CCA-Seed_◆ygwcelWgUJa8氏_21

Last-modified: 2012-10-13 (土) 00:40:08

 「んもー、起きてよお兄ちゃん」
 
 乱暴に体を揺さぶられ、シンはまだ朝の肌寒い空気に体をぶるぶると震わしながら掛け布団の端を繰り寄せた。
 
 「……なんだよマユ」
 「えへへ、三越オーブ!」
 
 眠気眼をこすりながら、そういえば今日はマユを三越オーブデパートに連れて行くって約束してたっけな、と思い出す。やれやれと、シンはもぞもぞとベッドの脇に置いてある目覚まし時計を見、呆れた。
 
 「おいー、まだ五時じゃないかー……」
 「だ、だぁーって……目が覚めちゃったんだもん」
 「あのなあ。……母さんたちは?」
 「まだ寝てまーす」
 
 悪びれた様子なく言う妹に、シンは盛大に溜息をついた。そんな彼の気持ちを知ろうともせず、マユはベッドに遠慮なく這い上がり、すぐ脇の出窓を全開にする。冷たい空気がさぁーっと入ってきて、シンはもう一度身震いした。
 
 「わぁー、良い天気! 風も気持ちーっ」
 
 小鳥の囀りを聞きながら心地よさそうに伸びをする妹とは対照的に、シンの心は晴れなかった。昨晩は遅くまで通販から届いたばかりの『最強の戦闘機パイロット』を読み漁っていたので、まだ眠りたりないのだ。まだ『武器と防具 日本編』も読んでいないというのに、マユはこの調子である。
 目をきらきらと輝かせながら、マユがシンの腹の上にダイブし、にっこりと白い歯を出す。この笑顔には勝てないよな――シンは妹の髪をくしゃと撫で、のろのろとベッドから這い出した。
 オーブは今日も平和な日々。そこに暮らす人々を、柔らかな日差しと優しい風が優しく包み込むのであった。
 
 
 
 
PHASE-21 モーメント
 
 
 
 
 白いご飯に納豆、味噌汁に厚焼き玉子にほうれん草のおひたしに焼き魚、たっぷりと注がれた冷たい麦茶――。戦場育ちのカナードからしてみれば、考えられないほど贅沢なボリュームのある朝食を食べ終え一息ついたところで、食べ過ぎた、と思った。
満腹感は思考を鈍らせるし、銃弾を胃に食らえば生存は空腹時よりも遥かに難しくなる。だからこそ、彼は日ごろから腹六分目を心がけてきたのだが。……今日くらいは良いか――そんな気分にさせてしまうのが、家族というものなのかもしれない。
今まで感じたことの無い不思議な気持ちになりながら、三人掛けのソファーにもたれかかる。ふと、玄関先に人二人分の気配を感じ、胸元に忍ばせたマカロフ拳銃のグリップをさっと握る。
 ぴんぽーん、と気の抜ける呼び鈴が鳴り、カリダがインターフォンを取る。
 
 「はい、どなたでしょうか?」
 
 短い問答の後、彼女がキラとカナードに微笑みかける。
 
 「ふふ、お友達ですって。女の子よ」
 「えっ?……誰だろう。どんな人だった?」
 
 キラが不思議そうな顔になり、ひとり掛けソファーから立ち上がる。
 
 「んー、最近モニターの調子が悪いのよねぇ。修理してもらわないと駄目かしら」
 
 カリダが独り言のようにつぶやきながら、インターフォンに備えつきのテレビモニターを指でこんこんとし、食器が片付けられたばかりのテーブルで新聞を読むハルマが「うん?」と答える。
彼はキラがドアを開けてリビングを後にするのを端目で捉えながら、「来週にでも電気屋さんを呼ぶか」と、気の無い返事をする。カリダが彼の態度に 呆れて溜息をついてから、カナードに向き直った。
 
 「ほーらカナー。貴方も行くんでしょ?」
 
 カナ……? やけに可愛らしい呼び名に驚いて目をぱちくりとさせてから、カナードは何だか照れくさくなって顔を背けた。
 
 「何故オレが……」
 「キラの友達なら貴方の友達でしょう。ほら、待たせちゃ悪い」
 「お、おい!」
 
 カナードは無理やりソファーから立たせられ、背中を押されて外へ追いやられた。やれやれと思っていると、聞きなれた小うるさい声が元気良く響いた。
 
 「あ、カナードだっ」
 「まあ、カナードさまっ」
 
 何だか妙に馴れ馴れしい様子のフレイと、帽子を深々と被ったラクスが、二人揃って塀から顔をひょっこり除かせている。キラが一度カナードをちらと一瞥し、フレイたちに声をかけた。
 
 「あれ? カガリとミリィはいないんだ」
 
 すると、つい先ほどまで笑顔でいっぱいだった二人の顔が曇り、マシンガンのように不満を吐き出す。
 
 「ミリアリアはデートだってさ、デートぉー」
 「ああ、ミリアリアさんはそうやってわたくしたちから離れていくのですわ」
 「ふんだ、一人だけ彼氏持ちでさー」
 「そうですわ、なんて友達甲斐の無い方でしょう」
 「どーせわたしは婚約破棄させられたかなしー女よ」
 「どーせわたくしなんて後続に人気を取られた無様な女ですわ」
 「トールだってそうよ。デートなんてうつつ抜かしてる暇があったら訓練しなさいよねー」
 「そうですわ。そんなんだからシミュレーションでフレイに一度も勝てないのです」
 「あーあーなっさけない。あんな男のどこが良ーのかしらー」
 「まったくです。まだフレイのほうがマシです」
 「なんかその言い方むかつくんだけど」
 「まあ、悪口ではございません!」
 「だいたい昨日――」
 「あ、あの……」
 
 キラがうんざりした顔になり、放っておくと永遠に続くのではないかというほどの言葉の雨を止めにかかった。ああっと、彼女たちが思い立ち、続ける。
 
 「――あ、カガリ? あの子ったらこの前からずーっと説教食らってるらしくてさー。外出禁止令出されちゃってんのよー」
 「そうそう。まったく、カガリさんにも困ったものですわ」
 「しかも珍しく参っちゃってるみたいでさー」
 「もう、最初から家出などしなければ良かったのですわ」
 「でぇーもカガリ馬鹿だからねー」
 「ですわねぇ。元気が良いのは素敵なことなのですが」
 「家でもドレス着せられちゃってさ。ほーんと馬っ鹿みたーい」
 「ふふ、カガリさん本当に嫌そうでしたものね」
 「あはは! そーそー、顔真っ赤にしちゃってさー!」
 「あんなカガリさんは初めて見ましたわ」
 「今度写真に取って家に送りつけてあげようかしら」
 「ああ! それ面白そうです!」
 「それでさ――」
 「あ、あのさあ!」
 
 キラが困ったような顔で口を挟み、彼女たちはさも「何で話しの腰を折るの?」と言いたげな顔で彼を見返す。ぐっと押し黙ってしまうキラを見かねて、カナードがやれやれと髪をかき上げながら口を開いた。
 
 「……用があって来たんだろう」
 「ああそうそう。わたしたちさ――」
 
 フレイと視線が交差し、彼女が顔を赤らめる。
 
 「あ、あの、わたしたち、さ――。あ、の……」
 「どうした?」
 
 カナードが声をかけると、彼女は一層頬の赤らみを強くし、しどろもどろになる。はっとキラが何かに感づき、複雑な表情になってからすぐさま慌てて首を振り、すーっとカナードとフレイの視界に入らないよう距離を取った。
 
 「あの、ね。カ、カナード。あー……その……わたし、さ。あの……」
 「どうした? はっきり言え。困ってるのなら力くらいにはなるぞ」
 
 普段とはあまりにもかけ離れた様子に、カナードは何だか心配になってきた。
 
 「そうじゃなく、て。その……。カ、カナードは……」
 
 彼女は顔を耳まで真っ赤にし、潤んだ瞳で尚も見つめる。
 
 「オレがどうした?」
 
 いったいこれはどういうことだろうか。催涙弾でも食らったのか? いや、だがそういう様子には見えない。これは……? フレイがつばを飲み、意を決したように口を開く。
 
 「あ、あの……わたし、カっ――」
 「――か?」
 「――カ、か……」
 「か……何だ?」
 「………………」
 「おい、何だ」
 「……髪、伸びたんじゃない……?」
 
 カナードが頭痛がしてきた頭を抱え、キラが呆れたように溜息を吐く。それとほぼ同時に、泣きそうになったフレイがラクスの胸にぽふっと顔をうずめた。
 
 「んー、努力賞と言ったところですわね」
 「……うっさい」
 
 胸にうずめたまま頭をぽんぽんとあやされ、彼女がつぶやいた。
 
 「……今すっごい死にたい」
 
 と。
 何だか良くわからないが、どうもフレイを傷つけてしまったようだ。まあ、別に良いか。
 
 「本当に何しに来たんだ」
 
 まだ顔をうずめて恥ずかしそうにしてるフレイに代わって、ラクスが答えた。
 
 「皆さんを誘って三越オーブでショッピングをしようと思ったのですが……」
 「三越? あー、そっか。本店移したんだっけ」
 
 キラが思い出したようにぽんと手を叩く。
 
 「どういうとこなんだ?」
 「デパートだよ、すっごい大きなさ。なんでもあるんだ」
 
 何でも? 思わずカナードの目が輝いた。そういえば、『あれ』が無くなってきたんだった。戦場には欠かせない『あれ』が……。もはや『あれ』無しでは生きていけないかもしれないと本気で思わせてくれる『あれ』を、そろそろ補充しなくてはならない。
 
