~前回のあらすじ~
グラハム=エーカー、覚醒。
一方その頃、カトル&コーラサワー組はといえば。
「なー、まだ動いちゃ駄目なのかよー」
「もうちょっとだけ我慢してください。すぐに指示が来ますよ」
案の定コーラサワーが待ちきれなくてうずうずしていた。
この辺り彼とグラハムは良く似ている。
近くにある比較的低いビルの屋上で、コーラサワーは柵に肘をかけて頬袋を膨らませた。
「さっきからそんなこといって全然指示来ねえじゃねえか、いつまで俺様を待たせるんだコンチクショウ!」
「子供じゃないんですから耐えてください」
カトルが注意するも聞く耳を持たず、暇を持て余している故か彼はいつもより更に熱心に弁舌を振るう。
「耐えられないものは耐えられないっての! 大体さぁ、俺ばっかり落ち着きがないように言われるけど、正直グラハムも五飛も俺と同レベルだと思うんだよ。特に五飛の奴! あいつ本来の性質は絶対鉄砲玉だろ。仲間意識希薄だし独り善がりな面も多くあるし、本心では俺たちのことなんて無視して『自分一人で解決できる』とか抜かして真っ先に飛び込んでいくタイプだぜ。奴のこと棚に上げて俺ばっかり槍玉に上げられるのは納得いかねえな」
ほとんど八つ当たりだが、彼の指摘は正鵠を射ていた。
カトルは立場上同意するわけにもいかず、ただ曖昧に頷くしかできなかった。
その代わり、
(貴方の指摘はもっともですが、それでも地を抑えられる分貴方よりよっぽど大人ですよ)
というツッコミも敢えて口にせず胸の中にしまっておくことにした。
「あー待ちきれねー」
もう一度柵に身体を投げ出した彼は、何かに気づいて「ん?」と首を傾げた。
前方で何かが飛び出したのだ。
よくよく目を凝らして正体を掴むと、彼とカトルは一斉に驚愕の声を上げた。
「あ、あれは!」
「グラハムさん!?」
* * *
サリィと五飛の下に無線が入る。
この回線はグラハム&ジョシュア組のものだ。
「はい、こちらプリベンター・ウォー……」
『ウォーター! ウォオオオオオタァアアアアアアアアアアッ!』
今にも泣き出しそうな悲痛な叫び声が、無線から音割れしながら響き渡る。
面食らって硬直したサリィの手から無線をひったくって、五飛が変わりに応答した。
「どうした三重苦、説明しろ」
『誰がヘ○ン=ケラーだ!ってんなこたぁどうだっていい! 頼む!助けてくれ! 俺一人じゃ隊長を抑えきれないんだよおぉ!』
「落ち着け。状況を簡潔に説明しろ」
『風で飛んできたパンツ被って隊長が暴走したんだよぉお!!!』
五飛は思わず天を仰いだ。
ジョシュアの言っていることは何がなんだかよくわからないが、尋常ならざる事態が発生したことはよくわかった。
「すぐ行く、そこを動くなよ」
『早く来……ああっ!?』
無線の向こうからジョシュアの緊迫した悲鳴が聞こえた。
何事かと身構える五飛の耳に、更なる言葉が届く。
『隊長が、隊長が犯人目掛けて飛び出してったー!』
「……何イィ!?」
* * *
ジョシュアの懸命の努力も空しく、グラハムは拘束を振り切り大地を蹴って飛び立った。
強靭な脚力から繰り出された跳躍力は物凄く、グラハムは空へ高く高く舞い上がる。
プリベンターの仲間たちも、立てこもり犯も、誰もが日の光を受けて神々しく輝く彼をただ呆然と見上げていた。
そして彼は逆光を背に、軽やかに犯人の目の前へ舞い降りた。
「な、な、な、何だァ貴様!?」
犯人は上擦った声で目の前の奇人に問う。
黒い全身タイツ(正しくはボディスーツだが犯人にはそう見える)に、顔に仮面よろしく装着した女性用下着。
こんな変態が目の前に突如振ってきて、平常心を保っていられるわけがなかった。
