日、ここで例の兄弟子とやらとの模擬戦がある。俺はこの日のために戦法をいくつか考えてきている。
(楽しみだ)
 兄弟子云々を抜きにしても、今日の模擬戦を心待ちにしていた。実を言うと、リーゼたち以外の魔導師との戦いは初めてなのだ。
 だがやはり、今回の模擬戦で一番大切なのはリーゼ達に俺の実力を示すことだ。
(だいたい、何だよ兄弟子って。そんな奴に頼らなくても……いや、でも)
『マスター。どうやら来たようです』
「……ああ」
 足音のする方に顔を向けると、そこにはいつか見た少年が立っていた。
(こいつは、確かあの時の)
 アースラでの取調べのときに、俺が所持していたデバイスについて問いただしてきた奴だ。
「まさか君がリーゼ達から教育されていたなんてね。あの時はこんな事になるなんて思っていなかったよ」
 そう言って、手をさしだしてくる。握手を求めているらしい。
「今日はお手柔らかに頼みますよ、兄弟子さん」
 俺は握手する手に力を込める。相手もこちらの敵意に気付いたらしく、力を入れかえしてくる。
(く、この)
 こんな奴に負けられない。俺は力を更に込める。すると、相手も更に力を入れかえしてくる。
「は、は、は。良い訓練が、できる事を、期待していますよ、先輩」
「ふ、速攻で、墜とされないように、してくれよ」
「何、だと!」
(こいつ、何だったら今ここで……)
「こらこら、まだ訓練は始まってないわよ。二人とも子供じゃないんだから」
 俺のヒートアップしかけた心が、知らない声の制止を聞いて落ち着きを取り戻す。
(誰だ?)
「エイミィ、別に僕は」
「はいはい、分かったよ。それじゃ二人とも、配置について」
「エイミィ!」
 なるほど、どうやらこの声の主はエイミィというらしい。
 兄弟子、クロノは、ぶつぶつ文句を言いながらもエイミィという人物の指示に従っている。
(ふふん)
 俺も所定の場所に移動する。
『マスター、大人気ないですよ』
「うるさい」
『……』
 胸に輝くデバイスからの微妙に冷めた声に、多少、いや、僅かに反省の意を含めて言葉を返す、つもりだったのだが、出た言葉は結局これだ。この捻くれたところは悪い癖だと思っているのだが、直そうと思っていても直せない。まあ、だから癖なのだが。
「…やるぞ。あいつを倒す」
『了解しました。私達の力を見せ付けてやりましょう』
 負けるものか。リーゼ達があそこまで絶賛するあいつの実力を、俺がこの目で確かめてやる。

「あの人は……」
 私は今、模擬戦の内容を観覧することができる部屋にいる。
 この部屋にいるのは、私にアルフ、リンディ提督にエイミィ、あとよくは知らないが猫型の使い魔が二人だ。
 今日は私の裁判で管理局の本部に来たのだが、閉廷後、寄る所があると言われ連れてこられたのがここだ。私も何度か使用している模擬線が行われる演習場。どうやらここで、クロノと誰かが戦うらしい。来る途中、その誰かをクロノに尋ねたら曖昧な答えしか返ってこなかった。
 で、ようやく模擬戦開始直前に相手が判明した。
「あいつは!?あの時の変態!!」
 隣でアルフが微妙に合っている答えを言ってくれた。
 あの日、私の目の前に全裸で現れた少年。名前は、シンというらしい。まだ直接会話したことはないが、妙に印象に残った人だった。裸が大半を占めているのだけれど。
(夢に出てきたくらいだし。はあ、あれは強烈だったな)
 少し前に見た夢を思い出す。裸の彼に追いかけられるという内容だった。相当うなされたらしく、アルフにかなり心配をかけてしまった。まあ、原因が原因なので、その夢のことはアルフには話していない。というか、話せない。
「……まあ、本当に?じゃあ、あのデバイスを?」
「詳しいことは私も聞いていないのですが、お父様は大丈夫だと」
(?何だろう)
 少し気になる話題だ。
 見ればリンディ提督と、あの使い魔さんが楽しそうに話している。いや、リンディ提督のほうは驚いている感じだ。
「あの子、例の非殺傷機能未搭載のデバイスを使っているらしいね」
「え?」
 背後からの声に振り返ると、いつの間にそこにいたのかエイミィがリンディ提督たちの話している内容を教えてくれた。エイミィによると、あのデバイスは管理局の技術部で調整を受けたらしい。
 故に安全だと。
「それなら心配ないですね。あ、そのデバイスの名前は何ていうんですか?」
 そう、今の私にとって最も大切なことの一つ。
 名前。
 それはただの記号かもしれないが、それの持つ意味はとても大きく、とても大切なものだ。
 だから気になる。シンという少年が持つ、あのデバイスの名前が。
「ああ、あのデバイスの名前は確か……」

