CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第29話_後編

Last-modified: 2008-01-05 (土) 01:31:07
 

 砂漠の陽射しが西へと傾く最中、前方からは勢い良く砂を巻き上げるバクゥが接近して来ていた。
 ストライクのコックピットにアンドリュー・バルドフェルドの声が響いた。

 

『心置きなくやらせてもらうぞ、アムロ・レイ!』
「アンドリュー・バルドフェルド!」

 

 アムロはその声に応じる様にストライクを疾走させる。
 バルドフェルド機の遥か後方に位置しているザクタンクもどき――。
 もとい、ザウートの砲身が動いた。

 

「――来るか!?」

 

 ザウートからの砲撃に反応したアムロは、砂に足を叩き付けるとストライクを軽く舞わせて攻撃を回避すると、再びスラスターを唸らせバルドフェルド機へと向かって行く。

 

「ザクタンクもどきには、あの女が乗っているのか!?」

 

 女性特有のじわりと包み込む様な気配の中、時折、鈍く突き刺す感覚がアムロを襲う。

 

「またか!?」

 

 アムロは一瞬眉を顰めると、ザウートからの攻撃を横へと跳んで回避した。
 ザウートはピンポイントで狙撃をして来る上に、落とすにしても距離が有り過ぎる。
 今の状態からすればかなりの強敵であった。

 

「厄介な!」

 

 再度、攻撃を回避したストライクのコックピットで、アムロはザウートを睨み付けた。
 しかし、既にザウートへはキラを差し向けているのだから、少なくともこの砲撃もやがて止むはずなのだ。
 それまでの辛抱と割り切ったアムロは、前後から近付くバクゥを片付ける事に専念した。

 

 ザウートのコックピットでは、アイシャが珍しく険しい表情を浮かべていた。 
 恐らくバルドフェルドの部下達は一度も見た事は無いだろう。
 再び狙いを定めるとアイシャはトリガーを押し込むが――。

 

「――また外れた!? どうして!? 狙いを読まれてるの!?」

 

 自信を持って放った一撃をストライクに避けられ、上ずった声が零れると同時に、コックピットに敵の接近を知らせる警戒音が鳴り響いた。

 

「一機来る!? ……あの坊やね」
「俺がやります!」
「頼んだわ」
「了解!」

 

 アルファ隊のスカイグラスパーをトールに任せ、アイシャはザウートを移動させ始めた。
 その間もストライクとバクゥの攻防は止まる事は無かった。

 

「――ちっ! ……強いな。しかもここまでエネルギー温存の為に、PS装甲を必要以上に使わずに来たのだからな。とんでもない男だ」

 

 攻撃を辛くも回避したバルドフェルドは、愚痴りながらもストライクの裏にいるバクゥに目を向け、反撃のタイミングを窺った。
 ブラボー隊のバクゥ二機は、ストライクを追いながらも徐々に挟み込む動きへと移って行く。データからすれば、そろそろストライクはフェイズシフトダウンをしても良い頃合だった。

 

「それだけライフルを使っていれば、そろそろエネルギー切れだろうに!」

 

 バルドフェルドは一気に距離を縮めに入るが――。

 

「――駄目よ、アンディ!」
「アイシャ!? どうして止める!?」

 

 パートナーの思わぬ制止に出鼻を挫かれたバルドフェルドは、苛立たしげに応答した。
 先ほどまで再三に亘りストライクに攻撃を回避されまくっているアイシャではあるが、キラの乗るスカイグラスパーが接近した事が彼女に冷静さを取り戻させていたのだった。
 バルドフェルドはのめり込み過ぎると周りが見えなくなる事を熟知している彼女は、勤めて冷静に彼を宥める様に言う。

 

「アムロ・レイは誘ってるのよ。アンディ、熱くならないで。援護するわ」
「……ああ、分かった」
「ストライクの背中をこっちに向ける様にして、私の前に誘い込んで」
「しかしな……」

 

 アイシャの声を聞き、落ち着きを取り戻したバルドフェルドだが、真っ向勝負を挑もうとしていた所に、突然、案を出されて言葉を濁した。
 確かにアイシャの言う通り、あれだけの芸当をやってのけるアムロ・レイが、このままの状態で簡単に隙を見せるとは思えなかった。
 最早、個人がどうのと言うレベルでは無く、ここで全滅すればバルドフェルド隊の士気にに大きく響くのは間違い無い。

 

 ――あいつ達の前で無様な戦いは出来んか……。

 

 今まで自分を支えてくれた部下達の顔を思い浮かべると、期待を裏切る訳にもいかない。
 バルドフェルドは個人としてではなく、指揮官としてアイシャの案に乗る事にした。

 

「分かった。アイシャ頼むぞ! おい、奴を囲うぞ! やられるなよ!」
「そう簡単にやられて堪りますか!」

 

 バルドフェルドの声に、たった一機残ったバクゥのパイロットが息巻きながら答えた。
 二機のバクゥは連携を強め、ストライクの包囲網を狭め始めた。

 
 

 アークエンジェルのブリッジでは全員が息を飲み、この演習の成り行きを見守っていた。
 その中、自分の持ち場で忙しなく動いているのはチャンドラとトノムラだけと言う有様だ。
 実際、それほどストライクの活躍は際立った物なのだから、仕方ないと言えば仕方が無い事なのだ。

 

「――アルファ〇一、ブラボー〇一と交戦!」

 

 チャンドラの声が静寂を突き破り、緊張が張り詰める。

 

「……いよいよね」
「はい。……アムロ大尉なら、きっと大丈夫です」

 

 喉を鳴らして唾を飲んだマリューが緊張の面持ちで口を開くと、隣に立つナタルが静かに頷いた。
 二人はモニターを見続ける中、今度はトノムラが声を張り上げた。

 

「ストライク、エネルギーが三〇パーセント切りました!」
「エネルギーが!?」
「……PSを切りながら戦ったとしても、ライフルを使っているんですものね。ここまで保たせただけでも凄いわ」

