DTC_02話a

Last-modified: 2009-03-06 (金) 22:30:26

薄暗がりに浮かび上がる光。
コポコポという音を上げる、水色の薬液に満たされた治療漕。
その中を漂う影。
漆黒の髪に、白皙の膚。閉じられている瞳は真紅。
シンが、治療漕の内部に浮遊していた。

 

その前でカタカタと、キーボードを叩く音が響く。
音を立てるはスカリエッティ。目の前に浮かぶウィンドウ――シンの状態が表示されてい
る――に目を走らせ、解析しているのだ。
と、その目の動きがある一点で止まる。

 

「この反応……リンカーコア?」
リンカーコア。
魔導士に必須の内部機関。
これが無ければ、魔法はおろか、簡単な術式さえ使うことが適わない代物。
それをシンは持っていた。

 

「……なんだこれは。どうしたらここまで酷い損傷を……」
だが、尋常ではないレベルの損傷を受けている。
下手をすれば、その損傷が生命までも害するレベルの。

 

『……恐らくは、転移時の衝撃によるものかと』
横に置かれていたデスティニーが、無機質な声のトーンを落とし答える。

 

「それにしても酷すぎる。本当にそれだけかね?」
声に、多少の棘を交えて言うスカリエッティ。
瞳には、冷ややかな光が宿っている。

 

『…………』
これ以上の答えは無いとでも言うように押し黙るデスティニー。
気まずい沈黙が漂った。

 

「……まあ、いいさ。過ぎた事を議論しても進まない……彼が目覚めない理由は、これか……?」
外傷の治療はほぼ終わったのにも関わらず、シンは目覚めない。
その為に使われる筈の生命力が、リンカーコアの修復に当てられているのだとすれば納
得がいく。
だが、このペースの修復ならば――。

 

「デスティニー。一つ提案があるのだが、聞いてくれるかね?」
『……なんでしょうか?』
「このペースで修復が行われていっては、シンが目覚める可能性はほぼ無いと言ってい
いだろう」
『……そう、ですか……』
デスティニーの声に、更なる落胆が加わる。
その落胆を気にせず、スカリエッティは続けた。

 

「それをどうにかする方法が、今の私には一つだけある。提案とはこのことなのだが……
シンに、機人と同じ処置を施す」
『機人……戦闘機人と同一の処置……』
「そうだ。だが心配はいらない。大きな強化・改造は行わない。リンカーコアを補助するシステムを組み込むだけさ。
故にISが発現する可能性も限りなく低い」
これ以外にシンの生命に影響を与えず、且つ覚醒を促す方法は、無い。
スカリエッティはそう続けた。

 

『……わかりました』
デスティニーは、彼女は了承する。
その返答に、僅かばかり彼女の思惑も混ぜて。

 

俺は――僕は、何処かの山中を駆けている。誰と?
そう、家族と。走って走って……何処まで逃げるんだったっけ?

 

「頑張れ! もうじき港だ!」
先頭を駆ける男――ああ、父さんだ。父さんと、母さんと――と港を目指してるんだ。
父さんの言葉に頷き、前をしっかりと見据える。

 

「あ、――の携帯!」
と、横を走っていた――の手から桃色の携帯電話が滑り落ちた。
数度跳ね斜面に落ちたそれは、見る間に下に向かっていく。
母さんが、諦めろと――を諭すけど、――は駄々を捏ねる。

 

「待ってろ、今取ってくる!」
これくらいは、兄である僕の役目だ。
そう思いながら、斜面に飛び込む。
携帯電話はすぐに見つかった。
偶然にも、途中の木の根に引っかかっていたのだ。
助かった。そう思いながらそれを拾い上げ、ふっと顔を上げ――

 

僕は、それを見た。

 

空の中で、蒼い翼を広げる人型のナニカ。
その翼の先端に備えられた銃口が、光を放つのを見た。
爆風と衝撃が僕を襲う。
吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。一瞬飛びかけた意識を引き戻し、顔を上げた僕の
視界に映ったものは。
赤い。真っ赤なナニカが、まず見えた。
よく見るとその赤は、白っぽいナニカの端から溢れている。
目を擦る。視界が正常になる。
白い指が見えた。細い指。幼い指。
掌が見えた。赤子のような柔らかな掌が。
手が見えた。真白い、よく僕の手を握った手。
腕が見えた。柔らかな檸檬色の袖に包まれた腕。
そして――骨が見えた。赤黒いナニカに塗れた白い骨。
肉が見えた。千切られ、歪に歪んだ赤い肉が。所々に伸びている繊維は、神経かリンパ
腺か血管か。
本来肘や肩、胴がある筈の場所に、それらの歪なナニカはぶちまけられていた。
違う、腕が千切れたのか。なら、千切り取られた胴体は、何処へ行った?
頭を動かし、周りを見回す。視界の端に、赤いナニカがまた映る。
灰色の岩の上に描かれた赤。いや、あれは父か?
万歳のような格好で倒れた赤。母だろう。途中で捩じ切れ、半端だったが。
千切れた腕の少し向こう側の赤。そこに――は居た。苦悶に歪められた顔は半分になっ
ていたけれど。
おかしいな、残りは何処へ行ったんだろう。
探さなきゃ。

