砂漠の中をモビルスーツ達が光景を少年達は展望デッキから見守っていた。
不安そうな表情でミリアリアが、スカイグラスパーが飛ぶ空を見上げながら窓に手を添えた。
「トール、大丈夫かな?」
「演習だから死にはしないって。それにしてもミサイルやビームが飛んで無いから、なんか地味だなぁ」
隣に立つカズイは軽い口調で答えると、窓の外を眺めつまらなそうな顔を見せた。
実際、全ての攻撃はコンピュータが判定を行う為、ミサイル等の火器は必要が無いのだ。
その為、モビルスーツは動き回ってはいるが、ライフルを向けても熱量を帯びない僅かな可視光線が走るだけで、撃破しても爆発する事さえ無い。
戦争やモビルスーツに興味が無い者には、実に地味でつまらない光景なのだろう。
ミリアリアを挟む様にしてカズイの反対側に立っていたサイが、明るめの口調でみんなに問い掛ける。
「だけどさ、目の前で本当に戦争やられるより良いんじゃないか?」
「……そうね」
素直にミリアリアが答えると、続く様に全員が頷いた。
ヘリオポリス以降、戦争に関わる様になってしまったが、本当は誰もそんな事をしたい訳では無いのだ。
そんな中、サイの隣で演習を眺めていたラクスが、少しだけ嬉しそうな顔を見せた。
「でも、不思議な光景ですね……。いつかの日か、本当に協力出来る日が来れば良いのですけれど」
「うん、僕もそう思うよ。こうやって協力出来てるんだし、フレイもプラントで保護されてて無事だったんだ。これでラクスがプラントに戻れば、少しは今の関係も改善されるかもしれないな」
「ええ、そうだと嬉しいですわ」
サイの言葉に、ラクスは微笑みながら素直に頷いた。すると突然、ミリアリアが声を上げた。
「スカイグラスパーがストライクを狙ってる!?」
ストライクとバクゥ二機が仮想敵であるブラボー隊は、二手に分かれ、スカイグラスーとバクゥ一機がストライクをアルファ隊から引き離しに掛かっていた。
攻撃が目に見える訳では無い為にどの様な攻撃をしているのかは分からないが、バクゥが見事な程にストライクを翻弄し、スカイグラスパーが攻撃を仕掛けているのは見て取れる。その為にストライクの動きは想うよりも鈍い。
「あのストライクと戦ってるバクゥに乗ってるの、アンドリュー・バルドフェルドってザフトの隊長だよな?」
呑気に演習を眺めていたカズイが、ストライクの回りを動き回るバクゥを指差しながら、サイに向かって口を開いた。
ストライクの背後から進入したスカイグラスパーは攻撃に失敗したのか、抜け様にストライクからライフルを向けられると、ミリアリアが思わず声を上げた。
「トール、ちゃんと避けて!」
「ああ、そうだと思うよ。トールは助けられたみたいだな」
ミリアリアの様子に苦笑いを浮かべながらも、サイはしっかりと返事を返した。
サイの言う通り、スカイグラスパーはバルドフェルドの乗るバクゥの援護に因って難を逃れていた。
逆に味方から引き離されたストライクは、合流をしようと動き回るがバクゥに足止めを喰らっている。
「キラ、そこです!頑張ってください!」
自分の恋人が駆るストライクに向かって、ラクスの黄色い声が展望デッキに木霊した。
ストライクにバルドフェルドの駆るバクゥが、まとわり着く様に幾度と無く追いすがる。
キラはバクゥの動きに注意を払いながら操縦桿を動かしていると、スカイグラスパーをモニターの隅に捉える。
明らかにバルドフェルドとトールはキラ狙いの動きを見せていた。
「さすが、砂漠の虎って呼ばれるだけある……。またスカイグラスパーが支援に来た!」
実戦であれば危機的状況と言えるだろうが、人が死なない演習と言う事もあって、その余裕からキラは自分の戦闘を第三者的な感覚で冷静に捉えていた。
――何かが違う……?
