DTC_01話

Last-modified: 2008-12-22 (月) 18:34:16

『……詠唱を確認。“デスティニー”転移シークエンス最終フェイズに移行します』
満身創痍の機体の中、搭乗者も気がつかないところで、それは進んでいた。
『座標、セット完了……後方からの攻撃を感知……シールド展開』
合計七つの衝撃。
致命傷となる七度目の衝撃のみを装甲に浮かび上がった紋様――シールドで防ぐ。
『シールド出力の許容範囲内。ガイドビーコン確認、転移準備開始』
シンが気絶していなければ、目の前の光景に驚いただろう。
ディスプレイに浮かんだ紫色の文字と紋様が、バイザー越しに閉じられた瞼を照らした。

 

『転移、開始します』

 

『“デスティニー”の転移を確認。“レジェンド”転移シークエンス最終フェイズに移行』
仇敵を追い詰めながら、人工知能たる彼女が呟いた。
『“デスティニー”の転移経路をトレース……完了……搭乗者の惑乱、及び敵機の攻撃を確認。シールド展開にて対処』
放たれる七色の閃光。直撃を受けるが、デスティニーと同じように紋様が浮かび上がり、弾く。
ただ一つ、デスティニーと違ったのは、弾いた直後に紋様が消えたことだけ。
『……シールド出力限界、消失を確認。原因推測……威力、速度、ともに予測を僅かに上回った模様。余剰魔力許容範囲を
 超過。転移座標に影響ありと推測。修正に三十七秒を要す……転移シークエンスを優先』
その言葉の羅列と共に、ディスプレイを流れる文様が速さと輝きを増していき――
『転移開始。座標……暫定設定“ミッドチルダ”』

 

一斉に消えた。

 

薄暗い部屋。喧しい電子音が、長椅子に転がった男の鼓膜に叩き付けられる。
男が、奇妙な呻きと共に身を捩った。

 

「……ん……もう、朝か………」

 

気だるげな呟きと共に伸ばされた右手が、端末を掴む。
一通りの操作を行うと、電子音は泣き止んだ。
その操作と平行して伸ばされた左手が、皺がよった白衣を引き寄せる。

 

「……む……違ったか……」

 

――訂正。間違って引き寄せた黒犬のぬいぐるみを放り投げ、今度は長椅子から身を起こしてしっかりと掴み取る。
所々に得体の知れない薬品が染み付いた白衣に袖を通しながら、大欠伸を一つ。

 

無精髭が疎らに生えた顎を撫で、白衣のポケットから棒状の携帯食料を取り出す。
食料のパッケージを開封しながら、再びの欠伸。

 

男の名は、ジェイル・スカリエッティ。
後の世に、稀代の時空犯罪者として名を刻まれることとなる男。

 

「ふむ、今日の予定は、と……」

 

手元に置いたままだった端末を操作し、空中にウィンドウを呼び出す。
金属質の球体や流線型の何かが表示されている。

 

「……Ⅰ型の全体出力強化にシュミレーションデータのフィードバック、Ⅱ型プロトタイプの動作試験か。
 あとは……娘達のポッドの点検もだな」

 

ぶつぶつと呟く度に口にくわえた携帯食料が欠け、欠片がぼろぼろと落ちる。
欠片は長椅子の生地や白衣にこびりつき、新たに染みを描いた。
それにまったく気を向けず、ウィンドウをスクロールさせるスカリエッティ。

 

その視線が、ある一点で止まった。
既にスケジュールの段は過ぎ、スカリエッティが眠っているうちに起こったことを記録している段。
何時もならば何も表示されていない箇所、その段に、妙な事が表示されていた。

 

「時空転移の痕跡? この拠点の内部にか……何故セキュリティシステムが作動しなかった?」

 

本来ならば、時空転移を用いた奇襲を防ぐためのシールドが常に展開され、この拠点の内部には転移が不可能な筈。
もしそのシールドが破られた場合も、侵入者を迎撃するためのシステム――AMFを中心とした対魔導士兵器の山――が
それをお出迎えする……あくまでも、理論上の話ではあるが。

 

確認するためにその地点の監視カメラの映像を呼び出すが、それに答えたのは画面を覆う凄まじいノイズと甲高い絶叫じみた
雑音だった。
酔っ払った男の歯軋りのようなそれが、スカリエッティの目と耳に直撃する。

 

「……面倒だが、直接確認するしかない、というところかな?」

 

耳を抑え、少し涙目になりながら呟いた。

 

第三格納庫。
転移反応があった地点。
Ⅱ型などのガジェット用なのだが、今は何も無い。

 

「ほう……これは……」

 

いや、無かったというべきか。
壁の所々に亀裂が入り、床には焦げたような跡が残っている。
その中心、ちょうど部屋の中央に、それはいた。

 

「人間か……魔導師ではないようだね」

 

