TPOK_13話

Last-modified: 2009-06-29 (月) 16:33:15

「アルフレーダー!」

 

広域の探知魔法である。みょんみょんアルフが周辺に強力な魔力を持つ存在がいるかどうかを確認。
無言で見詰めてくるフェイトへと頷いてやる。
問題なし。
大丈夫だ。ヴォルケンリッターは、いない。
フェイトの厳しい面持ちは解かれないが、それでもいくらかの安堵がよぎるのをアルフが察する。
アルフ自身もホッとしているのだ。

 

シグナムとザフィーラと遭遇した夜以降、特に目立った強力な魔力の反応を感知した事はない。
しかし警戒は大事である。
リンカーコアが削れたフェイトに素人のシン。このふたりを庇ってシグナムクラスの敵とと対峙するなんて想像するのも嫌だった。

 

「結界よし」

 

夜の学校での事。ジュエルシードの気配に急行したフェイト、アルフ、シンがいた。
アルフが広域結界を張り、通常空間から特定の空間を切り取る。

 

「転送魔法陣よし」

 

そして次に、即座にアジトであるマンションに戻れる逃げ道を作り終えていた。
準備完了である。
まだリンカーコアが回復途中のフェイトは何もできないのでシンの様子を見ていた。バルディッシュの使い方の確認だ。
「この機能は?」「こうなった時どうする?」という問答をフェイトとやりとりするシンの応えに淀みと間違いはない。
今日まですでにシンはふたつのジュエルシードを封印している。いくらか慣れてきていた。

 

「よし」

 

シンが、バルディッシュを掲げて運動場の先を睨みつけた。
蒼い煌めき。
ジュエルシードだ。

 

「ジュエルシードシリアルXX…封印!」
<Sealing>

 

血よりも濃い赤色の閃光がほとばしる。
きらきらと、吸い寄せられるように漂ってくるジュエルシードを手にすれば、即座にフェイトのすぐそばに駆けこんだ。アルフとフェイト、そしてシンが転送魔法陣の陣内へと収まる。間髪入れず、起動。それと同時に結界も解けた。

 

「跳ぶよ、ふたりとも!」

 

油断なく天地を睨んで、最後の一瞬まで警戒を怠らずにアルフが魔法陣に魔力を注ぐ。
結ばれる手印に輝きが灯ればシンとフェイトの視界が歪んだ。
そびえる校舎、広い運動場、空の月が渦巻くようにとろければ、次の瞬間、見る物全てが明瞭に映る。

 

マンションの屋上だ。月のある角度が変わり、吹きすさぶ風の匂いや冷たさも違っている。

 

「アルフレーダー!」

 

広域の探知魔法である。みょんみょんアルフが周辺に強力な魔力を持つ存在がいるかどうかを確認。
問題なし。
大丈夫だ。ヴォルケンリッターは、いない。

 

「……うん、不穏な魔力は感じないね」
「よかった……お疲れ様、アルフ、シン」

 

戦場に立つ者の鋭さを帯びていたフェイトがようやっと年頃の娘らしい柔和さを取り戻す。
魔法が使えるアルフに、ヴォルケンリッターを見た事のないシン。このふたりに比べてフェイトの緊張は大きい。
いや、緊張どころか恐怖さえ伴っているはずだ。それでもジュエルシードの場へと赴く。

 

アルフに留守を言われたが、やはりシンを見ていた方が良い。
周辺の警戒をアルフに任せて、自分はシンの補佐。これが一番良い形のはずだ。

 

二度この組み合わせでジュエルシードを捕獲している。今日を合わせて三度。
今のところ、ヴォルケンリッターと出くわしていない。そして、白衣の魔法少女とも。

 

「やっと四つ…」
<Already four「もう四つ、だ」>
「21個もあるんだろう?」
<Collection is good pace「回収は順調に進んでいる」>
「…魔法についてまだ良く分かってないから、この速度が順調かどうか分からないな」

 

ふと、見やればシンとバルディッシュが喋っていた。

 

フェイトの代理でジュエルシード集めを敢行するにあたり、シンはバルディッシュとのコミュニケーションを密に図った。
談笑や雑談というわけではない。お互いの性能について、とことん語り合う。それだけだ。
なんとドライな語り合いかと、アルフもあきれていた。

 

シンは自分の身体能力、処理能力、診断してもらった魔力などなど。
シンのできる事、できない事、知っている事、知らない事、分る事、分らない事。

 

