失いし世界を持つ者たち
第4話「接触」
「艦長、本当によろしいのですか?」
「向こうを呼びつけるより混乱は少ない。それに、こちらの情報をあまり見せる段階ではないだろう」
「そうですが……」
「メラン、後を頼む。戻ってきたら艦長会議を開くから、準備をしておいてくれ。
万が一のことが起きたら、かまわないから私もろともあの艦を沈めろ」
私はメランと甲板で後の指示を与えておくと、「下駄」こと『ベース・ジャバー』に先任参謀ジョン・トゥース中佐と副官であるレーゲン・ハムサット少佐を従えて乗りこみ、操縦はレーン・エイム中尉に任せて、一路『アークエンジェル』へ向かった。
外は既に日が沈んでいる。艦隊は先方の要望から移動を開始させ、南太平洋を東に向かっていた。
※ ※ ※
「アムロ、すまないが色々と混乱している。先ず確認したい。おまえの頭では今何年だ?」
『何を言っているんだ?……0093年の4月じゃなかったか、ガンダムに乗れば正確にわかるが』
やはり食い違いがある。
目の前にいるアムロは、10年前にアクシズと行方不明になったときから時間がそう経っていない。艦橋の兵はいよいよ動揺し始める。
「そんな! 今は0105年ですよ!」
新任の参謀が素っ頓狂な声を上げる。こいつは……参謀が率先してパニックになってどうする。周りに動揺が広がる。
「落ち着け!」
私は一喝すると、食い違いの確認を続けた。こちらの状況を簡潔にまとめて説明する。
「アムロ、お前の方も戸惑うかもしれないが、いま部下が言ったように、我々の時間感覚ではいまはU.C.0105年なんだ。
我々は任務のためオーストラリアのアデレードからフィリピンのダバオ基地に向かっていたのだが、トレス海峡を通過した際にデータの想定を遙かに上回る異常な嵐に遭遇し、全員が気絶する事態になった。
そして被害状況の確認をしているところで、正体不明機の接近を受けこれを撃退、それと前後してお前のνガンダムの反応を確認した。そこへお前から連絡を受けた、といったところだ」
アムロは驚いた表情でその話を聞いていたが、次第に納得した顔に変わっていった。
私やメラン、トゥースら幹部は老いを見せ、オペレーターは1人を除いて面識がないことに気がついたからだ。
『そうか。道理で見慣れぬ顔や、1ヵ月で老けすぎた連中がいるのかと思ったよ』
「ずいぶん簡単に認めるんだな」
『そりゃ、俺は『こちらの世界』に慣れ始めているからな。『非常識な事態』には耐性がついているさ。
もちろん、ラー・カイラムがブライトと艦隊ごと転移してきたときは、さすがに驚いたがな』
彼の方から次に確認する必要がある問題に触れてくれたので話を切り出す。
「アムロ、さっき言っていた『別の世界』とはどういう意味だ?」
アムロはどこから説明しようか、と切り出して彼がアクシズから今に至る話を語り始めた。
『そのままの意味だよ、ブライト。ここは俺たちがいた地球ではない。『パラレル・ワールド』というやつさ』
艦橋の面々が理解できない表情をしている。おそらく私も似たような顔をしているだろう。アムロはかいつまんで、これまでの事情を話してくれた。
アクシズで気を失った後、目が覚めるとνガンダムはデブリ帯に流されていた。
周囲の確認をしてみると、ロンド・ベル、ネオ・ジオン双方の艦隊を見失っていて、自身が相当流されたと理解する一方で、既に放っておいたら重力に引きずれこまれた位置にいたことを思い出し、うすら寒さを覚えていると、戦闘の反応があったので接近した。そこではガンダムの新型がジオン系のMSと戦闘しているところに遭遇した。
とりあえずロンド・ベルと連絡をつけようと試みるため合流してみると、明らかに連邦軍とは違う制服を着込んだ連中に迎えられた。そこでいくつかの話し合いと衝突を経て、行動を共にすることになったこと。
そして、任務の関係で地球に降下したが、所定の降下地点から大きく離れた所に降下したために、目的地に向かい移動している途中であったのだという。
どことなく、1年戦争時代の『ホワイトベース』を思い起こさせる。ただ、支援がないことや、MSがνガンダムを除けば1機しかないあたり、より苦しい航海であったことは想像に難くない。
たしかに、異世界であると信ずるのであれば、これまで抱いていたいくつかの疑問に説明がつく。
第1に最初に接敵した連中の正体だ。
『ZAFT(ザフト)』という組織の哨戒部隊で、突然現れた正体不明の反応を確認しようと接近してきたというというところか。識別不明の浮遊物体に対して、警戒しながら近づいたのだろう。だから、突然迎撃機らしき反応を確認してから速度を上げたのだ。哨戒部隊が撤退した後に、大規模な部隊の反応があるのも当然だ。突然正体不明の浮遊艦隊から攻撃を受けるのだから。