 「……そうか。わかった、付き合おう。さっさとアーガイルたちのところへ行って――」
 「え、えーと、そのことなのですが……」
 
 ラクスが罰が悪そうな顔になる。キラが不思議に思い、質問した。
 
 「どうしたの?」
 「えーと……」
 
 彼女が困っていると、やがてフレイが不機嫌そうに顔を上げ、言った。
 
 「サイんとこは駄目よ。……わたし嫌われてるもん」
 「えっ……」
 「うちにかかわると不幸になるってさ、おじさんもおばさんもわたしがいると嫌な顔するの。……そんなとこ行きたくない」
 
 ジンクス、か――カナードは長い髪を鬱陶しくかきあげる。
 
 「バスカークは?」
 「家族会議中だってさ」
 「……どこもそんなものか」
 
 なんとも言えない気持ちになり、カナードは雲一つ無い空を見上げる。
 
 「ならメリオルやナタル・バジルールはどうだ? あいつらなら」
 「メリオルさんは用事。中尉は仕事残ってるんだってさ」
 
 用事? あいつが……、珍しいこともあるものだ。そこまで考えたところで、あることに気づいた。そういえば、オーブには――。
 
 「つまり、オレたち四人で行けということか」
 「ん、そーいうこと」
 「そういうことですわ」
 「か弱い女の子二人じゃ大変だし」
 「心細いですしっ」
 「やれやれ、勝手なことを言う」
 
 呆れて苦笑を漏らすと、すぐさま二人が反論した。
 
 「良ーじゃない。どうせ暇なんでしょ?」
 「そうですわ。人数も多い方が楽しいですし」
 
 朝から元気なことだ。カナードは準備のために家に入り、キラも「それじゃ」と言ってから続く。玄関越しで、カリダがお盆にジュースと一口サイズのバームクーヘンを乗せて待っていた。キラがサンダルを脱ぎながら声をかける。
 
 「母さん、これから少し出かけてくるよ」
 「ふふ、良かったわね。――二人とも中で待っていたらどう?」
 「はーい」と二人が答え、玄関越しにまでやってくる。カリダが笑顔で出迎える。
 「はじめまして。息子たちがお世話に――あっ……」
 
 彼女の笑顔が凍りつき、まるで地雷でも踏んだかのように青ざめた顔になる。怪訝な顔になったキラが聞く。
 
 「どうしたの?」
 「えっ!? い、いえ。し、知り合いに似てたものだから、びっくりしただけよ」
 
 慌てて取り繕うカリダにカナードは疑念を抱きつつも、着替えを取りに二階へと上がる。
 カリダがさっと立ち上がり、二人に笑顔を向けた。
 
 「ゆっくりしていってくださいね。……アルスターさんも」
 
 逃げるようにその場を去る彼女の苦渋に満ちた表情に、気づいたものはいなかった。
 
 
 
 「お、あれって――」
 
 ミリアリアの隣にいたトールが、ふいに何かに気づき視線を向けた。同じようにしてミリアリアがその先に目をやる。
 
 「フレイたちだ」
 
 トールがおもむろにつぶやくとそのまま彼らの元に向かおうとし、ミリアリアは慌てて彼の腕を掴み止めた。
 
 「ミリィ?」
 「ちょっと、邪魔しちゃ悪いでしょ」
 「は? 邪魔?」
 
 トールはきょとんとし首を傾げる。
 
 「そ、邪魔」
 「何でだよ? 俺たちだぜ?」
 
 そう答えれるのは、トールという少年の美徳であるが、ミリアリアは違う、と感じていた。
 
 「そういうことじゃないの。ほら――」
 
 わずかに言い淀み言葉を濁したミリアリアに、トールは心配げな顔になって彼女の瞳を覗き見る。
 
 「どうしたんだよ?――喧嘩してるとか?」
 「違うって。そうじゃなくて……ええと」
 
 ミリアリアは尚も迷った。彼女の感じていることは、決して確証があることではなく、杞憂かもしれないし、もしくは年頃の少女の拙い妄想でしか無いという可能性もあったから。
 だから、ミリアリアは慎重に言葉を選び、
 
 「悪口じゃないんだけどさ」
 
 と前置き続ける。
 
 「フレイと、ラクスさんと、それからカガリさんもさ、みんな片親だったり、フレイは両方いなかったりで――」
 
 傍らのトールがわずかに真面目な顔になり、沈黙する。
 
 「それで、さ。なんて言ったら良いのか……三人とも、みんな友達だけを人に求めてない感じするのよ」
 
 それはきっと、親の愛情に餓えた者にしかわからない感情なのだろう。恵まれた環境にいるミリアリアにはその感情が理解できない。だから時折彼女達の視線を迷惑に感じてしまう事がある。それは友情とは別のとこの問題であり、彼女達と友達であることには変わりは無い。
 
 「依存しすぎてるってのあるのかもしれないけど……」
 
 ミリアリアがそっとつぶやくと、トールもまた同じようにして心配げな視線を彼女達に向けた。ぱっと見、フレイ達は幸せそうな表情を浮かべているだけだが、それは互いに心の隙間を埋めようとしているから、仲が良いだけではなく、互いがそれぞれに対して母親だとか、別の何かを求めてそこにいる歪な関係に思えてしまう。
フレイは片親とは言っても、彼女の父はほとんどフレイと一緒にいてあげれる事は無かったと聞いている。幼い子供にとって、それは地獄である。それでも、フレイ・アルスターという少女は父を尊敬して愛していたし、彼の期待する娘をひたすら演じようとしていたが、それも結局、彼女の願いは何一つ叶わず永遠の別れを経験することになってしまった。
ラクス・クラインは〝プラント〟に友達は一人もいないと言っていた。そんな馬鹿な、と思わずミリアリアは苦笑したが、十五、六のアイドルに対する同年代からの僻みや嫉妬は、恐らくミリアリアの想像以上に残虐なものであろう。
ひょっとしたら、彼女の友達になろうとした人はいたかもしれない。しかし、それは即ち、彼女と同じように少年少女の世界からの孤立を意味する。虐められる者に手を差し伸べようとする者もまた、同じように虐めの対象となるのだ。
それは幼さ故の邪悪であり、人類が誕生してから宇宙に進出を果たした今でも、そして進化した人類と自称するコーディネイターでも、未だに起こり続ける幼年期の闇であり、解決の糸口の無い歪みである。
それでも、カガリ・ユラ・アスハは〝ヘリオポリス〟の問題が起こる前はずっと父親っ子であったと聞いているから、彼女達と同じ傷を持ちながらも前向きに生きるカガリに、ミリアリアは内心期待していた。
あの子達を、心の闇から救い出してくれるのではないか、と。だから、ミリアリアはあの三人が一緒にいるときは、極力その輪の中に入らないようにするよう努めていた。あの子達の痛みを理解できない私じゃ、そこにいるだけで傷つけてしまうかもしれないから……。
それは間違いなくミリアリアという少女の優しさであったが、同時に自己を過小評価しているに過ぎず、彼女にしかできないこともたくさんあるということを理解できていないのは罪である。
 だから、ミリアリアもトールも無言のまま、仲睦まじげにデパートへと向かうフレイ達の背を視線で追うことしかできなかったのだ。
 
 
 
 でーんと立ちはだかる白く巨大な建物を、キラは呆然と見上げた。
 
 「な、何階建てだっけ?」
 「二十だな。今までの中でも最大規模らしい」
 
 カナードがガイド本を眺めながら言う。キラは感嘆の声をあげた。
 
 「うわー、凄いなー……」
 
 立派な建造物に満足した様子のフレイが、「んむっ」と強く頷いてから、同じく呆然としていたラクスの手を引いてさっさと先に行く。無理もない、コロニー育ちのラクスにとって、二十階建ての建物など見たことすら無いはずだ。
遠心力によって重力を生み出しているコロニーでは、高い建物はご法度に近い。高度が上がれば上がるほど重力が安定しないのだから、当然とも言える。無論、面積の問題もある。
限られた台地に制限された高度ともあれば、巨大な建物などそうそうできるものではなく、もしも彼女を高層ビルの立ち並ぶ中心街のど真ん中へと連れて行ったらその場で卒倒してしまうかもしれない。
 
 「この本館のほかに、別館とパーキングビルがあるそうだ」
 
 ガイド本から目を離そうとしないカナードはごった返す人ごみの中から彼女たちの後を的確に追い、キラもそれに続いた。
 予想通り、中は広く、そして混んでいた。そういえばオーブ本島は夏休みだったなと思い、少しばかり寂しい気持ちになる。戦争が起きなければ今頃は自分たちも彼らのようにデパートに行ったりしていたかもしれないし、トールたちと夏休みを満喫できたかもしれない。しかし、とキラは思う。
 
 「地下まであるのか……。む、食料品か。おい、後で行くぞ」
 「なぁーにー?」
 「食料品だ。後で良いからよってみよう」
 
 楽しそうにフレイ達と談笑するカナードの横顔を見、キラは思う。戦争が無ければ、きっとカナードと出会うことは無かった。これで良いんだ……。
 
 「ふふ、食い意地はっちゃってさ。カガリそっくりよねほんと」
 「何故ユラが出てくる。関係無いだろう」
 「ん? そうね。なんでかしら」
 
 フレイが楽しそうに笑みをこぼし、彼女の手を握っているラクスも周囲のアナウンスやらに聞き耳を立て、溢れる商品に目を輝かしながら周囲を見渡す。
 
 「ど、どこから行きましょう? わたくしこんなに広いところは初めてで……」
 「えーそうなの?」
 「地球くらいですわ、こういう建物があるのは」
 「そういうもん?」
 「そういうものです」
 