キラ自身、そんな違和感を微かに感じながらも、ストライクを操り攻撃を回避して行く。
『アルファスリー、こっちには来れないか?』
「……味方と引き離され始めてるの!?なんとかやってみます!」
突然、耳に届いた声にキラは周りを確認すると、自分と味方の距離が開き始めている事に気付いた。
ストライクはバルドフェルド機に向かってバルカンを放ちながら、先の演習でアムロに言われた様に推力に余力を持たせてジャンプさせる。
――が、その瞬間、向かって来るスカイグラスパーにロックオンされた事を知らせる警告音が響いた。
「くっ!」
キラは小刻みにペダルを踏んでストライクの方向を変えながら着地の体勢に入るが、今度はバルドフェルド機からロックされた。
「今度は下から!?」
呻く間に着弾を意味する警告音がコックピットに響くと、仮想のPS装甲ゲージが幾分か目盛りを減らした。
νガンダムの援護があった時とは違い、下手に跳べばスカイグラスパーから、着地時にはバクゥに狙われる。
アムロからのアドバイスを聞いていたはずなのに、不用意に跳んでしまった結果を噛み締めた。
「こう言う事か……、それなら!」
キラは状況を打破する為にエネルギーゲージへと目を向ける。先程喰らった一撃分以外減ってはいない。
ストライクは右手に抱えていた三五〇ミリガンランチャーを左手に持ち替えると、左肩にぶら下がっている九四ミリ高エネルギー収束火線ライフルを引き抜く。
そして、そのまま連結させて超高インパルス長射程狙撃ライフルへと武器を変更させた。
PS装甲のゲージにはまだ余裕がある。こちらからの合流が難しいと判断したキラは、火力で味方を引き寄せる選択を採る。狙いは味方のバクゥと戦っている敵バクゥ、ブラボー〇二、〇三。
ストライクは最大までスラスターを噴かし、まるで地を這うように匍匐飛行を始めた。
だが、そう簡単に逃すまいとバルドフェルド機とスカイグラスパーが追う。
「さすがにしつこい! ――アルファワン、ツー、横から狙撃しますから避けてください!」
『分かった!』
追って来る二機に向かって吐き捨てたキラは、味方に声を掛けながら狙撃用スコープを引き出し、覗き込む。視野は極端に狭まりはしたが、敵機である二機のバクゥをスコープ内に捉える。
同一斜線上でマーカーがロックを示すと、キラはトリガーを押し込もうとした――。
「当たれー! ――ロックされた!?」
その瞬間、バルドフェルド機からロックオンを知らせる警告音が鳴り響き、気を取られたキラは一瞬のタイミングを逃す。
「外れた!? 今のが無けれ……えっ!? このビーム砲って、こんなにエネルギー喰うの!? アグニ並じゃないか!」
キラは一瞬、目の端でコンソールを捉える。ダメージを抜きにしても予想よりもエネルギーゲージが減っている事に、苛ついた様子で顔を歪めながらスコープを払った。
全てが裏目に出ているが、今のストライクは多彩な火器と言う強味があり、不利を覆すだけのポテンシャルを持っている。
それを生かすかの様にキラはストライクをバクゥ二機へと突進させながら超高インパルス長射程狙撃ライフルを解除すると、連結を対装甲散弾砲へと変更して両腕で抱えさせた。
「今度こそ! 散弾を使います、退いてください!」
『外すなよ!』
「分かってますよ!」
味方の檄にキラは焦り気味に答えると、再度スラスターを噴かし、バルドフェルドから逃れる為に機体を振り回しながらバクゥとの距離を詰めて行く。
ストライクのモニターには、対装甲散弾砲の特徴である散弾を撃ち出す範囲がマーカーとして示される。それは九四ミリ高エネルギー収束火線ライフルとは違い、広範囲に広がっていた。
「当たれー!」
