A.C.S.E_短編その1

Last-modified: 2008-12-23 (火) 23:57:13

「クリスマス終了のお知らせえええェェェェ――――!!!!」

 

 決して広くは無いその空間の中に魂の絶叫が解放される。
 次いで、その慟哭に応えるようにう゛おおおおおおおお――! と無数の野太い声が木霊した。大して広くない場所に、詰め込まんばかりに密集した男達の群れ。むさっ苦しい事この上ない光景だった。
 ちなみに平日の真昼間の、しかも校内でこんな野太いシャウトされれば普通に迷惑だが、無駄に防音設備が行き届いているせいで外に漏れる事は無かったりする。
「ついにかの忌まわしき行事が始まろうとしている!! しかし我々は屈しない! その本来の意味も忘れ、ただ己が快楽を貪るだけの獣共に理性の鉄槌をくだしてやるのだああぁぁ――!」
 う゛おおおおおおおお――! と再度響き渡る獣の如き絶叫。制服を着ていなければ彼等が本来平凡な男子高校生であると誰も信じまい。ノリが革命とかそういう類である。ただ彼等は別に精神を病んでいる訳でもなく、アレな薬をキメチャッテいる訳でもない。
 彼等はただ一つだけの共通点にて終結している。

 

 要は、全員彼女が居ないのである。

 

 そんな彼等にクリスマスなる行事は地獄の日々。故に彼等は終結した。浮き足立って浮かれる愚か者どもに”理性”という名の氷水をぶっかけて知らしめる為に。結束は鋼のごとく、抱いた闘志は烈火の如く。

 

 ただ。本当に関係の無い人間が巻き込まれる確率はゼロではなく、
 この学校には、そういうのを許さない狂犬が居た。

 

 ガタンと言う音。空気を変える異音。熱に混じった不純物。その場に集まっていた全員が警戒の体勢と共に音の方向――唯一の入口へと視線を向ける。
「う、うう……」
 そこには一学期が終わった後の大掃除で特に汚れた部分との決戦を終え既に永眠を待つばかりの雑巾――ばりにズタボロになった男子生徒が崩れ落ちている。
 その異常な光景にそこに集まっていた群れは困惑し、ざわついてゆく。
「何事だ!」
 唯一冷静さを保っていた壇上の男が声を張り上げる。彼はこの”集団”の始まりであり、頭であり、まとめ役――仲間からは”総帥”と呼ばれる男である。そのがっしりとした肉体とえらく濃い顔立ちは、お前何歳だよと思わず言いたくなる。彼の野太い一喝により、ざわつきは収まり集団が結束を取り戻した。
 崩れ落ちたボロボロの男子生徒は、生まれたての小鹿の様にぷるぷると震えながらも何とか頭を上げて唇から言の葉を紡ぎ出す。
「お、お逃げください……、や、やつが……生徒会の、きょ、……犬が……」
 そこまで言い終えたところでがくんと男子生徒が崩れ落ち、そのまま動かなくなった。言葉を受けた集団がその内容を理解するよりも前に、

 

 かつん。

 

 騒然としたその場に、小さな足音が響き渡る。ぎいぃと、まだ開いていなかったドアの半分がゆっくりと開く。上昇する緊張感、張り詰める危機感。その場の全員がやがてドアから姿を現すであろう来訪者に備える。

 

「やはり現れたか……忌々しき生徒会の犬め…………!」

 

  
 珍しくも無い黒い髪、極めて特異な赤い瞳。右手には『もう勘弁してくれよ! 限界なんだよ見ればわかるだろ!? 早く新品買って交換してくれよォ!!』と聞こえてきそうな程に使い古されたモップが一本。モップ自体は何処にでもある市販品だが、柄の部分に油性マジックでヘタクソに書かれた『スローターダガー』の文字がどこか異様な雰囲気を醸し出している。

 

「アンタ達。今授業中だって事は、当然わかってるんだよな?」

 

 突如、キエエエエェ――!! という奇声と共に男子生徒が二人、天井から落下してその来訪者を襲撃した。完璧なタイミングでの死角からの奇襲。回避は不可能。来訪者はあっけなく打倒されるはずだった。
「――――――」
 モップが超高速で振り抜かれる。二人の男子生徒は空中で情熱的なランデブーを果たし、激突の衝撃で左右に吹き飛び、来訪者の左右にぐしゃっと堕ちた。
 全員が、一歩後退する。入口を抑えられていても相手は一人。数では圧倒的に男たちが勝っている。だというのに先程まで男たちの胸を支配していた熱は今急速に冷却されている。まるでその来訪者が冷気を放出し、男達の胸から熱を奪い去っているようだった。

