C.E73年 メサイアが存在する宙域。
今ここでこの世界全てを巻き込んだ二度目の戦争が、終結を迎えようとしていた。
「おおおおおおお!!
アスラン!アンタって人はあああああ!!!」
「シン、もうやめるんだこんな戦いは!!
本当にこれがお前の望んだことなのか!?」
シンの駆るデスティニーとアスランの乗る∞ジャスティスが、激突を繰り返す。
「うるさい!
俺達を裏切ったアンタに何がわかる!!」
「俺はお前達を裏切っちゃいない!」
「っっ!
ふ、ふざけるなああああああああ!!」
デスティニーがその肩に装着されている、フラッシュエッジ2を∞ジャスティスに向けて投擲する。
「くっ、やるしかないのか……!」
∞ジャスティスは向かってくるブーメランを、ビームサーベルで弾いた。
「もうひとつ!!」
更にもう一つのフラッシュエッジを投げつけ、それが∞ジャスティスに届く寸前に手に持ったビームライフルでそれを打ち抜く。
間近で起こった爆発が∞ジャスティスのセンサーを一時的に麻痺させる。
「なにっ!?
くそっ、センサーがやられただと!?」
その爆炎を割いてデスティニーの高出力ビーム砲が∞ジャスティスに向かっていく。
「ちぃぃ!この程度!!」
赤光を放ちながら迫るビームを、アスランは勘だけで腕のビームシールドを用いて防ぐ。
ビーム砲とシールドの干渉によるスパークが、一瞬アスランの目を奪う。
その一瞬が勝負の明暗を分けた。
「まだだ!!
俺は!今この瞬間!アスラン、アンタを超える!!!!!」
背部の翼をはためかせ、最大出力で一気に∞ジャスティスに詰め寄るデスティニー。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その勢いで∞ジャスティスの頭部を掴み、パルマフィオキーナを放つ。
「なんだ!?メインカメラが死んだ!?」
外の状況がわからずうろたえるアスラン。
(よし、押してるぞ!
このまま一気に……決めてやる!)
『…シ…こえ…か…?シン……シン!!
聞こえてますか!?シン!!
聞こえてるなら、今すぐミネルバに戻ってきてください!』
いきなり外部から、ミネルバからの通信が入る。
「あ、アビー!?
どうしたんだ、一体!」
通信士のアビーのただならぬ口調に、シンの頭に嫌な予感がよぎる。
『ミネルバは只今敵MSの攻撃を受けています!
至急救援を!』
突然の報告にシンは目を剥く。
「攻撃って……ルナはどうしたんだよ!?」
『インパルスは既に敵MSによって大破しました!!
援護をお願いします!』
「ルナが!?
くそっ、シン・アスカ了解! すぐにそっちに戻る!」
「……シン、ミネルバが……どうかしたのか?」
シンとミネルバの通信を聞いていたアスランが尋ねてくる。
「アンタには関係ないでしょう!?
ふん、俺はミネルバに戻りますよ。とどめはささないでおきますから、オーブのお姫さんとかにでも拾ってもらってください。」
「……すまない。」
「…………」
アスランの礼には応えず、シンはデスティニーを反転させミネルバへと向かう。
ふとシンは自分がほっとしていることに気づく。
(ああ、そうか……俺は今安堵しているのか……
もう一度あの人を討たずにすんで……)
すこし目が涙で滲んだが、今は感傷に浸ってる場合でないことを思い出す。
「ミネルバ……無事で居てくれよ!!」
デスティニーの速度を上げ、ミネルバへと向かう。
ドムのギガランチャーがミネルバの側面を捉える。
「左舷被弾!!
副長!トリスタン、イゾルテともに既に沈黙、ほとんどの兵装が使い物になりません!」
ミネルバのブリッジに悲痛な報告が響き渡る。
これでミネルバは、その戦闘能力のほとんどを奪われる結果となった。
「くそっ、もう打つ手はないのか、打つ手は!」
ミネルバの副長……アーサー・トラインは頭を抱えた。
(艦長さえいてくれれば……っ)
現在ミネルバの艦長であるタリアはメサイアに召喚されており、この大事に副長のアーサーが指揮をとることになっていた。
「副長!シンとの連絡がとれました、こちらに向かっています!!
おおよそ10分後にこちらに着くと思われます。」
アビーの声にブリッジに活気が戻る。
ザフトのエースであるシンが戻っきてくれるのだ、これでもう大丈夫とクルー達は安堵の声をあげる。
しかし、その中でアーサーは冷静であった。
今のままではミネルバは五分と持たない……それが現実だった。
そして、この状況で艦を任された自分がどうすればいいのかも、理解していた。
「副長、ご命令を!
シンが来てくれるまでなんとか持ちこたえましょう!」
ブリッジクルーが期待をこめたまなざしを向けてくる。
アーサーはすこし憂鬱な気分になった、自分はいまからこの期待を裏切るのだから。
「……そうだな、艦内全域と……あとシンに通信を繋いでくれ。
それと君達は格納庫に行って脱出の準備を、さぁ早く!」
「副長!?