キラは躊躇無くトリガーを引くと、マーカーは一機のバクゥ、ブラボー〇三の撃破を示したが、ブラボー〇二は回避仕損ねながらも、ギリギリのダメージを残し健在していた。
『アルファ〇一、あれは俺がやる! アルファ〇三の援護に入れ!』
『任せた! アルファ〇三、援護に入るぞ! 隊長の鼻を明かしてやろうぜ!』
アルファ〇二がブラボー〇二を追い始めると、アルファ〇一が息巻きながらキラに声を掛けた。
パイロットとして新米であるトールが乗るスカイグラスパーは、ザフト軍のパイロットにとっては恐ろしい存在では無い。彼らからすれば、敵の数として数えてもいないのだろう。
「アルファ〇三、了解!」
キラはアルファ〇一の声に頷くと機体を旋回させ、バルドフェルドの駆るバクゥへとストライクを疾走させる。
俄然有利になったアルファ隊は〇二にダメージの残ったバクゥを任せ、バルドフェルドに一泡噴かせる為に動き始めた。
モニターの向こうにはストライクが砂を巻き上げ、スラスターを唸らせながら長い砲身を構える姿があった。その砲身が狙う先には味方のバクゥ二機。
大きな隙を見せるストライクの動きにバルドフェルドはニヤリと口の端を上げる。
「甘いぞ、少年!」
マーカーがストライクを捉えると、バルドフェルドはトリガースイッチを押し込んだ。
するとすぐにモニターにストライク被弾の表示された。
ストライクが構える砲身の先では未だ味方機は戦闘を行っている。自分の攻撃が味方を救った事は明らかだった。
それでも尚、被弾させたにも関わらずストライクは機動を止めてはいない。大したダメージにもなっていないのも、宇宙でのデータを記憶している為に理解出来た。
「全く、連合は厄介な物を造ってくれたな」
バッテリーが切れない限り、ほぼ実弾兵器を受け付けないPS装甲と言う厄介な代物に、バルドフェルドは小さく苦笑いを浮かべた。
ストライクは再びスラスターを噴かすと、抱えていた砲身を切り離して前後を入れ替える形で再連結させ、ブラボー隊のバクゥ二機へと向かって行く。
「……前後を入れ替えただと?」
データに無いストライクの新たなオプションに、バルドフェルドは目を細めてストライクを追い掛ける。すると突然、バクゥの狭いコックピットに声が響いた。
『――糞っ! こちらブラボー〇三だ、やられた!』
『――ブラボー〇二、被弾! 俺はまだやれるが、なんなんだよあの武器は! 散弾砲かなにかか?』
「散弾砲……ライアットか!? そんな武装は無かったはずだが?全く次から次へと……。あの船は大天使と言うより、びっくり箱と呼んだ方がお似合いだな」
部下達の声に、目の片隅に小さく見えるアークエンジェルを揶揄しながら愚痴った。
『隊長、済みません!』
「なに簡単にやられてるんだぁ! 後でお仕置き決定だ。レセップスに戻ってろ!」
『了解! 腕立てでもしてますよ!』
「そうしていてくれ。……一機がやられたか。それにしてもあの動き、前の戦闘と比べると散漫に見えるがな……」
ブラボー〇三に向かって、戯けながら応答していたバルドフェルドは通信が切れると、自分の方に機体を旋回させるストライクを不満げに見詰めた。
今のストライクは明らかに武器の火力に頼った戦い方をしている様に見え、先日の戦闘と比べると機動は幾分鈍く、気迫と言う物が物足らない様に感じられた。
真剣勝負を挑むつもりだったバルドフェルドからすれば、それは怒りに値する物だった。
「……キラ・ヤマト。演習とは言え、なめてもらっては困るな」
ストライクに向かってバルドフェルドが静かな怒りを見せると、ブラボー隊各機に指示を飛ばす。
「こちらはブラボー〇一だ。ブラボー〇二は一度離脱して俺の裏に着け。ブラボー〇四、援護を頼む」
『ブラボー〇二、了解! なんとか引き離してみます!』
『ブラボー〇四、了解!』
「全力で叩き潰すぞ!」