バルディッシュは自分の処理能力、容量、登録されている魔法などなど。
バルディッシュのできる事、できない事、知っている事、知らない事、分る事、分らない事。

 

シンがバルディッシュを使ってできる事、できない事、できるかもしれない事、できないかもしれない事、やってみたい事、やってみたくない事。
バルディッシュがシンを使ってできる事、できない事、できるかもしれない事、できないかもしれない事、やってみたい事、やってみたくない事。

 

己の過去や喜怒哀楽について話をしはじめたのは、そんな戦士の話題に底が見え始めたここ二日ほど前からである。
ぽつりぽつりと、バルディッシュはフェイトとアルフの事を話し、シンは家族と故郷の話をしていた。

 

シンの昔話を聞くときはアルフと一緒にフェイトも参加して……心が痛んだ。帰りたいはずであるシンを押しとどめる罪悪感。
しかし、それでも、やはり、どうしても、プレシアを優先させたかった。そのために少しでも管理局と言う厄介に触れるリスクは少なくしたい。
胸の中だけで、シンへ謝罪をもう何度も繰り返している。
そして、その上で、シンの話を聞いていた。

 

そして、ある時ふと気付く。
事務的な相互の情報交換のように思っていたシンとバルディッシュのやりとりだが、通じ始めている事に。
シンは外面が冷えて固まったマグマのような男だった。表は岩石のような静けさだが、心の奥に灼熱を秘めている。
つまり常時は存在感こそあるがひっそりとした雰囲気に収まっているのだ。それがバルディッシュの鉄の鼓動と合うらしい。
楽しくおしゃべりをして、笑い合って、ずっと長く一緒にいる以外でも親しさというものが築けるとフェイトは理解する。
ベタベタとした親しさではなかった。
相変わらずバルディッシュの口数は少なく、シンへの返答も短い。淡々とした会話とも思えるが、このふたりはそれでいいのだろう。

 

ただ、素人も素人なシンはバルディッシュを使いこなせていない。
フェイト専用と言う時点でどこかがピーキーな仕様になっているのだ。素人に使いこなせという方が無理だろう。
現在のシンの性能とバルディッシュの性能ではあまりに開きがある。
つまる所、シンはバルディッシュが魔法を出力するための電池程度にしかなれていない。文字通り道具に使われているわけだ。

 

しかし、それでも現状でシンはどんな事ができて、どんな状況が考えられ、どんな状況でどんな事をした方がいいのかを詰めて話す
魔力遣いとしてはなけなしの性能を以てバルディッシュの性能を引き出せるだけ引き出そうと尽力しているのだ。その姿勢がバルディッシュには好ましく、敬意を払うに値するらしい。

 

「ほら、フェイト」

 

シンがバルディッシュを待機状態に戻してフェイトの手套に返す。

 

「お疲れ様、シン」
「…別に、疲れるほどの事はしてない。お前らが恐がってる連中とも会ってないし」
「馬鹿だね、会ったらもうそこでおしまいだよ」
「ふぅん」

 

興味なさげというか、言葉だけでは曖昧で良く分からない、という反応しかシンはできなかった。
意味不明な発光を放射したり、瞬間移動したり、バルディッシュがでっかくなったり縮んだりといった魔法を目の当たりにし、感覚がマヒし始めている。人外の身体能力で飛んだり跳ねたりするアルフを見て、シンは開いた口が塞がらなかった。それより凄いヴォルケンリッターというものを想像できないのだ。

 

とにかく凄い!
とにかく強い!
とにかくヤバい!

 

「そんな連中が野放しになってるのか?」などといった質問をいくつか吹っ掛けている。
フェイトは巧みに管理局を話題に出さないように慎重に受け答えをしたがシンは聡明だった。
魔法を使う者を取り締まったり管理したり法律を施したりする機関が有り得るのではないかとズバリ切り出された。
存在はする、とフェイトとアルフは言う。しかし、頼りにならないやら弱いやらとかなり悪い風に脚色してシンに伝えて、「その機関もこの世界から遠すぎる」と嘘と本当を交えた説明で煙に巻いた。シンは、腑に落ちない、と態度で表わすが結局「そうか」と反応しただけに終わる。
次元世界を知らなかったにしては切れ味の鋭い質問ばかりだった。ただ流石にフェイトに誤魔化しきられてしまう。

 