「インパルス!フォースジャケット!」
『了解』
 俺の声に、胸に輝く三角形の金属、インパルスが応える。
 一瞬にして、俺の服はトリコロールを基調としたバリアジャケットに切り替わり、背には四枚の赤い翼が展開する。
『先手必勝?』
「当然だ!」
 翼に魔力を送り、俺は一気にクロノとの距離を詰めようとする。
『ビームライフル』
 インパルスが展開したのは中距離攻撃の主兵装だ。
「行け!」
 三連射した閃光は相手に向かって真っ直ぐ駆けていく。この攻撃に何らかのアクションをしてくるはず。それに対応して再びビームライフルを撃ち、相手の隙を大きくしていく。そして隙が決定的になったところで決める、これが俺の考えてきた作戦だ。
「さあ、どうする?」
 だが、相手の対応は予想外のものだった。
(やる気あんのか、あいつ)
 こちらの攻撃が目前まで迫って来ても、クロノはまったく動こうとしない。
 そして。
『直撃です』
 そのまま受けやがった。牽制として放った魔術が直撃。
「へ、何だ。大して強くないじゃん」
「ああ、確かに。大した攻撃力じゃないな」
『警報』
 インパルスの言葉に反応し、俺は慌てて回避に入る。
 その直後、俺がさっきまでいた場所をいくつもの魔法弾が走った。
「な?直撃だったはずなのに、まったく効いてないじゃないか」
 クロノは俺の攻撃を無視して攻撃してきた。つまり、俺の攻撃はあいつの常時展開の魔法障壁さえ突破できなかったってことだ。それをあいつは見切って。
『マスター。ソードジャケットへの換装を』
「いや、まだだ。距離をとってブラストでいく」
『了解』
 俺はいったんクロノとの距離をとった。幸い、クロノは追撃してこない。

「なめやがって。見てろ」
『ブラストジャケット、セットアップ』
 インパルスの声と共に、バリアジャケットの色が黒と緑を基調としたものに変化する。翼は消え、代わりに大砲のようなデバイスが二基現れる。
 こちらのデバイスに向こうも驚いているようだ。だが、もう遅い。
「ケルベロス!」
『ファイア』
 さっきのビームライフルとは桁違いの閃光が走る。
「くっ」
 クロノの澄ました顔が、少し必死な顔に変わる。
(そのまま墜ちろ)
 今度こそ、文句なしの直撃だ。さすがにあいつも防御魔法を展開していたので墜ちてはいないだろうが、ここからが勝負だ。
『フォースジャケット』
 再び切り替わる装備。俺は最大速度でクロノに接近する。ケルベロスを受けたんだ。多少なりとも隙があるはず。そこを見逃すわけにはいかない。
「もらったあぁぁぁ!!」
『ソードジャケット』
 目前まで迫ったクロノを見据え、俺は更なる換装を実行する。バリアジャケットが赤を基調としたものに変わる。
「いくぞ!」
『ビームエッジ』
 両手に持つのは短めの魔力刃。もともとはインパルス唯一のホーミング性に優れた魔法弾なのだが、これがなかなかうまくいかなかった。それを見たロッテの指示により、このような使い方に切り替えた。これが良く馴染み、今ではソードで一番使う魔法になっていた。

「これで!終わりだ!」
「ちぃ」
 すでに体勢を立て直していたのには驚きだが、ここまで近づければ構わない。このまま一気に畳み掛ける。
「はああああああ!!」
 1、2、3、4、5、6……
 流れるように、高速で斬撃を繰り出していく。この速度と連撃にはロッテも驚いていた。
「これは、くっ、なかなかやるじゃないか」
 クロノは自分のデバイスで、こちらの攻撃を防いでいる。そう、必死で。
「これで!」
 二十撃目ぐらいだろうか。ついにクロノの体勢が決定的に崩れた。
「もらったああああああ!!」
 手に持つ魔力刃が消え、代わりに俺の背丈以上ある巨大な魔力刃が現れる。
「エクス!」
 その魔力刃を振り上げ。
「カリバアアアアアアア!!」
 クロノに向かって思いっきり振り下ろす。
 だが。
『マスター!』
「な?」
 振り下ろしている腕に、エクスカリバーに、全身に青い光が巻きついてくる。
「これは、捕縛魔法?」
「君は迂闊すぎる。確かに魔導師としてはユニークなものを持っているようだけど、使いこなせなくては意味が無い」
「何だと!」
「これで、終わりだ」
 クロノの周囲に光弾が次々に現れ、そして。
「うわああああああああ」
 俺の意識を刈り取った。

