さらさらと雪が降る二月のとある土曜日、プリベンターはここのところ目立ったお仕事がなく平和である。
つまりはそれだけ世界が無事平穏であるというわけで、まことにめでたいという他ない。
「おい見ろよ、ヒイロ」
「何だ」
「議事堂の前で雪合戦してるカップルがいやがる」
デュオに呼ばれて、ヒイロは窓へと近寄り、その指差す方向を覗き込んだ。
そこでは長い金髪の女の子と黒髪の少年が、無邪気に雪のつぶてをぶつけあっている。
というより、一方的に少年の方が雪玉をくらいまくっている。
「……あそこも議事堂の中だろう。一般人が何で入れる」
「さてね? 忍び込んだんじゃなければ、関係者の家族なんだろ」
デュオは肩をひとつすくめると、やれやれという風に首を左右に振った。
しかし、ただあきれているだけでないことは、そののほほんとした表情を見ればわかる。
「しかし、つまんねーぞ」
絨毯の上、行儀悪く寝そべってテレビを見ていたパトリック=コーラサワーは愚痴った。
何しろ 今 回 も 出 番 が な か っ た のである。
そりゃつまんねーとも言いたくなろう。
「よっしゃ、俺達も今から雪合戦だ! オラ行くぞナルハム野郎!」
「断る」
「何で」
「出勤途中に車を飛ばし過ぎた、少しGに耐えきれず血を吐いてしまったのでしんどい」
昆布茶の湯気を顎にあてながら、いけしゃあしゃあと言ってのけるグラハム。
どこまでホントでどこまで嘘っぱちなのか、あいかわらずよくわからん人間である。
「……この雪の中を、ですか? タイヤチェーンつけてたとしても、それはちょっと危なかったんじゃあ」
「やめておけカトル、マジメに突っ込むだけ無駄だ」
「というか、突っ込み先が微妙に間違ってるぞ」
とまあ、平和な午後の一時であった。
そう、ここまでは。
* * *
ピンポーン、とプリベンター本部の呼び鈴が鳴ったのは、コーラサワーがだだをこねてから数分経ってからのこと。
はいよ、と誰あてでもなく返事をしながら、デュオが入口のドアを開ける。
何で呼び鈴、という問題はちょっと右から左に受け流してほしい。
「どうも、お届物です」
「ケッ、遅いんだよ、ピンポン鳴らしたら三秒以内に出てきやがれ」
「トリニティ運送の三兄妹、ここに参上! なーんてね」
デュオの目の前に立っているのは、ミョウチキリンな制服に身を包んだ三人組だった。
運送屋、というにはあまりにノリがヘンテコであり、デュオは思わず唖然としてしまう。
「確認のハンコかサインをお願いできますか」
「おらおら、とっととしやがれ、こっちは忙しいんだよ!」
「きゃははは、ミハ兄らんぼーすぎるよー」
何だこいつら、と思いながらデュオはペンを手に取った。
背後でガタガタと物音がするのは、おそらくコーラサワーを周囲が制止しているのであろう。
今コイツをドアに行かせちゃマズイ、と敏感に空気を察知したガンダムパイロットのナイスな手際である。
「……はい、サイン」
「どうも」
三人の中で一番年長と思われる人物が、受領確認証明を受け取る。
その顔は温和そうだが、どこか腹にイチモツを隠し持っているようにも思えるものだった。
「それでは、これで」
「さあ、さっさと次へ行こうぜ!」
「だけどホント、忙しいよねー。後の荷物、疲れたからってことでほったらかしちゃう?」
ガヤガヤ賑やかに現れたトリニティ運送は、これまたガヤガヤとしゃべくりつつデュオの前から消えた。
なお、今後彼らは大きく話に関係してこないので、あしからず。
「おい、何かデッカイ小包が届いたぞ」
「大きいのに小包か」
「……アホな切り返しするなよ、五飛」
「しかし、誰あてだ?」
「えーと……ありゃ」
眉根を寄せて、不審そうな表情になるデュオ。
「どうした」
「いや……グラハム=エーカー様、と宛名には書いてある」
ダンボールの箱のど真ん中、ポツリと張られた宛先宛名の紙を、ガンダムパイロットたちは覗き込んだ。
確かに、ここの住所とグラハムの名前がそこに記載されている。
「おいナルハム野郎、お前にだってよ」
「ふむ、だが心当たりがないな」
「心当たりがあろうがなかろうが、お前あてなんだよバーロー」
「いや、乙女座でセンチメンタルな私にはこの箱から悪意が感じられるのでね。どうにも受け取るのに気が進まない」
「進むも進まねえもねえだろ、だから! わーったよ、なら俺が開けてやらぁ! 模擬戦二千回不敗の俺がな!」
「模擬戦関係ないだろ」