僚機からの応答に檄を飛ばすと、スロットルを全開にしてブラボー〇二の援護に向かうが、それを阻もうとストライク、アルファ〇一両機が追撃に向かって来た。
「――ちっ! ……今度はこっちが追われる立場か。だが、簡単にやられるほど弱くは無いんでね」
バルドフェルドは両機を避ける様に大きく機体を振り回し、砂丘を駆け上がって行く。
その途中、機体をロックされるが、砂丘を削る様にして大量の砂を煙幕代わりに巻き上げると視界を遮った。
砂丘を一気に駆け下りると、正面にボラボー〇二を追うアルファ〇二の側面を捉える。
「追う事に気を取られ過ぎだぞ!」
バルドフェルドはトリガーを押し込みながら着実にアルファ〇二を削り、仕上げに後方から反対側へと回り込みながら襲い掛かる。その姿はその名の通り、獰猛な虎の姿を連想させた。
好きな様に削られたアルファ〇二は反撃すら叶わず、あっさりと機動を止めたのだった。
目の前で味方機がやられて行く。キラはそれを手を拱いて見ていた訳では決して無い。
モニターに映るマーカーはバルドフェルドの駆るバクゥを捉えていたのだが、アルファ〇二を盾にする様にして反対側に回り込み、ストライクの攻撃を封じて見せたのだ。
数秒も経たない間に、アルファ〇二の声がストライクのコックピットに響いた。
『――アルファ〇二だ、済まん! 後は頼んだ!』
『アルファ〇三、隊長をやらない限り勝ち目は無い。なんとしても落とすぞ!』
「分かりました!」
唸るアルファ〇一に、キラは大きく頷くとスラスターを噴かし前に前に飛び出して行く。
広範囲の敵を落とす事が出来る対装甲散弾砲が、有効な武器である事は前の撃墜時に理解している。
上手くすれば同時に敵機を落とす事が出来るのだから、これを使わない手は無い。
「当たれ!」
キラは二機をマーカーの両端範囲内に捉えると、対装甲散弾砲のトリガーを押し込むが、ブラボー隊のバクゥ二機は予測した様に回避して行った。
「避けられた!? でも!」
逃げるバルドフェルド機に、間髪置かずキラは標準を合わせてトリガーを引くが――。
「えっ、連射出来ないの!?」
コンソールの対装甲散弾砲を示す文字は赤く点り、発射不可を表示していた。
散弾を撃ち出す特性上、対装甲散弾砲は砲身に負担を掛ける為に短時間内の連続発射が不可能となっている。
それを知らないキラが、アグニやビームライフルと同様にトリガーを引いてしまうのは、仕方ない事だった。
動きを止めたストライクには大きな隙が生まれる。それを見逃すほど、彼らは甘くは無い。
バルドフェルド機からの反撃で大幅にゲージが減って行く。堪らずキラが回避行動に入ると、バルドフェルド機は踵を返してアルファワンへと向かって行った。
そのアルファワンは、ブラボー〇二とスカイグラスパーからの攻撃でバルドフェルド機に近付けずにいた。
そこへバルドフェルドのバクゥが襲い掛かった。
「まずいっ!」
徐々に削られるアルファワンを助ける為に、キラは移動しながらばらまき気味に一二〇ミリ対艦バルカン砲のトリガーを押し込んだ。
その甲斐もあって、バルドフェルド機、ブラボー〇二両機は距離を取り始めた。
取り囲まれたアルファ〇一が、ブラボー両機の攻撃を回避しながら回線を入れて来た。
『――アルファ〇三、目標変更だ! 頭数を減らす為にブラボー〇二を先に叩き潰す。隊長はその後だ!』
「援護します!」
『頼む!』
キラが答えると同時にアルファ〇一は、ダメージが多く残るブラボー〇二へと機首を向けて反撃に出た。
だが、そうはさせまいとバルドフェルド機が後ろから襲い掛かろうと動きを見せる。
ストライクは移動しながら一二〇ミリ対艦バルカン砲を放ち、手にしている対装甲散弾砲を分離させると左手に三五〇ミリガンランチャー、右手に九四ミリ高エネルギー収束火線ライフルを握らせ、引き金を引いた。