 ラクスがきっぱり言うと、フレイは弾かれたように振り向き、カナードを指差す。
 
 「カナっ! 一階には化粧品とバッグって書いてあるわよね!」
 「――いや、バッグ修理に紛失物だ」
 「えーっ!?」
 
 ガイドをまじまじと読み漁るカナードに、フレイの表情が非難の顔へと変わる。が、すぐさま彼はあっと顔色を変えページをめくる。
 
 「……すまん、別館だった。あるぞ、ここに化粧品やらバッグやらが」
 「ん、よろしーっ!――ラクス行こっ」
 「ふふっ、はい」
 
 しっかりと手を握りあい、二人が小走りで先へと向かい、キラが慌てて、カナードはガイドを見つつ後を追う。
 やれどの化粧品が良いだの、どこのブランドが良いだの、フレイとラクスはひたすら談笑を交えながらも買い物籠へとぽんぽん目当てのものを入れていく。
 
 「あ、そうだ。カガリにも何か買ってってあげよっか」
 「そうですわねっ。何にしましょうか?」
 「んー……。リンスとトリートメント!」
 「まあ!」
 「どーせ碌にケアしてないんだろうし、けってーい!」
 「ふふ、楽しみですわね」
 
 そう言いながらもどんどんカゴの中身は増えていく。キラはとっくにわかっていた。これを持たされるのは自分達であることを……。
 一時間ほどしてから、ふわふわとラクスが入り口からカートを押して来、フレイがいっぱいになったカゴを上の段に置く。
 
 「んっ。次は別館っ!」
 
 キラたちは連絡通路を通り、別館二階の婦人服売り場についた。ボードにはエレガントカジュアルスタイルと書いてあったが、何のことかはわからなかった。
 
 「まあ、お洋服っ!」
 「あんた碌に服持ってないもんね」
 「お家に帰ればちゃーんとありますっ」
 
 ラクスが憤慨したような顔になり、それを見てフレイが楽しそうに笑みをこぼす。
 気に入った服を試着し、何の躊躇も無くカゴへと放って行く様子を唖然と見つめながら、キラは尚もガイド本を読んでいるカナードに声をかけた。
 
 「……お金、大丈夫なのかな?」
 「うん?」
 「お金さ。あんなに買って足りるのかなって」
 
 カナードが一度本から顔を上げ、試着室から出たり入ったりしている彼女たちに視線をやってから、つまらなそうに本へと視線を戻す。
 
 「アルスター不動産だからな。特に問題無いだろう」
 「……そんなに凄いの? フレイの家」
 「ああ、確か――」
 
 アルスター不動産――。まだ人類が宇宙に進出するよりもずっと昔、第二次世界大戦勃発前……。由緒ある英国貴族であった青年――考古学者であったとも言われている――が、唯一の肉親であった父と死別し、親友と共にアメリカへと渡り、やがて北アイルランドのアルスター島に住む少女と恋に落ちた。
彼女はヨーロッパ有数の大湖であるネイ湖の所有主であるアルスター伯爵の一人娘であり、伯爵も彼のことをいたく気に入り、青年はアルスターの名を告ぐことになった。
若く、そして正義感に溢れたその青年は瞬く間に人望を集め、やがてニューヨークでアルスター不動産を設立し、不動産王となったのだ。共に渡ってきた親友もまた、石油王となり、巨万の富を得ることになる。
やがて、親友自身もアーガイル財団を設立し、アメリカの経済・医学を発展させた。青年が不慮の事故でこの世を去った後も、親友は青年との友情を決して忘れず、生まれたばかりの彼の子を守るべく、アルスター家と永久の友好を約束したのだ。
これがアルスター家の成り立ちであり、アーガイル家との繋がりでもあるのだが、一世紀以上も過ぎれば繋がりも薄れ、今ではアーガイル財団にとってアルスターの名は不幸を撒き散らすだけの存在にしか映っていない。
無論、例外はある。たとえばフレイの曾祖母はアルスター家の中でも長寿であり、既にこの世にはいないものの、八十代まで生きたのだという。
 キラは複雑な気持ちになりながら、話題を変えるべく笑顔を取り繕った。
 
 「それ、面白い?」
 
 問われたカナードは、ぴくりともせず、ガイド本を読み続ける。
 
 「ああ。参考になる」
 
 いったい何の参考なんだか。退屈だなあと、キラは物思いにふけっていると、突然フレイとラクスがさっと視界に現れ、どきりとする。
 
 「さぁ、次ぎ行くわよ」
 「わたくしこんなにたくさんお買い物したの、はじめてですわ」
 「わたしも久しぶりよ、こんなの。――あ、やだ! もうこんな時間!」
 
 フレイが腕時計を見ながら笑顔を驚愕に変える。自分の時計を確認し、キラは目を見開く。
 
 「うわ、一時半か……」
 「あ、あはは、ついたのは十時だったのにね」
 
 フレイはばつが悪そうに乾いた笑いを漏らした後、ぽりぽりと頬をかく。
 カートから溢れんばかりの服やバッグを見て、ふくよかな体系の愛想がよさそうな店員が、目を丸くしてからいぶかしげな顔になる。それも当然だ。キラですら、重ねたら自分の身長の二倍はあるのではないかというほどの服の量にどぎまぎしているのだから。
更にそれにバッグや化粧品、靴にと山のように積まれている。こちらの様子をちらちらと窺いながら商品にバーコードを通して、表示される金額が一万アースダラーを超えたところでキラは心臓が止まるようなような思いになった。
 やがて数字が止まり、フレイがさっと一枚のカードを差し出す。すると店員はそれを凝視してから、まさかといった顔になり、視線をフレイの顔とカードを行ったり来たりさせてから、ごくりと生唾を飲み込みカードを通した。
 相も変わらず楽しげなフレイとラクスの後を、キラとカナードは大量の荷物を両手に持たされやれやれと歩く。彼らはエレベータに乗り、二十階へとたどり着く。先頭のフレイが顔だけこちらに向ける。
 
 「――カナードっ」
 「……日本料理に、中華料理にイタリア料理だな。好きにしろ」
 「まあ、そんなにあるのですか?」
 
 ラクスが目をきらきらと輝かせ、フレイがうーんと悩んだ後こう告げた。
 
 「そんじゃ、イタリアにけってーい!」
 「えーっ!? わたくしお寿司を食べてみたいのに」
 
 大げさに落胆した彼女に、フレイは白い歯を見せて笑う。
 
 「お寿司は今晩っ。出前取ろうよ。カガリに良いとこ紹介させてさ」
 
 するとラクスはたちまち笑顔になり、同じように白い歯を見せて笑みをこぼしてみせた。
 
 「はいっ」
 
 キラはその無邪気な笑みに思わず見惚れ、はっとして気恥ずかしくなり視線を逸らす。ふと、目に飛び込んできたボードの文字を見て、愕然とした。
 
 「ラ、ランチで六十アースダラー……」
 
 そこは、キラには信じられない世界であった。
 
 
 
 日がさんさんと照る夏の午後三時――シンはそんな光景をクーラーの効いたデパートのベンチに座りながら眺めていた。ややあって、妹のマユが嬉しそうにかけよってくる。
 
 「お兄ちゃーん! やったよ、あったよ、買えたよ!」
 「そうかー、良かったなー」
 「えへへ、ありがとっ」
 
 ぶっきらぼうに答えたシンとは裏腹に、全身で喜びを表現してマユがにっこりと笑みを浮かべる。
 
 「何買ったんだ?」
 
 そういうと、彼女は小さめの紙袋から、四角い箱を取り出す。
 
 「じゃーん! 携帯電話―っ!」
 
 シンは目をぱちくりとさせ、落胆の表情になる。
 
 「そんなもんのために僕は……」
 「あー言ったなー!」
 
 そう言って怒ったようにされても、シンは無視してやれやれと呆れるだけだった。マユは、限定生産で、最新型で、長持ちで、頑丈で、防水が……とかなんとか色々説明していたが、正直どうでも良かったので内容は覚えていない。
 
 「お兄ちゃんも何か買ったの?」
 
 マユがシンの持つ紙袋に気づき、覗き込む。
 
 「まあ、一応ね」
 
 ほら、と見せてやると、マユは目をぱちくりとさせた後首をかしげた。
 
 「何これ?」
 「〝デュエル〟」
 「モビルスーツ?」
 「ああそうさ。地球連合最強のモビルスーツだ」
 
 GAT‐X一○二〝デュエル〟――のプラモデル。つい先日発売したばかりのこいつを、妹の買い物に付き合うという理由をつけて親からお小遣いをねだり、見事自分の財布の中身を減らさずに手に入れたのだ。ダークブルーとグレーの落ち着いたカラーリング。
力強いカメラアイ。鋭いV字のアンテナ。細身でありながらも 力強い背中の造形。
 満足げに頷くシンを見、マユはやれやれと首を振る。
 
