~ルイス・ハレヴィ、星の海を旅する~

Last-modified: 2014-03-05 (水) 20:57:16

~ルイス・ハレヴィ、星の海を旅する~


 振動の中、電車を飛び降り駅を抜けると『副通信管制室』と大仰に漢字で書かれたプレートの
ついた部屋に飛び込む。カギがかかっていない上に誰も来ない。なのに情報は艦橋直結。
 【非常事態宣言の為、ただ今より中央線特別快速以外運休】の文字がモニターに流れる。
「あの警報、何だったのよ。非常事態って何? 電車、緊急時に止まったら意味ないじゃん……」
 だいたい、宇宙戦艦の中に電車が走ってる事自体非常識なのよ……。と、これはあえて
母国語で呟いてみるルイスである。と、艦内放送がかかる。
『非常事態発生。亜空間において敵と遭遇、現在交戦中。総員第一種戦闘配置につけ……』
 この放送だけで、事態がかなり悪い事はルイスにも理解出来た。

 

 “とある方”より提供された間もなく認可の降りる見込みの“新薬”。今までの薬とは違い効果は
ある程度感じる事が出来たが、強烈な副作用によって彼女はその日もうつらうつらしていた。
 気がつくと、ベッドも部屋も変わり、ベッドサイドにはカタカナで『ルイス・ハレビー』と書かれた
紙が差し込んであった。状況が変わった以上、本人に許可無く転院することもあるのかも
知れない、と思った。ならば日本語が出来る事は単純にプラスになりそうだ。
 ただこんなに変わる事もあるまい。と2日ほどして気がついた。ルイスが居たのは太陽系を
遠く離れた宇宙を征く、超大型戦艦『エクセリヲン』の艦内だったからである。

 

 これからどうしよう。途方に暮れて舷側から星空を眺めていたそんな時、彼女に出会った。
「あの、失礼ですけど……。もしかしてアメリカ出身だったりします?」
「AEU……。いえ、ヨーロッパの方だから、私。――もしかして、誰か捜してる?」
 同世代と見える少女に答える。ルイスの居たはずの時間より200年程さかのぼったこの世界、
光速で星の海を走る宇宙船はあってもAEUは無かった。
「この間の戦闘で帰ってこなかったの。パートナーだったのに、彼の事なんにも知らなくて……。
だから知ってる人を。――あ! ごめんなさい。こないだの出撃で、あなたも腕を……!」
「……こっちは命に関わったりしないから、気にしないで?」
 少なくとも左腕を無くしたのは『宇宙怪獣』などと言う埒外の存在によるものではない。
 30分程その彼女、タカヤ・ノリコと話し込んだルイスは彼女がトップ部隊という対宇宙怪獣戦を
想定したエリート戦闘部隊所属である事と、自分も此処ではそうらしい、という事を理解した。

 
 

 数日後。多少やつれた感じのノリコに今度はルイスが声をかける。個室の病室を自室として
割り当てられているルイスにとって、現状数少ない友人である。
「じゃぁ、ルイスさんお金持ちのお嬢様なんですね。いいなぁ。……ん? なんでトップ生に?」
 ……それは。口ごもる。だいたいトップ部隊に配属された覚えがないのに、日本の体操着の
ような制服をいつの間にか着て、ドッグには彼女専用扱いの壊れたマシーン兵器まであるのだ。

 

「その、沙慈が。……えと、友達の男の子が、宇宙で仕事をしたいって」
「彼氏サンですか? ふーん、宇宙で仕事をする彼を陰ながら守るんですね。なんかいーなぁ」
 口が滑った。沙慈の名を出すとそれだけで左腕がうずく。自分の事はあまり話したくない。
だいたい此処は、その沙慈の居る世界ではないのだ。だから話を逆に振る事にした。
「ノリコはどうなの? あなたこそ、普通に暮らしていても良かったんじゃない?」

 

