51 ◆nOn5y7/wn._02話

Last-modified: 2008-06-22 (日) 00:00:03

「見つけた。」
どうやら、管理局の人間達は自分とは区画の反対側で陣を構築し、ガジェットに対抗してるようだ。
ガジェットもそちらに集まっているようで、シンもそれを目指し移動している。
もっとも、全てのガジェットが集団行動しているわけではないのか、時たまぽつんと単体で浮遊しているガジェットも居る。
シンが見つけた機体もそうだ。故障しているのか、何も無い空間に射撃を繰り返している。
「これは楽勝かな…」
接近するシンに気付いていない。鎧をガタガタと鳴らしながら走っているのにだ。
センサー系にトラブルでも起こったのだろう。
シンは手に持ったフラッシュエッジを構え、疾走の勢いを乗せて突き出す。
その動きは先ほどのアロンダイトの斬撃とは比べ物にならない、訓練に裏づけされた洗練されたものだ。
「これでッ!」
が、フラッシュエッジの刃が相手に届こうという瞬間、手応えが変わった。
当る直前で刃が止められている。いや、正確には壁のようなものに阻まれている。
「光波防御帯か!?」
どうやらアルミューレ・リュミエールのような物を張っているらしい。
そう判断したシンは、フラッシュエッジの刃を押し付け続ける。力で押し切るつもりだ。
だが、やがて大きな音と共に弾かれ、体ごと吹き飛ばされてしまう。
その上、此処に来てようやく相手もシンを感知したようで、ビームをこちらに向けてくる。
シンはそれを転がって回避…しようとして失敗。背負った羽が邪魔で上手く転がれない。
ぎりぎりでシールドでの受けに切り替えて防ぎ、何とか立ち上がる。
「くそッ、いったい何なんだ、アレは…」
それに対し答えたのはデスティニーだ。
『アンチ・マギリング・フィールド。光波防御帯のように攻撃に反発するのではなく、
 力を分解するタイプのフィールドです。よって小さな負荷を与え続ける事で破ろうとするのはのは無謀です。』
「知ってるなら先に言え! どうすれば良い?」
『高威力の一撃。もしくは魔力を持たない攻撃。』
「対物狙撃銃でもあればな…ビーム砲なら行けるか?」
『否定。収束率が低いためフィールドの突破は不可能です。』
「って事はやっぱりこいつを使うしかないのか…」
そうボヤキながら背負ったアロンダイトの柄を触る。
先程の使った感覚では、正直アロンダイトは使い勝手が良いとは言いがたい。
というのも、デスティニーに乗っていた時は片手でも使えたが、生身では難しく、しかし両手が塞がれると咄嗟のシールドが出しにくい。
かといってアロンダイトで敵の射撃を受けるような真似は出来ない。シンは剣に関しては全くの素人だ。
「考えてる暇は無いか。」
話している間にも敵の攻撃は止んでいない。狙いはそれほど正確ではないが、そう暢気に作戦を練ってるわけにもいかない。
覚悟を決め、アロンダイトを抜き、疾走。斜線を取られにくい様、左右のステップを混ぜながら肉薄する。
「落ちろッ!」
まるでMS相手の戦闘の様な掛け声と共に、横薙ぎの一撃。
もっとも、それは剣を振るうと言うより、バットで打つような動作であったが。
フィールドに受け止められ、剣を握る手に抵抗がかかるが、それも一瞬。
僅かに勢いが鈍ったといえ、十分に速度が乗ったそれはガジェットを上下に両断した。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ふぅ…これで一段落ってところか。」
上空で戦っていたハイネは、飛行型のガジェット、二型を粗方叩き落していた。
地上の戦線に回ろうと下を見ると、ちょうどシンがガジェットを両断している。
「…なかなかやるねぇ、こりゃホントに五機くらいならいけるかもな。」
AMF展開できるガジェットを五機。優れた魔導師なら片手間に出切る事だが、
少なくとも今日はじめて魔法に触れた人間がやれる事ではない。
最も、シンにしてみれば魔法を使っているという意識は無い。只単に剣で白兵戦を行っているだけだ。
実際、背後の羽も使ってはいないし、フェイズシフトも起動しておらず、鎧は灰色のままだ。
「おっと、また一機。……ほぉ、相変わらずシールドの使い方が上手いな…」
三機目撃破。このままいけば、うまく味方部隊と挟撃に持っていけるだろう。
その味方の部隊も攻勢に転じており、残るガジェットは最早一桁。
どうやら自分の出番はなさそうだと、ハイネは高みの見物を決め込む。
しかし、これは誤った選択だった。さっさと地上に降りてシンと合流し、すぐにガジェットを殲滅し検査施設に戻るべきだったのだ。
彼の背後には悪魔が迫っていたのだから。