デュオの突っ込みも馬耳東風、コーラサワーはずかずかと箱に近寄ると、カッターを片手に構えた。
そして、丁寧に扱えよ、とヒイロが口を挟もうとする前に、それをずっぱりと振り下ろす。
「へっ、俺にかかりゃあガムテープのひとつやふたつ」
「それくらいなら誰にでも出来る」
「バカ言うな、これはコーラサワー家に代々伝わるガムテープ切りの秘儀だぜ」
「お前の家、どんなくだらない秘伝があんだよ!」
なんか突っ込みまくるデュオがいい加減かわいそうになってくるが、まあこれもまたプリベンターの日常風景。
というかこの類のやりとりがないと、サリィやヒルデあたりはどこか尻の落ち着き具合が妙になってしまうまでになっている。
「じゃあ開けるぜ! このAEUのエース、パトリック・コーラサワーが!」
「いいからとっととやれ」
と、コーラサワーが蓋を開けようとしたその瞬間。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ふぐわ!?」
中から何かが勢いよく飛び出し、それにつられて後方にすってんころりんと転ぶコーラサワー暫定28歳。
「どこだ! ここか! どこにいるグラハム=エーカー上級大尉ぃぃぃぃ!」
「な、なんだあ?」
それは、ブロンドの髪をした青年だった。
顔はなかなかにハンサムさんだが、どこか間の抜けたものにも見える。
引くカードが常にババなタイプ、と言えばおわかりいただけるだろうか。
「どこかで私を呼ぶ声がする、ならば応えようグラハム=エーカーはここである、と」
「おあっ! 見つけた、見つけたぞ隊長ぅぅぅう!」
「おお久し振りだな、息災だったか?」
「息災なもんか! いきなり人を呼びつけやがって! しかも拒否ったら段ボール箱に押し込めてこれだ! どういうつもりなんだ!」
ギャアギャアとわめきたてる金髪青年。
あまりにうるさいので、そろそろヒルデがフライパンを用意しているが、
もちろんそんなことに気づくわけもなく、ひたすら金髪青年はグラハムを責め立てる。
涙目で。
「俺は退役したんだよ! もうアンタの部下じゃないんだ! ちきしょぉぉ、アラスカで平和に暮らしてたのに何でまたアンタと……」
「何を泣く、これもまた縁だ」
「あのー、すんまっせん」
埒が明かないので、デュオが横あいから口を挟む。
こういうときの突破口が常に彼となっている経緯については、以前に述べたとおり。
「何なの、コイツ」
「ああ、彼はな」
デュオの問いに、前髪を払いつつ微笑むグラハム。
どうにも芝居がかった仕草だが、これもまたお約束。
赤い彗星の人にしろ木星帰りの人にしろ、マトモな立ち居振る舞いはさせちゃくれないのがガンダム世界というものである。
「かつての私の部下で、ジュシュアという者だ」
「はあ、で、なんでそんな人がここに?」
「私が呼んだ」
「……いや、呼んだ、ってさっき心当たりがないって」
「忘れていた。すっかり」
「……」
デュオ、脳みそがパーシャル脱力。
今更ながらコーラサワーといいグラハムといい、いい歳こいた同僚があまりにアホすぎるのを痛感する彼である。
「プリベンターは人手不足、ならば私が一肌脱ごうと思い立った次第だ」
「レディ=アンの許可は?」
「取ってない」
「ならダメじゃん!」
コーラサワーだけでなく、グラハム相手にも漫才をせざるを得ないデュオ、ああ哀れ。
誰か助けてやればいいのだが、そこら辺は結構ドライなガンダムパイロットの関係だったりする。
「どやっさあああああああああああ!」
そこに転倒から復帰したコーラサワー、二人の頭を飛び越して、
まだ箱から出てないジョシュア目がけてジャンピングニーアタックを一撃かます。
「ぶろばぁ!」
ジョシュア、もろに顔面に喰らって一回転。
実に見事なクリティカルヒット、伊達にAEUでエースを張っていない。
「おいこらぁあ、ナルハム野郎」
「何かね?」
コーラサワー、ジョシュアを足で踏みつけつつ、グラハムにメンチを切る。
「勝手にプリベンターのメンバー、増やすんじゃねえ! 方向性を見失ったロックグループかコラ!」
「失礼な、これは善意の行為だ」
「善意か便意か騎乗位か知らないがよ、ここはお前のワガママ通す場所じゃねえんだ!」
「君が言えた言葉か? それは」
「あんだとぉ!?」
「何、プリベンターの一員として彼を認めろとは言わんさ、バイト扱いでもいい」
何気にヒドイ台詞を吐くグラハム=エーカー乙女座27歳。
コーラサワーの年齢がよく話題にのぼるが、何、彼だって結構いいトシなのである。
