A.C.S.E_第05話

Last-modified: 2008-12-23 (火) 23:55:54

「機動六課課長。そしてこの本部隊舎の総部隊長八神はやてです」

 

 壇上に立つ八神はやての言葉の直後、ロビーに拍手が鳴り響いた。
 現在その場に集合しているのは機動六課の主なスタッフである。前に立つのはその中でも重要な役職に就く者達――壇上中心に部隊長である八神はやて。その横には分隊隊長である高町なのはとフェイト・T・ハラオウン。またはやての後ろには、部隊長副官であるグリフィス・ロウランが控えている。そして一段下がってシグナム、ヴィータ、シャマルの三人。
 その場に集合しているのは未来のエリートと呼ぶに相応しい者達。己の未来に自信と期待を所持し、明日への希望を動力とする。そして誰もかれもが誇っている。この部隊、機動六課の職員として選ばれたことを。
 その中で。
 未来への希望満ちる中に一つだけ、それと全く正反対の感情が混じる。それを自覚しているから違和感を出さぬようにと振舞うが、それこそが周囲へ違和感となって滲み出る。
「平和と法の守護者。時空管理局の部隊として、事件に立ち向かい、人々を守っていく事が私たちの使命でありなすべき事です。実績と実力に溢れた指揮官陣。若く可能性に溢れたフォワード陣。それぞれ優れた専門技術の持ち主のメカニックやバックヤードスタッフ……全員が一丸となって事件に立ち向かっていけると信じています……まあ、長い挨拶は嫌われるんで以上ここまで。機動六課課長及び部隊長、八神はやてでした」
 馴染の無表情を顔に張り付け、赤い瞳はただ前だけ見ていた。
 ここはスタート地点ではない。あくまでただの通過点だ。故にただ通り抜けるだけ。余計なものに気を取られず、必要なものだけ掻っ攫う。
 ぎり、と拳を握る力が少しだけ強まった。
 ここはスタートでなければゴールでもない、だが何かしらの節目であるとうすぼんやりと感じていたのも確かだ。
 けれど、何が起ころうとも関係が無い。
 彼がやる事は結局変わらないのだから。

 

「――――――――今度こそ」

 

 その小さな小さな呟き(宣誓)は、ホールに鳴り響く拍手の音に埋没し、誰の耳に届く事もなかった。
 

 

 
「シグナム、ほんと久しぶりです」
「ああ。テスタロッサ……直接会うのは半年ぶりか」
 通路を歩くはフェイトとシグナムの二人だった。
 二人の会話にこそ半年という年月が出現しているが、実際の二人にはぎこちなさなど欠片もない。その場には気心を知る者同士が作り出す、自然で滑らかな空気があった。
「はい。同じ部隊になるのは初めてですね。どうぞ宜しくお願いします」
「こちらの台詞だ。大体お前は私の直属の上司だぞ」
「それがまた、何とも落ち着かないんですが……」
「上司と部下だからな。テスタロッサにお前呼ばわりは良くないか。敬語で喋った方がいいか?」
 少しの悪意、多大の好意を含む”からかい”を受けて、フェイトがその頬を朱に染める。それが狙いだったのか、シグナムが満足げに微笑を浮かべていた。
「そ、そう言う意地悪はやめて下さい。いいですよ、テスタロッサで、お前で」
「そうさせて貰おう」

 

「ご歓談中のところ失礼しますが」

 

 ――いきなりレイ・ザ・バレルが居た。
 前触れ予兆は何も無く、通路を歩く二人へと彼の声が降りかかる。それは何時の間にか後ろに立っていた、などという怪奇的なものではない。ただ歩いてくる二人が通路の曲がり角に差し掛かった瞬間に声を発しただけだ。
 ビクゥ!と身をすくませたフェイトと一瞬臨戦態勢に入ったシグナム、二人の様子などまるで気にせず、レイはすたすたと二人に歩み寄る。
「依頼のあったデータの提出に参りました。遅れてしまい申し訳ありません、何かと最近は忙しかったもので」
 淡々と喋りながらレイは小型の記録媒体をフェイトに差し出す。フェイトがそれを受け取った事を確認すると、レイは軽く頭を下げ、二人とは別方向へ歩き出した。

