機動戦士ガンダムSEED 逆襲のシン ~ジオン公国の光芒~
INTER PHASE : FILE-2.25
「止めてください」
穏やかそうな女性の声が、そう言った。
テストベッドの上の核融合ジェネレーターコンポーネントが、奏でていた不快な不協和音を止める。
「やはり良くありませんね。到底納得のいく状態ではありません」
ふぅ、とため息をついて、柔らかそうな緑の髪をショートカットにしたコーディネィターの女性は、
困惑気にそう言った。
中年、と呼べる年齢だろうか。だが、その女性としての魅力は、まだ十二分にあった。
「しかし、軍需兵站局の方からは早くジェネレーターの仕様決定しろって、
《2017》と《1105》の開発チームはこっちに合わせるってんで待ってるし、
工場の方も1日も早くラインの生産許可くれって」
金髪碧眼、ありきたりだがその整った容貌故に一目でコーディネィターと解る青年技師は、
上司に当たるであろうその女性に、慌てたような表情でそう言った。
「だからこそです。前線に立つ兵士の皆さんは、MSに命を託すことになるんです。
ここにいる私達が、必要以上の妥協は出来ません」
女性はそう言った。
それから、テストベッドの上のジェネレーターコンポーネントを見上げた。
「優れた工業生産品は楽器と同じ、均整の取れた音を奏でるものです」
女性はそう言った。
「ですが……」
青年技師はなおも食い下がろうとする。
「貴女の仰る事、一理ありますな」
割り込むように言ったのは、別の青年技師だった。
男性にしてはやや低めの身長のモンゴロイド、端正とは言いきれない顔立ち。明らかにナチュラルだ。
「エンジンの排気音、モーターの唸り、良い出来のものは騒音なんて言えないような音を奏でるもんです。
それに比べてこいつは醜悪すぎる」
今テストベッドに載せられているジェネレーターコンポーネントは、ZGMF-1200系”ゲルググ”と、
ZGAT-1004F”ネモ・ヴィステージ”が共通で搭載している物をベースに、発電コイルの巻線を増量したもの。
ZGMF-1210RF”リゲルグ・アイアス”と同容量だが、レギュレーターなど小改修が施されてはいる。
だが、リゲルグ用に製作された時点で、当初の設計の限界を超えた電気出力を要求されており、
発電機側に冷却不足を中心として諸問題が発生していた。
「私達の機体は、“ジオニックシリーズ”の頂点、象徴になるものです。
戦いの趨勢を決めるかもしれません。このような妥協は許されません」
女性はそう言い、穏やかそうだった表情を引き締めた。
「上申書は、私が書きます」
この場面を、彼女を知っている人間──アスラン・ザラや、ディアッカ・エルスマンが見たら、
驚きを隠さなかっただろう。
彼らの記憶にある彼女――ロミナ・アマルフィはピアニストであり、モビルスーツ開発とは
おおよそ無縁の人物だったからだ。
もっともロミナの夫・ユーリは技術者だったし、息子・ニコルはMSパイロットだったから、
彼らとの接点はあった。
だが、自慢の息子は戦場で散り、最愛の夫はある事件をきっかけに自殺した。
その2人の死をきっかけに、ロミナは髪を短く切ると共に、MS技術者に転向したのである。
そう、いつか──この日が来ることを信じて。
コーディネィターとは言え、適正とは異なる分野で、その年齢から一流を目指すのに必要な努力は、
並大抵のものではなかった。
それを可能としたのは、ロミナの心の奥に燃え盛る”負”の感情──復讐。
息子が自分の未来を託せると信じた彼の友人は、ZAFTを裏切ってテロリストとなった。
夫が未来をかけて開発したモビルスーツを乗り逃げしてである。
しかも、その男が行動を共にしたのは、息子の仇とも言える人物だった。
さらに加えて、その人物まで夫の開発したモビルスーツを強奪し、良い様に乗り回しているのである。
ユーリはこの事実を知って自殺した。
自殺といっても、その瞬間は精神的ストレスによる精神錯乱に近い状態だったという。
2年後、再び彼らが世界に茶々を入れた時には間に合わなかった。
だが、そのおかげでロミナに可能性が残された。
ロミナは元々中道派で、過激な感情の持ち主ではなかった。
だが、ニコルとユーリを喪った経緯から、ラクス・クライン政権下の公安組織に危険分子と看做され、
新設コロニー”トーマス・シティ”への入植が勧告された。事実上のプラント追放である。
しかしそこでは、同じくプラントを追われた彼女の友人エザリア・ジュールが、
元連合の女英雄と共にラクス・クライン政権に対する武力闘争を計画していたのである。
────やっと……
数ヵ月後、ロミナの姿は戦艦『ミシェイル』の艦橋にあった。
実戦に臨む“ジオニックシリーズ”の運用状況を見るためである。
────やっと、この日が来たのね。
開発の系統からその名を冠されることは、設計初期段階から確定していたものの、
その名を送ることが決まったことは、ロミナにとって望むところだった。
問題はそれを託す人物だった。口だけの親友、裏切りの英雄などであってはたまらない。
だが、その心配は杞憂だった。
そのパイロットもまた、彼らへの復讐のために戦っていた。
経緯は若干違えど、彼らにすべてを奪われた人間だったのだ。
ロミナが7年強の歳月をささげた産物であるそれを託すのに、これ以上ない人物だった。
『発艦システムリンケージアップ、全機構異常なし』
CICのモニターコンソールから、その彼の声が聞こえてくる。
────あなた。ニコル。見ている? 今完成するのよ、本当の──―
『シン・アスカ、エンデューリングジャスティス、出る!』