傍若無人
この戦場においてあの伝説の機体…『フリーダム』を評すとしたらこの一語に尽きるだろう。
たった一機でザフト、連合双方を相手にしつつ確実に相手を戦闘不能に追い込む手際の良さに驚嘆せずにはいられない。
己は被弾せずにエース級のパイロット達が駆る機体を次々に切り伏せる様は圧倒的だった。
しかし……
このままではまずい
タリアはそう感じていた。
あの連中の思惑はどうであれ、これ以上あのフリーダムを野放しにはしておけない。
ただでさえ数で圧倒的不利な立場であるのだからこれ以上の損害は……。
しかし、誰が止められるというのだろう
いま正にインパルスを駆け抜け様にライフルを持つ腕を斬り払ったフリーダムをモニターで見つつ思う。
エース級といえるシンをしてあの有り様なのだ。
タリアはくっ、と唇を噛むと己の気弱な考えを打ち消そうとした。
その時である。
『ミネルバ!俺の合図でフォース・シルエットの射出を頼む!!』
「えっ?」
このいきなりの通信に戸惑いの声を上げたのは管制官であるメイリンだった。
それも無理のないことだった。
いまの要請はインパルスに乗るシンからではなく、アムロ・レイからだったのである。
なんの意図をもってアムロがこんなことを言ったのか理解できなかったメイリンが戸惑うのも当然のこと。
しかし、いまはそれを許す状況ではく、何時にないアムロの叱責が飛ぶ。
『命令だ、メイリン!!』
「で、でも」
『戦況は刻一刻と変化している!いまアイツを抑えなければ被害は更に増す!!』
「メイリン、彼の言うとおりにしてっ!」
そこにすかさずタリアの檄が飛んだ。
「は、はいっ!」
急いでフライヤーの射出準備を進めながらメイリンは胸の動悸がドキドキと高まるのを感じていた。
(怒られた…)
普段の温厚なアムロとはまるで違う、凛とした意志が通った言葉だった。
平時では口を荒げることなどないアムロも戦場では別人のようにシンや姉達を叱咤激励しているのは分かっていたが、それが自分に向けられたのは初めてだった。
萎縮したのではない。
怒鳴られるのも仕事の内というのは慣れている。
(じゃぁ、この胸の動悸はなに?ドキドキしてる…。おまけに顔まで紅潮してきた……なに?なに?なに?)
そう自問自答しつつコンソールパネルの操作は淀むことなく正確に準備を終えた。
それと半拍おいて、
『いまだっ!!』
ドクンッ!!!
一際高く心臓が高鳴ったのを自覚しつつ号を出す。
「フォースシルエット、射出!!」
…………声が少し、震えたかもしれない。
一方、メイリンに言った手前、タリアとてアムロの意図を理解したわけではなかった。
副長のアーサーにアムロの駆るザクの画像をモニターに写すように頼んだ………瞬間だった。
「か、かんちょおお!!」
切羽詰った声をあげるアーサーだったが、無理もないことだった。
水面上を全速で滑走しているザクがミネルバの艦首に向かっているのだから。
しかもスピードを緩めるどころか、己の両肩のシールドをパージしつつさらに加速していたのである。
「なっ!?」
タリアが驚きの声を漏らしたのと同時にザクが背中のセイルフィンまでも切り離した。
ぶつかるっ!?、と思った瞬間である。
速度はそのままに、ザクがスラスターを噴き上げ飛び上がったのだ。
それと同時にアムロから号令が出る。
『いまだっ!!』「フォースシルエット、射出!!」
阿吽の呼吸でメイリンが答えるとフライヤーが射出された。
それと同時に艦に横殴りの振動がきたと思った途端、フライヤーに跳び乗るザクの姿が映し出された。
なんとアムロは三角跳びの要領でミネルバから飛び立つフライヤーに跳び移ったのだ。
『メイリン、フライヤーのコントロールをこちらに回せっ!!』
「はいっ!」
片膝立ちになったザクを乗せたフライヤーは機首を巡らす。
そこには……
ギャリィィィィン!!
対峙していたグフとガイアに割り込むカタチで双方に損傷を与えたキラはふと背中が粟立つのを感じた。
「え?」
振り向くと、そこには猛スピードで至近距離まで近づくザクの姿があった。
「っ!」咄嗟に乗っている足を撃ち抜こうとビームを放つ……のと同じくしてザクがフライヤーから飛び上がる。
ブゥゥン
フォースシルエットから抜き取ったのか、ザクが両手に持たせたビームサーベルを発振させる。
その様に目を細めたキラが正確無比な一撃を今度は頭部に撃つ…が、それは上体をわずかに反らせて避わされた。
「く!」
この相手は油断できない!!そう判断したキラは更に二連射する。
しかし、それは二刀に構えたビームサーベルが絶妙なタイミングで打ち払ってしまった。
驚愕に目を開く…あれは偶然の動きではない!!!そう感じたのも束の間、ザクは空中でまた奇妙なモーションをした。
右足を上げたかと思うと、足底に装着されたスキーをフリーダムに向けて回し蹴りの要領で蹴り放ったのだ。
反射的にそれを撃ちぬく…と
ドガァァァァン!!