まさかミネルバを捨てるおつもりですか!?」
「まだ、私達はやれますよ!シンが来るまで持ちこたえましょう!」
クルー達の視線が、言葉が突き刺さる。
「いいから、早く行くんだ!!
時間は早ければ早いほどいい!
急げ!!」
それらの全てを一喝で黙らせる。
それだけの迫力が今のアーサーにはあった。それはまさに決死の覚悟をした男の姿であった。
「っっ!了解しました!!
アーサー艦長の御武運をお祈りします!」
CICの担当クルーがそう言いブリッジから出て行ったのを皮切りに、次々にクルーがブリッジから出て行く。
アーサーは通信が繋がっているのを確認すると、おもむろにしゃべりだした。
「……あー、きこえているかな?ミネルバの皆とシン。
副長のアーサー・トラインだ。
まず全クルーに通達、現時点で全ての作業を中断、格納庫にて集合。
点呼が済み次第救命艇にのって、ミネルバから退艦するように。
ああ、私のことは気にせずに、そろった時点ですぐに発艦だ。
それからシン、君はミネルバじゃなくてメサイアに向かいなさい。」
『ふざけないでください!
今すぐ戻りますから待っててください!』
そこまで言った時点で、シンが反論する。
色々と問題を起こしたが、根は優しい子だ……自分達を見捨てろ、といったような命令を素直に聞くとは、アーサーは思っていなかった。
「シン……ありがとう。
でももうミネルバはもたない。
だから君は議長を守るんだ……」
『ふざけるな!
アンタ死ぬ気じゃないだろうな!?
そんなことゆるさ「いいから聞け!!!」っ!?』
「シン、君はZAFTのトップエースなんだろう!?
フェイスなんだろう!?
なら、議長を! プラントを守るんだ!!
私達はそのために今ここにいる! 違うか!?」
一瞬の沈黙。
『……了解、しました』
搾り出すような声でシンが答える。
「そうだ、それでいい……
シン、君に一つだけお願いがあるんだ。」
『……なんですか?』
ミネルバから救命艇が飛び立つ。
恐らくオーブ軍は逃げ出した相手の命まではとらないだろう、とアーサーは思う。
「生きてくれ。」
『それは、命令ですか?』
「いいや、言ったろう?お願いさ。
君とはあんまり話す機会が無かったけど、最後の願いくらい聞いてくれてもいいだろう?」
返事は無かった。
もしかしたら泣いているのかもしれない、本当にやさしい少年だったから。
「さて、ここらでお別れかな……」
通信を切り、アーサーは独りごちる。
先ほどからそう遠くないところから爆発音が聞こえてきている。
一番堅牢に作られているが、ブリッジに被害が及ぶのも時間の問題だろう。
ふと思い出したように、アーサーがつぶやく。
「ああ、そうだ……艦長、約束守れそうに、ないです……
すみません……」
その言葉と同時に爆炎がブリッジを包み、アーサーを覆いつくした。
「ミネルバ!?ミネルバ!?応答してくれ!!
副長!アビー!ルナ!」
シンはデスティニーの中で、反応の無くなった通信機に対しひた叫んだ。
ちくしょおおおおおおおおおおお!!!」
慟哭、そうとしかいえない叫びがコックピットの中をこだまする。
「なんで、なんであいつらは!!いつも俺の大切なものを奪う!?」
シンは涙を吹くこともせずに、デスティニーをメサイアへと向け、その赤い翼をはためかせる。
「……これは、レジェンド?」
メサイア付近までたどり着いたシンの目に、大破したレジェンドが映る。
「まさか……そんな……レイっ!!?」
通信機の周波数を合わせ、レジェンドに呼びかけるシン。
「その声は……シン、か?
アスランは、どうした?」
レイの声が通信機を伝ってシンに届く。
「勝ったよ!!
それよりも、レイ!無事なのか!?」
「そうか……お前はあいつを、アスランを超えたんだな……
俺はもう駄目だ。脱出装置は作動しないし、先ほどからジェネレータが異常な熱量を放っている。
あと数分ももたないだろう。」
「そんな!
今助けるからな、まってろよ!」
「来るな!!」
デスティニーをレジェンドへと向けて動かそうとしたシンをレイがとめる。
「いいんだ……もう。
結局、俺はキラ・ヤマトを倒せなかった。
くく……所詮俺ではスーパーコーディネイターを倒すことなど、出来なかったというわけだ。」
自嘲じみた声でつぶやく。
「……レイ。」
「なあ、シン?
俺は何なんだろうな?
望みもしないのにクローンとして生まれ、寿命も短い。
ならせめてギルの為に、とキラ・ヤマトを落とそうとしてこの様だ……
俺は……一体なんだったんだろう……?」
「レイはレイだろう!?
クローンとか、スーパーコーディネイターとか、そんなの関係ない!
お前は無愛想で、なに考えてるのかよくわからなくて、でもなんだかんだ言って助けてくれて、議長のことが大好きで……!
そんな俺の友達じゃないか!!!」
シンの悲痛な叫びが響き渡る。
「……と…も…だち?」
呆然と、つぶやくレイ。
自分がシンを利用していたことは、シンだって薄々気づいているはずだった。
そのシンが……自分に……?
