失いし世界を持つ者たち
第6話「南太平洋海戦」
『アークエンジェル』艦橋は独特の緊張感に包まれている。
戦闘前というより、全体の指揮官が代わったことに起因するだろう。
差別的な感情かもしれないが、女と男はやはり違うのだ。
「索敵員! 敵の正確な数は!」
「もう少々お待ちください!」
「遅いぞ! 沈みたいのか!」
「司令、リゼルが展開を開始します。合わせて各艦より順次MS隊が展開しつつあります」
トゥースがパネルから、部隊の展開状況を報告する。
こちらの機動戦力は、ラー・カイラムにリゼルが8機、ジェガンが6機、量産型νガンダムが2機、それに使用不能のペーネロペーが1機、積載してある。
クラップ級の3隻にはそれぞれジェガン重装型が1機、ジェガンが5機積載されていて、
そこにアークエンジェルのνガンダム、ストライク、戦闘機扱いのスカイグラスパー2機を足すと合計39機の戦力だ。
戦力としてはそれなりの規模だが、補給が受けられない現時点では損失に対する回復力は絶望的な状況である。
……グスタフ・カールの損失が悔やまれるな。早く敵の戦力の詳細が知りたい。
「敵の戦力は21機です。すべてAMF-101『ディン』と確認しました」
サブパネルにデータが表示される。この世界に来た直後にやりあった奴か。それにこの数は追撃してきた連中か、それとも別の部隊か。
「司令、機動戦力を包囲攻撃に用いますか?」
トゥースが作戦案を具申する。確かにこの戦力なら可能だろう。
「司令!意見具申します! 戦力で上回っているのですから、分断して各個撃破すべきであると考えます」
バジルール中尉の提案は関心をひかれる。対して先任参謀はやや不快な表情を見せる。
作戦としては悪くない、信頼関係を築くという側面でも、私は決断した。
「よし、各個撃破戦法を採用する! リゼル隊とスカイグラスパーに中央突破させろ!
その後に背面展開させ後方から攻撃させる! 分断したところを左右に展開させたジェガン隊と、中央のアークエンジェル所属部隊と艦砲射撃で撃ち落とす!」
「了解!」
「左右両翼の部隊はベアード少佐に、中央突破部隊はフラガ少佐に指揮を任せる!」
私のこの発言に、周囲は意外な反応を示した。
「司令、ラー・カイラム所属の部隊に指揮を任せないのですか?」
ラミアス艦長が確認する。
「そうだ、リゼル隊の指揮官は大尉だ、無用の混乱は避けたい。
それにフラガ少佐は別の部隊とはいえ佐官だ。階級上は妥当と思う」
もちろん、他部隊の佐官に指揮を執られるという心理的なストレスはあろうが、そこは階級社会だ。
その辺はジェガン隊指揮官のジャック・ベアード少佐とリゼル隊指揮官のテックス・ウエスト大尉なら大丈夫だという信頼がある。
ベアード少佐は1年戦争時からのベテランだ。
グリプス戦役の時に、ヘンケン・ベッケナー中佐を通じて知己となり、エゥーゴ解散後はロンド・ベルに引き抜いた。
ウエスト大尉はカラバに参加していたパイロットで、『ペズン動乱』の際に対応した『α任務部隊』において可変MSの名機『ゼータプラス』を運用していた実績から、リゼルの導入に合わせて引き抜いた。
寡黙だが、鋭い観察眼を持ついいパイロットだ。カラバにいたことが災いしたのか、いまだ佐官に昇進できていない。
今回の事態を踏まえると司令権限で昇格すべきとおもうが、それは後に考えるべきことだ。
もうひとつの理由として、先ほどと同様の思惑がある。
つまり、こちらの部隊の指揮権を一部にせよ委ねることでアークエンジェル側の信頼も得ようというものだ。
先の交渉を見る限り、フラガ少佐は自分の立ち位置を心得た人物だ。
「わかりました。そのように指示します。
副長! アムロ中佐とフラガ少佐、ヤマト少尉に作戦通達!」
「了解しました!」
彼女は力強く頷き、回線で指示を出していく。彼女の顔が少し明るいのは、単艦行動から解放された安堵感からだろう。
指示を受けた各部隊が展開を始める。こちらの意図に気づかれるのは面白くないな。
「先手をとる、各艦砲撃用意! 中央突破予定ポイントと最左翼と最右翼に砲撃し、敵を2つの集団にまとめる。
……艦長、本艦の装備を知りたいのだが?」
「はっ、はい! 副長!右のパネルにデータ提示!」
「了解!」
ラミアス艦長は一瞬は逡巡した顔を見せたが、すぐにバジルール中尉に情報を開示させた。
開示された武装は、アークエンジェルがペガサス級よりも重武装である印象を与えた。
そして、もうひとつ、気になる装備に目が行った。
「ラミアス艦長、ミサイル兵器の配置が後部になっているが、ニュートロン・ジャマーは電波妨害もするのではないのか?」
「はい。ですが、基本的には核分裂の抑制が主目的の装置ですから、電波に対する影響は副次的で、長距離における影響が主です。
むしろ、この世界で第二次大戦レベルの距離で戦闘していることが、ジャマーの影響といえます」
「ほう、つまり近距離では誘導が可能か……」
もう少し聞きたいところだが、今は時間がない。
「よし、各艦に打電! 各艦はメガ粒子砲で砲撃し、ミサイルは使用禁止!
