CCA-Seed_◆ygwcelWgUJa8氏_34

Last-modified: 2012-12-10 (月) 21:43:10

 「降下シークエンス、か」
 
 着々と大気圏突入の準備を進めながら、フレイはその腕に抱いたぼろぼろの〝フリーダム〟に通信を入れた。
 
 「キラ、大丈夫?」
 
 返事は無い。
 それでも、フレイは彼が死んでしまったとは思っていない。〝ウィンダム〟のAIがそう言っているし、自分の感覚でも彼のわずかな息吹を感じているからだ。
 既に機体は灼熱に染まり、コクピットに映る外部の映像も赤く染まりつつある。しかし、フレイはそれを恐ろしいとは思わない。
 
 「ほんと、なんでわたしなんかに――」
 
 言いかけたところで、ふいにちらと影が〝ウィンダム〟を覆った。
 
 〈フレイ~。〝シュヴァンストライカー〟だよ、〝アメノミハシラ〟に残ってたの持ってきたよー〉
 
 後に僅かだが建造されたらしい〝シュヴァンストライカー〟の頭部に安置された簡易コクピットからのステラ・ルーシェである。
 
 「誰に言われたのー?」
 
 呆れながらもなるべく優しい声色を意識して問いかけると、少女は笑顔で「マリュー!」と答えた。
 あーあ、あの子達が心配するぞ、とフレイは苦笑した。せっかく仲良くなってきたというのに、まったく。
 
 「地球に下りたら、一緒に帰ろうね?」
 〈うん!〉
 
 少女が元気良く言うと、フレイはすっと地球を見つめる。今の〝フリーダム〟ではこのまま大気圏突入など無理だろう。摩擦熱に耐え切れない。
 ――だから、わたしが来たんだ。
 
 「良いわ」
 
 フレイはもう一度深く呼吸を整える。あの時、ラウは意図的にあの光を使った。
 ……あの人に出来て、わたしにできない道理は、無い――。
 不思議な気持ちだった。わたしは、あの人を憎んでいない。あの人は父を殺したのに。それも確かな殺意を持って。
 それでも、フレイは――
 褐色の柔らかな手がフレイの左手にそっと重ねられ、もう一つの優しく大きな手が、フレイの右手に重ねられる。
 だから、フレイは言うのだ。
 
 「――わたしの想いが……あなたを守るから――」
 
 と。
 フレイは、想いを体現してくれるマシンに乗っていた。あの人がくれた、マシンに。
 やがて〝ウィンダム〟のコクピットと骨格が律動を始め、装甲の内部から淡い輝きを放つ。それは翼のようにして広がり、〝フリーダム〟もステラの〝シュヴァンストライカー〟をも包み込む。それはまるで母のように優しい輝きであった。
 
 
 
 
PHASE-34 白い闇を抜けて
 
 
 
 
 ――月面基地ダイダロス
 一人の将官が、コツコツと足早に通路を進み、司令室の前で足を止めた。怒気をはらんだ男は、軍服のずれもなおさず乱暴に扉を開け足を踏み入れる。
 
 「ビラード准将、これはどういうことか!」
 
 問われた男はきょとんとし、告げる。
 
 「何を怒っておるのだガルシア君」
 「メリオルに何をしたかと聞いているのです!」
 
 空気がピンと張り詰める。
 あの事件以来、ガルシアはメリオルを我が子のように思い、大切にしてきたつもりだった。無論それはバルサムにも同じことであり、そのほかの孤児や、自分たちの所為で行き場を失ったものも皆ガルシアにとっては、血のつながりこそ無いにしろ、かけがえの無い家族であるのだ。
それでも、メリオルだけは特別であった。なぜなら、彼女は――
 
 「あの子には手を出さないと、そういう約束ではなかったか!」
 「仕方あるまい、君がそう言うのだから殺すわけにもいかんだろう?」
 「しかし――私の子です!」
 「引き取った君がそう思いたいのはわかるがね。私は彼女の公正な取引をしたつもりだよ」
 「――ッ!?」
 
 どの口が言うか! ガルシアは思わず激昂したが、何かを言いかける前にビラードが先に口を開いた。
 
 「彼女の苦痛を消してやる代わりに、我々の『再強化』を受けると、そういう手はずになったのだ。君の出る幕は無い」
 
 ――苦痛。その単語に、わずかに思考をめぐらしたガルシアは、はっと思い当たる。
 
 「あの子に、教えたのかァ!!」
 
 たまらず飛び掛るガルシア。ビラードはガルシアの巨体を易々といなし、関節技で腕を逆方向に取りそのまま抑え込む。
 
 「あ、ぐっ」
 
 激痛に情けない声を出すガルシアにビラードは先ほどと何も変わらない声色で告げる。
 
 「どの道、いつかは『思い出す』ことだ。幼き日に感じた強烈なトラウマは、ちょっとしたことで再びよみがえる。なら、それを今、教えてやったほうが彼女のためだとは思えんかね?」
 「知らなくても良いことだってある!」
 「いいや、無知とは不幸だよガルシア君。強化処理を施し記憶を封じたとしても、それは必ずどこかで歪みとなって生じるものだ。現に君は見ただろう? あの子はカナード・パルスを守ると言う大義名分が無ければ生きる事すら危うい。そう言う刷り込みを施したのは我々だし――いや、もともと狂っていたのかもしれんな? 何故ならあの子は――」
 そう、何故ならあの子は――
 
 
 
 〝ミネルバ〟艦橋《ブリッジ》の真横を、ビームの粒子が過ぎ去る。
 〝ジャスティス〟がアガメムノン級を捉え、〝ファトゥム‐○○〟で船体を切り裂き、〝ガナーザク〟がM一五○○〝オルトロス〟高エネルギー長射程ビーム砲で止めを刺すと、ややあって誘爆が始まり巨大な閃光があがる。
 
 〈キリがねえぜアスラン!〉
 
 ディアッカが弱音を吐くのも無理は無い。
 既に七度目の襲撃である連合の部隊は、決して手を休めようとはしなかった。容赦の無い攻撃がアスランたちを襲い、光条が〝ジャスティス〟の左脚部を貫いた。
 
 〈アスラン!〉
 
 すかさずイザークが前へ出る。迫る〝ストライクダガー〟を一閃。同時に加わる〝ガナーザク〟の援護射撃のおかげで、アスランはかろうじて距離を開けることができた。
 疲労で限界が近づいてきている。〝ジャスティス〟も既に稼動限界など超えていた。いつ、何があってもおかしくは無い。だというのに連合の兵は執拗に追いすがってくる。
 地球軌道を離脱し、〝ミネルバ〟は少しでも早く地球から脱出してきた同胞達を本国へ送り届けてあげたい。だというのに、ここからもっとも近い宇宙要塞〝ボアズ〟でも、このペースでは後数日はかかってしまう。医療物資も底をつきかけている、このままでは助かる命も助からない!
 
 「援護の部隊は、来ないのか……!」
 
 そう呻いたアスランを、咎めるものなどいなかった。
 二度目、三度目の襲撃と、どれもアスランたちは戦死者を出すこと無くここまで来ることができた。だが、これでは――。
 今回の襲撃は、今までとは正にレベルが違った。特に、隊長機の〝一○五ダガー〟の動きは脅威であり、背部に背負う〝ガンバレルストライカー〟から放たれる変幻自在の攻撃が、着実にザラ隊を追い詰めていく。
 今、この〝一○五ダガー〟と互角に戦えるのは、イザークの〝スラッシュザク〟だけだ。無論万全な状態ならばミゲルやミハイルも大いに貢献してくれるだろうが、今は状況がそうさせてくれなかった。補給という補給を受けれずに――
 
 
 
 格納庫《ハンガー》では急ピッチで〝インパルス〟の修復作業が行われていた。〝一○五ダガー〟に撃たれた一撃は、脳波制御システムの中枢にまで達しており、〝インパルス〟は起動すらも困難な状況に陥っている。
 
 「〝スラッシュウィザード〟で良いんだな!」
 〈おーよ! あれには懐に飛び込まないとやってられないでしょ!〉
 
 整備班長のマッド・エイブスがラスティの希望通り〝スラッシュウィザード〟を装備させると、〝スラッシュザク〟がカタパルトへと進められていく。
 
 〈ラスティ・マッケンジー、〝ザク〟出るぜ!〉
 
 それを端目に捉えながら、レイは自機の状況で頭がいっぱいであった。アスランは自分を無条件で信頼してくれている。それに答えたいと思うのがレイであったが、今何もできない自分がたまらなく悔しい。
 唯一の肉親を失ったラクス・クラインは、泣く事もできなかったんだぞ……!
 
