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Last-modified: 2012-09-16 (日) 23:50:25

 C.E.30年代にピークを迎えた遺伝子改変ブームによって、人類は新たな対立の図式を作り出すこととなった。
 受精卵の段階で遺伝子を操作されて生まれた、「コーディネイター」と呼ばれる新たな人類は、旧来の人類「ナチュラル」にとっての脅威となった。
彼らコーディネイターは知力、体力、すべての能力に置いてナチュラルを凌駕し、その数こそ少ないものの、学術、スポーツなど、あらゆる分野のトップを占めるようになる。
やがてその格差が対立を生み、数において不利なコーディネイターは地球各地で迫害を受ける事となった。住み慣れた土地を追われ、彼らが目指した安住の地は、宇宙だった。
 のちにコーディネイターたちの本拠地となる〝プラント〟は、C.E.50年代から着工し、エネルギー問題に悩む地球に、豊富な宇宙資源から得られたエネルギーと、無重力を生かした工業生産物を供給する役割を負っていた。
その利益は一部の地球におけるオーナー国が独占し、彼らは〝プラント〟に武器と食糧の生産を禁じる事で、自らの支配を確固たるものとした。
 いわれのない支配と搾取。当然コーディネイターたちはそれに反発し、独立と対等貿易を地球に求めた。繰り返し話し合いの場が持たれたが、そのたびに決裂に終わり、両者の緊張は徐々に高まっていく。そして――
 C.E.70年代、〝血のバレンタイン〟の悲劇によって、地球、〝プラント〟間の緊張は、一気に本格的武力衝突へと発展した。
 誰もが疑わなかった、数で勝る地球軍の勝利。が、当初の予測は大きく裏切られ、戦局は疲弊したまま、既に十一ヶ月が過ぎようとしていた――。

 

 〈――では次に、激戦の伝えられるカオシュン戦線、その後の情報を……〉

 

 キラ・ヤマトは、何時の間にかあらぬ方をさまよっていた視線をコンピュータに戻し、投げやり気味にキーボードを叩いた。
黒い髪、アメジスト色をした目の小柄な少年だ。まだ幼さを残す繊細な顔立ちは、東洋系のようだが、一見して人種を判別できない。
 ここは工業カレッジのキャンパスだ。緑したたる中庭、あふれる陽射し、楽しげにたわむれ、行き過ぎていく若者たち――地球のどこでも見られるような、ごくありふれた日常風景。
 だが彼らが踏みしめている芝生の下には、厚さ約百メートルに及ぶ合金製のフレームがあり、その外には真空の宇宙が広がっている。
 ここは〝ヘリオポリス”、地球の惑星軌道上、L3に位置する宇宙コロニーである。
 コンピュータ画面の上方に開いた別窓の中では、アナウンサーが相変わらず深刻そうな顔でしゃべっている。

 

 〈――新たに届いた情報によりますと、ザフト軍は先週末、カオシュン宇宙港の手前六キロの地点まで迫り……〉

 

 きらり、と小さな翼で日光を跳ね返し、キャンパスの上空を一巡りして、トリィが戻ってきた。メタリックグリーンの翼を羽ばたかせてキラのコンピュータにとまる。トリィは小鳥を模した愛玩ロボットだ。キラの大切な、小さな友達。
 トリィを見るたびに、キラの脳裏にはこれをくれた親友の面影が浮かぶ。

 

 『――父はたぶん、深刻に考えすぎなんだと思う』

 

 別れの日、少年は十三歳とは思えない大人びた口調で言った。黒い髪、穏やかで物静かな面差し、伏せられた目は印象的な緑だった。
 彼とキラは四歳のときから、月面都市〝コペルニクス〟で幼年学校時代をともに過ごした。どんな時も自分を助けてくれる、励ましてくれる兄の様な彼――。二人はいつも一緒だった。

 

 『〝プラント〟と地球で戦争になんてならないよ』

 

 うん……と、キラはうなずいた。

 

 『でも、避難しろと言われたら、行かないわけにもいかないし』

 

 キラはずっと、うつむいていた。
 彼らは賢明な子供だった。それでもしょせん子供でしかなく、社会の情勢や親の意向に従うしかない。別れを受け入れる事しかできなかった。
 友はうつむいたキラを励ますように言った。

 

 『キラもそのうち〝プラント〟に来るんだろ?』

 

 その言葉にこめられた希望が、少しキラをなぐさめてくれた。やっと目を上げてみると、友は綺麗な緑色の目を細めて笑った。その色が、キラはとても好きだった。
 ――きっとまた会える。
 そう信じて別れてからもう三年――。

 
 

 「お、何か新しいニュースか?」

 

 突然、ぬっと肩ごしに覗き込まれて、キラは我に返った。

 

 「トール……」

 

 工業カレッジで同じゼミのトール・ケーニヒだ。隣にはミリアリア・ハウの姿もある。
 コンピュータの画面では、ニュースの続きが映し出されていた。立ち上る黒煙と爆音、逃げ惑う人々、ビルの立ち並ぶ町並みは半壊し、どこか近くで戦闘が続いているらしい。
 去年、〝プラント〟の擁するザフト軍は、地球への侵攻を開始した。中立国オーブのコロニーであるここ〝ヘリオポリス〟でも、開戦当初はみな、地上で行われている戦況を息をつめて見守っていたものだが、最近はもうそれにもなれてしまった。

 

 〈――こちら、カオシュンから七キロの地点では、依然激しい戦闘の音が……〉

 

 リポーターがうわずった声で報告する。

 

 「うわ、先週でこれじゃ、今頃はもう陥ちゃってんじゃねえの、カオシュン?」

 

 トールがお気楽にコメントする。キラは苦笑し、コンピュータを閉じた。
 少々軽率なところがトールの欠点だ。だが開けっぴろげで裏のない彼が、キラは好きだった。いつも朗らかでしっかり者のミリアリアとは、似合いのカップルだ。

 

 「カオシュンなんて結構近いじゃない? 大丈夫かな本土」

 

 ミリアリアは対照的に、不安そうな口調になる

 

 「そーんな。本土が戦場になるなんてこと、まずナイって」

 

