震える街(prologue)
列車で一路ベルリンへ。
シロー・アマダとアイナ・サハリンは訳も解らずに紛れ込んでしまった世界で、戦火を避ける為にベルリンへと向かっている。
この世界に来てより2年。道のりは決して平坦な物ではなかったが、汗水流して働き、それなりの生活を営む事が出来るようになった。
世界は混迷を廻る戦争にいそしみ、平和の灯は消え去ろうとしている。
その中でアマダ夫妻はまだ本格的な戦火に晒されていないベルリンを新天地とし、列車でベルリンへと向かっている。
ボックス席を取り、二人はゆったりと楽な姿勢で窓の外の景色が流れて行くのを楽しんでいる。
アイナがシローに視線を移すと、シローは何故か不自然に体を震わせている。
「シロー、どうかしました?」
「いや、ちょっと手洗いに行きたくなって来た……」
「どうぞ、行っていらっしゃいな」
アイナはクスリと微笑み、シローに言葉を返す。
シローはぎこちない動きで席を離れ手洗いに向かうが、その足取りはたどたどしい。
シローは向こうで負った怪我のせいか、右足の調子がかんばしくない。歩く事ですら困難である。
しかし、アイナは決してシローの手助けはしない。
出来る事は自分でやる。それがシローの望みであるからだ。
人の好意を容易く受けると人は堕落する。ちょっと不自由なくらいがちょうどいい、とはシローの弁だ。
列車が止まり、駅の喧騒が聞え、アイナは眼を瞑る。
人の営みの音がアイナの耳に響く。
「すいません。ここ……開いてますか?」
不意に声を掛けられ、眼を開くと長い金髪の女性が東洋系の男性を支えながら立っている。
彼もまた、障害を負って居るのだろうか。アイナは柔和な笑みを浮かべる。
「ええ。空いていますよ」
男性はアイナの向かいにブリキの人形の様な動作で座り、照れ臭そうに笑う。
「申し訳ない。言葉に甘えさせて貰うよ」
女性もそれに倣い座る。
アイナは再び眼を閉じる。聞こえる二人の会話からは、お互いに軽口を叩き会うくらいの間柄に思える。
しかし、アイナには二人の言葉に疑念が浮かぶ。
二人の言葉から懐かしさを覚えるのだ。
浮かんだ疑念は囁きとなって誰にも聞こえない言葉となりアイナの口から溢れる。
「……ジオン訛り……?」