 

そして視界は暗転し、また点灯する。

 

――寒い。
当たり前か。雪が振っている。
身体を抱こうにも、両腕には金髪の誰かが居て閉じられない。
この金の髪のヒトは誰だったか。
僕に――俺にとって大切な人? 大切になるはずだったヒト?
思い出せない。大事な事のはずなのに。
唯、憶えているのは、憶えているのは朱い炎と蒼い閃光、そして、
蒼い翼。まただ、またあの翼だ。
俺から家族を奪っただけでは飽き足らず、このヒトまでも奪い取ったのか。
許さないゆるさない赦さない、殺してやる壊してやる。
俺が、ころす。

 

沈んでいく誰かが薄れ、場面が変わる。
目の前には、俺から全てを奪った蒼い翼。
こいつさえ居なければ。
――は笑っていただろうし父も母も誰かも生きていた。
だから、それを奪ったこいつは死ねばいい。
こいつが死んで壊れれば帰ってくる――誰が?
誰だろう、どうだっていい。こいつは、殺して壊す。

 

俺が駆るこの機体、インパルス。
飛来したソードシルエットから右手でエクスカリバーの片割れを引き抜き、その勢いのまま、まずは奴の
左腕を引き裂く。
これで盾は使えない。引き換えに左手を切り取られたが、問題ない。
慌てて翼の砲口をひらくが――遅い。この攻撃のとき、正面以外は無防備になるのを
知らないんだろうか。
隙だらけ。後ろに回りこみ、右腕ごと翼を潰す。
血液じみたオイルが噴き出し、通信機から悲鳴が聞こえた。
口から溢れそうになる哄笑を閉じ込めながら、バランスを崩した奴の頭を削ぎ落とす。
ゴキリと、嫌な音がした。
これでもう武器は全て使えない。様を見ろ。

 

そのままざくざくと切り刻み、そして――。

 

雪原に、満身創痍で横たわる翼。
その足元に仁王立ちする俺。
何故だか可笑しくって仕様が無い。口を開けばすぐに嘲笑が飛び出しそうだ。
気のせいか、通信機から命乞いの言葉が聞こえる。知ったことじゃ無い。
そのまま、奴の胸部――コクピットに向けてエクスカリバーを振り下ろす。
寸分違わずそこを貫くエクスカリバー。
悲鳴が、絶叫が轟く。

 

高い声の、まるで女のような絶叫が。
通信を示すウィンドウに、誰かの顔が映る。
黒い髪に赤い瞳。まだ童といって言い少女。その瞳よりも赤い血を流す少女。
刹那その顔が変わる。金の髪の少女。俺と同年代の。金髪を血に塗れさせた少女。
苦しいと俺に訴える少女。激痛に泣き叫ぶ少女。
一瞬ごとに移り変わるそれは、まるで妹のような、護れなかった誰かのような――。

 

悲鳴が、止まった。
少女達は、否死人達は、ゆっくりと、重なった声で俺に言う。
満面の笑みと、苦悶の表情で。
「ねえ、お兄ちゃん」断罪するかのように。
「ねえ、シン」祝福するかのように。
「「どうして、私を殺したの?」」未練がましく怨念じみて怒りながら喜びながら嘆きながら
恨みながら憎みながら――言う。

 

蒼い翼の千切れた断面から、ドクドクと血が噴出す。
その血で、雪がドロドロとした真紅に染まっていく。
紅く染まった雪がグチャグチャと形を成す。ヒトのカタチを成す。それらのモノが俺に言う。
俺が殺して来たモノたちが、言う。
『何故殺した』と。
地球連合の制服を着たモノは言った。俺には恋人がいたのに何故殺したのかと。
オーブの軍服を着たモノは言った。君を救ったというのに何故殺したのだと。
黄昏色のパイロットスーツを着たモノは言った。何故見殺しにしたのかと。

 

そしてそれらのモノが一斉に言う。
『俺たちを殺したのだから、お前が死ね』と。
いつの間にかインパルスという“鎧”は蕩け“俺”が剥き出しになっていた。
その“俺”に絡みつく。紅い手足が纏わりつく。

 

絡みついた紅から、何かが流れ込む。
思考記憶意識感情が流れ込む。

 