 

「………………気配、無かったですね」
「………………ああ」

 

 二人が呟く頃、金髪の少年の姿は曲がり角の向こうに消えていた。

 

 
///

 

 トリガー。
 緑の大筒から極太の光が吐き出される。一直線に進んだ光(ビーム)は、直線状に存在していたガジェットドローンをまとめて飲み込み、溶解させ、崩壊させた。
 ビームの放射は続いている。感覚的にはロングサイズのビームサーベル。シンは可能な限り速く、超高インパルス砲(アグニ)を左から右へと薙いだ。移動する光線に更に複数のガジェットが光に飲み込まれて消失した。
 アグニから発射されたビームは多数のガジェットを消失させたが、殲滅した訳ではない。シンの視界の先でビームから逃れたガジェットが移動を開始する。
「…………………………」
 アグニのグリップは握ったまま。シンの肩と背中でバチンと音がした。肩に装着されていた緑色の装甲が落ちると同時に背中のスラスターに閃光が灯る。地面に落ちたそのままシンはガジェットを追って前進した。
「威力がでかすぎるってのも」
 視界からガジェットが消える。別に光学迷彩を起動したとかではなく、曲がり角を曲がっただけである。とはいえMSのセンサは敵機を未だ捉えているので問題はあまり無い。
 こちらが追われているのならともかく、今はこちらが追っているのだから。
 各部のスラスターを操作し急制動。身体と意識にかかる重圧に若干顔をしかめつつ、身体(機体)を強引に旋回させた。視界に映った敵機の中から条件に――こちらとの距離が最も遠く前方の建築物に最も近い――適合したものに照準を合わせる。
「考えもんだな、っと……!」
 発射。伸びたビームは狙い通りガジェット一機と前方の建築物に直撃した。戦果は一機。けれど本命は瓦礫の山、残ったガジェットの足止めにある。
 シンは既に本体と分離させてある大砲を傍らに放り投げ、リアアーマーのウェポンラックに設置されたビームライフルを”両方の手”で引き抜いた。
 今回からシンの装備するライフルは二丁に増えている。目的としては空いたウェポンラックの有効活用、そして手数と攻撃力の底上げ。
 アグニの砲撃の影響で地形が変わり、ガジェットの動きが乱れる。その一瞬の”間”にシンはスラスターとライフルから光を迸らせながら敵機の群れへと肉薄する。右と左のライフルの発射タイミングをずらす事で発射の隙を減らし、遠い敵や反撃体勢を取った敵機を捕捉しては撃ち抜いていく。
 頃合を見て左手のライフルを投げ捨て、代わりにサーベルを引き抜いた。今度はさっきとは逆に近い敵から両断し、範囲外に逃れそうな敵はライフルにて狙撃する。
 大した時間もかけずに、戦闘は終了した。
 バックパックをパージした地点まで戻ったシンは砲撃戦用ユニットを拾い上げる。背中にあるコネクタへ再接続はせず、アグニを担いで歩き出した。次いで肩部ユニット、背部ユニット、アグニ共に異常がないことを確認する。
「…………こう重いと跳ね回るのには邪魔だな」
 網膜に映る形で表示されたデータを眺めながら、シンは不満気に首をひねる。
 その威力は確かに魅力的ではあるが、どうにもリスクが大きすぎる。まず消費エネルギーが通常のライフルに比べて多すぎる点。現在のシンの機体であるスローターダガーは核動力ではなくバッテリー動力だ。MSウェポン化している事で威力と共に消費エネルギーも低下しているとはいえ、バッテリーは無尽蔵ではない。
 加えて連射が効きにくいから、大量の敵を倒そうとした場合は今まで以上に効率的な運用が必要になってくる。
 それと右肩のコンボウェポンポッドが使えないのも痛い。大型砲を正確に運用する為にも両腕による保持が望ましいが、当然両腕は塞がる。不測の事態を考慮すると、手を使わずに即座に使用できる武装が無いのは地味に痛手だ。

 

 そして、最大の問題点は最大の魅力でもある攻撃力である。

 

