A.C.S.E_第02話

Last-modified: 2008-12-23 (火) 23:52:33

 ――それは、終わりの音だった。

 

 残存勢力がないことを確認したシンは機体から地面に降りた。怪我の治りきっていない身体はシンの命令通りには稼働せず、半ば転げ落ちるような形ではあったが。
 そして。その音を聞いた。
 音はシンの背後に跪いていた鋼の巨体から響く。
 もう一度、音がなる。シンはしばらく装甲を灰色に染めた愛機を眺めていたが、やがて、ああなるほどと呟いた。
 最初は微かで断続的だった音が、段々と強く大きく連続的に。

 

「そうだよな。そう簡単に、何もかもが元通りにはならないよな」

 

 まず、両腕が落ちた。剣を掴み、砲を握り、また自身が槍と化すデスティニーの両手が地面に砕け落ちる。
 それを崩壊の合図としたのか、デスティニーの全身から一斉に悲鳴が溢れ出した。
 金属がひしゃげる音。硬い何かが割れる音。強固な何かが捻じれる音。
 断末魔。
 そうとしか言い様の無い音と共に、鋼の体が砕けていく。けれども崩壊の音を周囲に響かせ続ける愛機を、シンはただ見つめているだけだ。
 デスティニーの片足が膝下辺りで砕る。バランスを崩した機体が重力に引かれてゆっくりと崩れ落ちていくさまも、ただ見つめている。
 やがてデスティニーの巨体が、つんのめるように地面に倒れ伏した。衝撃と騒音、それによる破片の嵐や巻き起こる突風も全く気にせず、シンはただ見つめている。

 

 その光景を心に刻むかのように、赤い瞳でただ見ている。

 

 音が止む。そこに空を翔けた雄姿は無い。
 あるのはただ、無様に倒れ伏した残骸の如き鋼の塊のみ。
「……そうだよな。お前、とっくに折れてたんだよな」
 ようやくシンは動き出した。倒れ伏した機体に歩み寄り、灰色の装甲にそっと触れる。
「悪かったな。無茶させてさ」
 語りかけながら、慈しむようにその装甲を撫でる。
 それはほんの数秒だったのか、それともシンにとっては長い時間だったのか、愛機の亡骸からシンの手が離れる。

 

「それと、ありがとうな。俺の我儘に付き合ってくれて」

 

 最後にそう言い残して、シンは機体に背を向けた。
 歩き出す。何処かを目指す訳ではない。そもそもこの異世界において、シンには居場所も行く先もない。
 ただ、やることは決まっている。後は進むだけ。
 しっかりとした足取りで。前をまっすぐ見据えて。

 

「――かつて、お前は言ったな。平和の為ならば、どんな敵とでも戦うと」

 

 歩き出したシンに向って、声が降ってくる。
 シンにとってその声は慣れ親しんだものだった。そして同時に、無性に懐かしくもあった。声の主は、瓦礫が積もって山となった上に居た。
 シンの赤い瞳を、声の主は真正面から受け止める。
「その言葉に。その誓いに。未だ嘘偽りは無いといえるか?」
 問いかけに対してシンは言葉を返さない。
 それは返す必要が無いからだ。何故なら声の主へと向けられたシンの瞳の中に、すでに答えはあるのだから。

 

 声の主が微笑を浮かべる。
 シンもつられて笑っていた。

 

「ひさしぶり。レイ」
「それはこっちの台詞だ。シン」

 

 二人の少年が歩き出すのを、鋼の残骸が見送る。
 残骸の身体は欠損だらけだったが、一つだけ健在な部位があった。それは翼。運命の名を冠する機体の背にある巨大な一対の翼だけは一片たりとも欠けることなく天を衝く。

 

 それは確かに終わりの音だった。
 けれども。
 同時に始まりの音でもあった。

 

 
///
 
「どうなってやがる……何なんだよアイツは……!」

 

 崩れ落ちた建物の陰に身を潜めながら、男が吐き捨てる様に呟いた。
 荒くなる息を必死に整えながら手中のストレージデバイスを強く握り締める。
 一度握り締めた後。男は自分の手が汗まみれだという事に気付き、バリアジャケットの裾で汗を拭ってから改めて愛杖を握り締めた。
 男が周囲を伺う。周囲は全くの無音で男の五感は人の気配を捉えていない。
 しかし居る。間違いなく、居る。
 その証拠に男の四人の仲間達は既に狩られてしまった。残っているのはもう男一人。
 今すぐにでも自己の周囲に障壁を展開したい誘惑に駆られるが、魔法を使用すればエフェクトの光が漏れる。それでは自分の位置を教えてしまう事になる。
 それに用意するべきは”盾”でなく”砲”だ。男は手持ちの魔法から最も発動速度に優れた魔法を選択して、待機させる。そして上下左右何処から相手が現れても対処できるように神経を極限まで尖らせる。
「どこだ……どこから来……――!?」
 けたけましい音を立てながら、男の眼前に人の大きさくらいの塊が躍り出た。
 冷静に考えればそれが敵でない事など明白だ。その”敵”がこんな騒音を立てるはずが無い。だが磨り減り、研ぎ澄まされすぎた男の神経がその騒音を敵と判断する。
 即座に待機させていた射撃魔法を展開――その物体に向けて発射した。
 男が己にの判断ミスに気が付いたのは、放った射撃魔法がその塊に突き刺さった後だった。予想通りそれは敵ではなくてただのゴミの塊。
 それでも男は、まだ取り戻せると判断する。男はミッドチルダ式の魔導師ながら近接戦にある程度の自負があった。
 敵がこの隙に乗じて奇襲をしかけてくるならばそこを迎え撃てばいい。

