606 ◆fpCjfdS.vs 氏_“EPISODE『逆襲のシン=アスカ』”_第2話

Last-modified: 2011-01-25 (火) 01:00:38
 

 昼過ぎから急に降り出した強い雨が、オノゴロ島の国防軍司令部にある
アスラン=ザラ一佐のオフィスの窓を叩く。
吹き荒れる風が雨粒を巻き上げ、波が白く泡立っていた。
「アスハ代表と一緒に行かないんですか? アスラン」
「俺は医者じゃない。ラミアスさんの事はどうにも出来ないよ」
 先ほどまでキラ=ヤマトとは通信越しに、カガリ=ユラ=アスハとは面と向かって話していたアスランは、
疲れた表情で頭を振った。
椅子に掛けたまま、机の前に立っているルナマリア=ホーク三尉を見上げる。
オーブ軍の軍服を着た彼女は、3年前にミニスカートを止めていた。
穿いて見せる相手がいなくなったからだと、冗談交じりに告げたことをアスランは覚えていた。

 

「クライン議長の方は、何か情報ありました?」
「いやあ……キラと連絡はついたんだが、錯乱していて何を言っているのか分からなかった。
 ただ、シンを探さなくちゃっていう所は繰り返し言ってたよ」
「シン=アスカからの伝言、ですものね。でも、私はあいつがやったとは……」
 苦笑いを浮かべ、ルナマリアが近くのソファに身体を預ける。それを咎めることなく、
アスランは手元の書類に視線を落とした。
「可哀想な奴だ。ミネルバにクライン派の工作員がいると教えてやろうとしたんだが、
 奴の性格上、仲間に引き入れるのは無理だった。随分、酷い目に遭わせた気がする。
 しかも我慢するだけ我慢して……戦争が終わった後、自分の意思でザフトの一番下っ端になった」
 椅子を回転させ、アスランは雨粒が打ちつけてくる窓の方を見た。深い溜息をつく。
ソファに背をもたれさせたルナマリアが、天井の照明を見上げる。
「もし、シンがやったとすれば……私達の所にも来ると思いますか?」
「ラミアスさんを撃った奴は、まだオーブを離れていないと思う。
 メイリンには家から出るなと言ってあるが、ラクスの乗る車に細工できるような連中が相手じゃ、
 完全に予防するのは不可能だ」
 雷が鳴って、ジェットエンジンの轟音が窓を震わせる。MA形態のムラサメが3機編隊を組み、
灰色の空へ飛び去って行った。
「ルナマリアはともかく、俺は殺されても文句は言えない。首を洗って待っておくさ」
「私だって同じですよ。後悔は、してませんけどね」
 ソファから起き上がったルナマリアは、敬礼してアスランに背中を向けた。

 
 

 ガルナハンの夜は冷え込みがきつい。ザフトの緑服の上にコートを着たシンが、白い息を吐きながら
崖の上に立ち、歯を鳴らしながら赤い光のラインが横に入った小型の装置を覗き込んでいる。
薄手のジャケットにマフラーを巻いたコニールが、水筒を開けて湯気を立てる茶を注いだ。
 装置から顔を離したシンが、震える指先でメモ帳に数値を書き込む。
ペンをコートの内ポケットにしまった時、コップが差し出される。
「任務お疲れ様、シン。何してるんだ?」
「有難う。ただの計測だよ」
 コップに口をつけたシンが、くぐもった声で言った後で茶を啜る。
涙が出るほど熱くて苦い酸っぱいハーブティーだが、身体の冷えには実に効いた。
立ち上る香草の匂いに咳き込みながら、飲み終えたコップを相手に返す。
「何の計測?」
「気温とか、湿度とか」
「もしかしてシン、干されてる?」
「今更何言ってんだ。3年前、ここに来てからずっと同じ事やってたろ? 俺。
 シミュレーター訓練と施設の掃除、あとこの計測。モビルスーツになんか一回も乗ってないぞ」
 ぶすっとして、シンは崖から離れ別の計測場所に歩き出す。後からコニールがついてきた。
ブラウンの髪が風に揺れて、薄褐色の肌を月光が照らす。
「……そのうち良い事あるよ」
「ほっとけ。それより大丈夫かよ。こんな夜に、ザフト兵と2人きりでさ。婚約者がいるんだろ?」
「うん、来月結婚式」
 崖の向こう側から、MSの駆動音が風に乗って聞こえてきた。

 