 

 ナタルが思わず目を向くと、マリューが苦々しげな顔を見せつつもアムロを賞賛するが、その表情からは口惜しさがありありと見て取れた。
 だが、まだ終わった訳では無い。頼りのソードストライカーパックを搭載したスカイグラスパー一号機の状況を、ナタルが声を張り上げて聞いた。

 

「ヤマト少尉はどうした!?」
「他機と交戦中です!」
「……っ!」

 

 エネルギー切れか換装前にスカイグラスパーの撃墜と言う事になれば、ストライクは一巻の終わりとなる。トノムラからの返答にナタルは唇を噛んだ。
 しかし状況は止まる事は無い。ストライクは動き続け、撃ち続ける限りエネルギーを消耗して行く。
 ナタルは祈る様な想いでモニターを見続けた。
 ストライクは動きに緩急を付けながら囲まれない様に攻撃を回避し、イーゲルシュテルンとライフルで牽制をする。
 時折、バルドフェルドのバクゥが距離を詰めて攻撃が来るが、それはシールドとPS装甲で防ぎ切っていた。

 

「良く動くが、もう一機は!」

 

 バルドフェルド機と比べると明らかに動きの鈍いバクゥに対して、ストライクはライフルを向けが――。

 

「――っつ!? また来たか!」

 

 そこへ、警告音無しにザウートの砲撃が横から襲い掛かるが、ストライクは砂を蹴ると同時にスラスターを噴かして、間一髪で回避する。

 

「……あの女、相当出来るな。射撃だけならバルドフェルドより上か」

 

 今までで一番危うい攻撃を潜り抜け、アムロはザウートを一睨みした。
 バクゥ二機が連携を強め囲いを狭めて来た為に、徐々にではあるがザウートの狙撃は正確さを増しつつあった。これが続けば確実に落とされる。
 ストライク砂を蹴って反転した所でコックピットに、再びけたたましく警告音が鳴り響いた。

 

「――アンドリュー・バルドフェルドっ!」

 

 回避・反転している隙に、バルドフェルド機が左側から跳び掛かって来たのだ。既にこの距離ではライフルを使っての迎撃では遅すぎる。

 

「だからと言って!」

 

 ストライクは跳び掛かって来たバルドフェルド機の腹を、シールドですくい上げる様にして後方に弾き飛ばした。
 バクゥが宙を舞う――。
 その間に、さっきまで背後にいたバクゥが右手へと回り込む。
 バルドフェルドへの対応の為に動きを止めたストライクへ、ここぞとばかりに四五〇ミリ二連装レールガンで攻撃をするが、PS装甲が完全に防ぎ切っている。
 アムロはすぐにシールドをかざし、バルドフェルド機から距離を取ると、攻撃して来るバクゥへライフルを向けるが――。

 

「――完全に挟み込まれたか!?」

 

 背後からザウートの狙撃を感じ取ったアムロは、横に跳びながらバクゥを再びロックする。

 

「だが、簡単にはっ! 墜ちろ!」

 

 アムロが叫ぶとライフルの銃口が四度光り、バクゥのマーカーが赤く変化した。
 ストライクは先程のダメージもあって、エネルギーゲージが既にイエローへと突入していた。
 あと数発ライフルを発射すれば、確実にレッドになりフェイズ・シフトダウンを起こす。
 だがアムロは躊躇いも無くライフルを、倒れたままのバルドフェルド機へと向けた。
 今度はザウートがストライクをロックオンした警告音が鳴り響いた。
 だがロックしているにも関わらず撃って来る気配を見せない。
 だが、ザウートからは恐ろしいほどの気迫がアムロに向けて放たれていた。

 

「今度はオートロックだと……? 警告……? いや、挑発か!?」

 

 ザウートに乗る彼女が『バルドフェルドを撃つ前に自分を撃て』と、アムロは感じ取り思わず眉を顰めた。
 ねっとりとした感覚がアムロを包み、言わば女の情念と言えば良い気配が、この瞬間、バルドフェルドを撃つ事を許さない。
 残る敵はバルドフェルド、アイシャ、トールだけであり、どちらにしてもザウートを黙らせた方が楽になる事は間違いはなかった。

 

「……その挑発、受けて立つ!」

 

 アムロは鋭い視線を投げると一気にスラスターを開放する。
 解き放たれたストライクは、倒れたままの砂漠の虎を置き去りにしてザウートへと向かって行った。

 
 

 ザウートの狙撃とバクゥ二機の連携が上手い具合にストライクを追い詰め始めていた。
 アイシャの狙撃の後にチャンスが来ると確信と胸にバルドフェルドはストライクに襲い掛かった――。

 

「――なっ!?」

 

 だが、予想以上の切り返しをして来たアムロ・レイに、バルドフェルドは絶句する。
 ストライクのシールドが自機の腹部に接触すると、次の瞬間、バルドフェルドは宙を舞っていた。景色が逆さまに映り、砂の空が近付く。背中から落ちる感覚と同時に衝撃が襲った。

 

「うぅっ! ……っつ! ……アムロ・レイめ、投げ飛ばすとはやってくれる!」

 

 バルドフェルドは思い切り顔を顰めて吐き捨てた。
 そして、すぐにコンソールモニターを目を向けると、もう一機のバクゥのマーカーが赤く変化し、ストライクに撃破された事を知った。

 

「……糞っ! 味方機がやられたか!」

 

 バルドフェルドは機体の立て直しに入るが、それと同時にコックピットに、けたたましいほどの警告音が響いた。
 モニターの隅に自分にライフルを向けるストライクが映る。
 背中の四五〇ミリ二連装レールガンは着地のダメージで一門が完全に使い物にならず、逃げるにしても既に遅すぎた。

 

「……ちっ! ここまでか!」

 

