A.C.S.E_第12話

Last-modified: 2009-09-22 (火) 07:25:40

エリオ・モンディアルは困惑していた。時刻は早朝、場所は隊舎脇の少し開けた地点。困惑しているのは眼前の光景が災いしてである。
「なんかさー」
 エリオの眼前でシン・アスカがポツリと呟いた。黒い髪も赤い瞳も、その無表情のようでそれでいと何処か不機嫌さを混ぜ合わせた妙な表情もいつも通り。ただいつもと違う点を挙げるとするのならば、
「さいきんさー」
 上下が180度反転している事だろうか。つまりは黒髪が地面にべったりと付いていて、脚が上のほうでぶらぶらしている。吹き飛ばされた際に樹木の柵にいい感じに引っ掛かったらしく、上下逆さまになった状態で柵にへばり付いている状態。シンは自分の身体を何とか引っぺがそうと身をぐねぐねとよじり続ける。

 

 既に十分程経っていた。

 

 シンは最初ふっ、はっ、とか言いながらぐねぐねしていたが、よほどいい感じに引っ掛かったのか効果が無い。とうとう身をもがきながら世間話まで始めてしまった。
 エリオは手伝おうとは思ってもどうにも手が出ない。今ではそこそこ世間話はできるようになったが、それでもまだシンとエリオは十二分に親しいと言えるほどでは無い。それに普段の態度から考えて、手を出したらむしろ怒られるのではないかとも思ってしまう。
 そのために妙な膠着状態が続いていた。ちなみにふっ飛ばした本人のザフィーラはというと、少し離れた場所で何食わぬ顔でストレッチをしていた。
「キャロが――あだだだだ」
 事態が進展した。正確にはほぼまっすぐだったシンの首がちょっとだけ落下し、斜めにこう、グギッと傾いたのである。
「キャロ……ですか?」
「ああ。何か…………よくわかんないんだよ」

 

 ――僕にはあなたがわかりません

 

 言い掛けた。慌てて口を塞いだエリオに瞳だけ向け、大して時間も置かずに視線も外す。それから勢いを付けるように宙でぶらついている足を数回振って、ほっと掛声。
 割と勢いよく、ぐるんと回転して通常の体勢にシンが復帰した。各部の調子を確かめるように腕をぐるぐるしたり肩をぐいぐいやっている
「えと、それでキャロがどうかしたんですか?」
「あー……それが」
 エリオが先程の言葉を確かめようと問いを投げかける。それに返答しかけたところで、シンの姿が消失した。正確にはエリオの視界の範囲から居なくなった。

 

///

 

 地面を蹴って、身を低く。シンは標的めがけて走り出す。元々そんなに距離は離れていなかったから、到達までは一瞬だった。
 ぐーにした拳を打ち上げる。目標は顎。照準は完璧。だけども相手が僅かに動いた事で拳は何処にも当たらない。下方から蹴りが来る。丸太の様な脚がシンの身体目がけて迫って来る。予想が当たる。意識を置いておいたので反応が間に合った。
 向かってくる脚に向けて脚を迎撃に出す。真正面からぶつかったらシンが負けるだろう。後出しな上に、こちらは体勢も万全では無い。
 振り上げられた相手の右脚に、シンは自身の左脚を”乗せた”。相手の脚は下から上へと昇っている訳だから、そこに乗ったシンの脚も当然それに付き合わされる事になる。
 右腕を突き上げた姿勢のまま、シンの身体が宙に浮いた。投げだされては意味が無い。相手の脚を足場にして踏み込んだ。相手の蹴りの勢いを貰い。その乗せていた部分を踏み切り台にして跳躍。後ろ方向へ勢いよく一回転してからさっきよりも離れた地点にすたんと軽く着地する。
 眼前に拳があった。宙を舞っている際の、流れていく視界の端に映っていたのは追撃に入る相手の姿である。だからこれも予測済。
 選択肢に防御は無い。直撃したら防御関係なくブチ抜かれるのが落ちだ。それをシンは文字通りを身をもって知っている。向かってくる拳。

 

 目を開けていられるようになるまで、何発もらった事だろう。

 

 世界の速度はいつも通り。加速するのはシンの頭部と、あと脳髄の中身。顔の横でチッチッと音がする。拳と髪の先辺りが掠っているのだろうか。
 懐に潜り込む。左拳を用意する。精一杯踏み込んで、左拳を相手の胴に叩き込んだ。舌打ち一つ。殴った手が尋常じゃなく痛い。鉄板でも殴ったかのようだ。どういう腹筋してやがる、シンの思考の隅っこを文句が通り過ぎた。
 バックステップ。横殴りに振るわれた相手の左腕がシンの鼻先を掠める。その横方向の勢いのままに、今度は脚が振るわれ、回し蹴りに派生する。シンの身体はまだ宙にある。着弾はちょうど着地するか否か辺りと推定。また舌打ちをして、シンは腕を交差させた。
 結論。間に合わなかった。相手の脚を交差させた腕で受け止める。身体全体を重い何かで思いっきり押し込まれたかのような感じがする。
 上手く踏ん張れ無かったせいだろう。ザリザリザリと靴底で地面をこすりながらシンの身体が後ろへ無理やり移動させられる。腕の感覚が無い。
 相手は既に次の蹴りの動作に。こちらの復帰は間に合うかなかなかに微妙な間合いである。舌打ちをしている暇がなさそうだったので迎撃用意に移る。
 風を切るというよりは押しのけるような勢いで振るわれる相手の脚。身を屈めた。前進する、頭の上で掠る音。そのまま相手の傍らを走り抜ける。加速の付いた身体を地面に突き出した脚で無理やりに停止させる。そのまま振り返る勢いで蹴り。頭だけは先に相手の方へ向けている。目標である頭部をしっかりと見据える。相手の反転は間に合わない。背後からの強襲という形になる。
 バシッと音がして、蹴りが腕で阻まれた。相手の視線は未だ完全にシンを捉えていない筈なのに、まるで見えていたといわんばかりに完全に防がれた。即座に身体を思いっきり捻って回転させる。回っている途中の身体を脚を振って強引に制御して、捻った体勢で逆から蹴りを放つ。

 

 ///

 

「いてえ」

 