 

「ハイネ君、あの人ってさっき保護された人だよね…なんでその民間人が戦っているのかな?」

 

いきなり掛けられたその声に、ハイネは硬直。ぎぎぎ…と音でも立てそうな、
というか、実際鎧の間接部がこすらせ音を立てながら、ぎこちない動作で振り返る。
そこに立っていた、否、浮かんでいたのは白いバリアジャケットに身を包んだ魔導師、高町なのは一等空尉。
別名、管理局の白いなんとか。
「えぇと…高町一尉。どうして此処に?」
「フェイトちゃんから連絡があって、ちょうど近くで市街戦訓練の教官やってたから飛んできたの。」
「…そうですか…」
「で。」
四つ年下の、ぎりぎり少女と言えなくも無い女性は、何処か畏怖すら感じる声で告げた。

 

「どういうことかな?」
その微笑は天使のそれ。――あぁ、悪魔も天使も微笑み方は一緒なんだな…そんなことを考えながら、
なんとか言い訳を構築しようとして…止めた。観念して全部言った方が良さそうだ。
「知り合いだったからですよ。」
「つまり?」
「まず、あいつは軍人で、民間人じゃない。デバイスも持っていたし、確実に戦える人間です。
 実際、初戦でガジェット何機か撃破してるみたいですし。」
「だからといって、戦わせて良い理由にはならないよね?」
「なりますよ。あいつは俺の部下です。元の部隊にいた時の。俺はZAFT軍人として部下に敵対戦力の撃破を命じただけです。
 忘れてないですよね? 管理局に入る時に、俺ははっきりこう言った筈です。ZAFTを辞めるつもりは無い、
 元の世界に帰る手段が判れば、すぐに管理局を辞め原隊へ戻る、と。」
これは事実だ。ハイネはZAFT軍人の立場を捨てていない。単純に戻る手段が無いからこの世界にいるだけである。
シンには「俺にはこの手の仕事が性に合ってる。」と言ったが、彼が管理局に所属している最大の理由は、
管理局にいれば他次元の事を調べやすいからだ。
それにデバイス――どうみてもグフ――を管理局に預けるのにも抵抗があった。彼にしてみれば、あれはZAFTの機体なのである。
もっとも、なのははそれでも納得してはくれないようだ。
「さすがに無理があると思うんだけどな、それ。」
「加えて言えば、ここで「民間人協力者」として戦闘に参加していれば、訓練期間短縮させる理由にもなりますからね。
 六課立ち上げまで時間が無い。あいつをさっさと魔導師として認めさせないと。」
そこでなのはの表情が変わった。下で戦っているシンを真剣な表情で見る。
「……はやてちゃんは彼を六課に入れるつもりなの?」
「ミゲルの話じゃそうです。なんでも「例のデバイス持ってるだけでも戦力になるのは確実だから、
 訓練校出たてのDとかCランクの時点で入れちゃえ」、だとか。」
「はやてちゃん、苦労してるんだね…」
「ま、そういうわけで、力を見る意味でも一度戦闘に放り込んでおいた方がいいかと思いましてね。」
「そういう事ならしかたないか。」
どうやら納得してくれたらしい。ハイネはホッと胸をなで下ろした。
そんなやり取りをしている間に、下での戦闘は終了したようだ。シンがこちらに向かって手を振っている。
それを見ながら、なのははハイネに尋ねる。
「この後ハイネ君はどうするの?」
「シンの付き添いですよ、検査終わってませんし。」
「私も付き合っていいかな。」
「一尉もですか? それは構いませんけど、仕事の方は?」
「もう殆ど終わってたし、他の教官に任せてきたから大丈夫。それに、同じ隊になる人なんだから、できれば話しておきたいし。」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「…えぇと、そちらの人は?」
シンは、ハイネと共に降りてきた女性を見て大いに戸惑っていた。
「こちらは高町なのは一等空尉。俺の知り合いで、上官だ。」
「よろしくね。」
そう言って手を差し出してくる、恐らく自分と年はほぼ変わらない女性。とり合えずそれを握り返しながら挨拶を返す。
「シン・アスカです…よろしく。」
一等空尉といえばそれなりの地位を持った士官である。ハイネは陸曹と言っていたから、彼の四階級上だ。
もっとも、シンはそれに気押された訳ではない。そもそもシンもZAFTでの地位はフェイスにして隊長格。
地球軍の基準で言えば十分佐官クラスであり、目の前の女性と同等以上。
では何に戸惑っていたかというと
――何と言うか、どう見てもアレだよな、休日の電気街のイベントとかで見かけそうだ。
――まぁ考えてみれば異世界なんだよな。服装とかに関する意識が根本的に違うんだろう。うん、きっとそうだ。
無理矢理自分を納得させる、が。
――そう言えば俺も似たようなもんだよな…MSのコスプレ……
「どうした?」
「いえ、なんかこの世界でやってく自信が…」
「……」