眼前の変態仮面は、犯人の問いに、何やら奇妙な決めポーズを取りながら高らかに答えた。
「愛ある限り戦いましょう。人々の愛に咽び泣く男、グラハム仮面!」
良く通る声が、空間に木霊した。
しばしの沈黙。
それを破ったのは、犯人でもグラハムでもなく、囚われた哀れな人質であった。
「イヤッアアアアアアアアアア! この世はもうお終いだああああああああああ!」
この世の絶望を一身に背負ったような絶叫が迸る。
その声は離れた所で待機していたプリベンターたちにも届き、それを聞いた五飛が舌打ちをした。
「ちっ、こうなったらあのアホを取り押さえつつ犯人も確保するしかない。行くぞサリィ!」
走り出しながら全員に指示をしようと無線を持ち上げたところで、カトルから通信が入った。
「カトルか、どうした」
『えー、無断で恐縮なんですが、僕たち今犯人の所へ向かっています』
タイミング的には都合がいいといえる。
が、指示をしてもいないのに何故?、と五飛は当然の疑問を抱いた。
だが今は気にしている場合ではない。
現場に到着したらそのままグラハムと犯人を確保するように指示を出す。
しかしカトルは酷く弱った声でこう言った。
『それは僕には無理だと思います……』
「何故だ」
『いま僕、コーラサワーさんを追いかけていますから』
しばしの沈黙。
「もうイヤッ! あの人たちを監督するのはもう嫌よ!」
事態を飲み込んだ五飛とサリィは本気で頭を抱えた。
つまりはこういうことだ。
グラハムが飛び出したのを見て、釣られるようにコーラサワーも暴走したのであろう。
そういえば何か遠くの方で「イーヤッフゥー!」という能天気な掛け声が聞こえる気がする。
「ヒイロトロワデュオヒルデ! 犯人と、ついでにバカとアホの両名もひっ捕らえろ。無傷とは言わん、死なせん範囲で叩きのめせ!」
他の者たちからも現場の状況は掴めていたのだろう、物騒な指示にも係わらず彼らは異を唱えず素直に従った。
『『『『任務了解!』』』』
* * *
「く、く、く、来るなぁ! このスイッチが目に入らないのか!」
立てこもり犯は爆破スイッチを振り上げながら、もう片方の手に握る銃を変態仮面に向けて脅しかける。
が、声は上擦り手は振るえ、威圧感は欠片もなかった。
グラハムは艶かしい腰つきでゆらり、ゆらりと犯人に向かって歩み寄る。
あと数歩の距離まで近づいたところで、犯人が引き金を引いた。グラハムはそれを跳躍して躱す。そして、
「成・敗!」
そのまま相手の肩に乗り、太ももで頭を挟むと一気に振り子の要領で後方に倒れこむ。
その際、エーカー家のお稲荷様。が犯人の顔にもろ直撃したことは言うまでもない。
不快な感触を顔に受けながら地面に強烈に叩きつけられた犯人は、苦痛の呻き声を上げて失神した。
「イーヤッフゥー! ……って、あれ、もう終わり?」
遅れて到着したコーラサワーは、満足げに決めポーズを取る下着を被ったグラハムと足元に転がる犯人を見て
拍子抜けしたような声を上げた。
せっかく意気込んできたのに肩透かしを食らった彼は、せめて何かやれることは残っていないかと辺りを見回す。
と、犯人の手から零れたらしい爆破スイッチのようなものを目に留めた。
「よっしゃ!」
「ちょ、待ちなさい、迂闊に触らないで!」
得意げにそれを拾うコーラサワーを見つけ、ようやく現場に到着したサリィが大声を張り上げて静止する。
けれど僅かに遅かった。呼び止めたときには既に、コーラサワーはスイッチを天高く放り上げ、
「いっくぜぇ、コーラサワー・スペシャル!」
落ちてきたスイッチを拳で勢い任せに粉砕していた。
プリベンターの面々は人質を伏せさせつつ自分たちも頭を低くし固く目を閉じる。
……だが、恐れていた爆発は起こらなかった。