「パパにあこがれて才能がないのに沖女に入って、お姉様と宇宙に出てきて、ユングとか
スミスと会って怪獣とも戦ったけど、結局なんにも出来なくて……。普通に暮らしてた方が誰にも
迷惑がかからないで良かったのかなぁ。やっぱり」
 ルイスは、話の中の固有名詞を聞いて偶に卑屈に見えるノリコの態度になるほどな。と思う。
「あなたの場合は周りがすごすぎるのよ。それでも努力と根性だけは誰にも負けないんでしょ?」

 

 彼女の父は、宇宙戦艦の高名な艦長で、宇宙学校への入学自体が親の七光りと虐められて
いたと言う。お姉様、はアマノ・カズミ。“薔薇の女王様”の異名を取る典型的優等生。何故か
事あるごとにノリコをかばい、叱咤激励するまさにお姉様。ユング・フロイトはストレートに“天才”と
呼ばれ、本人も全く動じずそう呼ばれるに任せている。双方ともまさにトップ部隊のエース。
 スミスはノリコとパートナーを組み初陣に望み、帰って来れなかった彼女の思い人。だからと
言って能力的に劣るわけではなく水兵だったものをわざわざトップ部隊に入り直した強者である。
 ほとんど他者との交流がないルイスでさえ知っているくらいだ。これら全てが彼女の周りの
大事な人達。というのであれば、ノリコでなくとも憂鬱にもなろうというものだ。

 

 そのノリコ自身も実はそんなに成績が悪いわけではなく学校時代につけられた“全滅娘”の
不本意な渾名もマシーン兵器に限っての話。ノリコの友人も生身では完璧、と評したらしい。
「でも。努力と根性、だけじゃ……」

 
 

「ワープ?」
「あと一時間だそうですよ。ワープ中は待機、ですよね? ……あ、ルイスさんは怪我、
してるから。その場合は病室待機になる、……んですかね?」
 200年前にワープする宇宙船があるなどとは聞いた事もないルイスではあるが、ともあれ
現状、天の川付近に居るのであり、ワープ航法でも使わなければ此処まで当方もない歳月を
要する。と言うのは多少物理を苦手にするルイスにも理解出来る。
「多分、そうだと思う。――でもそれは退屈で困るわね……」

 

 実際に怪我人であるルイスにはワープ中は病室待機が言い渡されたが、艦内散策くらい
しか気晴らしのない彼女にとっては苦痛以外の何者でもない。医療スタッフさえ医務室待機
なのだ。話相手も暇つぶしもなく、左手こそ無いものの本人としては言われる程重傷とは
とうてい思えない。彼女にとってはまさに退屈地獄。  
 そこで以前扉が半分開いていた、電車で二駅先の『副通信管制室』のことを思い出した。
看護士達も呼ばない限り来ないのだ。艦内をうろつく者がいない以上ルイスがいくら出歩こうが
咎める者は居ないと言う事だ。

 

「わ、綺麗。宇宙って、わけわかんないけどやっぱり素敵だよ。……沙慈」
 たくさん並んだモニターの中、艦外を示すプレートの付いたモニターには、言葉には尽くせ
ない様な、幾何学模様がいくつも現れては消える。
「生きてる間にワープが普通にできるようになるとか、多分そんなに進歩はしないよね。
……見せてあげたいな」
 沙慈は宇宙を目指すのだと言い、宇宙で待っている。と最後に言い残した。彼がそう言った
以上は本当に宇宙で生きていくと決め、決めた以上は実現する。彼はそんな人間だ。
 そしてその生真面目な彼が好きだった。左腕を失い、彼を好きでいる資格を失うまでは。
 その彼にワープの光景を見せたなら、何を思うのだろうか。

 

 第一艦橋と名前の付いたモニターにはくつろぐ士官達の顔が映し出される。どうやら
ワープに入ってしまうと船を動かすクルー達にはすることが無くなってしまうらしい。
「なんでパイロットが待機なのか、知りたいところね。偉い人達はのんびりしてンじゃん」
 そしてルイスはとりとめのない事を思いながら、ワープ終了数分前まで過ごすと部屋へ帰った。

 
 