 

その後、三人は車が止めてあった場所まで移動、検査施設に戻る事にする。
ハイネが運転席、なのはは助手席に座ったため、シンは後部座席だ。
ハイネはアクセルを吹かしつつ、言う。
「とりあえず、さっさと検査に戻るぞ。今後の事も決めなきゃならないし。」
「今後の事、ですか?」
「ああ、それなんだが、お前、管理局に入るつもりは無いか?」
「管理局…ですか。まぁ他に当ては無いですけど、俺で勤まるんですか?」
そこで口を挟んだのはなのはだ。
「大丈夫大丈夫。上から見てたけど、そのままでも十分局員やれるくらいだったよ。」
弾んだ声で言う。何処か嬉しそうなのは何故だろうか。
「まぁそりゃ戦うのは慣れてますけどね。白兵戦の経験も結構ありますし。
 でも、ハイネから聞いた限りじゃ軍って言うより警察に近いんでしょ? …ってこの世界に軍はないんでしたっけ。」
軍が存在しない世界の人間に、軍と警察の比較は出来ないだろう。
「この世界にはないけど、私が元々いた世界にはあるから、シン君が言ってる意味は判るよ。」
「あぁ、そうなんですか。って事は高町さんもこの世界に飛ばされたんですね。」
「うんん、私は自分の都合でこっちで働いてるの。別に帰れなくなったわけじゃなくて。…あと、シン君何歳?」
「へ…? 18ですけど。」
「じゃ、ほとんど歳も変わらないし、高町さん、じゃなくてなのはさんでいいから。」
妙にフレンドリーだな…などと思いながらシンは彼女に対する呼び方を変える。
「ええと、じゃあなのはさん。別に帰れなくなったわけじゃないって…管理局の管理している世界で軍を持っているところがあるんですか?」
それに対して答えたのはハイネだ。
「高町一尉の出身世界は管理外世界だ。ただ、座標が判明してるから、秘密裏にだが人の行き来はある。」
「へぇ、そうなんですか…で、元の世界には軍があった、と。」
「それなんだが…一尉の出身世界は地球なんだ。」
「地球? 俺たちの世界は未発見なんじゃないんですか。どういうことです?」
地球と行き来があるなら直ぐにでも戻れる。なのに何故ハイネは此方に留まっているのだ。

 

