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Last-modified: 2011-02-15 (火) 08:58:33
 

~旧ポーランド・ポドラシェ県

 

『ビャウォヴィエジャの森』・『ヨーロッパ最後の原生林』。
かつてはそう呼ばれた広葉樹の生い茂る地帯を、地球軍陸上要塞・ボナパルトは進んでいた。
ファントムペイン大佐、ネオ・ロアノークは、
医務室から見える寂しげながらも美しいその光景に目をやり、
次に医務室のベッドでホットミルクとリンゴを食べる少女に視線を移す。
「うまいか? ステラ」
「うん!」
ステラ・ルーシェは、ここ数日でメキメキと回復し、
あと一日ほどすればMSに乗れるという診断もされていた。
最も、早く回復するように強化されているという現実の証左であり、彼としては複雑だった。
彼はポケットからハンカチを取り出すと、
リンゴの汁でべっとりになっていたステラの頬を拭う。
(全てが終わったら、どっか静かなところで茶店でも開くかな……。
人里から離れた小高い丘の上に、小さなロッジを建てて、
コーヒーや紅茶、ケーキや菓子に、カレーとナン……はちょっと無理あるか。
ステラ・アウルがウェイターで、俺とスティングが厨房。ファブリスとセリナも……)
そんな何気ないこと考えながら、
「明日になればベッドからでられるから、あとちょっとの我慢だぞ……」
「わかってるよ」
むくれた彼女の頭を撫で、彼は彼女に「またな」と言い残すと医務室を出た。
ドアが開く瞬間、温度の違う風が当たる感触がすこし気持ち悪い。
暖かな空間から、冷たい現実に踏み入った、というべきかもしれない。
明日……つまり、彼女を『あの怪物』に乗せなければならないと言うことだ。
これは当初ネオも反対した。
彼女は、向こうの独断とはいえ返還されたばかりの、いわば「病み上がり」である。
アウルやスティングも、彼奴が乗るのならと申し出てくれていた。
しかし上=ロード・ジブリールは非情にも、ステラを使うようにとの命令を下してきたのだ。
『どうせだ、その生体CPUに最後の働きでもさせたらどうだ?』
あの時ほど、画面を殴りつけたい衝動に駆られた事はない。
不快な気持ちを振り払うように首を横へ振った彼は、その足をハンガーへ向ける。
これからゴタゴタして先送りになっていた、
ホアキン隊との顔合わせも含めた作戦前の機体チェックだ。
彼らは作戦開始地区までのボナパルトの護衛、並びに作戦時の遊撃を任せることになっている。
先程医務室に通信が入った際、すでにロアノーク隊は顔をそろえていたとの事で、遅れているのは彼だった。
J.P.ジョーンズよりはるかに広く作られたハンガーに足を踏み入れた彼は、
デストロイの奥に佇むホアキン隊のMSを見やり、その形状に違和感を抱く。
「ZAFTっぽいよなぁ、何度見ても」
聞くところによるとあの『ギャプラン』と『マラサイ』は、
ホアキン隊が上から試験運用を任ぜられた機体だという。
先日見せられたカタログ上のデータを見たときは開いた顎がふさがらなかったのを覚えている。
唯一、ファブリスは何か感じるものがあったのか、頭の片方にサッと手を当てていた。
頭痛かと思ったが、本人は既視感を感じたのだと言って聞かない。
彼はZAFT系の顔をしていたからだとその場では言い切っていたが、怪しいものだ。

 

彼は何か『知っていた』のではないだろうか?