漆黒の頭髪と、赤いボディスーツを纏った少年。
ぐったりと倒れ伏す身体に意識の気配は無く、顔色も良いとは言えない。
周囲には幾つかの機械が散らばっていた。

 

「ふむ、次元漂流者か、それとも……まあどちらにせよ、消えて貰う事には変わりが無いか」

 

呟きと共に上げられたスカリエッティの右手に光が集まり、大型の拳銃が現れる。
その銃口がぴたりと少年に向けられ、安全装置を解除し、引き金を――

 

『お待ちください。彼は貴方にとって有益な情報をもつ人間です』

 

引く寸前に聞こえた無機質な声に、動きを止める。
女性の声だったが、この場にはスカリエッティと少年しかいない。
『こちらです。“私”は』
声の発信源を探し彷徨うスカリエッティの視線。それが、少年の右手のすぐ傍に落ちている桃色の箱に固定された。

 

『そう、それが“私”です』
「……君は、人格搭載型のデバイスかね?」
『いえ、現在の私は単なる端末に過ぎません……ジェイル・スカリエッティ様ですね?』

 

自分の名前を知っているということに、多少の驚きを表情に滲ませ首肯するスカリエッティ。
その驚きが、次の言葉で更に顕になった。

 

『改めて名乗りましょう。私は擬似人格型魔導サポートプログラム“デスティニー”ジェイル・スカリエッティ様、
 我が創造主から貴方に伝言を預かっております』

 

“デスティニー”から光が空間に投影され、その中に、ひとつの影が映りこんだ。

 

「……何?」

 

スカリエッティの顔が、はっきりとした驚愕の表情に変わる。
彼が知った顔が、そこには映っていた。
黒い長髪、白皙の肌。その口元に浮かんだ余裕を感じさせる微笑。

 

『久し振りだね、ジェイル』

 

「ギル、なのか?」
『はい。この方は我らの創造主、ギルバート・デュランダルその人です』
デスティニーが解説するが、スカリエッティの耳には届いていない。

 

『さて、君がこれを見ているということは、恐らく私は既に討たれているだろう。できることならば直接の再会を果たしたかったが、
そうも言ってはいられないのでね』
「……討たれた、か……」
驚愕から落胆へとスカリエッティの表情が一転する。
死んだと思っていた友人の生存と死を知ったのだから仕方がないのだろうが。

 

『単刀直入に言おう。頼みがある』
スカリエッティの落胆を気にも留めず、映像のデュランダルは言葉を続ける。
記録された映像ゆえの正確さをもって。

 

『そこに、次元漂流者の少年達がいるはずだ。彼らの保護を頼みたい。
 特に金髪の少年――レイというんだが、彼はクローンでね。こちらの技術の不完全さゆえに、生まれつきテロメアが短いんだ。
 君は、それの治療も行えたはずだね?』

 

落胆に沈んだ頭で、スカリエッティは考える。
確かに自分はそういった技術を持っている。
根が善人のギルのことだ。そのレイという少年をこちらに送ったのも純粋な好意からだろう。
だが、それ故に不可解だ。

 

一人の治療の為ならば、その人物のみを転移させれば良いだけのこと。
何故関係が薄い人間も送ったのか?

 

『おっと、疑問に思っているだろうね。レイはともかくもう一人を転移させる必要はないだろうと。
 こう言えば分かるかい? もう一人の彼――シンとレイの関係は、嘗ての私と君とのものと同一なのだよ』

 

なるほど、そういうことか。
漸く納得がいった。
嘗ての自分とギル――唯一無二の友。彼らもそういった関係なのだろう。
その友が消えたとしたら、互いに相当の痛手となる。

 

『ゆえに、だ。私はレイを生かしたいし、シンをこれ以上落胆させたくも無い……頼めるかね?
……と、そろそろ時間切れのようだ。ジェイル、あとは君に任せたよ――』
映像が途切れる。格納庫に、再び静寂が戻った。

 

「当然だろう! 私と君の間柄だ、断わる訳が――!?」

 

無い、と言い切ろうとして、そのまま凍りつくスカリエッティ。
彼は気付いたのだ。

 

デュランダルは少年達と言っていた。
だが、ここにいるのは黒髪の少年――シンのみ。
レイは、何処に行ったのか。

 

「……デスティニーといったね。彼は――レイは、何処に居るのかな?」

 

震える声で尋ねるスカリエッティ。
その言葉に、デスティニーが答えた。

 

『現空間内部には反応無し。恐らくは、転移座標のズレによりミッドチルダの何処かへと飛ばされたと思われます』
無機質な声を、何処か悲しみに染めながら、答えた。

 

同時刻、クラナガン郊外にて、小規模な転移反応が観測されていた。

 

反応の直後に発生したクレーター、その中央に、意識を失って横たわる影がある。
長く流れるような金髪を持つ人影。

 

彼は、その周囲に散らばっていた機械とともに、管理局に回収された。
目覚め次第、事情を聞きだすという。

 

歯車は、軋みを上げながら回り始めた――。