それに対しハイネは答える。
「俺にも良く分からないんだが、一尉のいた地球は西暦時代なんだそうだ。西暦2000年代。」
「西暦2000年? 過去の地球って事ですか? ますますSFだなぁ。」
「私にしてみれば、20メートル近いロボットが戦争しているあなた達の世界の方がSFだけどね。」
なのはのそんな意見に対して、あぁそうかもとシンは思う。実際、C.E.でもMSが登場したのはつい最近で、
それまでは巨大ロボットなど映像の中だけの存在だったのだから。西暦時代の人間からしてみればSF以外の何物でもないだろう。
「そういえば、高町なのは、で西暦出身ってことは日本人ですか?」
「うん、そうだよ。名前からするとシンもそうなの?」
「いえ、俺は日系なだけです。出身はオーブ…は西暦には無いか。地理的にはソロモン諸島ですよ。」
「ソロモン…って南半球だっけ? いいなぁ、暖かそうで。」
話が違う方向に行っているのを聞いて、ハイネが軌道修正する。
「おいおい、話が脱線してるぞ。軍がどうとかじゃなかったのか?」
「あぁ、そうだった。で、俺は軍隊経験はありますけど、大丈夫なんですか? 警察に軍人置いて。」
「心配ないと思うよ。警察みたいっていうのはハイネ君に聞いたんだろうけど、実際は今日みたいな戦いも多いし。
 戦ってて違和感無かったんじゃないかな?」
そう聞かれて、シンは言葉に詰まる。初陣を経験してから2年ほどだが、シンにとって軍隊での戦闘というのは、
常に死と隣り合わせ、という段階ですらなく、死んで当たり前、自分が生きているのは運が良かったからでしかない。という感覚だ。
そのためシンからすれば、今日の戦闘が軍が当る物か、と言うと首を捻らざるを得ない。警察の特殊部隊が担当する物に思える。
そんな言葉に詰まる後輩を見て、ハイネが言う。
「戦時の物だと考えるな。戦後の任務はそれほどでもなかっただろ? 精々民間船の救助任務とか。」
シンの部隊に与えられた戦後の任務…十機で四十機の海賊に突っ込んだり、MS一機と15人の歩兵でテロリストのキャンプを強襲したり…
いや正直戦後の方が自分の部隊の死傷者は増えたんだけど、それも激増、と言いかけ、止める。
恐らく自分の感覚が狂っているのだ、ハイネは「平時の軍」を経験している。
その彼が言うのだから、本来の平時の軍の行動と、自分が行ってきたものはかけ離れているのかもしれない。
そうシンは考えた。事実、戦時以外の軍隊の任務は大半が訓練であり、時たま治安維持任務などに駆り出される程度だ。
懲罰部隊同然のシンの部隊が例外過ぎただけである。
「まぁ…そうなのかも知れませんね。」
「ハイネ君、なんか妙に歯切れ悪い答えなんだけど。」
「どうしたんだシン、何か戦後にあったのか?」
「…いえ。気にしないでください。」
こりゃ触れないほうがいいな。そうハイネは考え、話を変える。
「それに、お前がZAFTに入ったのは誰も守れないオーブに見切りをつけて、誰かを守れるようにだろ、
 誰かを守りたいってのは、管理局員として一番大切な気持ちだぞ。」
「…誰に聞いたんですか。 ハイネに話しましたっけ?」
「整備の奴に聞いた。」
「ヨウランめ…いや、ヴィーノか?」
レイやルナマリアほどではないが、整備の連中…特に同期の人間とは仲が良かった。
記憶には無いが、どこかで話していたとしても不思議は無い。
――誰かを守れるように、か…

 

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夜の帳が降り始めた頃、シンの検査は恙無く終わった。
遺伝子関係を弄った跡はあるが、そもそもそういう世界出身だと言う事は知られていたようで、大した問題にはなっていない。
それ以外は、良く鍛え上げられて入るが、普通の肉体。特に危ない病気もなし。

 

だが、問題はそれと並行して行ったデバイスの解析である。
やはり、他の四人の物と同じく、何かが封じられている。
更に、デバイスに込められた情報量も此方にいる五人の物の中でもっとも膨大。
プロテクトに阻まれて外郭部だけの解析に終わったが、戦闘能力もかなり高い。

 