 どこまでも楽観的なトールの観測が、かつての親友の口にした言葉に重なる。キラはふいになんとも言えない不安を感じた。
 それでも彼らは「戦争」なんて、自分達と関係ないものと思っていた。コンピュータを閉じたら終わってしまう、画面上の単語にすぎないと――このときは、まだ思っていた。

 
 

PHASE-01 偽りの平和

 
 

 何も無い漆黒の宇宙――そこに、太陽光を受けてきらりと輝く金属片が漂っていた。慣性で促されるようにゆっくりと回転し、やがて、こつり、と白いパイロットスーツ着た男のヘルメットに当たる。
 男はややあってからびくっと身を震わし、肺に残された息をカハと吐ききった。
しばらくそのまま呆然と宙を見つめていたが、やがて導かれるように手元までやってきた金属片を手に取り、うめいた。

 

 「――俺は……」

 

 彼ははっと目を見開き、声をあげた。

 

 「――ララァ……。シャア!」

 

 名を呼び、周囲を見回した。だが、その宙域にいるのは彼だけだ。

 

 「どうやって……」

 

 男はひどく混乱していた。いったい彼に何があったのだろうか?

 

 「……クッ。〝ガンダム〟は、地球は……」

 

 何も無い闇の空間で、じたばたともがくように彼は言った。だが、それに答えるものは誰もいない。
 戦闘の光は無い。限りなく無に近い空間。だが男は、それでもと足掻き続ける。太陽の光も、星の煌きも、まだ見えているのだから。
 しばらく虚空を彷徨っていた彼は、目の中に見慣れたもの見つけ、眉をしかめた。

 

 「コロニーがある……?」

 

 右手に持たれた金属片を見て、彼は目を細めたが、頭を振ってから前を見据える。そして目線の先にある、特徴的な形をしたコロニーへ向かって備え付けのスラスターを吹かせた。

 
 

 〝ヘリオポリス〟は旧来の円筒型コロニーだ。全長三十二キロメートル、直径三キロメートルにおよぶ巨大な円筒を、太陽光線を集める三枚のミラーが細長い花びらのように取り囲んでいる。
この巨大な円筒を回転させ、遠心力によってコロニーの内壁に重力を作り出しているのである
 〝ヘリオポリス〟を特徴付けているのは、付属している資源採掘用の小惑星だろう。遠くからこのコロニーに近づいてくると、まるで宇宙空間を漂う巨大な岩塊から、ぬっと生え出したもののように見える。
 アスラン・ザラはゆっくりとコロニーに近づいていた。周囲には彼と同じく機密服を身に着けた人影が数十人おり、一人、また一人とコロニー内部へと続く排気口に取り付く。
アスランも岩塊に身を寄せ、ちらとリストウォッチに目をやった。自分の呼吸音がやけに耳につく。
 時計が予定時刻を示すと、排気口の監視装置が切れた。それを確認したとたん、彼らは無駄の無い動きで順番にそこへ滑り込んでいった。予定通り、誰にも感知される事無くコロニー内部に潜入し、彼らは整然と四方へ散る。
命令や質問はいっさい発されず、訪れたことのない場所を進む戸惑いもまったく見せない。彼らは完全に統制の取れた動きで、工場区の主要な場所を選び、黒い小さなボックスをセットしていった。
 セットしたとたん、ボックスにはカウンタ表示が灯る。
 その数字は、爆発までの残り時間を示していた。

 
 

 「いかがなさいましたか、隊長?」

 

 隊長と呼ばれた男は、風変わりな銀色のマスクで顔の上半分を覆っていた。波打つ金髪、すらりと引き締まった体つき、マスクで隠れていない顔の部分は整い、かなりの美丈夫ではと思わせる。
彼こそがラウ・ル・クルーゼ、敵にも味方にも、有能さと容赦ない戦いぶりで知られる、この部隊の長である。彼はかたわらにの男の質問に、眉間を指で押さえながら答えた。

 

 「いや……なに、少し頭痛がしただけさ」

 

 ここは〝ヘリオポリス〟からほど近い宙域である。小惑星の影に、二隻の戦艦が待機していた。ザフトのナスカ級戦艦〝ヴェサリウス〟とローレシア級戦艦〝ガモフ〟だ。

 

 「君こそ、難しい顔をしているぞ、アデス」

 

  アデスは〝ヴェサリウス〟を任される艦長だった。がっしりした体型で、四角くいかつい顔立ちの彼は、そのまま自分の懸念を口にした。

 

 「――評議会からの返答を待ってからでも、遅くはなかったのでは……隊長」

 

 アデスの問いかけに「遅いな」と彼は帰した。

 

 「私の勘がそう告げている。ここで見過ごさば、その代価、いずれ我らの命で支払わねばならなくなるぞ」

 

 ラウは手にしていた写真を、ピンと指先で弾いてよこした。不鮮明な画像だが、そこには巨大な人型にも見える装甲の一部が写っていた。

 

 「――地球軍の新型兵器、あそこから運び出される前に、奪取する」

 
 

 「だからぁ、そういうんじゃないんだってばーっ」

 

 華やいだ嬌声が上がる。大学のレンタルエレカポートで騒いでいる少女たちの達の中に、フレイ・アルスターの姿を見つけ、キラの鼓動は一瞬高まった。
 長く艶やかな髪は燃えるような赤、肌はミルクのようになめらかで、今はかすかに上気している。高貴さを感じさせる整った顔立ちと、しなやかな立ち居振る舞いが、大輪の薔薇のような華やかさを感じさせた。
たくさんの少女の中にいても、ぱっと人目を引く存在だ。彼女の姿を見ると、いつもキラの心臓は勝手に暴れだす。ろくに口なんて聞けもしないのに。

 

 「あ、ミリアリア! ねえっ、あんたなら知ってるんじゃない?」

 

 フレイを囲んでいた女の子達もこちらに気づいて話しかけてくる。その後で顔を赤くし、「もうっやめてってばぁ!」とフレイが叫んだ。だが友人たちは取り合わない。

 

 「この子ね、サイ・アーガイルから手紙もらったの! なのに『なんでもない』って話してくれないんだよーっ」
 「ええ~っ!?」

 

 伝染したみたいに、ミリアリアもすっとんきょうな声を上げた。
 彼女らが更にフレイを問い詰めようとしていた時、キラの背後から落ち着いた声がかかった。

 