 

「さて、授業中にバカやってるバカ共に質問だ」

 

 手にしたモップをプラプラ揺らしながら、来訪者が一歩踏み出す。
 男達はまた一歩下がりかけ、何とか踏みとどまった。来訪者の放つ圧力を迎え撃つようにそれぞれが臨戦態勢を取る。そして放たれた かかれェー! という”総帥”の号令と共に、その場の全員が来訪者目掛けて殺到する。
 津波のように押し寄せる数の暴力を眺めながら来訪者は唇の端を吊り上げて笑い、

 

「”スローター”は、なんて意味でしょう?」

 
 

 たとえ放り込まれた場所がどれだけ突拍子が無くても。
 根っこを見失わなかったら、それなりに生きてはいける。

 

 それなりに大変だけどね。

 

///

 

「あ゛ー片付いたー、つかれたー」
 シン・アスカは気だるげな表情と声でがらがらとドアを開け、入室する。そこは俗に生徒会室と呼ばれる場所だ。何故か職員室より広いが。
「おう。おつかれ」
 入室したシンに声をかけたのは赤い髪を三つ編みにした一人の少女。
 ”書記”の役割を与えられているその少女――八神ヴィータは、どこからどう見ても高校性でなく○学生にカテゴライズしそうな容姿をしている。だが彼女はれっきとした二年生であり、シンの”先輩”である。
 まったくもって世の中には不思議が多い。
「……あれ。先輩だけですか? 会長達は?」
 生徒会室の一番上座に位置するえらい豪奢なふっかふかの椅子(マフィアのトップが座るようなやつ)の主が不在である事に気づき、シンが疑問をヴィータに投げかける。
 ヴィータはああと相槌を打ちながら作業の手を止め、シンの方を向く。
「会長(なのは)なら”隣”に”交渉”に行ってる。副会長(フェイト)も付いてった」
「ああ。だから今日平和なんですね。いやー、道理で重傷者が出て無い訳だ」
「だな。今日大変な事になるのは隣だ」
「あははは」

 

 ――慣れって怖いなぁと、最近切に思う。

 

 飲み物要ります? というシンの問いにヴィータがいらねと答える。シンは部屋の隅にあるポットから自前のマグカップに湯を注ぐ、真っ黒く濁った液体が生成されたのを確認すると、ヴィータの迎側にある安っぽいパイプ椅子をぎしぎし鳴らしながら腰掛ける。生徒会でのシンの本来の役割はヴィータと同じ”書記”なので席が近いのだ。
 ただ理由はそれだけでない。この生徒会は色々と人事的な意味で問題が多く、現在生徒会としての業務は書類関係をヴィータが、身体を動かす類の雑用はシンが請け負っている。なので必然と机も近くなるわけだ。
「けどおかしいですよこの学園。今月入ってから小規模なのも含めるとこういうの178回目ですよ? どんだけ暇なんですかここの生徒連中」
「まー、ここじゃいつものことだな。ちなみにバレンタインはもっとひでーぞ」
「うえぇーい……」
 数ヵ月後の事を考えてシンがとても嫌そうに呻いた。どうせその時はシンが事態の鎮静化に駆り出されるのだろうから。”これ”は代々生徒会の仕事らしい。何故かこの学園には昔から血の気の多い連中が集まりやすく、こういう事は頻繁に起きる。なので生徒会には特定期間の間だけ一般生徒を取り締まる権限が与えられる。

 

 物理的に。

 

「前はシグナムが何とかしたんだけどな、今いねーしな」
「シグナム先輩か…………『職員室に資料を届けてくる』と言って出て行ってから、もう三ヶ月がたちますね……」
「方向音痴だからな、あいつ」
「あの。前から言おうと思ってたんですけど、もう多分なんかの病気ですよそれ」
 学校で迷うのは別に構わないが、期間が絶対おかしい。ここまでくると何らかの不測の事態が起こって、その身に何らかの不幸があったと考える方がしっくりくる。
 しかし職員室を求めて彷徨うシグナムの姿は度々一般生徒に目撃されている。つまり未だ彼女が”道に迷っている”状態であると立証されているのだ、恐ろしい事に。
「それにしても会長、副会長、会計と来てぶっとんでるのに、先輩はふつ…………」
 う。と続けようとしてシンはまじまじとヴィータを見る。足元からぴょんと跳ねたアホ毛の先端まで一通り見終えて、

