『犯人に告ぐ! ただちに人質を解放して投降せよ! いたずらに罪を重ねるな!』
人類から大規模な紛争が取り除かれたとしても、小さな犯罪まではなくならない。
人が感情と理性の狭間で生きる動物である限り、諍いは必ずある。
『今ならまだ間に合う! このまま抵抗するのなら、刑が重くなるばかりだぞ!』
それは、世界政府の中枢である都市の、とある小さなレストランで起こった事件――
* * *
発端はどこにでもあるような話だった。
一組のカップルが楽しげに話をしているところに、別の男性が闖入、女性が二股をかけているかけていないで口論になり、喧嘩になった。
女性といた男性、これを便宜上A、割り込んだ男性をB、女性をCとすれば、まずBがCを詰り、それを止めたAにBが殴りかかり、Aが吹っ飛ばされて気絶、BとCが罵り合いを始め、激昂したBがステーキ用のナイフを持ってCを脅した、という流れ。
周囲は止めようとしたのだが、CがBによってナイフを突き付けられている以上、迂闊に飛びかかることも出来なかった。
さてここからはもう止まらない特急列車で、他の客は逃げ惑う、店員は警察を呼ぶ、引っ込みのつかなくなったBはAとCを人質にとった形で居直る、とまあ、もはやハリウッド映画の中でも見なくなったドタバタジェットコースターと相成った。
『お前にも故郷に家族がいるだろう、母の、父の悲しんだ顔を見たくな、うわアンタ何をするやめ』
『わーっはっはっは! オラァ犯人聞こえてるかあ! テメェもうおしまいだ、このスペシャルな俺様がとっ捕まえてやるから覚悟しやがれバーロー!』
で、それで。
警察も無能でないから、この程度の事件ならあっさりと解決すると思いきや、このレストランが政府議事堂からそんなに離れてないところにあったのが運の尽き。
大規模な紛争根絶に介入するのがあっちの世界のソレスタルビーイングなら、小規模でも大規模でもとにかく人命がかかった事件に介入する、いやせざるをえないのがこっちの世界のプリベンター。
「さて、とっとと行ってくっからゴーサイン出してくれ、サリィさんよ!」
もっとも、今回は警察権を強引に飛び越したご法度行為であるのだが、それも悲しや、プリベンターにパトリック=コーラサワーがいる以上はどうにもならない。
最初はサリィもガンダムパイロットも警察に任せるつもりだったところを、コーラサワーが目を輝かせて飛び出していったものだから追わざるをえず。
で、現場に来てみたら警官から拡声器奪って捕縛宣言されてしまい、引っ込みがつかなくなった次第である。
「ダメ」
「何で」
「アンタじゃ無理」
「そんなぁ!?」
サリィ=ポォもいい加減わかっている。
コーラサワーに好き勝手させたらとにかく事態が混乱することを。
今更ながらにストッパーとしての自分の役割を再確認する彼女である。
あと、出来れば彼専用のコントローラーにいてほしいとも思っているが、それはさすがに無いものねだりであろうか。
「警察に任せろよ、これは向こうの仕事だろ」
デュオ=マックスウェルもコーラサワーを止める。
彼の言うとおり、警察でどうにかなる事件なら、それは任せればいいわけで、何も無理にプリベンターがしゃしゃり出る必要はどこにもない。
タテマエ上は事件へ介入出来ないこともないが、そんなもんにイチイチ首突っ込んでいたら体がいくらあっても足りやしないのだ。
「何言ってんだみつあみおさげ、ここはビシッとプリベンターの力を見せておかにゃならんだろうが!」
「別に見せるのはここじゃなくていいだろ」
「バカ言え、フラチな犯罪を犯すヤツはギッタンギッタンにしてやらなきゃなんねーだろ!」
「よし、それじゃあまずお前からギッタンギッタンにしてやろうか」
「何でだよ! 俺じゃなくて犯人だろ!」
「お前は性格が犯罪なんだよ!」
コーラサワーとデュオの喧嘩漫才も結構板についてきた。
いや、感心しても仕方ないが。
「とは言え、どうします? こうなると逆に責任を取る形で僕らが収めないとダメなんじゃないでしょうか?」
「……私としてはそれでも警察に任せたい気分なんだけどね」
カトルの意見に、溜息まじりに答えるサリィ。
まだ若いのに、すでに中間管理職の哀愁が漂い始めている。
「俺が行く。許可をくれ、サリィ=ポォ」
「俺も行こう、二人ならさして時間もかからずに犯人を取り押さえられるだろう」
ヒイロとトロワがサリィに介入の伺いを立てる。
ガンダムパイロットの中でも特に潜入と隠密行動に長けた二人であり、実際トロワの言葉通り、警察が手を下すよりもっと簡単に解決はするであろう。
「待て、二人とも」
「何だ五飛」
ここで二人を制止したのは、サリィではなく五飛だった。
「せっかくだ、アイツにやらせてやれ」
「コーラサワーにか?」
五飛の指差した先には、まだデュオと漫才を続けているコーラサワーの姿があった。
「ちょっと五飛! 何言い出すのよ!?」
「そうですよ、下手をすればもっと大事になりますよ!」
五飛の意見に声を荒げるサリィとカトルだったが、五飛本人はいたって気にかけた様子はなし。
さわやかなもんである。
「心配ない」
五飛はそう言うと、つかつかとコーラサワーに背後から近寄った。
「こうするからだ」
五飛は後ろからコーラサワーの首根っこを掴むと、有無を言わせず逆さ投げで思いっきり放り飛ばした。
さすがは中国武術に通じているだけあり、パワーといいタイミングといいスピードといい、百点満点の投げっぷりである。
「おおおおおおおおおおおおおおー!?」
空中をくるくると回転しながら飛んでいくコーラサワー。
放物線を描く彼の先にあるものは、レストランの大きな窓ガラス、そしてその向こうにいるブチギレ男B。
「おおええああああええええおおえええああええええー」
アンインストール、ではなく、コーラサワー、見事ガラス窓と男性Bにジャストインアタック。
派手な音とともに飛び散るガラスの破片が冬の陽光を反射して、何とも場違いにきらびやかである。
「これで犯人捕獲、奴のおかげだ」
五飛が悪びれもせずにそう言うのと、警察がレストランに突撃していくのはほぼ同時のことだった。
* * *
ふられ男のレストラン立てこもり事件、無事(?)解決。
プリベンター・バカことパトリック=コーラサワーのおかげで。
なお、本部に残留していたグラハム=エーカーはサリィからの連絡で事の次第を知るとこう言った。
「私なら空中で態勢を整えてタックルをしていたな、眠り姫を抱くように」と。
その直後に彼は同じく残留組であったヒルデによって背中に思いっきり蹴りを食らうわけだが、それはまあ別の話。
プリベンターとパトリック=コーラサワーの心の旅は続く――
【あとがき】
お手柄コーラサワーコンバンハ。
そして予告のギョエー顔がとても気になりますサヨウナラ。