 いきなり走り出したかと思えば、また吹っ飛ばされてエリオの付近まで滑り戻ってきたシンが呻くように呟いていた。今度は引っかかっていないので直ぐに起き上がる。
 再度走り出すような事は無く、服をパシパシはたいていた。
「フイ付いたつもりだったんですけどね。駄目だったか」
「……最近は悪くない。自分に合った動き方がわかってきたようだな」
「いい加減決定打の一発でも入れてみたいんですけどね」
「そう簡単に追い縋られてもこちらが困る」
「まあそうですけど」
「それにしても随分動作の中に蹴りが増えたな」
「だって殴るより蹴った方が単純に威力強いじゃないですか」
「……………………」
 エリオにはよくわからないが一区切りらしい。地べたにべたっと座ったシンと、歩み寄って来たザフィーラが言葉を交わす。
「あー、もう少し嫌われるかと思ったんだけど……んー」
 シンが呟く。何処へも視線を向けていないので、一応独り言に分類されるのだろう。ただ傍で聞いていたエリオは何となくさっきの続きかなと当たりを付ける。
「もしかしてキャロの事ですか?」
 別に六課に男性が居ない訳では無いが、エリオが普段関わる範囲では非常に少ない。最近になってザフィーラが実は人型にもなれるとか驚愕の新事実もあったりしたが。ともかくエリオはシンと打ち溶けたいと日頃から思っている訳で。だからこそ会話の糸口と見てさりげなく聞き返してみたりする。
「ああ、うん。そう」
 別に今に始まった訳では無く、前々からそうしているのだがどうにも効果が薄い。何かしら言葉をかければ返答はあるのだが、ただそれだけである。とにかく続かない。
 一方でシンの方はというと訓練で大半同じ時間に居るエリオより、格納庫でたまに会うヴァイスの方とどんどん仲良くなっている。何時の間にかそこにザフィーラも加わっていた。格納庫では既に当たり前の組み合わせである。
 本人に言うと仲なんてよくないと否定するが、この前見た時なんて格納庫の天井にぶらさがっている蜘蛛を三人そろって眺めながらぶちぶち下らない話をしていた。一時間近く。出来ればエリオもそのくらい打ち溶けたいのである。

 

 が、現実はそうそう易しくなく。シンは肯定の返答をすると、もう話は終わったと言わんばかりに明後日の方向を見ていた。
「何か嫌われる様な事でもしたんですか?」
「いや。ちょっと話しただけ」
「……それだけ、ですか?」
「それだけ。あの様子だとちゃんと解ってると思ったんだけど」
「え?」
「というか、他の連中は危機感無さ過ぎんだよな……」
 困惑するエリオなど知った事では無いのか、シンはそもそもエリオの方を見ていない。そんな風に意味のわからない言葉を数回続けてからシンは再度黙る。
「……もう少しわかりやすく話せ。脈絡が無さ過ぎる」
 エリオがどうしたものかと困り果てていると、ザフィーラから助け舟が出た。それを聞いたシンはんーと少しだけ唸って。
「いや、大した事じゃないんですけど……えーと、ほら何かモビルスーツってものに対して危機感が薄いでしょ、ここ」
「危機感、って」
 シンの言葉の真意が掴めずに、エリオは言葉を濁した。ザフィーラは何も言わない。
「あれ、兵器なのに。受け入れ過ぎな気がするんですよね、ここ。俺含めて」
「……もう少し信用されている事を信じたらどうだ」
「自分で言うのもなんですけど、俺って出自からして相当胡散臭いですよ? もうちょっと警戒されてしかるべきだと思うんですけどね。始めて対MS戦した後、キャロは結構俺に怯えてましたけど、あれで正しいと思うんですよ。俺は」
「怖がれられたいのか?」
「そう言う訳じゃありませんよ。ただ、俺が乗りまわしてるのは危険なものだって認識を持ってもらいたいだけです。結果的にそれを動かせる俺にも、もう少し注意するもんじゃないですか、ふつう」
「信じられん物を引き入れる事を認めるほど、私の主は人を見る目が無い訳では無い」
「へえ、そうですかそうですか。それはすごいことで」
 会話を続けるシンとザフィーラに、表面上の変化は見られない。だが周囲の空気がどんどんと張りつめたものに変わっていくのを感じ取りながら、エリオは心中で溜息を吐く。
 打ち解けられる日は、まだ近くなさそうだった。

 

///

 

 響き渡るのはヒトの発する怒号と、工作機械の奏でる騒々しい音。有機的な肉声と無機質な金属音が溢れかえるのは特技の格納庫。
 騒音の中心にあるのは人を模った鋼の塊――つまりモビルスーツである。出撃前は精々擦り傷や塗装剥げ程度の損傷しかなかったが、今は見る影もなく、文字通り”ボロボロ”だった。またモビルスーツだけでなく、それより奥の方に並べられた武装類も本体に負けず劣らず酷く損傷している。
「……………あぁう、もうどうすんだこれぇ」
 その”惨状”を見て、ひとりの男性が唸る。本来は六課側に居る筈の彼は、応援の名目で特技側に戻って来ている。彼だけでなく、普段六課に常駐しているスタッフも全員が一時的に特技側に手伝いの為に戻って来ていた。
「おーう、そっちどんな感じよー」
 間の抜けた声に青年が振り返る。声の主は彼の兄だった。ツナギがよれよれなのは何時もの事だが、顔に生気が無いのはろくに休みも入れずに作業を続けているせいだろう。
 弟の方は機体自体の修理を、兄の方は武装全般を担当している。向こうで一段落でもしたのか、こちらの様子でも見に来たのだろう。
「どうっても……なあ……」
 その言葉の後、二人揃って眼前のモビルスーツ――機体名称スローターダガーを見上げる。今は修理のためにあちこちの装甲やユニットはまるで解体を始めるかの如き規模で分解されている。要するにそこまで”バラさないと修理できない”位に損傷しているのだ。
それもたった一度の戦闘を経ただけで。
 キッチリ調整した機体を一度の戦闘でここまでボロボロにされる。当然メカニック達は何も思わない訳では無い。
 が、誰ひとりとして不満や文句を言っているスタッフは居ない。正確には誰一人として言う気が起きなかった。
 全員、記録された戦闘映像を見ているからだ。むしろ上がったのは称賛だ。シンは機体を壊しこそしたが、不利な条件と低性能の機体でもってキッチリ”勝利”を収めてきたのだから。むしろ、その場の全員が何故あの状況で勝てるのか疑問を抱いたくらいである。

 