アークエンジェルは全ての武装使用を許可する。その全兵装を持って攻撃せよ!」
「了解!」
敵集団は3機ごとにデルタ隊形をとり、横一列に進撃してくる。
「これより7つの敵小隊を左よりa、b、c、d、e、f、g小隊と仮称する!
まずはa、d、g小隊に対して砲撃を行う。10秒後に一斉射撃! 味方に当てるなよ!」
「了解!」
私の命令を受けて、ラミアス艦長が指示を出す。
「副長、『ゴットフリート』並びに『バリアント』をd小隊に照準合わせ!
『コリントス』はa並びにg小隊を狙う!」
「了解! ゴットフリート及びバリアント照準! コリントス、データ入力急げ!」
「狙点固定完了!」
「よし、全艦一斉射撃! てっー!」
私の号令とともに、各艦から砲撃が放たれる。メガ粒子の光は矢となり敵を貫く。
最初の砲撃の対象となった9機のうち2機が光球と化し、3機が被弾したようだが、反応は消えず、残りは回避に成功した。
敵部隊は先に被弾した3機を後退させる。
あと16機か。
「各艦に打電! 以降は艦長の判断で砲撃せよ!」
「艦長!ソナーに感! 14時の方向からUMF-4A『グーン』が6機、急速接近中!
水中からのため、上空の直掩網を突破してきます!」
「増援か!」
正面の部隊は主力だろうが、水中からの攻撃で戦力を拡散させる気か。
確かにこちらは対水中装備が少ない。
「中央のνガンダムとストライクで対応させろ!」
「了解!」
「司令、水中からの攻撃では対応が難しいのでは?
ジェガン重装型にバズーカの使用許可を与えて、対応すべきかと考えます。
また、この艦のミサイルを水中に投下し、自爆させることで爆雷の代用とするべきと考えます」
トゥースが具申する。確かに、艦隊への被害は好ましくない。
「ン、そうだな! よし、通信兵! 重装型を一度戻してバズーカを装備し、グーンに対応させ!