最後に、やっぱりリンカーコアが痛んだフェイトは留守番をすべきとシンもアルフと一緒に主張。
それも頑固に「シンを見てなきゃ」と撥ね退けた。完全にフェイトにやり込められてしまっているシンであった。

 

「四つか…そろそろ、母さんに報告に行かなきゃ」

 

シンとアルフの顔色が一気に変わった。フェイトは苦笑するが、それで和む空気ではない。
フェイトがリンカーコアを奪われて助力を請おうとして結局プレシアに連絡がつかなかったのだ。
もともと懐疑的だったアルフはこれで決定的にプレシアに愛想をつかせている。シンも完全にプレシアがおかしいと確信に至っていた。

 

ただひとり、フェイトは一途だ。

 

「……あぁ、行こう。あの人には、言いたい事がある」
「奇遇だね、あたしもだよ」

 

険呑な空気を漂わせ、シンとアルフが頷き合うがフェイトだけなんか空気が違ってる。
お母さんに会えるや、程度にしか思ってない。

 

「それじゃ、お土産、何が良いかな?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……肉」
「それはお前が食べたいだけだろう」

 

翠屋のシュークリームになりました。

 

 

さて、フェイトがケーキをプレシアに買って帰ろうと決めた次の日の事。
所は変わって海鳴の片隅にヴォルケンリッターが一角、鉄槌の騎士ヴィータはいた。
その片手には物言わぬ屍をバラバラに切り裂き血汁したたる肉の欠片をひっさげて、もう片手でカラカラカラカラと不吉な車輪の音を響かせる。

 

「そうか、ヴィータもクロト君を知っとったか」

 

買い物帰りである。
ここ最近、ヴォルケンリッターが外へよく出かける。だから久しぶりにヴィータと一緒にお買い物をした気がするはやてはご機嫌だった。
ヴィータに押される車椅子も心地よく、半分ずつ持っている買い物袋ははやての膝。ヴィータの買い物袋は片手に提がっている。

 

「うん、ゲートボールやってるじーちゃんばーちゃんと混ざってたのを見た事ある」
「クロト君は動くん好きやなぁ」
「……あたし、あいつ嫌いだ」
「え、なんで?」

 

あいつどっかおかしい。

 

という言葉をヴィータは仕舞った。
心底意外そうな顔するはやての脳裏には、誰からも好かれてしまいそうな闊達に遊ぶクロトの笑顔が浮かぶ。
ヴィータの目から見て、クロトはいびつだった。確かに、老人に混じって子供たち数人率いてゲートボール楽しむ姿はまぶしい。
子供たちの統率は見事な物で、老人たちにきちんと挨拶させてゲートボールの道具の片付けも手抜かりなく、広場を汚さない。
良くできたガキ大将だと思う。

 

しかし、その元気さはどこかおかしい。
動きひとつひとつを丹念に見ていれば、間違いなく戦う者の匂いが強くある。
さらに言えば、精神状態も躁じみていて平穏の中で培われているものではないと分かった。

 

ただ、おかしいと感じるだけだ。本当にいびつな人間と言い切るには、クロトの笑顔は光り輝き過ぎている。
自分の人生を真に喜んでいる者を目の当たりにし、ヴィータは戸惑ったのだ。
人は、子供は、男はあんな風に笑えるのかと戸惑って、驚いたのだ。そして自分のしている事の後ろめたさを酷く自覚してしまう。
はやてのためと言い聞かせながら、人を傷つけ過ぎた。はやてが禁止した事を破ったのだ。
そこに後悔はない。しかし、はやては自分のため人が傷ついた事実を悲しいく思うだろう。それがヴィータには悲しい。

 

「……あたしの事ちびってバカにした」

 

だから誤魔化す。クロトが嫌いな理由は、言葉として表すには曖昧すぎた。
とは言え、ちびとからかわれたのも嘘ではない。老人らにあいさつするヴィータに、「ちび」とあだ名しながら笑いかけてきたのだ。
多分、彼なりの親交の始め方なのだろう。

 

「あはは、ヴィータはちっこいから可愛いのになぁ」

 

ひとつ、クロトには感謝すべきだろうと思う事はある。
はやての笑顔に深みが増した。
その場にいたシグナムとマユが最初に気づいた事だ。
嬉しそうにゲームの話をするはやてを見て、「友達」と遊ぶ大切さをしみじみと実感してしまう。

 

「クロト君、ゲームすごく下手やから今度会ったら対戦して見返すんやで」
「うん、近所のじーちゃんにも携帯ゲームで負けてた」
「そんなに弱いんか!」

 