 さて、機体の何処が酷いといえば切断された左腕や砕けた足首が目立つ。しかし他が無事という事では無い。機体全体がまるで”擦り減る”ように、全体的にダメージをため込んでいるのだ。これは今までの蓄積も響いている。現在のパイロットに引き渡された時も修理品であったため新品同然とはいかなかったが、確実に今よりは綺麗だっただろう。溶けたり抉れ落ちた装甲だけでなく、骨格と言うべき”フレーム”も含めて。
 むしろ攻撃を受けた装甲ではなく中のフレームこそに問題が山積みである。常に限界ギリギリでの可動を強いられている鋼の骨格に蓄えられたダメージは小さくない。消耗部品を交換する事で解決できる部分もあるとはいえ、蓄積されているモノは確かにあるのだ。
「まだパーツはあるから、直せない訳じゃないんだけどさ、こんなの続いてたら持たないぜ。いい加減どう直すかじゃなくてどう壊させないかだろ。具体的には性能っつか追従性とかでさー」
 フレームは十の程度の機動を発揮する。けれども状況と搭乗者が十二の程度の機動を要求する。溢れた部分は負荷として残留する。軽減するにはフレームの限界を十二に近付けるのが一番手っ取り早い。
「あー……それはそうなんだが。強化パーツも組み上げ中でロールアウトはもうちょい先だしなあ。本体自体は今の所普通に直すしかできないぞ」
「……あーくっそ、そうだよなあ。どうするかー……追加武装、はあんだよな」
「ああうん。イェーガーは間に合わせる。前回みたいな数で来られた場合はともかく、その前みたいなシールド持ちには拮抗出来ると思う」
 二人揃って少し離れた場所、壁面に固定されたシールドを見る。少し前――正確にはビームシールドを搭載したウィンダムとの交戦後から製作されていた追加武装となる。
「おい兄貴」
「何だい弟よ」
 視線の先には、もうシン機の武装ではお約束になりつつあるカラー。つまりは赤と黒で塗り分けられた小型盾――パンツァーアイゼン。ただ現在のそれはとても”小型”と呼べるような代物ではなくなっている。盾本体はそのままだが、接続されている”先端”が肥大化しているためだ。
 その”凶器”を眺めつつ、難しげな顔で一唸りしてから。
「なあ、第三格納庫の後ろに隠してあるクソバカ武器についてなんだけど」
「ハハハハハ何の事だかさっぱりわからないしそれにまだフレームだけだからセーフだよね――あっごめんなさいごめんなさい出来心だったんです許してッ」
「アレ、ちゃんと作ろうぜ。突拍子無いくらいのがあった方がいい」
「へっ?」
 グーに備えて身をかがめたものの、投げかけられたのは意外な言葉だった。頭部を庇うように翳していた腕を下ろして、恐る恐る聞き返す。
「え、いいの? 作っていいの?」
「まあこれまでだったらふざけんなつって殴ってるけどな。こっちで向こうの常識持ち続けるってのも、それはそれで不効率だろ」
「えいいの!? マジでいいの!? じゃあ俺頑張っちゃうよ!? もう腕とか脚とかもバッチリ仕上ちゃうよ!?」
「あーあー頑張れ頑張れ勝手に頑張れ。ただし俺は手伝わねえ。こっちゃ強化パーツと追加武そ――……オイ、こら、待てクソ兄貴。お前今なんつった。腕とか脚って何だ。俺が言ったのはあのバカ長いチェンソーだけだぞ……? オイ。こら。何処へ行くクソッタレ兄貴。オイ、目え逸らすな、オイィ……?」
「ヒィ…………!」

 
 

///

 

「あ、そういえば」
「何だよ急に」
 廊下を歩いている途中で、高町なのはは唐突に声を上げた。返答したのは偶然居合わせたヴィータ。
 何事かとヴィータが鋭い視線をなのはに向ける。別に怒っているとかでは無い。吊り上がり気味の目から不機嫌気な印象を受けるが、これは職務中なので気を張っているせい――元からやや釣り眼気味なのもあるが。
「シンの事なんだけどね」
「、……ふ、ふーん。何だよ、あのバカがどうかしたのか」
 なのはが世間話程度の気軽さで切り出した。歩きながら考えていたのは今後の教導のスケジュール。といっても純粋な魔導師でないシンは直接教導の対象にならない。なので合同や模擬戦の調整をするだけだ。ともかく調整の過程で”シン”を、それに関する事を思い出したなのはは何となしに話を切りだした。
 ちなみになのはは前方を見ながら話しているので、横に居る相手が挙動不審な事にはさっぱり気が付いていない。
「私、ちょっと誤解してたかな」
「は?」
「この間ちょっと――ううん結構長い事だったかな。まあとにかく話す機会があったんだけどね、思ってたよりずっと普通だったかな」
「へ、へー……」
「気難しいのかなと思ってたけど、普段のはもしかして極度に気を張ってるだけなのかな。
話してみたら思ったより普通――って、こういう言い方はシンに失礼かな」
「ほ、ほーん……」
 微笑しつつなのははそう締めくくった。そこで会話は止まる。そのまましばし二人は揃って黙々と目的地へ向けて歩を進める。
「……で、」
「え?」
 それが数十秒ほど続いたところで、ヴィータが若干イラついた様子で呟いた。なのはの方は完全に何の事かわからずはてな顔になりながら、ヴィータの方へと視線を向ける。
 なのはは思い出した事を軽く口に出しただけである。要は「こんな事があった」と呟いてみただけに過ぎない。故に先程で会話自体は終了したものと思っていたし、終了したつもりだった。
 ただヴィータはそうではなかったらしく、むしろそこからが本番だと思っていたのになのはが一向に口を開かない。結果焦れて自分から続きを促した形になっていた。
「え、じゃねーよ……まあそれはいいけどさ。それで何だよ、何の話したんだよ。アイツ普通用ねーとそんな人と話したがらねーだろ」
「……うーん、っとね」
 首を僅かに傾げ、目線をやや上に向けながら話の内容を思い出す。当時の情景を回想する事で、シンの様子がやや深刻だった事も思い出した。頼られた身としては、その内容を軽々しく口に出すのは憚られる気がする。
 上げた視線を下げてみる。何やらそわそわしつつ、はやくはやく、な感じでなのはの言葉を待っているヴィータと目が合った。

 

「ひみつ」
 にゃははと笑いつつ、さあこのお話はおしまいー、となのはは歩き出す。一方まるで納得いかないヴィータはなのはに詰め寄ろうとする、だがいかんせん身長差がありすぎた。
「あー!? 何だよ、ちょ、教えろよー! なのは――!!」
 なのはが目線を上げてしまえば背の低いヴィータは視界に入らない。故にヴィータはせかせか駆けなのはの前に回りぴょんぴょんと跳ねながら叫んでいた。
「だめだめー、ヴィータちゃんでも教えられないー」
「何だよー! おい――!!」
 頭のてっぺん辺りから一筋伸びたくせっ毛を揺らしながらちょこちょこ飛び跳ね、栗色の髪をした女性に纏わりつく赤髪の少女。それを偶々通りかかる事で目撃した二人組。一人は機動六課の部隊長。もう一人医務室の長である。

