Canard-meet-kagari_第27話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:34:17

第27話

 シグーがヴェイアのジンの方へ向かう。太陽を背にしていた時には判らなかった通常のシグーの違いが、今はハッキリと判った。
 右腕にも28mmバルカンシステム内装防盾が装備されており、重斬刀も通常と違い二本だ。さらに腰の両側のサイドアーマーにはマシンガンを取り付けるハードポイントが取り付けられている。
 色は頭部と全腕、脚部がホワイト、胸はダークブルーに塗られ、肩のスタビライザーとスラスターユニットはスカイブルーをベースに塗られてりる。
「ヴェイア!君は、自分が何をしてるのか解ってるのか」
 シグーのパイロットがヴェイアに語りかけるが、ヴェイアは問答無用で攻撃する。
「ウルセエよバケモノが!死ね!」
 シグーのパイロットは、ヴェイアの攻撃を驚異的な反射神経でかわす。
「!!また、もう一人の人格に支配されているのか……目を覚ますんだヴェイア!本当の君を思い出すんだ!!」
「ヴェイアはオレだ!戦う為に作られたヴェイアの正しい人格だ!お前らにどうこう言われる筋合いはない!!」
 ヴェイアは操縦桿を押し出すとシグーに向かっていく
「アノ時は連合のジンのせいで本調子じゃなかったが、今日は違う!お前の偽善者ズラを暴いてやる!!」
 シグーも臨戦態勢を取りヴェイアのジンの重斬刀をシールドで受け止める。
「やめろおおおお」
 シグーのパイロットが叫びが木魂する。二機は揉み合いになり、そのまま高速で移動する。
 後を追おうとするイライジャだったが、スピードが違いすぎて追いつけない。しかも、センサーの殆どが今のヴェイアの攻撃で壊れている。
「クソ!一体どうなてるんだ!」