その、とり合えずとり終わったデータを見ている人物が二人。
シンの検査中に仕事を終わらせ、検査施設にやってきた八神はやてとミゲル・アイマンである。
「しっかし、凄いもんやなぁ。素人が使ってもAMFをぶった切る大剣、収束率は低いとはいえ、放出エネルギーはかなり大きい砲門
 短剣としても扱えるブーメランに格闘戦対応の特殊椀。どれか一つでも十分一級のアームドデバイスやんか。」
「飛行能力もありますし、解析できなかった能力もまだまだ有るみたいですね。
 その内一つはニコルのブリッツと同じくフェイズシフトでしょう。」
「それに、その殆どが持ち主の魔力使わんで、デバイス内の魔力だけで起動ってのがありえへん。
 どういうエネルギー効率してるんやろ。」
「まぁそこら辺は俺たちのも一緒ですがね。俺とニコルはともかく、ハイネとモラシム一尉、今回のそれとシン・アスカも
 魔力はかなり少ない。通常のデバイスじゃなかなか戦えないでしょう。」

 

五人のC.E.からの来訪者に共通する点の一つとして、リンカーコアは持っているもののその魔力がかなり少なめだという事がある。
ミゲルとニコルは比較的マシであったが、それでも平均よりは低い。
だが、彼等のデバイス、この等身大のMS達は自ら周囲の魔力を蓄え、使用者の魔力消費を抑える機能を持っている。

 

「でも、やっぱ気になるわぁ…何が封じられとるんやろ。」
『申し訳ありません。教えることは出来ません。』
律儀に答えるのは、ミゲルが首から提げた認識票。デバイス『黄昏の魔弾』だ。
ミゲルがこの世界に来たとき、最初にこのデバイスを解析しようとした技術者達はパニックに陥った。
今までに無い形状もだが、その機能の多彩さと、封じられた「何か」の存在にである。
「ま、何が封じられてるにしても、八神二佐ほどじゃないと思いますがね。少なくとも、検出される魔力総量は
 五人分合わせてようやく二佐一人に届く程度です。流石は歩くロストロギアと言ったところですか。」
かなりの総量を誇るデバイス五機分の魔力を体に宿す、八神はやてが歩くロストロギアと呼ばれる所以の一つだ。
「ま、デバイスの話はここら辺にしておこか。確かに凄いもんやけど、予想外って程ではあらへんし。」
はやては話を切り替える。
「その、シン・アスカやけど、どや? 使い物になりそう?」
「ハイネの話じゃ相当な物ですね。ZAFTの訓練校でも格技はトップ。座学がそれ程も無いのにその期の次席とってるって事は、
 MS戦以外の、野外訓練とかの成績も相当良いんでしょう。その上2年間の実戦経験…いや、「戦争経験」とでも言った方が
 いいですか。更に白兵戦の経験も有るそうで。新人として、これ以上は望めないんじゃないですか?」
確かに経験は相当な物だ。その上、ぶっつけ本番の戦闘でガジェットを六機撃破しているという。
単なる「局員」としてならこれ以上ない好条件。
だが、六課に与えられるであろう任務は「単なる局員」には背負えない可能性がある。
命を預けられる人間かどうか…それは見定めるしかない。
「会いにいこか、シン・アスカに。」

 

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そのころシンは、施設内の食堂でハイネと食事していた。
彼方此方の世界の料理が集まっているらしく、大半は見たことも無い料理だ。
もっとも、高町なのはの出身世界である「西暦の地球」から伝播したものか、カレーやパスタ類などの名も見える。
シンはどれにしようか迷った挙句、結局はハイネお勧めの煮込み料理に決めた。
ボルシチ似のその料理は、この手の施設の物としては十分すぎるほど美味い。
「美味いっすね、これ。この柔らかい豆みたいなの、何です?」
「……人間、知らないほうが事もあるんだ。」
「……え?」
沈黙。
「……」
「……どういう事です?」
「……」
「……」
「……………はっはっはっ、冗談だって。別にやばいもんじゃない。香辛料の実を、削らないでそのまま煮込んだ物だ。」
「…ったく。冗談になりませんよ、それこそ自分が何食べてるか全く分からないんだし。」
「ははははは…悪い悪い。」
そんなこんなで、深皿の中身半分ほど消えた時、二人に声がかかる。