 

「シャマル。小動物や、小動物がおるで」
「ヴィータちゃんは本当変わらないですねえ」

 

///

 

「ふ……ふえっくし!」

 

 突如鼻にむず痒さを覚え、堪え切れずにシンは盛大にくしゃみをする。場所はシミュレータの中、そのシートの上。不意打ち気味のくしゃみだったため、一瞬だけ操縦が中断された。シンの操作するダガーLがその動きを止める。
『……もらった!!』
 繋がりっぱなしの通信から響いてくるのは少女の声。動きを止めたのを好機とみたのか、ノインの駆るソードダガーLが、シンのダガーL目がけて大きく踏み込んだ。背中からスラスターの青光を吹き出して急速前進。両腕で握ったシュベルトゲベールを高々と振り上げている。
 その様子を見て、シンは左手で鼻をぐしぐし擦りながら、機体に機動を命じる。それ即ち前進。スラスターの青光で急加速したダガーLが前に突き飛ばされる様に進んだ。
『うえっ!?』
 シンが前に出てくる事を想定していなかったのか、ノインが素っ頓狂な悲鳴を上げる。シンはダガーの右手にあったカービンを投げ捨てる。機体を少し右に逸らしつつ前進。 ソードダガーLの動きは止まらない。シュベルトゲベールがダガーL目がけて振り下ろされる。まともに食らえばダガーLの装甲では耐久出来ず両断されるに違いない。下手したらシールドですら両断されかねない。
 ただそれは”刃”が当たればの話。金属同士が衝突する鈍い音が響く。対艦刀の刀身に張られたレーザーの刃、その直ぐ下にある柄、それを握るマニュピレータ。その部分が、ただの金属でしかない部位が、シンのダガーLの左肩に衝突する。降り抜きを妨害されて対艦刀が何とも中途半端な位置で停止する。
 シンは空いた右手で腰からサーベルを引き抜いた。ビーム刃の発生命令を送りながら密着したソードダガーLの腹部、コクピットに付き付け――ビーム刃発生。膨大な熱量によってソードダガーLのコクピットが貫かれる。サーベルは刺したまま。柄を握る右手を離しつつ、膝蹴りを一撃。ソードダガーLはダガーLから離れながら盛大に爆発した。

 

「ボーン」
「うがあああああああァァァ!!!!」

 

///

 

第12話『ホテル・アグスタ』

 

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 ”その場所”よりそれなりに離れた地点。生い茂る木々の中にぽつんとある少しだけ開けた場所。その地点に広げられた大きな緑色のシートがある。
 そのまるで何かに被せてあると思しきシートの脇にある岩の上に腰掛けて、シンはすっかり愛用になってしまった端末をイジっていた。
「動きの方はこんなもんでいいか……武装リストの表示。修復状況も」
 自分自身でカチカチとキーを叩きつつ、更にまるで誰かに”命令”するように呟く。そしてその”命令”は確かに実行され、画面上にはシンの望んだ内容が表示される。
 種も仕掛けもない。要はシンは機体に搭載されたAIに命令しているだけだ。この世界ではCEに比べてAIというものが高度に発達している。故にこれは特に珍しい光景という訳でもなかった。
「………………便利だなー、AIって」
 シン自身の入力操作と口に出すだけで実行されるAIでの操作。前よりもデータの整理が確実に速く進む事を実感して、シンの口からそんな呟きが漏れた。
「それにしても……ここにきて更に制限、か。面倒だな、本当……」
 表示された搭載武装のリストを見て、シンは苦虫を噛み潰したような表情で口から言葉を漏らす。実際にシステムに装填している武装の数そのものに不満がある訳では無い。問題は”使用可能”な武装の数だ。実際に装備するよりも遥かに多くの武装を持って行ける事がMSウェポンの利点な訳だが、現在はその半分近くが”使用不可”とされている。
 壊れているのではない。システムから引き出せばちゃんと使える。単純に使用制限を喰らっているのだ。主にライフルやランチャー――ビーム系の射撃兵装が。
「めんどうだなあ……」
 今回の任務は――つまるところ警備である。ここから少し離れた個所に位置するホテル・アグスタ。そこで行われるオークションにはロストロギアの類も出品されるらしく、それをレリックと誤認したガジェットが襲撃を仕掛ける可能性がある。そして六課に出動がかかり、シンも今ここに居る訳だ。
 そこまではいい。問題なのはホテル側から来た苦情――モビルスーツの火力の高さについて。あんな危険なモノをホテル近辺で使用されてはたまらない、と。モビルスーツのサイズ故の質量と火力は長所であるが、同時に短所でもある。今回がいい例だ。火力の高さを危惧したホテル側から、元々大幅に制限のかかった武装に対して更に制限を追加されてしまった。射撃兵装は軒並みアウトである。
「まあ、周囲が森林地帯だからそう考えるのはわからんでもないけど……”これだけ危険なモノで倒す相手が襲ってくるかもしれない”って事、わかってるのか、ったく」
 別に普通にガジェットだけが来るなら、何の問題も無いのだ。通常のガジェットには六課の戦力で十二分に事足りるのだし。だけど実際はそうでないから、だからシン・アスカ(MS)というイレギュラーが叩き込まれている。
 現状の搭載武装でもって複数の予測を立てる。G型ならばまだやりようはる。確かに回数を重ねるごとに厄介になっているが、絶望的という程でもない。大変ではあるが。
 ただしMSを持ち出されると話が違ってくる。ビームシールドを搭載したウィンダム、複数での”狩り”を仕掛けてきたバクゥハウンド。G型がMSを持ち出してきた際の戦いは常にギリギリだった。シルエットシステムⅡによって大幅に増加した携行武装。そのほとんどを出し尽くして何とか倒せたのが本音だ。シルエットシステムⅡ及びMSウェポン無しは想定するだけで寒気がする。
 いやもっと簡潔に言おう。確実に死んでいる。生き残れる方法が無い。
「どうしよう。いや、どうにかするしかないか」

 