 

 ――どうみても○学生にしか見えないちんまい背丈を失念していた。

 

「すいませんでした」
「何で謝んだよ!? そのまま言えばよかっただろーが!?」
 バァンと机を叩きながらヴィータが怒鳴る。シンはバツの悪そうな顔をしながらヴィータから視線を逸らした。
「だってその小ささはありえないですよ。それで年上とか……やはり年齢を、」
「偽ってねーよ!!」
「………………」
「何だその疑いの眼差しは!? ああ、もうっこのっ、ほら学生証! 見ろ! 穴が開く程に見やがれ!!」
 回り込むのも面倒じゃーとヴィータが机を超えて跳ね、一直線にシンへと落下する。そのまま手にした学生証をつきつけるようにぐいぐいとシンの頬に押しつけるた。
「ちょ、痛い! 痛いうえに危ないですよ先輩! あと逆に見えないですそれ!!」
「うるっせえ! いい機会だ! おめーにじっくり教え込んでやる!!」
 ヴィータがシンの上にのしかかり、二人分の体重を背負わされた安物のパイプ椅子がギシギシッと悲鳴を上げる。ヴィータはそんなのお構いなしとシンにぐいぐいと学生証を押しつけて、シンは悲惨な事になっているバランスを何とか保とうと必死である。
 けれどいくらシンが頑張っても支えているのは錆びの浮いたパイプ椅子君(今年で18歳)。ベギッという断末魔の音と共に、パイプ椅子が破壊され――

 

「おーっすシン居るかー! 24日なんだけどさー、やっぱお前居てくれた方が集まりが、いい…………」

 

 ノックもせずにドアを開け放ったのは三年のヴァイス・グランセニックである。彼は後輩のシン・アスカをクリスマスに開催される合コンに誘う為に生徒会室を訪れたようだ。
 そして彼の視覚が捉えたものは、

 

 仰向けに地面に寝るシン・アスカ(衣服に若干の乱れあり)。
 そんなシンに覆いかぶさってぐったりしているヴィータ(衣服に若干の乱れあり)

 

 ……
 …………
 ………………

 

「お邪魔しました☆」
 グッと親指を立て、ムカつく程にいい笑顔でヴァイスはドアを閉める。そんなヴァイスの様子を見てシンは深々と溜息をつく。
 まずは目を回しているヴィータを慎重に、かつ迅速に上から下ろして地面に寝かせる。直後ばね仕掛けの様に立ち上がると、シンは入口へ向かって駆け出した。ドアの隅に立てかけられていたモップがバァンと音を立てながらシンの手に向かってひとりでに跳ねる。それを空中でキャッチしつつ、シンは生徒会室を飛び出し、そして一陣の風となった。

 

 
 見敵滅殺、

 

「ぎいいぃやあああぁぁぁぁ――――――――――――!!!!!!!」

 

 数十秒後。
 広い校舎にヴァイスの絶叫が木霊した。

 

 シン・アスカ。誰が呼んだか”生徒会の狂犬”。
 その称号は、伊達ではなかったりする。

 

///

 

VS闘魂部活動の会
「貴様とて彼女の居ない身であろう! なのに何故我等を狩るかあああぁ!!!」
「とりあえず今は授業中だ――ッ!」

 

VS文化部同盟
「街中でも構内でも見せつけられる! 既に我等の平和は奪われているのだ! これが地
獄でなくてなんだというのだァァ――!!」
「平和の言葉の重みを地獄の言葉の愚かさを知らない連中が偉そうに――――!!」

 

VS”白百合”
「この歪みに歪んだ世界は私達が更生する。邪魔をするなら消えなさい!!」
「校内に爆発物を仕掛けるなああぁぁ――――――!!!」

 

VS生徒会ファンクラブ
「我々は貴様が殺したいほど羨ましいいいぃぃぃぃイイイイ!!!!!!」
「かわれるものなら、かわってやりたいわ――――――――!!!!!」

 

VS一年生連合
「つうかお前ヴィータ先輩といちゃいちゃしてんじゃねえぞ殺すぞこのロリコン野郎オオォォ――!!」
「(ぶつっ)ダガーしすてむこんばぁーと――――――――――ッ!!!!」