 〈ルナマリア・ホーク、〝ザク〟出るわよ!〉
 
 アカデミー時代からの友人も出撃してく。
 俺は、何もできないのか……! この大事な時に!
 先の戦闘で、核ミサイルのほとんどを撃墜してみせたが、レイにとってそれは誇れることでも何も無い。あんなものは悪意が凶悪すぎて、手に取るようにわかるのだから。子犬の群れから大型犬を見つけるようなものでしかない。だから、レイは本当はアスランたちと共に戦いたかった。
イザーク・ジュールやディアッカ・エルスマンのように、自分が戦える事を証明したかった。ここに、生きているという事を。
 そのとき、強烈な悪寒がレイを襲った。ぞくりと背筋を貫き、やがてはじける。悪夢のような、何か。――それは、核ミサイルの接近を彼に告げていた。
 
 
 
 〈そぉーらぁ!〉
 
 ラスティの気合と共に放たれたMA‐MR〝ファルクス〟G七ビームアックスの一撃が、〝ストライクダガー〟をシールドごと横なぎにした。同時にアスランはミーアが救命ポッドに移ったと聞かされぎょっとした。
 
 「ミーア・キャンベル、が――? ラクスは!?」
 
 問われたメイリンが、しどろもどろに答える。
 
 〈そ、それが、残ると――〉
 
 ああ、彼女の言いそうなことだ、だが――。
 
 「――勝手なやつめ!」
 
 と言わずにはいられなかった。
 
 〈ハッ、俺たちと心中したいってのかねぇ! ありがたいこった!〉
 
 ラスティがけらけらと言い、アスランは思わず激昂した。
 
 「ふざけるな! 冗談でも――」
 〈冗談で言ったつもりは無いって!〉
 
 真面目な声色で、ぴしゃりという。MMI‐M八二六〝ハイドラ〟ガトリングビーム砲をばら撒きながらラスティは続けた。
 
 〈そういう女に惚れたんだろ、お前は! だったらさ、無理にでも連れて、お前だけでも逃げろ!〉
 
 〝ストライクダガー〟がたまらず距離をあけると、〝ガナーザク〟からの援護射撃が加わるが、弾かれるようにして散開する敵機体には当たらない。
 
 「俺にお前たちを見捨てろっていうのか!」
 
 アスランにその選択肢は無い、あってはいけない。だが――
 
 〈そう言ったつもりだ! お前はここで死んじゃいけないやつだろ!?〉
 「何が!」
 
 いつに無く食い下がるラスティは、僅かに声に怒気を孕ませる。
 
 〈――シーゲル・クラインが死んだって、ありゃ嘘だよ! 殺されたんだよ、きっと!〉
 
 一瞬、アスランは心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。同時に四方から降り注いだビームの雨から逃れるように回避運動を取らせる。同じようにラスティの〝ザク〟もアポジモーターを全快にさせ不規則な動きで攻撃を逃れる。
 
 〈だからさ! ザラの名前を継いでるお前が革命でも起こせば、俺達はついてくんだってのッ!〉
 
 ――革命。ぞわりと体が震えた。今の体制に異を唱え、ザラの名を継ぐ、俺が……しかし、俺にそれだけの力は――。
 
 「――イザークは、核をやれたのか……?」
 
 アスランは、彼の言った重い提案から思わず逃げた。無理だ、俺には、みんなに助けられてばかりいる俺では――
 ――それとほぼ同時刻
 〝ミネルバ〟の遥か後方で、『換装』を終えた一機のモビルスーツが、発進した。その機体は、かつて――
 
 
 
 「――見えた!」
 
 〝メビウス〟の編隊を捉えたイザークは、すぐにそれが報告にあった核ミサイルを搭載したものだと理解した。その数は四十。
 
 〈――せ、先輩……〉
 
 わずかに怯えるシホを励ましてやる余裕などイザークにも無かった。しかし――
 
 〈一人頭十機ってことだろ? 旧式の〝メビウス〟だ、行けるさ〉
 
 ああ、やはりミゲルは頼りになる。橙色に塗られた〝ザクファントム〟は伊達ではないのだから。
 
 〈そういうことだ。それよりも艦に残してきた患者のほうが心配だよ〉
 
 と、ミハイル。
 落とすさ、必ず。
 シホが息を呑む。イザークも同じ気持ちだが、彼女がそうする手前、イザークはふんと鼻で笑ってやるほうが俺らしいと思う。
 
 「――行くぞ!」
 
 四人の戦士たちは、迫る四十の脅威に狙いを定めた。
 
 
 
 もうどれだけの〝ストライクダガー〟を倒しただろう。数えることすら面倒になってきたルナマリアだったが、これで私もエースよねなどと言えるほど楽観的では無かった。
 
 「――まだ来るの!?」
 
 〝ストライクダガー〟がサーベルを抜き、頭部バルカン砲をばら撒きながら距離をつめる。〝ガナーザク〟では――
 
 〈どけ、ルナ!〉
 
 はっと機体を下がらせると、真横からやってきた一機の〝ジン〟が〝ストライクダガー〟のコクピットをMA‐M三重斬刀で貫いた。
 
 「レ、レイ!? 〝インパルス〟は!?」
 〈間に合わない! 作業が終わるまでこれでやる!〉
 
 〝ミネルバ〟の四○ミリCIWSは既に多数が被弾し、対空援護も心もとないのだというのに……。
 
 〈グゥレイト! お前今輝いてるぜ!〉
 
 こんなときでも軽口をたたくうざったい先輩に目もくれず、ルナマリアは〝オルトロス〟で敵を寄せ付けないよう弾幕を張る。
 
 〈まだまだ――!〉
 
 〝ジン〟がJDP二‐MMX二二試製二七ミリ機甲突撃銃を構える。
 無茶よ! ルナマリアはたまらず甲板を蹴り、〝ジン〟の援護に向かおうとスラスターを吹かせた。その瞬間――
 
 「キャァ!」
 
 鋭い衝撃に、ルナマリアは悲鳴をあげた。
 
 ――被弾した!? どこを!?
 
 〈ルナマリア!〉
 
 レイが慌てて叫ぶ。
 
 〈後ろだ!〉
 
 ディアッカが言うが早いか、放たれたM一五○○〝オルトロス〟高エネルギー長射程ビーム砲がルナマリアの〝ザク〟の真横を掠めると、ぐらりと空間がゆがみ、モビルスーツが現れた。
 ――GAT‐X二○七〝ブリッツ〟……。かつてアスラン達が奪った連合の新型と同じ機体。〝ミラージュコロイド〟という、自機を不可視にする特性を持つモビルスーツが、潜んでいたのだ。
 
 〈核ミサイルは囮かよ……! お前ら下がれ!〉
 
 ディアッカが慌てて言うと、彼の持つ〝オルトロス〟が爆発する。彼は即座にそれが近接攻撃によるものだと見抜き、何も無い空間にMA‐M八ビームトマホークを振るうと、コクピットを両断された〝ブリッツ〟が姿を現しそのまま誘爆した。
 ――すごい。
 ルナマリアは素直に感嘆した。これが、ザラ隊初期メンバーの実力。
 
 〈みんな気をつけてください! 〝ミラージュコロイド〟は制約が多い機能です! 警戒を怠らなければ、射撃武器なら対応できます!〉
 
 今しがた出撃してきたニコルが言った。〝ミラージュコロイド〟は、機体の駆動音までも隠し通すことはできず、ビームライフル発射時のジェネレーター音などで攻撃の位置を判別できる。ならば、恐らくやつらは近距離から――
 
 〈だろうな、一機やったぜ。でも――〉
 
 ディアッカが言葉を区切ると、ニコルは緊張した面持ちになる。
 
 〈相手は慎重になるはずです。おそらく次は――コクピットを一撃……〉
 
 ぞっとする内容だった。レイは、たぶん反応できるだろう。あいつはそういうことができるやつだと最近わかってきた。ディアッカはつい今撃墜してみせたのだから、もう一度、というのは考えづらい。ニコルだって新型の、出撃してきたばかりの〝ブレイズザク〟だ。なら、狙われるのは負傷した――
 
 〈――ルナマリア、お前は戻りな〉
 
 ディアッカが緊迫して言った。
 
 「そ、そうしようかな……わ、私――」
 
 言いかけたところで、丁度真正面の景色がわずかに揺らいでいるのが見えた。
 ――えっ。
 その揺らぎは、巨大な人型の輪郭を――
 
 〈ルナマリア!〉
 
 レイが驚愕して叫ぶ。
 ルナマリアが動くよりも早く、揺らいだ輪郭が腕のようなものを振りかぶる。
 ――うそ、私、ここで……。
 その時、力強いビームの粒子が僅かに尾を引きつつ、ルナマリアの〝ザク〟真正面を掠めた。
 
 
 
 ドォォン、という腹の底から湧き上がるような重低音がルナマリア機正面の見えざる何かを消滅させた。〝ミネルバ〟のコンピューターが認識し、本来音を伝えない宇宙空間に擬似的に作り出したビームの粒子音を〝ミネルバ〟艦橋《ブリッジ》に響かせたのだ。
 
 「バート!」
 
 タリアが声を荒げると、バートはすぐに砲撃の位置を割り出す。
 
 「艦後方より接近する機影があります!――これは……!」
 
 同時に数十にも及ぶ火球が艦前方にあがり、核ミサイルの撃墜を教えてくれた。だが、イザークから入った通信は、その戦果が彼らだけのものではないことを告げていた。
 
 〈援護の部隊がいたのか!?〉
 
 残っていた二十三機もの核ミサイルが同時に撃墜されたらしい報告であり、更にもう一撃、ドォォンという重低音と共に力強いビームの粒子が〝ミネルバ〟後方から放たれる。
 その度に、一機、また一機と姿を消しているはずの〝ブリッツ〟が爆散していく。
 連合の部隊が信号弾を上げ、それが撤退を示すものだと知るのはすぐ後のことだ。
 ややあって、後方から駆けつけたモビルスーツを艦橋《ブリッジ》からも捉え、その鮮やかなトリコロールカラーにタリアは視線を釘付けられた。
 