 「何か弱そー。細っそいし」
 「うるさいなぁ。強いんだぞこいつ」
 
 シンが唇を尖らせると、尚もマユは疑わしい視線を送る。
 
 「嘘だー」
 「本当だって! テレビでもやってるだろ? 『白き流星』だとか『白い悪魔』だとかさ」
 「えー……。名前は知ってるけどさー」
 
 そう言ったマユは、さも興味ありませんと言いたげな視線をじとりと向けた。ま、そんなもんだよなとシンは内心苦笑し、立ち上がる。
 
 「用が済んだんならさっさと帰るぞ」
 
 これ以上議論を交わしても埒が明かない。シンはさっさと切り上げて家に帰るべく足を進めた。
 すると――
 
 「あ、ねえお兄ちゃん! あれ食べたい!」
 
 シンの右腕をぐいぐい引っ張り、マユが指差す。指した先で、『月下美人』と書かれた喫茶店の看板が二人を誘うようにしてこちらを向いている。
 
 「あそこのクリームあんみつが美味しいって友達が言ってたの!」
 「ばぁーか。帰るぞ」
 
 シンが無視して進もうとすると、マユが思い切り腕を掴み足を踏ん張る。
 
 「言ってたのーっ!!」
 「あのなぁ……。もうお金無いだろ? 買うものは買って、余計な分は持ってきてないんだから」
 
 もちろん嘘である。財布の中にはまだ八十アースダラーほど入っているが、それを使ってやるほどシンは甘やかすつもりはない。
 
 「やぁーだぁー! 言ってたのー!」
 「マユ、いい加減に――」
 
 流石に怒ろうか、と思ったそのとき。ふと華やいだ嬌声が聞こえてきた。
 
 「あーっ! あったー!」
 
 何事かと思い、シンが視線をやった先で、赤毛の少女がこちらを指を刺し――否、『月下美人』を指さしていた。
 
 「ふふ、ここのクリームあんみつ美味しいんだってさ。友達が言ってたの!」
 
 彼女が言うと、すぐ後ろから深々と帽子を被った桃色の髪の少女が顔を覗かせる。
 
 「まあっ! あんみつというものの名前は聞いたことがあります!」
 「――カナっ!」
 
 赤毛の少女が凛として言うと、その背後で大きな荷物を両手に抱えていた黒い長髪の少年が荷物をどさりと置き、本を手に取る。
 
 「――蜜豆と餡を使った和菓子だな。寒天とかも加えるらしい」
 「朗読うっ!」
 
 少女が調子良く言うと、長髪の少年が淡々と本を読み上げる。
 
 「――風味豊かな自家製餡子、プルプルシコシコと瑞々しい寒天、ふっくら蒸されたお豆……一つ一つがグレードの高い味わいです。バランスもよく、生のフルーツやバニラアイスとの相性も……。あのなぁ、何故オレがここまでしてやらねばならん」
 「もー、良いじゃない。けち臭いわねー。ほら、あんたも何か言ってやんなさ――」
 
 少女が長髪の少年の後ろを覗き込むと、そこには荷物を抱えてばてばて状態の少年が、ぜいぜいと肩で息をしている。その大きな袋の一つが全てが健康食品のカロリーメイトで埋まってることにわずかな疑念を抱いたが、金持ちの考えることはわからない。
 
 「――なっさけない。さ、行きましょ」
 
 我侭なお嬢様と世間知らずなお嬢様、後は護衛と家来といったところか。そんなことを思いながら、店に入ってこうとする彼女たちを見つめていると、マユが更に駄々をこねだした。
 
 「マユも食べたーいー! お兄ちゃーん!」
 「だからぁ、そんなに金持ってきてないんだって!」
 「いーや―だー!」
 「また今度くれば良いだろ!」
 「今食べたいのー!」
 「いい加減にしろマユ!」
 
 たまらずカッとなって怒鳴ると、マユはびくっと体を震わした。シンは、はっと我に返り、妹の顔を見やる。うるうると目に涙を貯め、うっすらと口を開く。
 ――泣かれる!
 シンがまずい、と身構えたとほぼ同時に、マユの頭にぽんと手が置かれた。
 
 「ね、一緒に来る?」
 
 赤毛の少女が優しそうに微笑み、しばらく唖然としていたマユがぱっと笑顔に変わる。
 
 「良いの!?」
 「おい、駄目だって、マユ!」
 
 慌てて止めに入ると、すかさずマユが少女の後ろに隠れて顔だけを除かせた。
 
 「良いって言ってるもん」
 
 シンは心の中で思い切り溜息をつき、少女の灰色の瞳を見据える。
 
 「あの、お心使いは嬉しいですけど、そういうの結構ですから」
 「ふーん、しっかり者なんだ?」
 
 シンの言葉を無視して、少女は彼の瞳を覗き込む。シンは彼女の瞳に吸い込まれるような錯覚を覚え、たじろいだ。
 
 「そ、それに、知らない人についてっちゃいけないって教わってます」
 
 少女はくすりと微笑み、言った。
 
 「立派ね。――嘘ついたくせに」
 
 どきりと心臓が跳ね上がる。少女の口元が意地悪く歪んだ。シンは何だかとても悔しくなり、ぎりと奥歯を噛締めた。
 これ以上彼女の顔を見ることなどできず、かといってこのまま帰るのも、ご馳走してもらうのも負けたような気分になる。短い思考の後、シンは妹の手を取り、強引に店の中へと入っていった。
 そこから先の記憶は曖昧だった。マユが少しばかり嬉しそうに、シンは無言でクリームあんみつを平らげ……少し離れた向かいの席から赤毛の少女が手を振り、黒髪の家来の少年が申し訳なさそうにぺこりと頭を下げたことくらいしか覚えていない。
 ただ、シンにとって最悪だったのは、帰り道にまたばったりと出会い、乗ったバスが彼女たちと同じ行き先だったことだ。シンとマユが後ろから二番目の席に座ると、彼女たちは一番後ろに席へとついた。シンはなるべく顔を合わせないように意識していたが、マユがひょっこりと顔を除かせ、声をかけた。
 
 「あの、さっきはありがとう」
 「んー? 良いのよ、結局何にもしなかったんだから」
 
 赤毛の少女が優しく微笑むと、釣られてマユまで笑顔になる。
 
 「でも、クリームあんみつは美味しかったです」
 「うん、わたしも」
 
 少女がそういい、隣に座るもう一人の少女に声をかける。
 
 「あんたは?」
 「あんみつというものは好きです、また食べたいですわ~……」
 
 夢見心地に言い、ふわりと背もたれに体を預ける。
 
 「ね、どこまで行くの?」
 
 少女が聞くと、マユが答えた。
 
 「終点です。海に近いんですよ」
 「まあ。それではわたくしたちと同じですね」
 
 帽子を被った少女がふわふわと言う。マユがぱっと笑顔になる。
 
 「ほんとっ!?」
 「ん、ほんと」
 
 途端に女同士の会話が始まり、シンは呆れて外を眺めた。
 最後のバス停に到着し、皆が降り立つ。どうやらシンの家は彼女たちの家の通り道にあるようで、途中まで一緒に帰る羽目になってしまい、もう一度心の中で深いため息をついた。先頭を歩く三人の少女を見ていて、姦しいとはああいうことなんだなと思っていたら、家来の少年がそっと近寄り声をかけてきた。
 
 「ごめんね、迷惑かけちゃって」
 「……そう思ってるならちゃんと止めてくださいよ」
 
 突き放すように言ってやると、彼は申し訳なさそうに視線を落とす。
 
 「うん、ごめん。フレイがあんなに楽しそうにしてるの、久々でさ……」
 
 どこか哀しげな顔になり、彼がフレイと呼ばれた少女をそっと見つめる。シンはふんと鼻を鳴らし、夕日に照らされるフレイの背中を見やり、はき捨てた。
 
 「どこかですか。どうせ親に散々甘やかされて育ってきたんでしょ、あの人。だからあんなに好き勝手やって――」
 「そのことは――」
 
 彼が寂しそうに口を挟む。
 
 「そのことは、フレイの前では言わないであげてくれないかな……」
 「……何でですか?」
 
 しばらく躊躇した後、彼が口を開く。
 
 「いないんだ、もう……フレイの親は」
 
 シンは、まるで心臓を鷲掴みにされたような気持ちになった。
 
 「いないって……? どうして?」
 「……お母さんは、もっと幼い頃に。お父さんは、ついこの前――戦争で、ね」
 
 シンはそっと彼女を見やる。フレイの楽しげな顔が、夕日に照らされて美しく映える。はっとして、シンは口を開いた。
 
 「――フレイって、フレイ・アルスター?」
 
 すると、フレイがきょとんと振り向き、灰色の瞳を向ける。
 
 「何? わたし知ってんの?」
 
 ――知っているも何も、彼女は……。
 マユが目を瞬かせ、フレイの手を握る。
 
 「フレイ・アルスターって、あのフレイですか!? 『赤い彗星』のフレイ!」
 
 彼女はぎょっとして困惑の色を顔に浮かべ、困り果てた様子で告げる。
 
 「えっと、そのなんかださい名前は知らないけど、たぶんそう……だと思う」
 「すっごーい!」
 
 興奮しきったようにマユがフレイに抱きつき、目を輝かせる。その様子を、シンは半ば呆然と見つめていた。『白い悪魔』という二つ名は、恐らく本当にザフト側から恐れられつけられたものなのだろうと踏んでいた。
だが、テレビのワイドショーやニュースで執拗に繰り返される『赤い彗星』という単語には、違和感を感じている。彼女の乗ってる機体はどちらかと言えば青色であるし、髪の色が赤いからといってそれが彗星であるなどとは到底考え付かない。
だから、『赤い彗星』という名は大人たちが無理やりそう人に呼ばせようとしてる名なのだ、とはシンでも予想がついた。それはつまり、今目の前にいる彼女は、戦争の為に名を利用されているという事になる。自分と大して年の変わらない、少女が……。
 