 
 

 とまあ、こんな風に日々は過ぎていき。

 

 日付は12月23日。シンは何かもう色々と疲れ切った感じで机に突っ伏していた。
 この学園では暴動に備え、24日と25日は特別休日になっている。よって無駄に疲れる職務ともようやく今日でおさらばという訳だ。加えるとその連休の後は冬季休暇に突入する。生徒会のシゴトもある事はあるが、学校自体はしばらく休みになる。
 シンは安っぽい椅子の上でぐーっと伸びをする。そのせいで質素な椅子がギギッと鳴った。本来の教室はもう少しいい机と椅子を使っているが、今の教室は間に合わせだから仕方がない。何せ本来のシンの教室である1-Aは、何処からともなく出現した巨大ロボットの正拳突きによって崩壊して現在修繕中なのだから。
「……帰るか」
 鞄を引っつかんで立ち上がり、一直線へと出口へ向かう。その途中でクラスメート(生き残り)から何度か声をかけられたが、全部断った。正直12月はハードスケジュールを越えた別の何かだったので、休みたいのが本音である。
 それにシンは自分がいかにコミュニケーション能力で劣っているかはきちんと把握している。こんな人間が居ても場を白けさせるだけと思うのだ。
 何せ『狂犬』の”前”は『最強の仏頂面』だったし。

 

「ああっ! よかった! 会えたっ!!!」

 

 ドアを開けるなり感極まった誰かの声が聞こえてきた。ツンツンした赤髪の少年――エリオ・モンディアル。副会長絡みで知り合った”後輩”である。
「エリオ? 高等部まで何しに来たんだ?」
「たっ、たすけぶらッ!?」
 えんらい切羽詰った声でエリオが何か言いかけるが、言い終わる前にベシャッ! と地面に倒れた。どうも何かに引っ張られてバランスを崩したらしい。聞こえてくるのはじゃらじゃらと金属が擦れ合う音。ふとシンがエリオの足元を見ると、

 

 鎖。

 

「アルケミックチェーン……てことは、あやっぱりキャロか」
 視線で鎖を辿ると、曲がり角から半分だけ顔を出したピンクの髪の少女を発見する。その直ぐ真下にもう一人。紫色の髪をした少女を見つける。挨拶代わりに二人に手をひらひらと振ると、二人とも小さな手をちょこちょこと振り返す。

 

「駄目だよ、エリオくん」
「駄目、逃げちゃあ」
「ちゃんと、どっちが」
「好きなのか」
「ちゃんと、どっちと」
「過ごしたいのか」

 

「「決めてくれなきゃ」」

 

 なかなか背筋に来るお嬢さん方だった。
 一方エリオは必死の抵抗虚しく絡みついた鎖にずるずると引っ張られ、二人の待つ物陰へと現在進行形。そんな中、エリオは視線に総ての思いを込めて、シンへと手を伸ばした。

 

 ――たすけてください

 

「エリオ」
 かつての”最強の仏頂面”。その称号を知る人間が見たら卒倒しそうなくらい、邪気の一切無い爽やかな満面の笑みでエリオを見返して、
「悪いけど俺、こういうのに関わらないって決めてるんだっ」
 180度ターン。そして全力疾走。
 何せここでエリオに手を貸そうものなら、あの暗く澱んだ目をしたお嬢さん方に何をされるかわからない。本当に何されるかわからないから普通に怖い。
 それに所詮ロボットは科学の一端。よくわからんファンタジー理論で出現しなさるドラゴンとか虫相手では分が悪すぎるしね。
「シン先輩の薄情ものおおおぉぉぉぉォ――――――!!!」
 BGMはエリオの絶叫。
 その日、シンは窓から教室を後にするという貴重な体験をした。

 

///

 

 12月24日。
 知り合いに頼まれた臨時のバイト(手伝い)も終わり、イルミネーション溢れる世界(街)の中をシンは一人ですいすいと泳ぐように歩いていく。別段こういうイベントに興味は無いが、世が楽しければそれはそれでいい。今居る世界が、明日も見えない暗い争いの続く世界なんかよりどれだけマシかくらい、わかる。

 

 ――ただ、持て余し気味ではある。けど、それはその内慣れていくのだろう。

 

 忘れることは、絶対に出来ないだろうけど。

 

 

 