 
 
 〝ミネルバ〟の格納庫《ハンガー》に一機のモビルスーツが降り立った。
 ZGMF‐X一三A〝プロヴィデンス〟――型番からわかるように、〝フリーダム〟、〝ジャスティス〟の系統を継ぐ機体は、頭部や胸部が〝フリーダム〟と似通り、背面には〝ジャスティス〟の〝ファトゥム‐○○〟を思わせるバックパックを背負っている。
右腕には〝フリーダム〟、〝ジャスティス〟のものより大型のMA‐M二二一ユーディキウム・ビームライフルを、左腕にはMA‐V○五A複合兵装防盾システムを装着する。これは先端からビームサーベルを出力すると同時に、二門のエネルギー砲をも備えた武装だ。
また円形のバックパックからは、円周を取り巻くように五つの砲口らしき突起物が突き出して、それが後光のように見え、また同様の砲口が腰部周囲にも六門装備されていた。
 しかしこれらの砲は固定されたものではない。大型三基、小型八基のそれらは、〝ドラグーン〟――分離式統合制御高速機動兵装群ネットワークシステム《Disconnected Rapid Armament Group Overlook Operation Network System》――と呼ばれ、機体から離脱してそれぞれ独自に動き回り、目標物を狙撃することができる。
 送られたデータをまじまじと見ていたマッドが、思わず
 
 「すげぇ……」
 
 と漏らすのもわかる気がした。
 〝ジャスティス〟から降り立ったアスランは、同時にこのモビルスーツのパイロットが誰であるのかも聞かされており、警戒を強めた。
 コクピットハッチが開くと、純白のパイロットスーツを着こなした華奢な男が姿を表し、こちらを確認すると男は白々しくも軽く手を上げ挨拶をした。
 
 「久しいなアスラン。お父上に少し似てきたようだ」
 
 透き通るような声で、ラウ・ル・クルーゼはヘルメットを脱ぎ去ると流れるような金髪を鬱陶しげにかきあげた。
 ――核を使った男が!
 というのがアスランの感想であったが、今彼によって皆の命が救われたのも紛れも無い事実であるから、
 
 「ご協力を感謝します」
 
 と言わざるを得ないのも現状である。
 ふとラウが近づき、耳元でそっとつぶやいた。
 
 「――核を撃ったことを咎めているのかね? あれは私の本意では無いよ」
 
 さらりと言い放つその言葉に、アスランはラウの真意を測りかねたが
 
 「それは私が今ここで判断すべきではないと、考えています」
 
 と返すとラウはひょいと表情を変え、感心したようにふむと頷いた。
 
 「なるほど、ずいぶんと煮え湯を飲まされたようだ。――私は艦橋《ブリッジ》に用があるので失礼するよ」
 
 とんと床を蹴ると、無重力に身を任せてラウは通路へと姿を消した。
 
 
 
 「休戦、でありますか?」
 まず最初にアーサーが呆然と聞き、皆が視線をやった。問われたラウは滑らかに答える。
 
 「そうだ。一時的にではあるが、大西洋連邦、ザフト双方にとって〝レクイエム〟は脅威であると判断された」
 「大西洋連邦は承諾すると?」
 
 アスランである。この隊を預かる身としてここにいるのだから、ラウは嫌な顔もせずにかつての部下に答える。
 
 「その為の会談だよ。もうじき〝エターナル〟で議長がこちらに到着なされる」
 「議長が!?」
 
 と口を挟んだのはタリア・グラディウスだ。
 
 「ああ。〝ミネルバ〟にはそのままデュランダル議長護衛の任についてもらいたい。――負傷者はこちらで引き取ろう」
 
 するとアスランが難しい顔をしたまま抗議する。
 
 「我々は地球から戦い続きです。一度……せめて〝ボアズ〟に戻り戦力の補給をしなければ、この先戦い続けることはできません」
 
 ごもっともだ、とラウは思ったが、それでは予定に狂いが出る。
 
 「弱気だなアスラン? 本国では君を高く評価しているよ」
 「隊を預かるものとして言っています。評価していただいているのなら私の言葉にも耳を傾けていただきたい」
 
 立派になったものだ。というのが素直な感想である。まさにそれこそが、『ギルバートの計画通り』なのだから、ラウとしては面白くは無い。だが、〝プロヴィデンス〟の試運転が良好であったのだから、ギルバートの指示の一つや二つは無視しても良いだろうと考える。『私には私の計画』があるのだから。
 
 「――ふ、やれやれだ。しかし君の言うことは最もだ。私から議長に進言しておくよ」
 
 アスランは意外そうに表情を瞬かせたが、ラウはかまわず続けた。
 
 「議長の護衛はアデスにでも任せるとしよう。〝エターナル〟と合流するまでの間、しばらくやっかいにさせてもらうよ」
 
 そう言ってから艦橋《ブリッジ》を後にし、ラウはふと心地の良い敵意と警戒を向けるラクス・クラインとすれ違った。
 彼女の様子は、アスランとは違い『ギルバートの計画』とかけ離れたものであり、ラウは内心ほくそ笑んだ。
 シーゲル・クラインを殺した甲斐があった、と。
 
 
 
 切り立った岩山は、こんこんと降り積もる雪化粧により白く染まっていく。広大な湖は完全に凍り、月明かりに照らされきらきらと輝き映る。やがて雪が止むと、夜空は満点の星空となった。
 ステラがすやすやと幸せそうに寝息を立てている。
 キラが目を覚ますと、フレイが丁寧な手つきで彼の包帯を替えてくれている所だった。キラは思わず赤面したが、フレイは何も言わず、優しいままの表情で続けた。
 全天周囲モニターの天井に映しだされる夜空にきらりと流れ星が落ちたが、特に感想は持てずに朦朧としたまま星空を見つめ続けた。
 血が滲んだ包帯を全て交換し終えると、キラは包帯から僅かにさらけ出された生身の肌寒さにぶると震え、また自責の念に囚われた。
 守ると――必ず守ると決めたのに――
 また、守られてしまった。フレイの〝ウィンダム〟が戦線から離脱するのは、今の〝ドミニオン〟に好ましくない事態のはずだ。シンとマユが心配だ。あの子たちは、フレイによく懐いていたから。
 悔恨の情が、キラの思いを過去へと運び去る。
 最初から、ずっとそうだった。
 〝ヘリオポリス〟の頃から、ぼくは君を遠くで見ているだけだ。憧れていたけれど、声をかける勇気など無く、ただただ君が――
 だから、戦いに巻き込まれてしまった君を守ろうと思った。その為なら何だってできる気がした。アスランとだって、戦えると……。
 ――でも、君の一番大切な人を守れなかった。
 ぼくはあの頃と何も変わっていない。何も成長していない。みんなは少しずつ強くなっていっているのに……。
 ついこの前、トールと一対一の模擬戦で初めて負けた。偶然などではない、完膚なき敗北であった。
 カナードにだって、勝てない。フレイにも……。
 努力はしていた。している、つもりだった。
 シミュレーションは何度もしたし、アムロにも教えてもらっている。
 それでも、追いつけないのだ。
 あの時、カナードは言った。
 
 『お前は優しすぎるんだよ。だから必死になりきれてない。でもな、それは仲間を殺すぞ? トールのやつはそれがわかってるから強い。あいつは躊躇わない。アルスターのやつは、まあわかってないんだろうが、お前のように優しすぎたりはしないからな? 考え無しってのは強いのさ。ザフト嫌いだしな』
 
 頭では、彼の言った事はわかっていた。キラは非情になりきれていないのだ。更に言うならば、危機感が足りないのかもしれない。力に対して、貪欲になりきれていない。
 人を撃つ時躊躇いはしない。ただ心の片隅で、相手が死んでなければ良いなと、そう思っていたのかもしれない。
 敵を撃つ事に迷いは無い。それがコーディネイターだろうと、アスランであろうと。
 ただ、できる事なら、戦いは避けたい。
 本当は誰とも戦いたくなんて無い。
 みんなを救いたい。
 幸せになってほしい。
 誰も殺したくなんて無い。
 そんな思いが、彼を弱いままにしていた。
 そしてその感情は、日常をから覚悟も無く戦場に放り出された少年の、当たり前の感情であった。
 それだけではない。キラに明かされた『兄弟』の事実が、更に彼の腕を鈍らせていた。
 キラは命は尊いものだと考えている。それはごく一般的な、それでいて恵まれた環境で育った普通の少年が持つ、普通の価値観である。虫を意味も無く殺すのはいけない事だし、動物は可愛いと思うし、植物にだって命はある。
人間の命ならばなお更だ。ナチュラルとコーディネイターという区別は意味を持たない。命とは、平等に尊いものなのだ。
 が、その尊い命の中に、彼は自分の命を入れていなかった。
 自殺願望――無意識のうちに、少年の心は自己の死を望むようになってしまっていた。
 
 「ね、自分のこと、嫌い?」
 
 背中越しのフレイがくすりと言うと、キラはぎょっと身を震わせた。自分の考えている事を当てられてしまった気がしたから。
 わずかな沈黙。ステラが小さく「うにゃあ」と寝言を言い、やがてキラは口を開いた。
 
