第六話 空より淡き瑠璃色の
暮れなずむ中、サンタは一人で父ちゃん道路に佇んでいる。
戦火の影響で道は荒れ果てており、道路はひびや穴で一杯だった。
道脇の野原に咲いていた筈の花達は吹き飛ばされていた。
誰もいない。命有るもの全ては逃げる際に見た翼を持った鋼鉄の天使が黄昏の向こうの世界へと連れ去ったのだ。
静寂に包まれた世界に一陣の風が吹いた。サンタの頬を優しく撫でる。
空の彼方を見やれば空の青が太陽の朱と交わっている。嘆きも悲しみも取り残したまま、無情に一日は終わって行く。
今日が終わっても明日が過ぎても癒される事がなど無いのだ。
――僕は悲しみに押し潰されて全てを失って行くんだ。僕なんかに何も出来る訳が無いんだ。
サンタは静寂を壊さぬ様に心の中で叫んだ。涙は枯れ果て赤い瞳が輝いていた。
サンタは恐る恐る野原の方へと足を進めた。瓦礫の山を乗り越える時に躓いてしまった。
舐めても治らない傷は死に至る傷だ。サンタはしゃがみ込み膝小僧を舐めた。
口の中に血の味が拡がる。嫌いな味では無かった。
野原――荒野は何処までも果てしなく続いている。歩けども歩けども何処へも行けやしない。
空も月も星もサンタを突き放す――お前は一人ぼっちだと。
闇は夜風を冷やして行く。サンタは心が凍てついて行く気がした。
不意にサンタの足元に何かが触れる。サンタは体を震わせた。恐る恐る下を見ると足元には何かの草花があった。いつの間にか荒野を埋め尽していた。
それはぐんぐんと伸びて行きサンタの背丈を追い越した。風に儚く揺れながら次々と花開く。
秋桜だ。月明かりに照らされて青白い輝きを見せていた。
サンタは恐怖の余り生唾を飲み込んだ。サンタが一番嫌いな花だった。
コスモスの根がサンタの体を侵蝕して行く。不思議と痛みは感じなかった。
――人の命を糧にして青い秋桜は世界を覆い尽すんだ。
サンタの瞳に最後に映ったのは遥か遠くに輝く南十字座だった。
「うわあああああああっ!」
サンタの悲鳴にシローは飛び起きた。サンタに視線を走らせるとうつ伏せになってガタガタと震えていた。
「サンタ、どうした、おい、サンタ!」
シローはサンタの背中を擦った。寝汗でぐっしょりと濡れていた。
サンタは歯をガチガチと鳴らしている。朦朧とした瞳で何かを見つめていた。
シローはサンタの体を起こし、力強く抱き締めた。サンタの体は熱を帯びている。鼓動の早さが伝わって来た。
「怖い夢でも見たのか?父ちゃんがいるから大丈夫だぞ」
サンタを安心させるようにシローはサンタの頭を撫でた。
「大丈夫。怖くない、怖くない……」
サンタは腺病質なところがあり、幼い頃は怖い夢を見ただけで熱を出したりしていた。その度にシローはこうやって落ち着かせて来たのだ。
スイミングを始めてからはこういう症状は無くなっていたのだが、今の生活がサンタにプレッシャーを与えているのだろうとシローは思った。
サンタの震えが治まるのを待ち、シローは一旦サンタを布団に下ろした。枕元に置いてある義足に手を伸ばし、手慣れた動作で足に装着する。
シローは立ち上がり電気を茶色にし、薄暗い中でサンタの下着を箪笥から取り出した。
「サンタ、お着替だ。濡れたまんまじゃ風邪を引くからな。」
サンタは意識を取り戻したのかゆるゆると着替え始めた。シローはサンタが着替え終えるのを待ち、電気を消そうとした。時計を見れば一時を回っていた。
その時だった。サンタがシローを力強い眼差しで見つめてきた。
「父ちゃん、僕、話があるんだ……」
サンタがポツリと呟いた。小さな声ではあるが、其処には強い意思が感じられた。
「じゃ、布団の中で聞こうか。ジローを起こさない様に小さな声でな。」
「うん。父ちゃんは義足を外しなよ。僕が電気を消すから」
シローは手早く義足を外す。サンタが電気を消してからシローは横になった。
「サンタ、何でも話してみろ」
シローの言葉を聞き、サンタは一言だけ発した。――学校に行きたく無いと。
シローはサンタの真意を正そうとしたが、サンタは口を貝のように閉じてしまった。
部屋にはジローのいびきだけが響いていた。