アマルフィ家にリビングでは、フレイとニコルの母のロミナ・アマルフィがソファに座って、モニターを見つめていた。
ロミナ・アマルフィを一目見れば、ニコルが母親似と分かる程、可愛らしい女性だった。しかし、その可愛らしい顔は、微かに眉を顰めていた。
原因はモニターから流れて来る、ニュースが原因だった。内容は地球軍批判の放送だった。
ロミナとて、今回の事件で怒りは有れど、戦争を長期化させるような事をすべきでは無いと、自らの伴侶が言う事と同じ考えを持っていた。それに息子のニコルが軍人でもあるのだから、心配なのだ。
フレイは、そんなロミナの表情を見て、ニコルの心配をしているのを感じたのか、気を使うように声を掛けた。
「おばさま……」
「フレイさん、何?」
ロミナは、フレイの方に顔を向けると微笑んだ。
フレイにはロミナの表情が痛々しく感じられた。そして、そんな心配をしてもらえるニコルが羨ましく思える。
「……ニコルもアスランも行っちゃいました……。このままじゃ、みんな……」
「……あなたは心配しなくてもいいのよ」
フレイの悲しげな表情に、ロミナは母親の貫禄なのか、彼女を勇気付けるように気丈にも微笑んだ。
しかし、フレイにもロミナの優しい心遣いが感じ取れるのか、薄っすらと瞳を潤ませながら言葉を続ける。
「……でも、二人とも私の事、ナチュラルの私を友達って言ってくれたんです。私だけ、何も出来ないなんて……」
「……そう」
「私、地球に戻ったら、パパに戦争を止めるようにって、言います」
「……ええ」
フレイの言葉に、大人の世界はそんな甘い物ではないと知りつつも、ロミナは自らの息子と、その友達を心配してくれるナチュラルの少女の想いを知り、フレイを抱きしめた。
「約束したんです……。それから、戦争が終わったら、また会おうって……。こんなの間違ってる……」
「……早く戦争が終わって、平和な時代が来ればいいのにね……」
自分の胸で頬を濡らすフレイの呟きに、ロミナも瞳を潤ませた。
母の言葉は、戦場に赴く者の家族や恋人の願いその物だった。
アークエンジェルの格納庫の片隅では、戦闘訓練をしているキラを除いた少年達がコンピュータを使い、ストライク用の仮プログラムを組む為の作業が行われていた。
端末でストライクから抽出した、エールのプログラムのチェックを行っているトールが、サイに声をかける。
「なあ、サイ!そっちの進み具合はどうだ?」
「まだ時間が掛かる。待ってくれ」
「それにしても、大変だね」
「だって、軍事用のプログラムですもの」
サイはランチャーのプログラムをコピーし、プログラムのチェック作業を行っていた。
サイをバックアップするような形で作業を手伝っているカズイとミリアリアは、同じ姿勢を続けて取ってる為か、体を伸ばす。
エールのプログラムは、あまり弄る必要が無いと思われたので、トール一人で済ませたが、ランチャーに関してはアグニのデータを削除する為のチェックがあるので、エール以上に時間が掛かっていた。
サイは二人の言葉を実感しながらも、少し作業の手を止め、自らも一度体を伸ばすと、口を開く。
「それでも、元からある、エールとランチャーのプログラムを基礎にして組み直せばいいんだから、大分、助かってるよ」
「そうだな……」
トールは作業の大変さに頷きつつ、呟いた。
そこへ、訓練を終えたキラがやって来た。
「――みんな、お待たせ!手伝うよ!」
「おっ!キラ、お疲れさん!」
「キラ、お疲れー」
「お疲れ」
「キラ、お疲れ様。もう少し、ゆっくりしてていいのよ」
それぞれが、キラに声を掛けると、最後にミリアリアが気を使うように言った。
キラはミリアリアの気遣いに、感謝しながらも悪い気がして、濁すように口を開く。
「でも、みんな頑張ってるし……」
「キラ、たまには僕達にも活躍させてよ」
「カズイの言う通りだ。まずは、シャワーでも浴びて来いよ」
キラの言葉を聞いたカズイが、珍しく自己主張をすると、サイが頷く。
「……うん。みんな、ありがとう」
「ほら、行ってこいよ」
キラは、みんなの気遣いに心が暖かくなり、感謝した。
トールがキラの背中を叩くと、キラは訓練でべとついた汗を流す為にシャワールームへと向かうのだった。
