模擬戦。
文字通り、模擬の戦いであって、本当の命のやりとりではない。
とはいえ、軍隊においては、統一した行動を取る為、また緊急の事態に速やかに対応する為に、必ず取り組んでおかなければならないことである。
団体スポーツで紅白戦をするのも、全く同じ理由である。
個人練習で技術は伸ばせても、チームとして動く以上、「実戦」を想定した訓練を行うのは、当たり前のことなのだ。
「イヤッホー! さあさあさあ、やろうぜやろうぜやっちまおうぜ!」
「うるさい奴だな、ホントに」
プリベンターは今、首府ブリュッセルから少し離れた山間にいる。
ブリュッセルの近くにそんなところがあるのか、などとツッコンではイケナイ。
あるったらあるのである、そういうことにしておくのである。
「さあ、最初に俺に、模擬戦二千回不敗のコーラサワー様にぶっ倒される奴は誰だあ!?」
「何を勝手に最初にやることにしてんだよ」
「もう別にいいと思うよ、デュオ」
ここはかつては物資の集積所であり、古くは北大西洋条約機構(NATO)も使っていたと言われる、何気に歴史のある場所である。
近年は欧州の政経の一大地であったブリュッセルを「支配」するための要地として、OZが直接管理をしていたところでもある。
山間とは言え、広く切り拓かれており、いくつかある大きな倉庫と事務所を覗いては、目に見えるのは、山々の木々と茶色で平坦な地面、そして青い空だけである。
OZ時代はここの地下に基地めいたものがあり、さらに倉庫はMS格納庫及び整備工場として稼働していた。
OZが倒れ、統一政府が出来てからは、管理だけを政府の管轄に移し、現在では特に目的をもって使われてはいない。
いずれ政情が安定すれば、民間に譲渡されることになるであろう。
「しかし、昔はここにリーオーとかトーラスがたくさんあったんだな」
「昔と言っても、そんなに遠くのことじゃないですけれどね」
「それが今や、誰も使わぬ無人の地だ」
「ある意味、今の平和の象徴のような場所かもしれんな」
「……歴史のボタンがかけ違っていれば、俺達がガンダムに乗って襲撃をしていたかもしれない、ここを」
OZが堂々と使っていた。
それだけで、ガンダムパイロット達にとっては、感慨深いものがある。
「おいコラ、とっとと乗れよ! 何のためにここまで運んできたんだよ、MS(ミカンスーツ)!」
んが、あまりコーラサワーにとっては関係ナイ。
AEUは三国の中でもOZと結びつきが強かったが、彼は別にOZ支持派ではなかった。
むしろ、「何が黄道帯機構だ(OZはOrganization of the Zodiacの略称)、デカイ面してるヤな奴らだ」と嫌っており、OZが一時地球の支配権を掌握した時も、AEU軍に留まり続けていた(OZ派が多かったAEUでは、かなりの離脱者が出た)。
もっとも、OZ側もコーラサワーのことは「優秀なパイロット」として認めてはいたものの、「性格に超難有り」として、スカウトの対象にはしていなかったが……。
ちなみに言っておくと、彼の妻であるカティ・マネキンはOZに誘われたことがある。
無論、彼女は即答で断っている。
グラハム・エーカー、ジョシュア・エドワーズにも引き抜きの手が伸びていたが、これはユニオン軍が実際に二人にOZの手が届く前にカットしている。
もしかすると、変に上昇思考が強いジョシュアは、場合が場合ならOZに移籍していたかもしれない。
グラハムは……まあ、しなかったであろう。
OZの制服がキモノで、さらにMSが武者風だったらわからなかったかもだが。
ついでにMS(ミカンスーツ)の開発者、ビリー・カタギリも勧誘を受けていたが、これも本人が断っている。
「模擬戦模擬戦! みつあみおさげでも坊っちゃんでもちんちくりんでもいい、とにかくかかってこいよ」
専用機“シークヮサー”のコクピットから身を乗り出し、吠えるコーラサワー。
AUE軍時代も、こうやって相手を挑発していたのであろう。
当時の対戦相手はホント御苦労様である。
そして今のガンダムパイロット達も。
「どうする?」
「誰もいかないのなら俺がいく。構わないな? カトル」
「五飛……」
ここで手を挙げたのは、張五飛だった。