 「あの、訓練なんて全然受けてないのにモビルスーツに乗っただけで操縦方法とか全部わかっちゃうんですよね! それでお父さんの仇を――」
 
 マユは、はっとして言葉を紡ぐ。テレビでは、家族の仇を討つためだとか報道されている。父の死を、己の不幸を、悲しみを、食い物にされているのだ。それは、どんな気分なのだろう……。
 
 「――あ、の……。ごめんなさい……」
 
 悲しげにうつむき、マユが言った。短い沈黙の後、フレイが優しくマユの髪を撫でる。
 
 「パパとママ、大事にね」
 
 マユがすっと顔を上げ、フレイの灰色の瞳を見つめ、彼女の胸に顔をうずめた。
 
 「……はいっ」
 「――ついでに、お兄ちゃんも」
 
 フレイが小さく微笑み、シンに視線をくれた。
 
 「つ、ついでは余計だ!」
 
 彼女の瞳に見据えられたシンは不思議なむずかゆいものを覚え、唇を尖らせて答えた。夕日に照らされた彼女の笑顔は、どこか儚げに思えた。
 
 
 
 あの少年たち――確かシン・アスカ、マユ・アスカといったか――と別れを告げ、道路沿いに歩き、なだらかな坂を上ると、古びた洋館が見えてきた。
 
 「ん、到着!」
 
 立派な屋敷であったが、長い間使われていなかったのか、所々に蜘蛛の巣が張り巡らされていて、少し不気味だ。
 
 「そんじゃ、あんたたち、掃除手伝ってよね」
 「ええ!? これからやるの!?」
 
 キラが驚愕すると、何故かラクスが当然のように微笑む。
 
 「当たり前ですわ。もともとそのつもりでしたし」
 
 ……なんということだ。今日一日奴隷のように働かされるためだけに、キラは呼ばれたというのか。とはいっても、フレイが喜んでくれるのならそれで良いかと思ってしまうのがキラである。
 大きい門をくぐり、玄関近くまで来て、小さな人影に気づき、カナードがすっと懐に手を入れる。キラは端目でそれを捉えつつ……というか銃刀法はどうしたと言いたかったが、思考の外においやって注意深く人影を凝視した。フレイがあっと声をあげる。
 
 「やだ、ちょっとカガリじゃない。どうしたのよあんた」
 
 彼女が小走りで駆け寄ると、玄関の前でうずくまっていたカガリがぴくりと反応し、顔をあげる。
 
 「あ……よ、よう、フレイ。元気そうだな……」
 
 フレイがはっと何かに気づき、口を開きかけ、すぐに紡いだ。
 
 「ど、どうした? 顔に何かついてるか?」
 
 慌てて顔を拭くカガリを見、フレイがいつものように微笑む。
 
 「ね、あんたも手伝ってよ」
 「手伝う? 何をだよ」
 「大掃除よ。わたしんちのね」
 
 彼女が顎でカガリの背後を指し示し、両手を腰に当てた。
 
 「ったく、今からか?」
 「とーぜんっ」
 「我侭なやつ」
 「口答え禁止ー。あんたのお土産もあるんだからね」
 
 カガリがきょとんとした顔になり、キラの持つ荷物へと視線をやる。
 
 「うわっ凄い買ったなお前ら」
 「わたしとラクスと、あんたの分」
 「へー、キラとカナードの分は無いのか?」
 
 カガリが言うと、フレイはまさかとばかりに笑い飛ばした。
 
 「あはは、あるわけないじゃない」
 
 ……まあ、良いさ。フレイは楽しそうだし。
 後ろのほうで、「これはオレのだ」と自慢げにカロリーメイトが山ほど入った袋を見せびらかしているカナードを見ようともしないフレイが鍵を開け、中へ入る。そういえばここはフレイの家なんだと思い、なんだか急にどきどきしてきながらキラは静かに後に続いた。広い玄関に赤い絨毯、キャンドルまでも置いてあったが、ちゃんと靴を脱いで入る日本形式の形なのでキラは少し安堵した。
 
 「うーん、やっぱり汚いわね」
 
 彼女がライトのスイッチを入れると、ぱっと明かりがついたが、蜘蛛の巣やらが目立ちよりいっそう汚らしく感じた。こ、これを今から掃除するのだろうか……おそらくフレイもラクスも、ついでにカガリも手伝う気などは皆無だろう。つまり、キラとカナードの二人で、これを……。
 
 「お掃除屋さんを呼んだ方がよろしいのでは?」
 
 ラクスがおずおずと言い、フレイはひとしきり悩んだ後、小さく溜息をついた。
 
 「そうするしかないっかー」
 
 懐かしそうに辺りを見渡していたカガリが、口を開く。
 
 「メイドとか雇ってないのか?」
 「いるにはいるけど、あまり数はいないわ。勿体無いんだってさ」
 「変なところでケチくさいな」
 
 カガリに意見に、キラも心の中で同意した。
 
 「良いじゃない。そのおかげであんたも好き勝手できたんだから」
 
 彼女が意地悪な笑みを浮かべると、カガリがうっと押し黙る。
 
 「い、今更持ち出すかっ」
 「今だから言うのよ」
 
 そんな会話を繰り広げながら、フレイはそそくさと電話をかけ、「お金はいくらでもあるから大至急ね」と告げて受話器を置いた。
 
 「……ほんと、変なところでケチだよな」
 
 カガリが納得いかないような顔で文句を垂れたが、フレイは聞く耳持たずといった様子で辺りを懐かしそうに見渡しているだけだ。キラは気づかれないようほっと胸をなでおろす。
 部屋の掃除は、なんと言うか……あっという間だった。総勢三十人の掃除屋がやってきて――どうも総動員らしい――てきぱきと風呂やらソファーやら床やら天井やらと綺麗にしていき、キラは唖然としているうちに屋敷はもとの美しい姿を取り戻す。
フレイが手渡したカードを、掃除屋の社員が目をぱちくりとさせてバーコードを走らせ、ほくほく顔で帰っていった彼らを見送ってからキラはようやく一息つくことができた。時計は、既に七時を回っていた。
 
 「もうこんな時間――。ねえラクスー、お寿司で良いんだよねー」
 
 少し離れた位置でキャンドルを眺めていたラクスが、ふわと振り向く。
 
 「はいー、お願いしますわー」
 「カガリも食べてくんでしょ?」
 「い、良いのか?」
 「ん、もちろん。――じゃあ五人前か」
 
 彼女が当然のように言い、キラは慌てて口を挟んだ。
 
 「ちょ、ちょっと待ってよ! ぼくたち――」
 「何よ、あんたか弱い女の子だけ残して帰っちゃうわけ? あんたたちは泊りよ泊まり。部屋あるんだから」
 「ええ!? だって、父さんと母さんにも連絡してないし……」
 
 フレイはふんと鼻を鳴らし、カナードに視線をやる。
 
 「カナード、どうなの?」
 「……面倒なことになるだろうとは思っていたさ。一応、カリダたちには言ってある」
 
 カナードの根回しの早さに感心していると、フレイはどうだと言わんばかりの表情でキラの顔を除きこむ。
 
 「だってさ、キィーラァー?」
 
 その子悪魔のような笑みに勝てるはずもなく、キラは二つ返事で了承するのだった。
 
 
 
 夏の深夜――外は熱帯夜だろうが、冷暖房完備のアルスター邸には関係のないことであった。
 久しぶりの我が家の――といっても別荘だが――ベッドの感触に、フレイはうーんと伸びをした。やはりベッドはクィーンサイズの天蓋付きに限るわ、などと思いながら、抱き枕か何かと勘違いでもしてるらしいラクスがしっとりと絡みついてきてるのをくすぐったく感じた。
今日は最高に楽しかった。たくさん買い物をして、美味しいものをお腹いっぱい食べて、広いお風呂に入れて――。こうして寝る直前まで、彼女たちはおしゃべりに時間を割いていたのだ。フレイが父と母の昔の写真を見つけ、皆でわいわい言いながら見た。
若い時の父は紛れもなく美男子。輝くような金髪、白い肌にスカイブルーの瞳が特徴的な、さわやかな青年だった。ラクスと二人で、きゃーきゃーと喚きながら若き日の父の女性関係を勝手に想像してみたりもした。
赤毛と灰色の瞳が特徴的で活発そうな女性が、フレイの母だ。ラクス曰く、フレイにそっくりだと言うが、自分ではよくわからない。
それ以外にも、友人だと思われる茶色い髪をした優しそうな女性と、鋭い目つきをし、金髪を短き切りそろえた男性、そして少しばかり気恥ずかしそうに映る、きらめく金髪と青い目をした少年。口元に鬚を携え、にこやかにほほ笑む初老の男性。皆本当に幸せそうだった――。
わたしもこんな風になれるのかな、と思っていると、ふいにカガリが口を開く。
 
 「――フレイ、起きてるか?」
 
 右隣のカガリに視線をやり、フレイが答える。
 
 「どしたの、カガリ」
 「………………」
 
 短い沈黙。戦艦の夜とは違い、ここはとても静かだ。いつまでもこうしていれれば良いのに……。
 
 「……ごめん、フレイ。私行けそうにない……」
 「え?」
 
 彼女はフレイに向き直り、金色の瞳でじっと見つめた。
 
 「……私はアスハだから……みんなとはもう――アラスカまで一緒には……」
 
 悲しげにうつむくカガリ。フレイはそうか、と思う。
 
 「――だから泣いてたんだ」
 
 カガリが無言で頷いた。あの時玄関の前で彼女と出会ったとき、カガリは泣いていたのだ。思い出の場所で、一人で――。
 
 「でも、驚いたな。まさかお前がここに来るなんて」
 「言ったでしょ。わたしの家だって」
 
 そういうと、カガリは苦笑を漏らす。フレイは寂しい気持ちになりながら、天蓋越しに天井を見上げる。
 
 「……たった一人の家族だもんね」
 「……うん」
 「お父さん、大事にしてあげないと、ね」
 
 カガリが寝返りを打ち、背を向ける。彼女は震える背中で短くこう言った。
 
 「……ありがとう」
 
 フレイはなんだかとても寂しくなり、天井を見上げたまま涙をこぼした。
 
 
 