 バルドフェルドはストライクを忌々しげに睨み返し、撃墜の知らせを待つ。
 だが、一向に撃墜を知らせるランプは点らない。
 そうしているとストライクが背を向け、ザウートへと向かって行く。
 その光景にバルドフェルドは呆然となるが、次の瞬間、怒りが込み上げ爆発した。

「俺を墜とさないだと!? ふざけるな!」
「アンディ! 早く体勢を立て直して!」
「アイシャ!? どうして奴は俺を墜とさない! 馬鹿にしているのか!?」
「……私が誘ったの。このザウートでは、どの道アムロ・レイは落とせないわ。アンディだけが頼りなのよ」

 

 憤慨するバルドフェルドに、アイシャは柔らかい声で答えた。
 狙撃をするにしてもボディと砲身が直結されているザウートでは、瞬間的なマニュアル調整での狙撃は不向きな機体だった。
 それをここまで操ったアイシャはかなりの者ではあるが、アムロはその攻撃をことごとく回避しているのだ。
 ストライク――。いや、アムロ・レイを自分で墜とすのは不可能だと、アイシャは判断したからこそ自ら囮となり時間を稼いだのだった。

 

「……済まない、アイシャ。 今、行くぞ!」

 

 自分をやらせないが為に相手の注意を引き付け、且つ男を引き立たせる。
 そんなアイシャの行為に、水を掛けられた様にバルドフェルドの怒りが鎮火した。
 ここまで大切な女が自分を奮い立たせているのだから、応えなければ男が廃る。
 バルドフェルドは機体を立て直すと、スロットルを目一杯開けて小さくなったストライクの後姿を追い始めた。
 操縦桿を握るバルドフェルドの横顔は、さながら愛しき姫を助けに行く、勇猛果敢な騎士の様にも見えた。

 
 

 上空ではスカイグラスパー同士のドッグファイトが展開されていた。
 前を行くのはキラが操るソードストライカーパック装備の一号機。ザウートに取り付こうとするが、追撃するトールの二号機がそれを阻んでいた。

 

「虎の野郎を投げたのか!?」

 

 二号機の後部シートに身を沈めているムウが、ストライクの戦いぶりを片目で捉え、思わず声を上げた。
 前席に座るトールは、キラの乗るスカイグラスパー一号機を追う事で手一杯で、ストライクへ目を向ける事など出来ない様子だ。

 

「くっ……! キラ……」

 

 スカイグラスパー一号機は必死に振り切ろうと、機体を揺らす。
 モビルアーマー初心者同士の戦いは、ムウにすれば欠伸が出るほどつまらない。
 それよりも下のストライクとやりあった方が、どれほど楽しいだろう。
 そう思っていると、眼下の戦場に動きが見えた。ストライクがザウートに向かって行く。

 

「もう一機のバクゥを撃墜……。虎を無視して、アムロはザウートを直接叩きに行くのか!?」

 

 動きの遅いザウートではストライクの攻撃から逃げる事は不可能だ。
 スカイグラスパーよりもストライクを優先的に墜とさなければ負けは確実な物となる。
 ムウはそう判断すると、トールに指示を飛ばした。

 

「トール、あのデカイのじゃストライクから逃げるのは不可能だ! ストライクに取り付け!」
「えっ!? だけど!」
「どの道、ストライクを墜とさなと負けなんだよ! 早くしろ!」
「りょ、了解!」

 

 ムウが有無を言わさず怒鳴ると、トールは慌てて操縦桿を切って機首をストライクへと向けた。
 追撃を逃れたスカイグラスパー一号機は、その間にザウートへと向かって行くのだった。
 ストライクの一撃が、容赦無くザウートの両肩に設置された二連キャノン砲を削って行く。加えてスカイグラスパー一号機が襲い掛かった。
 元々、機動力の無いザウートには回避は不可能だろう。
 ザウート相手に有利な状況にあるストライクだが、コンソールモニターはそれを不意にする材料が表示されていた。

 

「……エネルギーが持つのか?」

 

 エネルギー残量がレッドゾーンに近付きつつあり、攻撃を喰らえばPS装甲は落ちてしまっても可笑しくは無い。アムロはわずかに顔を顰めた。
 そこへ新たな機影、スカイグラスパー二号機が割り込んで来る。

 

「ケーニヒ少尉!?」

 

 ストライクがスカイグラスパーに対してイーゲルシュテルンを放つ――。
 が、その途端、動きが変わった。スカイグラスパーは跳ね上がる様にして一気に加速。
 攻撃を間一髪で回避すると離脱して行った。

 

「あの動きはムウか!?」

 

 素人のトールにあの様な動きは不可能だ。ムウが操縦しているのではないかとアムロは感じ取った。
 キャノン砲を失ったザウートは沈黙し、撃つ気配を見せずに後退。
 スカイグラスパーが攻撃態勢に入るにしても多少の時間が掛かる。

 

「やるなら今しかないか」

 

 エネルギーの消費量から考えて、ビームライフルも良くて撃てて一、二発が良い所だろう。撃ち切れば確実にエネルギー切れを起こす。
 後ろからはバルドフェルドの駆るバクゥが接近しつつあるが、このタイミングでストライカーパックの換装を済ませるべきだとアムロは判断した。

 

「キラ、装備の換装をするぞ!」
「了解!」

 

 キラの返事とともに、スカイグラスパー一号機がストライクとの軸合わせに入る為に機体をロールさせた。
 ストライクもそれに合わせ、ザウートに背を向けるとスラスターを全開に疾走し始めた。
 ストライクの頭部、イーゲルシュテルンの発射口が自分の方へと向き瞬いた。
 回避する事が不可能だと理解したトールは思わず声を上げる。

 

「やられる!?」
「この馬鹿! 無茶な進入すんな!」

 

 眉間に皺を寄せたムウが一喝すると、操縦桿に添えていた手に力を込め、スカイグラスパーのコントロールを奪い取った。そのままスロットルを目一杯開けて加速を掛けると、機体を倒しに掛かる。
 その甲斐もあって数秒後には撃墜を逃れ、ストライクから大きく距離を取っていた。

