CCA-Seed_631氏_第3話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 18:53:44

夕刻時、オレンジに燃える太陽が海を、そして砂浜を染め上げる。シャアではないが、本当に美しいと、アムロは思った。
家の庭先では、子供たちがボールを追い回している。無邪気に走り回る子供たちを見て、アムロは心底、アクシズが落下しなかったことをうれしく思った。
シャア同様、地球にしがみつくしか能のない官僚達には、アムロも怒りを禁じえない。しかし、時代を担う子供たち、母なる惑星である地球には、何の罪もない。
そんな者たちの命を奪っての革命など、どれほどの価値があるというのだ。
アムロはテラスを上り、ドアノブに手を掛けたところで、ふと横にいる一人の少年に気がついた。ウッドチェアーに腰を下ろし、ただひたすら海を眺めている。
アムロは、その少年から目が話せなかった。
年の頃は17.8、ラクスと同じ頃だろうか。ラクスからこの家の住人のことは、あらかた聞いていた。それから推測するに、彼がフリーダムというMSを駆って終戦に導いたキラ・ヤマトだろう。
しかし、なんて悲しそうな目をしているのか。この目を見るのは、今日は2度目だ。
そんなアムロに気づいたのか、キラはこちらに顔を向け、軽く会釈をする。しかし、それだけすると、また海を眺め始めた。
これ以上は失礼だと、アムロは家の中に入っていった。

「どうでしたか、シャアさんとは和解できましたか?」
ラクスが出迎えがてら尋ねる。
「別に和解をしに行ったわけではない。ただ、奴がこの世界にきて、何を感じているのかを知りたかっただけだ」
「そうですか、それは残念です」
「君たちには悪いが、俺はシャアのしたことを許すことができない。当事者でない君たちには分からないだろうがな」
アムロは強い口調で、しかし、はっきりと断言する。さっきの無邪気な子供たちの姿を見て、その気持ちは一層強くなった。
ラクスは、少し顔を強張らせる。
「あっ、すまない。別に、君たちを悪く言った訳ではない。気を悪くしたら誤る。すまなかった」
アムロが、頭を下げる。
「気にしないでください。お二人にとっては簡単な話ではありませんもの。それに、当事者でない私たちには、確かに分からないことですし」
「俺もここで、シャアとどうこうする気はない。すまないんだが、気持ちの整理がつくまで、ここに置いてもらえないだろうか?」
アムロは低姿勢に尋ねた。
「それはかまいませんわ。ここには私たちのような行くところの無い者や、戦災孤児も大勢います。気持ちの整理がつくまでとおっしゃらず、何日でも居てかまいませんわ」
「ありがとう」
アムロは、心の底から感謝した。正直、追い出されたらどうしようと本気で考えていた。
「それでは、そろそろ御夕飯に致しましょうか」
そう言うと、ラクスは、台所の方へ足を向けた。

夕飯は終始、和やかなものだった。誰が配慮したのか分からないが、アムロとシャアは席の端と端に分断され、かち合うことはなかった。
大勢の子供に囲まれての食事など、アムロには経験がなく、その喧騒に終始、度肝を抜かれた。
シャアに目を向けると、以外や以外、上手に対応していた。子供たちと何を話しているのか分からないが、笑顔もちらほら見える。
アムロは会ったことはないが、グリプス戦役時、シャアが二人の子供をアーガマに連れてきたという話を、かつてブライトから聞いたことを思い出した。
キラも、先ほどの悲しそうな顔はすでになく、隣の子の口元を拭いてあげたりしていた。
和やかな雰囲気のまま、夕食は進んでいった。

夕食も終わり、後始末が大変そうなのを見て、アムロは手伝いを申し出たが、「病み上がりなんですから、くつろいでいてくださいな」と言われ、断られた。
特に、することもなく、ロビーでシャアと顔を合わせているのも嫌なので、早々と部屋に引き上げた。
まだ、寝るには早い時間帯だが、病み上がりの身体に、今日の濃い出来事のおかげで、ベッドに入るや、すぐに眠りに落ちてしまった。

