51 ◆nOn5y7/wn._01話

Last-modified: 2008-06-01 (日) 23:58:46

猛烈に気だるさを感じる。銃弾を受けて病院に運び込まれた事は何度かあるが、そのいずれの時よりも気分の悪さでは上だ。
視界が今だ酷くぼやける中、覚醒しきらない意識をかき集め何とか現状を把握しようと努める。
―――衛星軌道上でのMS戦中に、レールガンか何かの直撃を受けて、それから視界が暗転した。それ以降が思い出せないな…
そもそも自分は助かったのだろうか。霞がかかった視覚を通して僅かに見える真上の天井の色は白。
少なくとも死んではいないらしいが、それは五体満足を意味しない。
両手両足の感覚はあるが、幻肢の可能性は捨てきれないし、四肢が動かせるとも限らない。
そこでようやく気づいた。
男の声が聞こえる。視界の霞が消えるより、聴覚の復活の方が早いようだ。
「…ミゲルか。俺も今ついたところだ。…あぁ、知り合いだったよ。シンって名前聞いた時はまさかと思ったがな。」
その声はどこかで聞き覚えがある。歌手でもやれそうな、よく通る声。
―――ありえない。彼は死んだはずだ。よりによって、あのアスラン・ザラを庇って。
しかし、続いて回復した視覚は、その考えを覆させる。
特徴的な前髪をもったその姿は、間違えなく、嘗ての同僚であったハイネ・ヴェステンフルスの物。
……夢でも見ているのだろうか。
体を動かそうと、腰を持ち上げる。気だるさは今だはれないが、それでも問題なく体を起こす事が出来た。
それにその男も気づいたようで持っていた端末のような物に向かい何かを喋ると、こちらへ向かってくる。
「よぅ。目覚ましたか。」
「……ハイネ?」
「ああ。」
なんと答えればいいのだろうか。とりあえず状況が知りたい。
「状況が分からないんですが……もしかして、俺死にました? それともこれは夢ですか?」
その問いにハイネは微苦笑。
「ははは…訳分からんよな、普通は。簡潔に答えるとだ、これは夢ではないし、お前は死んじゃいない。」
「生きて…いたんですか?」
「ま、色々とあってな。」
混乱する。なぜハイネが生きている? あの時ガイアのビームブレイドは、彼が乗っていたグフ・イグナイテッドを両断した。
コックピッドブロックごと引きちぎったのだ。生存の可能性はまず無い。
それ以上に、生きていたなら何故ZAFTに戻らなかったのだろうか。この男は議長の腹心とも言える人物だったはず。
生きていれば何としてでも議長の元に復帰したはずだ。
「……そういえば、ここ何処です? 地球ですか?」
まず思いついた仮説は、ここは地球上の何処かの国の施設で、ハイネは拘禁状態に置かれていたためZAFTに戻れなかった可能性だ。
だが、それに対しハイネは何ともいいがた表情を浮かべる。
「何と言うか、地球とかもうそういう状況じゃなくてな……お前、異世界ってあると思う?」
「はぁ?」
何を言っているのだろうか。異世界? 訳が分からない。
「異世界って、あの、パラレルとか次元とかそういう話のですか?」
「そんなもんだ。で、端的に言うと、ここは異世界だ。」
やっぱこれは夢なのだろう。さっさと目を覚まそう。そう思って再度ベットに体を横たえた。
「おいコラ、寝るな!」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……正直まだ訳分かりません。というかやっぱ夢でしょこれ。」
病院の通路を歩きながらの会話。あれから三十分ほどかけて何とか現状を理解しようと勤めたシンだったが、事はその範疇を越えていた。
ここはミッドチルダと呼ばれる、C.E.とは別の世界。科学よりも魔法が進歩し、次元を隔てた幾つもの世界と交流を行っている。
C.Eの人間からすれば、ファンタジーだとかSFだとか呼ばれるような場所だ。
「理解できないのも分かる。というか俺も受け入れるのに一週間かかった。」
ハイネは笑いながら答える。彼も相当受け入れ難かったらしい。
「けどな、むしろ俺はお前が言った事の方が受け入れがたいよ。
 ……議長が負けた。それも地球連合相手じゃなく、ラクス・クラインとはな。」