 「――乗らないのなら、先によろしい?」

 

 サングラスをかけた女性と、その売り祖に二人の男性が立っていた。声をかけたのは先頭の女性だ。いずれもまだ若く、二十代前半から半ばというところだろう。
だが学生には見えなかった。発された言葉は丁寧だったが、彼女の口調や声には妙な威圧感がらり、若い女性らしい柔らかさを拒絶したような、硬く鋭い雰囲気を漂わせていた。

 

 「あ、すいません。 どうぞ」

 

 トールが頭を下げ、みな気まずい思いで先を譲ると、彼らはきびきびした動作でエレカに乗り込み、走り去った。ばつの悪い雰囲気を振り払うように、「もう知らない! 行くわよ」とフレイが叫び、次のエレカを捕まえる。
連れの少女達は口々に「待ってよぉ」などと言いながら騒がしく後に続いた。
 ポートが静かになると、突然トールが、ばん、とキラの肩を叩いた。

 

 「なーんか以外だよなあ、あのサイが。けど、強敵出現、だぞ、キラ!」
 「は? な、なに……」

 

 とまどうキラに、ミリアリアも「頑張ってね」と笑いかけ、トールに続いてエレカに乗り込んだ。

 

 「ま、待ってよ。ぼくは別に……」

 

 一人しどもどするキラだった。

 
 

 「――地球連邦軍のアムロ・レイ大尉だ。戦闘で機体を失ってしまった、すまないがそちらに誘導してもらいたい」

 

 コロニーの港にまでやってきてから、動揺を察しされないように平坦な口調を意識してアムロは言った。
コロニーで嫌われ者である『ロンド・ベル』の名を出さなかったにしろ、 ネオ・ジオンの捜査のためほぼ全てのコロニーに立ち寄った経験のあるアムロだが、このコロニーの記憶はどこにもない。妙な胸騒ぎがする。

 

 〈――ハッ! 地球連合のアムロ・レイ大尉ですね? 了解しました〉

 

 返事はすぐにあり、アムロは少しばかり安心して息をついた。とりあえずとはいえ、ようやく一息つくことができそうだ、激戦続きで疲労もたまっている。
それに、〝ラー・カイラム〟に連絡を取り、あの後どうなったのかを知らなくてはならない。
 やがて外に出てきた若い男に誘導され、〝ヘリオポリス〟という名のコロニーに入る事ができた。その動きは、平時の管理職そのものであり、若いという理由だけでは片付けきれないものがあった。
だがネオ・ジオンの工作員には見えないし、そもそも男の顔は碌に戦争を経験していない容貌を醸し出している。
ならば、ここは中立のコロニーかと思い立つのがアムロであるし、アムロ・レイという名を出せば宇宙移民者の大半からは嫌な顔をされるのも事実であるから、そうでないこの若い男は本物かと感じ取ることができた。
それゆえに、アムロはより緊張を崩さずに声をかける。

 

 「状況はどうなっている。戦闘は?」

 

自分の置かれた状況は理解しがたいものである。

 

 「この近辺での戦闘は確認されていません、随分と流されたようですね」

 

 アムロの質問に、男は慣れない手つきで書類を書きながら言った。彼が続ける。

 

 「――ご無事で何よりです。すぐに〝アークエンジェル〟に連絡します」
 「ン、すまないが……。僕は地球の状況を聞いたつもりだが」

 

 機嫌よく答えた警備の男に、アムロは少しばかり眉を顰めた。男は慌てて敬礼をし、申し訳無さそうに頭を下げた。

 

 「あ、ハッ! 申し訳ありません、大尉!――えー、現在地球は、〝ザフト〟のモビルスーツで……、あっ、カオシュンが落ちたと……」

 

 どぎまぎと言う様子を見て、アムロは内心動揺していた。自分は長い事地球連邦にいたという自負はあるし、それなりの知識も得ている。だが、〝ザフト〟などという組織など知らないし、一度だって耳にしたこともない。
 それに……先ほどから自分の第六感が告げているのだ。何かが違う、と。
 アムロはなるべく平静を装って彼に問いかけた。

 

 「――そうか、カオシュンまで落ちたか……。〝ザフト〟――彼らにも参ったものだが……。そういえば、どういう意味の名前だったかな、勉強はしているのだろう?」

 

 あえて少し意地悪で愛想の良い男を演じ、聞いてみた。

 

 「ハッ! 〝ザフト〟とは、自由条約黄道同盟の事で、コーディネイターを主国民とするプラント連合が――」

 

 違う。彼の言っている意味がなどではない。もっと根本的な何か……。『存在』そのものが――。

 

 「良くやれているようだ。ありがとう」

 

 なるべく優しい口調でそういったが、アムロは心の中で自問自答を繰り返していた。
〝パラレル・ワールド〟という話は良く耳にするし、おとぎ話でも使われる話だ。どっかの木星帰りの小説家の書いた話では、海と陸の狭間に別の世界がある、なんてのもあった。しかし――。
そんなことが現実に起こりうる話なのか? 俺はあの光で、『どこ』まで流されたんだ……?

 

 「――どうかなさいましたか?」
 「ン? いや……」

 

 訝しげな表情の若い男に、自分の考えが表情に出ていたことを悔んだ。一瞬アムロは頭の中で言い訳を探したが、それはすぐに思い当たった。

 

 「ここに来る途中、このコロニーの排気口の辺りに数名の人影が見えた。そちらの補修作業か何かだと認識しているが?」

 

 男は「……人影ですか?」と首をかしげた。

 

 「ひょっとして〝ザフト〟だったり、ね」

 

 新米の若い男は、そういうことか、と表情を変え「至急、調査の者を回します!」と言ってから、扉を開け、大慌てで出て行った。
 アムロはIDカードを要求されなかった彼の不手際に感謝しつつ、誰もいないのを確認してから扉を開け、歩き出した。
 ここがどこかなどまったくわからない。だが、まずは状況を知ることが先決と考えた彼は、誰にも会わないことを願いながら、情報を端末から得る事のできるルームを探すことにした。

 
 

 「大尉ーっ」

 

 トレーラーから胴間声で呼びかけられ、マリュー・ラミアスは振り返った。メカニックマンのコジロー・マードック軍曹が無精髭だらけの顔を窓から突き出し、怒鳴った。

 

