CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第25話_後編

Last-modified: 2007-11-10 (土) 18:21:55

朝を迎えた砂漠では、陽が上がってから数時間経ち、ジリジリと気温が上昇し始めていた。
 既に外で作業をするにはかなり厳しく、ラゴゥの攻撃で破損したアークエンジェルのスラスターの修理は、主に日の落ちた時間を使い行われている。
 徹夜での作業を終えた整備兵達が疲れた顔を見せながら、ぞろぞろと二番カタパルトデッキの方から格納庫の中へと戻って来ている所だった。
 その反対側、一番カタパルトデッキにはスカイグラスパー二号機がテスト飛行の為の発進体勢へと入り、エアロックが徐々に閉じられ、その機体を隠して行く。

「スラスターの方はどうだ?」
「まだ修理は掛かりますけど、ストライク程じゃ無いですよ」

 スカイグラスパーを見送ったマードックが、戻って来た整備兵達に声を掛けると、その班を纏めている、やや若めの整備兵が足早に近付いて来て答えた。
 マードックは腰に手を当てながら頷くと、ストライクの修理に人員を割く為に聞き返す。

「そうか、何人かストライクに回すが良いか?」
「ええ。スカイグラスパーの方は?」
「昨日のうちに終わっちまったよ。あいつらはエールパックの方をやらせてる」
「どのくらい掛かりそうですか?」
「パックの外装交換と右のサーベルマウントのユニット交換だけだ、そんな掛からん。νガンダムもパーツ洗浄と簡単な整備だけだから助かってるんだが……」

 顔を顰めながらマードックは答えると、ハンガーに収まっているストライクとνガンダムを見上げた。
 ストライクは修理に少なくとも三日程掛かる予定となっているが、それ以上に性質が悪いのは、実はνガンダムの方だった事が整備中に判明した。
 νガンダムの駆動系のパーツはヘリオポリス以前からの激戦が祟り、金属疲労が確実に限界へと近付きつつあった。
 特に右腕の駆動系はサーベルを振るう事が多かった為に磨耗が激しく、いずれは反応速度が著しく落ちたり、最悪、動かなくなる事も考えられた。
 全ては予備パーツが無い為にこの様な事となっているのだが、指折り数える程の戦いならば、まだ誤魔化しながらでも運用する事は可能ではあった。
 しかし、戦闘内容いかんに因っては二、三戦で限界が来ても可笑しくないのが現実と言える。
 整備兵はマードックと同じ様に、並ぶ二機を見上げた。

「ストライクは第八艦隊からの補給が利いてますね」
「ああ。だが、こんな時だからこそ、一番欲しかったのは人手なんだけどな。……νガンダムはパーツが無いから、どうしようもねえ」
「ですね……。今更ですけどモルゲンレーテも、良くワンオフでνガンダムを造らせましたね。どっちかに規格を合わせて造れば、こんな苦労は無かったのに」
「……俺達が文句言っても仕方無いだろ」

 愚痴を零す整備兵に、マードックは厳しい視線を投げつつ答えた。
 以前から、νガンダムの駆動系などの箇所は他の者達に任せる事も多かったが、コックピット周りだけはマードックが整備を担当し、誰一人、中へ入る事を禁止していた。
 その為、アークエンジェルの整備兵達は謎が多いνガンダムの話題で度々盛り上がっていたが、マードックが凄味を利かせて話を揉み消すと言う事を繰り返した為に、ある意味、表立ってこの機体の話をする事はタブーとされている。
 だが、整備をする彼らからすれば、パーツ等に記されたアナハイム・エレクトロニクスと書かれた文字に、自然と目が行くのは当たり前の事だった。
 上司の視線に肩を竦ませた整備兵は話を変えるつもりが無い様子で、以前から疑問に思っていた事を口にした。

「まあ、そうなんですけどね。それよりもアナハイム・エレクトロニクスって聞いたことありますか?」
「……さあな」
「やっぱり、νガンダムってモルゲンレーテが、そのアナハイム・エレクトロニクスって所に造らせたんですかね?とにかく凄いとしか言い様が無いですよ。
 でも不思議なのが、アナハイムって、北アメリカのアナハイムでしょ?大西洋連邦の勢力下だし、こんなの造れる企業があるのに、お偉いさんは何でわざわざ、ストライクの発注をモルゲンレーテなんかに出したんですかね?」