 

「お隣いい?」
どこか間延びした、独自のイントネーション。八神はやてだ。後ろにはミゲルもいる。
「はやて二佐? それにミゲルも。」
「いや、ちょっと例の次元漂流者に合っとこ思うてな。」
「…俺ですか?」
次元漂流者、その言葉にシンが怪訝そうな顔を上げた。
そのシンに向かい、はやては尋ねる。
「シン・アスカ、18歳。C.E.と呼ばれる世界出身で、元軍人。間違ある?」
「ありませんよ…ところであなた何者です?」
何故か、目の前の女性は自分のことを色々と知っているらしい。その事にいささか憮然としながら問い返す。
「おっと、自己紹介がまだやったか。ウチは八神はやて。管理局の人間や。」
「それで、俺に何の用です?」
「いやな、自分の部下になるかもしれんし、一目見とことおもってな。」
「…部下?」
シンは怪訝そうな表情を浮かべる。なぜ自分がこの女性の部下になるのだろうか。
管理局関係者らしいが、そもそも自分は管理局に入るかどうかまだ決めていない。
「俺はまだ管理局に入るかどうかも決めてない。」
「知っとるよ。だから「かもしれん」っていったやん。」
やや語気を強めて言ったが、女性…はやてといったか、彼女は全く気に留めてない。
「ヴェステンフルス陸曹。もう六課の事は話したん?」
「いえ、シンが言ったとおり、まだ管理局に入るのかも決めてません。」
「さよか。ならここで決めてしまお。そいでな…」
なにやらハイネとはやては話を始める。
自分が関わる話の様なのに、シンはいつの間にか蚊帳の外だ。
まぁいいかと、コップの水を飲み干す。
そのシンの正面に、もう一人の男が座り、話しかけてきた。
「シン・アスカか。よろしくな。」
ハイネとそっくりな、よく通る声。金髪の男。
シンはその人物と合った事があった訳ではないが、それでも知っている。
前大戦初期のエース。対MA戦闘で多大な戦果を挙げた。
しかし、連合のMS…ストライクに対し対処する事は出来ず、キラ・ヤマトに敗れ戦死したとされている。
戦いが、MS対MAからMS同士の戦闘に移行する、その象徴の様な存在。
「ミゲル・アイマン、黄昏の魔弾…」
「ハイネから聞いたのか? その名前。」
「いえ、黄昏の魔弾の異名は、ZAFTのパイロットなら誰でも知ってますよ。
 あなたのメビウス・ゼロの撃墜パターンは、対ガンバレル・ドラグーン戦の理想系として教科書にも載ってますから。」
「…そうなのか。 俺も有名になったもんだ。」
ははは、と照れくさそうに言う。

 