 「んじゃあ、俺たちゃ先に艦に行ってますんでー!」
 「お願いね!」

 

 周囲が騒がしいので、自然とマリューも怒鳴り声になる。
 ここは私企業〝モルゲンレーテ〟の地上部分に当たる。
周囲は作業をする男達の活気あるやりとりで賑わい、雑然としていた。その中で、男達と同じ作業服姿ながらも、肩までの栗色の髪を振って指示を出すマリューの姿は自然と際立つ。
彼女もまた地球連合軍に籍を置く身だ。二十六歳にして階級は大尉、ここにいる中では最上官であるものの、なかなかの美人であるからこんな声もかかる。

 

 「大尉、コレがすべて終わったら一杯お付き合い願えませんかね? 〝ヘリオポリス〟最後の夜にでも」
 「上官侮辱罪で最後の夜を営倉で過ごしたい?」

 

 若い下士官にマリューがそう切り返すと、横にいたハマナ曹長が豪快に笑った。

 

 「ばぁか、おまえがこのねえちゃんを口説こうなんざ、十年早い」

 

 みな、計画の終了を目前に控え、陽気になっているのだ。
長かった――と、マリューの胸にも感慨が溢れる。極秘裏に〝G〟計画が動き始めて数ヶ月、彼女はその初期から携わり、こうして〝ヘリオポリス〟につめて、すべての過程を見守ってきた。
 〝モルゲンレーテ〟で新造艦〝アークエンジェル〟とともに開発、製造された、地球連合の新型秘密兵器は〝G〟と呼ばれ、これからの戦局を占ううえで銃よな価値を持つものであった。
その〝G〟が完成し、搬出も目の前という段階までこぎつけたのだ。これからこの新型兵器は微調整を終え、マリューが副長を務めることとなる〝アークエンジェル〟に移送されて、ひそかに〝ヘリオポリス〟を出港する運びとなっていた。
 これでやっと肩の荷が下ろせる、と、マリューは思った。〝G〟は希望なのだ。地球連合が勝ち残るために残された、唯一の――。
 その時、敵襲を告げるアラームが格納庫内に鳴り響いた。

 
 

 「接近中のザフト艦に通告する! 貴艦の行動派わが国との条約に大きく違反するものである。ただちに停船されたし!」

 

 通告も無く近づいてきたザフトの戦艦二隻を細くした、〝ヘリオポリス〟の管制区にアラートが鳴り響いた。中立の立場を取るこのコロニーでは、戦艦の入港を認めていない
だが、〝ヴェサリウス〟、〝ガモフ〟とも、停船勧告に応える様子はなかった。全通信がノイズにまぎれていく。管制官の一人が叫んだ。

 

 「強力な電波干渉! ザフト艦から発進されています!」

 

 とたん、管制室に冷たい空気が流れる。その意味するところは一つだった。

 

 「――これは、明らかに戦闘行為です!」

 

 ちょうどそのとき、港には一隻の貨物船が入港していた。その船の艦橋でも、緊迫したやりとりが飛び交っていた。

 

 「敵は!?」
 「情報にあったとおり、二隻だ。ナスカ級ならびにローラシア級。電波干渉直前にモビルスーツの発進を確認した」
 「ひよっこどもは?」
 「もう〝モルゲンレーテ〟に着いてるころだろうが……ザフトの歩兵部隊に進入されたと情報が入っている」
 「おいおいマジかよ。――ルークとゲイルは〝メビウス〟にて待機! まだ出すなよ!」

 

 船内インターフォンに向けて指示したのは、二十代後半のすらりとした金髪の男だった。端整ともいえる顔立ちだが、緊迫したこの状況でもどこか飄々とした雰囲気を漂わせ、口元は不敵そうに曲げられている。
指示を終えると彼は、すぐ自分も格納庫へ向かった。そこには貨物船には不似合いなモビルアーマー――宇宙戦闘機が並んでいる。
 一般船籍に偽装しているが、この船のクルーは全員軍人であった。
黒いパイロットスーツに身を包んだ男は、ムウ・ラ・フラガ大尉。『エンデュミオンの鷹』との異名をとる、地球連合軍のエースパイロットだ。彼らの任務は、数人のパイロット候補生をこのコロニーに送り届けることだった。
 まもなく港口からザフトのモビルスーツ、〝ジン〟が突入した。圧倒的物量を誇る地球連合軍のモビルアーマーを圧倒し、戦局を現在の形に持ち込んだのは、人型のボディを持つこの機動兵器の力が大きい。
甲冑を着けた武者のようにずんぐりしたグレイのボディを持ち、インディアンの羽飾りを思わせる頭部の鶏冠と、背中に負った翼のような推進装置が特徴的である。
 これらの兵器はみな、〝バッテリー〟を動力源としている。従来の兵器に用いられていた核分裂エンジンは、ザフトが開発したニュートロン・ジャマーによって無効化されてしまった。
このニュートロン・ジャマーは核分裂そのものの動きを阻害するため、かつての最終兵器であった核ミサイル等はこれで完全に封じ込められ、結果、戦局はこれらの機動兵器によって左右されることになる。
 〝ジン〟の突入を認めたムウは、艦長に通信した。

 

 「船を出してください! 港を制圧される。こちらも出る!」

 
 

 「――クルーゼ隊長の言ったとおりだな」

 

 冷静な口調で言ったのは、イザーク・ジュールだった。バイザーごしにもわかる、冷たく整った顔立ち、まっすぐに切りそろえられたプラチナブロンドがさらにその印象を強めるが、今はヘルメットに隠されている。
パイロットとして一流ではあるが、怜悧な外見にそぐわずやや癇症の面をたまに見せる。アスランは少々この同僚を敬遠していた。ことあるごとにアスランをライバル視して、つっかかってくるようなところがあるからだ。

 

 「つつけば慌てて巣穴から出てくる――って?」

 