「もう止めるんだ!君の力はこんな事をする為ものではないはずだ!!」
「オレ達は人殺しの為に生まれた、オレ達の力はその為のモノだ!!
 だったらその力をオレ達自身の幸せの為に使って何が悪い!
 オレ達はお前の様にあの女に利用されたりはしない!」
「彼女は君を利用しようとなんてしていない」
「どの口が言いやがる、これから大量虐殺をしようという連中が!!」
「違う!!」
 その時、ヴェイアのジンが重斬刀がシグーの肩を浅く切り裂く。
「違わないね、アノ女はその為にオレ達の力を利用しようとした。その事は絶対に許せねえ……だから、お前を倒し、アノ女もブッコロス!!」
 ヴェイアの宣言にシグーのパイロットは身を硬くする
「そんな事はさせない!!彼女の為にも、そして……君自身の為にも!だから僕は……もう一度君を倒す!」
「やってみろよォ―――――ッ!!!」
 ヴェイアのジンとシグーが同時に切りかかる。両者は、高速で移動しながら切り結ぶ両者だがダメージを受けたのはヴェイアの方だけだ。
「チィ!機体性能に差がありすぎるか!!まあアイツがストライクに乗ってないだけマシだが……」
 ヴェイアのジンは通常のジンと比べ物にならないほど強化しているが、それは目の前のシグーも同じだ。
 乗り手の超絶的な操縦スキルに対応させる為に各部が限界まで強化されているのだ。
「もうやめるんだ……君は僕には勝てない」
 哀れむ様なシグーのパイロットの声がヴェイアの心を苛立たせる。
「フッフッフたしかに勝てないがな……お前もオレを、いやオレ達を倒せないんだよ」
 ヴェイアのジンがコクピットに重斬刀を突き刺す。ハッチを突き破った重斬刀の切っ先がヴェイアまで僅か数センチの所で止まる。
 ヴェイアはニヤリと笑うと、突然のヴェイアの行動に怯んでいるシグーのパイロットに向かい宣言する。
「動くなよ、もし貴様が妙な真似をしたらオレの体は真っ二つだ!それが嫌なら、そのシグーを降りて投降しろ!!」
 自分の命すら駆け引きに使うヴェイアにシグーのパイロットは驚愕する。
「君は正気なのか!!」
「フン、オレにとっては正気だが、お前にとっては狂気かもな……オレは絶対にオレを否定した貴様らの言いなりにはなんね――!そんな事に成るくらいなら死を選ぶぜ!」
「そんな……目を覚ますんだヴェイア!君はもう人殺しの道具じゃないはずだ」
 シグーのパイロットは必死になってもう一人ヴェイアに呼びかける。
「無駄だ!アノ女の歌がない限りアイツはオレを封じられない!
 さあ選びな!オレを助ける為に機体を捨てるか!!それとも、このオレ達を見殺しにするか!!!」
 シグーのパイロットは呻く様に言う
「僕は……僕は!!」
 シグーのパイロットが決断を下そうとしたその時に、重斬刀を握っていたヴェイアのジンの右腕が破壊される。
「ヴェイア馬鹿な真似はするな!!もとのヴェイアに戻れ」
 やっと追いついたイライジャのジンがマシンガンを構えながら突撃してくる。
「ゴミの分際で!!お前のお友達はアノ歌がないと何も出来ないんだよ!」
「ヴェイア!歌なら君の中にあるはずだ!!」
「何を馬鹿な事を……!」
 ヴェイアはジンに右腕の代わりに左腕で重斬刀を掴ませようとするが、ヴェイアの左腕を彼の右腕が彼の意思に関係なく止めた。
「何!!!」
(そうだイライジャ、彼女の歌は僕の中にある!!)
 ヴェイアの頭に、聞こえるはずがない少女の美しい歌声が響く。
「うをおおぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!ヤメロォオオオオオオオオ!!!!」
 耳を押さえて、苦痛にのた打ち回るヴェイアだが、歌は聞こえなくなるどころか、どんどん大きくなり彼を苦しめる。
「グゥ!!まるでセイレーンの歌声の様にしつこい……ハッ!しまった」
 ヴェイアが気づいた時にはシグーが目の前に迫っていた。
 両手に重斬刀を構え、一瞬の内にヴェイアのジンの両手、両足、背部スラスターを切断する。
「チィイイイイ!!」
(もう諦めろ、君の負けだ。彼女の歌は常に僕の中にある…だから二度と君の言い成りにならない)
 ヴェイアの体は、再び元の人格のものに戻ろうとしていた。
「ケッ!分かったよ……今日のところは負けを認めてやる…だがな忘れんなよ!お前が力を求めた時にオレは必ず復活する!その時を楽しみにしていろヒャァははあははっはあっは」
 不気味な笑い声を残しながら凶悪な、もう一人の人格はヴェイアの心の奥底に消えていった。
「さようなら、もう一人の僕……」
 コクピットの中でヴェイアが呟くと、胴体だけになったヴェイアのジンをイライジャのジンが抱きとめる。
「大丈夫か、ヴェイア!」
「ありがとう、イライジャ……君のお陰だ」
 ヴェイアは自分を取り戻す切っ掛けを作ってくれた彼の親友に感謝するとシグーのパイロットから通信が入る。
「ヴェイア……ゴメン」
「気にしないでくれ。君は正しい事をしたんだ。それよりも連合の艦隊が迫ってる」
 ヴェイアの言葉通り連合の艦隊の本隊は、もうそこまで迫っている。
「ヤバイぜ!どうする」
 慌てるイライジャにシグーのパイロットは静かに言った。
「君はヴェイアを頼む、アレは僕が何とかする!」
「何とかって……おい!!」
 シグーはイライジャの言葉を聞かずに単機、連合の艦隊に向かっていく。
「彼なら大丈夫だよ、イライジャ」
「それより教えてくれ、さっきのお前は何だったんだ?」
「あれは僕のもう一つの人格なんだ、『破壊』と『穏やかさ』相反する二つの目的の為に作られた僕の心は二つに引き裂かれ、あんな人格を作ってしまったんだ」
「そんな…」
「彼は持ち前の凶暴さで僕の心を侵食していった……唯一、彼を抑えることが出来るのは、彼女の歌を聴いてる時だけだったんだ」
「それでラクス・クラインの歌をいつも聴いてたのか……しかし何でだ?」
「それは平和を願う彼女の歌声が、破壊を望む彼にとっては苦痛なんだよ」
「なるほど」
 イライジャが感心したように言う
「ちょっとした事故でヘッドホンが壊れて、彼に支配されたが、もう大丈夫だ。彼女の歌は僕の中にある。
 だから彼は、もう二度と表に出る事はないはずだ。ありがとうイライジャ……」
「気にするなよ……それより、あのシグーは大丈夫なのか?」
「彼なら大丈夫」
 そうヴェイアが言うと幾つもの爆発が漆黒の宇宙を彩っていった。