稀に見るの下手っぷりだとは思っていたがまさかここまでとは。
元いた世界では切り込む決断と、踏み込みを見極める果断さ、突撃を恐れぬ勇猛さに優れ、天性の航空技術と近接戦闘の勘の良さで数多のザフト兵を撃ち抜いていたのに見る影もなかった。
しかし、負け続けている現在の方が殺し続ける勝利よりもクロトは好きだった。

 

「せや、ヴィータ。この近くにな、シュークリームの美味しいお店があるんやで。みんなの分買ってこ」
「あ、それあたし知ってるよ。翠屋でしょ?」
「正解や、今夜のデザートにしよか。今日は、晩御飯にみんないるし」
「…うん」

 

まだ五時にも届かない時間だが、冬の昼は短い。一層冷たくなる空気に吐息を白くくゆらせて、ヴィータがうつむいた。
ここ最近、ヴォルケンリッターが帰ってくる時刻が遅くなる事が多い。
みんな、とにかく出かけるのだ。
他のみんなが出ていてもいてくれていたシャマルも外に出る回数が増えている。

 

第276管理外世界――すなわちコズミック・イラと暦を刻む世界を詳細に調べているのだ。
今、ヴォルケンリッターたちで計画している事がひとつある。
第276管理外世界にジュエルシードを回収するため集まった局員のリンカーコアを狙う。

 

第276管理外世界にジュエルシードがいくつもあるのは間違いなかった。
この世界にもオルガの物を含めていくつかあった気配だが、第276管理外世界にも濃厚に複数個の反応がある。

 

ただそれが、宇宙という範囲に広がっていたり、地上にも管理局の局員が大量に投入され、ヴォルケンリッターは手をこまねいた。
第276管理外世界には油断なく警戒態勢が敷かれているのだ。
例えばヴォルケンリッターがジュエルシードを手に入れる為に動きまわれば一発で補足され、おそらく逃げきれまい。即座に逮捕されるとは言わないが、最後の最後で追い詰められる。
これまでは管理外世界だったり、そう厳重に局員が配置されていない世界でリンカーコアを集めてきた。それとは訳が違うのだ。
第276管理外世界を網羅するだけの数の局員。逃げきる自信は湧かない。

 

ヴィータは強硬にジュルシードを入手して管理局も振り切ろうと主張したが他三人はそこまでの決断はできなかった。
ジュエルシードを欲しいとは思う。しかし、捕まってしまった時のリスクはあまりに大きい。

 

そこで、シャマルがひとつ思いついた。
まず第276管理外世界のジュエルシードは諦める。管理局に全て回収させるのだ。
そして局員の撤退を見計らって、ヴォルケンリッターで処理できる人数になった時に残存局員のリンカーコアを奪う。
作戦名「ジュエルシードは諦めてリンカーコアだけ最大限ごっそりぱっくり蒐集しちゃおうオペレーション」
シャマルのネーミングであった。

 

一方、ヴィータはこの世界にジュエルシードが残っていないか探そうと主張した。
オルガや神社のジュエルシード以外にも、実はちょこちょこ反応を感じ取っているのだ。しかし、迅速に回収されている。
つまり先を越されまくっている。

 

もともと守護や戦闘に特化したヴォルケンリッターだ。海鳴にいたとしても、敏感に察知できない。

 

いや、やろうと思えばできるが定期的に探索魔法で現在ジュエルシードの反応があるのかどうかを確認するぐらいしかできなかった。
そういった分野ではユーノやフェイト、アルフたちミッドチルダの魔導師に分がある。
起動したジュエルシードをいつ、いかなる時にでも敏感に察知できるのだ。
正確な位置を特定するためには流石に体力魔力を大きく使うが、それでベルカの騎士たちよりも早期の発見、封印ができている。
これが今まで、なのはとヴォルケンリッターがぶつかっていない理由だ。フェイトとシグナムの邂逅は、運が悪かったとし言いようがない。

 

ただヴォルケンリッターでもミッドチルダ並の広域探索をかけられる者もいるにはいる。
シャマルだ。
そんなシャマルが最近、第276管理外世界の局員配置を調査するために足を運んでいるのでどうしてもジュエルシードの起動を素通りしてしまう。

 