 

ふと、そんなことを考えて頭を横に振る。
(彼奴とは一年近い付き合いだぞ? ロールアウトしたばっかりのMSを俺が知らないんだから……)
そう考えながら、彼は自分のウィンダムの胸元へ急いだ。

 

※※※※※※※

 

「ふぅ、こんなもんかな」
「やるな坊主。何処で覚えたんだ?」
「二年前は工業系のカレッジに通ってましたから、これくらいなら……」
キラ・ヤマトは、マッド・エイブスらと同じ油まみれの作業着を着て、
フリーダムの間接部に油を差し、時折コクピット部に移動してプログラムの確認などを行っていた。
元々、アークエンジェルのありもので補いつつ戦っていただけに、
彼の想像以上にフリーダムの状態は酷いものだった。
内部回路が一部にコゲがあったときは、ヒヤリとしたものである。
(よく生きてられたよね、僕)
ようやく、本格的に機体の修繕に取りかかれることと相成って、
面子の中でこの機体に一番詳しい彼も一緒に取りかかることになったのである。
修繕と言っても、外側のもう電気の通らないPS装甲を取り外して、
ザクと同じ材料から作った簡易的な装甲に取り替える事。
一部回路を二年前の旧式から今年の既製品に替えるだけである。
彼の被弾率が低い事も救いであったが、
フリーダムのパーツ開発ルートがもう存在しないのが主な理由だ。
「しかし、いいんでしょうか? ここまでして頂くなんて、僕……」
「いいって事よ。議長がOK出したんだし、貰えるもんは貰っとけ…?
 おい、お前等何やってる! そこはその色じゃねぇぞ!」
暗くなったキラの背をマッドは叩き、タラップの下にいたヴィーノ等若手連中に、
装着予定の装甲を早く塗装するよう怒鳴りつける。
張り手だっただけにジンジンと痛む背中をキラはさすりながら、
自分もその作業に加わるため近くの階段を駆け下りていくマッドの背を見、
マードックさんと気が合いそうだと、一方のキラはそう思っていた。
ただ、そんなことがあればその場に居合わせたくないとも同時に。
外の慌ただしい喧噪も心地よく聞こえ、彼は思わず微笑んだ。
「……『キラ・ヤマト』」
「…………!?」
ふと、聞き覚えのある声が耳に入り、反射的に顔を上げたキラは、
艶やかな金の髪を蓄えた少年がしゃがんで、
フリーダムのコクピットの中をのぞき込んでいるのに気づく。
どこかで、見たことがある。
確か、ミネルバの人たちとの顔合わせで会ったパイロットの少年だ。
記憶の扉をこじ開けながらキラは少年の顔をまじまじと見つめ、
「君は……?」
と、一言だけ言った。それしか喉から出てこなかった。
少年は、わからないかと言わんばかりの表情で目を閉じると、
立ち上がって、まるで仮面舞踏会で演技するかのように、言った。
「……こう言い換えた方がわかるかね? 『最高のコーディネイター』、キラ・ヤマト」

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第21話

 
 

「……ぁ、……ああ」
キラは、変わった声音にようやく気が付いた。この少年は……

 

『私にはあるのだよ! この宇宙でただ一人、全ての人類を裁く権利がなぁ!』
『知れば誰もが望むだろう、君のようになりたいと。君のようでありたいと!
 故に許されない! 君という存在も!』

 

