C.E.78 ◆RcLmeSEfeg氏_第02話

Last-modified: 2007-12-12 (水) 23:07:18

 ジムの正パイロットは、立ち上がる乗機の姿を見上げた。MSの動作には、ある程度の法則性があり、同型機の場合、チューンでもしない限りは同一化されている。
だが、それならば説明が付かない。
 なら何故、先程まで自分が操っていたはずの機体が、全く違う姿をするのだ。概観が変わったわけではなく、その風格が変わっていた。強者だけが纏える一種の見えざる刃。
彼にはまだ届かぬそれが、目の前にあった。
「あのMSそのものも大概だが……。あの男、何者だ?」
 その疑問に答えることなく、ジムはかつての主の頭上を飛び越えていった。

 
 

 第二話 『染まる日々』

 
 

 半ば惰性のように機体を動かしたシンは、とりあえず状況を整理してみた。
 まず、フェアと言えるだろう。敵機は1対1。旧時代の戦争ではほとんど起こりえなかったが、MS戦においては意外と起こるカード。
スーパーエース(稚拙な言い回しだが、一番当てはまる)同士の戦闘の場合、僚機がその間に立ち入る間が無い。むしろ戦いの邪魔となるからだ。
勿論、中には卓越した実力者二人が最高のコンビネーションを発揮する場面もあるが、極稀だ。スーパーエースは、そうそういるものではない。
 だが、この敵は十分にエースと言えるだろう。たった一機でMS中隊を壊滅させた実力は、侮ることは出来ない。
「……いまいち、なんで戦うか分からないんだけどな」
一応の安寧をぶち壊しにしてくれたヤツに対する八つ当たりだろうか。大きな理由はこの機体にまで自分を誘った白の少女な気がするが。
シンは搭乗後、モニターでは確認できなかった少女の安否が気になってはいたが、とりあえずは目先の危険に対処することとした。
「まったく。女の子に誘われてたんじゃな。メルヘンじゃあるまいし」
哂ってはいたが、 笑えてはいなかった。

 
 

動く。シンはゲルググに向けていた意識を少し割くと、己の乗るMSに傾けた。
この機体がどう動くのかすら定かではないまま、シンは核動力搭載MSに立ち向かう。
スカートから火を噴かせて、粉塵を巻き上げながら、ゲルググは前進した。
ナギナタを大きく振るい、リーチの差を生かした攻撃を仕掛けてくるが、シン――ジムは身体を僅かに沈ませてかわした。
発光するビーム刃が、ジムの頭部から伸びるアンテナを焼いた。
「っ!」
ほんの少しの意識との誤差。シンは舌打ちする。傍目には鮮やかと言える手並みでも、シンには満足できない。
不満を隠しながら、シンはバックパック上部に収められたビームサーベルの柄を取らせ、抜きざまにゲルググの右肩を切り落とした。

 
 
 
 

オーブ宙域を浮かぶ、黒い艦艇があった。宇宙に溶け込むその色は、同時に姿を隠す暗幕。実体はあっても、現在のいかなるレーダーには決して映らない、現状で、最高の隠密装備。
「オーブで動きです」
「……」
艦長席に座る恰幅の良い老年の男は、歳に見合った深い皺を歪めて、歳に似合わぬ不適な笑みを浮かべた。
「地上のエドワード達には、現状を維持させろ」

 
 
 
 

 その光景は圧倒的の一言だった。
右腕を肩から根こそぎ奪われたゲルググは、ジムを恐れるように身を揺らした。勿論、それは見間違いであり、体勢を崩したゲルググの身動ぎがそう見せただけなのだが。
シンは躊躇わず、ゲルググのコクピット(ザフト時代の経験から、おおよその位置を割り出した)に、淡い赤を揺らすサーベルを突き入れた。
その巨体を痙攣したかのように震わすと、ゲルググはぴくりともしなくなる。駄目押しの蹴りを入れられ、ゲルググは仰向けに倒れた。
本来ならば、聴取の為に、捕虜にするのが適当かとも思われたが、シンは原因の究明よりも、自爆の危険性を排除することを優先した。
確かに手強そうな相手ではあった。が、それまでだった。錆付いたと自覚するシンですら容易い相手。それが現代のエースなのか。
 興味を失ったように、シンはジムのコクピットを開けて、外に出る。とりあえず自宅の安全の確認をしたかった。のだが、
「あ」
シンはやっとこさ、自分のやってしまったことに思い立った。軍用機の無断使用。及び、パイロットに対する暴行。
「駄目だこりゃ」
数分後、シンはオーブ当局に拘束された。

 
 