「……ほう、で、コイツは役にたつんだろうな?」
げし、と爪先でジョシュアの背中をコーラサワーは一踏みする。
ぐへ、というカエルのひきつったような声をあげ、さらに涙目になってしまうジョシュア。
最初は威勢が良かったものの一発食らって元気がなくなる辺り、なかなかのヘタレさんである。
竜頭蛇尾の天然色見本とでも言えようか。
「君よりははるかに、と私は思っているよ」
「ほおぉぉう、おもしれれぇ」
至近に顔を寄せ合い、バチバチを目から火花を飛ばし合うコーラサワーとグラハム。
何度も言うが、どちらも二十代後半である。
「わかった、なら見せてもらおうじゃねえか、こいつの実力をよ」
「フッ、彼はユニオンのアラスカ基地でトップの技術を持っていた男だ。侮ると痛い目にあうぞ」
「笑わせんな! 俺はアラスカどころじゃねえ、AEUで一番だった男だ!」
いろは坂を転げ落ちるように急展開を見せる段ボール騒動だが、
デュオをはじめガンダムパイロットたちは一言もつっこまない。
ここに至っては何をやっても無駄だ、と理解しているためである。
ただ、サリィがレディ=アンに電話で確認をとっているのと、ヒルデが怒筋を浮かべつつフライパンを磨いているのは別として。
「で? もう一回聞いておく。こいつの名前は何よ?」
「知らないなら教えない」
残念、ポニーテールの人がいないから誰もグラハムを諌めない。
「ガキか、お前」
「それも君に言われたくないが、まあいい。ジョシュアだ、アラスカのジョシュア」
「よっしゃわかった」
コーラサワーは腰を折ると、ジョシュアの胸倉をつかんでグイッと引っ張りあげた。
ここに及んで、ジョシュアは涙目どころでなく完全に泣き顔になっている。
小さな声で「アラスカに帰りたい」と呟いているようだが、そんなもんを気にするコーラサワーさんではない。
「おい、『アラスカ野』」
「……アラスカの、ジョシュアだが」
「うっせえ、今日からコイツは『アラスカ野ジョシュア』だ。それとも何か? フルネームはどうなってんだ?」
コーラサワーの問いに、グラハムは答えず、ただニヤリと笑う。
知っているけど教えない、という風に。
こういった振る舞いが、彼を芝居臭いと見せる最大の要因なのだが、実際のところ、彼もジョシュアの本名を知らなかったりする。
だいたい公式のキャラ紹介にもジュシュアとしか書いてないし。
「ふん、決まりだ。おいアラスカ野」
「……ふぎゅ」
精一杯の虚勢を張り、胸倉つかまれながらもコーラサワーをジョシュアは睨みつける。
さすがはエースのひとり見事な矜持、と褒める程立派な様子ではとてもないが。
「次に出動があった時、ギッタンギッタンに俺の実力を見せてやる。二千回でスペシャルなやつをな!」
* * *
「やれやれ……」
またバカが一人増えた、と嘆息しながらデュオはまた窓に近寄った。
雪景色でも見て心を嫌そう、ではなく癒そうと思ったからだ。
「ありゃ」
議事堂の前では、もう少年と少女は雪合戦をしていなかった。
もう一人、さらに女性が増えて、三人で何かを話あっているようだった。
そして数秒後、三人は肩を揃えて正門に向かって歩き出した。
少年と少女が手を握り合っているところを見ると、どうやら二人はカップルのようにデュオには思われた。
新たに現れた女性はといえば、二人の後をややあきれたような素振りを見せながらついていっている。
「……何だったんだ?」
三人の後ろ姿を、デュオは首を傾げながら見送った。
「ダメだわ、シーリンが繋いでくれない。テレビ局のインタビューに応じてるって」
デュオの背後には、まだレディ=アンに確認を取ろうと頑張っているサリィがいた。
「いつからそんなにオープンになったのよプリベンターは、って終わった? なら早く繋いでよ! あ、切らないでシーリン!」
彼女の言葉を耳の端で聞きつつ、デュオは三人から視線を外すと、空を見上げた。
いつの間にか雪は小振りになり、雲の隙間から光が差し込むようになっていた。
「もうすぐやむかね、これは」
デュオは再び視線を落とした。
しかし、もう三人の姿はそこにはなかった。
プリベンターとパトリック=コーラサワーの心の旅は続く――
【あとがき】
序盤のイタリア基地のシーン、コーラと勘違いして思わずギャアと叫んでしまいましたコンバンハ。
とうとう来た感じの水島&黒田節ですが、まあこっちの世界は誰も死なない誰も傷つかない幸せな世界だということでサヨウナラ。