しかし、実戦部隊とは別に、アカデミーには、彼のもう一つの異名も伝わっているのだ。
優れた操縦技術を持ちながら、何故彼は赤服を得られなかったのか。
シンがボソっと呟く。
「…赤点のミゲル。」
瞬間、ミゲルはビシッと固まる
「……まさか、それまだ伝わってんのか?」
そう、彼は座学の成績が駄目すぎた。実戦での戦果と、アカデミー時代の座学の成績のギャップから、
赤点のミゲルの名は既に彼の卒業から五年が経つ今でも広く伝わってる。
というのも、座学の成績が悪い連中にとっては、ミゲルは英雄であり、希望の星なのだ。
そして教官達は彼らに対し決まってこう言う。
「赤点のミゲルじゃモビルスーツは落とせんぞ。」
なんにせよ本人にとっては迷惑な話である。
ついでに、いつの間にか話しを終え、会話を聞いていたらしいハイネとはやては笑いをこらえている。
「…ほんと、お前成績悪かったもんなぁ…よく卒業できたもんだぜ。」
「うるさいッ! 黙ってろッ」
「アイマン三尉、成績壊滅的ってホンマやったんやな…」
「八神二佐までなんで知ってるんですか!?」
「モラシム一尉から聞いたんよ。」
「あああの珈琲ヒゲ親父めッ! というかシン・アスカ、お前も余計な事は言うな!」
「いや、なんか口をついて出ちゃったって言うか、有名ですし。」
「ほっといてくれッ!」
「というかアイマン三尉、周りの迷惑だからちょっと静かにしぃ」
そう言われ、シン、ハイネ、ミゲルの三人は辺りを見回す。確かに迷惑だったのだろう。
かなりの人数がこちらをちらちらと見ている。だが、どう見ても騒音に対する抗議以外の視線があるように思える。
なんというか、擬音で表すならニヤニヤと言うような。
「…っく。ともかく話しを戻すぞ。で、シン・アスカ。管理局には入るのか、入らないのか。」
まとわり付く周りからの視線を無視、いささか、否、かなり強引に話しを戻し、ミゲルが聞いてくる。
「入るのは別に構わないんすけど、おれで勤まるのかどうか…」
「いやいや、赤点のミゲルでも勤まるんやから大丈夫やと思うよ。」
「や・が・み・二・佐?」
「冗談や。」
ミゲル・アイマン、最早キレ気味である。
「まぁ冗談はともかく、そこら辺はあんまり心配する事あらへんと思うよ。
 別にそんなに専門知識がいるとかやないし、身体能力はばっちしやし。」
はやてはそう言う。が、シンにとっての心配事はそういうことではない。
「そうじゃなくて、いやそういうのもあるんですけど、俺が馴染めるとは思えないんですよ。
 確かに軍っぽいこともやってるみたいですけど、本質は警察でしょう? そう言う場所に、俺みたいのが居るのはどうなんです?」
「俺みたいの?」
「こういう言い方もあれですけど、十五の時から平然と人を殺してきたような人間って事です。」
その言葉に周りの空気の温度が明確に下がった。はやての表情は苦虫噛み潰したような物に成っており、
ハイネとミゲルの表情も硬い。
「殺してきた…てどういう事や?」
「そのままの意味ですよ。軍務としてなら人に向けて銃の引き金引く事に何の躊躇いも無い。
 …あ、そうだ、軍って分かります?」
「八神二佐も「西暦」出身だ。」
「なら知ってますよね。戦時の軍という物がどういうものか。…俺は軍にいる間、ほとんど何時も殺し合いしてましたし、
 14で移民してからずっとだから、それ以外の生き方を知らない。」
本来なら、シンは自分の経歴を語るときに「人殺し」だの「殺し合い」だのという言葉を態々使ったりはしない。
軍というものがやっている事が、単なる「殺し」ではない事を理解しているからだ。
だが今はあえて使った。この世界には軍が無いく、非殺傷設定という便利な制限もある。
従って、人を殺す、という行為が、C.E.に比べて極めて重い事は容易に想像できる。
「俺みたいのがいて大丈夫なんですか?」

 

その問いかけは、無意識にだが、拒絶を望んでいる様にはやては思えた。

 

この世界は平和だ。そんな世界に、自分のような異物を含んでいいのか。
いつか自分は猛毒となって、この世界を蝕むかもしれない。
拒絶してくれ。
拒絶してくれれば、だれも殺す心配はない。誰も死なないですむ。
だから…

 

――ああ、そうなんやね。
はやてはなんとなく理解した。この男が、なぜ拒絶を望むのか。
――この人は、自分の与える影響を重く見すぎとる。それも悪い方限定で。
――きっと、親しい人達をいっぱい失ったんやろうな。
――その責任が、本当にこの人にあったのかはわからへん。
――でもそれを、無理矢理にでも背負おうとして、押しつぶされてしもうたんや。

 

はやては決めた。何としてでも、この男を六課に入れる事を。

 