 

「あ、あれ!?」

 

 勝手に動くスカイグラスパーに、トールは間抜けな声を上げて顔をきょろきょろと左右に動かすが、一行に理解出来ていない様子だ。
 手に持った操縦桿が勝手に動く。思わず手を放しそうにすると後ろから一喝する声が響いた。

 

「おい、そのまま握ってろ!」
「えっ!? あ、はい!」
「トール、アムロの相手はお前じゃ無理だ。俺がやる。コントロール持ってかれたお前が悪いんだ、文句言うなよ」

 

 操縦桿を握りなおすトールに、ムウは計器を確認しながら機首をストライクへと向けつつ言い放った。
 その言い様にトールは訳も分からぬままに頷く他無かった。

 

「……りょ、了解です」
「それからな、前にも言ったが二号機はお前の機体なんだぞ。簡単にコントロール持ってかれんな」
「は、はい。……済みませんでした」

 

 更にムウの小言が続き、トールはがっくりと項垂れた。
 だが、ムウはそんな事を気にする様子も無く、喜々とした表情を知らず知らずのうちに浮かべ、機体をストライクへと急がせた。

 
 

 アークエンジェルの面々は、ストライクの戦い振りを固唾を飲んで見守っていた。
 モニターに映るストライクは、スカイグラスパー二号機の強襲をやり過ごした後に、突然、ザウートに背を向け疾走し始めた。

 

「一体どうしたのかしら? ザウートを撃墜出来るチャンスだと言うのに……」
「さあ? バクゥに向かっている様ですが……」

 

 ザウートを撃墜していない状況で、いきなり背を向けて走り出したのだから、マリューとナタルが不思議がるのも無理は無かった。
 しかし、その疑問の答えはトノムラによって知らされる。

 

「ストライク、換装準備に入った様です!」
「このタイミングで!? これじゃ、換装中に狙い撃ちされるわ!」
「ブラボー隊のザウートとスカイグラスパーは?」

 

 ザウートを落としていない以上、再び撃って来る事は間違いなく、その事に対しマリューは思い切り顔を顰めると、ナタルがチャンドラへと声を張り上げた。

 

「スカイグラスパーはストライクの攻撃を回避、離脱の模様。ザウートは後退をかけつつ沈黙を守ってます」
「沈黙だと!? 一体どう言う事だ?」
「そんなの分かりませんよ! ――不味い! ストライクの前方、約四〇〇にバクゥが接近!」

 

 ナタルが眉を寄せてトノムラに顔を向けるが、敵の意図など分かるはずの無い彼はコンソールモニターに集中したまま切り返した。

 

「大丈夫なの?」
「――バクゥとの距離、約三五〇! ザウートが攻撃を再開しました!」
「――っ!」

 

 緊迫した雰囲気の中、マリューが不安気に零したとほぼ同時にトノムラの声が響き渡ると、ナタルは慌ててモニターへと目を向けた。
 そこには当たり前ではあるが、背後からの砲撃に対し、砂を蹴って回避するストライクの姿があった。
 ストライクの後ろを、僅かに送れてスカイグラスパー一号機が追う。
 正面に近付くバルドフェルド機を懸念してキラが声を上げた。

 

「アムロさん、不味いですよ!」
「やるしかないだろう。バクゥとの擦れ違いざまにタイミングを合わせろ」
「……分かりました。手にしている武器はオートだと捨てられてしまうので注意してください!」

 

 こう言う状況だけに、思ったよりもアムロは割り切った様子で指示を飛ばすと、キラは仕方ないと言った感じで頷き、ドッキングに際してのアドバイスを促した。
 必要な武器を無条件に捨ててしまうのは話しにならない。それを回避する為にアムロは聞き返す。

 

「ライフルは手元に残しておきたい。どうすれば良い?」
「一応、火器選択をロックしてください。ストライカーパックは軸線が合ってさえいれば、勝手にドッキングしますから!」

 

 キラが受け答えする間にも、ストライクとバクゥの距離は近付いて行く。
 ストライクの換装の事など頭に無いアイシャは後退するのを止めて、再度、前進しながら反撃に入った。

 

「アンディはやらせないわ!」

 

 ザウートの左腕にある二連副砲が狙いを定める。普通の兵ならばキャノン砲ほどの精度は保つ事は出来ないだろう。
 射線上にはストライク。更に距離が三〇〇ほど空き、バクゥがいた。

 

「アンディ、避けて!」
「分かった!」

 

 バクゥのコックピットにアイシャの声が響くと、バルドフェルドはタイミングを合わせに入った。
 砂を掻くバクゥの脚部が僅かに右へとずれる。

 

「来るのか!?」

 

 バクゥの瞬間的な挙動を感じ取ったアムロは、機体を横へと跳ばすべく、ストライクの左足を大地に叩きつけた――。
 その瞬間、アイシャは引き金を引くと、射線上のストライクとバクゥがほぼ同時に左右に回避する。

 

「やっぱり読まれてるの!?」
「やはり一筋縄ではいかんか!」

 

 アイシャとバルドフェルドは、それぞれストライクを睨み付けた。
 僅かな挙動を読み取られ、全てが裏目に出ている以上、ストライクを落とす事はかなり難しい。その事は既に二人は理解している。そうなれば、完全に相手が避けようの無い状況を作る以外に方法は無い。
 ストライクとスカイグラスパーの動きから、バルドフェルドはその意図的を読み取った。

 

「アイシャ、奴は換装するつもりだ! その瞬間を狙え!」
「こっちは主砲じゃないのよ!? 自信が無いけど良いの?」
「僕はアイシャほど優秀なガンナーを知らないんだがな。君なら出来るさ。構わん、撃ち落せ!」

 