 シグーは連合艦隊の目の前に飛び出すと、両腰のMMI-M7S 76mm重突撃機銃を正面に向け、さらに両腕のM7070 28mmバルカンシステム内装防盾も同時に構える。
 薄暗いコクピットの中では、照準を合わせるターゲットスコープの光が反射し、パイロットのヘルメットに投影される。
 シグーは迫り来る連合のMA部隊に計四つの銃口から迸る銃弾の雨を浴びせる。驚くべきほど正確なシグーの射撃でMA部隊は次々と行動不能にしていく。
 始めは圧倒的な数を誇っていた連合のMAも、動けない味方を回収する為に戦力を削られ、確実にその数を減らしているのをシグーのパイロットは見て取った。
「よし!このまま……」
 鋭い殺気を感じたシグーのパイロットは慌てて機体を反らす、その刹那、シグーの右腕のバルカンが爆発する。
「ハッ!ビーム?」
 ありえない事だと思った、今現在、CEでビームライフルを装備したMSはGAT-Xシリーズしか存在しないハズだった。
 シグーのモノアイが今しがた、ビームライフルを発射したMSの姿を捕らえパイロットが驚きの声をあげる。
「そんな!!ガンダム!!!」
額から伸びた二本のブレードアンテナ、人の顔のようなツインアイを点灯した青いMSは、かつて自分が奪取に失敗したMSにソックリだった。
(まさかアノ五体以外にガンダムが……いや、もしそうならマティスさんが知らないはずがないし)
そしてシグーのパイロットは、目の前のMSが自分がガンダムと呼ぶMSとは機体コンセプトが大きく異なる事に気づいた。
「あのマーキング……PS装甲じゃないのか?しかも装甲があんなに薄く……そうか回避する事を前提にしているのか!けどアノ機体は一体……!来る!」
 再び迫るビームライフルの攻撃をシグーのパイロットは銃口の向きから発射タイミングを読み回避する。
「この!!」
 すかさずシグーの反撃、しかしシグーの放った弾丸は青いガンダムがいた場所を空しく過ぎるだけだった。シグーと青いガンダムが戦っている間に、連合艦隊はリティリアに向けて確実に迫っている。

「……なら、一気に決める!」
 シグーのパイロットの中で、『何か』が弾けた。
 集中力が極限まで高めたシグーのパイロットは、左腕のバルカンと左手に持った重突撃機銃を同時に青いガンダムへ向け撃つ。青いガンダムは今度も楽に回避したように見えたが、回避と同時に右肩アーマーが弾け飛ぶ。
 シグーのパイロットは、青いガンダムの動きにシグーの右腕をあわせて動かし、右手に持った重突撃機銃を青いガンダムに当てたのだ、驚くべき反応速度が成せる業だ。
 だが青いガンダムも黙っていない、すかさずビームライフルを三点射するも、今のシグーのパイロットには飛び散るビームライフルの粒子すらハッキリと知覚できる。全てのビームライフルを最低限の動きで避け、連合の艦隊を追おうとしたシグーに青いガンダムが迫る。
 射撃武器では倒せないと判断し、接近戦を仕掛けるつもりだろう。
「来るなぁ―――っ!!」
 バルカンと重突撃機銃を同時に撃つシグーだったが、青いガンダムはシールドの影に機体を隠す。接近した青いガンダムは、シールドを蹴り、その反動で機体を移動させつつシールドをシグーに衝突させようする。
 予想だにしなかった攻撃に慌てて回避するシグー、だが僅かに反応が遅れ、シールドの端が左肩アーマーのスタビライザーを持って行く。
 そして、それと同時に青いガンダムがビームサーベルを抜き、シグーに斬りかかる。青いガンダムの斬撃が、シグーの左腕のバルカンと両手の重突撃機銃を切り落とす。
「クッ!!」
 二撃目、三撃目の斬撃をシールドで受け止める続けるシグーだが、その間にも連合艦隊は、どんどんリティリアに迫っている。
「いけない、このままだと……」