 改めて知るのは自分(シン)がいかに綱渡りな状況かという事。決して前向きでない思考を追いだすように黒い髪を掻き毟って、シンは端末を投げ出してごろりと地面に寝っ転がった。澄渡る青空を眺めながらもう一度、忌々しげに舌打ちをする。
「随分不機嫌だな」
 急に声をかけられた事に対し、シンは単純に驚いた。ここは施設(ホテル)から単純に離れているし、そもそもシンがここに居る事は六課の人間しか知らない。それに六課の人間だってここまでわざわざ来る理由も無い。用があるなら通信で事足りる筈だし。
 故に完全にだらけきっていたシンは慌てて”整え”ようとして――相手の姿を視認してその必要が無い事を知った。
「レイ。どうしたんだ? こんな所までわざわざ」
「様子を見にきた。偶然、俺も今日此処で用があるからな」
「ふーん」
 上体だけ起こして、シンは歩いて来るレイ・ザ・バレルに問いかける。返答は簡潔に。相も変わらない内面の見えない表情のレイ。シンは平坦な相槌を返す。”偶然”の部分に多少の引っ掛かりを覚えないでもないが、そこは今更気にする事では無い。
「で、なんだよその格好」
「ただの正装だが、どうかしたか」
「オークションってそんな格好で行くもんなのか?」
「普通はそうだ」
「そうなのか……で、本当に様子見に来ただけなのか?」
「本当だとも。半分な」
 投げられた物――記録媒体をキャッチ。シンはそれを手でちゃらちゃらと遊ばせる。
「何だこれ」
「お前が今使っている能力に関したもの、それと例の遺跡絡みの調査結果だ。余り進んではいないが。一応渡しておく」
「能力――MSウェポン。なあレイ」
「何だ」
 声色を変えたシンに対してレイが少し、ほんの少しだけ視線を尖らせる。シンは渡された記録媒体を手で弄びつつ、虚空を見やって話し始めた。
「ちょっと思うんだけど。俺達――いや、C.E.のモノがこっちの世界に流れてきてるのって、”これ”が関わってるんじゃないか。だってそうだろ、巨大兵器の質量圧縮による個人携行兵装化能力なんて、”今の”こっちの世界じゃまるで役に立たない」
 MSウェポンはデカイ得物を手頃な大きさまで縮める能力といえる。つまりは前提として縮めるモノがなければ使えない、役に立たない。調べた限り一定の時期を境にこちらの世界では質量兵器の存在そのものが禁止されている。これまでの”管理局”にこの能力があっても、役立たずにも程があるのだ。
 だけど今は都合のいいものが流れ着いている。だから、役に立つ。
「MSが――”人型”の兵器があってコイツは初めて役に立つ。戦車とか戦闘機でも色々試したけど、MSじゃないと人体との重複が上手くいかないし」
 能力を活かす為に何よりも重要なのが人間の形をしている事だ。その通常を大幅に超えた規格で行われる一挙手一投足を重ねて、初めて能力者は”強化”の恩恵を受けられる。
 それを考えるとMSはとても都合がいい。怪しいくらいに都合がいい。能力だけでは役に立たない。MSだけでは危険性ゆえに運用を許可されない。二つが揃わなければどちらもこの世界では役立たず。そしてそれは何故か揃っていた。別の世界と世界が繋がる等という不自然な現象の結果として。
「それは俺も想定した。だが確証が無い。懸念事項として一つ、お前だけ転移の時期がズレているという点もあるにはあるが」
「ああ、そういえばそっか。同じメサイア攻防戦の最中に跳んだのに、俺とレイには一年ズレがあったんだよな」
「更にお前はほぼ”最後尾”だ。お前があのロストロギアを起動させてから、人も物も転移の頻度がめっきり減っている」
「じゃあアレが、俺達の世界とこっちの世界を繋げてたって言うのか。んで俺が完全に起こしたから、それを止めたって?」

 

「わからん。推測の域だ……辻褄の合う部分も多いが」
「でもそれなら、何であっちこっちへモノが流れ着くんだ。アレが原因なら自分の近くに
人なり物なり呼び寄せるんじゃないのか」
「……自分の近くにモノが来るまで呼び続けたという考え方もできるが、何にしろ情報が少なすぎる。ただ――」
「ただ?」
「一連の出来事総てが意図的なものであるとは、少々思い難い気がするな」
「どうして?」
「大元が野放しにされていたからだ。もし誰かがあれを使って異世界から物資を呼び寄せていたのならば、その大元にして中核である遺物は回収して秘匿するのが普通だろう」
「そっか……俺が落ちてくるまであそこに誰かの手が入った形跡は無かったって話だし」
「誰かが仕組んだにしては事象の隠蔽がお粗末だ。それに偶然に頼り過ぎている」
「でも全くの偶然で、都合のいいモノが存在している世界に繋がるものなのか?」
「それも確かにある。言っただろう、総てがそうであるとは思い難いと。偶然とも必然とも、どちらとも考えられるのが現状だ」
「結局よくわかんない、って事か」
「そういう事だ」
 そこでシンとレイは会話を止めた、二人揃って今までの会話の内容を反芻して思考する。
数十秒も経たぬ内にシンが何か思い出したように口を開く。
「アレの本体はどうなってるんだ? 結局まだデスティニーの中にあるんだっけ?」
「ああ、機体を”稼働不能状態”まで”解体”して厳重に”保管”してある。調査は続けているが、目立った反応は今のところ無いな」
 シンはこちらの世界に付き合わせる事になったMSの事を思い出した。あれは一瞬だけ復元こそしたが、直後にまた砕けた。あれは一応特機であるから、こちらの世界で直そうとすれば相当に手間だろう。そもそも核動力の機体に使用許可が下りる訳も無いのだが。
「……お手上げか」
「そうなるな。ただもし本当にあれが転移の原因なら、解析ができれば俺達の世界に道を繋げられる可能性もある」
 レイが何気に言った単語にシンがピクリと反応した。ほんの一瞬だったその硬直を、しかしレイは完全に察知していた。それも付き合いの長さゆえだろうか。
「気になるか?」
「まあ、そりゃ、ちょっとは。でも戦争は終わったんだから……前より酷くはなってないだろ。ああ、そう、そうだ、向こうの戦いは、もう終わったんだから」

 

 ――だから、今はこっち。それでいい。

 

 強張った面持ちでシンは強引に言い切った。まるで会話をここで終わらせるように。その様を――どう考えても振り切ってはいないシンの様子が可笑しかったのかレイが微妙に見下したような顔になる。若干頬の熱が上がったのを知覚している。どうにもレイが相手だと地が出てしまう。
「不明な事が多い現状で気にかけても時間の無駄だ。今は目の前の問題を片づけるのが先だ。そこのところを忘れるなよ、シン」
「だから、気にしてないって」
「別にその時まで黙っているのも手だが、生憎とお前にも俺にもこっちでやる事が――やりたい事がある。後々の為にもまずはこっちを始末するぞ」
「……一々言われなくてもわかってるよ。ああ、わかってる」
 シンの否定を聞いていないように話を続けるレイの態度に憮然としつつ。シンは返答の言葉を呟いた。