キラは手に持っていたバインダーを取り落とし、後ろに後ずさりしようとしたが、
後ろがシートであり、ここがコクピットの中であることを再認識し、
体中の血液が抜けていくような不気味な感覚に包まれる。
「何で、あなたが。そんな! あなたは……」
「確かに殺した、か?」
少年の表情が戻り、声音も元の静かな声になっていたものの、
疑いようのない恐怖がキラの心を支配していた。
胃が緊張のあまり萎縮し、喉に何かがこみ上げてくる。
「俺のことが解るな、キラ・ヤマト」
少年、レイ・ザ・バレルは冷たい視線を向けたまま再び屈み、
「察しの通り、俺は『彼』と同じ存在だ」
キラのカッと開かれた眼を見て、動揺している確証を得たレイは、
再びフリーダムのコクピットをのぞき込むようにしゃがむ。
レイからしてみれば、目の前の青年は憎むべき存在、
排除するべき存在であるとして認識し続けた、『最高のコーディネイター』。
初めて顔を合わせた時、心の中にグラグラとしたものがこみ上げてきたのも事実である。
しかし、いまこうして再び相対してみると、
不思議と以前のような、殺してやりたい感情を抱かない。
(何故だ……?)
理解しようと思っても、できない。
一つだけ心当たりがあるとすれば、ステラをあの仮面の将校に引き渡した時、
シャア・アズナブル隊長に言った自分の言葉。あれがそうかもしれない。
~どんな形でも長く生きていられるのは幸せ
目の前の青年にそれを適用するべきか、それはまだ判別できないが、
彼を見たとき、アークエンジェルに乗っているクルー達の顔を思い出したのである。
自分が憎んでいるのは、本当に目の前で自分を怖がるこの青年なのだろうか?
(どうなん……だろうな……)
「……?」
レイは自分でも驚いていたが、キラと話をしてみようと思っていた。
タラップに腰を下ろし胡座をかき、ジッと彼の顔を見る。
キラも、レイから感じた殺意がだんだん薄れて行くのを感じ、
おそるおそるではあるが、彼の前に出た。
「お前は、俺が怖くはないのか」
「うん、ちょっとは」
ゆっくりとレイと同じように胡座をかいて、向き合う。
「君も、僕が人の夢を体現した存在だって思ってる?」
「ああ。この間までの俺なら、有無を言わさず……」
レイはキラの額を指で小突いて、
「ここに風穴を開けていただろうな」
「……そうだろうね」
キラの目がよどんだ色を含み始め、レイは違和感を感じた。
資料や、会った時の印象、先程の彼の様子から見ても、
こんな目をする男とは思えなかっただけに新鮮である。
「じゃあ、質問してみるけど、
 その『人類の夢』が、ただのモルモットでしかなかった……としたら?」
「な……!?」
レイは思わず声を上げた。
この男からそんな言葉が出てくるなどとは想定外だった。
最高のコーディネイター。ユーレン・ヒビキ博士の狂気の産物であり、
数多の犠牲者を苗床にして生まれた存在が、ただのモルモット?
「ふざけるな! そんなことあるはずがない!」
「僕だって、自分がそうだと思ったことは無かったよ、この間まで」
ユラリと、狂気にも似た何かがキラから発せられ、
自分たちしか持たないと思っていたモノを感じ、レイはグッと拳を握る。
キラはというと、脳裏に二年間を共にした『彼女』の姿を思い浮かべ、
同時に二年前、ラウ・ル・クルーゼと見えたメンデルの研究所も思い出す。

 

「エーゲ海で倒したフリーダムのパイロットが、言ったんだよ。
 『お前さえいなくなれば、僕が本物になれるんだ!』……てね」

 

「本物に……?」
「紛れもなく、僕の声だった。
 コレが意味するところは、君の方がよく知ってると思うけど?」
「…………」
そのパイロットが言った言葉が指すものは、
彼にとってよく理解できるものだった。
『キラ・ヤマトのクローン』
「察しが付いたみたいだね」
「ああ。……これでなおさら、
 貴様には生きていてもらわねばならなくなったわけだ」
「……?」
レイは一人だけで納得したように、立ち上がる。
キラは逆に慌てた。そっちからふっかけてきたのに、
一人で解決してはいさようならなど、出来るわけがない。
レイに対して恐怖を感じたことを忘れ、思わず彼も立ち上がっていた。
「生きていなければ? どういう事?」
「そのままの意味だ。
 『ラウ』は、俺たちの命を踏み台にして生まれた貴様を許せなかった。
 貴様を憎んでいる事で言えば俺も同じさ。
 でも、俺はラウのように貴様を殺そうとはもう思わない。
 ラウは、孤独だった。『ギル』と俺しか、本心を晒せる者もいない人だった。
 だが俺は違う。シンがいる、ルナマリアもいる。
 メイリンも、ノエミも、アスランも、ハイネも。……そして隊長も」
「仲間が、いるんだね?」
「……貴様に言っておく。
 俺は、彼奴等と共に新しい世界を造る。
 俺や……貴様のような子供が戦場に立つ必要のない、『太平の世』をだ。
 もし、貴様が彼奴等の足を引っ張るような事があったら、撃つ」
レイはそう言い切ると、キラに踵を返し、
ハンガーを後にして、エレベータへ入って行く。
キラは、首に巻いていたタオルを抜いて、溜めていた息を吐き出す。
恐怖は、消えていた。あの少年は、『彼』ではない。
ただ、心に一方的に何かを押しつけていくところだけ一緒で……
「ズルイ人だよ、やっぱり……」
キラはふっと、口元をゆるませた。