 捻くれた性格の名残か。ジングルベルではなく、子牛が荷馬車に乗せられるアレのメロディを口ずさみながら、シンは自室であるマンションの一室へと辿り着く。がしゃこと鍵を回して、ドアを開ける。
 ただいまは言わない。言う必要がない。
 一人暮らしだから、返してくれる人が居ないから。

 

「……よう」

 

 ドアを閉めた。力の限り。そして鍵をかける、外から。
「ちょ、なんで閉めんだよ!!」
「すいません部屋を間違えましたっ!!」
「今明らかに鍵開けてただろーが!!」
「きっと鍵ごとうっかり間違えたんですよ!!」
「どういううっかりだ!?」
 バンバンバンと中から叩かれるドアをシンは外から必死に抑える。
 何でこんな事になっているんだろう。
「第一俺には人の帰りをサンタルックで待ってる知り合いなんて居ません! ええ○学生と見紛うちんまいの背丈の先輩なんて知りませんとも――っ!!」
「完全にあたしだって特定してんじゃねーか――っ!!」

 

 
 ――そんな馬鹿らしいやり取りからきっかり五分後。

 

 騒ぎ続ければ隣人の方々によからぬ噂を流されそうだったので、シンは渋々自分の部屋に入る決断をした。これまでも(主に他人のせいで)色々と騒ぎを起こしているので、これ以上何か起こると部屋を追い出されかねない。
「で、何してんですかアンタは」
 マグカップに満たされた紅茶(葉を誰かが勝手に置いていった)を差し出しながらシンは尋ねる。シンの迎側に座ったヴィータは、出された紅茶に礼を言いつつ、乾いた笑みを浮かべながら返答する。
「……逃げてきた」
「……ホームパーティって逃げるもんですっけ?」
 少し前、ヴィータ自身からシンが聞いた話によると24日は家族でパーティをすると言っていたような気がする。

 

『そういやお前、クリスマスはどうすんだ?』
『寝るか……もしくはバイト、ですね。特に約束もしてないですし。先輩は?』
『家族でパーティー。シグナムは当日までに帰ってこれるかわかんねーけど…………それでだな、はやてもいいって言ってたし、うちはもとから人数多いし、その、予定が無いんならおめーくらい増えても何の問題も……――』
『ぶえーっくしっ! ――う゛ー、風邪ひいたか? ……あれ、今何か言いました?』
『なんも! いって! ねーよっ!』
『ちょ、痛! 痛い! 何で蹴るんですか痛っ!!』

 

 こんな感じで。
 ちなみに何で執拗に足の指を狙われたのか、シンは未だにわからない。

 

 
「いやな。最初はよかったんだよ、……ただな、誰が持ち込んだかわかんねーけど、アルコールが出回り始めてから何かがおかしくなってきて……」
「ふむふむ」
「いつの間にか居たシグナムは剣を振り回し始めるし、シャマルは何か光る薬物をザフィーラに注入し始めるし……それにはやては」
「ふむふむ」

 

「あたしを着せ替え人形にして遊び始めるし」
「帰れ」

 

 シンはにっこり笑いながらビシィと玄関を指差してヴィータに言い捨てた。

 

「あたしにあの空間に戻れってのかよこの人でなしー!」
「だってこのまま先輩ここに置いてたら俺も巻き込まれそうじゃないですか!!」
「問題ねーだろ! お前ならシグナムと実力で渡り合えるし、シャマルの薬品にももう耐性あるし!!」
「その辺は認めたくないけど確かにそうですけど! 俺的には着せ替えのワードが一番嫌なんですよ!! 理事長には学園祭の時に酷い目にあわされましたからね!!」
「ムカツク程似合ってたじゃねーかぁ!!」
「だから嫌なんだよおおおォ――――!!」
 椅子にかじりつくヴィータ、それを全力で引き剥がそうとするシン。傍から見ればシンが圧倒的に有利に見える、体格的に。だがヴィータは体格こそ小柄だが、一度獲物を持てばシンにも決して引けをとらない実力の持ち主である。
 なのでその小競り合いは長い拮抗状態に陥り、二人とも体力を使い果たしてその場にぜーぜーと息を吐きながら崩れ落ちるまで継続された。
「あぁ……そういえば何で俺のところ来たんですか? てか鍵どうしたんですか……」
「なのはんとこもフェイトんとこも留守だったし、咄嗟に思いついたのがお前だけだったんだよ……」
「他にもナカジマとかランスターとか居るだろうに……で、鍵は?」
「ああ、それは少し前に」