 ディアッカ・エルスマンがくすくす笑った。金髪に浅黒い肌、陽気そうな外見だが、じつはけっこうの皮肉屋だ。
 彼らも、その後に控えていたアスランも、いずれもザフト軍のエースであることを示す、赤いパイロットスーツを着用していた。パイロットたちを守るように、それぞれのチーム構成員が周囲を取り巻く。
 ザフト艦進侵攻の報せが届いたのだろう。にわかにあわただしくなった〝モルゲンレーテ〟工場付近の様子を、〝ヘリオポリス〟内部に侵入していたアスランたちはスコープで見つめていた。
作業服身に着けた栗色の髪の女性が、視界に入る。彼女が中心となって指示を出しているようだ。背後に開かれたシャッターから、巨大なコンテナを積載したトレーラーが出てくる。

 

 「……あれだな」
 「やっぱり間抜けなもんだ。ナチュラルなんて」

 

 イザークが冷たく言い放つと、発信機のボタンを押した。

 

 アスランは隣にうずくまっているニコル・アマルフィが、緊張しきった顔をしているのに気づき、軽くその腕を叩いた。ニコルは彼を見やり、ややこわばった笑みを浮かべる。
淡い色の巻き毛と大きな目をし、色白で少女めいた顔立ちの彼は、アスランより一つ年少の十五歳だ。
ナチュラルの世界ではまだほんの子供とされる年齢だが、体力、知力ともに基本レベルの高いコーディネイターとしては、この年で成人と見なされる。
背後にいたもう一人の友人が、からかうようにニコルの背中をこづいた。

 

 「どうした、ニコル。ママのおっぱいでも恋しくなったか?」

 

 にっと人懐っこい笑みを口元に浮かべたラスティ・マッケンジーが、そのまま小さく震えているニコルの肩に手を回す。
彼の性格を現すかのように明るい橙色の髪は大雑把に切りそろえられているのだが、今は赤いヘルメットに隠されて確認できない。
パイロットの中でも一番陽気でお調子者のところがある彼の明るさは、時にライバルとしてぎくしゃくしがちな仲間達の空気を緩和してくれる。

 

 「ち、違いますよ!」

 

 慌てて反論するニコルに、ラスティは白い歯を見せて笑いかけた。

 

 「そいつあ良かった。――っと、時間だ」

 

 カウントがゼロになった。工場区のあちこちで爆発が起こる。爆風に飛ばされる人々、誘爆を引き起こし、炎上する施設、鉱山内部の岩盤が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。
 だが、その情景にイザークがつぶやいた。

 

「報告と違う……?」

 

 それはアスランも感じたことだ。セットした爆弾の個数、位置などは全て彼らの頭にしっかりと入っているが、それよりも明らかに被害が少なく、ナチュラルの兵士が乗る戦車隊の行動も素早い。
 彼のつぶやきとほぼ同時に、港を突破したモビルスーツが〝モルゲンレーテ〟を攻撃しはじめた。建物の外壁がライフルの弾でえぐられ、被弾した車両が爆発し、爆風が搬送作業中の人員を襲う。
それでも戦車隊はよく応戦し、モビルスーツをなんとか近づかせないでいる。

 

 「まさか……作戦がばれていたとでもいうのでしょうか」

 

 緊張に恐怖の色を混ぜながらニコルがつぶやいた。

 

 「へえ。ナチュラルにもできるヤツがいるってことなのかねえ?」

 

 ディアッカが心にも無さそうに言った。イザークが怯えるニコルを詰まらなそうににらみ付けたが、彼が何かを言うよりも早くラスティが口を開いた。

 

 「――しっかしまあ、ほんとに良かったのかねえ。中立国のコロニーに何かに手を出してさあ」

 

 からかうような声に、イザークは視線をラスティに移す。すぐ隣では、ディアッカがやる気の無さそうに首を曲げ伸ばししている。イザークは、一度歯を食いしばってから、彼を軽く睨みつけた。

 

 「じゃあ中立国がこっそり地球軍の兵器作ってるのは良いのかよ?」

 

 言われたラスティは、眉を上げて軽く笑ってみせた。

 

 「あっはは。そりゃやっぱ――だめっしょ」

 

 あくまでも余裕の態度……というよりもふざけた態度を崩さずに言うラスティの隣で、アスランの表情が曇った。ニコルが不安げに声をかける。

 

 「急がなければミゲルたちが……」
 「わかってる。オッケー。行こうぜ。――〝ザフトのために〟ってね」

 

 そうだ、ここでこうしていては何も始まらないのだ。アスランたちは決意を固め、一斉に行動を開始した。

 
 

 キラたちのエレカは〝モルゲンレーテ〟の社屋に入って止まった。彼らの指導教官であるカトウ教授のラボがそこにあるのだ。

 

 「あ、キラ。やっと来たか」

 

 彼らが部屋に入っていくと、同じゼミ仲間のサイ・アーガイルが顔を上げた。色つきの眼鏡をかけ、派手なジャケットを着ているが、風貌は理知的で穏やかだ。
キラたちより一歳年上の彼は、やはり彼らの中でもっとも常識的で思慮深く、自然とまとめ役になることが多い。
 部屋にはサイと、やはり同じゼミのカズイ・バスカーク、そして今一人、キラの知らない人物が壁際に身を寄せるようにして座っていた。帽子を目深にかぶり、顔は良く見えないが、キラたちと同年輩か、少し下の少年に見えた。

 

 「……誰?」

 

 トールがカズイに小声で尋ねる。

 

 「ああ、教授のお客。ここで待ってろって言われたんだと」

 

 キラは少し奇異の念を抱いた。教授の『お客』というには、ずいぶんと幼い。帽子からはみ出した髪は硬質な金色で、ちらりと見えた顔は小さく丸く、手足もほっそりと華奢だ。
こんな少年が、サイバネティック工学の第一人者であるカトウ教授に何のようなのだろう?