「ヤバイぜ!ヴェイア、連合の艦隊が再び動き出した」
「彼と互角に戦ってる人間がいる……これは!ビーム兵器の光か?しかもこれは……ガンダム!」
 青いMSの映像を見たヴェイアは、咄嗟にシグーのパイロットが付けたGAT-Xシリーズのニックネームを口にする。
「ガンダム?それよりビーム兵器だって!まさか…映像のデータをくれるか!」
 通常のジンよりも高い望遠性能を持つぜヴェイアのジンが捕らえたMSの映像データがイライジャのジンに転送される。
「やっぱりブルーフレームだ!劾なのか!」
 イライジャは自分の相棒の機体を確認し、驚きの声を上げる。
「君の仲間がどうして……」
「わからん、止めるか?」
「それよりも僕達は連合の艦隊をどうにかしないと……」
「このオンボロが二機でか?」
 イライジャのジンはカメラが半分死んでる、ヴェイアのジンに至っては動く事すら満足に出来ない。とても戦闘を行える状況ではない。
「けど、やるしかない。イライジャ、君にこれ以上、迷惑はかけられない。君だけでも離脱するんだ!」
「出来るかよ!言っただろ、俺は俺自身の為に戦うんだって!」
「でも!…………えっ!これは!……」
「どうした!」
「連合の艦隊が向きを変えていく、この高速艦を追ってるみたいだけど…」
「何にしても、助かった。オレ達は劾達を止めよう!」
「ああ、センサーは僕が、移動は任せたよ」
 二機のジンは寄り添いながら激闘を続けている止めようと二人のもとへ急いだ。

 まさか自分とブルーフレームに互角の戦いをする者がいるとは、ブルーフレームの中で劾は大いに驚いていた。
 イライジャの所属する傭兵部隊サーペントテールのリーダーを務める彼、叢雲劾に課せられた任務は『消えた核兵器の捜索』だった。
 劾は、地球連合から依頼で消えた核兵器の足取りを追って、この宙域まで連合の艦隊と共にやって来たのだが、目の前の所属不明のシグーが突如として現れ艦隊に攻撃を加えてきたのだった。
 捜索任務中の艦隊の護衛まで含まれていた為、劾も戦う事になったのだが……
「これ程とはな!」
 劾はビームサーベルを捨てて、アーマーシュナイダーに武器を持ち替える。これ以上、ブルーフレームのバッテリーを消耗させない為だ。
 何度もビーサーベルの斬撃を受け続けたシールドでは、貫通力のあるアーマーシュナイダーを受けきれないと悟ったシグーのパイロットは、両腕のシールドを強制パージし、アーマーシュナイダーの最速の一撃を両手に持った重斬刀で受け止める。
通常ならばアーマーシュナイダーを振るう方が重斬刀を振るうよりも、リーチが短い分速いのだ。
 しかも、ブルーフレームはオーブが連合のMSの技術を盗用し、独自の技術を加え完成させたMSで、その反応速度、フレームの柔軟性は、おいては現在のMSの中では他を大きく引き離す物だ。それをシグーで渡り合うとは、普通ではありえない事だった。
「なんという反応速度だ……しかし!」
 ガイは勝負に出た。ブルーフレームの両手にアーマーシュナイダーを構えると、ブルーフレームの反応限界速度ギリギリのスピードでアーマーシュナイダーを振るい続ける。
 相手のシグーも一歩も引かずに、その攻撃を全て受け止め続ける。やがて何度も攻撃を繰り出し続けたアーマーシュナイダーの一本がポキリと折れる。これを好機と見たシグーは決着を付けるべく重斬刀を振るうが、その動きは酷く緩慢だ。シグーの両腕の肘関節を覆うカバーは赤熱し、火花が上がっている。
「しまった!」
 シグーのパイロットは劾の狙いをようやく悟る事が出来たのだ。そう本来ならいくら改造機とはいえ、シグーと劾の乗ったブルーフレームとの間には越える事の出来ない反応速度の差があったのだ。
 それをシグーのパイロットは自分の異常な反応速度で強引に埋めて今まで戦っていたのだ。しかし、そんな事を続ければ機体に負荷がかかり過ぎ、今の様にオーバーヒートを起こしてしまうのである。
 そのためにシグーのパイロットはストライクを欲していたのに……
「機体の負担を考えないとは、パイロットしては二流だな」
 劾は、折れてない方のアーマーシュナイダーをシグーのコクピットに突き立てようとした。
「待ってくれ!劾!!」
 イライジャの声が劾に反応して劾の手が止まる。
「イライジャ」
 赤いジンと寄り添うようにしながら、イライジャのジンが、こちらに近づいている。
「いったい、ここで何が起きているんだ」
「実は……」
 イライジャは劾に、これまでの事情を簡単に説明した。
「そうか……そんな事が。むっ!」
「うおっ!」
「やった!」
「わぁ!」
 四人が見守る中で、ついにリティリアの核エンジンが火が吹いたのだ。リティリアは核の炎を輝かせながら、憎しみも争いのない楽園へと旅立っていく。