 

『どうしたのヴィータ?』
『ああ、シンのやつにちょっと聞きてー事あったんだけど……帰ったかな』
『うーん、たぶんこの時間だと帰ってると思うけど……じゃあ、はい』
『鍵?』
『シンの部屋の』
『何で?』
『確実に会うには、やっぱり待ち伏せだよ?』

 

「こんな感じで」
「へー……え!? 何であの人当然のように俺の部屋の鍵持ってんの!? 怖っ!!」
 副会長なら仕方が無いと流そうとしたが出来なかった。その突拍子の無さには大分慣れたつもりだったが、その認識は改めたほうが賢明かもしれない。
「くそ、着々と俺を始末する準備が進んでやがる……あっさり先輩に渡したって事は予備もあるって事だしなぁ。うぅ、今まで以上に会長に近付かない様に注意しないと……」
「まー鍵は返しとく。何だかんだで渡しそびれてたんだ……」
「どうも……」
 ヴィータから銀色の鍵を受け取る。合鍵として使用することにしようなどと、少しポジティブに考えてみた。これの出所は――

 

『気にするな、俺は気にしない。ていうか――気にしていたら持たないぞ』

 

 ヤツかもしれない。
 てかたぶんヤツだ。

 

 
「……それにしてもまあ、随分デコレーションされましたねえ」
 シンは改めてヴィータの格好を見直す。ぱっと見ではサンタ服の派生に見えるが、どちらかというとドレスの方か。ざっと見たところ普段のバリアジャケットと基本的な構成は同じだろう。ただ赤い生地の各所に黒でなく白のフリルがあしらわれ、結果としてサンタ服の様に見える。帽子はバリアジャケットと形状が同じだが、取り付けられたウサギがサンタ帽を被っていた。あと違う点といえば長袖になっている事、スカートに値する部分がばっさりと短くなっている辺りか。
「……寒そうですね、足」
「オイそれしか言う事ねーのかてめー」
 じろじろ見た結論をそれにまとめたシンに対し、ヴィータのこめかみでやや不穏な音が鳴った。
「いや似合ってるとは思いますよ。てか普通に可愛いんじゃないですか?」
「な゛ぁッ――!?」
 ヴィータはシンと付き合いが長い(生徒会の運営的な意味で)が、シンが女性に対して誉め言葉を言った記憶がない。キャラが強烈とはいえ、男子生徒から非常に人気のある生徒会メンバーと接する時も常に淡白だった。
 そんなシンがまさか『可愛い』等という語句を言うとは想定しておらず、完全に不意を突かれたヴィータの精神は赤面という形で今の感情をそのままに表現してしまう。
 あわあわと顔を真っ赤にして二の句が告げなくなったヴィータ。対してシンは僅かに首をかしげながら次の言葉を言い放つ。

 

「いや、ほんと先輩ってそういう”子供っぽい”服似合いますねー」

 

 グーパンチ。

 

「痛い!?」
「くたばれー!!」
 涙目で机を越えて飛び掛ってくるヴィータ。悲鳴を上げる椅子。崩れるバランス。いつかの生徒会室での焼き直しのように。しかしシンは焦らない。経験した事象に対しての学習と対策は既に想定済みであった。
 飛び掛ってくるヴィータがシンと接触する瞬間、”あえて後ろに倒れこむ”。そのままヴィータの突進の勢いを両手で一時的に受け止め、流し――
「そぉい!」
 と、ヴィータを思いっきり後方に放り投げた。投げ飛ばした方向にはベッドがあるので、大事にはなるまいと計算済みである。最もヴィータほどの実力者なら、例えこのまま窓ガラスをぶち抜いて階下まで落ちても怪我しないだろうが。
「へん……どーせあたしはちっこいよ……いろんなところがたりてねーんだよ……」
 ぼふーんとベッドに落下したヴィータは、ネガティブにぶちぶち呟きながらシーツをかき集めて自分の身をくるむ。どこか蓑虫っぽかった。
 もぞもぞと布の集合体に変っていくヴィータを見てシンは溜息をつく。
「……まあ先輩には普段から世話になってますから。いいですよ、かくまいます。来客があると思ってなかったから、もてなしは大してできないですけど」
「マジか!?」
「ただし八神家のメンツに見つかったら速攻で逃げます。先輩とは逆方向に」
「可愛げのねーやつ……」
「デフォです」
 とはいえさすがに何もしない訳にもいくまいと、シンは立ち上がって台所へ向かう。料理は残り物しかないが、一応ケーキはあった。今日はバイトの緊急招集がかかるまで暇だったので、試しに焼いてみたのだ。
「どうしようかな……」
 失敗してはいないと思うが、人に出すのは躊躇われた。今のシンは”とある無茶”がたたって味覚がやや減退しているので味見が出来ない。万が一微妙な味になっていたら困るので、とりあえず冷蔵庫の奥にでも封印しっておく事にした。