スキーに装着された爆雷や機雷が爆発しその煙幕でお互いの姿を隠してしまった。
相手の策に嵌ったことを悟ったキラだが、間髪いれずに煙からビームサーベルが正確にフリーダムの頭部目掛けて一文字に飛んできた。
「うっ!」
先程のアムロと同じように首を反らせてかわすキラ。
その隙を突いて煙を割ってザクが躍り出てきたが、キラは脇に備えたビームサーベルを抜き放ちザクに向かって突進して斬り放つ。
バジジジッッ!!!
しかし、それはザクの一刀に構えたサーベルに防がれた。
「なっ!」
これにはキラも驚嘆させられた。
上下からほぼ同時とも言えるタイミングで放った二刀が相手の一太刀で防がれたのだ。
こんなことは初めてだった。
バシュッ!!
その時、ザクの手の中にあるサーベルの柄が爆散した。
本来、インパルスの使用するサーベルを無理矢理…しかも低出力から最大まで上げたのだから無理がないかもしれないが……。
無防備とみたキラは再び斬りかかる……が、ガシィィィィン!!……またしても止められた。
「そんな!」
今度こそキラは絶句した。
どこに隠し持っていたのか、小型の実体ナイフ(事前にインパルスのナイフを2本装備していた)を逆手に持ってフリーダムの両手に突き出し受け止めたのだ。
しかも斬りかかるモーションの最中で、こちらの力が入りにくいタイミングで、である。
ぎし…ぎしぎし
ザクの腕が軋みを上げていた。
もとより馬力ではフリーダムのほうが圧倒的に上なのだ……腕ごと斬られるのは時間の問題だった…このまま行けば…。
ドガッ!!
「うく!」
驚かされてばかりだ!
今までの相手とはまるで違う戦いをする相手にキラは驚嘆の念を禁じ得なかった。
相手はいきなりザクの潜望鏡アンテナをフリーダムの頭部にぶつけたのだ…MSでの頭突きである。
あまりの衝撃にモニターがぶれるがフェイズシフト装甲であるこちらには差したる損傷でもなく、逆に相手のアンテナが粉々に砕けてしまった。
しかし、ザクはそれをまるで意に介さず緩んだフリーダムの懐に潜り込むと腹部にパンチを浴びせた。
この間わずか1分半にも満たない攻防だが、ソレは近場にいる二機のMSに乗るハイネとステラを数瞬の間圧倒した。
しかし…
「なんなんだ…、なんなんだお前らは!!よくも、よくもワタシをこんな……!!!」
訳も分からない怒りに全身を支配されたガイアのパイロット、ステラ・ルーシェは損傷した機体に関わらず無理矢理4足獣型で鍔競り合う二機に飛び掛かる。
その間にオレンジ色のグフが割り込んでも関係なかった。
この怒りを静めるには!!!
「じゃまだぁぁぁぁ!!!」
ザザッザザーー
モニターが点滅する中、アムロは叫びを…幼稚とさえ言える絶叫を聞いた気がした。
そして見た。
フリーダムの後方からこちらを援護するつもりか向かってくるハイネと、その更にその後方から<邪気>が泣きながら突っ込んでくるのが!!!
あくまで脳内の中を掠めたイメージでしかないがこの時のアムロにはハッキリと感じることができたのだ。
『『『『『『『『『『『ハイネ!迂闊だっ!!!』』』』』』』』』』』』
それはアムロの意思が込められたかのような<力>に溢れた言葉だった。
いや、言霊といったほうがいいかもしれない。
ソレはたしかにモニターを介さずキラの、ハイネの、ステラの、そして傍観していたアスランの耳朶を打ったのだから。
「撥っっ!!」
気合とともにアムロは操縦桿がオーバーヒートを起こす性急さで操作をした。
フリーダムの右腕を両手で掴むと懐に潜り込んでジュードーでいうところの一本背負いの要領で投げ飛ばしたのだ。
そしてフリーダムがどうなるかなど気にもせず振り返り、ハイネに向かって残っていた左足のスキープレートを蹴り放ったのだ。
ドカァァァァ!!
「がっ!!」
いきなりのことにハイネは避けられる筈もなく胸のあたりを強打されたグフは堪らず背中から地面に倒れこむ…のとほぼ同じタイミングでガイアがグフの顔面スレスレを通り抜ける。
ステラは端からどうでもよかったのかグフには頓着せずアムロに向かって突進していく。
「あああああぁぁぁぁ!!」
絶叫しつつビームブレイドを発振させる。
それを正面から見据えたアムロは
「・・・・・・」
黙然と、なんでもない動作のように
ブワっ
機体を躍らせ、ガイアの背中を踏みつけた。
「え?」その余りのことにステラはつぶらな瞳をパチクリさせるしかない。
そしてアムロは空中で身を捻りながら腰に備え付けられたハンドグレネードをガイアに投げつけたのだ。
ズババババッッ!!!
「あうううう!!」
爆発の衝撃に機体を吹き飛ばされたステラは気を失い崖から落ちそうになった。
「ステラァ!!」其処へMA形態のカオスが駆けつけガイアを拾い上げると己が母艦に帰っていく。
ボボン、ボボンッ!!
退却信号がそこかしこで打ち上げられるのをみたアムロはようやくこの戦場が終わったことを実感した。
フリーダムはもう何処にも見えなかった。
「撤退してくれたか」
コクピットの中で一息つくとコクピットを上げて外の空気を取り込む。
磯の香りと清涼な風が中に入ってくる。
汗ばんだ身体にはとても心地いい。
「あともう少し、もってくれよ」
そう呟くとハイネのグフに向かって機体を歩かせると軋みを上げる機体に苦笑してしまうアムロだった。