 即座に下された判断を嘲笑う様に、その塊が炸裂した。

 周囲に圧倒的なまでの轟音と閃光が満ちる。その塊にくくりつけられた魔力圧縮スタングレネードの炸裂は極度の緊張状態で無防備同然であった男の視覚と聴覚を蹂躙する。
 短い悲鳴をあげて男は手のデバイスを取り落とす。
 慌てて杖を拾おうと屈んだ男の頭上から、声が降ってきた。

 

「アンタ、引き金に手をかけたんだろう?」

 

 それは若干ながら幼さの残る少年の声だった。男は反射的に顔を上げ、未だ涙で滲む瞳でその声の主を見た。回復しきっていない視界は相手の全貌を正確には伝達しない。
 認識できたのは相手の瞳の色と、振り上げられた手斧の刃に灯る色。
 それは、両方とも赤色。
 男は自分の敗北を確信した。こんな筈ではなかった。自分達は五人も居た。
 ”魔導師でもないヤツが前線に出ている部隊がある”
 事前に聞いた情報は全く間違っていなかった。確かにこの敵は魔法を一度も使っていない。特殊な武器こそ使っているが、それが圧倒的な性能を持っている訳でもない。
 なのに、男達は敗北した。
 助けてくれという男の悲鳴を聞いてもその敵――少年は一切表情を変えずに、

 

「だったら。こうなる事くらい覚悟しておけよ」

 

 少年が右手に握り締めた手斧を力の限り振り下ろす。命中。
 刃の部分に灯った光刃が男の防御フィールドとバリアジャケットを相殺させて消失する。
勢いはそのままに、生身となった男の肩に分厚い金属の塊がめり込んだ。

 

 悲鳴もなく男が倒れこむ。
 少年はまず男が完全に気絶しているかの確認。次に武装解除、傍らに転がっていた男のデバイスを適当に遠くに放り投げる。それから手持ちの道具で男を厳重に拘束した。
 一連の作業を終えてから、少年は溜息をつきながら己の左肩を見る。
 そこには鎧のような黒い装甲があった。本来ならばそこからアームが伸び、大型のシールドが接続されている。しかし今はアームすらない。
 五人の中の一人が放った砲撃魔法を受けて大半が融解してしまったので、戦闘中に廃棄したせいだ。
 少年の耳元で電子音が鳴る。少年は魔法が使えない。通信は念話を用いるのが一般的だが、少年がそれをするには小型の装置を必要とした。
『どうなった』
 聴覚に飛び込んできた声に、少年は返答する。
「片付けた」
『了解した。悪かったな、急に呼び出して。もう引き揚げていいぞ』
「……こいつら放っておいていいのか?」
『構わない。後は逮捕する権限がある連中に任せるさ』
「それもそうか。じゃ俺は部隊に帰るよ」
『おう。しかしお前も大変だな、あちこちに出向――』
 相手が言い終わるのを待たずに少年は通信を切った。
 それから右手に持ったままのビームトマホークを仕舞おうとして――収納場所である盾が無いことをようやく思い出す。

 

「あー……そうだった。盾潰しちゃったんだ。嫌だなぁ……また説教される……」

 

 廃墟に似合わぬ子供じみた呻き声を上げながら、シン・アスカは歩き出した。

 