自室にて、書類の整備に追われていた女性が、開けた窓から流れ込んだ風に前髪を押さえた。
カガリ・ユラ・アスハ。オーブ連合首長国連邦の、元首長。数年前まで、地球圏最大の軍力を持っていた勢力の一端を担っていた彼女はしかし、ここ数年続く苦悩の渦の中で流されていた。
「全く嫌になる」
目の前に積まれた紙の山に判子をする仕事。ならばどんなに楽だったろう。ある程度の返事も返してやらねばならなかった。国政と言う形で。
「民の不満は募るばかり。軍は旧来然とした体制を崩そうとはしない。現状で、何が国家か。民在っての国だと、何故気付けぬ」
もっとも、自分が本当の意味でそれに気付けたのは最近だったのだけれど。それでも今のカガリは一国の主として完成されていた。
オーブの政には直接介入せず、その力をもって守護する女神、ロンド・ミナ・サハクとは違う目線で、彼女はたしかにものを見ていた。
「変えていかねば。この国を」
未だに力こそ、この体制こそを至上とする現在の主流派は、その姿勢を改めようとはしない。それでも何時かは。
それだけを信じて、カガリは今も世界の表舞台に立っていた。
 そんな彼女の前に、意外な来客が舞い込んでくるのだが、それはこれより五時間ほど後のことだった。

 
 
 

 夕暮れ時。昼間の戦闘で破壊された街の中を歩く二人の男女がいた。
誰もが瓦礫の中から家財を、今も助けを待っている市民を救出する為に動いているというのに、二人はそちらには眼もくれず、ただ歩いていた。
 男がおもむろに口を開いた。
「連中もやってくれるぜ。どうしてこうも戦いたがるのかねぇ、アイツらは」
不満げに口に咥えた火の付いていない煙草を弄びながら、男は女に同意を求めた。女は目線も合わさずに答える。
「それが彼らの抱く意義だからよ。自身の持つ力こそが正義。それ以外の力は認めない。彼らがやろうとしていることはこの一言で片付くわ。支配よ」
「支配ねぇ……」
男は納得のいく答えを得られなかった様子で、項垂れた。不味い酒でも飲んだかのように顔を顰めると、彼は咥えていた煙草を携帯灰皿の中に突っ込んだ。
「不味い酒と、煙草っていうのはよくないねぇ。戦争よりよくねぇ」
「煙草はともかく、お酒については同意しておくわ」

 
 

二人は切り開かれたかのように大きく広がる街の一角に出た。二人はそこに横たわるムラサメの残骸を見上げる。
「ここで、彼とジムは拘束されたようね」
女はムラサメの突き出された掌に腰掛けた。奇しくも、そこは昼に、白の少女が座っていた場所だった。
「ジムはともかく……その男、シン・アスカとか言ったっけか?そのボウズにそんなに価値があるのかねぇ?」
男は怪訝に思っていた。―シン・アスカ。前大戦時、ザフトきってのエースとして讃えられた男。
当時は少年と呼ぶのが相応しい年齢だったが、生きていれば、今はもうひとりの大人となっているはずだった。
しかしエドは、隣に立つ女性と、自分の上司がシン・アスカを高く評価しているらしいことに首を捻っていた。
「そこまでのもんなのか?」
男の言葉に、女は僅かに頬をゆがめた。それは、苦笑だった。
「生きていることだけは、前から分かっていたわ。でも彼が今、どんな男性になっているかは私もモーガンも知らない。
分かっているのは、彼女が彼を選んだと言うその事実。それだけなのよ」
 女の言葉を、男は笑ってみせた。
「はっはっは!彼女彼女って、そんなにアレがエライかねぇ」
「えぇ。彼女達は利口よ。知性という面では、私達は彼女達の足元にも及ばない。何故なら、彼女達は戦争をしたりしないもの」
女は、悲しげに首を振って、次の言葉を紡ぐ。
「それでも、そんなあの子達の一面を利用して、私達は戦っている。彼女が選んだと言うのならば、私は彼がどのような人物でも引き入れるわ」

 
 
 

「最悪だ」
シンは独房の中で膝を抱えていた。手首に嵌められた手錠が、少し窮屈で痛い。
「誰も逃げやしないよ」
ベッドしかない檻の中で、シンは俯き、呟いた。

 