それとラミアス艦長!聞いていたな! ミサイルを爆雷の代用とする。照準は任せる!」
「バジルール中尉!」
「了解! コリントス、データ再入力急げ! 着水と同時に爆発させる!」
アムロから通信が入る。
『艦長!こちらもバズーカを使いたい。ラー・カイラムに予備はあるか?』
「ああ、あるぞ!好きにして構わない……アムロ!水中の敵はおまえの指揮で対応してくれ!」
『わかった!』
これで前面のディンと対応する部隊は、突破部隊と直掩を除いて15機か。
砲撃により、1機撃ち落としているので、正面は同数か。
「突破部隊はどうか!」
「d小隊の残機を撃墜し、突破に成功! 背面展開を開始しています! ぐっ!」
その直後艦が揺れる。どうやら水中部隊は、まずこの艦を沈める気だ。
画面を見ると、突破部隊がディンに後方から逆撃を与えている。それでも前進しようとする小隊は艦砲射撃と、ジェガン部隊の連携攻撃にさらされ撃墜されていく。
こちらはどうにかなりそうだな。機動部隊の各指揮官は優秀だ。私は揺れる艦の中で訓練してきた部下の活躍に誇りと自信が湧く。
「ああ!」
オペレーターの少年兵が悲鳴を上げる。
「どうした!!」
「左舷後方より突如反応あり! これは……『イージス』『バスター』『ブリッツ』『デュエル』です!」
「どういう連中だ!」
「我々を追いかけている部隊です」
「データ出せ!……なんだこれは!」
全てがガンダム・タイプだ。
「……お恥ずかしい限りですが、こちらから奪った兵器で攻撃しているのです」
ラミアス艦長が苦渋の表情を見せる。
そうか、道理でこの艦の搭載能力に比して、MSが少ないわけだ。撃墜されたかと考えていたが……
「そういうことは、早く話してもらいたかったな。左舷後方!弾幕展開! 直掩機は迎撃しろ!」
「『イーゲルシュテルン』起動! 『ヘルダート』!てっー!」
連中は一直線にこちらに来る。
潜水艦を利用した伏兵攻撃か、やってくれる。正面の部隊は主力に見せた囮で、本命は後方からの奇襲か。
私は、正面の敵への対応と、敵の戦力を見誤ったことに心の中で舌打ちをし、自分の迂闊さを呪った。
どこかに油断があったと認めざるを得ない。もっと艦隊の陣形を密集すべきだった。
「グーンBを撃破!」
「ラー・ザイム被弾! なれど損傷軽微!」
「ディンa小隊・f小隊全機撃墜! 突破部隊とジェガン部隊で挟撃は成功しつつあります!」
ズン!と艦体に衝撃が走る。
「左舷後部ミサイル発射管損傷!」
「弾幕薄いぞ! 近づけさせるんじゃあない!」
『ブライト!俺が残りの水中機をやる! ストライクをそちらに回す!』
「ああ、頼む!」
私は艦橋のパネル全てに目を向け、状況を確認する。
ディンの部隊は四散しつつあるな。残敵など放置してかまわない。追撃は無駄な犠牲がでる。
彼らをこちらに戻したとして、主力が戻るまであと2、3分か。リゼルなら、もう少し早いか。水中機は今、グーンCを撃破したようだ。さすがだな。
アムロは敵の攻撃するタイミングを計り正確に射撃する。もちろん、それを図るために先にジェガン隊とアークエンジェルに攻撃させて、ある程度敵の浮上ポイントを割り出した上で撃破している。
残る問題は奇襲してきたガンダム隊か。
まずいことにこちらの直掩のジェガン隊が最初ためらったため、隙を突かれる形となった、無理もない。
味方はアークエンジェル以外は接近時にしか対空砲火を開いていない。各艦長も補給を意識しているな。
ぐっ。
再び直撃を受ける。
「左舷バリアント大破!」
「なにやってんの!」
腹立たしいのはストライクだ。ブリッツを相手のSFSを奪いつつ、上手く撃退した。
その方法は、機体性能を上手く利用した戦い方だった。バーニアをいいポイントでふかしながら下から回り込み、脚部を狙い射撃しつつ接近した。
そこで敵機がジャンプして回避したところを、第2射を加えSFSとブリッツを引き離す。次に空のSFSを奪い、相手の飛行能力を奪って体当たりし、そのまま海中に叩きこんだ。
その行動は彼のパイロットとしての優秀さを示すもので、このままイージスも撃退するかと思った。
ところが、イージスと相対した途端に攻撃をためらっている。
何を考えているのか、あの少年は。
「各艦全速前進! ディンはすでに四散している! 前方の主力とこちらから合流するぞ!」
「了解!……うわっ!」
再び直撃がアークエンジェルを襲う。
しかし本艦の攻撃に気を取られたせいか、バスターは後方からジェガン3機の連携の取れた一斉射撃をくらい、左腕とSFSを吹っ飛ばされ、海中に落下した。