 真実を言う訳には行かないマードックは濁す様に答えると、整備兵は更なる疑問をぶつけて来た。
 アナハイム・エレクトロニクスと言う社名に都市の名が入っている事を考えれば、北アメリカのカリフォルニア州アナハイムにある事は間違い無いのだろうが、生憎この世界にはそんな企業は存在していなかった。
 やたらと知りたがる部下に、マードックは苛着いた様子で怒鳴りつける。

「俺が知るかってぇの!それよりもストライクの武装を充実させるぞ。予備のアグニを組み立てるか、搬入された物資の中にあるバスターの武器を装備させようと思うんだが、どう思う?」
「……どっちにしても組み立てなきゃならないのか……。ええっと、三五〇mmガンランチャーに九四mm高エネルギー収束火線ライフル……。二つを接続しての砲撃も可能ですか……。面白そうな武器ですね」

 整備兵はνガンダムの事に対しては「やっぱりか」と言った顔付きで、マードックが差し出して来たバスターの武装マニュアルに目を通した。
 マードックは整備兵からストライクへと視線を戻して口を開いた。

「特にバスターの三五〇mmガンランチャーは面制圧するには打って付けだ。X-ナンバーが出て来ないなら、今のストライクに装備させるだけの価値はあると思うんだがな」
「……それなら一二〇mm対艦バルカン砲もある訳ですし、ノーマルのランチャーストライカーでも良いと思いますけれど」
「俺はな、エールを使う事を前提で言ってんだよ。今のエールにランチャーストライカーだと、地上で使うにはバランスが悪すぎる。左肩に何か装備させりゃ良いんだろうが、重量が重くなるばっかりで機動性が落ちちまうからな。
 だが、バスターの三五〇mmガンランチャーなら、実弾だが広範囲に弾が散らばる。敵の数が多い時は、エネルギーを喰いまくるライフルよりも使い勝手は良いはずだ」
「……ああ、なるほど。ショットガンですか」
「そう言う事だ」

 考えを聞いた整備兵は、用途が近い武器を思い出して納得した様子で聞き返すと、マードックにニヤリと頷いた。
 もし、ストライクが機動力を生かして、近・中距離でバスターの三五〇mmガンランチャーを使いこなせれば、敵に取ってはかなりの脅威となるだろう。理屈からすれば、離れ過ぎなければ弾が確実に散らばる為に、余程反応が良い機体で無い限り、避け様が無いはずなのだ。
 整備兵が何か思い付いたのか、自信満々の顔を見せながらアイデアを提案する。

「……それなら、右肩にランチャーストライカー、左肩にバスターの九四mm高エネルギー収束火線ライフルをぶら下げさせて、手にはバスターの三五〇mmガンランチャー。背中にエールパックなんてどうですかね?」
「それだと重くなるだろ」
「ですが、あらゆる戦局に対応出来ますよ。動きが鈍いのなら、途中で装備を外せば良いんですから」
「まぁ、そりゃそうだろうけどな……」

 マードックは整備兵の言葉に、考え込む様にして顎を摩った。
 整備兵は想う所があるのか、ストライクが失った左肘の辺りに目を向けると口を開いた。

「……ヤマトがコーディネイターとは言え、まだ子供に守ってもらってるのも事実ですから。今、この船であいつに死なれて嬉しがる奴なんていないですよ。メカニックとして、やれる事はやっておかないと情けないですからね」
「……一端の口利く様になりやがって。こうなったら両方組み立てるぞ、覚悟しとけ!」

 マードックは少し驚いた様子で顔を向けると嬉しそうな表情で、臭い台詞を吐いた整備兵の背中を叩いた。

「……両方って、アグニも!?……マジですか?」
「あれはスカイグラスパーにも装備出来るんだ。それに、メカニックとして、やれる事はやっておきたいんだろ?一端の口、利いといて文句言うなってぇの!」

 整備兵は顔を引き攣らせながら聞き返すと、マードックはニヤニヤと笑いながら彼の背中を大きく叩いた。
 臭い台詞を吐いた整備兵は項垂れながら「こんな事を言うんじゃなかった」と、少しばかり後悔をした。