 今までの経緯から、自分の攻撃が通用しないと判断したアイシャが聞き返すと、バルドフェルドは勇気付けるかのように答えた。
 一方、不利な状況に追い込まれたアムロは、操縦桿を動かしながらもある案を思いついていた。
 決して通用するかは分からないが、下手をすれば惨事招く可能性もある。その辺りはバルドフェルドの操縦技術と反射神経に掛ける以外は無い。

 

「……挟まれたままでは不味いな。それなら試してみるか」

 

 アムロはエールストライカーパックのスラスターをアイドリング状態にすると、脚部のみを稼働させ、ストライクをバクゥへと向けて砂漠を走らせた。
 同じ射線上にいる為にザウートからの砲撃は飛んで来ないが、バルドフェルドが動く様な事があれば、すかさず撃って来る事は、目に見えて明らかだ。

 

「上手く行ってくれ! キラ、いくぞ!」
「了解!」

 

 揺れるコックピットにキラの返事が木霊すると、アムロはバクゥとの距離が近付く事にスラスターを徐々に開けて行く。
 距離が一五〇を切った所でストライクがシールドを翳し、スラスターが軽く唸りを上げる。加速が増したストライクは、一二〇、一〇〇と距離がグングンと縮まって行った。
 八〇を切った所でストライクがシールドを捨て、空いた左手をサーベルへと伸ばした所で、アムロはコンソールパネルにある二つのスイッチを同時に叩いた。
 一つはサーベルとライフルの固定武装スイッチ。もう一つは――。
 スラスターが全開に噴き上がったストライクは、一瞬身を沈み込ませる様に前のめりになった。それと同時にエールストライカーパックが切り離され、バクゥに向かって飛んで行く。

 

「――なっ!? ちっい!」

 

 ただのブースターパックだと思っていたエールストライカーパックが、自分に向かって特攻して来る――。
 その光景にバルドフェルドは顔を引きつらせながら、全力で回避行動に入った。

 

「キラ!」
「行きます!」

 

 アムロの声が響くとストライクが上空へと跳び上がり、スカイグラスパー一号機からソードストライカーパックが切り離された。

 

「やらせないわ!」

 

 ザウートの左腕が動き二連副砲がストライクを追う。アイシャは回避の出来ないストライクに狙いを定めた。後はトリガーを引けば良いだけだったが――。

 

「背中を取ったからと言って!」

 

 アムロは予想していたかの様に、右の操縦桿を引き込む。ビームライフルを持つストライクの右腕が、肩を軸に真後ろへと向いた。
 ――背を向けたストライクがライフルの銃口を自分の方へと向けた瞬間、アイシャはまるで悪魔を見たかの様に体が固まった。それと同時にストライクのライフルの銃口が瞬く。

 

「……う、嘘!? アムロ・レイは背中に目がついているとでも言うの……!?」

 

 赤い光で染めがったザウートのコックピットで、灰色へと変色して行くストライクを見詰めながら、アイシャは呆然と呟いた。
 空中で全身を灰色へと変色させたストライクの背中に、ソードストライカーパックが装着されると、再び機体が鮮やかな色彩に染め上がる。
 アムロはストライクの着地と同時に、装着されている対艦刀“シュベルトゲベール”を切り離した。 シュベルトゲベールは滑る様に砂の大地に突き刺さるとゆっくりと倒れて行き砂を舞上げた。
 全てはストライクの機動性を確保する為の行為だった。
 左手にはその代わりとなるビームサーベルを握らせているのだから、重量のある対艦刀は必要無い。
 ストライクはその場で旋回し、辛くもエールストライカーパックを回避したバルドフェルド機へとライフルを向けた。

 

「……やってくれるな、アムロ・レイ!」
「思った通り、避けたか」
「その言葉、計算尽くだっだと言う事か!?」
「最初の戦いであの攻撃を回避したのだからな。この程度で墜とせる相手だとは思ってはいないさ」

 

 問いに対して、アムロはアークエンジェルのブリッジ上で行った初戦を引き合いに出して言った。

 

「……それは光栄だが、まだ戦いは終わってはいない!」

 

 評価に対してバルドフェルドが皮肉る様に唇の端を吊り上げる。
 そして叫ぶと同時にバクゥとストライクが再び動き出した。
 互いが飛び道具で牽制をしながら隙を窺う中、突然、ムウの声が割り込んだ。

 

「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「ムウか!?」
「ムウ・ラ・フラガか!?」

 

 アムロとバルドフェルドは、横から進入して来る機影に目を向けた。
 ストライクはすぐに後方へと跳ぶが、そこへスカイグラスパーからの数発のミサイルと砲塔式大型キャノン砲が襲い掛かった。
 スラスターのコントロールでアムロは攻撃をやり過ごすが、時差をつけて発射された一発がソードストライカーのシールドに直撃した。

 

「やるな!」
「アムロよ、伊達に今まで一緒にやって来た訳じゃないんだぜ! アンドリュー・バルドフェルド!」
「おう!」

 

 ムウの声に応じ、バルドフェルドはストライクの着地直前を狙って詰めに掛かるが、そこへ――。

 

「ストライクはやらせない!」

 

 ムウの二号機とは反対側から進入して来た、キラの一号機がバルドフェルド機を強襲した。

 

「――くっ! キラ・ヤマトか!?」
「そこだ!」

 

 バルドフェルドは辛くもキラの攻撃を回避するが、その隙をアムロが見逃すはずも無かった。
 着地寸前のストライクから発射された微弱なビームが、バクゥの左前脚に直撃する。

 

「ちぃ! たかが前脚一本やられただけだ!」

 

 バクゥの左前脚が動きを止めると、バルドフェルドは苛立たしげに吐き捨てた。
 その間にスカイグラスパー両機が交錯し、一気に上昇を始める。

 

「「くぅぅぅ――」」

 