ブラボー隊の二機は、ビームよりも散弾に注意するように逃げ回りながらアルファ〇一を追い詰めて行く。
それはアルファ〇一に接近してしまえば、ストライクは三五〇ミリガンランチャーを撃てないと分かっていての行動だった。
キラからすれば、余りに接近されれば三五〇ミリガンランチャーも一二〇ミリ対艦バルカン砲も味方を傷付けるだけの武器でしかない。
「接近されすぎてる!これじゃ巻き込むだけだ!」
キラは顔を顰めて吐き捨てた。しかし、その間もアルファ〇一は攻撃に晒されているのだから、何もなしない訳にはいかない。ストライクはスラスターを噴かし、ビームを撃ちながらアルファ〇一に当たらない角度を探る。
バルドフェルドに比べればブラボー〇二の動きは鈍い。アルファ〇一の側面に回ると、徐々に囲いが崩れ始めているのが見て取れた。
キラはすかさず牽制のビームを放つと、ブラボー〇二は大きくバルドフェルド機の方へと回避する。上手い具合にブラボー両機が画面上で重なる。
「そのまま後ろに跳んでっ!」
『――おうっ!』
思い切りキラが叫ぶとアルファワンが一気に後方へと跳ぶ。それと同時に三五〇ミリガンランチャーと一二〇ミリ対艦バルカン砲のトリガーを押し込んだ。
マーカーはブラボー〇二の撃墜を示していたが、バルドフェルド機は瞬時に反応し、辛くも難を逃れていた様で大きく回避して行く。
キラはすぐにバルドフェルドの駆るバクゥに目で追った。
「残りはあの人とスカイグラスパーだけだ!」
『――くそっ! やられた!』
「えっ!?」
キラが思いも寄らぬアルファ〇一からの通信に目を剥くと、上空をスカイグラスパーが飛び去って行った。
「スカイグラスパー!? トールが撃墜したの!?」
トールの事を失念していた訳では無い。だが、誰もが、そしてキラ自身も新米パイロットのトールの事を甘く見過ぎていた。
ブラボー隊のバクゥ二機だけに気を取られずに周囲の状況を把握すれば、余裕の無いアルファ〇一に変わって対応も出来たはずなのだから完全に自分のミスだ。
しかし、こうなってしまった以上、何を言っても始まらない。アルファ隊で残っているのは自分だけなのだから。
キラは唇を噛むとバルドフェルド機へとストライクを向けた。
眼下のモビルスーツ達を追い越すと、トールは回避行動に入りながらコンソールへと目を向けた。
そこには仮想敵であるアルファ〇一の撃墜を知らせる赤い文字で表示されている。
「やったぜっ!」
演習とは言え、実機で初の撃墜にトールは思い切り喜びの声を上げて、拳を小さく握った。
昨日の結果が散々だっただけに、その喜び様にムウは苦笑いを浮かべた。だが、まだ演習が終わった訳では無い。
「その調子だ。だが、まだ終わっちゃいないんだ。いつまでも喜んでないでストライクを追いつめろ」
「はい!」
戒める言葉をムウが掛けると、トールは声を大にして顔を引き締めた。
操縦桿を倒し、機体を大きくロールさせながら機首をストライクの方へと向けていると、コックピットにバルドフェルドの声が響いた。
『良くやってくれた。引き続き援護を頼むぞ!』
「了解!」
元は敵将とは言え、この演習では味方であり、あの砂漠の虎からのお褒めの言葉だ。
トールは嬉しそうな顔を再び浮かべるが、すぐに表情を切り替えてバルドフェルドに応答する。
一機を撃墜した事で、多少なりとも自身が付いたトールはストライクに鋭い視線を向ける。撃墜する気が満々の様だ。
ムウにもその気が伝わったのか、ストライクを落とす為の新たなアドバイスを伝える。
「ストライクの動きを良く見ろ。いつまでも動いている訳じゃ無い。必ずどこかで動きが止まる。その瞬間を狙え!」
「分かりました!」