 きちんと聞いていなかったのでよくわからないが、艦内放送で艦長が最終ワープで太陽系に
一気に戻る。と言った部分はわかった。なので、また副通信管制室に行こうと思いたった。
 駅の入り口。なんの気配も無しに、突然後ろから低い鋭い声がルイスに問いかける。
「ハレビー、だったな。病室内で待機するよう言われなかったか?」
 どうせ誰も歩いてなど居ない。とタカを括っていた彼女の鼻先にいきなりサングラスの男が
現れる。コーチと呼ばれる彼はトップ部隊統括でマシーン兵器指導教官も兼ねるオオタである。

 

「こ、コーチ。――は、はい。……その、ちょっとワープ中の船内に興味がわきまして……」
 あのノリコに努力と根性、ついでに操縦技能を叩き込み、トップ生からコーチと呼ばれる男。
何度か会った事はあるのだが、ルイスはどうもこのオオタと言う男を苦手にしていた。
「危険性はないと思うが、おまえは普通の怪我ではない。自重する事だ。……医療チームが
全力を挙げておまえの怪我を調査しているのは、まぁあまり愉快ではないだろうが我慢してくれ」
 飲んでいた薬は身の回りの物を詰めたポーチに入ってルイスと共にこの世界に来ていたし、
服用もしている。但し、医者には薬の事は黙っている。この時代、この世界には無いものだ。
 存在を教えてはいけない。彼女は直感的にそう思い、現状自身の直感に従っていた。
「珍しい症例であるのは否定しない。……だが、医療の発展はもとよりおまえの為でもある」
 それはそうだろう。彼女の腕は200年の先、ガンダムのGN粒子によって遺伝子レベルまで
徹底的に、200年後の医療技術を持ってしても再生医療を拒むまでに、傷つけられたのだ。
 宇宙怪獣はノリコの父親を奪い、ガンダムは彼女の全てを奪った。ただ考えも無しに破壊を
まき散らすのみの存在。双方、何も変わりはない。とルイスはそう思った。

 

「……コーチも待機、なのではないのですか?」
 つい口が滑ったルイスは怒鳴られる! と身構えるがオオタは、むぅ。と唸っただけだった。
「まぁ、な。……気晴らしに散歩も良いだろう。だが、身体に触る前には部屋に戻れ。良いな?」
 低い声でそれだけ言うとオオタは杖をつきながら廊下へと消えていった。
「初めて宇宙怪獣と接触した生き残り、か……。さすがに迫力が違うわね。本物って感じ」
 彼の杖、サングラスの奥の隻眼。全ては宇宙怪獣の傷跡なのだとノリコは言った。経緯は
いわばルイスの腕と同じ。ならば宇宙怪獣と戦えと若者達を叱咤する彼の胸中は如何ばかりか。
「なぁんてね。ノリコじゃあるまいし」
 つい深く考えて込んでしまった自分を少し可笑しく思いながら、ルイスは電車へと乗り込んだ。

 
 

 大混乱のブリッジの様子を、そのまま何十もあるモニターとスピーカーがルイスに生中継する。
『他の艦も攻撃を受けているのか! どうなんだっ!?』
『レーダーは全天真っ白です。亜空間を出るまでは調べようがありません!』
 ブリッジの怒号と悲鳴から、どうやらワープ中は隣を飛んでいるはずの仲間の船さえ見えない
らしい事と、その状態で宇宙怪獣に襲われたようだと言う事。以上2点は何とかわかった。そして。
『――! いかん、ワープアウトするな! 奴らに、……地球の位置を知られるっ!』
『……っ! 駄目です、間に合いません!』
『なんてこった!!』

 

 つまり、銀河の真ん中で出会った太陽系には居なかった筈の宇宙怪獣。それをエクセリヲン
以下の艦隊がワープをしたことで道案内をしてしまった。と言う事であるらしい。
『トップ部隊急速発進!  各部隊は、準備終わり次第発艦せよ!』
「ちょっと、地球……。マズいんじゃないの?」
 光子魚雷を撃ち、レーザービームを浴びせ、トップ部隊が肉弾戦を挑んでも宇宙怪獣の数は
減らず、数え切れない程居た筈の艦隊はワ-プ中のみならず、ワープ後もその数を減らし、
現在火星付近にはエクセリヲン他数隻を残すのみ。