 両機操縦者であるキラ、ムウの口からは歯を食い縛り、漏れる息の音がわずかに零れた。
 二機のスカイグラスパーが天へと駆け上るが、徐々にキラの乗る一号機が遅れ出す。
 原因は単に、キラがモビルアーマー慣れていないと言う事だけではあったが、この場ではそれが幸運となった。

 

「後ろを獲った!」
「ちっ! だがな、こちとらモビルスーツは動かせなくても――」

 

 ムウは眉を寄せて舌打ちをすると、スロットルを開け続け引き離しに掛かった。
 一号機のウェポン・ベイが開き、ミサイルに似た標準機が顔を覗かせる。

 

「当たれ!」
「――アーマー同士なら負けらんねぇんだ!」

 

 キラの声と共に、ムウはスロッルを全開にして一気に宙返りさせると急降下を始めた。
 この演習ではミサイル軌道までもが、ほぼ完全再現されている。近付き過ぎればミサイルの信管は作動しない。

 

「えっ!? 当たらない!? どうして!?」
「アーマーじゃ、お前は素人なんだよっ! ミサイルに頼りすぎだっ!」

 

 撃ち落せると思っていたキラが慌てた声を上げると、ムウは正面から近付く一号機に向かって怒鳴った。
 二号機の二〇ミリ機関砲と中口径キャノンが一号機を狙い、間髪入れずに瞬いた。

 

「……やられた!?」

 

 一号機のコンソールモニターに撃墜を知らせる警報音が響くと、キラは天を仰いだ。
 その間にもスカイグラスパー二号機は、標的となるストライクに向かって真っ逆さまのまま降下して行った。
 一方、ストライクとバクゥは、互いに撃ち合いを行いつつ、間合いは接近戦のそれへと近付きつつあった。
 両機が距離を詰め、ストライクが切りに掛かれば、バクゥは近距離ながらもレールガンを放ち牽制。避けた所をカウンター気味の反撃を行うが、それも焼け石に水と言った感じであった。
 何とも性質が悪いのがPS装甲だ。レールガンが全く通用しない。それ以前に、至近距離からかするのがやっとと言った状況なのだから、バルドフェルドからすれば悪夢としか言い様なかった。

 

「……くっ! このままでは埒が開かん。いずれやられるなら勝負に出るさ!」

 

 バルドフェルドはストライクに対して、憎々しげに吐き捨てるとビームサーベルのスイッチに指を掛けて、スロットルを一気に開いた。
 砂を巻き上げ突進して来るバクゥに対し、アムロはライフルで応戦し、バクゥの片翼を削り落とした。

 

「だが、この程度!」

 

 コンソールモニターにダメージが表示されるが、バルドフェルドはそれを無視して突進する。

 

「勝負に出たか!」

 

 バルドフェルドの動きから、アムロはこれが最後になると感じ取るとスロットルを全開にし、バクゥへと向かって行く。
 二機の距離が一気に縮まると、バクゥはストライクのコックピット目掛けて飛び掛かる。
 それに対し、ストライクは右足が砂の大地蹴り、激突しても可笑しくないほどのわずかな距離を空けて、宙を舞った。
 ストライクはスラスターを一気に噴かし、まるでスケート選手の様な動きを見せながら、機体を右に捻る様に回転。そして、それと同時に左手に持ったビームサーベルが真下へと向いた。
 バルドフェルドに大きな影が落ちた。ほぼ真上と言って良い至近距離にはストライク、そして、その手に握るビームサーベルが自分へと近付いて来る。

 

「――まだだ!」

 

 バルドフェルドは叫ぶと、無理矢理にバクゥの右前脚を砂に叩きつけて機体を捻った。
 その瞬間、アムロは違う気配を感じ取る。

 

「上か!?」

 

 アムロが上に気を取られている隙に、バクゥのサーベルが跳躍で伸び切ったストライクの右足首を切り落とすが、それとほぼ同時に、ストライクが向けていたビームサーベルがバクゥのコックピットを通過し、バルドフェルドを真っ赤なランプが照らし出した。
 だが、ストライクの動きは止まらない――。

 

「たかが片足!」

 

 アムロはそう叫ぶと、宙に舞うストライクは右手に持ったビームライフルを真上へと向ける。
 その銃口の先にはムウの操るスカイグラスパーがいた。

 

「うおりゃぁぁぁ!」
「当たれっ!」

 

 叫びながら二〇ミリ機関砲と砲塔式キャノン砲を放つムウに向かって、アムロは着地と同時にライフルの引き金を引いた。
 そして、一瞬の後に――。
 スカイグラスパーが放った砲塔式キャノン砲の一撃が、ストライクの右腕に直撃するも、既に時は遅く、スカイグラスパーはアムロのビーム一発で撃墜された。

 

「やっぱりな……」

 

 ムウは、まるで結果を知っていたかの様に苦笑いを浮かべながら、操縦桿を引き込み機体を上昇させた。
 ストライクは演習とは言え右足首を失った為に、その箇所だけが機能を停止し、崩れる様に倒れ込む。

 

「……演習で、何もここまで再現する必要は無いだろう」

 

 アムロは傾いたコックピットの中で、ヘルメットを外すと溜息を吐いて愚痴を零した。

 

『――演習……しゅ、終了です!』
『……か、各機、帰艦せよ』

 

 そうしていると演習終了の知らせが届き、再び機体に機能が取り戻された。
 ストライクを立たせたアムロは、正面のバクゥを一瞥すると一応ではあるが声を掛けた。

 

「アンドリュー・バルドフェルド、こちらは引き揚げさせてさせてもらう」
「……あ、ああ」

 

 バルドフェルドは余りの出来事に呆然としていたようだった。
 ストライクがバクゥと擦れ違う瞬間、今度はバルドフェルドが声を掛けて来た。

 

「……アムロ・レイ。君は一体、何者なんだ?」
「……見た通り、ただのパイロットさ。それ以上でも以下でも無い」

 