 家出から二日――カガリは自分の足でアスハ邸へと戻った。デスクを間に挟み、資料に目を通しているウズミが言った。
 
 「気は済んだか」
 
 カガリは無言で返す。父はカガリを見ようともせずに続ける。
 
 「良い、去れ」
 「……はい」
 
 まるで喧嘩中の親子だ――カガリは打ちひしがれたように部屋を後にする。人気のない小奇麗な通路進んでいくと、カガリは懐かしいものを目にして立ち止まる。
 
 「あっお前ら……」
 
 カガリの姿を確認し、五人の青年たちがぴたと足を止める。そのうち最も幼く大人しいサースがおもむろに口を開く。
 
 「あ、カガ――」
 「サース」
 
 褐色肌のガルドが短く釘を刺す。
 
 「……行くぞ」
 
 彼が言うと、皆はカガリを見ようともせずに歩き出し、ウズミの部屋へと消えていった。
 もう昔のようには、できないのだろうか。カガリはあの時と同じ、裏切られた気持ちになり、ここに自分の居場所は無いのではないかと思うほど、辛くなった。
 いつでも一緒だったのに、どうして――。
 
 
 
 肩に02とマーキングが施されたM1〝アストレイ〟がビームライフルをマシンガンのようにうち放つ。すかさず対峙する二機のM1〝アストレイ〟――それぞれが01、03と肩に番号が振られている――が左右に散り、同時にビームを撃つ。
二番機から放たれたビームの嵐を、三番機が躯体を半身逸らして回避し、同時にビームで応射する。しかし、嵐に紛れて放たれた一条の強力な粒子には対応できず、光条がコクピットに直撃した。
すぐさま一番機がスラスターを全開にして突っ込みながら、相手の視界をさえぎるようにビームライフルを投げつけた。二番機が姿勢を低くしてそれを回避し、ビームで応じつつシールドを前面に展開し、スラスターを吹かせ強引に差し迫る。
一番機はそれをいなすようにしてシールドの背後に回りこむ。が、そこには既に誰もいない。一番機がはっとして見上げると、二番機がサーベルを逆手に持ち一気に急降下し襲い掛かる。慌てて一番機がライフルを捨て、サーベルを抜き放つ。二つ光刃が交差し、まばゆい閃光が走る。
 視察用ブースでその戦いを見ていた青年が、その眩しさに思わず目を閉じた。すぐさま目を開け、訓練場を強化ガラス越しに見据える。
 そこには、屈するように停止した一番機のM1〝アストレイ〟と、二番機のM1〝アストレイ〟が二刀流の構えで立ちはだかっていた。
 
 「な、何が起こったんだい?」
 「サーベル同士が交差する瞬間に、もう一方のサーベルで胴を切ったようです。……見えませんでしたけど」
 「へ、へえ……そうなんだ」
 
 コンソールを弄り再現映像をモニターに映し出したエリカ・シモンズに、青年は口元を引きつらせて答える。
 彼の名はユウナ・ロマ・セイラン。オーブ首長の一人、ウナト・エマ・セイランの一人息子で、整った顔立ちであるが、何不自由なく育った青年特有の、独善的な甘ったるさをかすかに漂わせていた。
 ……モビルスーツ戦に関しては素人のエリカですらわかる圧倒的力の差。一番機の『鷹』や三番機の『J』では太刀打ちできないのも無理はない。しかし、疑問もある。
 
 「ところでうちのライフルって、マシンガン機能みたいのついてるのかい?」
 
 ユウナがふと、エリカの感じた疑問を口にした。
 
 「彼の技《スキル》ね。あれは」
 「……できるもん?」
 
 ――答えはYES。あれそのものは誰だろうと……それこそエリカだろうと、この鼻持ちなら無いボンボンであるユウナだろうと可能だ。ライフルのビーム制御装置を解除し、トリガーを小刻みに連射すれば良いのだから。しかし――。
 
 「神業ですよ、あれは……」
 
 そこに、彼にしかできない理由があった。ビームライフルは、どこまでいってもビームライフルとして開発された武器だ。あんな速度でビームを撃ちだせば途端に銃身が焼ききれるか、もしくはエネルギーパックの過剰熱で爆発してしまうだろう。
つまり、アムロ・レイは銃身が焼ききれない、エネルギーパックが爆発しないギリギリのタイミングで、ホースから流れ続ける流水のようにあふれ出るビームの雨を、戦闘の中正確に狙いを定め撃ちはなっているのだ。
後者ならともかくとして、前者に関しては、ビーム兵器に深く精通した人物でなければ到底できない荒業である。しかし、モビルスーツに搭載されたビーム兵器などは、つい最近世に出た技術――ザフトに関しては、ようやく実用化の目処がたった程度にしか知られていない最先端の技術なのだ。
……ありえない、ありえるはずが無い――。
 ユウナはちらと手元のボードに目を落とし、M1〝アストレイ〟に乗るパイロットたちの情報を読みあさる。
 
 「連合の特殊部隊出身、なんだっけ?」
 
 すぐさま彼女が答えた。
 
 「ええ。嘘か本当かなんてわかりませんけど」
 
 ふいに背後の扉が開き、ユウナがさっと視線をやる。
 
 「やあ、待っていたよ。よく来てくれたねえ」
 
 リーダー格のガルドが「は」と敬礼し、他の四人も――ワイドだけが露骨に嫌そうにして――それに続く。
 
 「――ウズミ様には?」
 「ええ、先ほど既に」
 
 ガルドが無表情で答え、ユウナは満足したように、壁際に佇む長身の女性に声をかけた。
 
 「……さて、と。役者は揃いましたよ、ロンド・ミナ・サハク?」
 
 ――ウズミ・ナラ・アスハ元代表は、開戦と同時に「今後いかなり事態が起ころうとも、オーブは独立、中立を貫く」と国際社会に対して宣言してのけた。
 だが、それを可能にしているのはアスハ家の力だけではない。五大氏族のサポートがあって、はじめて可能になることなのだ。
 エリカの勤める〝モルゲンレーテ〟社は、五大氏族のサハク家とつながりが深かった。自然とエリカもサハク家派の人間ということになる。
 サハク家は、元首を歴任するアスハ家のように表舞台で華々しく活躍する氏族とは違う。
 古くから政に関するアンダーグラウンドの仕事を担ってきた氏族なのだ。そのため『国が持つ暴力』である軍へのつながりも深い(だから、オーブの軍事産業の中心である〝モルゲンレーテ〟とも深く結ばれている)。
なぜ、サハク家がそのような役割を担うようになったのか、エリカ自身は知らない。しかし、そのことを、サハク家の人間が快く思っていないのは確かだ。
 ――政の表舞台に出たい。それがサハク家の願いなのだ。
 結果、サハク家の人間は、アスハ家に対して憎しみにも似た感情を持つようになっていた。もちろん、そんな負の感情を、あからさまに表に出すような人間はほとんどいない。
 ここにいる、ロンド・ミナ・サハクは、その数少ない例外の一人だ。
 彼女は、公然とウズミ・ナラ・アスハを批判してやまない。特に軍に関するエキスパートであるロンドは、ウズミの中立政策が気に入らないようだ。
 長く伸ばした黒髪を揺らしながら、百九十センチ近い長身のロンドが傍らのムルタ・アズラエル(なぜこの男がここにいるのかはわからないが)に視線で合図し、アズラエルが頷くとロンドは前を向く。
 
 「ガルド・デル・ホクハ」
 「は」
 
 ロンドが言うと、ガルドがさっと一歩前へ出た。
 
 「ウズミは『親衛隊』設立を許可する、と。確かに言ったな?」
 「は、この耳でしかと」
 
 彼女は満足し、頷く。
 
 「ホースキン・ジラ・サカト」
 
 ホースキンが油断無く一歩足を踏み出す。
 
 「何故呼ばれたのかを言ってみろ」
 「……ユウナ・ロマ・セイラン様を副指令とし、カガリ・ユラ・アスハ様直属の『親衛隊』を設立するためです」
 
 つまりは、彼女の『私兵』となるべく、彼らはここに呼ばれたのだ。しかし、とエリカは思う。
 
 「ファンフェルト・リア・リンゼイ、覚悟は良いな?」
 「はっ! カガリ様の騎士となるのが、幼少からの夢でした!」
 
 瞳をぎらつかせ、ファンフェルトが前へ出る。
 
 「サース・セム・イーリア?」
 
 ロンドがいたずらっ子のように口元をゆがめると、一番年少のサースがおずおずと前へ出る。
 
 「僕も、みんなのためなら……」
 「良い返事だ。――ワイド・ラビ・ナダカ、カガリ・ユラ・アスハのためなら命は惜しくないと言ったな?」
 
 ワイドが力強く一歩足を踏み出し、不敵に笑った。
 
 「そこの優男様よりは、役にたって見せますよ」
 
 エリカは知っていた。彼ら五人は、もともと幼い頃からカガリの親友であり、最も心の許せる存在であったことを。そして、下級氏族という立場により、その友情を無理やり崩さねばならなかったことも……。
さぞ悔しかっただろう、彼らは本当に仲が良い……兄妹のようだったのだから。そこにロンドは目をつけたのだ。皆形は違えど、カガリを大切に思う気持ちは本物だ。だからこそ、彼らはカガリを守るべく、国の影となる道を選んだのだから。
 