「俺の任務は終わったな」
「なぁ劾、オレはヴェイアを……」
「血の『英雄ヴェイア』はお前達が倒した……ミッションコンプリートだ」
 ヴェイアは劾の言葉に頷く
「はい、もう二度と彼は現れません。『英雄ヴェイア』は死んだのです」
「あの、僕達を捕まえたりしないのですか」」
 シグーのパイロットが躊躇いがちに聞く。
「俺の任務は、『消えた核兵器を捜す』事だ。その理由と所在が明らかになった以上、俺の任務は終わっている」
「そうですか……ところで、そのガンダムは連合のモノですか」
 シグーのパイロットの言葉に、イライジャが首を捻る
「ガンダム?そういえばヴェイアもガンダムって呼んだけど……」
「……なるほど。OSの頭文字を取ってガンダムか」
 劾はブルーフレームに搭載されたOSの起動画面を思い出し答える。
「ええ、そうです。僕が知る限りで、そのOSを搭載したMSは五体きりです。
 それなのに、このMSは一体……」
「傭兵には依頼人の秘密を守る義務がある……」
「そうですか…ん、どうやら迎えの船が来たようです」
 シグーに暗号通信が入り、合流地点の座標が送られてくる
「イライジャ、君には迷惑をかけたね。君のジンを壊してしまって本当にすまなかった」
「気にするなよ」
 イライジャは、そう言ってるが、ヘリオポリスの任務やミラージュコロイド搭載メビウス破壊任務など、最近、何かとよくジンを壊している為、ジンの修理代は、彼にとってかなり頭の痛い問題だった。
「でもパーツ代だけでも、かなりかかるだろう?
 もし良かったら僕のジンのパーツを使わないか」
「いいのかよ!」
(これで風花に金を借りなくてすむぞ)
「ああ、『英雄ヴェイア』が死んだ事になるなら、この機体で戦う訳にはいかないからね」
「わかった。じゃあ元気でな!」
「君も」
 二人はがっしりと握手を交す、この時のイライジャは。復活した『英雄ヴェイア』と再び合間見える事になるなど夢にも思っていなかった。

「熱は、だいぶ下がった様だね」
 ベッドに寝込むフレイの額に置かれたタオルを代えながら、サイの手がフレイの額に当てられる。
「サイが薬を持ってきてくれたお陰よ……」
 普段より弱弱しい彼女の姿がサイにはとても愛おしく感じた。
「……あのさフレイ」
「何?」
「この前は叩いてゴメン。ホントはさ、もっと早く言うべきだったんだけど……」
「良いのよ気にしなくて。あの時は私も悪かったから……それに私も意地を張ってサイを避けててゴメンね」
「ううん、良いんだよ。そうそうオートミールを持ってきたんだけど……食べる?」
「……食べるわ」
 フレイはそう言うと黙って口を空ける。
「どうしたの?」
「もう、……食べさせてよ」
 フレイの顔が赤いのは熱のせいだけではないだろう。
「えっ!………………コホン!」
 サイも顔を赤くさせて、小さく咳払いをすると辺りを見回す。
「わかったよ……はい、あ~ん」
「あ~ん」