 今までのようにガジェットの群れに一人放り込まれての殲滅戦ならまだやりようがある。しかしこれからの戦いには”味方”が存在してしまっている。周囲に人間が存在にする事による武装の威力制限に加え、誤射を避けるための選択肢の大幅な減少も発生してしまう。
「此処に居る間はあんま使いそうに無いな」
 出た結論に対し、溜息を吐きながらアグニを担ぎ直してシンは歩き出した。スラスターによる補助を使えばホバー移動の真似事が出来るが、推進剤を無駄には出来ない。

 

「――ん? ああ。向こうも今やってるんだっけ」
 聴覚に飛び込んできた音の方向へシンは顔を向けた。機動六課自慢の陸戦用空間シミュレータは現在その広大なスペースを8:2程度の割合で分断されている。
 シンが居るのは二割の方で、八割の方ではフォワードメンバー四人が現在訓練中だったはずだ。シンとその四人は役割と立ち居地が同じではあるが、現段階では別けられている。
 MSウェポンという反則気味な能力でガジェットに対し極めて有利な”強さ”を持つシンと違い、向こうは通常規格の魔導師である。AMFへの対抗策への訓練等も考えると、四人が一定レベルに達するまでは合流する意味が少ないとしての処置だ。
 提案は高町なのは一等空尉。シンも承諾している。
「本当は得体の知れないヤツと隔離したかったのかもな」
 周囲に誰も居ないせいか、シンの顔に自嘲気味な笑みが浮かぶ。シン・アスカとその四人には決定的な違いがあった。それは能力の性質とかいったものではなく、もっと根本的なもの。

 

 つまり望まれて此処に居るのか否か。

 

 何らかの裏取引(重圧の類かもしれないが)によって部隊に”捻じ込まれた”シンと違い、その四人は望まれるべくして召集された人材である。シンは六課の隊長達の事を経歴と戦果でしか知らないが、あんな”ぶっ飛んだ”連中が適当な人選をするとは思えない。もしかしなくても深い意味や確かな確信に基づいた最良の人選なのだろう。
「……関係ないさ。やる事は変わらない」
 例え望まれていないとしても、それは何の問題にもならない。疎まれようが嫌われようが憎まれようが、それはシンの求める”強さ”に直接関係しない。
 だから、迷いなんてくだらない感情は必要ない。
 戦い続けるだけだ。

 

 ”ここ”に来る”ずっと前”からそうしてきたように。

 

 呼び出しのアラームを知覚し、シンは通信機のスイッチを入れる。通信先は格納庫、MSの整備班の班長からだった。
『あ、アスカさん。ちょっと戻ってもらいたいんですが、今大丈夫ですか?』
「……何か問題でもあったんですか? ダガーは今のところ好調ですけど」
 シンが今”使っている”機体の正規名称は『105スローターダガー』だが、呼称する際には『ダガー』と略されている。そこに特別な理由は無く、単に呼びやすいからである。
『いえいえ機体じゃなくて武器の方です。換装システムのテストをお願いし』
「――仕上がったんですか」
 それまで平坦だったシンの声に僅かながら感情が浮かぶ。
 それは微かな興奮、喜び、期待。
『えー、もう。よーやく目処が立ちました。こっちの技術とのすり合わせに随分時間をとられましたが、今回のテストさえ上手くいけば実戦投入かの』
「わかりました直ぐ行きます。飛んでいきます」
『いや別にそんなに急いでもらわなくても――』
 スラスターの青光が膨れ上がる。
 通信相手が言い終わるのを待たずシンは通信を切った。人間一人を浮かすには十分すぎるほどの推力に押され、シンの体が勢いよく加速を開始する。
「ああ、訓練場空けるから一応隊長に言っておかないといけないか。テストがどれだけかかるかわからないし」
 シンは通信機を操作するが、先程まで正常に機能していた筈の機械から反応が無い。どうやら故障したようだ。シンはそれからしばらくどうにか装置を反応させようと試みていたが、やがて諦めたのか電源をオフにした。
「…………くそっ、面倒な!」
 文字通り直ぐにでも格納庫へ飛んで行きたいのを堪えつつ、シンは進路を変えた。

 

 
///

 