 「好きになれるわけ無いよ……」
 
 たくさんの兄弟の犠牲の上に成り立ち、たくさんの不幸を築き上げ作り出された、十二番目のキラ。まだ見ぬ、生きているかもしれない、自分を憎んでいるであろう十人のキラがいるのだ。
 それだけではない、オーブで戦った彼もまた、キラという存在を生み出すために行われた狂気の被害者。
 
 「どうして?」
 
 フレイの吐息が首筋にかかり、キラは顔だけをちらと向け言った。
 
 「どうしてって、そんなの――」
 
 ふいに二人の視線が交差し、キラは彼女の灰色の瞳に見惚れた。まるで、心の内を見透かされているようで――
 「ね、どうして……?」
 「どうしてって……」
 「あなたの嫌いなキラは、わたしを守ってくれたでしょ……?」
 「でも――」
 
 ぼくは、なにもできなかった――。
 
 「じゃあ、なんでわたしはここにいるのよ?」
 
 苦笑するフレイは、美しかった。そのまま彼女は続ける。
 
 「わたしは全部覚えてる。いつもあなたがわたしを守ろうとしてくれてたこと。スエズでだってさ、わたしを助けてくれたでしょ?」
 「……偶然だよ、そんなの」
 
 あの時は、彼女を守ったのはキラではない。カナード達が来てくれていなかったら結局二人は死んでいたのだから。
 
 「……言い訳ばっか」
 
 彼女が可愛く言うとそのままぷいと頬を膨らませてそっぽを向く。
 
 「一人じゃ何もできなくて何が悪いのよ。どーせわたしはラクスほど上手に料理は作れないし、カナードみたいに指揮官とかできないもん。大尉みたいに強くなんてなれないし、この前同じ機体で戦ったら、トールに一回負けたし。……一回だけだけどっ」
 
 不貞腐れて見せる彼女の顔が妙に愛らしく、思わずキラは顔を反らした。
 ふと彼女がどこか儚げな表情になり、言った。
 
 「なんでもかんでも一人でやろうとすると、淋しいわよ」
 
 一人で――。その言葉は、きっとキラだけに向けられたものではないのだろう。きっと彼女は、もう一人の――。
 桜色の少女の弱々しい後姿が、思わず脳裏に過ぎった。
 
 「自分がやらないととか、どうにかしないととかそう言う前にさ、すぐ隣にいる人を大切にしないと、そういう人ばっかりが集まるからこんな戦争簡単に起こしちゃうのよ。そうじゃない人たちも巻き込んで」
 
 フレイの表情が曇る。
 
 「遠くばかり見すぎてるのよ、あの子も、みんな……。そりゃさ、ずっと遠くに見える景色は綺麗に見えるけど、近くで見ると案外大した事無くて、それでまたがっかりしてさ、もっと遠くを、もっと遠くをって目指すけど、足元を見ていないから、すぐ側に目指してるものと同じものがあるって事に気づかないのよ」
 
 彼女の語るそれは、彼女の価値観によって見出された、ある種の答えなのだろう。思わずキラは視界を伏せてしまっていた。
 遠くを、見すぎていた……?
 人類の希望、英知、未来、平和。それは尊く、素晴らしいものなのだろう。
 平和とは、何だろう。平和の為に戦い、平和を勝ち得たとして、どうなるのだろう。
 平和な国では、人々は常に幸せな生活を送れているのだろうか。平和ならば、全ての人が恵まれているのだろうか。
 それは幻想だ。平和な国でも絶望し自殺する者はいる。汚職に塗れた政治家、常軌を逸脱した人殺し。家庭内の暴力や、学校での虐め。盗み、恫喝。世間への体裁。自己の保身。――蹴落とし、蹴落とされる世界。その平和な世界に屈し、あるいは逃げ出し……。
 しかし、とキラは思いたった。
 それでも、人はそこで生きている。
 コーディネイターもまた、人の善意から生まれている。他者より上へと目指した歪な存在。誰が、他者より上へ……?
 紛れもない、最愛の我が子だ。
 それは親の『愛』。
 同時に、遺伝子を弄ることを汚らわしい事だと考え、意図してナチュラルにする親も、例えそれでも我が子を『蹴落とされる側』に回らせないようにコーディネイターにする親も、どちらも等しく『愛』なのだ。
 しかし、そこの子の意思は存在しない。親のエゴとも呼べる愛情は、この世にナチュラルとコーディネイターという二つの選択肢が生まれた時点で、どちらに転んでも最愛の我が子から憎まれる可能性が生まれてしまったのかもしれない。
 どうしてコーディネイターにしたのか。どうしてコーディネイターにしてくれなかったのか、と。
 その考えに至ってしまった時、キラはその先――遥か遠くの未来に対して絶望しかけてしまった。もうどうしようも無いのではないかと。
 しかし、その答えを背中の小さな少女が先ほど出してくれたではないのか。こうしてここにいる今はそんなに悪いものなのだろうか……? 君が生きてここにいる、この世界は――
 そんなキラの心の葛藤を知ってか知らずか、フレイはぎゅっとキラの背に顔を埋めた。
 
 「フ、フレイ?」
 
 思わず現実に引き戻されたキラはどきりと体を硬直させたが、すぐに彼女が震えていることに気づく。
 
 「……ごめんなさい」
 
 まだ包帯が巻かれただけで露になっていた裸の背がわずかに濡れ、フレイが泣いているのだとわかった。フレイが僅かにキラを抱く腕に力を入れる。
 
 「あなたを手当てしようと思って、そしたら――」
 
 ぼろぼろと涙をこぼし、フレイが言う。
 
 「あなたの体、ぼろぼろだった。傷つけてごめんね。知らなくて。何も知らなくて、何も見ようとしないで……」
 
 フレイの綺麗な指が、キラの胸の醜く抉れた傷に触れる。
 
 「パパの、時の――」
 
 あの時負った傷は消える事無くキラの胸に刻まれている。
 それでも、彼女の涙一粒一粒が、キラの戦う理由そのものなのかもしれない。
 君を、泣かせない為にぼくは戦っている。しかし――
 
 「ごめん、何もできなくて」
 
 傷を負いはした。でもキラは守れなかった……何も、出来なかったのだ。
 
 「そんな事無いわ。わたしを、守ってくれてる」
 
 守って――
 そう言ってくれる背中の少女の柔らかな温もりが、キラの心の内をわずかに照らす。
 いくつもの思い出が心を駆け、ああ、とキラは己の気持ちを再確認した。
 ぼくは、君が好きだ。
 君の薔薇のような髪の色が好きだ。大輪の花のように、あでやかに笑う君の笑顔が好きだ。
 君の温もりが、ぼくの心をも照らしてくれる。君の優しさが、ぼくを救ってくれる。
 君が生きてここにいてくれる限り、ぼくは誰とでも戦える。
 その傍らにいるのがぼくで無くても良い。いや、薄汚れた、呪われた生を受けたぼくであってはいけない。いつか現れるだろう、君に相応しい強くて優しい人の傍らで、君が幸せに暮らしていけるのなら、ぼくはその為にこの命を使いたい。
 それが、キラの戦う理由であり、自分を憎み生きているかもしれない兄弟に打ち勝つ、唯一の希望であった。
 君を守るためなら、ぼくは……。
 
 
 
 火傷と裂傷だらけの少年の背中で、フレイは泣いた。あなたはこんなにも強くて優しい人なのに、ずっと自分を責め続けて……憎んでいる。
 無言になった少年の背にぎゅっと頬を埋め、思わずフレイは少年の香りに酔った。
 それは、初めて嗅いだ男の香りであったのかもしれない。
 彼との思い出が心を駆け、ああ、とフレイは確信した。
 わたしは、恋をしている。
 肩越しから覗き見た彼の横顔は消え入りそうなほどに繊細で美しく、フレイは思わず見惚れた。
 恋をすると、世界が変わって見えると聞いたことがある。
 不思議な感覚だった。
 こんな僻地に不時着して、フレイは今寂しいとは微塵も感じていない。
 いくつもの不安や恐怖を、恋という魔法が塗り潰してくれる。
 家族の事も、忘れてしまうかもしれない……。いや、きっとこの表現は間違っているのだろう。『忘れる』わけでは無いのだ。
 言い表すことのできない、淡い感覚。この人を守りたい。ずっと一緒にいたい……。
 それは、精神の巣立ちを意味しているのかもしれない。母を失い、父を失い、アムロに代わりを求めていたフレイ・アルスターという少女が、今ここでようやく、一人の女として自立を始めたのだ。
 ふと、誰かがそっと撫でてくれたような気がした。それはキラでなく、ステラでもなく――
 ちらと優しく大きな手を視界に捉え、僅かになびくような金色の髪を見た。だがはっと現実に引き戻されると、そこには満天の星空が浮かんでいるだけだ。するととたんに一部にズームがかかり、満天の星空からいくつかの星座がモニターに映る。
 フレイはおかしくなってくすりと笑みをこぼす。
 