「おお、終わったみたいだねえ」
「あらら、やっぱ相手にならないか」
 猫の使い魔、リーゼロッテとリーゼアリアという名前らしい、は苦笑しながら彼、シンを見ている。気絶してしまった彼を、クロノが背負って運んでくるところを最後に映像が途切れた。
 リーゼ姉妹とリンディ提督は、先ほどの模擬戦について話し合い始めた。
 アルフの方を見ると、オペレーティングを終えたエイミィと雑談している。どうやら、彼にこれといった興味は持っていないらしい、と思ったが、よく見ると耳をリンディ提督たちの会話に傾けている。何だかんだで、気にはなっているらしい。
「ねえ、フェイトさんはどう思う?」
 突然リンディ提督に話を振られる。もちろん、先ほどの模擬戦の結果についてだろう。
「えっと、接近戦での手数と速さは正直驚きました。それにあのデバイス。普通とは少し違うみたいなので気になりました。それと私としては、何か、あと一歩足りないように感じて。でも、それを補えるぐらいの可能性は充分にあると……」
 私の意見を聞いたリーゼ達が興味深そうに私を見つめているのに気付き、私は言葉を止める。
「な、何ですか?」
「んーにゃ、やっぱそう思うかって思ってさ」
「私たち以外の人間との戦闘を通して、足りない何かに気付いてもらうのが今回の模擬戦の目的だからねぇ。シンは気付けるかしら」
「はあ」
 なるほど。そういう理由があったのか。それにしても、何か釈然としない視線だった。
「おい!降ろせよ!」
「何だ、君は。僕はここまで運んでやったんだぞ」
「そんなこと頼んでない」
「な、君はどうしてそう」
 どうやらクロノたちが帰ってきたらしいが、何か揉めているようだ。部屋の外からなのに声が聞こえてくる。ずいぶん大声を出しているようだ。
 リーゼ達の方を見ると、ため息をつきながら部屋を出て行こうとしていた。その顔がどこか面白そうに見えるのは気のせいだろうか?

(くそ、くそ)
 無様だった。一撃で負けたばかりか、その相手にこうして運んでもらっていたなんて。
「クロ助、お疲れさまぁ。今日はありがとねぇ。」
「シン。君もクロノにお礼を言いなさい」
 俺がクロノと睨み合っていると、リーゼ達が近付いてきた。
「ああ。別にわざわざ礼を言われるほど苦労したわけじゃないひょっ」
「ほーら、そんな憎まれ口叩くのはこの口かぁ?」
 クロノの言葉を最後まで待たずに、ロッテがクロノの頬を抓る。
「ひゃめろ、いひゃいじゃにゃいか」
俺はクロノのその姿を見て、先ほどの言葉で上がりかけたボルテージが落ち着くのを感じた。
「シン。君も笑っている場合じゃないでしょ?さっきの訓練で何か分かったことがあるんじゃない?」
 アリアは二人を無視して、俺に真剣な視線を向けてくる。
「別に。俺は、何も。ああ、防御が甘い、かな?」
 俺の答えに、アリアはため息をついた。不正解らしい。
「君に足りなのは、アクシデントへの対応の甘さよ」
「?」
「君は自分の力を過信しすぎ。自分のとった行動は必ず戦況を有利に導くと信じているでしょ?それが間違いなの」
 いつの間にか、さっきまでじゃれ合っていた二人もアリアの言葉を聞いていた。
「魔導師同士の戦闘は読みが重要よ。あらゆる可能性を想定して動きなさい。シン、君ならそれができる、と私は思っている」
「……」
 アリアの言葉。それは今日の戦闘、いや、今まで重ねてきた訓練の総評とも言っていい言葉だった。そう、足りない。
「本当は自分で気付いてほしかったんだけどね。まあ、次からはこの点に注意して戦えば、もうちょっと上手く戦えるはずよ」
「……」
「返事は?」
「……はい」
 その言葉を聞くと、アリアはクロノの方へ行き、先の模擬戦の話を始めた。
「そう気を落とさないの。次、見返してやればいいじゃん。シンならできる。さ、行こ」
 フォローのつもりらしいことを言って、ロッテもアリア達に続く。
(く、俺は……こんはずじゃ。くそ、くそ、くそ)
 そうだ、こんなはずじゃなかった。最低でも互角に戦って、リーゼ達に見せるはずだったんだ。あなた達のおかげで、ここまで強くなれたと。そのはずだったのに、結果は惨敗。話にならない。リーゼ達も失望しただろう。
「くっ」
 悔しかった。
 気がつけば俺は、リーゼ達とは反対のほうに駆け出していた。