「ヴィータ。ここに居たのか」
「シグナム」
 訓練スペースを一望できるその場所に佇むヴィータに、シグナムが声をかける。
「新人達は早速やっているようだな」
「ああ」
「お前は参加しないのか?」
「四人ともまだヨチヨチ歩きのヒヨッコだ。あたしが教導を手伝うのは、もうちっと先だな」
 二人が顔を合わせる事は無く、ヴィータの視線は新人フォワードメンバーへと向けられている。教える側の眼差しと共に。
「……そうか」
「それに自分の訓練もしたいしさ。同じ分隊だからな……私は空でなのはを守ってやらなきゃいけねぇ」
「頼むぞ」
 ん、とヴィータが短く返答する。
「そう言えばシャマルは?」
「自分の城だ」
 医務室で計器に囲まれ、不可思議に舞い踊るシャマルの画がヴィータの脳内に投影され
る。勝手な想像ではあるが、この画は大方間違っていないだろうという妙な確信があった。
「……四人、と言ったな。五人目についてお前はどう思う」
「一戦やったならわかるだろ。ぶっ飛んで強いってわけじゃねーが、素人の域はとっくに踏み越えてる。それにあいつ魔導師じゃねーしな。私が教える事なんざなんもねーよ」
 ヴィータがそう言うのと同時、訓練スペースの片隅で光がちらつく。新人訓練が行われている場所とは分断された別エリアである。そこに居るであろう人間の事を思い浮かべながら、ヴィータはその表情を強張らせた。
「そうだ。訓練がしたいならアスカに付き合ってやったらどうだ。毎日うわ言のように模擬戦がしたいとぼやいているとヴァイスが言っていたが――」
「あ゛ぁ?」
 そう持ちかけられたヴィータは物凄い勢いでぐりんと首を稼働させ、思いっきり歪めた顔をシグナムへと向けた。
「何故私を睨む」
 理不尽な怒りを向けられたシグナムが困惑したように呟いた。ヴィータも我を忘れたのは一瞬だったようで、直ぐにシグナムから視線を外す。ただ、その顔には瞬間的な激情の名残が残っていたが。

 

「……軍人だったらしいぜ、前居た世界では」

 

 仕切りなおすように、ヴィータが口を開く。その言葉には主語が無かったが、シグナムは誰の事を言っているのか見当をつけるまでも無かった。
「知らない単語だらけだったから詳しい事全然わかんなかったけどよ。結構修羅場は潜ってるみてーだな」
「話したのか? お前に?」
 その言葉の意外性にシグナムは思わずヴィータに聞き返す。シグナムにとってシンは無表情で他者と一定の距離をとる少年である。愛想や交流というものとは程遠く、だから経歴を他者に語るという状況が想像し難かった。
「最初に会った時な。あん時は今みたいなんじゃなかったからよ。もうちょっと……なんてーか、こう普通にバカっぽいというか、子供っぽいというか……とにかく、もっと真っ当なやつだったんだよ」
 上手く言葉を選べないのか、首を左右に傾げながらヴィータが答える。
「――まあ直ぐ今みたいになっちまったけどな。勘違いしてるんだ、あの馬鹿。”ああいうの”が、強さだって。”ああいう風にしてれば”強くなれるって」

 

 だからむかつく、と。
 ヴィータは声には出さず呟いた。

 

 
///

 