 

 今までとは比較にならない振動が轟音と共にルイスにいる部屋の中へも響く。
『艦首大破! 主電探室応答無し!』
『ダメです! レーダーは完全に使用不能です!』
 そして最新鋭戦艦エクセリヲンも、ことここにおいては風前の灯火となったようである。
「いったい、どうするのよ……。地球どころか船が、――? うっ、く……。痛うぅ……」
 いきなりうずき出した左腕を抱いたまま、ルイスは椅子の上にうずくまる。

 

 そして痛みと共に突然視界が暗くなる。同時に包帯を巻いた傷口が、包帯越しに薄く燐光を
発し始めるが、本人が気づく余裕などは当然なかった。
 グラウンドを走る光景。マシーン兵器の中、コクピットの空気。カズミの微笑み、コーチの叱咤。
スミスとの何気ない会話。宇宙空間の虚無の恐怖。蘇る記憶と共にいきなり目の前に視界が
開ける。球状の部屋の中、ルイスは何かを決意して立つ。いや、立っていたのは……。
「これは……。この記憶、この目線。――っ! まさか……!?」

 
 

「スミス……。あなたと一緒に、今までのあたしは死ぬわ」 
 アームのようなものに無い筈の左腕がロックされたことでルイスは完全に理解した。
 どうしてなのかはわからないが、彼女はノリコと同調した。だから、これはノリコの見ている景色、
ノリコの感じている感覚、ノリコの発している言葉なのだ、と。 
「…… そして、今から生まれ変わる」
 カシャン。健康的な黄色人種の両足が何かの装置にロックされる。
「もう泣かない、誰にも頼らない。――自分の力で、最後までやるわ!」
 自分を、いやノリコを拘束したのが何の装置なのかは、さっきノリコの記憶が流れ込んで
きたことでルイスはよく知っている。
 但し、その記憶に間違いがなければ。その機体、ガンバスターはまだ未完成であるはずだ。
しかし、目の前のディスプレイには起動完了の文字が浮かんだ。

 

『トップ部隊42%壊滅、レーザー群損傷率85%!』
『重巡”ボソン”より入電。――われ操舵不能、われ操舵不能!』
 壊滅的な被害報告を聞いていた艦長が顔を上げる。――敵の親玉は、どいつだ? 
答えはブリッジのオペレーターから意外な程すぐに返る。
『本艦の右上方35度、目測で距離12,000です』
『エンジンを臨海まで上げておけ。いよいよとなれば本艦ごと奴にぶつける! ――あいつを
地球にやるわけには、いかん!』

 

 艦長が決意を固めたとき、既にノリコは動き出していた。
『艦長、第七ハッチが開いていますっ!』
『なにぃっ!?』
 巨大なハッチが全開になり、そこから腕組みでせり上がるのは、他のマシーン兵器とは
明らかに違う、全高200mを優に超える巨大な黒いロボット。
 第七ハッチと書かれたモニターに映る黒い巨体と、そのコクピット越しのエクセリヲンの甲板。
ルイスは感覚的に違和感はあっても、その両方を同時に見ていた。
『やめろ、タカヤ君! ガンバスターはまだ完全じゃ無いぞ! ――亜光速戦闘は、無理だ!』
「いざとなれば、ぶつけるまでです!」
 その部分はぶつける物以外、ノリコと艦長は意見が一致していた。

 
 