 「――変なの」
 「え?」
 
 キラが振り向くよりも早く、フレイは彼の肩に頬をぎゅっと寄せた。キラは顔を真っ赤にして正面に戻す。
 
 「慰めようとしてくれてる」
 
 言うと、ぱっと別の星座が映り込み、今度はこちらを見つめるキツネの親子、その次は氷の泉に反射して煌くプリズム――。
 
 「〝ウィンダム〟……」
 
 キラが呆然とつぶやいた。
 
 「大尉がくれた、贈り物――ついでにアズラエルさんも」
 
 ふふ、と笑うと。キラもつられて笑みをこぼした。
 
 「あはは、そうだね、アズラエルさんも」
 「おっかしな人よね。あんな性格でさ――」
 
 いつしか、〝ウィンダム〟のコクピットは、控えめながらも少年と少女の笑みが溢れる、そんな安らぎのひと時を与えてくれる場所となっていた。彼らの様子を、誰かが見つめ優しく微笑む。傍らの少女も、同じようにして――。
 それは、人の想いを力に変えるマシン。
 散っていった人々の無念と恨みを吸収し力に変えたかつての〝ルージュ〟のように、〝ウィンダム〟は希望を、残された夢、愛を、優しさを力に変えれるのだろう。
 だから、そこから発せられたものは決して破壊だけを生むものではない。
 力は物理的な干渉だけではなく、彼らの心をも優しく包み込めるのだから。
 
 
 
 〝アメノミハシラ〟に、一隻の艦が停泊した。あるものはそれを憎々しげに、またあるものは単純な好奇心として見つめている。
 LHM‐BB○一〝ミネルバ〟――ギルバート・デュランダルを乗せたザフトの強襲揚陸艦は、厳重な警戒のもと、〝アメノミハシラ〟のドックに固定された。
 アスランはラウの言葉を当てになどしていなかったが、やはりこうなってしまった事には苛立つものがある。だからデュランダルの言う、一時的とはいえ同盟を結ぶ〝アメノミハシラ〟での補給ということは、気持ち半分には聞いておいた。すぐ真横に黒い足つき、〝ドミニオン〟が停泊している。
 
 「ヒュー、漫画だよ漫画、こりゃねぇ」
 
 とディアッカがあきれたように言う。何度も煮え湯を飲まされた敵艦と仲良く停泊するのはあまり良い気分ではない。だが、アスランは立場上
 
 「そういうなよディアッカ。これから肩を並べて戦うかもしれない相手だ」
 
 と言わなければならないのは面倒なことである。
 
 「一時的にってのが抜けてるぜ?」
 
 ラスティが不機嫌に言った。まあどうせこいつの不機嫌なのはミーア・キャンベルが地球からの負傷者と一緒にエターナル級戦艦〝エターナル〟に乗艦して本国に帰っていったことが理由だから無視した。それでも、負傷者たちを乗せていった〝エターナル〟の艦長が、あのゼルマンであったことは、アスランにとって喜ばしいことである。
ゼルマンになら、彼らを安心して任せることができる。〝エターナル〟通信士となったアビー・ウィンザーも優秀な通信士であったが、〝ミネルバ〟に呼べなかったのは残念だった。
 アスランたちが降り立つと、物々しい雰囲気の護衛に囲まれたが、地上でザフトがしでかしたことを考えればこれでもずいぶんとマシなものだろう。彼らは、故郷を核の炎で焼かれたのだから――。
 
 
 
 着々と補給物資が到着し、艦内に運び込まれていく。
 アムロは再改修を終えた自分の〝デュエル〟をちらと流し見、すぐにスペック表に視線を戻した。傍らのアズラエルが言う。
 
 「できる事はしましたヨ。月で開発中の新型の〝ストライク〟を受領できていれば良かったんですけどネェ」
 「そう思っているのなら、〝ウィンダム〟の一機でも俺に寄こせば良いだろう?」
 
 アムロは不機嫌な気持ちを隠さずにあえて言ってやった。現状、アムロの乗る〝デュエル〟は改修に改修を重ね初期型とは全くの別物になってはいるものの、所詮は〝デュエル〟に過ぎず新型の〝ウィンダム〟には及ばない。だからアムロは自分にも〝ウィンダム〟を欲したのだが、それは叶わなかった。
 
 「いやァ、僕だってできるなら大尉に使って欲しかったんですけどネ? 広告代理店と言いますか、他にも軍の連中がうるさくて」
 「またそれかい」
 
 アムロが呆れてため息をつくと、アズラエルはやれやれと苦笑を漏らす。
 
 「とにかく、外見だけでも〝デュエル〟にしておかないと怒られるんですヨ。新しいポスターとかを作るのは良いとしても、地球の拠点に配備された〝デュエル〟を全部まとめて変えるわけにもいきませんので」
 
 地球上の拠点のいくつかの〝デュエル〟はアムロ用のものと同じ外見に偽装され、敵部隊のかく乱を目的としているというのは何度か聞いた話だ。
 が、それが理由で搭乗する機体を制限されるというのは面白くない事だ。
 だから、
 
 「〝ドミニオン〟だって、彼らだけじゃ心配だろう?」
 
 と〝アークエンジェル〟へと転属命令が出た事への苦言を惜しみなく浴びせると、アズラエルは少しばかり申し訳無さそうな顔を作り言った。
 
 「わかってはいますよ。デスガ、今うちで頼れるのはアムロ君だけですからねェ。〝パワー〟の様子も一度見てきて欲しいと思っていますし。それと、〝ヴァーチャー〟の方も……」
 
 アムロは一度
 
 「これだよ」
 
 と吐き捨てて視線を〝デュエル〟のスペック表に戻した。
 現在、アムロは部隊のモビルスーツ隊の状況を確認しながら、シミュレーションや戦闘訓練の内容、果ては対モビルスーツ戦の艦隊指揮に至るまでのマニュアル作成を任されている。一応ハルバートンやモーガンと言った名立たる者達も参加してはいるが、基本はアムロの作ったものをベースに改良していく予定の為、やる事がアムロだけ山積みになってしまっているが現状だ。
 過剰評価されている、とアムロは呆れた。
 コーディネイターと言う対抗種がいればこうもなるか、と心の中で毒づいたが、その存在がまた『ニュータイプ』を正しい見方とは掛け離れた存在にされている、とも感じていた。
 宇宙育ちの人々に、地球のある山岳地方の人々は禄に舗装もされていない山を十数キロ平気で歩く、と言っても信じないだろう。ひょっとしたら、宇宙《そら》の人々はその地球の人間をコーディネイターだと疑うかもしれない。
 しかし、そうではないのだ。
 環境が、人を育てただけなのだ。
 『ニュータイプ』とは、宇宙《そら》という環境に適応した、ただの人間。
 水泳選手の手に『水かき』ができるのと同じように、宇宙《そら》で生活する人々は『勘』が発達しただけに過ぎない。
 が、不幸であったのは、『水かき』とは違いその『勘』が、戦争、更に言えばモビルスーツ戦において無類の力を発揮してしまった事だろう。
 故に『ニュータイプ』は人殺しの道具と貸してしまったのだ。
 しかしアズラエルと言う男は頭の切れる男であり、彼はアムロのような者達を『ニュータイプ』と定義させなかった。
 呼び名をばらけさせたのだ。
 『ニュータイプ』、『真のコーディネイター』、『SEEDを持つもの』、他にもいくつかあるが、彼はロード・ジブリールと共に裏で情報を操り、呼び名を定着させないつもりだった。
 存在を確立させてしまう事で、新たな火種となるのを恐れているのだろう。
 人が、自分と違う存在に懸念を抱くのだということは、黒人への差別や偏見、果ては白人至上主義といったもので証明されているのだから。
 このまま有耶無耶の形にできれば良いが、と内心思っていたが、無理だろうなという感想も持っている。
 人は、未知の存在が怖いのだ。だから、それに名前をつけ、定義化して安心を得ようとする。
 『天才』というものだってそうだ。
 何かに突出した者を人は『天才』だと定義付け、納得し、安心する。
 そうではないのだ。アムロは『天才』とは『集中力』と『努力』の『持続』だと考えている。
 だからアムロは『努力』の面が特に大きいトールという少年を高く評価しているし、『集中力』という点ではフレイが正にそれだと実感していた。
 フレイの感覚は戦闘時に特に研ぎ澄まされており、〝サイコフレーム〟を介し更に強力になっている。その『集中力』が、〝ファンネル〟の操作をより鋭利なものにしているのだ。
 だが、基本的に『努力』が嫌いであろう彼女は、単純な実力的にはトールに劣る、とアムロは評価していた。
 だと言うのに、人々は彼らを一緒くたにまとめて『天才という特殊な人達』の一言で片付けてしまっているのは愚かな事だ。
 ふと、アズラエルが難しい顔になって聞いた。
 
 「〝ナイチンゲール〟、どう思います? 月でのクーデター、やつらが使ってくると思いますか?」
 「どうかな」
 
 と返してから、アムロは一度ふむと考え告げた。
 
 「月でテストしようとしても、一度だって起動しなかったマシンなんだろ? それでAIがフレイで無ければ嫌だなどと駄々を捏ねたとなっちゃ、奴らだってお手上げだと俺は思う」
 「そぉぉ……なんですけど、ネェ……」
 
 高度な疑似人格は、一層人間性を増し、好き嫌いまでするようになったのでは兵器としては失敗でしかない。それでも、目の前の男にとっては社運とやらを賭けた一大傑作なのだろうから、心配し過ぎてしまうのは仕方の無い事だろう。
 