「あれ?」
 スバル・ナカジマの聴覚が噴射音を捉える。つられてそちらに顔を向けると、一人の青年が視界に入る。常人よりやや五感の鋭いスバルに続いて、ティアナ、エリオ、キャロも近づいてくる青年に気が付いて視線を向ける。
 スバルはその青年に見覚えがあった。確か、名前はシン・アスカ。教導官である高町なのはから同じフォワードメンバーであると聞かされながらも何故か訓練には参加していなかった人物である。
 スバルの前に差し掛かると同時に、青光を明滅させながらシンが急制動をかけて着地した。スバルを見て、周囲を見回してから、シンが改めてスバルに向き直る。
「…………高町隊長。何処に居るか知らないか」
「へ? えと、なのはさんならデータのまとめがあるとかで――」
「くそ、入れ違いか」
 言葉とは裏腹にさして表情を変化させずにシンが呟いた。溜息をつきながら頭をがりがりと掻く。スバルはというとじろじろとシンを見てみたりする。その行いに気が付いたのか、シンもスバルを見て、二人の視線がぶつかった。
「……何だよ」
「シン・アスカ――君、だよね?」
「だから?」
 間髪入れずシンが即答した。無表情の中で赤い瞳がスバルを見る。用があるなら速く言え、急いでいるんだからさあ言え、直ぐに言え。言葉にされていない意思で突かれているような錯覚を覚え、スバルは威嚇されたかのように思わず一歩引いた。
「なあ、あんた」
 シンがついとスバルの右腕を指さした。それから足のロラーブーツとナックルの二つを指と視線で行き来させる。
「それリボルバーナックルだろ。もしかしてシューティングアーツか」
「え? そうだけど……知ってるの?」
 スバルの使用するリボルバーナックルとローラーブーツはデバイスとして珍しい部類に入る。使用する獲物がマイナーならば、当然その流派もマイナーとなる。故にスバルはシンが『シューティングアーツ』という単語を口にした事が素直に驚きだった。
「へえ。珍しいな……もしかして俺が知らないだけで特にマイナーじゃないのか? いや、記録上では確かに……」
 シンがぶつぶつと呟き始める。言葉のトーンが変わっているのに表情があまり変化していないのでやや不気味である。
「ううん、珍しいのはホントだと思う」
 シンは呟くのを止め、スバルの右腕を凝視していた。そこから視線が腕へと昇って行き、肩、頭部と胴体、左腕に行ってからもう一度胴体に戻って今度は腰を伝って下半身へ。太ももから膝のプロテクターを中継して、ローラーブーツへ到達する。
「ちょっと」
 ずいと、シンとスバルの間に割って入ったティアナ・ランスターがやや棘のある言葉を吐き出した。
「初対面の相手に対してちょっと失礼じゃない?」
 目つきに不審感を含ませつつ、ティアナがシンに言う。そこには微かな敵意が含まれていた。実際女の子の身体をじろじろ眺め出す輩なぞ不審がられて当然といえば当然である。
「それもそうだな。悪かった」
 言われて初めて気が付いたという風に、シンが謝罪を口にする。そこにはまるで申し訳ないという気持なんぞ無く、ただ言われたから言っておいたといった風である。
 シンに向けられるティアナの目に明らかに怒気がこもった。対してシンは向けられたものをただぼんやりと見返した。まるで意に介してないと態度で語るように。
 固まった場の空気を壊す声が外野から投げ入れられる。
「ごめんねー、遅くなっちゃった……って、あれ。どうかしたのシン?」
それまで居なかった筈のシン見つけ、なのはが意外そうな声を上げた。その姿を確認した途端、シンはティアナの脇をすり抜けてなのはに向って歩いていく。
「隊長。ちょっと戻る用が出来たので場所を空けます。通信機が不調だったもので直接伝えにきました」
「そうなんだ。じゃあ設定はそのままにしておくから。あと戻るときはこっちに声をかけなくても大丈夫だからね」
「ありがとうございます」
 そこでなのはは何か思いついたようにあ、と声を上げる。
「折角だからこの後シンも訓練に」
「申し訳ありませんが、今日はやる事が出来ましたので。それでは」
 なのはが言い終わる前にシンの背中で青光が膨れ上がった。閃光と巻き上げられた大気と共にシンの身体が浮いた。小刻みな明滅と共に方向を調整した後、シンの身体は地面を這うように低空飛行し、あっという間に見えなくなった。
「何かあったのかな。随分急いでたみたいだけど……何か聞いてない?」
 なのはに視線を向けられた四人が全員とも首を振ってわからないと意思を伝える。なのははその様子を見て、そっかと呟いた。

 