ようやく調子が戻ったな。
さらに、アークエンジェルの誘導弾で追い込んだデュエルをラー・カイラムの精密射撃がとらえ、SFSを足ごともぎ取った。
残りはイージスだが、直掩部隊と全てのグーンを撃退したνガンダムとジェガン重装型がストライクのところへ向かい、アムロの指揮で半包囲して攻撃している。
よし、これで敵の脅威は概ね去った。警戒すべきは潜水艦の予備兵力だが、向こうの損害の大きさを考えれば、第2次攻撃はないだろう。考えを裏付ける報告が上がる。
「イージス及び残敵が後退を開始しました!」
「追撃する必要はない! 各機は艦隊の直掩に専念させ!」
「了解!」
その直後、先の考えを否定させるような報告が上がった。
「司令! リゼルが本艦隊の針路前方に水上艦隊を確認しました!」
「何だと! 敵の増援か!」
連中はよほどこの艦を沈めたいのか、それとも我々が目的か。いずれにせよ、対応策を考えなければならない。
そこへ、突然ドアが開き、ゲリラの少女が入ってきた。
「いったいなにしているんだ! このままでは危ない! 私も出させろ!」
何を言い出すかと思えば。間の悪い娘だ。
はっきりと不快を感じる。
「戦闘中だぞ! 誰が入ることを許可した! 出で行け!」
「何だと!貴様! 偉そうに!」
この少女は自分の立場が分からないのか。
「私はこの艦隊の指揮を任されている! 命令が聞けないなら海へたたき出すぞ!」
「ブライト司令!水上艦隊の識別が確認できました!」
「どこの所属だ!」
私は少女を無視した。いまはそれどころではない。
ランボーが諫めている。いい加減に気付け。
「待てよ! 話は終わっていないぞ!」
堪忍袋の緒が切れる音を聞いたと同時に手が出ていた。
ドカッ! という痛々しい音が2発、艦橋に響き渡る。
「……ぐっ」
「うっ!」
私は庇うランボーに一発浴びせると、返す裏拳で少女の左顔面を叩いた。
少女は吹っ飛ばされる形で壁に打ち付けられた。
「いい加減にしろ!
貴様らが何者かは知らんが、正規軍同士の戦闘中に民間人に対して兵器を貸せなどという、馬鹿な要求を飲むと思っているのか!
レーゲン!構わないからたたき出せ!」
艦橋が唖然とした雰囲気になる。特にラミアス艦長は青い顔をしている。
また、艦長席後ろにいる、2人のオペレーターのうち、少年兵の方は思わず身を屈めている。
副官が2人をたたき出そうとしたとき、状況に変化が起きた。
「司令! 先方から通信です!」
「……ああ? ザフトではないのか?」
「先方は『オーブ連合首長国第2護衛艦隊』と称しています」
「なに?わかった。機動部隊は艦隊周囲を直掩せよ! まだ戦闘配置は解除するな! 回線繋げ」
『オーブ』という単語を聞いて、少女は体を震わせたが、私にはどうでもよかった。
回線がつながり、私は連邦海軍にも通ずる、ライフジャケットとヘルメットに身を包んだ、いかにも謹言実直を思わせる人物が画面に現れた。
『オーブ連合首長国第2護衛艦艦隊、第2戦隊司令のトダカ1佐です』
「地球連合軍、第13独立機動艦隊司令、ブライト・ノア准将です」
答礼しながら、まず感じたのが彼の階級だ。聞きなれない階級だが、どこかで聞いた気もする。今は思い出せない。
そんな私の印象に対して、向こうはまさか将官出てくるとは思わなかったのか、トダカ司令以外に動揺が走る。
彼は要件を端的に述べようとしたが……失敗した。
『貴艦隊はオーブ領海に接近しすぎているため、その真意を……カガリ様!』
カガリと呼ばれた少女は、口をぬぐいながら、大層不機嫌そうにトダカ司令に話しかけた。
「戦闘が終わるまで戦闘領域の外で待機とは、禿鷹みたいな真似をするな」
『いや、なぜあなたがそこにいらっしゃるのですか?』
トダカ司令は明らかに動揺している。
私はランボーに目線をやる。彼もバツが悪そうな顔をしたが、観念したのか、素性を明かした。
「今まで黙っていて、すまなかった。
こちらはオーブ連合首長国前代表ウズミ・ナラ・アスハ閣下の御息女、カガリ・ユラ・アスハ様だ。
私はその護衛のオーブ陸軍1佐レドニル・キサカであります」
「前代表首長の娘って……」
「お姫様?」
……冗談だろ。
艦橋に動揺が広がる。
「静かにしないか! 戦闘配備中だぞ!」
バジルール中尉の叱責を聞きながら、私は心底うんざりした。
なぜなら、今後の展開に暗雲が立ち込めてきたことは明らかであり、その暗雲の原因が自分の行動にあることも明らかであったからである。
私は頭を抱える衝動を抑えることに必死であった。