「えぇ……すみません。」
「お前が謝る事じゃない。所詮一人の兵に出来ることには限界があるってことだ。…お前は良くやったよ。」
「でも…!」
「いいんだ。少なくとも途中で戦線から外れた俺が言えることじゃないしな。」
シンはハイネに、彼がこちら――ミッドチルダに来て以降のC.E.の状況を一通り話していた。
即ち、アスラン・ザラの離反とラクス・クラインの台頭、デスティニープラン。そしてメサイアでの最後の戦いと、戦後の体制。
ハイネは相当悔やんだ。自分が居れば、アスランの離反を止められたかもしれないし、議長を守る事も出来たかもしれない、と。
彼にとって議長は、レイにとってのそれとは違う意味で尊敬と羨望の対象だった。
「それに。戦後のプラントは安定しているんだろ? なら…少なくともこれ以上死者は出ない。」
ハイネはそう言う。だが実際のプラントの現状は、ラクス・クライン派が牛耳る歪な体制だ。
正直な話、虐げられているデュランダル派が何時反乱を起こしてもおかしくない。
そして、シンに対しその旗印たる役目が期待されていた事も、シンは知っている。
もっとも、シンはその事をハイネに伝えはしなかった。
此処が本当に異世界なら、最早自分たちに干渉する術は無いのだから。
シンは話を切り替える。
「で…さっきも聞いたけど、次元管理局、でしたっけ? これから向かうの。」
「正確に言えばその関連施設で、医療関係の部署だ。お前さんは次元漂流者って事になるから、
 とり合えず検査だな。俺が保証人になってやるからすぐに終わるはずだ。だが、もう一つ面倒な事があってな。」
「これですね。」
そう言ってシンはポケットを探る。出てきたのは鉄製の小さなプレート。
そこには「Shin Asuka No.ACD073PR02 9.1.57 BT O/Rh+」 と刻印されている。ZAFTの認識票だ。
「やっぱりデバイスになってるな、魔力出してるし。俺たちのもそうなんだが。」
「デバイスって、さっきの話では魔法を使う為の補助武装でしたよね。
 なんでそんな物になってるんです? これ別に特別な物じゃないはずなんですが。」
「わからん。俺の他の、さっき言ったミゲルと、ニコル・アルマフィ、
 モラシムのおっさんのも皆デバイスになってた。…こっちの世界に来た時からな。」
「それもよく分からないんですが…なんで皆ZAFTの軍人で、MSパイロットばかりなんです?」
「さっきから言ってるだろ。分からんって。」
お前何か知らない? とハイネはシンが持った認識票に話しかける。
このやり取りは二度目、認識票から発せられた答えも先ほどと同じ『答えられません』という物だった。
最初認識票が声を出した時はシンは空耳だと思った。次はやはりこれは夢なんだなと考え不貞寝しようとした。
シンにとってはそれほど常識外の出来事だった。
「というかどうやって声出してるんですか、これ。」
「なんでも、本体を振動させて音出してるらしい。何故そんな事出来るんだとかは聞くな。知らん。」
「ハイネのも喋るんですか。」
「おう、喋るぞ。俺のもミゲルのもニコルのもおっさんのも。」
こちらの世界の話を聞く過程で、シンはハイネ以外にもこちらの世界に飛ばされた人間が居る事を聞いていた。
ミゲル・アイマン、ニコル・アルマフィ、マルコ・モラシムの三名。いずれも乗機が撃破された瞬間に此方に来ていたらしい。
そして、皆持っていたZAFTの認識票が、いずれもデバイスという魔法を使う為の道具に変化してた。

 

もっとも、デバイスという物はそれほど珍しいものではない。魔導師ならかなりの割合で持っている。
では何が問題かというと、C.E.からの来訪者が持っていたものには共通する幾つかの特徴があった。
まず一つが、皆かなり大きな魔力を内包しているという事と、その魔力のかなりの割合が、デバイスの中に「何か」を封じるのに使われているという事。
もう一つが、ミッドチルダの技術力をもってしてもそれ以外の点が殆ど解明できないという事。
最後に、それが起動した際の形状が、一般的なデバイスと比べ特殊――バリアジャケットと一体化した鎧の様な物であるという事。