「――さて。じゃあ訓練再開しようか」
「あの、すいません」
 エリオが挙手をして発言の意思を示す。なのはの視線で肯定の意が伝えられた。
「何でシンさんは別行動してるんですか? 僕達と同じフォワードメンバーなんですよね?」
 エリオが言う。伝えられていたフォワードメンバーは五人(隊長陣を覗く)、けれども当日集合したのは四人。欠席の理由は最初の”実力テスト”後には伝えるとは言われていたが、未だ説明は受けていなかった。
 軽く首をかしげうーんと唸った後、なのははそうだねと呟いた。
「じゃあ訓練再開する前に説明しちゃおうか。皆さっきの訓練でガジェットの固有能力であるAMFについては理解したよね?」
 なのはの言葉にフォワード四人がそれぞれ頷いた。
「今日の訓練でシンが居なかったのは、居たら意味がないから。今日はAMFと遭遇した場合の皆の対処法を見たかったからなんだ。シンは対ガジェット戦に特に強いからね」
 もし今日の訓練――ガジェットドローンⅠ型を標的とした訓練をシンを含めて行った場合、間違いなくシンは一人で全滅させてしまうだろう。それだけの実力と経験がシンにはあるから。それでは意味がないので、シンに事情を説明して訓練スペースを分けて訓練を実施した――それが説明の内容だった。
「じゃああいつ――アスカ三等陸士は既にガジェットとの交戦経験があるんですか?」
 ティアナの言葉に肯定の意味を込めてなのはが頷いた。
 なのはが宙に出現したコンソールのキーを叩く。空中に新たにウインドウが出現し、その中にシン・アスカが映っていた。画面の中のシンは青光によって荒れた地形を縦横無尽に跳ねまわり、ガジェットを撃ち抜き、切り裂き、時には蹴り飛ばしたりもしながら次々と撃墜していく。
「うわぁ……すごい……!」
 感嘆の声はスバルである。スバルを始めフォワードの四人は最初ガジェットを相手にした際にその動きに翻弄されていたが、画面の中のシンは違っていた。相手の動きを完全に補足し、追い詰め、潰していく。まるでガジェットが自分から攻撃に当たりにいっているようにすら見えるほどで、完全に”戦い慣れていた”。
 他の三人も似た感想なのか、映像の中で跳ねまわるシンを見て目を丸くしている。ただ一人、ティアナだけがその映像を――シンの戦闘を見て眉をひそめていた。
「確かに凄い。凄いけど、これ……AMFの影響を受けてない?」
「……あ、ほんとだ」
 ティアナが呟くと、スバルもそれに気付いて声を上げた。
 この場においてはなのはを除く全員がシンの事情を知らない。だから彼女達にはその銃も剣もデバイスに見え、発生する光弾や光剣は全て魔法の産物と認識される。
 だがそれでは辻褄が合わないのだ。
 画面内のガジェットは”AMFが発生している様子”が見られない。例えばAMFで消しきれないほどの密度の魔力で射撃や斬撃を行えば画面内のシンに近くなる。だがそれでも一部分がAMFによって減衰している筈である。だというのに画面内のガジェットに当たるシンの攻撃はその兆候がまるで見られない。
「うん。シンの能力はちょっと特殊で、魔力を使わない”特殊な武装”を個人兵装用に転換するもの。魔力を全く使わないからガジェットに対しては特別有利なんだよね」
「ちょ、ちょっと待ってください。じゃああいつって」

 

「魔導師じゃないよ」

 

 何気なく言われたその言葉に全員が絶句していた。
 確かに管理局の中にもリンカーコア非保有――つまり魔導師でない人間が戦いに出る事はある。だがそれはやむを得ない場合だったり、前線から少し離れていたり、補助だったりがほとんどだ。この世界においてはリンカーコアを持たない人間が最前線で、それも並の魔導師以上の能力で暴れまわる事は”異例”に分類されるのだ。
「ただ能力は申し分ないんだけど、まだこっちを警戒しちゃってるのが問題と言えば問題かな。仲が良いのはヴァイス陸曹とスターズの副隊長くらいかなぁ」
 それが何でもない事であるように、なのはが笑う。それから手を叩きぽかんとしていた
四人を現実に引き戻して、訓練再開の意を伝えた。

 