「大人しいもんですよ」
シンの様子は、常に監視されていた。勿論、シンもそれには気付いているのだが、鮮明な映像で映されるシンの表情には、何の気負いも感じられない。
人の目も、気にしていないようだった。
「ふむ。しかし彼がシン・アスカだとすると……」
「やっぱり上の方も戸惑いますかね?」
 シン・アスカ。この名前はオーブでも大きな意味を持つ。オーブの人間であったにも関わらず、国を捨て、祖国を焼いた男。
それがオーブ軍内におけるシン・アスカへの共通認識であった。
 彼が、かつては戦争の一犠牲者であったことは、彼らにとって関係無かった。
「彼の一面を知っている、我々としては複雑なところではあるがね。大体、今の彼の表情を見て、あのシン・アスカだと誰が想像できる?」
シン・アスカの素顔を知る者は少なくない。だが、それは大戦時の兵士としての顔。
ともすれば狂気染みたものに浸かっていた当時のシンを知る人間は、今のシンの何処か抜け出してしまった姿を見ても、それが同一人物であるとは、理解できないことだろう。
それほどまでに、シン・アスカは変わっていた。
「それでもやっぱり怖いんじゃないですか?上層部の方では軍用MSの無断使用の罪で、即刻死罪にしてしまえという意見が出てるそうじゃないですか」
「……今の彼は、善良な一市民だよ。そんなに怖いのか?シン・アスカが」
しかしそれも仕方あるまいか。男は思う。シン・アスカ。彼は英雄、キラ・ヤマトを下したただ一人の人間だったのだから。
未だに半ば神仏的に崇拝されているキラ・ヤマトという人間。それとただ一人、対等に戦えたという事実を持つシン。シンは、そういう意味で一つの神と同義の位置にいたのかもしれない。
「英雄は今や逆賊に。英雄殺しの男は、ただ平穏な生活を送っていたと言うのに……。世が世なら、君はこのまま埋もれていたかもしれんな」
 しかしそれを、状況が許さない。

 
 
 

 それから間も無く、シンは開放された。黒服の男四人に、がっちり周りを固められて。
「……これって開放っていうのか?」
「シン・アスカ様。ご無礼をお許しください。もうしばらくご足労願います」
取っ付き難い外見通りに、突き放された。シンは肩を竦めて苦笑い。
何処にも、無礼と感じている様子の無いこのオッサン四人が案内人では、苦笑の一つも出ようと言うものだった。
「で?この後、俺は何処に連れて行かれるんだ?」
シンの問いに、黒服の一人が、低い声で答えた。
「行政府までですよ、シン・アスカ様」
 僅かだが、シンの気だるげな苦笑いに、綻びが生じた。そうして、シンは連れられていく。オーブ首長、カガリ・ユラ・アスハの元へ。

 
 
 

現在のザフト正規軍―リ・ザフトの構成員がそのほとんどを掌握している―は、地球でも活動している。
旧ザフト軍の残党狩りの為だ。C.E.78において、地球圏の情勢は混迷を極めていた。
C.E.73の大戦後、世界はオーブを頂点として再編された地球統一連合と、キラ・ヤマト、アスラン・ザラ率いるザフト軍。
この二つの勢力によって統治されていた。
平和をひたすらに愛したラクス・クラインと、カガリ・ユラ・アスハの政策は、争いに疲れた人々の心を癒し、無敵を誇る軍力で、あらゆる反乱を許さない。
 その筈だった。実際は、世界全体の平和を優先するラクス・クラインと、あくまで人々の幸福を善しとするカガリ・ユラ・アスハ両名の意見は対立。
揺るがないはずだった二人の協力関係は、あまりに脆く崩れ去った。それでも、一応の平和を叶えるだけの力は、同じ世界を夢見た二人の手元に残った。
やり切れぬ確執を残したままの彼女達だったが、それぞれ別の形で、世界の安定を護り続けようとしたのだった。
それを砕いたのが、プラントの双璧であったアスラン・ザラだった。
「アスラン……」
仕事を終え、机に突っ伏したカガリは、一度は愛し合った男の名を呟いた。しかしそれはもう遠い日。今の二人を分かつ壁は、到底取り払えそうには無い。
「何故続ける。戦いを」
あまりに強すぎる力の誇示。アスラン自身も嫌悪したそれを、今は彼自身が行っていた。今のプラントは地球統一連合に対して、明確な敵対姿勢をとっていない。リ・ザフトとして活動していた頃に掲げた、ナチュラルの駆逐の思想など、陰も形も無かった。
 だから余計に怖い。アスランが、何を考えているのかが分からない。
「キラとも、もう和解の道を選ぶことは出来ないだろう。お前はそうやって、同胞を殺し続けるのか?」
ザフト軍は今、ただ旧体制の残党を狩ることだけにその力を奮っていた。行き場を失った以前の英雄達の中には、今を生きる為に宙賊(かいぞく)に堕ちるのを余儀なくされたものも多くいる。
それらを粛清するのが、今のザフト軍のあり方だと、プラントは言う。
「今日の事件も、時代に取り残された哀れな逆賊の仕業だと、お前は言うのか……」
しかし、ザフト軍の動きはあまりに不透明だ。残党と見せかけて、主要施設の破壊を行っているとさえ言われている。認めたくは無い、その所業。
しかしカガリはそれを、真実として受け止めた。
「私は、お前を認めない。言葉が通じぬと言うのなら、我が力の全てをもって、止めてくれる」
その為に、彼をここへ呼ぶのだから。長い間、うやむやのままにした痛みとも、向き合うために。
 そうしてドアは叩かれた。

 
 
 
 
 
 

第三話 「往く道」に続く。

 
 
 

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