今、何時だろうか。
アムロは、中途半端は時間に目が覚めてしまった。
電気は消してあるが、月の光が窓からこぼれ、ぼんやりと部屋の様子は見て取れる。しかし、部屋には時計がなかった。
再び、眠ろうと目を閉じるが、喉が渇いて寝付けなかった。仕方なく、1階に下りて、水を飲みにいく。
ロビーにはすでに人がなく、電気はなかったが、やはり月明かりによって、ある程度の位置を把握することが可能だった。アムロは、電気をつけるまでもないと、台所に向かい、水を飲んだ。
カラカラの喉を潤し、階段を上ろうとしたとき、窓の先に人影が見えた。気になったアムロは、窓際に行き、人影を注視する。
キラだ。
(何をしているんだ?)
アムロは、キラに興味が湧いた。ドアを開け、キラの元へ向かう。
波打ち際で、キラは、何をするでもなくたたずんでいた。それは、先ほどのシャアと重なって見えた。
「何をしているんだ?」
アムロは、キラに話しかける。
「あなたは・・・」
アムロの接近に気づかなかったのか、キラは、不意にこちらを向いた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はアムロ・レイだ。しばらくここに厄介になるのでよろしく」
そう言って、アムロは握手を求める。
「あっ、はい、よろしくお願いします。僕は、キラ・ヤマトです」
キラは、アムロの手を取った。
「ところで、何をしていたんだ?」
「・・・海を見ていたんです」
「海を?」
「はい」
アムロは夕暮れ時のキラを思い出す。
「確か、夕刻も海の方を見ていたと思ったが・・・?」
「はい」
キラは簡素に答えるだけだった。
「海が好きなのかい?」
「ええ、まあ」
キラは曖昧な答えをした。
それ以来、話が途切れてしまった。
アムロはどうすればいいか分からなかった。シャアと違い、キラとは何の接点もない。あまり、話をしたがらないキラに、アムロは何を言えばいいのだろうと、考えていた。
しかし、そんな沈黙を破ったのはキラであった。

「アムロさんは、MSのパイロットなんですよね?」
「ああ、そうだが・・・」
「やっぱり、多くのMSを倒してきたんですか?」
アムロは、キラが何を言わんとしているのか、何と無く分かるような気がした。そして、この悲しそうな瞳。これが、示しているものも・・・。
「君も、多くのMSを落としてきたんだね?」
質問を質問で返すアムロ。
「・・・はい・・・」
キラの返事は弱弱しかった。
「しかし、生き残るためには仕方がなかったんだろう」
「それは・・・そうですが・・・」
「なら、割り切るしかないじゃないか」
アムロが言う。しかし、こんなこと言っても意味のないことは分かっていた。こんな、一言で割り切れるようなら、この2年間の意味はない。
「君の事は、アンディとラクスからいろいろ聞かせともらったよ。そして、それを聞いて思ったんだ。あまりにも、俺と境遇が似ているとね」
「えっ。それは、どういうことですか?」
キラが尋ねる。
「ちょっと長い話になるけどいいかい?」
アムロの言葉に、キラは首肯で応えた。
「俺の世界のことは聞いているよな。それはもう、15年も前のことだ。俺の世界でも、地球連邦軍とジオン軍による戦争の真っ只中だった。この世界で言うところの連合軍とザフトみたいなものだ。
そして、俺は、あるコロニーに住む15歳の一般人だった。俺には戦争なんて、一生関係ないものだと思っていた。平凡に職について、平凡に一生を全うする。そうなると思っていた。しかし、それは適わなかった」
アムロは思い出そうとしているのか、いったん話を区切り、再度、話し始める。
「連邦軍が俺の住んでいたコロニーでMSを開発していた。それを、ジオンにキャッチされ、コロニーは襲撃を受けた」
「えっ、それって・・・」
キラは驚愕の顔を見せる。2年前の自分に重ねたのだろうか。
「連邦のMSは俺の親父が開発したものでね。親父に隠れて、MSのマニュアルを読んでいたのが幸いしたのか、俺はそのMSを使ってジオンのMSを撃退することに成功した。
しかし、俺の居たコロニーは住めるものじゃなくなってしまった。俺たちは、ホワイトベースという戦艦でコロニーを脱出した」
キラの表情は依然、変わらなかった。

