「なんだぁ、ありゃあ?」
コーラが素っ頓狂な声を馬主用のパドックで挙げたとき、五飛の拳が彼の鳩尾へ炸裂した。
「静かにしろ。他の人に迷惑だし、馬が驚くだろう」
「だってみてみろよ。馬の上に妙なものが乗ってるぜ?」
五飛が注意するものの、コーラは周辺の空気を読まずに妙な物体を指差していった。
普通、五飛の拳を急所にくらって崩れ落ちないやつはいないと思うが、さすが絶望フラグを笑顔で平気でへし折りまくるコーラである。 ちょっと痛そうな顔でみぞおちをさすっているだけである。
「あれが、ユキヒメのペットですの。とっても溺愛してるのよ」
コーラの疑問にカトルの姉が答える。ちなみに『ユキヒメ』というのは彼女が馬主の牝馬である。
彼女の話によると、ユキヒメは彼女が五○氏とのデートでドライヴを楽しんでいたとき、道路沿いにあった小さな牧場で見つけ、一目ぼれしたのである。
雪のように白く、母馬に甘えるように寄り添っていた。
だが、購入した後、調教に移ると足にバネがついているように軽快に走り、いつも先頭でゴールしていた。
「もしかしたら、こいつはとんでもない買い物をしたかもしれない……」
五代氏はひそかに期待を抱き始めた。
そして、牧場に来ていたビリー・カタギリ似の角○調教師も一目見てほれ込み、預託を願い出た。
リーディングトレーナー争いを毎年演じている若き調教師に預託されたその馬はユキヒメと名づけられ、厩舎に入ったときあてがわれたのが、その妙な物体『緑ハロ』である。
最初は訝しげにその物体を見ていたユキヒメだったが、『オス、オラハロ。ヨロシク、ヨロシク』と
いうと、たちまち気に入り、厩舎の中でのペットとして飼い始めたのであった。
調教にでかけるときも、帰るときもいつもユキヒメを励まし、孤独を支えてくれた。
ユキヒメは快進撃をし始め、牝馬ながら、牡馬三冠と有馬記念を無敗で制し、春の天皇賞では並み居る古豪を尻目に20馬身以上の差をつけて、戴冠したのである。
ハロとのコンビはたちまち競馬界はおろか、一般にも席巻し始めたのであった。
久しくスター不在であった競馬界に現れたスター、馬券の売り上げにも、また、キャラクターグッズとしても
大ヒットを放ち、日本経済の救世主とも言われた。
そして、ハロを馬のペットにすることが大流行したのである。
このコンビをハンガリーの名馬、キンツェムが溺愛した猫になぞらえるようにいう人も出たほどである。
「この宝○を勝ったら、凱旋門賞に遠征するつもりですの」
『凱旋門賞』とは、日本馬が何回も挑み、涙を飲んだ世界最高峰のレース凱旋門賞。鞍上には武○を迎え、万全の体制を敷いている。
さて、レースの方はというと、まさにユキヒメのワンマンショーで、他の馬が必死に走っているのにまるで異次元の足を持っているかのように軽々と放していていく一方のレースに、ファンは酔いしれた。
プリベンター達は、表彰式の後の口取りにも参加し、軽い祝勝会をやって、上機嫌になっていた。
ただ一人、コーラサワーを除いては……
◆ ◆ ◆
ホテルのシングルルームに戻ったコーラサワーは、外れ馬券の山をポケットから取り出し、破り捨てていた。
「もう馬はやんねえ!!」
満月がコーラサワーの部屋を、笑っているように照らしていた。