「妥協も遠慮も一切無しだ。そんなもん、してやるもんか」

 何時の間にか握りしめていた拳がギチリと鳴った。何だかんだで波の激しい己の感情にややうんざりしつつ、シンは手をぶんぶんと振って拳を解く。
「ところで。レイはここに何の用があるんだよ、結局」
 話を変えようと傍らに立つレイに問いを投げかける。別に答えが返ってくるとは思っていないし、返ってこなくても別にいい。
「ああ、少し狐狩りにな。厳密には仕掛けた罠の掛かり具合を確かめに行く訳だが」
「何だそれ?」
「ああ、気にするな。俺は――」
 そこで一旦言葉を区切ったレイが、若干気だるげな表情に変わった。あまり表情を変えないレイにとってはそれなりに珍しい光景である。

 

「十二分に、気にする必要があるがな」

 
 

///

 

 その部屋は相変わらず散らかり放題詰め込み放題で何の変化も無い。ただ居座る主の外見が少しだけ変わっている。
 伸びに伸び、適当に縛りまくって邪魔にならない位置まで上げていた髪の毛。随分と奇天烈な事になっていたアタマだったが、今では手頃な位置でばっさりと切られている。それでもまだ十二分に長いそれは頭の両脇で括られて地面に垂れていた。
 髪を切ったのは事務用のハサミ、髪を括っているのはリボン等ではなく資料を束ねていた輪ゴム。相応しく無いにも程がある道具を用いての強引な容姿の変更。そんなお粗末なモノでも向こうを知っている人間が見たらわかるくらいには外見が寄っている筈だ。これもちょっとした悪戯である。こうしてやればどれだけ鈍くても気づくだろう。たぶん。

 

「――片っぽがトチ狂ってるかもってのは伏せとけってかー。不景気なツラに似合わずお兄さんは友達思いなこって。でもさー」

 

 何の脈絡もなく呟きが漏れた。
 部屋の主は相も変わらずガガガガガガガ、とキーボードを景気よく打ち鳴らす。薄暗い部屋、所狭しと並ぶ端末、それを操るのに相応しくない外見の主。いつもと変わらない光景だ。一般の価値観からみればこの室内と人物は異常かもしれないが、此処ではこれが正常で通常である。

 

「それじゃー面白くねーよなー。ひひひ」

 

 容姿に不釣り合いなひどく歪んだ笑みが浮かぶ。今回の悪戯はあくまで仕込みである。成果が出るのに時間がかかるだろうし、そもそも成果が出る前に仕掛けた相手がおっ死ぬ可能性がとても高い。だが上手くいったらそれなりに面白い事になる筈だ。たぶん。その結果を夢想して、部屋の主は顔をぐにぐにと歪めるように笑う。

 

「しっかしなー、お兄さんある日を境に行動方針ガラっと変えてるねえ。誰の為にも動いていなかったのが、あのあんちゃんのためとかいいながら完全に自分の為に動いてるね。どしたのかね。何があったのかね。お友達に会ったときに何を見たのかね。そんなに衝撃的だったのかね。そんなに価値のあるものだったのかね。そんなに賭けるに値するものだったのかね。でーもーさーあー、

 

 ――人間(希望)なんざ、脆いもんだよお兄さん。ひ、ひ、ひ」

 
 

///

 

「へ――へーっくしッ!!」

 

 レイと別れてから、シンはスローターダガーのコクピットへ場所を移していた。シートに身体を預けて、システムを一部だけ立ち上げる。機体を起動状態に持って行く訳では無いのでほんの一部だけだ。
「何か最近くしゃみがよく出るなあ。風邪…………引かねえよ」
 コクピットに移った意味は特に無い。強いて言うなら渡された資料を閲覧するために、他者の目が入らないようにした、となるのかもしれない。それにしたって元から人気の無い場所に居たのだ。コクピットに潜ったのは完全にシンの気分である。

 

 MSのコクピットは完全に一人になれる場所なので、考え事をしたい時や集中したい時にはうってつけの場所だ。パイロットが籠っていても怪しまれないし、物理的にも通信的にも他人の介入の際にはワンクッションが入る。それにMSは魔法世界において異物だ。そしてそれに属するシン(パイロット)もまた異物ではないかと、少し思う。だからだろうか。ここ(コクピット)は、シンにとって妙に居心地がいい。
 コクピットに居る時間が”前”より確実に増えたことを実感しつつ、シンはさっき受け取ったばかりの記録媒体を差し込んで、パスワードを打ち込む。表示されたいくつかのデータに、どれから目を通すかとしばし思案する。
 そこで電子音が鳴った。アラートではない。AIが通信を受信中であると告げている。
「通常通信じゃなくて念話の方、って事は特技側じゃなくて六課側。発信者は……」
 通信をオンに。
『あ。繋がった』
「何か用かナカジマ」
『え? 私達も着いたから連絡してみただけだよ』
 通信の相手はスバル・ナカジマ。相変わらず能天気な声だなと思いつつ、シンは手元の端末を操作して記録媒体の中の情報の閲覧を開始した。話を長く続けるつもりはないが、いきなり切るのもそれはそれで不自然だ。他者は呼べば当然寄ってくるが、拒絶しても寄ってくるのだ。
「……ああ、めんどくせえ」
『何か言ったー?』
「何も。それで、用が無いなら切ってもいいか」
 試みるのは平静だ。できるかぎり自然に、シン・アスカは今他者と話す気分で無いと相手に伝わるように願って。
 まずは石像及び遺跡の調査結果からシンは目を通す。といっても特に目立った記述は無い。ガンダムの――あの石像の伝承を知るらしき人物を保護しているとある。だがどうにも話が抽象すぎて要領を得ないらしい。その人物から得られた事はもう少し内容がハッキリしてから再度報告するとの事。
『そんな事言わず、』
『用ならあるわよ』
 結果はシンの予想とは異なった。異を唱えかけたスバルに割り込むように別の人間の声が割って入る。声の主はティアナ・ランスター。声だけだというのにそっけなさというか、こう、何か突っ張った感じが聞き取れる。
「何だランスター」
『アンタ何分でここまで来れる? 位置はわかってるけどアンタの速度まではわかんないのよね』
「お前らは何処に居るんだよ」
『ホテル正面付近』
「五分以内には着ける。MSで接近していいならもっと早く着けるけど、ウェポンしか許可されてないからそんくらいかかるな」
 思案のタイムラグ無しで質問に返答した。そこら辺は散々想定して検証したので脳内にちゃんと用意されている。
 項目がシン・アスカの保有レアスキル――つまりMSウェポンについてに移った。内容に目を通し始める、といっても結局まだ不明な事が多いらしい。
 ただ未だに走って無いサーキットがいくつかあるらしい事が判明している。これらが走れば能力の拡張が見込める、らしい。また、らしい。シンはその項に酷く興味を引かれたが、肝心のサーキットを解放する条件が不明ではどうしようもない。
 MSウェポンを調べているのはこちら(魔法世界)側の機関である。それでも未だに解析が進まない事を考えると、MSウェポンもあまり魔法とは近しいモノでは無いのかもしれない。あくまでシンの推測だが。
『あ、そ。そんだけ速けりゃ十分よ。まあ一応確認ね……それでもアンタや私達の出番無いかもしれないけど。有事の際には副隊長達も出るみたいだし』
「そりゃ確かにな」