 「〝スターゲイザー〟って言った? そっちはどうなんだ?」
 
 アムロはふと思い立ち、話題を変えた。
 
 「セレーネ君は喜んでましたよ。――チェスで勝ったそうでス」
 「どっちが?」
 「セレーネ君が」
 「へぇ、そりゃ凄い」
 
 素直にアムロは感心した。コンピュータというのは、過去のデータを蓄積し、あらゆる情報が集合した完全な記憶回路でもある。だから、人が完成されたコンピュータに運の要素の少ないゲームで勝つ事は難しい。しかし、それでも人が勝つということは、その者がその道の達人か、あるいはコンピュータがデータから導き出される最適な答えよりも、自分がこう打ちたいと言う人格が優先された結果かのどちらかだ。
 恐らくは後者だ、とアムロは結論付けた。セレーネが喜んでいたと言う事から、彼女達も同じ結論だったのだろう。
 人間性が強く宿った疑似人格。それはもはや、疑似では無いのかもしれない。
 
 「俺の事も、知ってるって?」
 
 これを言うのには少しばかり勇気が必要だったが、アムロは仕草には出さないようにして言った。
 アズラエルがくしゃと髪をかく。
 
 「ええ、言ってましたヨ。ずっと昔からの友達だ、とネ」
 「……どうかな」
 
 先ほどと同じようにアムロはそう返し、僅かに視線を泳がした。
 そんなアムロの様子には目もくれず、アズラエルが考えるようなそぶりをして言った。
 
 「僕は、ただ模しただけだと思うんですけどネェ」
 「模した? 『彼女』では無い?」
 
 意図して名を出せなかったアムロが問うと、またアズラエルはくしゃと髪をかいた。
 
 「鏡みたいなモンですよ。〝スターゲイザー〟にはうちで何とか完成させた簡易版の〝サイコフレーム〟を使ってますから。〝ダガー〟の頃から〝サイコフレーム〟に蓄積された残留思念を読み取ったり吸収したりして育ったAIが、そのまま移植されているでショ? ですから、それを介して――ってネ?」
 
 アズラエルの言い分はわかったが、アムロはあの時触れた『彼女』の存在は見間違えでは無いと確信していた。
 確かにAIは模しただけの別人かもしれない。
 それでも、確かにそこに『彼女』はいるのだ。
 ああ、とアムロは少しばかり納得してしまい、軽い自己嫌悪に陥った。
 やろうと思えば、無理にでも〝ドミニオン〟に戻る事だってできるはずだ。そうしようとせず、アズラエルに言われるがままこうして〝アークエンジェル〟にいて、〝パワー〟や〝ヴァーチャー〟と転々としていくかもしれないのは、アムロが『彼女』かもしれない存在に怯えているのだ。
 怨み事を言うような人では無いとわかっていても、自分が殺してしまった人かもしれない『彼女』に会う勇気が、無かった。
 それが、全ての始まりであり、終わりであったのだから。
 もしも、あの時死んだのが『彼女』ではなく自分だったら、未来はどう変わっていたのだろう。
 ラウ・ル・クルーゼが狂言したように、本当に戦争は無くなっていた?
 きっとアムロの友人達ならば、そんな馬鹿な事があるか、と一笑してくれたかもしれない。
 が、アムロはそれを言う権利を持ち合わせてはいなかった。
 それが、重荷となり心に圧し掛かる。
 アズラエルはやる事を終えたのか、そのままいつもの舐めた様子で言う。
 
 「それじゃ、僕は〝ドミニオン〟に戻りますので、後は頼みましたヨ」
 
 その場を後にするアズラエルを見送る気など無く、アムロは無視したままであったが、彼と入れ違いでやってきた男はアムロの気持ちなど理解する気は微塵も無いように思い切りアムロにヘッドロックをかけた。
 
 「何ナイーブになってんだよ根暗め」
 
 アムロは殴ってやろうかこいつと思いながら乱暴に腕を払い、その男ムウ・ラ・フラガに言った。
 
 「放っておいてくれ。お前だってやる事はあるだろ、サブナック少尉達は任せると言ったはずだ」
 
 この後彼らの模擬戦があると知っていたから、アムロは余計に不機嫌になった。それでもこうして愚痴を言い合える友人がいるという事は、ありがたい事だとも感じていたが、そういった感傷を表立って言わせないようなふざけた態度を取るのがムウという男なのだから、アムロは憮然とした態度は崩さない。
 各自の機体から身を乗り出したクロト、オルガ、シャニら三人のパイロットが、遠くから各々の文句を垂れた。
 
 「遅いんだよ糞親父!」
 「急げよおっさん!」
 「じじいー」
 「おっさんじゃない! お前らなあ、俺は隊長だぞお!? もう少し可愛げのある態度ってものを取れないのかー!」
 「知らないよ! いつもおめーが一番遅いじゃんか!」
 「待たせやがって! うぜえんだよ!」
 「うざいよお前ー」
 
 その様子に、アムロはムウに聞こえるようにして鼻で笑って見せた。
 
 「呼ばれてるぜ?」
 「うるせ。っつーか俺はてっきりもっと嬉しそうにしてると思ってたんだけどね?」
 「――俺が?」
 
 唐突なムウの言葉に、アムロはわけもわからずに顔をしかめた。するとムウはくくっと苦笑した。
 
 「あのなぁ、お前の教え子のあの嬢ちゃんだぜ? 見たろあれ、〝サイコ・フィールド〟って上の連中は呼び始めてるみたいだけどさ、やってみせたんだろ?」
 
 そう。彼女は地球に降下する際、キラを守るために、一人であの輝きを見せてくれたのだ。
 ムウが拳でアムロの胸をぐっと押し込んだ。
 
 「お前さんの成果だよ、あの光は。今までお前が見て、感じた事が、あの子にちゃんと伝わったのさ」
 
 俺の、成果――?
 そんな馬鹿な、と否定し、あの時輝いて見せた〝ウィンダム〟の赤い機影が脳裏に甦る。
 ぶる、と手が震えた。
 それは、子が巣立っていくのを見る親の気持ちに似ていたのかもしれない。言いようの無い寂しさと嬉しさが入り混じったような感覚。
 
 「……買いかぶりすぎだよ。俺はそんなんじゃない」
 
 謙遜でもなく、本心から言ったつもりだったが、口に出してしまってもどこか胸の内が暖かくなる不思議な感覚は抑えられない。
 
 「ハッ、これだよ。俺お前を殴っちゃおうかなー」
 
 その遠慮の無い口調に気分を害されたアムロはすぐに返した。
 
 「馬鹿言え、その前に俺がお前を殴るぜ? 言いたい事は山ほどある」
 
 地球にいる頃、この軽薄な男がもう少し協力してくれればどれほど楽だったか……。が、アムロはそれ以上は口にすることを辞めた。どことなくだが、彼は『人』を避けている傾向があったからだ。上辺だけの付き合いしかしない軽薄な男、ではない。上辺だけの付き合いしか『できない』臆病な男、というのがアムロの持つ感想である。
 だがその理由を面と向かって聞こうとしない程度にアムロは大人であり、ムウもまたアムロの過去に立ち入ろうとしない。それが大人の付き合い方だ。
 
 〈お、せ、え、ぞぉおおおおー!!〉
 
 オルガが〝カラミティ〟の外部スピーカーを全開にして怒鳴り散らした。アムロはまだだらだらとしていたムウを冷ややかな視線で見てから、やれやれと首を振った。
 
 
 
 知らない夢を見た。その世界で、キラはモビルスーツに乗っていた。紛れもない〝フリーダム〟であったが、その傍らには敵であるはずの〝ジャスティス〟がおり、そして味方であるはずの〝カラミティ〟、〝フォビドゥン〟、〝レイダー〟と対峙していた。
 敵は、〝ドミニオン〟。
 戦いの中、キラはどこかの艦から放出されたものともしれない救命艇に手を伸ばす。
 その窓に、一人の少女の人影が見えた。
 内部の照明が、ふわりと広がった長い髪を、まるで炎のように赤く透かしている。その少女は――
 ぞっと身震いし目を覚ました時、キラは現実に引き戻され先ほど見た夢の内容は忘れていた。
 妙に恐ろしい夢を見たような気がした、という不快感だけを残し、キラはのそりと上体を起こすと、全天周囲モニターに映る景色は煌びやかな一面の銀世界が視界に映りこみ、その美しさに感嘆した。
 
 「おはよ、ご飯あるけどどうする?」
 
 ふいにかけられた優しい声に、キラは振り向いた。
 
 「あ、おはよう」
 
 僅かな気恥ずかしさを覚えながら言うと、フレイは今しがた食事を終えたらしいステラの口元をハンカチで拭いてやってるとこだった。
 
 「て言っても、こんなのしかないけどさ」
 
 と彼女はパックに包まれた一口サイズのビスケットとチューブの水を差し出した。
 顔を洗いたかったが我慢し、そのまま受け取ったビスケットをかじり水を飲む。
 ふいにその水が飲みかけのものだと気づき、一人用のコクピットなのだからそんなに複数食料があるわけではないと納得したことで、とても大事な事に気づいた。
 何故だかじとりと横目で見ていたフレイと目が合うと、彼女ははっとして顔を背けこほんとわざとらしい咳払いをした。
 キラは顔から火が出る、と言った表現を実感してしまいながら耳まで赤くなった。
 紛れもない、間接キスであった。
 
 
 