 

※※※※※※※

 

グォオオオオオオンッ!

 

本来、静寂に包まれるべき森の中で、
身体を震わせる轟音が巻き起こる。
地獄の獣の如きうなり声にも似た、巨大なエンジン音であった。
拘束具と称すべき数多のケーブルが、
空気の抜ける独特の音と共に外されて行き、
次第に漆黒の怪物の全容が姿を現し始める。
『GFAF-X1 デストロイ、起動完了。生体CPU、リンケージ良好』
生体CPU~パイロットはMSを動かすパーツに過ぎない。
人を人とも思わぬこの物言いに疑問を抱く人間はこの場にいなかった。
……ごく一部を除いては。
「あれが、ステラの……」
アウル・ニーダは、アビスを『ベースジャバー』と呼ばれているSFSに乗せ、
ネオらと共に先行して出撃し、ボナパルトの上空で待機していた。
ネオ、ファブリス、セリナらのウィンダムはすでに修理が完了し、
スティングは‘ダガー頭’という、
不名誉な称号を与えられたカオスを使い続けていた。
~目下の怪物には、ステラが乗っている
そう考えるだけで、苦しい。なんでこう思うのか、よくわからない。
弱者は死んで当然と、施設で教えられてきたはずなのに、
彼女とスティング、そしてネオ達を考えるとそうなってしまうのだ。
何でだろう?
そう考えたことはあっても、答えを求めたことがない、
と言うより、答えを見つける方法を知らないのである。
大人や、全うに育った同世代が見れば、それが『恋』『愛』であると見抜いたであろう。
だが不幸なことに、彼と親しい大人は鈍感であったし、
見抜ける人間は彼に教えようとも思わない連中ばかりであった。
そして、デストロイが動き出す。
ブースターから噴きだすガスは周囲の雪を瞬時に蒸発させ、
水蒸気が大量に発生するも、デストロイの噴射に吹き飛ばされ、
ボナパルトは水蒸気の煙に覆われる。
エアクッションの上を移動するかのように、なめらかに雪原の上を移動するデストロイを見て、
(あれでいい。アレ自身がステラを守ってくれる……)
アウルはそうやって自分を納得させる。
今になって迷うことなど自殺し以外の何ものでもない。
出撃したデストロイ上空に、魚鱗の形でMS部隊が居並び、彼もその中に入る。
三角形をイメージした配置で、目下のデストロイが底辺の中心とすると、
頂点にはロアノーク隊のウィンダム三機、そしてスティングとアウル。
右辺にはウィンダムを中心としたダガー部隊。そして左辺に、“例のMS”達を駆るホアキン隊。
これから都市を攻めるに際し、MSの数が少ないようであるが、
上層部からすればこれで十分との判断のようだ。
出撃から十数分の所で、吹雪の向こうに黒い影が現れるのを確認し、
MS部隊はその高度を下げてデストロイの上100m付近にまで接近する。
コンプトン級~ZAFTの新たな陸上戦闘艦である。
そしてその間の前方を、鶴翼の陣を敷いて徹底防戦の構えをとるのは、
ガズウートを中心とした砲撃部隊と、旧式ながら今なお陸戦の王者であるバクゥ部隊。
中には、ウィザードシステムに対応した改良型、『TMF/A-802 ケルベロスバクゥハウンド』も見える。
上空には、空戦用MSディンと、次世代空戦用機『AMA-953 バビ』がひしめいている。
「やはり張っていたか。右辺部隊は各機、敵空戦用MSへ集中しろ!
ホアキン隊は我々と共に地上部隊の掃討!
あの犬共は厄介だ、ここで仕留めるぞ!」
ネオの号令と共に、サッと部隊が散開し、各々の持ち場へと向かう。
その動きは赤道の連中とは遙かに‘出来’が違うと、アウルは素直に感心した。
ロアノーク隊とホアキン隊は地表へ近づき滞空するが、地上へ降り立つことはしない。
バクゥのエサ場に立つ愚行だけは是が非でも避けなければならず、かといって時間はかけられない。
短期でどれだけバクゥを葬れるかに全てがかかっていた。
と言うのも、デストロイはあの巨躯からくり出す火力は絶大だが、
見た目に違わずトロく、近接戦闘能力は皆無と言っていい。
それ故に、バクゥに足下に入られては困るわけである。
上空から見る限りでは通常のバクゥより、ハウンドをかたづけるべきだと、彼らは直感で思っていた。
中に、三頭ではなく、大型ブースター(ブレイズ)を搭載した高速戦使用や、
ビームと思しき軽量のガトリング砲(スラッシュ)を搭載したもの。
中には、四つ足の安定性を利用した、大型長距離ビーム砲(ガナー)を搭載したものまでそろっている。
「来るぞ……」
巨大なシールドを着けたような形状をした、
大型のMS『ギャプラン』のスウェン・カル・バヤンが、静かに言う。
アウルは、上空から降りながら、あることに気がついた。
このあたりは旧ポーランド・マゾフシェ県・オトフォツク。
ワルシャワにほど近いここには、ヴィスワ川が流れていたはず。