 アムロはバルドフェルドからの問いにそう答えると、再びストライクをアークエンジェルへと向けて進ませて行った。

 

「あれがニュータイプと言う存在なのか……」

 

 去って行くストライクを見送りながら、バルドフェルドは演習中にムウが呟いた言葉を反芻しながら目を細める。そして一度だけ天を仰ぐと、西に傾く太陽へと目を向けた。
 悔しさはあるが、ここまでやられれば、逆に多少なりとも晴れやかな気持ちにはなった。
 後は自分たちがアムロ・レイに追い着けば良いだけの事なのだ。
 しかし、自分の事は簡単に解決しても、そろって肩を落としているだろう部下達のケアなど、隊長としてやる事は山ほどあるのだ。
 バルドフェルドはこれからの気苦労に溜息を吐くと、機体をレセップスへと向け帰艦して行ったのだった。

 
 

 チャンドラーの座るCIC席のコンソールモニターが、ブラボー隊の全滅を表示した。
 この短時間での出来事に、一瞬、チャンドラは信じられないとばかりに呆然とするが、結果に間違いは無かった。彼は慌てて声を終了の声を張り上げた。

 

「――演習……しゅ、終了です!」
「……か、各機、帰艦せよ」

 

 どうやらトノムラも同様で、慌てて各機体に指示を出して行った。
 これで張り詰めていた緊張が切れたのか、アークエンジェルのブリッジは安堵と共に、色々な声が木霊し始めた。
 その中、マリューの傍らに立つナタルが、モニターで繰り返される最後の戦闘場面を眺めながら呟く。

 

「これがニュータイプ……。いや、アムロ大尉の力……」
「まるで敵の動きが見えてるみたい……。ニュータイプって、ナチュラルとかコーディネイターとか言う次元を超越してるわ……」
「我々は大尉と会うまで、その様な概念を持ち合わせていませんでしたから致し方無いと思います」
「もし、全てのナチュラルがニュータイプになれたなら、この戦争も……」
「そうかもしれませんが……、アムロ大尉はそれを望んではいないと思います」

 

 マリューが有り得もしない願いを静かに口にするが、モニターを見続けていたナタルが顔を向けてそれを否定した。
 当然の様にマリューは不思議がりながら聞き返す。

 

「……どうして?」
「……以前、話をお聞きした時に『ニュータイプは戦争の道具としてしか使われなかった』と言っておられました」

 

 軽々しく言って良い物かとナタルは考えたが、アムロの望む見方では無い言葉を打ち消す為にも、ここはあえて話す事にした。

 

「戦争の道具……。大尉はニュータイプとして後悔しているのね……」

 

 ナタルの言葉に、マリューは少しばかりしんみりしながら頷く。
 だが、マリューやナタルは、アムロの素性をしるからこそ理解出来るだけであって、結果を見れば大体の者達は道具として扱う事は間違い無かった。
 彼女達の後ろでは、相変わらずチャンドラーやトノムラ、その他大勢達がやり取りをしていた。

 

「トノムラ、そっちの終了タイムは?」
「ああっ。えっと、終了タイムは……二四七秒六……」
「……やっぱりこっちと同じか。約四分で一一機を撃墜かよ……。アムロ大尉はマジでナチュラルなのかっ?」
「しかも全機に攻撃を命中って……」

 

 タイムを聞き直したチャンドラが、その驚愕に思わず髪を掻き毟ると、トノムラの傍らでモニターを覗き込んでいたノイマンが、やはり驚いた表情を見せて呟いた。
 そこへ格納庫へ指示を出していたマードックが声を掛けた。

 

「坊主がプログラムの書き換えしてただろう。その時間を差っ引いてみてくれ」
「……データを吸い上げしなければ正確な所は分からないですが、演習開始から、大体六〇秒くらいでプログラムの実行をしている様です」
「……って事は、実質、約三分ってとこか!?」

 

 トノムラはキーボードを叩き、時間の記録を追いながら答えると、マードックは予想以上の内容に心底驚いた表情を見せた。
 最初のOSの問題が起こらなければ、マードックの言う様に約三分と言う時間で終わっていたのだ。ナタルは呆然と呟いた。

 

「実質、約三分で全滅……」
「……艦長、アムロ大尉はナチュラルなんですか?」
「……みんなも大尉がナチュラルなのは知っているでしょう? 当たり前の事を聞かないでもらえる」

 

 そこへノイマンが歩み出て来て質問をすると、マリューは呆れた表情で返した。
 この質問で眉を寄せたのはマリューだけでは無い。ナタル、マードックも険しい顔付きになったのを他の者達は気付きもしなかった。
 最もアムロの素性をマリュー達の様に知らされている訳では無いのだ。懐疑的になるのも無理は無い。
 マリューはすぐにこの話しはお終いと言った感じで、ナタルへと顔を向けて指示を出した。

 

「ナタル、レセップスに行ってもらえるかしら?」
「データ消去の確認ですね?」
「お願いね」
「了解しました」

 

 笑顔を向けるマリューに、ナタルは頷くと数人の警備兵に指示を与え、ブリッジを後にした。
 演習が終わったとは言え、未だやる事は残っている。マリューが手を叩くと、再びアークエンジェルのクルー達は仕事に追われ始めた。
 ストライクをハンガーに収め、下へと降りたアムロを整備兵達が出迎えた。全員が偉い喜びを見せ、握手を求めて来た。
 一々、相手にしていたのではキリが無い為、アムロは握手ではなくハイタッチを交わして行く。
 最後にマードックに代わり、格納庫の仕切りをしていた整備兵が手を交わしながら笑顔を見せた。

 

「大尉、お疲れ様です! スカッとしましたよ!」
「たまたまだ。済まないが整備を頼む」
「了解です!」

 

 アムロが謙遜気味に応えると、彼は敬礼をして足早にストライクへと向かって行った。
 そこへブリッジから戻って来たマードックが出迎える。

 