トールは大きく頷くとバクゥを追うストライクへと機首を向け、まだ未熟な子鷹が獲物の追撃に入ったのだった。
ブリッジから見る限り模擬演習は順調に進んでいた。
その中、喜ばしい誤算と言えばトールが乗るスカイグラスパーがバクゥを一機撃墜した事だ。
モニターに映る機体を見たマリューが棚牡丹的誤算に目を丸くしながら喜ぶ。
「撃墜するなんて予想以上ね」
「ムウが後ろで指示しているとは言え期待以上だ。それにしてもストライクの動きが鈍く感じるな。キラはどうしたと言うんだ?」
「アンドリュー・バルドフェルドを相手にしてますし、その所為ではないでしょうか。……アムロ大尉、ヤマト少尉への指示は良いのですか?」
マリューの喜びを余所に、キラらしからぬストライクの挙動にアムロが眉を顰めると、ナタルがそのフォローをしながらも聞き返して来た。
恐らくこのブリッジにいる誰もが、バクゥ二機を撃墜しているストライクの動きが可笑しいとは感じてはいないのだろう。
感じているとしても、ナタルの言う様にバルドフェルドを相手にしている事や、いつもより武装重量が増している事を理由にするはずだ。
だが、アムロはその動きからキラに覇気が欠けているのではないかと感じ取っていた。
勿論、理由などは分からないのだから仕方が無い。
ナタルに対して、アムロは軽く首を振って答える。その表情は芳しい物では無い。
「……いや、この状況で指示は出すべきでは無いだろう。それにこう言う状況に慣れておかなければ、生き残る事も出来なくなる。どうあれ、この状況は次への良いステップになるはずだからな」
「しかし、言わば両軍エースを相手にしているのと同然で余りにも不利です。少しくらいアドバイスがあっても良いと思うのですが」
「キラはセンスは良い物を持っている。ストライクの性能を考えれば、そう簡単にはやられる事は無い。それに戦っている最中にアドバイスをして、欠点の見えない戦い方をするよりは、全て洗い出してからの方が修正がしやすい」
「確かにそうですが……」
アムロの言い分に、ナタルは言葉尻を窄めた。
「それに自分の間合いで戦っていない」
モニターに映し出されるストライクの姿を見ながら、アムロが呟く様に言った。
その言葉がキラが得意とする距離を示す物なのか、はたまたストライクの武装を指しているのか、図りかねたナタルは聞き返した。
「……間合いですか?」
「キラ自身が気付いて無い様だが、近距離になるほど判断力、動き共に良くなって行く傾向にあるからな」
「なるほど……。ヤマト少尉は近距離戦が向いていると言う事ですか。ナチュラルには無いコーディネイターの身体的能力で、それを可能にしている……と、言う事ですね?」
「恐らくそうだろうが、コーディネイターと言う事を差し引いても、特に反応速度は相当な物だ。それも動体視力が良くなければ対応しきれない。パイロットの素養は十分に兼ね備えている」
どちらの間合いかを理解したナタルが頷いて、再度、聞き返して来ると、アムロはモニターに厳しい視線を向けたまま、その問いに答えた。
二人の遣り取りを見ていたマリューが、恐る恐るアムロに声を掛ける。彼女から見れば不機嫌そうに見えるのだろう。
「あの……アムロ大尉、もしかして怒ってます?」
「いや。……今のストライクは火器に頼り、精彩さに欠ける動きをしている。キラは集中しきれていないのかもしれない」
「でも、キラ君は既に二機を撃墜してるし、そんな風には見えないんですけれど?」
思わぬ問いにアムロが顔を向けて首を振って見せると、マリューは現状での撃墜数を持ち出して引きつった様な笑いを浮かべた。
「確かに戦場では撃墜数が持て囃されるが、パイロットとしてはそう言う事が問題では無いのさ」
アムロはそう言って軽く息を吐くと、再びモニターに目を向けた。