 

そして今は……冬だ。

 

「……そうだ!」
アウルはピンと来た。冬の寒さで凍った水の上は、
自動車が通れるくらい固まることがある。
ワルシャワ付近の冬時は平均でも-5°であり、凍結も進んでいるはず。
それに、ZAFTの連中は宇宙の出で、凍結した水の上の行軍など考えたことがないはずである。
訓練の段階で習うにせよ、この天候と視界、そして数の差も勘定に入れれば、
連中が判断ミスを起こして押し込んでくることは十分考えられる。
使える。アウルはそう判断するや、ネオのウィンダムに近づいていった。

 

※※※※※※※

 

プラント最高評議会、並びにフランス都市駐留軍経由で、
旧ポーランド西側地区が現在地球軍の侵攻により壊滅的打撃を被り、
旧チェコ・リベレツ州まで、すでに地球軍の手が伸びているという情報が入ったのは、
ワルシャワ南方での戦闘からわずか数時間後の事であった。
「ベルリン東部駐留部隊が、30分もせず壊滅!?」
ギルバート・デュランダルは愕然となって事務官の報告を聞いていた。
信じられない。その一言だけが彼の顔に表れていた。
あの部隊は、バクゥを中心とした陸戦においてもかなりの戦果を誇った部隊。
そうやすやす突破されぬはずが……、たった30分で?
「信じられんな、彼らとあろうものが凍った川に気が付かんとは。
 旧ポーランド、ヴィスワ川を知らぬはずがないのだが……」
報告に寄れば、バクゥ部隊は突如後退の姿勢を見せた敵MAとMS部隊を追撃し、
白い雪原が広がるあたりに差し掛かったところ、突如地面が割れたのだという。
燃料負担を減らすためバクゥの大半をコンプトン級に収容していた事。
そして、敵のほぼ全てが地上から離れていたことが、
自分たちがすでに凍った川の上だと気づくのを遅らせた原因となったらしい。
加え、悪天候でレーダーの効きが悪く、測位システムに不具合がでたのも。
コンプトン級が割れた川に足を取られ、沈みはしなかったものの移動できぬようになり、
バクゥが次々と発進したが、それも敗北を招く結果になった。
バクゥも小型とはいえMSである。薄い氷の上に立てばどうなるかぐらい予想が付く。
「彼らは凍った川に足を取られ撃たれるもの、
 機体が凍り付きそのまま沈んでいった者が続出したと……」
事務官は、次に敵MAに関する報告を挙げた。
執務室卓上のモニタの映像には、
穿たれ焼けこげた地面と都市が広がり、無惨な光景をつくり上げている。
「侵攻していた敵MAの攻撃によるものです。
 評議会はベルリン西方の駐留軍を撤退させ、
 フランスへ戦力を集中させるべきと言っておりますが?」
評議員達がそう思うのもうなずける話であった。
連合側は、攻め込んだ都市を悉く灰燼と帰さしめ、
降伏勧告も行わず、聞き入れなかった。正気の沙汰とは思えない攻撃だった。
『殺一警百』
一人を無惨に殺し、百人に警告する意の言葉だが、
それすら当てはまらぬ一方的な虐殺である。
デュランダルは少し間をおいて、手を組み額を乗せる。
