DEMONBANE=DESTINY_rqMQ90XgM6_12

Last-modified: 2008-09-22 (月) 20:14:52

格納庫内に三体のザクが並び立つ。誘導に従いザクがハンガーに収められると同時イザークの
ザクの掌から一人の男が降り立った。
「宇宙船な……火星に行った時とは大違いだぜ」
呟き、エドガーは周りを見渡す。
鋼鉄の壁、デモンベインと似たヒトガタの群、覇道の基地でも見たことがないものばかりが
ここには存在した。
「おいコラ、テメエ。本当にここは俺のいた世界じゃないんだな?」
「ああ、その通りだエドガー」
誰ともなくエドガーは問いかけ、『彼女』は答えた。
エドガーを覆っていた黒衣が一瞬にして解け、パンチカードがエドガーの周囲に舞う。
無重力空間に円環を描き回転するパンチカード、それはエドガーから離れ螺旋状に渦巻き、
そして一瞬の後、少女になった。
稲穂色の髪を揺らし、彼女――リトル・エイダはエドガーへと振り返る。
「彼らの乗る機械からデータを拝借した。彼らの技術、及び情報伝達体系、魔力濃度、
 霊子濃度……それらの総合から導き出される結果はその解答に是を示している」
そしてL・Aは今自分たちを運んできた白色の機械の小人を見上げた。
「更に、これらの機会兵器に使われている技術には一切の字祷子反応は見られない。つまり、
 覇道鋼造の成し遂げたはずの技術革命が存在しない。それらからも――」
「ちょい待て」
続けようとして、エドガーの言葉にL・Aは口を噤んだ。
「どうした、エドガー」
「どうもこうもしねえ。テメエの下らない話なんぞ俺にはどうでも良い。それよりだ――」
説明の中断の理由を求めるL・Aの眼差しに答える代わりに、面倒くさげな表情でエドガーは
顎をしゃくって促した。
「まずはコッチの奴等をどうにかしろ」
そう言われ、L・Aはその方へと視線を向ける。

 

――いつのまにか、エドガーたちは銃を突きつけられ囲まれていた

 

普通ならば危機的状況ではあるが、この二人にそれは当て嵌まらない。
敵意をむき出しにした視線を意に介する事もなくエドガーとL・Aの会話は続く。
「了解した。しかし私ではこの身体的特徴により彼らへの説明に説得力が欠ける」
「知るか。あの白いのに乗ってる奴にはテメエが話をつけろ。テメエが何も言わなけりゃ
 あのまま地球に行けてたんだからな」
「だがエドガーよ。あの時点で私が救助を求めなければ、あの時点で10分39秒後、術衣形態
 が魔力枯渇によって解除され貴方は死んでいた。最善の選択だった」
「知るか。勝手に救助求めたテメエの責任だろが。俺には関係ねえ」
それ以上は何も言う気が無いのだろう、そのまま壁にもたれかかるとエドガーは腕を組んだまま
黙り込んだ。
「……了解した。では私が彼らとの交渉を行なおう」
銃を構えた兵士たちの向こうからやってくるイザーク達を目に留め、機械語写本の妖精は呟いた。

 

****

 