『タカヤ! 目標はあくまで敵の主力だ。雑魚には目もくれるな!』
 艦長の無線に割って入ったのは、サングラスに帽子を目深に被った男の顔。
「コーチ。……はいっ!!」
 艦長のオオタ君! の声は全く無視され、オオタはノリコに何よりも強い一言を、告げる。
『行けっ!!』
 “彼女”は全く戸惑い無く発進シーケンスを一瞬で終わらせる。――もう言葉は要らない。
そう思ったのはルイスか、ノリコか。
 だからたった一言。返信の後、ブースターを最大に吹かした。
「――発進!!」
 ぶつん。
「停電?」
 突如ルイスの目の前が暗くなり、かしましく騒いでいたスピーカーの音が消える。
トンだのがブレーカーではなく、自分の意識だと自覚するには多少の時間がかかった。
「まぁ、気にはなるけどさ。でもあれだけ努力したんだし。大丈夫、……だよ、ね。ノリ、コ……」

 
 

 どのくらいの時間が経ったのか、気がつくと誰かに背負われているのを感じる。
但し、どうしたものかまるで身体は動かない。
「――? 気付いたか。……そのまま動くな、もう病室だ」
「コー、チ?」
 多少偏って歩いているのは、足が悪いのにルイスを負ぶっているからだろうか。
降りる、と言ったのだがそれはまるで無視される。

 

「あのお、コーチ。……ノリコは」
「顛末を全て見ていたのだったな……。勝った。――ん? もちろんタカヤもガンバスターも
帰ってきた。……タカヤならもう部屋で寝ている頃だろう」
 良かった……。と思うと同時にまたルイスの視界が暗くなっていく。
「宇宙怪獣は撃退し、間もなく地球だ。無理をする必要は無くなった。今はおまえもゆっくり休め」
 いつもは恐怖さえ感じる低い声を頼もしく思いながら、今度は自分で意識を閉じていく。

 
 

「……さん、ハレヴィさん。どうしました? ぼんやりして。副作用かしら。……お薬は何時頃に
のみました?」
 ルイスが意識を取り戻すと、病室のベッドの背もたれを起こしてぼんやりと座っていた。
「――薬? えと、はい。薬は普通の時間に。……昨日手紙を遅くまで見ていたのでそれで」
「あまり無理をすると身体に触りますよ? ――はい、じゃあ検温からお願いしますね」
 日本から荷物が届いたそうですよ? オキナワってリゾートですよね? 私は日本語、
読めないですけど。そう言って多少痛んだ感じの荷物を置いて看護婦は部屋を去る。
「運ぶときに、どういう扱いをするとここまで痛んで……。? ちょっと日付、なにこれ!」
 その伝票。2032年、発帝国宇宙軍エクセリヲン環境局。ルイスは慌てて中身を確認する。
荷物は茶色の紙包みと、そしてルイス・ハレビー殿、と縦書きで書かれた茶色く変色した封筒。

 

前略
その後、腕の具合はいかがですか。
見舞いはおろか、見送りにも行けず申し訳無い。
エクセリヲンの廃艦、トップ部隊の解散、バスターマシンの強化と立て続けに
雑事が続き未だにバタバタしているが、そちらはゆっくり休めているだろうか。
タカヤが心配していた。彼女もこれから新規の作戦に参加する予定で何かと忙しいが
来年の今頃には落ち着いているはずだから連絡をしてやって欲しい。
おまえは腕と共に、大切な何かを無くしたのだろうと思う。
コップから零れた水はもう戻らぬのだと、したり顔で言う輩も居るが、俺から言わせれば
努力を怠り、根性を見せることのない怠け者のいい訳だ。零れた水ならまた汲めばいいのだ。
おまえの零した何か。それが腕の完治と共に再びコップに汲み上げられんことを切に祈る。
草々
2032年8月2日 帝国宇宙軍エクセリヲン トップ部隊統括  オオタ コウイチロウ
追伸
トップ部隊の制服がロッカーに残っていたそうなので手紙と共に送ることとした。
おまえが地球を守る誇りを渡し忘れるなど、言語道断な話だ。重ね重ね申し訳無い。

 

「コーチ、手紙が200年遅配。もうノリコとは連絡、取れないよ。――私が地球を、守る。か」
 包みを開けると、日本の体操服のような赤と白の制服が綺麗にたたまれていた。