(何か凄そうだね。魔導師じゃなくて部隊の前衛に居る人見るの私初めてかも!)
(ほんとあんたはお気楽でいいわね……私は気が重くなったわ。この部隊、人材の質が異常だとは思ってたけど、そこまでぶっ飛んだのまで居るのね……)
 念話で会話が進行する。
 うきうきした様子で語るスバルとは対照的に、ティアナはやや疲れた様子である。
(ねえねえ、二人は確か六課の始動前から隊舎入りしてたんだよね。シンの事なにか知ってる?)
(えっと、ほとんど話した事が無い……というか滅多に会いませんでした。たまに食堂で見かけるくらいで……)
(……私も同じです)
(ふぅん。そうなんだ)
(さっきの様子見たでしょ、どうせ変人よ……)
 ため息交じりのティアナに反して、スバルは相も変わらず興味津々といった様子である。
 実際スバルはシンに興味があったのだ。
 シンの態度は通常無愛想と分類されるが、スバルは少し違った見解を持っていた。何か凝り固まっているように見えたのだ。それが何かまではわからない。ただそれは魔導師でないという悪条件を跳ねのけてこの場所へ彼を運ぶ程の何かなのだろう。
 だから、興味を引かれた。

 

「――どんな人かなぁ」

 

 訓練が再開される。拳を握り直しながら、スバルは小さな声で呟いた。
 

 

///

 

 レイ・ザ・バレルにとって座り慣れたイスは六課ではなく、特技の方にある。
 彼はシンと同様に機動六課へ出向という扱いになっているが、実際六課に滞在している時間は他の職員に比べると格段に少ない。シンの戦場は文字通り”戦場”であるが、レイにとっての戦場は”机上”である。モビルスーツ等の漂着物の捜索、回収、保管の手配。また所属である特技の管理。未だモビルスーツを危険視する一部の管理局上層部への根回し。それらがモビルスーツを降りた彼にとっての”戦い”といえる。

 

 ――さて、モビルスーツとは人型ロボットである。

 

 加えてそのサイズは17メートルから18メートルもあり、必然運用するのなら設備も大がかりなものになる。しかしながらこの世界には一つのルールがある。それは”質量兵器禁止”といい、魔力を用いていない兵器はその存在を著しく制限される。少なくない数の破壊された残骸や機体が”流れ着く”とはいえ、そんなルールのある世界においてモビルスーツの改修や整備が簡単に行えるようになるだろうか。
 答えは否である。
 資材、資金といった問題もあるが、何よりもこの世界では”10メートルを超す人型”を想定された施設や設備などほとんど存在しないのだ。まだ使えるパーツがあっても、組むための場所と工具なければそれはただの残骸であり鉄クズである。
 しかし現実にシン・アスカにはモビルスーツが支給されている。あの専用機は例外としても、ザクウォーリアに105スローターダガーと二機が彼には支給されている。おまけにザクには対魔力シールド装備や、グフのフライトユニットを強引に取り付けた改造機も存在している。またダガーにも魔法技術を転用した特殊な改修が施されていた。
 これらの機体や装備こそがこの世界でモビルスーツを運用する備えがある事を示しているといえる。

 

 そう、あるのだ。

 

 最初はありふれた大型作業機械のメーカーとして誕生した。その後”順当”な成長を続けたそのメーカーは何故かより大きな物を取り扱うようになっていく。それは表向き戦艦や大型施設用の作業機械であったが、そのメーカーは成長と共に”大きな物”を想定とした設備や、工具や、生産ラインを拡大していった。
 そして数年前から流れ着くようになったモビルスーツの残骸の研究のため、特技の最高責任者ロラン・ヘクトルは”そのメーカーに協力の依頼”を出したのである。
 誰もが予想だにしない速度で作業用機械の固定具はモビルスーツのメンテナンスベッドへと組みかえられ、作業用のアームは巨大な人型を調整し、足りないパーツが生産される。
その速度は明らかに異常である。おまけにそれらは秘密裏に行われていたのだ。
 今ではシン・アスカとMSウェポンという免罪符があるものの、それまではあくまで”解析”や”調査”が目的であり、”修繕”や”調整”など許される行為ではない。
「……ふぅ」
 報告書に記載されていた内容に目を通し終え、レイは息をついた。身体を深く預けたためか椅子がギギ、と鳴る。情報と格闘していたせいか不調を訴える視覚に手で軽い刺激を与えつつ、空いた手で随分伸びた髪の先端を弄る。

 