「しかし、MSを扱える者が居なくてね。民間人の俺がMSを操って、船を守らなければいけなかった。連邦軍の本拠地に着くまで必死だったよ。
なんせ、追っ手はジオン軍きってのエースパイロット、シャア・アズナブルだったんだからな」
「シャ、シャア・アズナブルって・・・」
「ああ、俺同様この世界にやってきたあのシャアだ」
アムロとキラは家の方に向き直る。どこにいるか、わからないが、シャアを確認するように。
「本拠地に行くまでいろんなことがあったよ。俺に優しくしてくれた人、初恋の人の死。亀裂の入った人間関係。脱走なんかもした」
「・・・・・・」
「必死の想いで本拠地に着くと、今度は無理矢理軍籍に入れられた。そして、最終決戦に入った戦争の最前列に送られた。そこで、俺はある出会いをした」
アムロは、そこで話を止め、星空を見上げた。15年前のあの日を思い出すかのように。自分をこの世界に連れてきたあの人を、自分が誤って殺してしまったあの人を、心が通い合ったあの人を。
キラは、アムロの話の続きをただじっと待っていた。
アムロも決意したのか、再び話し出す。
「その人はジオンの兵士だったが、俺たちは分かり合うことが出来た。しかし、俺のミスで殺してしまった」
「なっ・・・」
「戦争は連邦軍の勝利で終わった。俺とシャアの戦いも取り合えず幕を下ろした。これが俺たちの世界で一年戦争と呼ばれる戦争だ」
すべてを言い終え、キラの方を向く。キラも、アムロに向きなおし、言った。
「これは、偶然なんでしょうか?」
「偶然以外にどう説明する」
アムロは至極冷静に言い放つ。
「でも、ここまで似ているなんて・・・」
キラは納得がいかないのか、食い下がる。
アムロにも、その気持ちが分からないわけではなかった。バルトフェルドとラクスにキラのことを聞いたとき、こんな偶然があるのかと耳を疑ったものだ。
「一年戦争がこの世界で起きたものなら、偶然と言い放つことは出来なかっただろうが、これは異世界の話だ。偶然以外にありえないだろ」
キラは、なにか考え込むように、俯いてしまった。しかし、そんなキラを尻目にアムロは話続ける。

「戦争終結後、俺は危険人物と認定され、7年もの間、半ば監禁状態にあった。俺も一年戦争当時は生きることに必死で、相手のことを考える余裕はなかった。若かったせいでもある。
しかし、7年という時間は俺を腑抜けにもしたが、考えさせてくれる時間でもあった」
「考えさせてくれる時間?」
「ああ、一年戦争時の俺の戦果は相当なものだったらしい。しかし、それは、それだけの人を殺したということだ。それを考えてしまい、鬱になったこともある」
「・・・・・・」
「だが、俺は戦争時のある人の言葉を思い出してね。俺の初恋の女性の婚約者だ。俺は、その女性を助けられなかったのは、自分の責任だと感じ、その人に謝った。
しかし、その人はこう言ってきたんだ。『うぬぼれるんじゃない、ガンダム一機の働きで、マチルダが助けられたり戦争が勝てるなどというほどあまいものではないんだぞ、
パイロットはその時の戦いに全力を尽くして、後悔するような戦い方をしなければ、それでいい』ってな」
キラは何も言わなかった、いや、何も言えないでいた。
「その言葉で、俺は立ち直った。もっとも、腑抜けた根性は直らなかったがな。だが、少なくとも、後悔はしないようになった」
ふふっ、とアムロは自虐的な笑いを見せた。
アムロは、キラの正面に移動し、真正面から真面目にキラを見つめて、口を開いた。
「キラ、君は2年前、後で後悔するような戦いをしていたのか?」
キラも正面からアムロを見つめ、言い返す。
「そんなことは、ありません。僕たちは自分の信じる道を貫いた。それに、後悔はありません」
「なら、それでいいじゃないか。戦争に、誰が正義で、誰が悪かなんてことはない。お互い、言い分があるものだ。ならば、その時自分に出来る精一杯をするだけだろ」
「・・・・・・」
「ふっ、理屈じゃ分かっているがって顔だな。まあ、君はまだ若い。大いに悩むのは結構だと思う。しかし、時間はあるが所詮有限だ。特に、若いころの時間はな。後悔だけはするなよ」
アムロはそういい残すと、その場を去った。眠気が出てきたせいもあるが、自分の言いたいことは、すべて言えたからだ。後は、キラがどう受け取るかに過ぎない。
部屋に戻り、ベッドに横たわる。
自分とキラの状況の酷似性を、アムロは偶然と言い切った。偶然に決まっている、それは間違いない。しかし、この世界のこの場所に来たことまで偶然だろうか?宇宙にいた自分たちが地球に、それも自分とよく似た境遇を経験した少年の下に・・・。
(ララァが導いてくれたのかな。キラの元に・・・)
まどろみの中で、アムロはそんなことを考えていた。