 

 返答。シンの簡潔な返答を聞いたティアナが一瞬言葉に詰まったのに気付いたが、シンは興味がなかったので追求しなかった。それに下手に指摘して話が長引いたら面倒だし。
『…………ちょっと意外ね。そこら辺くってかかるかと思ってたわ』
 シンは聞かなかったが、ティアナが話し始めた。その可能性(向こうから話を持ちかけてくる)も当然あった訳だ。想定していなかった訳ではないので、シンは別に何を思う訳でもなくただ淡々と返答する事に努める。
「事実だろ。G型が出ないんなら俺の出番が減るのは当然だろ」
 既に意識の大部分はモニタに映るデータを読むことに集中している。今更話が長引こうが打ち切られようが余り関係が無かった。
 MSウェポンについての項目が終わり、これで終わりかと思ったシンがもう一個データファイルを知覚する。タイトルは付いていなかった。単なる付け忘れだろうかと結論付けて、深く考える事も無くデータを開く。
『アンタ、それでいいの?』
「良い悪いって問題でも無いだろ。ガジェットは特性だけみると魔導師殺しみたいなもので、MSウェポンはガジェット殺しみたいなもん。だけどそんなの吹っ飛ばす実力持ちの魔導師が此処には沢山居るしな」
『隊長達の事?』
 ああ、久しぶりにスバルが喋ったもうどっか行ったかと思ってたのに。とか、くだらない事を考えつつデータを読む。何かの研究資料と思しき内容だった。
「そうだ。副隊長から上は能力値の密度が本当に”濃い”。並大抵の相手が潰しに来ても逆に潰されるのが落ちだ」
 なので、シンは並大抵よりもずっと上に行く必要がある訳だ。強くなければ肝心な時には前に出してもらえない可能性がある。
『へー、アンタもそんな事思うのね』

 
 

「そういう事しか考えてないんだよ」

 
 

『ん、今何かノイズ入ったわよ』
「ああ悪い。通信機のトラブルだ」
『また? アンタそういうの多いわね』
「しょうがないだろ。通信の類はまだ色々と試行錯誤してるんだと」
『他人事ね』
「実際に専門外何だからしょうがないだろ」
『ああ、それもそうね』
 強ければきっと何の問題も無い。どんな相手が来ても、強くさえあれば大手を振って一番前に行けるはずだ。そこまで到達するのに、かかる時間や手段が皆目見当がつかない現状は問題なのだが。
 何か使ってポンと強くなれればそれでいいのだが、現実にはそんなモンは無い。だからともかく今は何でもいい、蓄えこむ。とにかく一つでも多く学習して吸収して己の血肉に変える。時間がかかるのがネックだが、それ以外に方法が無い。バカでも繰り返しやってりゃ物を覚えていくのだ。実際モビルスーツの操縦を学んでいた頃だってそうだった筈だ。必死にやればやった分は手に入る。才能で左右されるのはその量だ、どれだけ微少でも結果は出る。少ないならたくさん貯めればいい。それだけだ。
『でも今日は八神部隊長の守護騎士団全員集合かあ』
『そうねー……あんたは結構詳しいわよね、八神部隊長とか副隊長の事』
「……ああ、そういや連中ってセットだったな」
『ちょっとセットて、もうちょっとマシな言い方しなさいよ。そもそも部隊長や副隊長を
連中呼ばわりしてんじゃないわよ』
「別にいいだろ。連中が聞いてる訳じゃないんだし。一々細かいこと気にする奴だな」
『何よ……?』
『ま、まあまあ二人とも……私も詳しいって言えるほど知ってる訳じゃないよ、父さんやギン姉から聞いた事くらいで』
「例えば?」
 ファイルを開いて閉じてそれを読み込む。それが現在の最優先事項だ。ただ若干興味を引かれたので、続きを促してみたりする。
 シンは隊長及び副隊長の基本的なスペックは熟知しているが、それ以外は特に知らない。単純に調べる余裕というか暇が無かったのである。おそらくレイ辺りに
『えーと……八神部隊長の使ってるデバイスが魔導書型でそれの名前が夜天の書って事。副隊長達とシャマル先生、ザフィーラは八神部隊長個人が保有してる特別戦力だって事」
 特別戦力の辺りで、ああとシンは心中で呟いた。自分たちも何かしら訳ありだとしたら、それは同様に訳ありという曰く付きのシンを受け入れる下地になるだろう。
『んで、それにリイン曹長合わせて六人揃えば無敵の戦力って事。まあ、八神部隊長達の詳しい出自とか能力の詳細は特秘事項だから、私も詳しくは知らないけど』

 
 