 トールは一人、〝アメノミハシラ〟の医務室でベッドに寝かされるカナードの横で立ちすくんでいた。未だに意識の戻らない彼は、既に親友と言って良いほど語り合い、笑い、すごしてきた仲間なのだから。
 
 「――カナード。メリオルさんは、まだ見つからないんだ」
 
 先の戦闘で行方不明となったメリオル・ピスティス。その報せを聞いたときのナタルの表情は忘れられない。彼女はトールたちが思っていた以上に、メリオルのことを良き友人だと思っていたのだから。
 
 「なあカナード。お前知ってるんだろ? メリオルさんに何があったか……。艦長を安心させてやってくれよ……」
 
 フレイたちはこのことを知っているのだろうか。今、シンたちを守ってやれるのは、〝ドミニオン〟にいるのは俺だけになってしまったんだぞ……。
 先の戦闘で、トールはアムロと共に〝ダガー〟隊を率いて敵陣のど真ん中で奮戦した。憧れの人の隣で戦えるのが誇らしかったし、ほんの一時とは言えキラたちのことを頭の隅においやってしまった自分が、情けない。
だからこそ、合わせる顔が無いのだ。俺がお前たちのことを忘れちまってた時、みんなは、大変な思いをしてたんだ、なのに、俺は――。
 まだ、何もできていない。『何か』を為そうと模索し、あがき、その結果がこれだ。
 その『何か』……。それを、トールは履き違えたのだ。俺のやるべきことは、〝ドミニオン〟に残って彼らを守ることだった。彼は、為すべきことを見誤ったのだ。
 ――すまないみんな。俺は、馬鹿だったよ……。
 トールはそのままの足取りで格納庫《ハンガー》へと向かった。大破した〝デュエルダガー〟を視界に捉えた。
 俺は、あの人を落胆させてしまっただろうか。その感傷が僅かに心の弱い部分を打ち付ける。
 
 「よーし、良いぞー!」
 
 マードックの威勢の言い声が格納庫《ハンガー》に反響した。目の覚めるような朱色をした、しかし外見だけは見慣れた機体が運び込まれてくる。
 GAT‐X一三三〝ソードカラミティ〟――素体として非常に優秀な成績を収めた〝カラミティ〟に近接用兵装を施した機体である。一二五ミリ二連装高エネルギー長射程ビーム砲〟シュラーク〟こそ外されたが、胸部の五八○ミリ複列位相エネルギー砲〝スキュラ〟はそのまま残り、両肩にはビームブーメラン〝マイダスメッサー〟が 装着され、これはトールに合わせて脳波制御で誘導される〝ドラグーン〟として扱われる。一際目を引くのが、身の丈ほどもある大刀一五・七八メートル対艦刀〝シュベルトゲベール〟だ。核融合炉から生み出される無尽蔵のエネルギーの多くをこの対艦刀にさいている。
先の戦いの戦果を聞いたアズラエルが、トールに希望するモビルスーツを聞いた。その答えが、近接戦闘特化型であった。
 もう、迷わない。俺は、キラを守る。あいつは俺にできない……たくさんの人を守ろうとしている。多くの人を救おうとしている。みんなの笑顔を守ろうとしている。その度に、あいつは少しずつ傷ついていく。だから、俺があいつを守るんだ。〝フリーダム〟を傷つけようとするやつは、この〝ソードカラミティ〟が通さない。
 だから、早く帰って来いキラ。もう誰も、お前を傷つけさせやしないから――。
 
 
 
 「またねーみんなー!」
 ステラが元気良く手を振ると、ザフトのレセップス級を改良したらしいジャンク屋の母艦から青年少女たち手を振るのが見えた。右も左もわからない雪山で困っていたところを彼らが通りかかり、このアラスカ統合最高司令部《Joint Supreme Headquarters-Alaska》にまで送り届けてもらえたのは幸運なことだった。
道中何回かユーラシア連邦の襲撃があったが辛くも撃退し、腕の良いジャンク屋は〝ウィンダム〟の補給まで済ませてくれたのだから。
 驚いたのはジェス・リブルとの再開であり、彼から宇宙《そら》で出会ったあの少年――プレア・レヴェリーはオーブで艦を降ろされ、今は別のところにいると聞いたが、彼の口ぶりからどうやら回復に向かっているようだったので、深く追求はしなかった。
 彼らの艦で、現状を少しだが把握できた。ザフトと連合は一時的だが休戦協定を結び、ユーラシア連邦打倒までは共に戦うのだそうだ。だが双方の溝は深く、足並み揃えてとはいかない状況であるのだから、楽観視してはいられない。
 当のユーラシア連邦は、不気味なほど静寂を保っている。
〝JOSH‐A〟にいる高官などは、降伏の算段をしているのではないかとか、もしくは大西洋連邦の新型原子炉独占利用が原因で、それの使用許可でも下ろせばすぐに矛を収めてくれるのでは無いかなどと楽観的に捉えているが、〝アメノミハシラ〟のハルバートンは全く逆のようで、〝レクイエム〟よりも更に凶悪な何かの準備に手間取っているのではと捉え、つい昨日アークエンジェル艦隊は月へ向けて出港したそうだ。
 
 「ええーっ。じゃあわたしたちはどこに行けば良いんですかー?」
 
 と、同じく連合の高官であるウィリアム・サザーランド大佐に不満の声をあげたが、サザーランドはやれやれとため息をついて答える。
 
 「アルスター少尉は、〝アメノミハシラ〟でオーブの艦と合流し、彼らの後を追う手はずになっている」
 「へえ、オーブの!」
 
 すぐに上機嫌になったフレイが声を上げた。上官に対して敬意の欠片も無い彼女の態度に隣のキラがどぎまぎしながら横目でちらちらと様子を覗っていたが、連合の上の連中は散々人のことをあること無いことメディアで捏造して軍のイメージアップの餌にしているのだから、フレイは構わずに敬意の一切を払わずに正面からサザーランドの視線を受けきってやった。
 彼はどことなく居心地の悪そうな顔になり、続ける。
 
 「アスハ代表はまだ〝アメノミハシラ〟に滞在していると聞いた」
 「カガリがっ?」
 
 フレイは更にぱあっと笑みを浮かべたが、ここでようやくご機嫌取りをされているだけかも知れないと思い立った。
 しまった、恥ずかしい、思い切り子ども扱いされてしまっている。
 フレイはこほんと咳払いをし、平静を装った。
 
 「ま、まあ別に良いですけど……」
 
 
 
 〝アメノミハシラ〟のドックにお忍びでやってきたカガリは〝クサナギ〟の出港準備の様子を強化ガラス窓の奥で見物しながらうーんと伸びをして凝り固まった体を解し、先日の〝プラント〟議長ギルバート・デュランダルとの会談の事を思い出す。
口を挟む機会すら与えられなかったが、ある程度の内容はカガリでも理解できた。決して和平交渉などではない。どうやら連合側はザフトが〝ジェネシス〟という物騒な何かを開発しているらしいという情報を掴んでいたようで、それを使用しない代わりにこちらもザフトへ対して核攻撃をしない、
という取り決めを――即ち、今後の戦争のルールを改めて作り直しただけだったのだ。
 核を自国に撃たれたと言う事で、オーブ国民の反〝プラント〟感情は最高値に達している。それが反コーディネイター主義へと走らないのは、オーブに済む民の気高さであるとカガリは誇りに思っていたが、デュランダルがその核攻撃を『一部の者の暴走』の一言で済ませようとしたのを見て、カガリは彼を軽蔑するしかなかった。
それが詭弁である事などは当に知っているし、カガリがあの時見た事実は既にハルバートンも周知しているが、彼からその事実の公表は避けるようにと言われているのは面白くない事だ。真実は明かすべきだとカガリは思う。事実の隠蔽は後の人生に嫌なシコリが残る。
それでも、今のところはミナもそれに納得の様子を見せていたので、カガリはそれ以上口を挟む事はしなかった。それは、ミナやハルバートンの人となりを信頼しての事であり、文句の一つも言わずに従ったのは彼らを人生の先輩として敬意を払うようにしているからだ。
だから、カガリは先の会談の内容は記憶の片隅にしっかりと留めつつ、個人の感情はさっぱりと捨てさった。それに最近座りっぱなしで体が何だか重いような気がする。趣味の筋トレだって全然できていない。まだまだやる事が山積みなのだ。それでも、今日はそんな激務を抜け出してでもここに来たい理由があった。
 先行していったアークエンジェル艦隊に、ラウ・ル・クルーゼが親善大使として出向していったのは心の中でどこが親善だと数十回に亘って毒づき、顔も見るのも嫌だったのでその辺の事務的な事はミナ達に任せ、もうじきこの〝アメノミハシラ〟上がってくる親友に思いを馳せた。
 どうからかってやろうか、何を言ってやろうか、第一声はどうしようか、考えるだけで不思議と口元が緩み自然と笑みがこぼれる。
 まだまだ再建の途中であるオーブだったが、ポーズだけでも連合に協力する必要があり、心ばかりの支援が〝クサナギ〟一隻に数機のM1隊しか出せないのは(というかこれが限界)仕方の無い事だろうが、人選はミナに任せているのでこれも心配は無い。確かトダカの部下だったアマギ一尉が艦長を務め――そう言えば彼の昇進についてミナから何か聞かされた気がしたが、既に忘れた。
 それでもM1隊には先の戦いで優秀な戦果を収めたイケヤ一尉を初めとするオーブのエースパイロットが配属されているのだから、ここまでしておけば他国からの何とやらも大丈夫だろうと考えるのがカガリである。
 