封じられているのが何かは分からないが、物によっては相当な危険がある可能性も否定できない。
そのため、所持者である四人は、それらを扱う時空管理局の監視下にあり、四人はそこで働いている。
「まぁデバイスは局に預けて普通の仕事探すって手もあるにはあるんだけどな。
 とは言え右も左もわからん世界で仕事探すのは容易じゃないし、俺にはこの手の仕事が性に合ってる。」
歌手にでもなろうかって思ったりもしたが、と、冗談交じりでハイネはそう言った。
「時空管理局…聞いた限りじゃ軍みたいな物って感じですけど、やっぱりZAFTに似てるんですか?」
「軍って言うより警察だな。訓練なんかは軍に近いが、それでも軍程じゃない。階級なんかの制度は地球軍っぽいけどな。」
ZAFTの階級は大雑把だ。前線で戦闘をする緑、赤服。中規模部隊以上の指揮官権限を持つ白服と、その補佐を行う黒服。そして上級仕官である紫服。この程度にしか分かれていない。
それに比べると、地球軍の階級はかなり多くの段階に分かれている。
「ハイネはどの辺りなんです? 階級。」
「まだ陸曹だ。最も、入局二年でだからこれでも相当早いけどな。」
入隊二年で軍曹、というのは戦時の軍に所属していたシンからすればそこまで早いという感覚は無いが、この世界で言えば非常に早い。
ハイネの場合は元軍人という事もあり、魔法関係以外の科目をかなりの速さで修了してきたということが大きい。
これは四人のC.E.出身者共通の特徴で、特にミッドチルダでは貴重な海中戦の知識を豊富に持つマルコ・モラシムなどは特例を重ね僅か四年で一尉まで昇進している。

 

そんな話をしているうちに病院を出、車で検査施設がある管理局の検査施設へむかう。
「…なんかあまり変わりませんね。町並みは。」
聞いた話では相当技術が進んでいるという事だったが、
車窓から見るクラナガンの町並みは少なくとも見える範囲ではそうプラントの物と変わることは無い。
それどころか、歴史の教科書に載っているような西暦時代の電車に酷似した車両が走っていたりと、部分的にレトロにすら見える。
「いくら技術が進歩したって、人の生活はそう変わらんって事さ。」
「俺がオーブからプラントに移住した時は驚きの連続でしたけど…」
「宇宙の場合は別さ。コロニーは地上の生活を引き継いでないからな。」
特に、元々工業用に特化されたプラント・コロニーは、徹底した都市計画に基づいた建設がなされている。
それからすると、クラナガンはむしろ古くからある地球上の大都市に近かった。
高速道路だろうか、高架の高規格道路に入り十分ほど、大型の研究所のような施設に入る。
「さて、ここだ。俺は駐車場に車止めてくるから、先に中に入ってろ。」
そう言ってハイネは車を止める。
その時だった。いきなりハイネの目の前に現れる通信ウィンドウ。
それに写るのは金髪の女性だ。
「ハイネ、今何処!?」
「フェイト執務官? 現在検査施設に着いたところですが…」
「そこから北東約一キロにガジェットが発生したの。結構数が多い上にその付近に飛行可能な魔導師が居ないのよ。
 2型も多いみたいだから今すぐ向かって。」
「了解。」
そう言って通信を終了させる。
「すまん、悪いが用事が出来た。お前は中で待って……いや」
ニヤリと笑って意を翻す。
「お前も着いて来い。」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「戦闘…ですか?」
現場付近まで車を飛ばす中、シンはハイネに問う。
「そうだ。無人機を使ったテロのような物だと思ってくれればいい。」
「それで、何で俺が?」
戦闘に参加しろという事だろうか。確かに、戦後に地上での白兵戦の経験も豊富に積んだが、
聞いた話では、C.E.で一般的な武器――質量兵器は使用が禁止されている。
「武器も何も無しじゃ流石に無理ですが…」
「武器ならあるぜ。なぁ?」
『肯定。』
シンが胸から下げた認識票が答える。
「まぁやばくなったら隠れてろ。死ななきゃそれでいい。……いた、奴等だ。」