(……………………無敵、ね)
 ずいぶんと御大層な定義が付いているものだと、シンは心中で思う。同時に胸の辺りが重くなってくるのを感じる。無敵、なんて形容は連中を想起させて仕方が無いからだ。
 結局最後まで何がしたいのかわからなかった青いヤツと、結局最後まで何を考えているのかわからなかった赤紫っぽいヤツ。
 胸の辺りが重い。気分がぐんぐん悪くなっていく。だけども今では連中にも何処か懐かしさを覚えるから不思議なものだ。これも郷愁の類なのだろうか。
「……チッ」
 小さく小さく舌打ちをした。何時の間にか音が鳴る程堅く握りしめていた右拳を左手で解く。随分と手間取って、直ぐには解けなかった。
『レアスキル持ちは皆そうよね……』
「ふーん、そうなのか」
 ティアナの呟きのような声に、シンは何でもない風に返答する。
 心掛けろ、平静を。務めろ、平坦を。そのくらいやれなくてどうする、そのくらいやれないと、到底望む域には行けないというのに。
『そうなのかって、あんた自分自身そうじゃないのよ』
「ああ、そうか。そういやそうだったな。でも俺の場合は世界からして違う漂流者だから……単に混乱を避けたいだけだろ。それに、能力の詳細は俺が知りたいくらいだよ」
『ほんっと、あんたも大概よね』
「そうか? 聞いた限りじゃ隊長達だって大概だろ」
『それは…………』
『ティア? 何か気になるの?』
 適当な返答に対して、ティアナが急に押し黙った。その様子が気になったのだろう、スバルが口を挟む。シンは再度本格的にデータに没頭していて、聞いていはいたが気にしていなかった。
『別に……そろそろ切るわよ』
「ああ」
『うん、じゃあまた後でねー』
 そこで通信が切れた。完全なオフラインになった事を確認して、シンは小さく息を吐く。
ただ会話しただけなのに妙に気疲れしていた。
 最近はヴァイスやザフィーラと話す事が増えたが、疲れるなんて事は無かった辺り、シンにとってはああいう雰囲気の方が合っているらしい。不本意だが。
 頭をぶんぶんと振って、雑念を追い払う。ともかくこれで当初の作業に没頭できる訳だ。といっても既に大体の項目は読み終わっていたが。
 現在の記述はMSウェポン、その能力の生みの親たるロストロギアの事に移る。といってもシンが実際にそれを使っている訳ではない。ロストロギアそのものはMSの中核に収まったまま厳重に封印されて管理されていると聞いた。滅多な事では直接触れる機会も無いだろう。それでも一部分は使用している訳だし、重要である事に変わりは無い。これまで通り、記述を読み込む。

 

 ――製造は古代ベルカ全盛期、ベルカ聖王が幅を利かせていた辺り。シリーズ総数が何機かは不明。最低でも同型機が一機存在しているのは確定。開発コンセプトはそれぞれ”剣”と”盾”。ただし現在特技で保有し、一部転用して運用されているものがどちらなのかは不明。

 

 ここまで目を通して、一度手を止めた。内容の一つにどうしても気にかかる事があったからだ。”同型機”。同じようなもの。ならば発生する能力も同じなのかもしれない、そう行き着く。推測できる。つまり――『シン・アスカ』以外にもMSウェポン、もしくはそれに近しい能力を使用できる輩が存在してもおかしくない事になる。
 思い当たるのはこれまで幾度も潰してきたモノ。通称G型、それから最近になって姿を見せ始めたMS。思い当たる節は確かに”ある”。
 最初のウィンダムは明らかにMSでは有り得ない機能を所有していたし、後のバクゥにしてもビーム兵器の”色”が変わっている。何かの手が入っているのは明白だ。
 MSウェポンはMSウェポンと相性の良い能力である。ならばその能力を生んだロストロギアの同型機が発生する能力もまた、MSと相性がいいのではないか。

 
 

 ――以下オフレコね

 

 いきなりそんな単語が目に付いた。それまでは報告書のように――つまるところ形式ばった文章だったのに、いきなり馴れ馴れしい一文になっている。シンは怪訝に思いつつも、そのオフレコらしい内容へ視線を飛ばした。それはそう多くなく、読み終えるまでに数瞬だけで事足りた。

 

『上に二つあるって書いたけど、も、
 片方は普通に動いてた”優良品”。
 もう片っぽは主トチ狂わせちゃった”いわくつき”。

 

 君が使ってんのはどーっちかなー。アタリを引いたらーどうなるのーかなー』

 

 びくり、とした。思考が一瞬真っ白になる。体が強張ったのがわかる。たった数行の文章で、今まで多少は揺れたりしても結局は保ってきた。保つ事が出来ていた精神の防壁に明確にヒビが入ったのを知覚する。シンの頬を伝うのは汗だろうか。コクピットの中は空調が利いているから暑い筈がないのに。
 そもそも、この一文が信用できるかどうかが怪しい。誰が何の意図で書いたかは知らないが、所詮報告書の端っこに書かれた落書き程度の存在でしかない筈だ。
 ――MSには、コクピットには様々な記録装置がある。
 戦闘の際の様々なデータを持ち帰る為に。前回の戦闘の後、目を覚ましてからシンは音声記録を再生した。そして爆笑としかいえな笑い声が響きだした辺りでレコーダーをそのまま素手で叩き壊した。
 整備スタッフには誤って壊したと説明しておいた。打ち付けた事にした腕も適当に傷を付けておいたから、たぶん大丈夫だと思う。
 前よりもずっと加速しやすくなった思考とか、前よりもずっと復帰しやすくなった肉体とか、前よりもずっと暴走しやすくなった感情の一部とか。できれば考えないようにしていた事が、別に問題じゃないと押し込めようとしていた物がどんどん湧き出てくる。
 何気なく掌を見る。指が五本あって、肌色で生暖かい。最近は整備の手伝いで機械油まみれになる事が増えた所為か、昔より少し荒れているかもしれない。でも特別変わり無い、変わっている筈なんて無い。
 見た目は、変わっていない。

 

 ――じゃあ、中身は?

 

 生まれ持った赤い瞳で絶対に見る事の出来ない、内側はどうなっているのだろう。そんな疑問が浮かんできた。中身なんて見れないのだから知りようが無い。それに、もし見れたとしても変わっているかどうかなんて、どう判別すればいいのか。基本的には、変化前と変化後を並べて比べて識別すればいいのだろう。
 だけども、
「俺って、」
 赤い光が、シンの周囲に――そしてスローターダガーの周囲にも溢れ返った。転換にかかる時間は”最初よりも大分短縮されて”、今ではもう数瞬だけ。十メートルを超えるモビルスーツをすっぽりと覆える程の布が宙を舞う。布は傍らの木々の上に投げ捨てられ、布があった場所に居るのは二メートルにも満たない一人の人間(シン・アスカ)。変換の残滓である赤い光が周囲に撒き散らされ、やがて空気に解けるように消えていった。
「俺って、どんなだっけ」
 身体の各部にMSの意匠を持つアーマーをいくつか付けて、左腕にはこれまでと大きく異なるシルエットになったシールドをひっ付けて、シンはぽつりと呟いた。
 来ている服は灰色だ。かつての赤の名残はまるで無い。それを確認したところで、今の灰色に慣れ切って、前赤を着ていた事すらも忘れかかっている自分(シン)に気付く。
 今に、異常なまでに慣れ切ってしまっている自分(シン)を、そこで認識する。

 

「シン・アスカって、どういうのだったっけ」

 

 呆然とした呟きは青空を見上げながらぽつりと吐き出された。それと同時に、ほんの一瞬だけ。身体の各部に纏わり付いた装甲、そのパーティングラインの上を赤い光(ライン)が循環するように駆け抜けた。