地球連合軍の基地と殆ど隣り合わせという危険な場所ではあったが、この3年間武力衝突は勿論、
領土の侵犯や睨み合いさえ起きていない。
ガルナハンの攻略作戦は連合軍側がほぼ完敗し、投降した連合兵や捕虜の虐殺等、
新たな戦争の火種となりかねない出来事だらけだった。それゆえ彼らの沈黙が不気味だったが、
月日が経つにつれて緊張感が薄れ、警戒心が退屈に変わって、今に至っている。
「相手はどういう男なんだ?」
「知らない。会った事もないしね。街同士で決めた話だから」
「街同士って……じゃ、歳は?」
「今年で41歳だってさ……わぷっ」
 足を止めたシンの背中に、崖を見ながら歩いていたコニールがぶつかった。
「41の男と結婚って、嘘だろ!? コニールって確か……」
「17歳。でも、41って言ってたよ。父親が貿易の会社を成功させたとか、何とかって」
 事も無げに言ったコニールに、シンはおろおろしながらかぶりを振った。
「いや、コニールがそれで良いなら良いけど、俺の感覚からすると……」
「あたしがそいつの奥さんになったら、街の皆がその会社で働けるんだ。
 そういう話で婚約が決まったの。この土地はザフトが守ってるけど、
 ザフトは食べ物とか仕事まで持ってきてくれるわけじゃないし」
 彼女の話は単純だった。単純で残酷。返す言葉が見つからず、シンはまた歩き出した。
熱い茶を飲んだばかりなのに、身体の奥が冷たかった。
「ガルナハンの女は、さ。好き嫌いで男とくっつくわけじゃないんだよ。
 あたしよりも年下の女の子が、皺くちゃの爺さんと結婚したことだってあるし。珍しい話じゃないって」
「問題は歳の差じゃない。それじゃ売られるようなもんだろ!」
「あたしが売れるなら、売れて皆が助かるなら、良いじゃないか」
 背中越しに聞こえるコニールの声に、シンは俯いた。

 

 MSの駆動音が複数、それも大きく聞こえた。
 先程の装置で覗き込んでズームを最大にすると、こちらを向いたダガーLが1機見えるが、
 移動はしていない。また、足音が上がって地面が揺れた。
「シン!」
 押し殺した声でコニールに名前を呼ばれ、肩を掴まれ姿勢を低くさせられた。
それには逆らわないまま、突き出した岩まで移動したシンが、切り立った崖を覗き込む。
鳴り続けていた地響きが止んだ。
「シン、なんだか……」
 隣にやってきたコニールに、指を唇に触れさせるジェスチャーをやってみせたシンは、
暗視モードになった計測装置を使って崖下を見つめた。直後、爆音が轟く。
MSのスラター噴射だと理解したのは、最初の1機目が崖下を駆け抜けた時だった。
谷間の岩壁を青白い光が幾度も照らし出し、吹き上がる熱風にシンが這い蹲る。
コートから小型の通信機を取り出し、スイッチを入れて怒鳴った。
「本部! 座標F2で、武装したモビルスーツ隊を確認した! 機体構成はストライクダガーが4機!
  M1アストレイが2機! ジンが3機! 兵装は不明! まず基地へ向かうルートを高速で移動中!
  迎撃準備と、民間人の避難を頼む!!」
 最後の1機が生み出すスラスターの光が消えると、シンは跳ね起きてコニールを振り返る。
顔から血の気が引いた彼女の両肩を掴んだ。
「大丈夫だ! 敵は旧型揃いで機種もばらばら! 最近増えだした傭兵崩れに決まってる。
 基地にはザクやグフが置いてあるから、負けることはない。少ししたら街に戻」
「駄目だ! 直ぐに帰らないと!」
 ポニーテールを打ち振り、コニールが叫んだ。
「ザフトが基地を守ることは分かってる。でも、街は守らない!」
「そんな事は……」
「シン! あたしと来てくれ! お願いだから!!」
 その声は悲鳴に近かった。シンは、彼女の懇願に頷いた。

 

「MS隊を全機基地に戻せ。
 第1小隊のザクにはガナーウィザードを、第2小隊にはブレイズウィザードを装備させて、
 基地の防壁内から応戦させろ」
 警報が鳴り響く基地の中、白服を着たザフトがモニターを見ながら指示を出す。
「街の防衛と民間人の避難はどうしましょう」
 横から口を出した副官を肩越しに見て、基地司令は面倒そうに片手を振った。
「両方とも必要ない。あいつらナチュラルだろ。死ぬよりも生まれてくる方が多いんだ。
 重要なのはパワープラントだ。一歩も踏み込ませるな!」
「了解」
 MSハンガーに通信を繋ぐ部下の姿を見ながら、基地司令は食べかけのチキンを齧った。
「ま、楽な戦いだな」

 