「何してんのお前ら」
コーラサワーが飄々とした顔で伏せた仲間たちを見下ろしてくる。
どうやらコーラサワー補正がかかったらしく、爆破に直結した回路を完全に避けての破壊に成功したらしい。
相変わらずどこまでも奇跡の男である。
へなへなと腰の抜けたサリィはしばらく呆然としていたが、
「……プリベンター・バカ。こっちへいらっしゃい」
しゃがみこんだまま彼女はコーラサワーを呼んだ。へらへらと笑いながら寄ってくるコーラサワーに更にしゃがむように言い、
目の前に下りてきた顔目掛けて、渾身のビンタを叩きこんだ。
「この、バカ! 本当におバカね貴方! 今回はたまたま運が良かったからいいものの、爆発していたらどうするの!どうして貴方はいつもそうなの、バカ! バカ! バカァ!」
「痛っ、ごめ、ごめんてば、申し訳ありませんリーダー反省してます!」
ビンタの応酬を食らいながら、コーラサワーは平身低頭して謝った。
彼は女からの叱責と涙に弱かった。
さて、こうして無事に犯人を確保し、彼がただの実行犯であり黒幕が別にいること、また黒幕が属する組織の目的などが芋づる式に判明し、今日も世界平和が守られたわけであるが……それはこの際置いておこう。
* * *
時間を戻そう。無事犯人を確保できたプリベンター一同であったが、問題はまだ残されていた。
奴である。
「こら、降りてこーい!」
デュオが上を見上げて声を張り上げるが、呼ばれた当人は聞く耳持たず、自由気ままに空を飛び回っていた。
「私は風のグラハム、何者にも囚われない!」
「起きながら寝言抜かすなアホンダラ!」
下着を顔に装着したままビル群を壁伝いに飛び跳ねるグラハムと、それを追いかける残りのプリベンターたち。
その光景は傍から見て非常にシュールであった。
「もういや、私もう耐えられない」
未だ立てないサリィがベンチに腰掛けて顔を覆い、ヒルデがその背を慰めるように撫でている。
男連中は懸命にグラハムを追っているが、彼は人の限界を超えたとしか思えぬ速さで宙を駆け続けていた。
「ちっ、このままじゃ埒が明かん。おいマヌケ、貴様あのアホと付き合い長いのだろう、いい手段はないか」
「あったらとっくにやってるよ!」
ジョシュアが涙目で反論する。
ユニオン時代だって、彼とグラハムは反りが合わなかったのだ。
そんな人間をどうこうできるわけが……
「ん、ユニオン?」
「心当たりがあるのか」
「……いいや、別にないね!」
頑なに言い張るその態度は、却って『心当たりがあります』と主張しているようなものだ。
五飛がジョシュアの襟首を捻り上げて問い詰める。
「言え、奴を止める手立てがあるんだな?」
「言う、言うから! ……手立てっていうより、どうにかできるかも知れない奴がいるかもって」
「よし、さっさと呼べ」
だがジョシュアはぶんぶんと頭を振った。
“彼ら”ならば確かにどうにかできるかもしれないが、彼らは揃ってグラハムシンパであり、やはりジョシュアとは折り合いが良くなかったのだ。
「嫌だ、あいつらに借りを作るなんて絶対に御免だ!」
「逆に考えろ、『そいつらに厄介ごとを押し付けてしまえ』と」
そう切り返されると言葉に詰まる。確かに、ここで意地を張るよりは、彼らに面倒を押し付けてしまったほうが楽かもしれない。
それに、逡巡している余裕はなかった。
いつの間にかジョシュアの周りに仲間たちが集まり、無言の圧力をかけてきていたからだ。
「わかった、わかったよ。呼べばいいんだろ!」
そうして彼は、携帯端末の登録の中から二人の男の名を呼び出した。
ジョシュアやグラハムと同じく、元フラッグ・ファイターである『ハワード=メイスン』と『ダリル=ダッジ』の名を。
(続く)