 

 「これ預かってる。追加とかって。渡せばわかるってさ」

 

 サイが一枚のメディアを取り出し、キラに差し出した。

 

 「うえ~? まだ前のだって終わってないのに~」

 

 キラは情けない声を上げた。この前から、カトウ教授の研究に付随するプログラムの解析を頼まれているのだ。いくらキラの情報処理が速いからといって、一学生にすぎない彼をお手軽にこき使ってくれるものだ。
そこらへんの無頓着さが教授のおいいところではあるが……と、思いつつ、うんざりした顔で追加分を受け取る。そんなキラに、トールが後からタックルして首を締め上げた。

 

 「そんなことより、手紙のことを聞けーっ!」
 「手紙?」

 

 きょとんとするサイの顔を見て、キラはあせってトールの口をふさぐ。

 

 「な、なんでもない!」

 

 たしかにフレイ・アルスターは可愛いし、トールにそう言ったこともある。でも、告白とかつきあうとか、そういう勇気は出せずにいた。友達のサイが、もし彼女とそういう関係になるなら、キラの片思いなんてできれば報せずにすませたい。
 なのにそこにカズイまで加わって、「なに、トール? おれにだけ。おれにだけ」と、トールにせがむ。
 ふとキラは視線を感じ、そちらに目をやった。壁際に座っていた『お客』が、じゃれあっている彼らを睨むように見ている。ほとんど金色に近い褐色の、驚くほど鋭い目だった。
顔立ちはどちらかというと繊細で整っているのに、その目だけが野の獣を思わせる猛々しさを宿している。キラと視線が合うと、少年はふっと視線をそらした。その顔に焦りの色が浮かぶのを、キラは心を奪われたように見つめた。
 そのとき突然、轟音と凄まじい揺れが彼らを襲った。

 

 「――なに?」
 「隕石か?」

 

 少年たちは慌てて部屋を出て、エレベータを目指した。その間にも足をすくうような震動が襲ってくる。エレベータは電圧が不安定で動かず、一同は非常階段へと走った。
ちょうど駆け上がってきた職員にサイが、「どうしたんです?」とたずねる。職員は叫んだ。

 

 「ザフトに攻撃されてる! コロニー内にモビルスーツが入ってきてるんだよ!」
 「ええっ!?」

 

 みな、一瞬立ちすくむ。事態がよくつかめないまま、彼らは職人に促されて後に続いた。その時、キラの横にいた少年が、ぱっと身をひるがえした。あの金色の目をした少年だ。

 

 「――きみ!」

 

 逆方向へ駆けて行く彼のあとを、キラは思わず追いかけた。

 

 「キラ!」

 

 背中にかかるトールの声に、「すぐ行く!」と答え、キラは走った。
 教授の客という少年は、工場区の方へ向かっていた。キラが追いついてその腕をとらえたとき、背後のどこかで爆発が起こり、爆風が帽子を吹き飛ばした。
あらわになった顔と、掴んだ腕の頼りない感触、とっさに身をすくめたその仕草――。

 

 「お……おんな……の子?」

 

 キラがぽかんとつぶやくと、相手は例の鋭い目で彼を睨んだ。

 

 「……なんだと思ってたんだ、今まで」

 

 一瞬気まずい雰囲気が漂ったが、続けざまに起こった爆発がそれを吹き飛ばす。少女はキラの手を振りほどいた。

 

 「なんでついてくる!? おまえは行け!」
 「行け……ったってどこへ? もう戻れないよ」

 

 さっきの爆発で、来た道は無残に崩れ落ちている。キラはしばし考え、いきなり少女の手を取って走り出した。

 

 「こっち!」
 「なっ……離せ! バカ!」
 「ば……」

 

 さすがにむっとして、キラは相手の顔を見た。だが少女の目にうっすら涙がにじんでいるのに気づき、ぎょっとする。彼女はつぶやいた。

 

 「わたしには、確かめなければならない事が……!」
 「確かめる?」

 

 キラは不審に思って問い返す。

 

 「もう遅いのか……!? こんなことになってはと思って、ここへ来たのに……!」
 「きみ……?」

 

 まるでこうなることを予測していたかのような彼女の言葉に、キラは立ち止まる。だが、また建物の中で起こった爆発の音に我に返り、再び彼女の手を引いた。

 

 「とにかく! 避難が先だよ! 工場区に入れば、まだ退避シェルターがある!」

 
 

 アムロは、たまたま道中で会うことができたジャンク屋の青年にパイロットスーツ――無論素性を知られる可能性のあるものを全て回収した後――を売り渡す事で、ようやくそれなりの資金を手にすることができた。
 ここまで来ると、自分のおかれた状況を冷静に分析することができた。紙幣も『自分のいた世界(もしくは星か、時代か)』とは違うEarth Dollar(アード)と呼ばれるものだ。
ジャンク屋の青年は、アムロの持つ金属片に大きな興味を示したが、さすがにそれを売るわけにはいかなかったので、「妻の形見なんだ」と理由をつけた。
半分は本当なのだが、それを聞いて素直に身を引いたところを見ると悪い人間では無かったらしい。
 下着で出歩くつもりは無かったので簡単なシャツとズボンを彼らから買い、その姿でデパートに行く事ができた。
 手に入れた資金で水色のポロシャツと黄土色のジーンズを買い、ついでに今日の新聞も購入した。流石に洒落たサングラスなどを買う気にはなれなかったが、とりあえずは周囲から浮いた様子は見えないだろう。
 路地を少し歩いたところで、デパートの入り口付近にいた三人組の少女達とぶつかってしまったことを思い出し、その中でも一際目立っていた赤い髪の少女の顔を思い出した。

 

 「少し、クェスに似ていたかな……?」

 

 軽く息をつくように言ってみても、誰も反応する人がいないのが少し寂しかった。
 ふいに頭を上から押さえられるような音に、アムロは頭上を振り仰いだ。
 ――何だ……?
 それと同時だった、空からモビルスーツが降ってきたのは。

 

 「――モ、モビルスーツだっ!」
 「逃げてっ!道路の方だ!」

 

 叫びながら、人々の群れが、大通りに向かって津波のような移動をはじめ、街は一気にパニックへと陥った。車は人の波にもまれ、動く事もできずに往生ている。
 ようやくあって、敵襲を告げる警報が辺りに鳴り響く。
 素人か、と思う間も無く一機の知らないモビルスーツが慌しく周囲を取り巻くビルに砲撃を仕掛けた。
 重突撃銃から放たれた弾丸が綺麗に整列するビルの並木を薙ぎ払い、軽量コンクリートが砂塵の中に舞い上がって、鋼の巨人が隠れた。逃げ惑う何人かが、崩れ去ったビルの下敷きになり、人の波はいっそう激しくなる。

 

 「モビルスーツが、街の中にまで入ってきているのか……!?」

 