///
「……はぁ。転属、でありますか」
 隊舎に帰り着いた途端、シンは緊急の呼び出しを受けて部隊長室へと足を運んでいた。
 緊急などといわれた為に着替えておらずに戦闘服のままである。
 魔法なんて便利なものが使えないシンには、何やら色々と細工された特殊な戦闘用のスーツが用意されている。受け取る際に色々と機能説明をされたのだが、シンの脳はその内容の半分以上が理解できなかったが。
「まあそういうこった」
 部隊長であるゲンヤ・ナカジマが言う。
 言い渡されたのは転属命令。シンは首をかしげて思案する。管理局に入局し、ザクウォーリアを駆って戦い続けてもう数ヶ月。
 その間に一度、上官と派手に衝突して転属になった事がある。
 その時はギリギリ除隊は免れたが、親友のレイ・ザ・バレルから『いかに後始末が大変だったか』という議題で夜通し説教される羽目にはなった。何でもかなりアクロバティックな根回しをしたらしい。
 ……ともかく。シンはここではまだ問題らしい問題は起こしていない。
 ならば何が原因なのか? 思い当たる節といえば、
「あ。もしかして部隊長のお気に入りの湯呑割ったのが原因ですか?」
「んなわけねえだろうが」
 ゲンヤが呆れ顔で言う。言っておいてなんだが、シン自身もそれは無いと思う。
 しかしシンにはそれ以上思い当たる節がない。
 無茶はしていない。ここの人達は皆職務に真摯で、無愛想で無茶をしがちなシンに対しても誠実だった。
 むしろ前よりもやりやすい場所だったとすら思っている。
「じゃあ転属の理由は何でありますでしょうか」
「お前さんに落ち度がある訳じゃねえ。お前さん直属の上司の意向なんだとよ」
「提督が? ……ああ。なるほど」
 一度だけ首を傾げてから、シンは納得する。
 そういえば前にレイから聞かされていた。シンが陸士部隊に配属され、魔導師でもないのに前線に出されるのには理由があると。
 レアスキル『MSウェポン』。その有用性を証明する事。
「で結果……じゃなかった。ええと次の場所は前線ですか? 事務シゴトですか?」
 ――事務シゴトだったらレイには悪いが管理局とはさよならだ。
 そう心中で呟きつつ、シンはゲンヤに問いかける。
 返答は、

 

「このままいけば最前線になる場所だ」

 

 シンが最も望んでいたものだった。
「っ――よし!」
 ゲンヤの言葉に、シンは犬歯を剥き出して笑う。
 先程までの気だるげな空気は瞬時に攻撃的なものに姿を変え、拳が堅く握り締められる。
 MSウェポンは以降管理局の”戦力”としてカウントされる事になるだろう。
 シン・アスカは、戦う事を許可された。
「で、転属は何時ですか」
「……詳しい事はお前さん専属のアドバイザーに聞いてくれ。こっちからの通信待ちだとよ」
「了解。それでは失礼します」
「待った」
 生き生きとした動作で退出しようとするシンをゲンヤが呼び止める。
「前々から聞こうと思ってたんだが……お前さん、そんなに戦いが好きかい?」
「大ッ嫌いです」
「じゃあ何故そんなにも前に出たがる?」

 

「これしか能が無いからですよ」

 

 文字通りに言葉を吐き捨てて、シンは退出した。
///

 

 吐き棄てるように言い、退出したシンを見送ってゲンヤは溜息をついた。
「…………ふぅ」
 シンが去ってから十秒ほどして、部屋がノックされる。入室してきたのはギンガ・ナカジマ。ゲンヤ・ナカジマの部下であり娘である少女である。
「失礼します……シン君何かあったんですか? 物凄く嬉しそうな顔してましたけど」
「念願の転属先に行けるのがよっぽど嬉しかったんだろうよ」
「転属先?」
 はてな顔を浮かべる娘に対し、ゲンヤが言う。

 

「スバルと同じとこだ。機動六課だよ」

 

///
「機動六課?」

 

 シンの問いに対し、モニタの向こうには映った人物――レイ・ザ・バレルは頷いて答える。その肯定と同時に機動六課についての詳細なデータが表示された。しばらくの間、シンはそれを黙々と読み上げる。
「新設部隊なのか」
『そうだ。主にロストロギア・レリックの捜索と回収が主な任務になる』
「……回収?」
 シンが顔をしかめる。
『だからこそガジェットドローンの邪魔が入る。そもそもレリック自体が相当な危険物だ。心配しなくとも目的にも能力的にもお前に合っている』
 ”能力的”な部分でシンは口の端を歪めて笑う。
「なぁるほど。相手がガジェットだから”俺”が呼ばれる訳だ。俺は魔導師じゃない。AMFなんか全く支障にならない。それに――」

 

『G型も来る可能性が高い』

 

「……で、俺は指定した日までに向こうに行けばいいんだな?」
『いや、その前にこちらと合流してくれ。渡すものがある』
「?」
『ザクのシールドを潰したらしいな』
 げっ。とシンは顔を歪めて一歩下がる。
「な、何で今それが出て来るんだよ!? いや油断した訳じゃなくて戦略上仕方なかったというか相手の攻撃が思いのほか強かったというかむしろ盾が脆かったというか……」
 冷や汗をかきながら弁明を始めたシンを見て、レイは口元だけで笑う。
『普段ならばモビルスーツのパーツがいかに貴重かをじっくり説いた後に反省文を書かせるところだが……今回はまあいいだろう。タイミングがよかった』
「へっ?」

 

『渡すものは新しいモビルスーツだ。お前の次の機体を用意してある』