「だってそうだろ!?
レイは俺の友達だ!
俺達は親友だ、そうじゃないのかよ!?」
「……は……は、はは……そうか、そうだったな、俺はシンの友達だった。」
「そうだよ!
だから自分はなんなのかなんて……そんな悲しいこと言うなよ!」
レイはなにか憑き物が落ちたような感じがしていた。
先ほどキラに『君は君だ!』と言われたときは、受け入れることができなかったのに、 シンに言われればこうもすんなりと受け入れることが出来る。
それが……幸せなことだと思えた。
(俺は、俺だ……ラウじゃない。
はは、そうか、そうだよな……)
「シン……なら友達としてのお願いだ。」
「なんだよ。」
一度息を吐いて呼吸を整える。
「俺は、ここまでだ……
だから俺の分も、生きてくれ。
俺の明日を……お前が生きるんだ。」
「レイ!!」
「いいんだ、どうせ俺は長くは生きることが出来ない。
ならこうして最後にお前と話しながら死ねる、それは俺にとって幸福なことなんだと思う。」
レジェンドのコックピット周りから火の手が上っていく。
「レイ、待ってろ!!
今助けるから!!」
(ギル……先に行ってラウと二人で待っています。)
至るところから小さな爆発が起きるレジェンド。
「じゃあな、シン。
俺はお前に会えてよかった……
願わくば、これからのお前がしあわ……」
爆散するレジェンド。
「嘘だろ…レイ……?
おい、レイ!?
レイ、レイ…れいいいいいいいいいいいぃぃぃ!!!!!!」
「俺は……俺は、また守れなかった……マユ、ステラ、レイ……!」
レジェンドが爆発するとほぼ同時に、デスティニーの背後でメサイアが崩れていく。
「あ、あ……メサイアが……」
メサイアには議長がいた。
それが崩壊するということは、議長ももう、助からないだろう。
その時崩壊していくメサイアから、一筋の光が飛び出していくのをシンは目撃する。
「あれは……フリーダム?
あいつが、あいつがやったのか!?」
ストライクフリーダム、前大戦の英雄キラ・ヤマトが駆ったフリーダムの後継機。
圧倒的な火力と機動力が特徴の新型MSである。
すぐさま腰の高出力ビーム砲を構え、狙いをつけフリーダムに向かって放つ。
しかし、フリーダムは持ち前の機動力を生かしそれを回避する。
「なに、今の砲撃は!?」
突然の不意打ちにフリーダムのパイロット、キラ・ヤマトは敵を探る。
「あれは……デスティニー!?
くそ、戦争はもう終わったって言うのに!」
シンは外れたのを確認するやいなや、近接戦闘ではデッドウェイトでしかないビーム砲をパージさせる。
そして、無理な機動を行い体勢を崩したフリーダムに突っ込んでいく。
「うああああああああああああああ!!」
怒りに任せて背中にマウントしていた対艦刀、アロンダイトを叩きつけるようにシンは振るう。
「もうやめるんだ!
僕達が戦っても意味が無い!
戦争はもう終わったんだ!!」
キラはシンに向かって、戦闘をやめるように呼びかける。
しかしキラの叫びは、シンには響かない。
「……お前が、お前が父さんや母さん、マユを、レイを殺した!!
ステラも……ハイネだってそうだ!
お前だけは、お前だけは俺があああああ!!!」
叫び、さらにアロンダイトを振り回すシン。
しかし、怒りで散漫になった動きで勝てるほど、キラは弱くなかった。
「くそ!聞き分けの無い!!」
ストライクフリーダムがサーベルを持ち、アロンダイトを側面部から叩き折る。
「くぅっ!まだ武器はある!」
今度はパルマフィオキーナを放とうとする。
しかし、その武器の存在を知っていたキラは、それが放たれる前に距離をとった。
そのままビームライフルによる狙撃で、デスティニーの両腕を吹き飛ばす。
武装の殆んどを失ったシンは、それでもただ一つ残された頭部のCIWSをばら撒きながら突撃していく。
「いい加減しつこい!」
何度打ちのめしても止まらないシンの攻撃に、痺れを切らしたキラはこの大戦中、守り通した不殺の信念を忘れてしまう。
「これなら、どうだ!!」
がむしゃらに突っ込んでくるデスティニーのコックピットに向けて、腹部に設けられたカリドゥスを発射する。
「……あ」
シンは理解した、これはよけられないということに。
視界から色が消え失せ、何も聞こえなくなる、ただただ引き伸ばされていく時間。
死に直面した、通常の何倍もの長さの時間の中シンは叫ぶ。
「俺はこんなところで死ねないんだ!
約束したんだ!!」
生きる―――と。
「それを俺は果たさなくちゃいけない!!
だから……俺は……俺は!!」
シンは自分の中で何かが弾けるのを感じた。
同時にコックピット内を、シンが見たことも無いような幾何学的な模様が埋め尽くす。
そしてカリドゥスが、デスティニーのコックピットを直撃した瞬間……
シン・アスカは、この世界から姿を消した。