プリベンターの中では、武闘派でならす男である。
中国拳法をマスターし、彼の専用ガンダムであったシェンロン、アルトロンも近接戦闘に優れていた。
新型MS(ミカンスーツ)“バンペイユ”もその辺りを考慮して作られている。
「穏便に、とは言いませんけど……無茶だけはしないで」
「アイツ次第だな」
カトルの言葉に、ニコリともせずに五飛は答えると、“バンペイユ”に乗り込むために、トレーラーへと向かった。
サリィ・ポォの不在を受けて責任者となっているカトルからすれば、完成したばかりの新型MS(ミカンスーツ)を身内同士の模擬戦でいきなり壊す、なんてことはしてほしくはない。
開発者のビリー・カタギリも側にいるので、とにかく「普通の模擬戦」で収めておきたいところではある。
もっとも、そのビリーはと言えば、「いいデータが取れそうだなあ」とノートPC片手にニコニコと笑ってなんかいるが。
この辺りはボンボン気質というか、人が良いと言うか、天然気味と言うか、まあそんな天才さんである、ビリー・カタギリ。
◆ ◆ ◆
プリベンターが模擬戦を始めようとしている頃、ブリュッセルのとあるデパートでは、キョーアクな傭兵とその部下達が色々と買い物をしていた。
キョーアクな傭兵が誰かって、そんなもん説明せんでもわかるでしょうが、へいそうです、アリー・アル・サーシェスさんでございます。
「ボス、ボスゥ」
「大きな声でボスはやめろや、目立つだろうが」
「う、すんません、ボス」
「だからボスはやめろっての」
アリーは今、映像ソフト売り場に来ていた。
この男、ナリに似合わず、コッテコテの人情劇やベッタベタの恋愛ドラマが好きという欠点(?)がある。
彼曰く、「作り話だからこそ、御都合展開が心地良いんだよ」とのことらしい。
現実で不条理なドンパチを繰り返してきた分、架空の世界には真逆なものを求めるのかもしれない。
それに現実は現実、架空は架空と、彼の中では線引きが一応出来ているのであろう(現実でもやってることはトッピョーシもないが)。
「あー、『愛と恨みと信号無視の交差点』はやっぱり三巻だけがねーなあ。DL(ダウンロード)購入するしか手がねえかあ」
「ですからボス、三人程フィギュア売り場に血走った目ではりついてますけど、いいんすか」
「今日は盗みに来てんじゃねーんだから、欲しけりゃちゃんと金出して買えって言っとけ」
「はあ」
「盗みってのは下準備があってこそなんだよ。わかってるだろ?」
「ええ、もちろんっす」
ちょっと前、アリーとその一味は、リボンズ・アルマークの陰謀の下、世界各地で盗みを働いた。
価値のある美術品から果ては遊園地のキグルミまで、その量たるや、小さな倉庫が二つ三つでは足りない程である。
これらは、ちゃんと準備を整え、計画を立てて行ったものである。
基本、アリーは衝動的・行きずり的な窃盗はしない。
かつてプリベンターに阻まれたデパートの襲撃にしても然り、改造潜水艦で挑んだ海産物密漁にしても然り。
「でもですねえ、何か限定品らしくて、結構な値段がついてるんでさあ」
「『赤い首輪と黒い手錠と蒼い恋』も全巻揃ってねーかあ……って、どれくらい高いモンを買おうとしてるんだ、その三人」
「さあ……でも、フィギュア好きからしたらたまんねーもんらしいっす」
手を伸ばせば届く、目の前にある。
だけどなかなか入手するのに踏ん切りがつかない。
そんなこと、人生にはよくある話である。
アリーとその一味は今でこそリボンズの支援によって一定の金は持っているが、以前はそれこそ、先述の通り、デパート襲ったり密漁したりせんと暮らしが安定しない程だったのだ。
困窮が長続きしたからこそ、恵まれた(と思われる)今に戸惑いに近い喜びの感情を持つ。
例えて言うなら、
グリー○ウェル(神のお告げ最強伝説)、ハ○アット(三振マスター)、シー○リスト(穴埋めは所詮穴埋め)→1997年、
ハン○ン(失策数>本塁打数)、ウィルソ○(身体はデカイ、それだけ)、○ウエル(全盛期はとっくの昔)→1998年、
ブ○ワーズ(外角に投げてりゃ安全)、ジョン○ン(夏まで男)→1999年、