ここで海鳴にヴォルケンリッターが駐屯してしまえば、ジュエルシードのどれかは絶対に手に入っていた。
それができないのは他の世界にもジュエルシードがあるからだ。
「この世界以外にもジュエルシードがある」「海鳴のジュエルシードはもうなくなっているのではないだろうか」「この世界の海鳴以外の場所にあるジュエルシードの見当がつかない」「もうジュエルシードはないのかもしれない」「まだジュエルシードはあるかもしれない」
思考が様々に分岐して最善の手がどれが判断できない。

 

結局、シグナムとザフィーラは初志貫徹にリンカーコアを優先させようとシャマルに賛同している。
ジュエルシードが残っているかどうか分からない海鳴よりも、第276管理外世界に駐屯している局員のリンカーコアを選んだ。
渋い顔ながら、そうしてヴィータも従った。
しかし、作戦名については全員からブーイングが来たのは言うまでもない。

 

今日もシャマルは外に出ている。
はやて、マユ、シャニを一緒に警護するのがシャマルの役目だがヴィータたちがこうして代理をしているのだ。
マユ、シャニは家でザフィーラが見ている。

 

シャニはシャマルがいない事に不満そうで、マユは家から出てはいけないと念を押されて不思議そうにしていた。
警護と共にヴォルケンリッターはマユのジュエルシードの反応を外部に漏らさぬようジャミングの効果も立てている。
だからとにかく、できるだけシャニとマユを一緒にして誰かが付くようにしていた。
そして、八神家の中はシャマル印の結界の中。マユが家を出ない限り、ジュエルシードの反応も漏れない。

 

「あー、結構来るん久しぶりやなぁ」

 

さて、翠屋の前である。はやてと一緒にヴィータも店構えを見上げた。
寒いながら外のテーブルでお茶をする人々も見受けられ、繁盛の様子がよく分かる。
小さな鼻をひくつかせ、甘い香りに吸い寄せられるようにヴィータが翠屋に入店。いらっさいませー。

 

 

「この店でシュークリームなくなるなんて珍しいよね」
「そうね、人気だからこそいっぱい作ってるんだし」

 

翠屋のテーブルの一角。
すずかとアリサがそこにいた。ヴァイオリンの稽古を控えている浮いた時間、ちょっとお茶というわけである。
制服のままなので買い食いに相当するかもしれないが、ノエルが同席しているので、セーフだろう。
お茶が済めばノエルが車を出すので待機しているわけだ。奥には忍が恭也と一緒に手伝いをやっている。

 

つまり月村邸ではファリンとオルがのふたりきりである。
手と手が触れて「きゃ、ご、ごめんなさい…」「お、俺の方こそ」というプラトニックラブが発生したり、「きゃぁ、棚の上から大量の食器が!」「あ、危ない! 大丈夫かい、君が怪我せずよかった。それに比べれば僕が傷つくなんて些細な事さ」というセンセーショナル新密度アップイベントが、まぁ、ないね、うん、このふたりじゃ、確率零だわ。

 

「オルガとファリンのお土産にしようと思っていましたが、別の物にしなければなりませんね」
「オルガさんって何が好きなの?」
「う~ん…基本的に、なんでも食べる人だよね」
「はい、何でも食べます。そして絶対に残しません。無理をしても食べつくします」
「あ…そう。見た目に反して、良い人ね」
「ファリンはショートケーキにするとして…どうしよっかな」
「恭也さんが好きな物を参考にすれば?」
「アリサお嬢様、オルガと恭也様は犬猿の仲なのです」
「え、そうなの?」
「うん、何度か顔を合わせてるんだけど…オルガさんが恭也さんに突っかかってるんだ」
「あ、だから前にすずかの家に行った時、なのはが変だったのね」
「そうなの、恭也さんを悪く言われて、ちょっと怒ってるかも」
「……………温泉、オルガさんも一緒に行くのよね?」
「流石にオルガさんひとりを置いて行けないから、なんとか説得したよ」

 

連休を利用して高町家が温泉旅行に出かけるのは通例行事となっている。そこに、月村家とアリサが加わる習慣が始まって一年ほど経っただろうか。
今度ある連休にも定番として温泉へ行こうと言う計画ができ上がっていた。
もちろん、この温泉旅行をオルガに説明したが、

 

「面倒くせぇ、お前らだけで勝手に行けばいいだろう」

 

と予想通りの返事だった。そもそも行くのを嫌がり、さらに恭也がいると言う事でまた渋ったのだ。
四苦八苦して説得を繰り返した結果、なんとか重い腰を上げてくれそうだ。

 