「まったく良くやるよ」
 仕切り一枚、向こうの会話を聞きつつトールがぼやく。
「もう、そんなこと言わないの」
 ガウンを羽織ったミリアリアがオートミールの器を持ちつつ答える。
「調子どう?」
「薬を飲んでグスッリ眠ったら大分、楽になったわ」
「そう、良かった」
 トールが胸を撫で下ろす。
「そうそう聞いたわよ、薬探しててMSに襲われたんだって?あんまり無茶しないでよね」
「大丈夫だって、そう簡単に死なないって、だって……」
「だって?」
 ミリアリアが興味深そうに聞く。
(まさか『君を残して死ねない』とか?)
「まだ二ヵ月後のモビルソードファイターズの全国大会で優勝するまでは!」
「なあ~んだ」
 乙女の期待を裏切る回答にミリアリアが落胆する。
ちなみにモビルソードファイターズというのは今、オーブで大流行してるMSをモデルにしたロボット格闘ゲームの事である。
「なあ~んだって何だよ!前の大会じゃ本国の中学生に優勝さらわれたけど、ヘリオポリス代表の意地に賭けて絶対に負かしてやるんだからな」
「また前みたいに真っ二つにされるのがオチよ」
「グッ」
 前回の大会でトールは最強キャラと言われるスーパーサウダーデを使っておきながら、隙の大きい武装ばかりなジェネシックダンに敗れたのだった。
 しかも天空V字切りという誰も使った事のない大技で……
「今度は勝つんだよ今度は!」
「勝ったら賞金で何か買ってよね」
「ああ、任せておけって」

 アークエンジェルの食堂、電気加熱機にかけられた鍋からコトコトと音を立てて煮立っている。
「おねえちゃん、まだ~」
「もう少し」
 待ちきれない様子のエルをカガリが宥める。
「何をしている?」
「うわ!ビックリした!」
 食料をつまみ食いに来たカナードがカガリの背後から声を掛けると、カガリは慌てた様子で振り返る。
「またツマミ食いか!いい加減にしとけよ」
「いいじゃないか、どうせユニウス7で十分に補給をしたんだ。それよりコソコソと何をしている」
「おねえちゃんがね、エルにロールキャベツつくってくれるんだよ」
「お前……料理できたのか!!」
「これが初めてだよ、ユニウス7でレシピを見つけてな……なんか気になったから作ってみようかなって…」
「ふ~ん、だが勝手な事をしてると、また副長に叱られるぞ?」
「見逃してくれ!頼む!」
 カガリが両手を合わせてカナードに頼むが冷たく突き放す。
「庇う義理はないな……」
「なら一つあげるから」
「いいだろう、副長に教える義理もないからな」
「素直じゃない奴」
「おい、お前、先に食べろ……」
 カナードは、皿によそわれたロールキャベツを指差しながらカガリに言う。出来上がったロールキャベツは酷く不恰好でお世辞にも美味しそうには見えなかった。
「形は悪いけどレシピ通りに作ったから悪くないはず……たぶん」
「だったら、お前が先に食べろ!」
「味は大丈夫だって言ってるだろ!先に食べてみろよ」
 カナードとカガリは互いに譲らぬまま箸をつけようとしない。
「いっただきま~す」
 待ちかねたとばかりにエルがフォークを突き刺し、二人が見守る中、ほうばる。
「おいしー!!」
 エルが満面の笑顔で答えると、カガリは胸を張って言う
「な!味は悪くないだろ?」
「ま、食えるという事か」
 そう言ってカガリは自分が初めて作った料理を口に入れる。
「………………」
 カガリが石の様にその場に固まる。
「どうした?やっぱり不味かったら……」
 カナードが、茶化しながら自分もロールキャベツを口に入れる。
「うっ!!」
 そのロールキャベツの味は、カナードを今まで経験した事のない不思議な気分にさせた。
 初めて食べる味なのに、どこか懐かしく、自分を穏やかにしてくれる様で、なぜか心を締め付ける。
 嬉しいようでいて悲しい……そんな不思議な味だった。
「おねえちゃんどうしたの?どこかいたいの?」
 カナードを現実に引き戻したのはエルの声だった。
 エルはカガリを心配そうな顔で見ている。カガリは俯き、声を押し殺して肩を震わしている。
「何を泣いている?不味いからか?確かに不思議な味だが……」
「ウルサイ……!!お、お前だって……そうじゃないか……」
「ほんとだ~」
 カガリとエルの指摘にカナードは自分の頬に手を当ててみる。
 頬を伝う一筋の暖かなモノが自分の涙だと気づき愕然として呟いた。
「オレは…何で泣いてるんだ……」