 「ユウナ・ロマ・セイラン。貴公たちには『親衛隊』の名に恥じぬよう力をつけてもらう。『白い悪魔』に打ち勝ってみせろ」
 
 五人の青年は一斉に敬礼し、格納庫へと向かう。彼らの後を追うユウナに、ロンドが声をかけた。
 
 「一人前の司令官になるようにな。カガリでは頼りない。――『親衛隊』にふさわしいモビルスーツも開発中だ。ウズミもそういうことならばと、首を縦に振ったのだから無碍にはするな」
 「ええ、もちろんですよ」
 
 相変わらずの軽薄な笑みを浮かべ、ユウナが部屋を後にする。
 ……それが、ロンドの計画。〝アークエンジェル〟に深く肩入れしているカガリの私兵を作り上げることで、この国を地球連合の一員へと組み入れようというのだ。〝アークエンジェル〟に危機が訪れれば、カガリは必ず支援を要求する。そして、もしもカガリの命にだけ従うことのできる部隊があれば……。親の愛情を利用した、巧みなやり方である。
 それにしても、『白い悪魔』とは、良い得て妙だとエリカは思った。アムロ・レイ――『メビウスの悪魔』と恐れられ始めた彼を、連合は『白き流星』アムロ・レイと売り出した。しかし、実際に広まった名は連合が伝えようとしたそれではなく、『白い悪魔』という不吉な二つ名であった。
最初に彼に会ったときは、どこが悪魔なんだと笑ったものだが……今ならばわかる、彼を『白い悪魔』だと言った人々の気持ちが。エリカがどこか薄ら寒いものを覚え、身を小さく震わすと、ロンドが静かに一歩踏み出す。
 
 「ではエリカ・シモンズ。邪魔者もいなくなったところで、本題に入ろうか」
 「はっ?」
 
 エリカは、ロンドの言葉の意味が一瞬理解できなかった。
 
 「本題……と仰ったのですか?」
 
 彼女はにたりと笑みを浮かべ、さっと一枚のデータディスクを取り出す。
 
 「ここに、新型原子炉の設計図がある。これをモビルスーツに組み込むのだ」
 
 その言葉の意味に、エリカは今度こそ絶句した。
 
 「ロンド様!?」
 「ウチから盗み出したデータで、組み立て中のモビルスーツが一機……あると聞きましてねェ」
 
 ふいに、アズラエルが戦闘の始まった訓練場の様子を眺めながら告げる。
 
 「Xナンバータイプは全て出払ってしまっていて……いやぁ、助かりましたヨ」
 
 彼が語りだす。
 
 「これで〝小夜啼鳥〟は目覚めます。ですがその為には、〝短刀〟などよりも強靭な肉体が必要なのです。それが人の可能性を示す、『鍵』となるのですからネ? あるいは、可能性の『種』、とかいう表現でも構いませンが――ドチラにしても、水と肥料を与えねば、芽は出ないということですヨ」
 
 アズラエルから発せられる言葉の羅列や揶揄など分かるはずも無く、エリカはただ疑いの視線を向けることしかできない。彼が何かを思考しつつ、口を開く。
 
 「〝ストライク・ルージュ〟……。良い名です。色も丁度良い。さしずめR型、といったところでしょうかネ。――あれはうちが貰います」
 
 演習が終わり、アズラエルが去った後、ロンドがエリカの研究室で告げた言葉に、彼女は言葉を失った。
 
 「――原子炉は〝アカツキ〟にも搭載しろ」
 「ですが、あれは……」
 「――私は〝小夜啼鳥〟というものは知らない」
 
 彼女が知らないと言ったことは、実在する渡り鳥のことではないとすぐにわかった。
 
 「〝アークエンジェル〟に二人、D.S.S.Dから科学者が来ている。おそらくそれがアズラエルの切り札。ならば、我々もヤツの知りえぬカードを用意せねばなるまい」
 
 D.S.S.D――深宇宙探査開発機構の科学者が何故わざわざ〝アークエンジェル〟に呼ばれたのかわからなかったが、エリカはそれよりも別のものに関心を移す。
 
 「ですがロンド様、〝アカツキ〟はウズミ様の許可が無くては……」
 「だからさ、私はカガリ・ユラ・アスハの『親衛隊』専用のモビルスーツ開発を許可させたのだ」
 
 ロンドは新しい玩具を自慢げに語る子供のように笑みをこぼし、告げた。
 
 「不満ならば言いなおそうか?――エリカ・シモンズ。『現在持っている全ての技術を使い』、『親衛隊』専用の、最高のモビルスーツを作るのだ。――これはウズミも了承していることだ」
 
 ロンドが含みのある笑みを浮かべる。美しく、そして狂気を含んだ微笑だ。
 エリカは、ロンドの顔を見つめ、言い知れぬ不安を覚えた。私たちは今、パンドラの箱を開けようとしているのではないか――と。
 
 
 
 「絶対怪しい!」
 「そうですわ、きっとどなたかと密会しているに違いありません!」
 
 キラとカナードがようやく家に戻れた次の朝、朝食を食べ終わり、またもややってきたフレイとラクスにカナードが出かけたことを告げると、二人はどこにでもいる女の子の顔になって文句をたれた。
 
 「そ、そんなこと言われてもなあ……」
 
 キラが困惑していると、フレイが塀のふちからぐいっと顔を覗き込む。
 
 「あんた、どこに行ったとかわかんないの?」
 「そうですわ! それくらい知っておくべきです!」
 「ええ!? えーと……」
 
 もちろん、キラは知っている。だがそれ故に、彼女達に本当の事を言うわけにはいかなかった。
 
 「ご、ごめん、覚えて無くて」
 
 ――あの時、カナードは目玉焼きの最後の一口を食べ終えてからおもむろに立ち上がり、キラがどこに行くのと問うと、カナードは笑って答えた。
 
 『野暮用だ』
 
 と。それから、兄は身支度を整え……母に――。
 
 『なあ、この辺に――』
 
 カナードは、ずっと昔に火事で焼け落ちたというらしい孤児院へと向かったのだ。彼の口ぶりから、何となくそこが大事な場所なんだとわかる。
 塀からひょこりと顔を覗かせるフレイの瞳がぎゅっと細まり、不機嫌に言った。
 
 「嘘つき」
 
 その勘の良さに、キラは薄ら寒いものを覚えつつ、それでも返すのだ。
 
 「だとしても、誰にも言わなかったってことはさ、ぼく達が勝手に入り込んで良い事じゃないんだよ」
 
 と。こればかりは、たとえフレイ相手でも譲る気は無かった。
 
 
 
 カナードは一面に広がる花々を見、その先に広がる青い海へと視線をやる。メリオルは彼の後ろを歩き、怪訝な顔になって言った。
 
 「用って何です……?」
 
 彼とは付き合いの長いメリオルであったが、花束を持って現れた彼の姿には流石に違和感を感じる。カナードが苦笑し、答える。
 
 「昨日もその前も来てたんだろ、ここにさ」
 
 彼女はぎくりと視線を逸らす。そう、ここは――。
 
 「ごめんなさい、私の所為で……」
 
 ここは、私の所為でカナードが大怪我を負った場所。三年前――ウズミ・ナラ・アスハ、及びその一人娘であるカガリ・ユラ・アスハ誘拐の命が下り、彼女たちは作戦に移った。……彼とチームを組むようになってから初めて経験した任務失敗。
いや、それだけならまだ良かった。丁度この丘の向こうに、逃亡用のボートがあったのだが、メリオルのミスでカナードが重症を負い、彼は三日間生死の境をさまよったのだ。
 
 「私にもわからないの。何故あんな事になったのか……体が動かなくなって、それで――」
 
 そういうと、カナードは眉をしかめ何かを考えるようにした後、はっとして顔を上げた。
 
 「そぉぉ……だったか? 良く覚えてるな、そんなこと」
 「えっ?」
 
 そんなこと?――メリオルはわけがわからなくなり、目をぱちくりとさせた。
 
 「良いから来てくれ」
 
 カナードは苦笑し、足を進める。しばらく芝の上を歩き行く、やがて朽ちた建物が見えてきた。火事にあってからもう十年以上も起っていそうなそれは、今にも崩壊して崩れそうなまま辛うじて姿を保っている。
 ……ここだ。ここであの時私は――。
 
 『逃がすな、追え!』
 
 闇夜の中、兵士の一人が叫んだとき、メリオルの中で時が止まった。途端に体が震えだし、激しい嘔吐と不快感が彼女を襲ったのだ。とっさにカナードが庇ってくれなければ、メリオルは間違いなく死んでいただろう。
 カナードが悲しげに、黒ずんだ壁を指でそっと撫でる。
 ――いつからだろう、彼がこういう顔をするようになったのは。
 メリオルとカナードはいつでも一緒だった。どんな辛い作戦でも、必ず二人で生き延びてきた。そしていつの日からか彼女は恋をし、彼に生きて欲しいと思うようなった。だから、彼が少しずつ変わっていくのを嬉しく感じたのだ。
 