こんな事が可能なMAを敵が投入してきた以上、選択は絞られる。
撤退するか……コイツを撃破するか。
「彼らを、使うしかないか……」
もはやプラント民衆から『英雄』と呼ばれるに至った、
彼らの艦を出すしかないと、彼は苦悩する頭の中から考えをひねり出した。

 

シャア・アズナブルは、ブリーフィングルームにパイロット全員を呼び集め、
加えて客将であるキラも参加する形で、簡単なミーティングを行った。
補給と甲板の修理を終え、発進体制に入れるようになっていたミネルバに、
基地上層部から命令が下り、基地を後にしたのはちょうど昨日の事で、
今現在ミネルバはフランス北東・ロレーヌ地域圏を通過する途上にあった。
下りてきた情報に寄れば、オトフォツクでZAFT地上部隊を撃破した連合は、
そのまま南下してワルシャワを強襲し、南西・旧チェコのプラハをも襲撃。
ワルシャワ歴史地区、ヴィラヌフ宮殿や聖ヴィート大聖堂、プラハ城に天文時計。
ブレイク・ザ・ワールドを免れた世界的遺産が、
罪もない一般市民もろとも、地球軍の業火に焼かれた。
さらに南、オーストリアへ向かうと思われた敵のMAは、
急に北方に進路を変え、ドイツに向かい始めたとの情報が入り、
フランス・オーヴェルニュ地域圏で東に進路をとるはずだったミネルバは、
北東のドイツ方面へ方向転換することとなったのである。
ミネルバの航行速度と、情報から推測した敵部隊の進行速度からすると、
あと一日たらずで先端が開かれることは間違いない。
「我々は、旧ルクセンブルクで駐留中の、
 ZAFT第二地上攻撃部隊と合流後、旧北ドイツ平野を抜け、ベルリンへ向かう」
シャアが提案したのは、ドイツ中央山地を避けてベルリンへ向かうルートであった。
というのも、ドイツ中央山地を抜けようと考えるなら、コンプトン級は不向きなのである。
悪路に強くとも、狭い山間部を通る時は『鉄の棺桶』化する事を覚悟しなければならない。
ガルナハンゲートのように、そこしか選択肢がないのならまだしも、
今回は当方の損害が増えるルートを採用できないのが理由である。
シャアはここへ集まっている皆の顔を、見渡した。
皆、北東で会うであろう強大な敵を想像しているのか、
ピリピリと、火薬庫を思わせる感覚につつまれている。
特に、アスランとハイネ両名は顕著であった。
彼らは後方に座り、二つ三つしか違わない年若組の背中を見、何かを決意している風である。
シン達年若組も、ルナマリアが復帰したてと言うこともあり、
アスラン達とは少し違う緊張を孕んでいた。すると、
『艦内各員へ、ルクセンブルク前線基地まで……』
「そろそろか……。よし、これで解散する。
 各々、搭乗機の最終チェックを怠るな」
「「「 了解! 」」」
艦内にメイリンの声が響き、シャアは皆に解散を告げると、
資料をまとめてブリーフィングルームを後にした。
これから、ルクセンブルクに駐留する部隊の司令官との対面だ。
その打ち合わせのために艦長室に向かったのである。