 足場の悪い崖の上を走ることに関しては、シンよりもコニールの方が経験豊富だった。
息を殺しながら彼女に追いついたシンは、眼下の街の姿に目を見開いた。
「そん、な……」
 ストライクダガーとM1アストレイがビーム兵器を撃っている相手は、基地の防衛部隊ではなく、
建物や車、そして人だった。ビームが通り抜けた所や、その周辺が燃え上がって車が爆発し、
民家の窓が溶けた。悲鳴が風に乗って聞こえてきた。
ジンが担ぐ無反動砲が砲声を上げ、街の貯水タンクを破壊した。
破片が降り注ぎ、子供を抱いた母親の姿が瓦礫の中に消えた。
「部隊がもうやられた? いや、こっちの機体の残骸はない……」
 小刻みに身体を震わせるコニールの隣で、茫然としたままシンが言葉を続ける。
閉ざされた基地の正面ゲートには、避難しようとした街の人々が折り重なって倒れていた。
「俺の通信は、届いていた。情報はきちんと伝えられていた……コニールッ!!」
 ガルナハンの街が夜の闇の中で戦火に染まり、真昼のように輝いている。
連合軍を相手に戦っていた頃作られた、細い坂道を駆け下りる彼女を追って、シンも走り出した。
「何をする気だ!? 死ぬぞ!」
「死んでやる!!」
 怒鳴り返した彼女は、泣いていた。坂道を下るにつれ、熱気が肌に感じられるようになった。
燃える匂いもそれに加わる。シンも良く知っている、忘れられない匂い。
「皆が死ぬのを見ているしか出来ないなら、戦って死んでやる!」
「コニール、やめろ!!」
 細い道を抜けて街の外れに出る。放棄された家畜小屋に、シンは見覚えがあった。
以前、コニールに教えて貰った、武器の隠し場所。
ロケットランチャーならば、MSが相手でもダメージは与えられる。しかし、それだけだ。
「頼む、コニール! 止めてくれ!」
「あたしは、この街で生まれた! あたしの居場所は此処なんだ!
 居場所を守るためなら何だってする! あたしは……!!」
 道路の真ん中でコニールに追いついたシンは、彼女の腕を掴んで
目立たない場所に引っ張っていこうとする。
コニールも抵抗し、涙を流す目でストライクダガーの背中を睨んだ。
突然、その機体が小型ミサイルを連続で被弾し大破する。
ブレイズウィザードの、ファイアビー誘導ミサイルによる攻撃だった。
ターゲットを失い、白煙を引いた残りのミサイルが軌道を揺らめかせる。
道路に着弾し、シンとコニールの身体を吹き飛ばした。
コニールを抱いたまま抉れたアスファルトに落ち、転がったシンは腕の中の少女を覗き込む。  
こめかみから血を流し顔も髪も煤に汚れたコニールは、至近距離での爆発で聴覚をやられ、
立ち上がれなくなっていた。シンも爆音で耳が聞こえなくなったまま、彼女をきつく抱く。
他に何も出来なくなり、コニールはシンの胸に縋って新たな涙を零した。
 クレーターの中から街を見上げたシンの前で、街に侵入した敵機は次々に撃墜されていった。
オルトロスのビームがM1アストレイを商店ごと貫き、小型ミサイルの乱舞がジンやストライクダガーと
その周辺の建物ごと粉砕する。

 

「力が無いのが、悔しかった……」
 震える声で呟き、コニールを抱いたシンも目の端に涙を浮かべた。
サイレンをより高くしたような怪音が大気を震わせる。冷たく輝く月を、何かが遮る。
「俺は、また……」

 

 蒼い光の柱がザフトの基地に突き立つのを見て、シンは意識を手放した。

 
 

 ミラージュコロイドとヴォワチュール・リュミエールが生み出す影色のケープを
機体に纏わりつかせたそのモビルスーツは、
カメラアイの青白い光でV字の頭部アンテナと、目の下の涙のような赤い溝を輝かせた。
高出力砲を掴む両掌が輝き、2発目を撃つ。再び蒼い光が基地に吸い込まれ、新たな爆発が上がる。
 小型ミサイルや赤い高出力ビームが撃ち上げられると、降下する機体はむしろ速度を上げた。
両肩に装備されたスラスターが小刻みに動いて噴射し、敵弾を紙一重の所で回避しながら
手にした砲を更に3連射する。その後、射撃武器を背部左のラックに戻した。
衝突する寸前に姿勢を変え、右の手足を失ったガナーザクを踏みつけて基地内に着地する。
ビームソードを起動させたグフに背後から斬りかかられた。僅かにそちらへ身体を動かし、
左手甲のビームシールドで受け止めた。
灰色と群青で塗られたボディ、血のような紅色のウィングユニットが闇の中に浮かび上がる。
右の掌部ビーム砲が光ってグフの腹部に赤熱する穴が空いて、
青色の機体が力なく跪いて小爆発を起こした。
跳躍し、ビーム突撃銃を撃つブレイズザクの側面に回り込む。
ビームを発生させた左手をその脇腹に叩きこみ、機体の中で腕が動き、
モノアイを持つ頭部を内側から蒼色のビームが吹き飛ばした。
爆発と炎が異形のMSを舐め、鳥のように二股に分かれた足がザクの残骸を蹴飛ばす。
オイルを滴らせるマニピュレーターの先端は、鋭く尖っていた。
 銃を捨てた2機のザクに向き直る。背部右のラックから幅広で肉厚の剣を抜き放った。
砲を撃った時と同じように掌が輝き、全長30メートルを超す巨大なビームの刃が剣から生み出される。

 

降伏は無意味と悟ったか、ビームトマホークを抜こうと踏み込んだ最後の2機を、
『デスティニー』が袈裟掛けに斬り裂いた。

 
 

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