 ミナ曰く、マスドライバー〝カグヤ〟の使用許可を与え補給を受けさせてるだけでも十分だが一応の義理として、との事だ。そもそもカガリの知識は付け焼刃であり、結局は彼ら頼みなのが現状である。だから、ミナやユウナを初めとする他の首長達の進言に特に異論を挟んだりはしなかった。父が信じた者達を、私が信じないでどうする。
 〝ミネルバ〟は既に出港しており、ラクスと顔を合わす機会を取れなかったのは心残りであるが、同時にカガリは不穏な噂を耳にしていた。〝プラント〟本国は『それ』を否定していたが、どうやらシーゲル・クラインが死亡したらしいとの事だ。
アズラエルでもいれば、その情報の真偽を聞き出すことは容易かったかもしれないが、今彼は〝ドミニオン〟に乗艦しており、その艦は〝アークエンジェル〟艦隊とも既にこの〝アメノミハシラ〟にはいない。
ザフトから、新型の〝カオス〟、〝ガイア〟、〝アビス〟、〝セイバー〟という名らしい四機のモビルスーツが〝ドミニオン〟に譲渡されたと聞いているが、誰が乗るんだとカガリは内心で突っ込んだ。
どうやらアズラエルは、〝ドミニオン〟を完全な私物、もしくは自社の技術の為の試験艦のように扱っており、苛立たしい事ではあるが、それは即ち最前線に送り出されるような事は無いという事も意味していたため、カガリとしては呆れつつもどこか安心してほっと胸を撫で下ろしていた。
事実、〝アークエンジェル〟艦隊は、一番艦の〝アークエンジェル〟、二番艦であり旗艦でもある〝パワー〟、三番艦の〝ヴァーチャー〟ら三隻を中心とし戦力を集結させており、四番艦である〝ドミニオン〟の立ち居地は微妙である。
一応は第八一独立機動軍所属とはなっているものの、この〝ドミニオン〟だけは有事の際に独自行動を認められており、そこにアズラエルがいるとなれば、彼の私兵であり私物なのだとは容易に想像できた。
 勝手な男だ、とカガリはその第八一独立機動軍と似たような構想の下に作られた自分の親衛隊達の事を棚に上げ、あの上辺面軽薄な男に内心ため息をついた。
 整備員達の様子が慌しくなると、一隻のシャトルが補助アームに固定され、カガリは思考の海から現実にさーっと引き戻された。
 来た来た、とカガリはガラス窓に額をつけ食い入るようにしてその様子を見つめる。
 
 赤と白に塗り別けられた連合の試作型モビルスーツ〝ウィンダム〟が、ゆっくりと降り立ち整備ベッドに固定される。カガリは、フレイの〝ウィンダム〟にはリミッターが設けられている事をミナ経由で聞かされていた。
曰く、コクピット周辺に備え付けられた、〝サイコフレーム〟と言う名らしい構造部材の簡易量産型が、骨格や関節に散りばめられており、その〝サイコフレーム〟は脳波制御をより鋭利なものにするのだそうだ。
〝一○五ダガー〟の頃から感じていた妙な感覚はそう言うことか、とカガリは納得したものだが、人の思念を感知する事で発光現象を起こすというのは未だに理由が解明されておらず、『未知の領域』が多すぎるとして使用を危惧する科学者の声もあるそうだ。
フレイは、〝一○五ダガー〟や〝ルージュ〟を人の意思を力にできるマシンだと言っていた。彼女の感じ方が正しかった事が証明されたわけだが、それはつまり、フレイの意志を〝サイコフレーム〟が『吸収』し、力を発しているという事なのかもしれないのだ。
『吸われて』いるのは、意志だけか……? そこに、一抹の不安があった。だからこそ、実験段階だった〝一○五ダガー〟や〝ルージュ〟とは違い、〝ウィンダム〟には決して外れることのないリミッターが設けられているのだろう。
かつての〝ルージュ〟を、ミナは独自に調べた情報から判断し、『人が人で無くなる可能性を秘めた危険なマシン』と表現していた。単純なスペック比では、機体の反応速度、追従性を除いて〝ウィンダム〟は〝ルージュ〟に劣っているのだ。
無論汎用性やコスト面、連続稼働時間等々では遥かに〝ウィンダム〟の方が優秀ではあるが。そういう意味では、〝ウィンダム〟は次期主力量産機として完璧な機体であった。〝サイコフレーム〟に関しても、正式採用版ではコクピット周辺に少量を散りばめるのみに留める、と決定しており、機体の追従性を高めるだけのものとして扱うそうだ。
だから、カガリは〝ウィンダム〟の事を、『人が人である為のマシン』だと感じていた。
 テレビのニュース等では、今もしきりに『コーディネイターは進化した人類ではない』と、金で雇われた名目だけの学者が碌な検証もせずに解説し、ナチュラルの可能性、進化の先の代表としてフレイの名を勝手に使っているのは面白くない事だ。
進化進化と言った所で、フレイはフレイだ。あの我侭で、寂しがりやで、強情で、意地っ張りで、泣き虫で、どうしようもなく心配性で優しいあいつを、連中は話のダシにしている。苛立ちを覚えたまま、カガリは代表の名を使ってオーブだけでも報道規制をかけてやろうかなどと考えたが、私情で行動を起こすわけにもいかず、それは思考だけで留めた。
 ややあってから〝JOSH‐A〟で応急修理をしたらしい〝フリーダム〟が運び込まれ、カガリは何故だが可笑しくなりふふと息だけで笑った。
 〝ウィンダム〟胸部のハッチが開くと、内部の球体型コクピットの二重ハッチが更に開き、中から赤いパイロットスーツを着こなす少女が現れ、ヘルメットを乱暴に脱ぎ取った。その目の覚めるような真紅の髪色をカガリは好きだったが、当の相手はカガリの様な金髪が好きだったらしく、『隣の芝は青い』ということわざをラクスが自慢げに語っていた事を思い出した。オーブの自国語は日本語なんだし、んなもん知ってるっつーの、と言わなかったのは、カガリが優しかったからではない。どうせその後フレイが言うと思ったからだ。案の定彼女はそうしてラクスを小馬鹿にして、些細な事で喧嘩したり、すぐに仲直りしたり……。
 あの日々は、決して夢や幻なんかじゃない。こうしてカガリの胸に生きている。
 思い出があるから、人はそれを糧にして前を向けるんだ。
 カガリは心の中で、よし、と気持ちを入れなおし、部屋を後にしてフレイ達の元に足を進めた。
 
 
 
 「あ、カガリだっ」
 
 フレイの口調は、あえて平静を装っているだけのような可笑しなものであり、すぐ後ろにいたキラは思わず口元を抑え笑ってしまいそうになっているのを悟られないように必死だった。
 
 「よ、よう、フレイじゃないか、偶然だなー……」
 
 そわそわと周囲に目をやるカガリは、護衛もつけずに無警戒なものであったが、一人でわざわざキラ達の所にまでやってきて偶然と言い張ったのは彼女なりの変な強がりだろう。何に対して、なのかがわからないが。
 傍らのステラがきゅっとキラに抱きつき、きょとんと首を傾げる。まるで、二人はどうして嘘をつくの、と言いたげな瞳でキラを見つめる彼女の瞳は愛らしく、穢れの知らない少女のようにきらきらと輝いている。
 二人の関係をあまり知らない者にとっては滑稽なのだろう。
 
 「ふ、ふーん、わたしにはずっと待ってたように見えるけど……?」
 「ま、まっさかあ! ぐーぜんだよ、ぐーぜん!」
 「ふーん、へぇぇぇ……」
 「……………」
 
 何とも言えない奇妙な空気が場を支配しステラが退屈そうにぎゅうっとキラの腕に顔をうずめぐりぐりとしながら遊んでいる。
 ついに沈黙に耐え切れなくなったフレイがぷっと噴出すと、カガリも釣られて噴出し破顔した。きょとんとしていたステラが、二人の楽しげな様子に釣られてにっこりと笑顔を浮かべる。フレイがとんと無重力の床を蹴り、そのままカガリに体をでーんとぶつけた。
 
 「ふ、ふふ、ぐーぜんって、何よその理由ーっ」
 
 まだ笑いが収まらないカガリが、抱きとめたフレイの慣性で僅かに後ずさった。
 
 「まったくさ! そんな事言うつもりなんてなかったのに」
 「じゃあ何で言ったのよ?」
 「さあな、忘れた!」
 
 きゃっきゃとはしゃぐ二人の会話の内容は、さして意味のあるものでは無いのだろう。二人は、会話をする事そのものを楽しんでいるのだろうから。
 
 「フレイ、たのしそう」
 
 ステラが幼子のようにしてキラの腕にぎゅーっと体を押し付け、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。少女の体温は暖かく、キラは思わずステラの視線の先の二人の少女をもう一度見つめなおす。
 その暖かな存在は眩しく、キラは思わず目を細めてしまった。
 あの輝きの中に、ぼくは入れるのだろうか。
 入る権利が、あるのだろうか……。
 その答えを、キラは導き出せそうになかった。
 
 
 
 戻る