「まあ。過去の事なんぞどうでもいいがな。そんなことより問題は――」
 手持ちの情報と報告書の情報を統合整理し、これからの展開について少しだけ思案を巡らせる。かかった時間は数十秒。レイは手元の端末を操作し、通信回線を開く。通信相手はメカニックの主任格の男性だった。
『――はい? 何ですか?』
「失礼。第3格納庫に収容された物についてですが、率直に言って使えるようには出来そうですか?」
『んーと、105Eですか。正直厳しいですね。収容したパーツの状態はいいんですけど、流石に本体まるまる組み上げるには足りないものが多すぎます。それに機構も他の連合の量産機より複雑ですし、何よりVPS装甲ですからねえ。仮に一機分組み上げても直ぐにパーツとか資材が底付いちゃいますよ。長期的な運用は無理ですね』
「……ありがとうございました。では失礼」
 通信を切ったレイは再度椅子に体重をかける、さてどうしたものかと心中で呟いた。
 理想としては”あいつ”がどれだけ無茶苦茶な変貌を遂げようとも、応える事の出来る専用機とそれを運用する環境を作り上げる事。
「だが無理だ。少なくとも今はまだ……」
 レイは手元の端末を操作する。それまで表示されていたモビルスーツの資材や運用状態を示す各種データを表示していたウィンドウが消え、代わりに人物に関するデータが次々と表示される。無数に表示されたそれは時空管理局の高官達のデータである。
 レイもシンも、立ち位置は実際かなり微妙な場所に居る。今はその有用性から管理局の一員として振る舞えるものの、この事件が”終わった”後も今までの関係を保てるとは限らない。
 故に備えが必要だ。用済みと放り出されないために、”放り出させない”ために。
 すでに叩けば埃の出る管理局上層部の連中を掌握するための手筈は整えてある。今後のモビルスーツの運用に関しても既にいくらかプランを打ち立ててある。綱渡りでしか立ち位置を確立できないのなら、いつまでもその綱渡りを続けてやればいい。
 クリアされている案件のウインドウを閉じる。条件の整う目途のある案件のウインドウも閉じる。問題でない案件のウインドウも閉じる。
 淡々と正確に高速に情報の整理が続けられる。そして表示されたそのデータを見て、レイは少しだけ眉をひそめた。
「機動六課、か」
 この部署は問題と言えば問題だし、問題でないと言えば問題でない。これまたどうにも微妙な問題である。
 機動六課には善人が多い。故に裏側から手を出すのは非常に困難である。行動原理は確固たる意志であり、そこに悪意の入り込む隙間は無い。万が一にも――考えたくはないが、敵に回すと非常に厄介と言える。
 だがそれはあくまで敵に回れば、だ。シンは方法こそ乱暴だが、その行動原理は虐げられる弱者を守る事である。敵に回る要素が無いのだ。レイが懸念しているのはモビルスーツという存在を恐れ、問答無用でこちらを抑え込もうとしてくる連中だ。
 果たして、”彼女達”はそういう輩なのか? 
 レイ自身は否だと思う。残された多くの記録がそれを物語っているし、レイが独自に行った調査でも同様の結果が出た。
「……だが組織の中の一部である事に変わりはない」
 組織というものに組み込まれている以上、万が一は考えておくべきだった。シンを六課に行かせたのは、一番都合が良い場所だったこともあるが、他にも少し意味がある。
 レイの知るシン・アスカという人間は不器用だが真っ直ぐ。それは距離が近くであるほど伝わりやすい種類のものだ。だから無理をしてでもシンをあの場所に放り込んだ。理解してもらうために。有事の際、こちらに有利に事を進めるための要素になる事を狙って。
 引き続きレイは六課の重役のデータを確認していく。

 

 そしてその表記を見つけた。

 

 内容を調べたあと、彼は少しだけ驚く。”身に覚えのある”その表記の内容に色々と感じる事があったからだ。髪の毛の先端を弄る――今のレイの考え事をする時の癖だった。
 忌むべき彼の出生が、何かしら事態を有利に進ませる要素として役立ちそうである。完全に手懐けるのは確実に無理だろうが、何かしらのパイプを作ることくらいはできそうだった。好都合な事に”彼女の”役職上単独で動くことが多い。こちらから幾度も情報を提供している点から見て、接触の機会も十二分にある。

 

「…………………………少し、仕掛けてみるか」

 

 ウインドウにはフェイト・T・ハラオウンの顔写真が表示されていた。

 

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