 苦々しい思いでアムロがつぶやいた。結局、どこに行っても自分は『戦争』から逃れられないのか。
 と、敵の前進を阻むかのように、戦車隊が回り込んできた。〝リニアガン・タンク〟――地球連合の保持する、主力戦車である。空でばらばらと風きり音を立てているのは、武装ヘリコプターだ。
 悲鳴と怒号、泣き声を立てながら、人々は、蜘蛛の子を散らすように、我先に路地へ逃げ込んでいく。時を置かず、〝リニアガン・タンク〟の一斉射撃がモビルスーツに向かって放たれた。だが、一つ目の巨人はひらりとそれを回避し、武装ヘリコプターを素手で払いのける。
 戦車隊が慌てて行く手を遮ろうとするが、まるで赤子同然である。
 人ごみに紛れながら逃げることしかできないアムロは、握り締めた拳に苦渋を浮かべさせているだけであったが、ふと、少女の呻くような声が聞こえ、視線を向けた。
 人ごみから少し離れた瓦礫の山に目をやると、先ほどデパートでぶつかった少女たちの中でも一際目立っていた赤毛の少女が、スカートの裾を瓦礫に挟まれ動けないでいた。

 

 「――誰か……、誰か助けて、ねえ! みんなと逸れちゃって……誰かぁ! ねえったらぁっ!」

 

 瓦礫からもくもくと立ち上る煙に巻かれながら、苦しそうに少女は叫んだ。自慢だったであろう赤い髪も、今では土と誇りに塗れてみる影も無い。だが泣きじゃくりながら助けを求める少女の存在に気づく事ができる者は誰もいなかった。
 アムロは弾かれるように少女に駆け寄り、声をかける。

 

 「君、大丈夫かい?」

 

 赤髪の少女は、アムロのどこか状況慣れした態度に安心したのか、ぱあっと表情に安堵の色を浮かべた。

 

 「あなた、さっきの……。あの、足が……」

 

 スカートの裾を瓦礫に挟まれ、すぐ側に投げ出された足を見やる。どうやら挫いてしまっただけのようだった。アムロはそれを見て、内心呆れたが、平和な街でこんなことが起こればこれが普通なのだ。彼女を安心させるようなるべく優しい声色言うように努め、言った。

 

 「――ン、わかっている」

 

 挟まれたスカートの裾を破り、そのままの勢いで少女をおぶさりアムロは走り出した。
 しばらくしたところで市民を誘導していた兵士が嬉しそうに声を上げた。

 

 「これは――大尉どの!」

 

 先ほどの新米兵士だ。彼は連合の兵士だという事は既に知っている。しかし、とアムロは思った。ここは中立のコロニーだと、先ほどの情報で知ることができた。だというのに、何故連合の兵士が?
 アムロは疑問の表情を出さないように、彼に呼びかけた。
 「君も無事だったようだね。――どこへ行けば、良いかな?」
 「工場区へ行って、〝アークエンジェル〟へ同乗してください!――ああ、それと……この子もお願いします」

 

 若い新米兵士が足元にいた幼い子供にしゃがみこみ、笑みをこぼした。
 「エルちゃん。もう大丈夫だからね」
 「うん、ありがとうお兄ちゃん」

 

 エルと呼ばれた少女は、周囲に飛び交う怒号に怯えながらも、それでも彼にお礼を言ってからペコリと頭を下げた。
 「わかった」と言ってアムロは幼い少女を連れ、工場区へ向かって走り出す。
 しかしアムロは言われた場所へ行くつもりは無かった。今の自分の置かれている状況からして、軍に関わるつもりは無いし、恐らく――〝ザフト〟の狙いは、その〝アークエンジェル〟というものに関係しているはずだ。
 その時、耳をつんざく爆発音と共に激しい振動が襲い、アムロは体制を崩しかけた。音や一瞬の閃光からして、距離は決して遠くは無い。
注意深く振り返ると、さきほどアムロ達のいた場所――新米兵士が市民を誘導していた場所――が焦土と化し、無残にも押しつぶされた戦車隊の残骸が惨たらしく飛び散っている。
 やがてそこに被弾したモビルスーツが墜落し、避難民のど真ん中で誘爆をしはじめた。それはこの世の地獄とも思える光景であった。
 背中の少女が一瞬震え、小さな悲鳴を漏らした。
 「……さっきの人は……?」
 アムロは声を落としてそっとつぶやいた。
 「……ここも危険だ」
 もう一度、背中の少女の体がびくっと震えた。手を繋いだ先にいるエルは、呆然と立ち上る火を見つめている。
 アムロは優しい声色を意識して言った。
 「僕たちはシェルターまで走ろう。立てるかい?」
 背中の少女は小さく「……はい」と言って、背中から降りた。彼女の埃を被った赤く長い髪が少し揺れる。少女が恐る恐る挫いた足で地面の感触を確かめているのを横目で見ながら、アムロは涙を堪えているエルを抱き上げた。
 ふと、あの男が言っていた言葉が脳裏に過ぎった。
 「――遅かれ早かれ、か……」
 「おじちゃん?」
 エルが不思議そうに首をかしげた。アムロは「……いや」と首を振って答える。
 そんなはずは無い。人は……。
 三人は燃える街から逃げるようにして、シェルターを目指して走りだした。

 
 

 キラと例の少女は通路をたどって走り、やがて開けた場所へ出た。格納庫のようながらんとした空間に突き出た、キャットウォークの上だった。
キラはシェルターの方へ歩き出そうとして、銃声にはっと首をすくめた。階下では銃撃戦の真っ最中だ。外からは何かが爆発するも聞こえる。だが目に入ったものに、キラは思わず足を止めてしまった。

 

 「――これ……って……」

 

 異教の神を模したような巨大な人型が、床に横たわっていた。それは、キラの視線を受けて、今にも動き出しそうに見えた。
 鋼の色をした装甲、四本の角を生やしたかのような頭部、すらりとしたボディ――明らかにザフトの〝ジン〟とは違う形状の――。

 

 「地球連合軍の新型機動兵器……やはり……」

 

 キラの隣で少女が、がくりと膝をついた。キャットウォークの手すりを両手でかたく握りしめ、うめくように叫ぶ。

 

 「――お父さまの……うらぎりものッ……!」

 