 一機の戦闘機――スカイグラスパー二号機が、アークエンジェルのカタパルトデッキから、焼く様な陽射しが差す、砂漠の大空へと飛び立って行った。
 この機体、『エンデュミオンの鷹』と呼ばれるムウが操縦しているのだが、後部にあるシートには一度も空を飛んだ事の無いトールが、黄色いパイロットスーツに身を包み苦悶の表情を浮かべている真っ最中だった。
 スカイグラスパーは砂漠の青空を加速を続け、トールの肺を更に圧し潰す様な感覚が襲う。

「うっぅぅ……」

 トールの額には脂汗が流れ、食い縛った口からは声が漏れた。
 ムウはある程度の高度に達した所でスロットルを閉じて減速させると、余裕の表情で後ろにいる新米パイロットに声を掛けた。

「気分はどうだ?」
「はあぁぁぁ……ふぅ。……悪くないです!」

 酸素を肺に取り込んだトールは一息吐いてから答えた。
 ムウの目が笑った様に細くなると、操縦桿を握り直して言う。

「ふーん、そうか……。機体を捻るぞ、ビビんなよ!」
「あわっ!?」
「ハハハッ!イヤッホー!」

 突然の制動に体を振られたトールと、状況を楽しんでいるムウは同時に全く違う声を上げた。
 倒し込まれた操縦桿に従う機体は、地面を右手に見ながら少しだけ降下をすると、数分間捻る様に飛び続け、一気に急上昇を始めた。

「うっぅぅ……」

 一番大きなGに襲われたトールは、顔を歪めながらも必死に歯を食い縛る。
 グングンと上昇を続けるスカイグラスパーは、気が付けばほぼ垂直の状態にまで至り、機体は時が止まった様に滞空しながら動きを止めた。

「はぁぁぁぁぁあぁぁー!……すげぇ……!」

 Gが一瞬消えるとトールは一気に酸素を吸い込み、一面の青いグラデーションと太陽のコントラストに目を奪われる。
 ――が、機体が失速したのか、頭の下には砂の大地が広がった。

「えっ……!?……ぁあわぁぁぁ!」

 トールがパニックを起こした様に悲鳴を上げると、スカイグラスパーは機首を真下へと向け落ち始めた。
 勿論、ムウがわざとやっているのだが、トールに取っては初めての経験であり、それが故意であるかさえ知るはずも無い。

「いっけー!」

 ムウがスロットルを開くと、スカイグラスパーは地面に向けて一気に加速する。
 近付く砂の地面にトールは目を瞑り、更なる悲鳴を上げる。

「うわぁぁぁ!」
「うぉりゃあぁぁぁー!」

 地面が迫り来る中、危険を知らせる警告音が鳴り響くと、ムウは一気に操縦桿を体に引き寄せた。
 スカイグラスパーが砂を巻き上げながら上昇にすると、すぐに水平飛行に入る。

「……はぁはぁはぁ……」
「どうだ?」

 息も絶え絶えのトールに、ムウは楽しそうに声を掛けた。
 余りの事に呆然とするトールは、口を金魚の様にパクパクさせながら答えた。

「……い、今のは……び、ビビリました……」
「チビッたか?」
「……た、たぶん」

 トールは首をカクカクと前後に動かした。
 ムウも自分が新米の時に経験しているだけに思い出した様に苦笑いを浮かべると、仕方無いと言った表情を見せる。

「まあ、初飛行だからな。どんな奴だって、初めての時は知らない間にチビってるだから気にすんな。どうせトイレパックが付いてんだし、漏らすだけ漏らしちまえよ」
「……は、はい……」

 トールは呆然としながら言われた通りに、ほっとした顔付きで下の栓を開放した。
 一分程した後にムウは、息を吐くトールに声を掛けた。

「おい、吐き気は無いか?」
「……あ、はい!だ、大丈夫です!」
「初めて飛んでみて、どうだ?」
「……な、なんか、ドキドキしました!怖かったけど、どこまでも行けるんじゃないかって……。すげー気持ち良かったです!」

