クロノ・ハラオウン提督の執務室。
普段は自他共に認める仕事の虫である部屋の主、クロノが一人で黙々と仕事をするためだけにあるこの場所は基本的にに静かだ。
「で、結局何を作るつもりなんだい?」
「いやー、色々考えたんですけどなかなか決まらなくて。」
また、クロノ自身仕事をする際にうるさいと捗らない気質の持ち主で、そのことを理解している部下達はこの部屋の周囲で騒ぐことも無い。
静寂が似合う空間なのである。
「やっぱり無難なところでクッキーとかですかね。」
「ここであえてのチョコってのはどうだい?」
「バレンタインのチョコのお返しなのにチョコ……
ああ、それも面白いですね~。」
「……おーい、ヴェロッサにシン?」
「でもそれだけだと芸がなくありません?」
「じゃあ、いっそのことお菓子の家でも作っちゃおう!」
「聞こえてないのか……? おーい!」
……そのはずである。
「本気ですか!? いや、この前その童話ヴィヴィオに読んでやったんで受けはいいと思いますけど……流石に無理でしょう。」
「いや、君と僕ならできる! というか僕がやってみたい!
一つの夢だよ、お菓子の家は! 様々なお菓子が絶妙なバランスの組み合わせで互いを損ねることなく引き立てあって始めて存在を許されるんだよ!?」
「熱く語ってるところ悪いんだがヴェロッサー?
なあ、聞こえてて無視してるんじゃないだろうな、二人とも。」
「うお、この人やる気満々だよ!
ああ、わかりました!
もうこの際いけるところまで行きましょう!」
「よく言った、流石シン君!
じゃあ、まずは図面を引くところから始めようか!」
「い い 加 減、人の話をきけえええぇえぇえええ!!」
放たれる絶叫、訪れる沈黙。
「……どうしたんだい、クロノ。
君がそんなに声を荒げるなんて珍しいじゃないか。」
「……仕事、大変なんですかハラウオン提督?」
悪びれる様子も無く、むしろどちらかというとクロノを心配するような声音で尋ねてくる二人をどつきまわしたい衝動を抑えながらクロノは口を開いた。
「いいかい、君たちが休暇中に何をしようが君たちの自由だし、僕がどうこう言うようなことじゃない。
ただな、ここは何処だ?」
「何処って……嫌だなぁ。
自分の執務室もわからなくなったのかい、クロノ。」
「そうですよ、あなたの部屋でしょう?」
首を傾げながら、あくまで真顔で聞いてくる二人にクロノは頭の中で何かの糸がいくつか切れる音を聞いた。
「だから! なんで僕の執務室で君たちがホワイトデーの相談をしてるんだと聞いているんだ! しかも当日に!
大体、ヴェロッサはもう仕方ないとして、シン! 君は地上での仕事があるだろう!?」
「え、何かおかしいことがあるかい?
ていうか僕が仕方ないって。」
「え、有給貰いましたよ?」
「ああ言えばこう言う!!!」
がしがしと頭を掻き毟りながらクロノ。
正直既に仕事どころではなかった。
「ああ、わかった!
仲間はずれが寂しいんだろう。違うかい?」
「なんだ。なら、一緒に作りましょうよ!
結構楽しいですよ、お菓子作り。」
まったく持って見当違いなことを納得しあうようにいう二人を見て、クロノはもう一度声を荒げようとして、止めた。
「……わかった、僕も参加しよう。
ちょっと待っててくれ、この書類終わらせたら今日中にしなくちゃいけないことは終わるから。」
「お、ようやくその気になったね。
場所は……僕の部屋のキッチンにしようか。
シン君、僕達は材料集めて先に向かっておこう。」
「そうですね、わかりました。
それじゃ提督、また後で。」
退出した二人を見送ってから、クロノは溜息をついた。
「やれやれ、なんでこうも気を使われるのかな……」
ヴェロッサは古くからの友人、シンとはとある事件が終わった時に出会ってからの付き合いだからまだ半年くらいだろうか。
あの二人は偶にこうして自分のもとを訪れては、自分を巻き込んで騒いでいく。
迷惑だなんだと言っておきながら結構楽しんでいる自分が居るのだから驚きだ。
いくら仕事の人であるクロノと言えど、去年のとある事件以来、管理局もごたごたしてるし、疲れが思ったよりも溜まっている。
そんな時、計ったようにあの二人がやってくるのだ。
多分ヴェロッサが狙ってやってるんだろうな、と思いながらもそんな友人の心配りに内心クロノは感謝している。
シンもシンでヴィヴィオを引き取るとか、なのはとの話がどうので色々大変だろうに、まだ知り合って間もない自分とよく接してくれている。
「さて、ちゃっちゃと片付けるとしようか。
あいつらの言い分ではかなり時間かかりそうだったし……というか本当に作る気なんだろうなぁ、お菓子の家。」
面倒くさそうに呟きながらも、その口の端は笑みで歪んでいて。
「偶にはこういうのも、悪くないか。」
―――ああ、悪くなんてあるものか。
クロノはそう思い、ペンを執った。
今日は早めに帰ってシン達と作ったお菓子を家族に渡すことにしよう。
喜ぶ子供達や妻の顔を想像するだけで、なんだか早く仕事が片付く気がした。