「正直なところ言うとね、アスカ君、ウチは軍って物をそれほど知ってるわけや無い。
 戦争なんてのはそれこそテレビの向こうの話や。
 だから、軍がどういう風に行動してて、どんな凄惨な事やってるかも想像できへん。
 確かに、アスカ君は人をぎょうさん殺しているのかもしれん。
 でも、それはアスカ君が望んでやった事やの? 違うやろ。」
「それは…」
はやては唐突に話の向きを変えた。
「アイマン三尉はなんで軍に入ったん?」
「俺ですか…? 弟が病気で、その治療費の為ですよ。」
「ヴェステンフルス陸曹は?」
「故国の独立と防衛のため、ですかね。」
二人はそれぞれの理由を口にする。それを聞いてはやては満足そうに頷いた。
そして再び、シンに振り返る。
「みんなそうや、家族だったり国だったりするけど、何かを守りたいから戦ってきたんや。
 アスカ君やってそうやろ。管理局は、何かを守りたいって人を鼻っから拒絶する事とは絶対あらへん。
 だから、「自分は人を殺してるから受け入れられない」なんて事は無いわ。」
本心からはやては言った。なにせ自分のような、それこそ一つの次元を消滅させかねないような事をしでかした
人間ですら管理局は受け入れているのだ。
「それと、正直これは言うべきかどうか迷ってたんやけど…ウチは今新しく作る部隊の人員探しててな。
 実はアスカ君に参加してほしいんや。どぎつい任務が優先して回ってくる予定やし、
 君みたいな色々経験ある人間がいると助かるんよ。ウチが最初言った、「部下になるかも」ってのはそう言うことや。」
そこまで言って、八神はやては立ち上がる。
「ま、近いうちに答えだしといて。……ちょっと二人とも今後の話しがあるから付き合ってや。」
そういい残すと、ハイネとミゲルの二人を連れて去っていった。

 

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シンは今日は検査施設の中に部屋を借りている。元々病院的な施設なので、寝る部屋には事欠かない。
その与えられた部屋の中、シンは何をするでもなく、ぼぅと白い天井を見上げる。

 

「それに、お前がZAFTに入ったのは誰も守れないオーブに見切りをつけて、誰かを守れるようにだろ、
 誰かを守りたいってのは、管理局員として一番大切な気持ちだぞ。」
「みんなそうや、家族だったり国だったりするけど、何かを守りたいから戦ってきたんや。」

 

ハイネとはやての言葉が頭を過ぎった。

 

――誰かを守れるように。それは間違いじゃない、確かに大きな理由だ。だけど…一番の理由は違う。
――俺がしたかったのは、復讐だ。
――復讐がしたい。フリーダムを斃したい。あの時自分から全てを奪ったフリーダムのパイロットを殺してしまいたい。
――その想いが、俺を進ませていたんだ。

 

今となってはその思いは消えている。むしろ、そう思っていた頃の自分を殴り飛ばしたい衝動すら感じる。
あの時の出来事は仕方がなかったのだ…そう理解し、納得できる。
それに、フリーダムのパイロット…キラ・ヤマトは、才能があり過ぎただけの、只の善人だった。
あの人を復讐の対象としてみる事は、自分には出来そうに無い。

 

では、復讐という自分の有り方を失ったシン・アスカを成り立たせているもの。
それが、残った理由。「誰かを守る」という事。
しかし、はやてやハイネが予想したものと、シンのそれは本質的に異なっていた。

 

――分かってはいるんだ。「守る」なんてものは言い訳でしかないと言う事は。
――守りたいから守るんじゃない。
――それしか無いんだ。故郷に牙を向き、挙句負け、最早帰る場所を無くした俺には。
――俺は、「誰かを守る」という行動に縋って生きてる。
――だから、一番守りたかった人…ルナを遠ざけた。
――彼女を守れなかったら、それこそ全てを失ってしまうから。

 

管理局に入る事を渋っていた理由も、似たようなものだ。
自分という異邦人が入ることによって、「また」何かを壊してしまうのではないか。
「守る」という縋る対象すら失ってしまうのではないか。
その事に対する恐怖。

 

しかし。
「管理局…か、やるだけやってみるか。」

 

――守るために。
――守るという事に縋るために。。
いつか絶対に、守れずに何かを失う時が来る。それが分かっていながら、シンはそれを選ぶことしか出来なかった。