あいつを遺して逝けるか私はまだ死ねない俺には家族が死にたくない助けてくれ憎いま
だ始まって死ね許せ嫌だ帰れない死ね怖い終わりなんて嫌だ畜生が許さない死ね母さ
ん痛い死ね何で私が死ね落ちる馬鹿な死ね死ねまだ何も成しては死ね死ね死ね死ね
死ね死ねここは寒いな眠い死ね死ね殺す死ね死ね死ね死ね死死ね死ね死ね死ね死
ね死ね死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死死死死ね死死死ね
死死ね死死ね死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死――

 

「―――――――――!?」
声に押しつぶされ、絶叫を上げていた意識が、ズブリと何かを突き刺される感触を拾う。
無理矢理に首を捻じ曲げる。
紅に覆われた視界に、朱色の人型が映った。
紅いヒトガタたちが寄り集まり融合し、段々と姿を成す人型。
インフィニットジャスティス。
裏切り者の機体。
その伸ばされた右腕に握られた剣が、俺の胸を貫いている。
それを知覚した瞬間足元が崩れ溶けズルズルと沈み始める身体。徐々に呑み込まれていく。
絡みついた死人達が呻き声をあげる。赤いものと黒いものでで視界が塗り潰される。笑い声
が聞こえる。悲鳴が聞こえる。怒号が聞こえる。泣声が聞こえる。恨み言が聞こえる。自分の
死を望む声が聞こえる
ああ、ここは酷く昏い――

 

――マスター! 起きてください!

 

叫びが聞こえる。意識が反転する。
その瞬間、此方に手を伸ばす影が見えた。

 

「……う……」
真白い寝台に横たわったシンが、呻き声を上げた。
僅かな意識の兆し。
顔の上に浮かんでいたガジェットはそれを見逃さず、主にそれを伝えた。
寝台の横に座り、うつらうつらとしていた主の頭部に対する体当たりで。

 

カーンと、良い音がした。

 

「――!?」
想定外の奇襲に仰け反り、椅子から転げ落ちるスカリエッティ。
その際後頭部を強打、めき、もしくはごしゃという鈍い音が。
「――――!」声にならない悲鳴を上げるも、ガジェットは助け起こさない。
じたんばたんとのたうつスカリエッティ。面白いものを見るようにそれをカメラで記録する
ガジェット。仕方ないのだろう。今のところ彼の中の優先順位は四番の彼女、その他のナン
バーズ+α、同じ型番の同胞、違う型番の同胞、……創造主たるスカリエッティの順位
は、ほぼ不動の最下位であった。

 

数分間芋虫のようにのた打ち回り、ようやっと落ち着いたのか頭を押さえながら立ち上
がるスカリエッティ。立派なたんこぶができている。それを見て満足気にカメラ機能を終
了させるガジェット。この数分間の映像は後日シルバーケープを翻す彼女によって顔に
ぼかしを入れる等の編集を施されミッドチルダの大手動画サイトに投稿、最生数数十
万の大ヒットを記録するのだが、それは別の話である。

 

「……なるほど、彼に覚醒の兆候がか……」
シンの身体データを閲覧し、ふうむと唸るスカリエッティ。
その理知的な横顔には、先刻の狂乱の気配は残っていない。たんこぶ以外は。
「意識レベル200といったところか……もう、付いている必要は無さそうだね」
安堵の声をあげ、シンの身体データをスクロールさせるスカリエッティ。その手が、ある欄で止まる。
シンの、精神面の欄で。
「……外部からの介入?」
呟くスカリエッティの傍らで、シンの枕元に置かれたデスティニーが淡い光を放っていた――。

 

――抱きしめられている。

 

誰に?

 

疑問が浮かぶ。目を開く。
少女が居た。黒髪の少女。
満面の笑みを浮かべた黒髪の少女が。

 

「ようやく、気づいてくれましたね」
少女が穏やかに言う。聞き覚えが有る声で。
もう失って久しい大切な少女(ひと)の声で。

 

「……マユ?」
そう、マユだ。大切な、大切だった妹。
あの時白と赤に塗れて逝った筈のマユ。
目の前に居る。抱きしめられている。

 

「……残念ながらそれは違います。私はデスティニー。貴方の味方です」
味方。デスティニー。
味方だというのは納得できる。少女からは悪意も敵意も感じない。
だが、何故マユの姿でいるのだろう。それに、デスティニーとは俺の――

 

「何故、私がこの姿なのか疑問に思っていますね?」
何故ならこの姿が最も貴方が警戒をしない姿だからです。
そう続け、微笑を浮かべる少女、いやデスティニー。
妙に納得がいく。だが――。

 

「デスティニー。何故俺の夢にマユの姿と、俺の機体の名前を持って出てくるんだ」
あんまりにも都合が良すぎないか?
そう視線を向ける。と、デスティニーはまた微笑を浮かべた。