「ありえない……」
「在り得なくとも信じて貰う他はない。他室にて倣岸不遜な態度をしているであろうエドガーも
 恐らくそう言うだろう」
眼の前の少女が話した内容は、イザークから尋問を任されたシホの常識をXY軸に360度
回ってZ軸方向を加えて吹っ飛ばすものだった。
それは彼女の後ろで立っている警備の兵士たちも同じ事であっただろう。
自分の世界とは異なる世界、魔術と科学の融合した技術により発展した世界、鬼械神、魔術結社、
意志を持つ魔導書、火星人、魔術師――全てがナンセンス。
本来ならばそのような事を口走った時点で両者まとめて精神病院に送る所だが、宇宙空間に
生身で立つ男を見た手前そうもいかない。
「リトル・エイダ……で良いのよね。貴女、私をからかっているんじゃないのよね?」
「残念ながら、私には冗談を言うボキャブラリティはない」
自分より3歳から4歳は年下であろう少女にかける声としては物腰柔らかな問いかけに対し、
少女の方は誰かを騙そうという雰囲気すら感じられないほどの無感情な声色。
口元しか動かないロボット的なL・Aの表情にシホは軽い寒気を覚える。
「……でも、やはり信じられないわね。確かに私達は貴女の主人だという男が宇宙空間で生身で
 立っているのは見たわ。そして、貴女達の乗っていたという機体が消失した瞬間も。
 でも、それらが何かしらの技術の一つとも考える事が出来るわよね?」
「ああ、そうだろうな」
しかし、それは強引なこじ付けだ。
今のこの世界の何処に、50メートルを超える機体を反応すら残さずに消せるというのか。
今のこの世界の何処に、生身で宇宙空間に存在できる人間がいるというのか。
在り得ない、存在するわけがない。シホ自身もその事実を理解していた。
だが、そうでもしないと自分が見たものと彼女の言う事を現実と認めなければなくなる。
知らない内にシホは自分が生きる世界の中の常識を守ろうとしていた。
「そちらの技術レベルがどの水準に達しているかは知らない。そして大西洋連合がどのような
 組織であるかの詳細もデータ不足のため把握は不可だ。しかしながらそちらの言い分も一理
 あるだろう」
「否定しないのね」
「否定する要素が見当たらない」
機械的にも感じられる声で少女は即答する。
「だが、そちらが信じるに値する可能性のある物証を見せる用意はある」
「物証?」
そう言うと、L・Aと名乗った少女は拘束された両腕をシホの前へ突き出した。
突き出した手首には念のためにはめられた手錠がある。だが、それ以外には何もない。
「何もないようだけど――」
「これだ」

言うと同時、シホの眼の前で少女の腕が――文字通り解けた。

血の通った腕が服と共にパンチカードに変わり、手錠が拘束していた腕を失い音を立てて
床に落ちる。
少女の腕は肘から先はなく、繋がった部分からは旧世紀に使われていたパンチカードの
紙片が蛇のようにうねり、螺旋を描くように渦巻いていた。
「嘘……」
シホが守ろうとした彼女の世界の常識はその瞬間瓦解した。

 

「述べた通り、私は人ではない。これだけでもある程度は信ずるに値すると思うが」
パンチカードの束を元の腕に戻し、L・Aがシホを見る。
「冗談でしょ? これ、何の悪夢なのよ……」
「悪夢であれば余程良いが、残念ながら今見たものは全て現実だ」
「悪夢よ、これは……」
頭を抱え、シホは瓦解した自分にとっての現実を反芻する。
だが、眼の前でとびっきりの怪異を見せられた後では、その行為はただ虚しいだけだった。
「……いったいどこからが夢で、どこからが現実なのかしら」
「この世は全て、盲目暗愚たる白痴の王の見る夢。だが、そこに生きる人々には現実だ」
「ひどいオカルトだわ。この科学の時代にあって、そんな話ナンセンス過ぎる」
眼の前の無感情な瞳を持つ少女をシホは見る。額に生えたアンテナのような角が殊更に
奇妙な少女。大きく息を吸い込み、深呼吸する。
「……もう一度聞くわ。貴女は魔導書で、彼は魔術師。貴女達は別の世界から此処にきた」
「そうだ。何の因果が働いてこの世界に来たかはまだ分からないが」
「ユニウスセブンで起きた事も全て貴女達の世界の人間が関わっている」
「そうだ。先ほどの映像から推測するに、恐らくユニウスセブンとやらを破壊したのは
 デモンベインだ。クトゥグアとイタクァの神性同時招喚を行なえるのはネクロノミコン、
 その中でも我が原本(はは)たるアル・アジフでなければ不可能であろう」
「宇宙にはカミサマがいて、それが私達の世界を侵略しようとしている事も?」
「その通りだ。外宇宙の神々は常に我々の世界を冒さんとしている」
「いっそ冗談と言ってくれる方がまだマシよ……」
否定は一切なし、もう一度シホは頭を抱えた。
このまま部屋に戻って寝てしまいたい。そして翌朝起きたら今起きた事も全部夢で、明日も
変わらない哨戒任務で一日が終わる――そう思えたらどれだけ良いか。
ユニウスセブンからこれまで、自分の理解の範疇を超えた事件に巻き込まれ、正直なところ
自分の正気を疑いたくなる。
だが、あのような怪異を見せられてしまって後となっては、眼の前に突きつけられた現実は
認めるほかがない。
後ろで腰を抜かした兵士を一度見やると、シホは立ち上がった。
「分かった、分かったわ……貴女の言う事、信じるわよ」
軽く、機械的に無表情だった少女の瞳に驚きが見えた。
「そうか。信用する確率は低いかと思ったが違ったようだ」
「別に全部信じたわけじゃないんだけどね。あんなもの見せられて信じるなと言う方が
 難しいわよ……軽くトラウマになったわ」
「そうか。だが、あの程度ならばまだ正気を失う内にはまだ入らない。安心して良い」
しれっと言うL・Aの言葉にシホは軽く頭痛を覚えた。
「そう、ありがとうね……でも、貴女達の処遇がどうなるかは正直私には分からないわよ。
 まずは私の上官に聞かないとどうしようもないから」
「それについては問題はない。私もエドガーもそちらが何かしらの危害を加えない限りは抵抗を
 するつもりはない。我々が求めるのは休める場所、それだけだ」
年相応とは思えないL・Aの眼差しにシホは溜息をつく。
「ええ、分かったわ。とにかくイザーク隊長に聞いてみるから、貴女はそこで待っててくれる?」
「了解した。シホ・ハーネンフース」