 話しているうちに初めて飛んだと言う事を実感し始めたのか、トールは興奮した口調で言った。

「……そうか」

 ムウは少しだけ笑みを見せると、操縦桿をゆっくりと倒して機体を母艦であるアークエンジェルの方角へと向けた。
 飛ぶ事自体を嫌いな奴は育つ見込みは限りなく薄い。その点、トールは怖がりながらも飛ぶ事に抵抗を持っておらず、尚且つ「気持ち良い」とまで言ったのだ。それは少なくとも、戦うと言う事を抜きにしても大切な素質と言えた。
 ――こいつ、上手く育てりゃ、案外、大化けするかもしれねぇな……。
 心の中でムウは呟くと、トールをどう育てようかと考え始めた。

 アークエンジェルのブリッジから見える光景は、一面の砂丘と青空。そして、上空にはアークエンジェルを飛び立ち、テスト飛行を行っているスカイグラスパーがあった。
 ノイマンがシートから立ち上がると身を乗り出す様にして、左右に蛇行しながら飛ぶ機体を見上げた。

「あれ、大丈夫なのか?」
「……フラガ少佐、ケーニッヒ乗せてんのに無茶するなぁ」

 トノムラも同じ様に身を乗り出し、テスト飛行をするスカイグラスパーを見上げて呆れた様に言った。
 ムウの操縦するスカイグラスパーの動きを見れば、同乗するトールの事などお構い無しに、機体を振り回している様に見えるだろう。
 艦長席の傍でモニターに映るスカイグラスパーを見ながら、アムロは苦笑いを浮かべる。

「ムウはかなり振り回しているな」
「はぁ……。テスト飛行と言うより、あれでは曲芸飛行ですね……」
「ああ。だが、シュミュレーターだけでは分からないからな。ムウはああやって、ケーニッヒ少尉を試しているんだろう」

 モニターを見詰めながら溜息を吐くナタルに向かって、一度肩を竦めてからアムロは答えた。
 スカイグラスパーは天に向かって勢い良く上昇を始めると、やがてその限界高度まで辿り着いた機体を垂直状態のままで制止させた。それも一瞬の事で失速する様に機首を下に向けると、物凄い勢いで急降下を始める。
 このまま行けば、地表に激突するのではないかと、ノイマンとトノムラは目を剥いて見守った。
 スカイグラスパーはギリギリと言った所で、砂を巻き上げながら再び上昇して行った。

「……あれで良いんでしょうか?」
「……さあ?だが、素質なんて、実際乗ってみなければ分からない物だからな」

 眉間を手で押さえながら呆れた表情を見せるナタルに、アムロは苦笑しつつも肩を竦ませて言った。
 水平飛行へと入ったスカイグラスパーを、ナタルはモニターで確認すると浮かない表情を見せる。

「ケーニッヒ少尉が少しでも戦力になるのならば、我々も助かるのですけれど……」
「じきに戦力ににはなるだろうが、俺達も悠長に構えてはいられない。キラの様なケースは稀な事だからな」
「……それは大尉も同じでしたね」
「大昔の事だがな。それよりも、ラクス・クラインの身柄を引き渡した後、ここを脱出するルートは決まったのか?」

 以前に聞いた話を思い出したナタルが少し抑え気味の声で言うと、アムロは頷いてから聞き返した。

「いいえ。まだですが、一応、思案している最中でして」
「幾つか候補は上がっているのか?」
「はい、これを見てください。西にザフト軍ジブラルタル基地、北に連合のユーラシア連邦。東に同じく東アジア共和国、中立の赤道連合。そして、南に連合の南アフリカ統一機構です」

 ナタルはスカイグラスパーの映っていたモニターに、アフリカを中心とした世界地図と勢力図、重要拠点を表示させた。
 モニターで見る限り、アークエンジェルは敵のほぼ中央にいる事が一目で分かる。目指すべきアラスカは遥か彼方と言っても過言では無く、その最短ルートをナタルは指し示した。