 

作戦前の緊張した時間というのは、楽しい時間を過ごしているときと同じで、
いつの間にか長い時間が経っているものである。
ルクセンブルクに止まったのはわずか一時間足らずであり、
ミネルバはコンプトン級陸上艇『スティーブンズ』と共に早々と出立し、
ドイツ平野を抜け、ベルリン郊外に差し掛かっていた。
シャアがブリーフィングを解散してから約半日以上が経過し、
あたりは夕暮れが近づきあかね色に染まり始めている。
「すご、MSのセリをやってるみたい……」
ルナマリア・ホークは、目下に広がる光景を見てそう零した。
ルクセンブルク駐在部隊の構成は、ポーランドで壊滅した部隊と同じ、
バクゥを中心に編成された地上部隊と、バビで編成された空戦部隊で成り立っている。
20機以上のバクゥと、15を越える数のバビが居並ぶ様は、圧巻と言うほか無かった。
「これなら案外早くカタがつくんじゃないかしら?」
「油断しない方が良いよ、ルナ」
少々楽観的に考えたルナマリアであったが、ザクの肩を叩くカオスに気づき、ノエミが言ったのだと知る。
「オトフォツクじゃ、コレの倍の連中が30分でやられたって話だもの」
「わかってるわよ! 考えないようにしてたのにぃ!」
ルナマリアは、正直言って怖かった。今までの作戦以上に。
今までも、たった一隻で幾度も難局にぶちあたって来た訳だが、
今回は格段に恐ろしい相手が、あそこで待っている気がする。
だからこそ、楽な方へ考えようとしていたのに!
「もう、何でそんなこと言うのよ!」
後ろでキャイキャイ言い始めた女子二人を、
シン・アスカは呆れながら諫めようとしたが、横から近づいたハイネに止められる。
「ハイネ?」
「……今に口も開けなくなる。
 それまでは喋りたいだけ喋らせてやりな」
声音はいつものような軽さであったが、
普段見せることのない『凄み』が奥底に込められており、シンは押し黙る。

 

そして、ZAFT軍MSに異変が起こり始めるまで、そう時間は掛からなかった。

 

「あれ? レーダーが……、何で!?」
シンは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
索敵レーダーが砂嵐に包まれたのである。
不調を知らせようと通信装置のスイッチを押しても、向こうから聞こえるのはノイズのみである。
……何かが、おかしい。シンは辺りを見渡してみた。
不調が起きたのはシンだけではなく、皆がそうであった。
ミネルバ、スティーブンズを始め、バクゥもバビも、
レイとルナ、ノエミもアスランも動きを止め、何が起きたのか解らずに右往左往している。

 

ただ、二人だけを除いて…………

 