前方、乱立するビルの間に大きなカプセルのような物が複数浮かんでいる。
更に空中には楔のような形をしたものが飛んでいる。
彼方此方で杖を持った人間が応戦しているが、どちらかといえば押されているようだ。
ハイネは車を降りると、自分の首に下げていた認識票を取り出し、握る。
「イグナイテッド、セットアップだ。」
そして一瞬の発光の後、そこに立っていたのは…
「…グフ?」
ハイネはオレンジ色の鎧に包まれていた。その形状は彼がC.E.で乗機としていた機体にそっくりである。
あっけにとられているシンに向かい、ハイネは言う。
「さて、次はお前の番だ。デバイス握ってそいつの名前を言ってみな。」
「名前? ……お前、なんて名前だ?」
『デスティニーです。』
という事はハイネがグフの格好をしているように、自分はデスティニーの格好になるのだろうか。
グフの場合は知らなければ只の鎧にしか見えないが、羽やら色々付いているデスティニーの場合、正直少し恥ずかしい。
「まぁ…そんな場合でもないか。」
仕方が無いので覚悟を決める。認識票を握り締め、ハイネのまねをして言う。
「デスティニー、セットアップ。」
瞬間だけ視界が暗転。そうしてシンは想像したとおり、デスティニーに酷似した形状の鎧を身に纏っていた。
PS装甲が起動していない状態の、灰色の複雑な形状をした鎧。背後には大剣と砲門、そして翼を背負っている。
もっとも、重さはそれほどでもない。体感で十キロほどか。
「なんかコスプレしてるみたいだ…」
「…実を言うと俺も最初は抵抗あった。」
『武装は、ZGMF-X42S デスティニーに準じます。
 ビーム砲、アロンダイト、パルマフィオキーナ、フラッシュエッジ、ソリドゥス・フルゴールいずれも使用可能です。』
二人のぼやきを無視し、着ている鎧が言う。それに面食らいながらも、とり合えず背負った大剣、アロンダイトを引き抜き、構えた。
それを見てハイネもまた、盾から剣を抜く。
「お前は飛ぶの慣れてないだろうから、地上の奴を頼む。デスティニー、サポートしてやれ。」
『了解。私が搭乗者を守ります。』
「…ってどうすりゃいいんです?」
自分の鎧が勝手に話を進めていくのが煩わしい。
というか右も左も分からない人間を戦場に投げ込むとはいったい何を考えてるんだろうか。
「とり合えずお前が持ってる剣で浮いてる機械をぶっ叩け。目標五機な。」
「んな無茶な。」
「大丈夫だ、お前ならやれる。赤服だろ?」
そう言うとハイネは背部のスラスターを展開、空に舞い上がってしまった。
シンは一人取り残される事になる…が、そもまま途方にくれている余裕は無い。
機械…ガジェットと言ったか、それが迫ってきたのだ。
「ああもうッ、こうなりゃやけくそだッ!」
そう叫んで走り出す。
あちらもそれに気づいたのか、ビームのような物を発射、とっさに横に跳んでかわす。
『敵の攻撃は単調です。ソリドゥス・フルゴールを起動、それで防いでください。』
左腕からビームシールドが発生、飛んできた次弾をそれで防ぐ。
敵の攻撃は単調…その言葉のとおり、その浮遊機械はビームのような物を撃ちながら真っ直ぐ迫ってくるだけだ。
射線をとられない様に左右の動きを混ぜながら、ガジェットに肉薄、剣を振りかぶる。
「だああああああッ!」
斬撃。だが一撃で両断するとまでは行かず、半ばで刃が止まる。
すぐさま引き抜き、後方に飛んだ。MS戦では撃破後に離れないと爆発に巻き込まれる事があるため、とっさに出た動きだ。
もっとも、今回は機能を停止しただけで爆発などは起こらなかったようだが。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
白兵戦の経験はあったが、流石に剣で戦うのは初めてだ。ナイフの扱いには自信があるので、アロンダイトを背部に仕舞い、
フラッシュエッジを取り出す。此方の方が自分には扱いやすそうだ。
ふと空を見ると、オレンジ色の鎧を纏ったハイネが、飛行する機械を剣で突き刺し、鞭でなぎ払っている。
「…目標、五機だったな。」
そうつぶやくと、シンは敵に向かい走り出した。