「西に抜けるルートが一番早いのですが、ここにザフト軍ジブラルタル基地があり、正直な所、戦力的に本艦のみでは突破は不可能だと思われます。
 北に抜けるルートもありますが、……我々は一度、ユニウス・セブンでユーラシア所属艦と事を構えてしまっていますから、友軍とは言え、そう簡単に通してもらえるかは疑問が残ります」
「下手をすれば、また一戦する事になるか……。ユーラシアにも面子もあるだろうから、大西洋連邦には知らぬ存ぜぬを通して、俺達を拿捕しに来る可能性もあるな」
「……ええ。かと言って、南アフリカ統一機構側に向かえば、展開しているザフト軍とやり合う形になります。しかし、突破さえ出来れば後は楽と言えますが、ジブラルタル程では無いにしても、それなりに戦力が集中していると思われます。
 最後に東ですが、内陸部は山脈があり、本艦では越える事が出来ません。……我々は一番嫌な場所に降りて来てしまっているのです」

 芳しく無い現状に、アムロが眉間に皺を寄せて無くも無い可能性を口にすると、ナタルは頷いて深刻な程の困った表情を見せた。

「となると、無理にでも南進するか、東の海岸沿いに北上か、または西に向かいつつもジブラルタルを迂回しながらアメリカ大陸を上がって行くかか。あとは南東に向かいつつ南極を抜けるしかないか……」
「一番安全なのは、東アジア共和国の海沿いを北上するルートだと、私は思います」

 ナタルは自らの思案した中にあった、脱出ルートの一つを選んだ。
 判断理由は、南に向かうにしても戦況が不安定な上、南アフリカ統一機構側が、アークエンジェルに戦力を割いてくれるか不明な上、最悪な場合、ユーラシアの二の前に成りかねないと言う事。
 そして、ジブラルタルを迂回するとなると、敵基地からの増援と展開中の勢力を相手にしなければならない可能性が高く、挟撃される可能性も高いと判断。南極ルートはアフリカ大陸を抜けた所で敵対勢力下の大洋州連合が待ち受けている。と言った所だった。
 アムロはナタルの言葉に頷き、モニターを見詰め直して言う。

「最も、ザフト軍がどの程度、網を張って来るのかにも因るのだろうがな」
「ええ。ですが、ザフト軍が最新鋭の艦とモビルスーツを見逃すとは思えません。我々が逃げやすいルートには、確実に網を張って来るはずです」
「相手が我々とユーラシアとの事を知らないとすると、裏を掻く事は可能だな。その場合、ザフト軍は重点的に南北の戦力を増強して来る可能性が高い」
「知られている場合は……困難ですね。艦長がどのルートを選ぶのか知りませんが、どちらにしても戦闘を避ける事は出来ません」

 ナタルは浮かない表情で、隣に立つアムロと同様にモニターを見上げ言った。
 一年戦争当時、大人のいなかったホワイトベースでRX-七八ガンダムに搭乗していた頃よりは、アムロからすればマシと言えた。アークエンジェルの乗組員達はほとんどが大人で、ムウや自分の様に経験豊富な人間が乗っているのだ。
 アムロは自信ありげな顔付きで告げる。

「だが、この程度の事、切り抜けて行けるさ」
「……ニュータイプの感、ですか?」
「いや、経験だ。アークエンジェルならやれるはずだ」

 少し驚いた表情でナタルが聞き返すと、アムロは笑みを湛えて答えた。
 この様な状況を乗り越えられる言う、アムロの言葉がナタルに希望を与え、その顔に覇気を取り戻させた。

 アークエンジェルの医務室では、ラクス・クラインのDNA検査が行われようとしていた。
 医務室の中にはラクスと軍医の他に、マリュー、キラ、バルドフェルド、アイシャ、ダコスタ、そして、少数人の両軍兵士が始まるのを待っている。
 だが、実際の所、ラクスが女性である為に、見張りとして立ち会うのは地球側の女性兵士のみと言う事になり、軍医を除く両軍の男性陣達は、医務室を出て行かなければならなくなったのだった。
 そんな中、キラはラクスを心配そうに見詰めていると、当のラクスは小首を傾げて微笑み返し、そしてキラが恥ずかしそうに俯くと言う行為が、大人達の影で幾度と無く返されていた。
 知らぬは本人達ばかりで、その遣り取りに若干名が気付いてはいたが、気にする程でも無いのか、誰も何も言う事は無かった。
 そうして時間がやって来ると、バルドフェルドが自分の部下達に向かって言った。