軍本部の命令により、生存者の捜索を打ち切った、レイ・ユウキ率いる捜索隊とユン・ロー隊は、ユニウスセブン宙域を離れ、一路、地球衛星軌道上を目指していた。
部屋で泣くだけ泣いたアスランは、そのまま眠りに落ちていた。目を覚ますと、艦は既にユニウスセブン宙域を離れていた事に気付き、ブリッジにやって来たのだった。
「ユウキ隊長、我々は、どこに向かっているのですか?」
「アスランか。我々は地球衛星軌道上を目指している。補給と敵将兵の移し替えの為に遅れているガモフと、じきに合流する手筈だ」
「……敵将兵?……ガモフと合流?」
ユウキはアスランの姿に、一先ず安心したのか、少し安心したようだった。
何も知らないアスランは、ユウキの言葉に困惑した表情になると、ユウキが躊躇いがちに事実を告げる。
「……君は知らないだろうが、ガモフが拿捕した地球軍艦艇がシルバーウインドを攻撃したと言う事だ」
「――!」
アスランはユウキの言葉に愕然としながらも、地球軍に対して、どす黒い程の憎しみが湧いて来る。拳を硬く握り締め、怒りに肩を震わせながら口を開く。
「……それで……命令の内容は、そのような物なのですか?」
「我々に下されたのは、衛星軌道上での敵艦隊、迎撃の命令だ」
「……敵艦隊の迎撃!?……父上は、なぜ、このタイミングで?」
アスランも、地球軍が衛星軌道に展開していない事は知っている。何故、このような作戦を取るのか、父の真意が分からなく、困惑する他無かった。
ユウキは作戦の内容を把握している為、アスランのような事は無かったが、渋い表情を見せる。
「些か、事を焦り過ぎている気がするが、今回の一件で、プラントでは地球軍に対して、感情が爆発してとの対応らしい」
「……」
プラントの人民達が、このような行為に及ぶ地球軍に対して、アスランと同様の感情を持つのは納得するしかなく、アスランは言葉も無く頷いた。
そんなアスランの様子を見てか、ユウキは心配するように声をかけた。
「……大丈夫か?」
「……はい。ご迷惑をおかけしました……」
アスランは、ユウキの心遣いに、改めて探索中の命令無視を詫びた。
ユウキもそれを受け入れ、アスランを勇気付けるように言う。
「……そうか。……辛いだろうが、自分を見失わぬようにな」
「……はい」
アスランはユウキの心からの言葉に感謝の想いを抱きつつ、神妙な面持ちで頷いた。
ユウキは、この話は此処までと区切るように表情を切り替えると、モニターにマップを映し出す。
マップには集結ポイントと思われる箇所が赤く点滅していた。
ユウキは点滅している箇所を指差すと口を開く。
「衛星上集結ポイントで、君のモビルスーツを持ってニコルも合流するそうだ」
「ニコルが?ヴェサリウスも来るのですか?」
「いや、クルーゼ隊は、二手に別れてヴェサリウスは、他の隊と共に月に向かう」
「月!?地球軍月基地ですか!?」
予想以上の作戦の規模に、アスランは驚愕の表情に変わった。
父が最高評議会のメンバーであり、自身がザフト軍の赤服と言う立場で、少しは他の兵士よりは核心に近い場所に居ると思っていたが、自分か末端の兵士でしかない事を改めて感じる。
自分の知らない処で、何かか大きく動いている事に恐ろしいと思った。
「互いに引く事の出来ない戦いになるな……」
ユウキは苦渋を含んだような感じで言葉を吐いた。
アスランはユウキの言葉から、この戦いで予想以上に多くの戦死者が出るのを感じ取るのだった。
ハンガーに立っているストライクのコックピットからは、何本ものケーブルが延びていた。
コックピットでは、キラとアムロがエール装備でランチャーのショルダーパーツを取り付けた際に生じる、機体バランスの調整を行い、ストライクの足元では、少年達が端末を使い、プログラムを組んでいた。
「ランチャーのアグニのデータは、本当に切り捨てていいんだよな?」
「ああ。必要ないから、削除してかまわない」
ランチャーの仮プログラムを組んでいたトールが、確認の為にサイに聞き直すと、サイは頷いた。
「ねえ、操縦系のプログラムさ、こんな感じでいいの?」
「ん?見せてみて」
サイの傍では、エール、ランチャーの同時使用の為に、操縦系プログラムの見直しを手伝っていたカズイがミリアリアに聞いたりと、作業は大変な物だった。