 

****

 

宇宙、再び魔術師の目を取り戻したエドガーには普通の人間には認識できない霊的な次元
を見通すことが出来る。
だが、今彼がそこに視た宇宙は今まで視てきた世界とは異なる空間に変化していた。
字祷子の流れ、魔力の流れ、それら全てが今まさに源泉から溢れ出したと言わんばかりに
混じり合おうとしている。

――それはまるで、魔術が今初めてこの世界に現れたとでも言わんばかりの奇怪な光景

いや、実際そうなのだろう。
エドガーの魔術師の感覚が、この世界が自分の良く知った世界へと変貌しつつある事を
認識していた。だが、別段それがエドガーの行動指針に影響を与えるわけではない。
結局のところ、エドガーの持つ性質は変わらない。
「くそったれが……」
舌打ちをし、エドガーは自分の顔の前に手をかざした。
それは大人の男の手だ。自分がなりたくてしょうがなかった、大人の手。
弟を守るために望んで仕方なかったその力、その象徴。
いざ大人になりはしたが、しかし弟はもうこの世には居ない。
酷い矛盾だ。最低だ。
そんな運命を運んだ奴を全部叩き潰す、そのためだけに戦った。
様々な人間と出会い、様々な敵と戦い、様々な戦いを繰り広げた。
だが、それすらも何もかも無駄で、無意味で。
最初から最後まで、意味といえるものはなくて。
「結局、俺は運命とやらには勝てなかった……」
理解してはいたが、それは余りにもエドガーにとって腹立たしくてしょうがない事実で。
しかし、それでも、最後の戦い、出会った彼らの顔がそこにはあって。
瞳を閉じると、いけ好かない優男と、気に食わない女教師の顔が浮かぶのだ。
「ああ、くそったれが……」
エドガーの胸の奥に炎が燃え盛る。それは何者をも焼かずにはいられない劫火。
だが、それは決して邪悪ではない。
結局何者をも守れず戦い続け、無意味にされた事への純粋な怒り。
「クソッタレが……!」
その破壊的な炎は更に心の中を暴れまわり、エドガーの魂を奮い立たせる。
「ああ良いぜ……やってやろうじゃねえか!」
瞳を見開き、彼は凶暴な野犬の笑みを浮かべた。
だが、その野犬の瞳は濁ることなく明確な意志を備えていた。
「糞忌々しいあの世界になるってんなら、俺が全員まとめて叩き潰してやる……!
 今度こそしくじらねぇ。今度こそ、ぶっ殺す……!」
そして彼はその手を握り締めた。
まるで、そこに掴み損ねたものを確かめるように。

 

その手を見つめる瞳は優しく、強く――そして、気高く

 

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