オレンジのグフが、ゆっくりと赤いザクに近づき、『お肌のふれあい回線』を開いた。
「シャア、こいつぁ……」
「間違い無い、『ミノフスキー粒子』だ。
 ここでこんな濃度になるまで散布できるとは……迂闊だった」
シャアとハイネであった。
シャアは言わずとも良く、ハイネも数ヶ月前に一度『コレ』を味わっている。
「なぁ、それって航空機からばらまける代物なのか?」
「砲弾に詰めて発射させることも、
 船体に仕込んでおいて噴射させることも出来るぞ」
「……便利なこって」
そう言って二人は上空を見上げる。……ベルリン周辺にそうやってばらまくとすれば方法は二つ。
宇宙から地上へ、HLVか何かに詰めて空中で爆破するか……
「大型輸送機、か」
ハイネは、一機の巨大な輸送機が、ベルリン上空に向かっているのを発見した。
十一時の方向に見える輸送機は、北からベルリンへ向かっている所であり、
今日の風向きは、西だ。
そして、輸送機がベルリン上空に差し掛かったとき、一つの影が市街へ落下していく。
強力なジャミングの中で、できる限りの望遠でその姿を確認した二人は、言葉を失った。
「あれは……!」
「おい、冗談も大概にしろよ……」

 

※※※※※※※

 

ステラは、周囲に広がる焦土を見回しながら、
人々が自らの子、親を抱きかかえながら逃げまどう姿を見て、まるでアリンコの様だと思った。
そしてまた、紫色のブンブンと廻りを飛び回るハエのような奴らが、
自分の前に立ちふさがり、彼女は不快な気分になった。
ハエの向こうには、わんこがウロウロと建物の間をはね回り、隠れては現れてを繰り返す。
「こいつら、みんな……敵!」
ZAFTが行くところには『死』が。
その先入観に再び取り憑かれた彼女は、
ディオキアと、白くて明るい部屋で会った『彼ら』をおもいだす。
「こいつらがいる……れいも、しんも、るなも死んじゃう。
 アウルも! スティングも! にーにーも! お姉ちゃんも! ネオも! みんな!
 …………そんなのダメ!」
ステラは『デストロイ』の上部に備えられた、
巨大な二門のビームキャノンにエネルギーを廻し、
照準を地べたで駆け回るわんこ達に合わせようとする。
しかし、けたたましいブザーとともにロックオンは解除され、
「何で!?」
苛立ちながら計器を見ても、砂嵐が映るだけで何も指名していなかった。
「ネオぉ!」
彼女は慕う人間の名を呼ぶが、応答もない。
すると、彼女の思うところを解ってくれたのか、
マゼンダのウィンダムがそっとデストロイに近づいて触れる。
「どうかしたか、ステラ?」
「おかしいの、みんなと話せないし、彼奴等を攻撃できないの」
「ああ、わかってる。
 今、みんなが解決するために働いてる。何も心配は要らないよ」
ステラはネオの言葉に安心感を覚えたが、
ふと目に入ったサブモニタの映像を見て、背筋に何か寒い感覚が走るのを覚えた。
彼女がそれを感じるのと同時に、紺のウィンダムが二人に近づいてくる。
「大佐、敵の増援です。上空1200!」
ネオははっとなって上を見上げ、ステラはさっきのサブモニタを見た。

 

何かが、降ってくる。
どす黒くおぞましい『何か』を内包した、
怪物じみているモノを放つ存在が、ここめがけて落ちてくる。

 

数秒後、わんこやハエ達とステラ達の間に、
巨大な物体が落下して、凄まじい量の煙を巻き上げた。
ビリビリと感じる『プレッシャー』は、ステラの心を押しつぶすように覆い被さり、
「う、うぁああああああああ!」
ソレを振り払うように、ステラは落ちてきた其奴めがけてビームキャノンを発射した。
都市を焦土に変え、数多のMSを蒸発させてきた赤い奔流が、
煙を吹き飛ばしながら其奴へと向かっていき…………
「え…………?」
ステラは、目の前でまばゆい光を放ちながら、
赤いビームが周囲へ拡散して行く光景を見つめていた。
落下してきたそれの廻りには、白とも緑ともつかぬ色の光で覆われており、
それにはじかれるようにして、ビームは曲がってあらぬ方向へ飛んでいく。
「何……?」

 

ステラは知るはずもなかった。
目の前に降り立ったそれが、
『クィン・マンサ』とよばれる最大最強のNT専用MSだという事に。

 
 
 

第21話~完~

 
 
 

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