「さて、ここは軍医に任せるとして、僕達は待たせてもらおう。ほら、出ないと始められんだろうが」
「……それでは、こちらにどうぞ」
「ああ、ありがとう。そうだ、ヤマト少尉、君もどうだ?」

 ザフト側の者が待つ為の部屋へと案内する為に、マリューが付いて来る様に促すと、バルドフェルドは礼を言って、思い出した様にキラに声を掛けた。
 まさか、声を掛けられると思っていなかったキラは、ラクスからバルドフェルドに視線を向けた。

「えっ!?僕……ですか?」
「……ヤマト少尉に何か?」
「いや、昨日、彼らと話してみたいと頼んだだろう。出来ればアムロ・レイ大尉、ムウ・ラ・フラガ少佐とその部下の新任のパイロットも同席してもらえれば有り難いんだが。ラミアス艦長、構わないかね?」

 医務室を出ようとしていたマリューが振り返って聞くと、バルドフェルドは昨日の停戦を結んだ折に頼んだ事を口にした。

「……ですが、艦の守りもありますし」
「その事なら気にする必要は無い。君達は我々に取っては大事な客人だ。約束通り攻撃するつもりは無いし、守りなら外に居る俺の部下達に任せてくれればいい。少しは信用して欲しいな」

 バルドフェルドが渋るマリューに向かって、真剣な表情を見せた。
 事実、アークエンジェルから一キロ程離れた所に、戦闘車両が艦を守る様にして待機していた。それはバルドフェルドが、対レジスタンスの為に配置させた物である事はマリューも既に承知済みではあった。
 モビルスーツでないだけマシと言う物だが、そのモビルスーツが何時、レセップスから発進しないとも限らない。
 マリューは、砂漠の虎に負けぬ程の真剣さを見せて聞き返した。

「……本当ですね?」
「ああ、その為にサインを交わしたんだ。少なくとも期間内の安全は保障する」
「……分かりました。各パイロットを招集して。ヤマト少尉、一緒に来てもらえるかしら」
「……はい」

 バルドフェルドが答えると、マリューは頷き部下達に指示を出した。その部下の一人であるキラは渋々ながら了承する他無かった。
 キラはラクスの方へと顔を向けると、今度は彼女の方がキラを心配そうに見詰めていた。
 その表情を見て、キラは心配要らないと言う様に微笑むと、ラクスは一度頷いて、笑顔を見せながら小さく手を振った。
 その間に大人達は全員が医務室を退出していた為、キラは慌てて通路へと出て行った。
 通路に出ると、ザフト側の兵士達は、バルドフェルドの指示でその場を離れ、格納庫の方へと向かって行く。勿論、地球軍の警備兵も一緒であった。
 その場に残ったマリュー、キラ、バルドフェルド、アイシャ、ダコスタと地球軍警備兵が二名の一団は、艦長であるマリューを先頭に歩き始める。
 バルドフェルドの傍にいたアイシャが、先頭を歩くマリューの隣へと足早に近付き声を掛けた。

「フフッ……艦長さん、大変そうね」
「ええ、状況が状況ですので……」

 マリューは毅然とした態度を見せていながらも、その口から出て来る言葉からは威厳と言う物など微塵も感じる事は無かった。
 その様子にアイシャは微笑を見せる。

「アンディなら嘘は吐かないから安心して。あなた、綺麗なんだから、少しは肩の力を抜いた方が良いと思うわ」
「……ありがとう。……はぁ」

 どう答えれば良い物かと、マリューは苦笑いを浮かべて小さく溜息を吐いた。
 キラが全員の後を一人で歩いていると、バルドフェルドが速度を落として歩幅を合わせて来た。

「ヤマト少尉」
「……なんですか?」
「まあ、そう嫌な顔をしてくれるな。少し聞きたい事があるんだが良いか?」

 見上げるキラは昨日程では無いが、不満そうな表情で聞き返すと、隣に並んだバルドフェルドは気にする様子も無く、笑みを湛えて言った。
 無視する訳にも行かず、キラは渋々応じる事にした。