そして、ミノフスキー粒子の反応がないことと、ミノフスキー粒子散布後に見せた、追撃部隊の不可解な行動も理解できた。存在していない粒子の対応など想定しているわけがない。
第2に平文で受けた通信だ。
あれは我々を異星人か何かだと考えれば説明がつく……まあ、「異」という点はあっているが。
『あの、失礼ですが、よろしいでしょうか?』
私とアムロの会話のみが展開することに焦れたのか、マリュー・ラミアス艦長が口をはさんだ。
私は彼女に目を向けて観察する。年齢は佐官であることを考えると、20代後半か30前半と推測した。
そんな年で戦闘艦を任されるのだから、軍人として優秀なのだろう。ただ私にはその肉体や母性を感じさせる表情から、「女」としての印象が強かった。
『ノア司令、我々は作戦行動中です。しかも至急性を有しています。移動しながらの情報交換を提案します』
「了解した。どちらに進路をとればいいか?」
『目的地は申しあげられませんが、当面は東へ向かっていただければと思います』
「了解した」
『お待ちください! 意見具申があります!』
再び女性士官が発言した。今度は副長のナタル・バジルール中尉だ。
私が彼女に目を向けると、彼女は姿勢をただした。
そういった仕草を見ると、こちらはラミアス艦長と対照的で、彼女同様に美人であるが、少なくともその言葉や姿勢に「女」を感じさせる印象がない。実直な軍人なのだろう。
中尉という階級から、彼女が実質的な艦長代行であることは容易に想像できた。人員の境遇もホワイトベースに似ているのかもしれない。
「何か。ああ、すまない、何かな? 中尉」
『通信の長時間使用は危険を伴うと考えます。自分はどちらかの艦で会談することを提案します』
「もっともだ。それで、どちらの船にするべきと思いますか?」
『小官はレイ大尉の立場を考えると、貴艦での会談が妥当であると考えます。
緊急避難的措置とはいえ、扱いとしては非交戦国の軍人を戦闘参加させてしまった問題があります。
まずは、レイ大尉の原隊復帰を行う必要があるかと考えます』
『バジルール中尉、越権行為です、慎みなさい』
『ナタル。気持ちは嬉しいが、ここまで来てそういう問題で俺の扱いを決めてほしくないな』
『副長殿はアムロに対して熱心だねぇ』
『っ! 私は、そういうつもりで提案しているのではありません!』
『フラガ少佐、自重してください』
『へい、艦長』
私は画面でのやりとりから、ラミアス艦長があまり艦を掌握しきれていないこと、アムロが既に艦内クルーの信頼を得ていることに気が付いた。
バジルール中尉の提案を検討する。確かに正論ではある。だが私の腹積もりは決まっていた。
「ラミアス艦長、中尉の指摘はもっともだ。会談は直に会って話すべきだろう。
しかし、我が艦隊の将兵で事態を理解している人間は、本艦の艦橋を除いてはいないんだ。
無用の混乱を避けるために、貴艦で行おう。私がそちらに移乗する」
この発言にアムロを除いて全員が驚いた顔を見せた。
「艦長!」
「司令!」
『よろしいのですか?』
メランにトゥースが驚きの声を上げ、ラミアス艦長が驚いた顔で確認した。
「ともかく会談の必要がある。だが私自身、ここが異世界あるのか把握しきれていない。
まだ決定的な証拠を確認していないからな。まずは状況を理解しなきゃならんと思う」
私が理由を述べると、バジルール中尉が重ねて具申してきた。
『しかし、我々の側もアムロ大尉が「異世界」の住人であることを士官と一部乗組員以外は艦橋にいる人間ですら、今初めて知ったという状況です。
重ねて先ほどの理由から、そちらでの会談を提案します』
「君の意見はもっともだ、だがそうであるなら余計混乱するだろう。
君の艦の乗員は正体不明艦に艦長や戦友を送り出すほど警戒心がないとは思えんが?」
『そ、それは……』
『ナタル、ここはブライトに甘えよう。それほど時間があるわけでもないんだ。お互いの状況確認は早い方がいい』
『大尉……』
『中尉、大尉の言う通りよ。時間がないのはあなたも理解しているはず。
閣下、我々は閣下の提案を受け入れます』
「うん、感謝する。ではこちらからは私と先任参謀と副官、移動する機体のパイロットの4名で向かう」
メランが再び非難の表情を見せたが無視した。
「一応支度をしたいので、30分後で構わないだろうか?」
『了解しました。閣下』
「では、一度失礼する」
通信が終わると、メランとトゥースが非難の声をあげた。