 「なあ、わからないか?」
 
 カナードが子供のようにメリオルの顔を除きこむ。
 ――いつからだろう。彼の変化に、嫉妬を感じたのは。カナードは心を取り戻し、友を得、家族を手に入れた。でも、私は……。私はどこからか連れてこられた素性の知れない女。人殺しの世界に生きる影。今のカナードは輝いている、でも、私にはその輝きは……。
 カナードが困ったような顔になり、小さく溜息をつく。すると――。
 
 「どちらさまですかね?」
 
 皺枯れた老婆の声に、二人は振り向いた。杖をつき、おぼつかない足取りだが優しげな顔の老婆に、カナードははっと目を見開く。
 
 「……無茶をなさいますね」
 
 彼の口から出た、信じられないほどの優しい声使いに驚きつつ、メリオルはふくよかな体つきの老婆を見やる。
 
 「いえ、日課ですから」
 
 老婆は、不自由なのであろう目で何かを探し、ふらふらと手をかざす。カナードがさっと手を取り、焼け焦げた瓦礫の柱に触れさせてやった。
 
 「ありがとう、親切な方」
 「いえ」
 
 そういう彼の目は、どこまでも優しい。老婆が語りだす。
 
 「今はこんなでも、昔は立派な孤児院だったんですよ。もう十二年も昔のことですけどね」
 
 良くあることだ――そう思いながらも、メリオルは悲しげに話す老婆から、目を離せなかった。カナードが尋ねる。
 
 「住んでいた人たちは……?」
 
 老婆が、静かに首を振った。カナードが静かに眼を瞑る。
 
 「みんな、みんな焼けてしまった。一人息子のサバトも、嫁いで来てくれたソフィアも――」
 
 壁を触れる指先が震え、老婆がぼろぼろと涙をこぼす。彼女はすがるようにして、薄汚れた柱に持たれかかった。
 
 「みんな良い子達だった……。しっかり者のエレナ、いつも私を気にかけてくれる優しい子だった。臆病なエリコ、さぞ怖かったろうに……。泣き虫アンナ、きっと助けを求めて泣いていたろうね……ごめんね、ごめんね、助けてやれなくて……」
 
 震える老婆の背中は、今にも消え入りそうな命の灯か。
 
 「ああ、あの子は……威張りんぼのバルサム坊や、甘えん坊のカナード――」
 
 メリオルが跳ねるように顔を上げる。バルサム? ガルシアの子飼いのバルサム・アーレンド? まさか……それに、カナードって。心臓の鼓動が高鳴る、息が苦しい。これは何故?
 
 「カナードはいつも泣いていたっけね……。バル坊が苛めるってすぐに私の元へ走ってくるんだ。すると、私の孫がね、バル坊を叱るんだ。『カナを苛めないで』って。良い子だった……」
 
 目の奥が熱い。喉の奥は乾いて吐く息が熱い。メリオルはたまらなくなって口を開いた。
 
 「あ、あの!」
 
 老婆がゆっくりと振り向き、ハンカチで目元をそっと拭った。
 
 「ごめんなさいね、見ず知らずの人にこんな話を」
 「……いえ」
 
 カナードが鎮痛な面持ちで答える。
 
 「もし良かったら、あの子達に会っていってくれませんか。きっと天国で喜んでくれるはずです」
 
 そう言って歩き出す老婆をカナードが支え、二人は歩き出す。……わからない、わかってはいけない。でも、メリオルは心の底からわきあがる不思議な感情に押され、二人の後を追った。
 海を見張らされる小さな岬に、それはあった。腰ほどの高さに立てられた墓標に、カナードがそっと花束を添える。
 
 「ありがとう」
 
 老婆が小さく微笑み、静かに祈りを捧げた。メリオルは石版に刻まれたいくつもの名を読み取っていく。そこには――
 ――バルサム・アーレンド
    カナード・パルス
 そう、刻まれていた。鼓動はさっきより早くなる。彼女の中で湧き上がる何かが、確信へと変わる。そして――
 ――サバト・ピスティス
    ソフィア・ピスティス
    メリオル・ピスティス
 
 「あ、あぁ……」
 
 メリオルは声にならない呻きをあげ、後ずさった。そんなはずない、私は違う。私は……。
 
 『貴様がオレの相棒役か』
 『あら、不服?』
 
 彼と出会った時の記憶が蘇る。
 
 『ああ不服だ。ナチュラルで、女で、記憶喪失など、誰が信用できるものか』
 『記憶が無いのは六歳の頃までのだけ。後は、実力を見てから言って欲しいわね』
 
 そうだ、私は記憶が無い。それはもう十二年も昔のことで――。
 
 「みんな私を置いて逝ってしまった。あんな火事さえなければ……」
 
 違う、火事なんかじゃない。メリオルの脳裏に、瞬間的にあの時の情景が蘇る。
 
 『逃がすな、追え!』
 
 闇夜の中、メリオルは必死で逃げた。一番年下で、泣き虫で甘えん坊のカナードを連れて、裸足の足を血だらけにしながら、 焼けていく父と母のことを思い、涙を流しながら。なんとしてもこの子だけは守りたい、私の、大好きなカナード! 視界が霞む、右手の感覚が無い、
何かを持っているはずなのに、そこだけが、霞んでいる。足音が迫ってくる。六歳の少女の走りなど、大人に敵うはずが無いのだ。力ずくで組み伏せられ、少女の喉もとを男の手が鷲掴みにする。男の奥で、指揮官と思われる初老の男がカナードを掴みあげる。
 
 『見つけたぞ、カナード・ヒビキ!』
 
 カナードが泣き叫ぶ。
 
 『お姉ちゃんを放せ!』

 男はぴたりと顔色を変え、今絞め殺されようとしているメリオルに視線をやる。
 
 『……待て、殺すな』
 
 ぱっと力が抜かれ、メリオルは大地に捨てられた。
 
 『こうなっては仕方あるまい。安定剤として、機能してもらおう。強化処理を施せばそれで良い』
 
 カナードを捉えた男が、メリオルの髪の毛を掴み持ち上げた。薄れゆく意識の中で見たその男の顔は、ビラード准将その人であった。
 
 『よう、カナード・パルス』
 『ガルシア子飼いのバルサム・アーレンドが何のようだ』
 
 昔、補給のために一度だけ〝アルテミス〟に立ち寄ったとき、私たちは再会した。それを、再会だと気づくはずもなく。
 
 『ひゅー、言うようになったじゃねえか。いやなに、俺のメリィとは仲良くやってるかと思ってよ?』
 『あなたのものになったことなど、一度もありませんが』
 
 バルサムだけは覚えていたのだ。あの襲撃のことを。
 
 『またバルサムがぶったー!』
 
 幼いカナードがわんわんと泣き、メリオルに抱きついた。
 
 『女々しいんだよそいつ! すぐにメリィんとこに行ってよ!』
 
 ああそうか、彼は私の事が……。そうだったんだ――今になって、バルサムがカナードを苛めていた理由がわかり、なんだかおかしくなる。しかし、とメリオルは思った。
 しかし、バルサムはどうやってあの地獄の中から抜け出したのだろうか。
 
 『ピスティス少尉。貴様は……その、カナード・パルスとかいう良くわからんものとチームを組んでいるそうだな』
 
 ある日、ガルシアが唐突に彼女の私室へとやってきて言った。
 
 『ええ。それが何か』
 『そんなやつと関わるのはよせ! 理由はわからんが、きっと碌なもんじゃあない! 第一コーディネイターなんぞに――』
 
 彼は口をすっぱくして言うのだ。カナードに近づくな、止めろと。コーディネイターだという理由だけで? 否、ガルシアは、孤児院を襲った理由がカナードであったことを知っていたのだ。その目的だけ知らされずに――。
 
 『貴様が〝ソロモン〟出身の兵士だな?』
 『はっ。コードネーム・トレイター、本日づけで――』
 『……『裏切り』か、惨いことをなさる……』
 『はっ?』
 『いや、良い。今日から貴様はメリオル・ピスティスと名乗れ』
 
 そうだ。ガルシアはこの事件を知っていたから……それに罪の意識があったから、本当の名を……。
 
 
 
 「ありがとう二人とも。みんなきっと天国で喜んでくれてるよ」
 
 老婆――メリオルの祖母、マリア・ピスティスが儚げに微笑んだ。
 
 「いえ。……お元気で」
 
 カナードがそっと頭を下げ、メリオルは無言でそれに続く。マリアが去った後、メリオルがそっとカナードの背に寄り添った。
 
 「すまない」
 「……良いよ」
 
 ……オレは、ビラードと決着をつけなければならない。それまでは、彼女に自分たちの素性を明かすわけにはいかなかった。生きて帰ってこれる保障など、ありはしないのだから。
 
 「……思い出したか?」
 「少しだけ、ね」
 
 今はそれで良いさ。カナードは雲一つ無い青空を見上げる。
 
 「オレはビラードを討つ。一緒に来てくれるよな」
 「ええ。私はあなたのパートナーだから」
 「……ありがとう」
 
 この戦争には、自分たちにの想像もつかないような深い闇が潜んでいる。そしてビラードがその闇に最も近い位置にいるような気がしてならないのだ。その闇と戦うためには、力が必要だ。……自分だけでは到底敵わないからこそ、仲間という存在が……。
 ひょっとしてハルバートンはその事を見越して自分に監察官という役を任せたのかもしれないと思い立ち、改めて彼の評価を見直した。
 メリオルがカナードの抱く腕にきゅっと力を込め、彼はその手を優しく握り返す。
 故郷の風が、二人をそっと包み込んだ。
 
 
 
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