タ○スコ(実はまだマシな方だったりする、あの成績で)、ハー○キー(ウリはスイッチヒッター、それだけ)、バ○ル(多分呪術師)→2000年、
クルー○(オープン番長)、○バンス(どこで活躍したっけ)、ペレ○(名選手の子は名選手ならずな例)→2001年、
ホ○イト(あだ名はトラのタイソン、だから何)→2002年、
キ○ケード(見どころはデッドボール)→2004年、
スペ○サー(意外性の男、と冠がつく時点で……)→2005、6年、
フォー○(や○きたかじん曰く「何でこんなん取ったの」、岡○監督曰く「アイツ野球わかっとらん」)→2008年、
バルデ○リス(二軍だけなら……二軍だけなら)→2008、9年
メン○(良かった、二年で四億の契約を結んでおかなくて本当に良かった)→2009年……。
普通に貢献してくれたのがア○アス(2002~4年)と○ーツ(2005~7年)だけなんじゃあ悲しいんじゃあ、
だけど今年はちゃうんじゃあ、ブラ○ル(2009~)とマ○トン(2010~)で優勝じゃあ日本一じゃあくはははは。
……多分、きっと。
どうしよ、どうなるんや今年。
そんな「NGワードは『バー○の再来』」な阪神ファンの気持ちに似ていると言えようか。
よくわからんと思われたなら、お近くのトラキチにお聞き下さい。
多分一時間は話し続けると思います。
「まあ、とにかく今日が最後の休暇だ。ハメを外さん程度に楽しめ、って全員に伝えとけ」
「了解っす、ボス」
「だから、大きな声でボスはやめろっつの」
手を振って部下を追い払うと、アリーは再び映像ソフト選びに戻った。
真剣な顔で恋愛ドラマのコーナーをうろつく彼は、とても血と銃弾が降り注ぐ戦場を駆け抜けてきた傭兵には見えない。
ただ、がっしりとした体つきと、見る者にはすぐわかるオーラを放っているので、やっぱり場違いっちゃ場違いではある。
「そう、休暇は今日で終わりなんだからよ」
昨日、アリーはリニアトレイン社総裁のラグナ・ハーヴェイと共に、リボンズ・アルマークから『命令』を受けた。
傭兵にとって、雇い主の指示は絶対の拘束力を持つ。
無論、アリーは戦場で、はたまた契約の場で、「自主的判断」によって雇い主を裏切ってきたことは何度かある。
だがそれはあくまで非常の時であり、いつでもホイホイと掌を返しているわけではない。
アリーが、彼自身が与しやすい、または組んでおもしろいと思っている者を雇い主に「選んで」いるという事実もある。
そしてリボンズ・アルマークは、金払いの良さから言っても、またやることの過激さと言っても、彼には実に望ましい相手なのだった。
例えば、昨日側にいたラグナ・ハーヴェイなど、小心過ぎて、「雇い主」としてはアリーには物足りない。
「次の休暇はいつ取れるかわからねえんだ、なあ、大将?」
リボンズの陰謀が成功すればさらなる金が手元に転がりこむことになる。
リボンズの真の目的が何であれ、当面は裏切るだけの材料が無い。
向こうから手を振りほどいてきたならば、その手を打ち返してやればいいだけのことである。
陰謀が成って、それでもし切り捨てられたら、「別の雇い主」を見つけて「仕返し」をすればいい。
仮に陰謀が失敗したとしても、そうなればなったで、世界は渾沌とするであろうし、アリーのような人間の活躍の場が結果的に増えることになる。
「ふ、ふはは」
映像ソフトを抱えて、アリーは笑った。
少なくとも、今は彼はリボンズ・アルマークという雇い主に満足している。
向こうが必要としている限り、その手足となって働く。
賽の目は希望通りに出るとは限らないが、だからこそおもしろい。
それが現実ってやつだ、架空の話なんかじゃあ、とても太刀打ち出来ないくらいに。
「さぁて、飯はどうすっかな」
アリーが受けた命令は、簡単なものではない。
だが、だからこそ、彼にとってはおもしろい。
そして、さらにおもしろくなる要素が絡んできそうな気配もある。
プリベンターの介入、という―――
プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の模擬戦は続く―――
【あとがき】
コンバンハ。
アルェー? はやくも予定に遅れがががサヨウナラ。