「……答える事が出来ることなら、答えます」
「そうか。それなら聞かせてもらうが……耳を貸してくれ」
「……?」
「……君はラクス・クラインと、どう言う仲だ?」
「えっ!?」

 囁くバルドフェルドの声に、キラは驚いて思わず声を上げた。
 その声に、全員が振り返るが、キラは「何でも無いです」と、慌てた様子で誤魔化すと、再び歩き始めた。
 バルドフェルドはすぐに、キラに向かって囁き始める。

「さっき、医務室で彼女と良い雰囲気だったし、君に向けている目が明らかに違った。あれは女特有の物だったからな……。ラクス・クラインと何かあったんだろう?」
「そ、それは……」
「……図星か。安心しろ、俺にそんな事を報告する義務は無い。歳も歳なんだ、色恋多いに結構、結構」

 言い淀むキラの様子に、バルドフェルドはニヤニヤと笑みを浮かべて見せると、スッキリしたのか、満足そうな顔をしていた。

「……はぁ」

 まさか知られるとは思っていなかったキラは、力尽きた様に息を大きく吐いた。
 そうして通路を歩いて行くとマリューが立ち止まり、扉を開けて部屋の中へと入って行く。
 中は思ったよりも広く、一五名程が入る事が出来る小、中規模のブリーフィングルームに椅子と長テーブルが置いてあった。
 マリューはバルドフェルド達に椅子に座る様に勧める。

「艦内なので、ソファと言う訳には行きませんが、どうぞ、お座りください」
「ああ、ありがとう。そろそろ、こちらからの物資が搬入されるはずだ。変な物は混ぜてはいない、安心して受け取ってもらえると有り難い」
「……分かりました。感謝します」

 腰を下ろしたバルドフェルドが、腕時計に目を向けて屈託の無い表情で言うと、マリューは頷き、ブリッジに連絡をする為に少しだけ席を外した。
 先程、通路でバルドフェルドの部下達が格納庫の方へと向かって行ったのは、この物資搬入の為であった。
 バルドフェルド達と向かい合う様に、テーブルの反対側の椅子へと腰を下ろしたキラは、敵将の顔を見詰めて口を開いた。

「……あの」
「何かな、ヤマト少尉?」
「……ラクスはちゃんとプラントに戻れるんですか?」
「全く、何を聞くかと思えば……。安心したまえ、それが今の私の仕事だ」

 真剣な顔を向けるキラの言葉に、バルドフェルドは一瞬、呆気に取られるが、すぐに真面目な表情を見せて応えた。
 ザフト側の下座に座るダコスタは、キラへと顔を向けたがその口を開く事は無かった。
 唯でさえ、キラはラクスとの関係をバルドフェルドに見破られている為、プラントに戻った時に彼女の身が危うくなるのを危惧していた。
 通路では『報告する義務は無い』とバルドフェルドは言っていたが、念を押すかの様にキラは頭を下げた。

「分かりました。ラクスの事、よろしくお願いします」
「フフッ、彼女の事が心配なのね」
「ああ、無事に送り出して見せるし、君との事を報告するつもりも無いからな。彼女の不利になる様な事は言わんよ。……それから一つ言っておくが、ラクス・クラインを送り出した後に、またやり合うんだ。恩返しとか言って、手を抜いたりしないでくれよ」

 微笑みながらキラを見詰めるアイシャに続き、バルドフェルドは軽く頷いて、片目を瞑っておどけた態度を見せながら言った。
 流石に今の遣り取りでダコスタもどう言う事が起こっているのか気付いた様で、驚きを隠せずにキラの顔をマジマジと見続けている。
 キラは砂漠の虎の言葉を聞き、やはり戦闘が回避出来ない事を悟ると睨み付ける様にして答えた。

「……僕達も、ここでやられる訳にはいきませんから」
「……それで良い。楽しみにしている」

 同種であるコーディネイターの少年の返事に、砂漠の虎は満足そうにしながらも静かに頷いた。
 そして数分が経過し、マリューがブリーフィングルームへと戻って来ると、当たり障りの無い雑談が繰り返される。
 この雑談と言うのが面白い事に、アイシャとマリューの女性的会話がほとんどで、バルドフェルドがキラとラクスの関係に言及する事は全く無かった。
 その雑談に男性陣が苦笑いを浮かべていると、扉が開きアムロが姿を現した。