コックピットの中にいるキラがキーボードを叩き終えると、チェックしてもらう為にアムロを呼ぶ。
「アムロさん、機体バランスなんですけれど、こんな感じでどうですか?」
「ん……。まだ、バランスが悪いな。駆動系とバーニアをもう少し弄くって、エールやランチャーとは別プログラムとして使い分けるしかないか……」
「……そうですね。やっぱりエールのプログラムだけじゃダメですから、新しい兵装として登録します」
身を乗り出しながら、コンソールのモニターを見るアムロの言葉に、キラは頷くと、再びキーボードを叩き出す。
アムロは、キラのキーパンチの早さに苦笑しつつ助言をする。
「その場合は、どちらかの装備を切り離した時に、すぐにプログラムが切り替わるようにしておけ」
「分かりました」
キラはキーを叩きながら頷くと、アムロはコックピットから離れる。
丁度、その時、ストライクの足元から、サイがキラを呼ぶ。
「キラー!仮組みしたプログラム送るから見てくれ!」
「うん、分かった!いいよ、送って!」
キラが大声で答えると、組まれた仮プログラムがコンソールモニターに表示され、凄い勢いで画面がスクロールされる。
画面を見つめながらキラがチェックをしていると、サイがコックピットにやってきた。
「どうだ、キラ?」
「うん。……まだ、弄くらなくちゃいけないけれど、大体いいと思うよ」
サイは、キラ言葉を聞くと、ストライクの足元に居る仲間に向かってOKの合図を送ると、確認したトールが嬉しそうにガッツポーズをした。
「おっしゃ!」
「でも、まだ仮組みだからね」
「カズイ、喜びを削るなよぉー」
「フフフ――」
カズイがニヤニヤと笑いながら水を差すような事を言った為か、トールは疲れたように文句を言うと、ミリアリアは苦笑した。
ストライクの足元では、そんなやり取りがされていると、ナタルがやって来た。
「調子はどうだ?」
「バジルール少尉!」
「いや、敬礼はいい。全員、食事もしてないのだろう?パイロットルームに食事を用意させた」
突然の来訪に驚いたのか、トールは直立不動で敬礼をすると、ミリアリアとカズイもそれに倣おうとするが、ナタルは、それを制して真面目な顔で言った。
丁度、ストライクのコックピットからアムロが降りて来て、ナタルに声をかける。
「気を使ってもらってすまない」
「――いいえ!……アムロ大尉もどうぞ」
「ああ、ありがとう。みんな行こう」
ナタルはアムロの顔を見ると、通路でのやり取りを思い出したのか、頬が赤く染まる。
アムロは素直に頷くと、コックピットに居るキラ達を呼び、パイロットルームへと向かうように指示を出す。
トールが我先にと、駆け出して行くのが見えた。
通路に出てパイロットルームに向かうと、扉の脇に食料運搬用のコンテナカートとラクスが待っていた。
ラクスは少年達を見つけると、優しく微笑む。
「皆さん、お疲れ様です」
「もしかして、そのコンテナ、一人で運んで来たの?」
コンテナカートは、女の子一人で運ぶには少し大きかった。
トールは、コーディネイターであるラクスが一人で運んで来たのかと疑問に思い、聞いてみると、ラクスは首を振り、嬉しそうに答える。
「いいえ、バジルール少尉に手伝っていただきましたわ」
「へー」
トールとカズイが感心したように声を上げると、ラクスがコンテナを開けて中からトレイに盛られた食事を手渡して行く。
その脇では、ハロが飛び跳ねながら、楽しげな声を上げていた。
「さあ、どうぞ」
「マイド!ヘイ、オマチ!」
「ありがとう」
少年達は、食事を受け取ると部屋の中に入って行く。
ミリアリアは食事を受け取ると、ふと、立ち止まってラクスを見つめる。
ここ最近は、ラクスと共に食事を取る事が多い為、一人で食べるのは寂しいのではと思い、ラクスに聞いてみた。
「……ねえ、戻って食べるの?」
「いいえ。皆さんと一緒に、ここで食べるのを許可をして頂きましたわ」
ラクスは本当に嬉しそうに満面の笑みを湛えながら答えた。ラクスにとっては、ミリアリア達と共にする食事は、とても楽しい時間なのだ。
「本来なら、このブロックは彼女は立入り出来ないからな。だから私が着いて来ている」
ラクスの言葉を補足するように、後ろに居たナタルが口を開くとミリアリアはナタルを見つめると、ナタルが不思議そうな表情をした。
「……なんだ?」