「艦長迂闊です!!こちらに呼びつけるべきでした!」
「私も同感です。しかも最小限の人員で向かうなど……」
「落ち着け、2人とも。向こうにはアムロがいるんだ。そう無茶なことはすまい。
それに、我々は艦隊で相対しているんだ、あっちには圧力を感じている奴もいるだろう。
これ以上向こうに要らぬ警戒は持たせるべきではない」
「ですが!」
「くどいぞ! それに、異世界であることが事実であった場合、我々はとんでもない事態に遭遇したことになるんだぞ。
向こうの艦を実際にこの目で確かめて、事実を確認するためにもこちらから出向いた方がいい。相手の警戒心を解くことにもなる。
それに、こちらの情報をあまり見せるべきではない」
「……わかりました」
「せめて護衛は付けるべきではないでしょうか」
「それはわかるが、向こうにだって私に何かあれば、目の前の艦隊がどのような行動をとるか想定しているだろう。
こちらが隙をさらす方が却って武器になる。砲艦外交みたいなもんだ」
「わかりました。それでパイロットは誰にしますか?」
「キルケー部隊のレーン・エイム中尉にしようと思う。キルケー部隊は事実上全MSを失っているからな、丁度いいだろう」
エイム中尉の名を挙げると、2人は複雑そうな顔をした。無理もない。
「いい機会だから言っておくが、私は彼に含むところはないぞ。気にならないと言ったらウソになるがな。
彼を選んだのは、彼に『適正』があると思うからだ」
「それは『ニュータイプの』ですか?」
「貴官がなにを持って『ニュータイプ』と考えているのか知らんが、そうだ。
それに、ああいった若者の感性からの視点も欲しい。だから彼にしようと思う」
「わかりました」
「これで話は終わりだ。まさか平服で行くわけにもいくまい。
トゥース、レーゲン、各自は着替えて15分後にMSデッキに集合せよ」
「「了解!」」
「各艦に打電! 本艦はこれより、ペガサス級強襲揚陸艦・アークエンジェルとともに東へ針路をとる。本艦とアークエンジェルを中心にデルタ隊形をとれ!!」
「司令、なぜペガサス級と?」
「あまり混乱を拡大させるべきではない。通信員!それとは別に各艦長並びに佐官にのみ、暗号で状況知らせ!」
「了解!」
「私も着替えてくる。メラン、後を頼むぞ」
「はっ!」
※ ※ ※
若い、というより少女のような女性の声による誘導に従って、エイム中尉が下駄を馬の右足の方に機首を向ける。
足の脛が開くのを見ながら、私は最初に感じたアークエンジェルに対するペガサス級の面影を再び覚える一方で、異なる部分にも目を向けていた。
足の大きさから考えるに、おそらくカタパルト機能しかあるまい。構造的には『アルビオン』に近いように思えた。
「正直、いまだに信じられませんな」
「どうだ、中尉はどう思うか?」
トゥースがつぶやき、ハムサットがエイム中尉に尋ねている。
「自分も理解できません。ただ、こうしてカタパルトを見ると、連邦軍とは確かに違いますね」
「そうだな、そこは中尉の言う通りだな。艦内構造がまるで違う」
私は彼に同意すると、レーン・エイムはやや気恥しい顔を見せた。
ケネス・スレッグ准将との引き継ぎの時に「若く真っ直ぐな男で、いい素質を持っているから育ててほしい」と頼まれたことを思い出す。
あのときの准将は事務的な表情を見せていたが、彼やMSの話になると饒舌だった。あれが准将の素顔なのだろう。
事務的に私と対応したのは、マフティー・ナビーユ・エリンの件であることは間違いない。
「司令、見てください」
トゥースの言葉で我に帰った私は、窓越しに4人の士官が立っていることを確認した。
間違いない、アムロ・レイだ。
我々は下駄を着艦させると、機体から降りて敬礼する。
「地球連邦軍第13独立機動艦隊並びに南太平洋管区司令代行、ブライト・ノア准将です」
「先任参謀ジョン・トゥース大佐です」
「副官のレーゲン・ハムサット少佐です」
「キルケー部隊のレーン・エイム中尉です」
こちらから敬礼をすると、答礼が帰ってくる。
「地球連合軍第8艦隊所属、強襲用機動特装艦アークエンジェル級『アークエンジェル』艦長、マリュー・ラミアス少佐です」
「副長のナタル・バジルール中尉であります」
「機動部隊隊長、ムウ・ラ・フラガ少佐であります」
アムロは笑みを浮かべ敬礼する隣で、あどけなく、ひ弱そうな印象の少年が緊張して敬礼していた。
先ほどの通信ではブリッジにはいなかったはずだ。
「キラ・ヤマト少尉であります」
私はこのとき、確信に近い感覚で彼がガンダムのパイロットであると感じていた。