「アムロ・レイ大尉、入ります」
「これはこれは、わざわざ呼び付けてしまって申し訳無い」

 足を踏み入れたアムロは敬礼をすると、バルドフェルドはわざわざ歩み寄って握手を求めた。
 握手を交わしながらも停戦協定と自分の階級の事を踏まえて、アムロは敵であるバルドフェルドに紳士的態度を採る事にした。

「……いいえ、別に構いません。フラガ少佐は後から来ます」
「出来れば昨日の様にフランクに話しをしてもらいたいな。私としても、その方が話しやすい」
「分かった。そうさせてもらう」

 肩を竦めなが言うバルドフェルドに、アムロは口調を戻すとキラの隣へと腰を下ろした。
 バルドフェルドは徐に時間を確かめると、ダコスタに声を掛ける。

「おい、ダコスタ。例の物を持って来てくれ」
「はい」
「あの、例の物とは……?」

 ダコスタがブリーフィングルームを出て行くと、マリューが不安そうな表情で尋ねた。

「ああ、変な物では無いから安心してくれたまえ」

 バルドフェルドは自信満々と言った感じで答えると、隣のアイシャは可笑しげに微笑を湛えた。
 その様子に、マリューはアムロとキラの方へと顔を向けるが、当の男性陣は知る由も無い事もあり、肩を竦めるだけだった。

 洞窟と言うには広すぎる人口のホールで、アラブ系の男達が自分達のリーダーである男の話を不満そうな表情で聞いていた。
 この洞窟はレジスタンスの前線基地であり、昨日のザフト連合両軍が戦闘を行った場所からは、そう遠く無い場所にあった。
 彼らの前に立つ、反プラント派レジスタンス“明けの砂漠”のリーダー、サイーブ・アシュマンは、昨日アークエンジェルと取り交わした約束事を考慮した結果、暫くの間、ザフト軍に対しての攻撃を控えると、レジスタンスのメンバー達に言い渡している所だった。
 だが、メンバーからすれば賛同出来る訳も無く、不満と野次がホールの中を飛び交う。
 彼らの不満を抑え込む為に、サイーブは睨みを利かせて言った。

「お前ら、分かったな?」
「まさか、俺達に虎の飼い犬になれって言うんじゃないだろうな。サイーブ!」
「……あんたは何時から、そんな腰抜けになったんだ!?」

 血気に逸るレジスタンスの青年達が、怒鳴りながらサイーブを睨み返した。
 彼らの間に際どい緊張が走り、見兼ねたキサカが割って入った。

「お前達、落ち着け!」
「……ちっ!あんたみたいな腰抜けに命令されたくも無い!……行くぞ!」

 エドルと言う名の青年は、舌打ちをしてリーダーである男を一瞥すると、踵を返して他のメンバーに向かって煽る様に大声を上げた。
 他の者達もそれに呼応する様に、次々と武器を手に取ってバギーへと乗車して行く。

「エドル!?待てっ、お前達!」
「行くのか?サイーブ!」

 暴走するメンバーを制止する為に、サイーブが怒鳴りながらバギーへ乗ろうとすると、カガリが駆け寄って来た。
 こうなってしまうと、そう簡単に止める事など出来ない事はサイーブにも良く分かっている。だが、見捨てる訳に行かなかった。

「放ってはおけん!」
「あ!サ、サイーブ!私も!」
「駄目だ!お前は残れ!」

 バギーへと乗り込んだサイーブは、乗る込もうとするカガリを突き飛ばすとバギーを発車させた。

「サイーブ!」

 尻餅をついたままのカガリは、走り去るバギーに恨めしそうに怒鳴ると、一台のバギーが横付けする様に停車する。
 カガリが振り向くと、横付けしたバギーの後部座席には既にキサカの姿があり、運転席に座る少年、アフメドが叫ぶ。

「乗れ!」
「うん!」

 カガリは喜々とした表情で頷くとバギーへと飛び乗った。
 三人を乗せたバギーは勢い良く走り出すと、先に行った者達を追い掛け始めた。