「……バジルール少尉。やっぱり、優しいですね」
「私も、そう思いますわ」
ミリアルアが嬉しそうに言うと、ラクスも同じように微笑みながらナタルに言った。
ナタルは少し恥ずかしそうにしながら、口篭る。
「……これは、艦長が許可を……」
「と言う事は、バジルール少尉も一緒にするのだろう?」
アムロは楽しそうに彼女達を見つめつつも、ナタルに助け舟を出す。
ナタルは助かったとばかりに、アムロの方を向く。
「あ、はい。ご一緒させていただきます!」
「なら、食事にしよう。君も、早く入るといい」
「はい、ありがとうございます!」
アムロはナタルに微笑みながら言うと、ラクスにも声を掛け、食事を受け取り、ナタルと共に部屋へと入って行く。
ラクスは微笑みながら、最後尾にいたキラの目の前に優しくトレイを差し出した。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう。良かったね」
キラはトレイを受け取ると、嬉しそうにラクスに微笑む。
心の中では、同じコーディネイターであるラクスに、みんなが寛大で居てくれる事に、とても感謝した。
「はい!」
ラクスはキラに嬉しそうに返事をすると、可愛らしく微笑む。
キラはラクスの愛らしく、柔らかい微笑みに見とれたのだった。
アークエンジェルのブリッジでは、ナタルの代わりに、キラの指導を終えたムウが席に着いていた。
ムウは手持無沙汰からか、マリューの方にやって来て、穏やかな表情で声を掛けた。
「なんかさ、静かだな」
「そうですね」
マリューも微笑みながら、頷く。
実際、ユニウスセブンでの戦闘以降、艦内ではラクスの事以外では、少年達を正式にクルーとして受け入れた事位で大事に至るような出来事は無かった。
「なあ、いい感じで艦内が纏まって来たと思わないか?」
「ええ」
ムウの言葉に、マリューは、ふと、ナタルからの相談事を思い出す。
彼女の微妙な表情の変化を見抜いたムウは、マリューを正面に見据えると口を開く。
「その割には、まだ問題山積み。って、感じの顔してるぜ?」
マリューは、顔に出てしまったのかと、手で少し頬を撫でると、溜息を吐いて頷いた。
「おいおい、溜息吐いてると、幸せ逃げちまうぜ」
そんなマリューの姿に、ムウは茶化しながらも微笑む。
マリューは、少しでも肩の荷を下ろそうとしてくれる、ムウに感謝しながらも苦笑いを浮かべた。
――彼ならアムロ大尉の事も知ってるし、相談しても構わないかしら……。
「……ちょっと、いいですか?」
マリューは、耳打ちでナタルからの相談事を打ち明けた。
「……ああ、そう言う事か……。俺も忘れてたぜ……」
ムウは苦々しい表情に変わると吐くように呟いた。
このまま基地に着けば、νガンダムの事も有り、アムロは確実に拘束され、尋問を受ける事になる。自白剤や拷問紛いの行為も考えられる。
いくらアークエンジェルを守ったからと言って、軍は甘い場所では無い。ましてや、損得勘定をしている連中が多い軍上層部が、アムロのような存在をそのままに置くのは有り得なかった。
マリューは、目を伏せながら、困ったように口を開く。
「……あれだけ助けて貰ってますから、どうすればいいのか、分からなくて……」
「……ああ。俺も、ここまで世話になって、あの人を裏切る真似はしたくねえよ。……もしかしたら、お姫さんよりも厄介な問題かもしれないな……」
ムウも同じ戦場で共に戦った事で、アムロの事を仲間だと思っていた。出来る事なら助けたいと心から思い、マリューと共に、思案を廻らすのだった。
地球連合軍プトレマイオス基地は数分前から慌しく動いていた。
第八艦隊司令官用室に扉をノックする音が響く。
「うむ、入れ」
ハルバートンが返事をすると扉が開く。案の定、ホフマンだった。
ホフマンは敬礼をすると、部屋に入り扉を閉め、ハルバートンの前までやって来る。
「失礼します。閣下、アラスカから出撃要請が出ております」
「やはり、泣きついてきおったか。準備は済んでおろうな?」
「は!抜かり無く」
ハルバートンは地上の将校達に呆れながらも、ホフマンに聞き返すと、ホフマンは力強く答える。
「うむ。では、乗員が乗り込み次第、出撃する」
ハルバートンは頷くと立ち上がり、命令を発するのだった。