 

 
 ぴんぽーん。

 

 シンとヴィータがビクゥ! と身体を強張らせた。
「み、見つかったか?」
「いやたぶん、違うと思います」
「何でわかんだよ」
「話を聞いた限りだと皆理性トんでんでしょ? ならわざわざチャイムなんぞ鳴らすと思います?」
「……確かに」
 ヴィータが頷いた。リミッターの外れた八神家のメンツなら奇声を上げながら窓ガラスを突き破ってくる
(3Fに)くらいはしそうというのがシンとヴィータの共通認識だった。
「たぶんヴァイス先輩かな……大穴でエリオだけど」
 呟きながら、シンはインターホンのスイッチを入れた。
「誰?」
『同じクラスの鈴村だけど……』
 名前を聞いてシンははてと思う。

 

 ――人をロリコン呼ばわりしやがったからMSにコンバートしたスローターダガーで踏み潰したクラスメートが何故ここに?

 

「珍しいな、どうかしたのか? てか入院してたんじゃないっけ?」
『抜け出してきた。いや……皆で反省したんだよ。何か俺らも色々はっちゃけてお前に迷惑かけちゃったからさ。どうせお前も予定無いんだろ? だからこれから皆でどっか遊びに行くのにお前も誘おうって事になってさ』
 その言葉が、嬉しくないといえば嘘になるが、間が、とても、悪い。
「あいや実は色々と複雑な事情があって今はまずいというか――」
『何訳のわかんないこと言ってんだよ。とりあえず上がるぜ。お前一人暮らしだろ?
 お、鍵開いてんじゃん』
 がちゃ、ドアが開く音。複数の人間が入ってくる音。

 

 ――ふう。だからこういうのに関わらない様にしてたってのに。

 

 止めるにはもう遅いだろう。溜息をつきながらもシンは覚悟を決めて、立てかけてあったモップを手に取った。コキコキと首を鳴らして、軽く準備体操してみたり。
 数秒後。
 入ってきたクラスメート達の視覚が捉えたものは。

 
 

 クールと評される憧れのちんまい先輩。頬を朱に染めベッドの上でシーツにぐるぐる。
 そしてサンタさん風味。

 
 

 シャキシャキーンと古臭いSEと共にクラスメート達の手足のギプスから光を受けてぎらつく凶器がこんにちは。

 

「「「「こん裏切り者があああああああァァァ――――――!!!!」」」」

 

 寸分のずれもなくハモった怒号と共に襲い掛かってくるクラスメート。一応彼等は怪我人であるが、そんな事を感じさせないほどに冴えたキレをみせていた。
 激情は時に肉体の限界すら凌駕させるらしい。
「いいぃよいしょおォ――――――!!!!!」
 気合一閃。
 入ってきたクラスメート全員をモップのフルスイング一撃で部屋の外へと弾き飛ばす。こうなってしまった以上やりあうのに不満は無いが、部屋を壊されるのは色々とマズイ。
「…………先輩。直ぐ終るんでちょい待っててください」
 もう一本のモップを手に取る。先に持っていたモップとよく似ていて、柄には油性マジックで数字とアルファベットが描かれている。
 右手と左手にモップを携え、シンは部屋と外を繋ぐドアへ向かって歩き出す。
「終ったら折角なんでどっか行きましょう。こうなったらもう何しても同じなんで」
 その言葉が理解できなかったのか、しばし少女きょとんとする。
 けれど直ぐに『にっ』と笑い、

 

「そーだな。”先輩”をあんま待たせんじゃねーぞ」
「はいはい……」

 

 二本のモップの柄をガチンと連結させながら、少年は少女に返事をする。

 

 

 

 たとえ放り込まれた場所がどれだけ突拍子が無くても。
 根っこを見失わなかったら、それなりに生きてはいける。
 それはそれなりに大変で、それなりに騒がしい。

 

 でも、それなりに楽しい。