「お疲れ様です! 凄かったとしか言い様がありませんでしたよ」
「聞いただろ? たまたまさ」

 

 皆同じ様に言う余り、アムロは苦笑いを浮かべて肩を竦めて見せた。
 そうしていると後ろから、アムロの肩をスカイグラスパーを降りて来たムウの手が軽く叩いた。

 

「たまたまであれじゃ、こっちは身が保たないって。やっぱ、アムロにゃ敵わねえと思ってたんだが……。その通りの結果だったって事だな」
「強かったですねぇ」

 

 続く様にトールもしみじみと頷くと、遅れてキラがやって来てムウに言った。

 

「お疲れ様です。ムウさんも凄かったですよ。墜としたと思ったのに」
「アーマーで素人に落とされたんじゃ、たまらんて」
「僕はやっぱりモビルスーツの方が扱いやすいです。アムロさん、ザウート落とした時とか驚きましたよ。ああ言う使い方もあるんですね。それに僕の戦い方とは全然違ってたし」

 

 首を摩るムウに、キラは苦笑いを浮かべて答えると、すぐに真面目な顔をアムロへと顔を向けて言った。
 アムロはハード類、キラはソフト類に精通している面があるが、今回の演習はそれが顕著に出たと言って良いほどだった。
 時としてパイロット達はその常識に囚われ、人間と同じ動きしか出来ないと意識下で動きを制限してしまう所がある。特にキラもそうした動きしかして来なかった事を考えると、それが当たり前だと思っていた事は間違い無い。
 一度、ストライクを見上げたアムロは、キラに向かって言う。

 

「モビルスーツは所詮、機械だからな。それに戦い方にしても、あれくらいの動きはキラにも出来るはずだぞ」
「え!? 僕が……ですか!?」
「要は集中力と相手の動きを予測する力だ」
「最初のは分かりますけど、相手の動きを予測する力って……」

 

 『予測する力』をニュータイプの感として受け取り、キラは思わず言葉尻を濁すが、アムロは納得した様子でその意味を訂正した。

 

「飽くまでも経験の事だ。集中力は注意すれば良いが、経験だけはどうにもならないからな。あとは間合いの取り方を覚えろ。キラは特に接近戦で力を発揮する傾向がある。間合いを上手く使え。そうすれば、いずれは僕を追い越して行くさ」
「接近戦に間合い……。僕に出来ますか?」
「出来る。自信を持て」

 

 師の言葉を聞いたキラが大真面目に聞き返すと、当のアムロは頷いて肩を叩いた。
 その間にムウはトールに指示を出していた。

 

「トール、先にブリッジに行って報告を頼む」
「はい!」

 

 トールが足早に格納庫を後にすると、ムウがアムロに質問をして来た。

 

「なあ、アムロ。ストライクはどうだった?」
「ああ。あえて言うならガンダムに近い機体だったな」
「νガンダムか?」
「いや、RX-七八だ。旧式ではあるが機体特性、操縦系も良く似ていた」

 

 νガンダムを指差しながらムウが聞き返すと、アムロは首を軽く振って見せた。
 アムロから一年戦争当時の事を少なからず聞いていたキラは、ストライクを見上げながらムウに言う。

 

「一年戦争当時にアムロさんが使っていた機体ですよ。……やっぱり似てるんだ」
「へえ。……なあ、アムロ。いずれ俺もモビルスーツに乗る事になると思う。それまでに慣れておきたい。どうにかならないかな?」

 

 RX-七八の事でキラの言葉に頷いて見せたムウは、アムロに顔を向けると何時に無く真剣な表情で頼み込んで来た。
 昨日の操縦テストの結果を考えれば、安易に首を縦に振る訳にも行かず、アムロは渋い顔を見せる。

 

「……そう言われてもな」
「昨日の事で今はストライクを動かせないのは分かってるんだ。だけどな、アムロの動きを見てたらやっぱりモビルスーツを動かせる様になるべきだと思ってさ。……それに死にたくないからな」
「……やはり訓練をして、慣れる以外は無いだろう」
「そっか……。やっぱりすぐには無理だよな」

 

 アムロは少しばかり考え込むと、当たり前の答えを導き出し、ムウはガックリと肩を落としてストライクを見上げた。
 そのムウと入れ代わる様に、今度はキラが質問をして来た。

 

「そう言えば、データだけは見せてもらいましたけど、実際、νガンダムとストライクの操縦系はどのくらい違う物なんですか?」
「全然と言う訳では無いが、オート制御が利いてるからな。前にも言ったが、サイコミュの使用は無理としても、普通にならキラやムウも動かす事は出来るはずだぞ」
「そうなんだ……。機会があればですけれど、動かしてみても良いですか?」
「ああ。ただし機体に負担が掛からない程度に――」

 

 聞き返して来たキラに、アムロ頷いて言葉を続けようとすると、突然、ムウが大声を上げる。

 

「――それだ! それだよ、それ!」
「……どうしたムウ?」
「アムロ、νガンダムをシミュレーターとして使わせてくれないか? なあ、頼む!」

 

 意味も分からずアムロが驚きながら聞き返すと、ムウはアムロの肩に両手を掛けて、物凄い迫力で顔を近付けて来た。
 当然であるが、アムロは突然の事に思わず仰け反った。
 それを見ていたキラが、少し引き気味になりながらも、ムウの言う事を察してその真意を聞き返した。

 

「えっと……もしかして、νガンダムで操縦を慣らして、ステップアップして行くって事ですか?」
「ああ……、悪いアムロ。要は慣れなんだろう。簡単な奴から始めれば確実だろ? アムロ、無理を承知で頼む。νガンダムを使わせてくれ!」

 

 キラが入った事で、ムウは冷静になったのか近付けていた顔と両手を離すと、拝み倒す勢いでアムロに頼み込んで来た。
 ハンガーに収まるνガンダムを一度だけ見上げ、アムロはその願いに頷いて見せたのだった。