ちなみに、今日なのはは美由希と共にこの温泉旅行のための買い物である。

 

「あんまり険悪なムードにならなきゃいいけど…」
「できるだけ恭也さんとお姉ちゃんをふたりきりにしてあげればいいんじゃないかな」
「良い案よ、すずか。そもそも恭也さんたちぐらいなら、ふたりだけで旅行に行ってもおかしくないもんね」

 

言われてすずかがイメージするのは夜景の美しいホテルで肩を寄せ合う忍と恭也。とても画になる。
横でノエルが顔を赤くしているのは、バキューンでアハーンな想像をしたからに他ならない。

 

さて、そんなすずかとアリサとノエルにも聞こえてくる驚きの声があった。

 

「え、シュークリーム売り切れてしまってるんですか」
「ごめんなさいね、小中高の男の子40人ぐらいを率いた子が「みんな、今日のおやつはここにするよ!」ってシュークリームを…」
「あ、絶対クロト君や」

 

目当てのデザートが完売御礼である悲痛さがありありと響いている。すずかが知っている声でイントネーションだ。

 

「はやてちゃん!」
「…あ、すずかちゃん!」

 

他の商品はいかがですか? という顔した店員さんをひとまず置いておいて、はやての喜色を察してヴィータが車椅子をすずかたちのテーブルに近づけた。

 

「はやてちゃん、お買い物帰り?」
「うん、それでデザートもここで調達しようと思ったんやけど、売り切れみたいや」
「人気商品だもんね」

 

手を取って微笑み合うふたりが、そして頷き合った。自分の親しい者たちを紹介する。

 

「こちら、ヴィータ。わたしの家族」
「わたしの友達のアリサちゃんと、わたしの家族のノエルです」

 

丁寧にノエルが礼儀を施しながら「あぁ、この子が」とはやてを見やった。アリサにも家族にも、はやての事は話してある。
一方ヴィータ、も「あぁ、この子が」と言う顔ですずかを見ながらペコリとお辞儀。

 

「アリサ・バニングスよ。よろしく」
「八神はやてです。すずかちゃんから、話は聞いてます」
「もう、そんなかしこまって喋らないの。すずかの友達なら、わたしの友達なんだからね」
「あはは、話の通りの気風の良さやなぁ、うん、よろしく、アリサちゃん」

 

がっちり握手なんかするはやてとアリサの横で、どこか警戒する様子のヴィータにすずかが笑い掛ける。

 

「はじめまして、月村すずかです」
「……ヴィ-タです」
「なんやヴィータ、緊張してるんか?」

 

車椅子の後ろにいようとするヴィータを、はやてが前に出す。吊り目がちな青い大きな瞳に見上げられ、すずかが和んだ。
まるでお人形さんのよう、とつい頬が緩んでしまう。
ノエルも人形の精緻さは美しさの中に備えているが、ヴィータの可愛らしさとはまた違う。ファリンに似ているかもしれない。

 

「シュークリームだけじゃなくて、ケーキもここは美味しいんだよ。一緒に食べよっか」

 

目線を合わせて微笑まれ、戸惑うようにヴィータが視線を泳がせる。一寸だけ間を開けて、頷いた。
はやても、アリサが車椅子を押してケ-キが並んだショーケースへすでに発進している。
ヴィータの手を引いて、すずかもそれに続いた。

 

ヴァイオリンの稽古の時間まで、少し短い時間だがアリサたちは新しい友達と談笑し合う事になる。
ヴィータにとって、はやてと同年代の子に触れ合うは初めてだ。
おっかなびっくりな様子だったが、美味しいケーキの効果は大きく、人見知りする性質のヴィータにしては随分と打ち解けたものだった。

 

もっと早くみんなにはやてを紹介したいと思っていたが、稽古や塾が重なりできなかった事だ。
今日は遊べずに顔合わせだけで終わってしまうまでもすずかは嬉しく思う。
そして、はやても。まだ見ぬ「なのはちゃん」に思いを馳せて、素敵な気分が留まらない。

 

「なのはちゃんかぁ…早く会ってみたいなぁ」
「なにょは…」
「ふふ、言いにくい、ヴィータちゃん?」
「……なのは」
「おー、よう言えたでヴィータ」

 

こうしてはやてたちはシュークリームの代わりにケーキを買って帰路につく事になる。

 

 

「あ、シュークリーム売り切れてる」

 

↑フェイト。