 彼女の声は天井にはね返り、思ったより大きく響いた。きら、と光るものがこちらへ向けられるのを見て取って、キラは少女を手すりから引き離し、後へ飛びのいた。銃声が響き、間一髪のところで、銃弾が手すりをかすめて飛ぶ。
 キラは少女を抱えるようにして走り、退避シェルターの入り口へたどりついた。インターフォンを押すと、スピーカーから応答の声がした。

 

 〈――まだ誰かいるのか?〉

 

 キラはほっとして答えた。

 

 「はい! ぼくと友達もお願いします。開けてください!」
 〈二人!?〉
 「はい」

 

 スピーカーからの応答に、一瞬間があいた。

 

 〈……ここはもう一杯だ。左ブロックに37シェルターがあるが、そこまでは行けんか?〉

 

 キラは振り返り、左ブロックを見た。そこまでは、銃撃戦の真っ只中を横断していく事になる。一人ならなんとかなるかもしれない。だが、この女の子を連れては――。
 キラはインターフォンに向かって叫んだ。

 

 「なら、一人だけでも! お願いします、女の子なんです!」

 

 キラの声の幼さと、『女の子』の一言が効いたのだろう。しばしの沈黙ののち、スピーカーから返答があった。

 

 〈わかった――すまん!〉

 

 ロックを示すランプが赤から青へ変わり、扉が開いた。中はシューターになっている。キラはそこへ少女の体を押し込んだ。
 それまで虚脱したように黙りこくっていた彼女は、このときになってやっと事態に気づいた。

 

 「なに……おまえは……?」
 「いいから! ぼくはあっちのシェルターへ行く。大丈夫だから! 早く!」

 

 キラは無理やりシューターの扉を閉めた。ガラスを通して少女の口が「待て!」と動くのが見えたが、すぐ下層のシェルターへと運び去られた。
 ランプが元通り赤になるのを確認して、キラは走り出した。

 
 

 「――ハマナ、ブライアン、早く! X一○五、三○三を起動させるんだ!」

 

 女の声が格納庫内に響いた。キラは思わずキャットウォークの下に目をやり、例のモビルスーツの影に身を隠しながらライフルを撃つ、作業服姿の女性に気づく。
 キラははっとした。 一人のザフト兵が、軍人らしいさっきの女性を、背後から狙っている。思わず「うしろ!」と叫んでいた。
 彼女は声に反応して振り返り、敵兵を撃ち殺した。そして、その上にいたキラに目をとめる。

 

 「――子供……!?」

 

 女性が目を見開くのが見えた。彼女は撃ってきたザフト兵に撃ち返すと、キラに向かって怒鳴った。

 

 「来い!」
 「左ブロックのシェルターへ行きます! おかまいなく!」

 

 キラが大声で言うと、彼女はライフルを撃ちながら叫び返した。

 

 「あそこはもう、ドアしかない!」

 

 その言葉にキラは足を止めた。彼の決断は早かった。ためらいもなくキャットウォークから身を躍らせた彼の姿に、女性兵士は目をみはった。落差は五、六メートルあるだろう。もの柔らかな外見にそぐわぬ敏捷さで、キラは猫のようにモビルスーツの上に着地した。
 驚きに一瞬動きを止めた女性の背後で、モビルスーツを守って戦っていた男が一人のザフト兵に向け、ライフルで応射する。

 

 「ラスティ!」

 

 赤いパイロットスーツのザフト兵が叫び、仲間の援護に入った。

 

 「い、今のはやばかった……」
 「――ラスティ援護!」

 

 そのザフト兵が叫ぶと、彼の仲間が銃を撃った。

 

 「あうっ……!」
 銃弾が女性士官の肩に命中し、血が飛び散る。止めを刺すべく迫るザフト兵の銃が流れ弾に貫かれ、わずかに苛立ちを孕んだ様子でナイフを抜き放って彼女に迫る。キラは思わず駆け寄った。そのとき――

 

 「――キラ?」

 

 声を上げたのは誰あろう、ナイフを構えたザフト兵だった。キラは驚いてその顔を見る。
 炎の照り映えるバイザー越しに、その顔ははっきり見えた。
 ――きっとまた、会える……。

 

 「…………アスラン?」

 

 キラの口からその名が、意識しないうちに零れ落ちる。その声に、相手の体が一瞬震えるのが感じ取れた。
 意思の強そうな緑の瞳が、キラの姿を映して見開かれていた。
 その目の色が、キラはとても好きだった。物静かそうな顔立ちは成長とともに鋭さを増し、落ち着きと聡明さを漂わせるものと変わっている。だが三年の月日も、親友の面影を消し去ることはできなかった。
 思っても見なかった形での再会に、二人は言葉も無く立ちつくす。

 

 ――その隙をついて、女性兵士が負傷した肩をかばいつつ、銃を構えた。間一髪のところで、それに気づいたアスランは飛びのく。
銃声が響き、さっきまで彼のいた空間を弾が薙いだ。
驚いて振り返るキラは女に体当たりされ、彼女もろともモビルスーツのコクピットへ転がり込む。

 

 「シートの後に!」

 

 女は指示し、モビルスーツのシステム立ち上げにかかった。

 

 「私にだって……動かすくらい……」

 

 計器類に光が入り、ブゥン……という駆動音が徐々に高まる。モニターが明るくなり、外の風景を映し出した。
横のモニターの中を一瞬、二つの赤いパイロットスーツがよぎり、もう一体のモビルスーツのコックピットに滑り込んだのが見えた。
 ――アスラン……アスランがザフト兵……?
 そんな馬鹿な。やさしいアスランは戦争なんて大嫌いだった。あれが彼であるはずが……。
次々と起こるできごとについていけず、呆然としていたキラの目に、モニターが浮かび上がった文字列が飛び込んでくる。
 ――General
    Unilateral
    Neuro‐Link
    Dispersive
    Autonomic
    Maneuver
 とっさにキラの目は、赤く輝く頭文字を拾い上げていた。

 

 「ガ……ン・ダ・ム……?」

 

 命を吹き込まれたかのように、モビルスーツの両目に光が灯り、ぴくりとその指が動く。
 歩行を覚えたての幼児のようにどこかぎこちない動作で、それでもモビルスーツは爆炎の中、立ち上がる。
炎が鋼色の装甲に照り映え、聳え立つその威容を朱く照らし出した。

 
 

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