虫の音が止んだ時に敷地内に侵入したのも、屋上に居る二人に気付いたらしいのも、銃を構えて膨れ上がった殺気も察知していたから、その瞬間に防御結界を張るのも容易かった。
銃弾が光り輝く魔術文字の壁に弾かれ、火花を散らす。その大半はアルの目の前よりも少しずれた位置、ついでに覆ったラクスの周囲を捉えていた。
「……な?」
「目標は汝のようだな」
動揺するラクスを見て、多少は溜飲が下がる。
「もしや妾を狙ったのではと思い、念のために汝も護ったのだが、そうでなければ汝は死んでおったぞ。 こんなザマで用意だの捨て置けだの……ええい煩い!」
なおも止まない銃弾に苛立ち、植え込みへ衝撃波を放つと、枝葉と共に武装した男が二人ほど吹き飛ぶ。
「あ……ありがとうございます、アル様」
ようやく硬直から立ち直ったラクスだが、すぐにいつもののんびりした口調を取り戻して深々と礼をするのを見ると、意外と大物かもしれない。
「汝には色々言いたい事もあるが、今はそれどころではあるまい。あ奴等は内部にも侵入したぞ」
「はい、急ぎましょう」
屋内に駆け込むと、どこからか銃声が響いていた。
「応戦はしておるようだな。避難場所はシェルターで良いな?」
「はい、そこに逃げ込めば簡単には手出し出来ない筈です」
「汝らの為ではないぞ」
「はい、子供達を避難させて頂ければ助かります」
「ちっ……撃つな!」
舌打ちしたアルが何か言う前に、廊下の角から銃を構えたマリューが飛び出した。
「アルさん? ラクスさんも。こんな夜中に何処へ行ってたんです?」
答えずに、彼女が護衛していた子供達の中に居た九郎に駆け寄る。
「アル?」
九郎の声にも答えず、彼と融合してマギウススタイルへと変身した。
「何か知らんが誰かの襲撃みたいだな。一丁蹴散らして……」
「だめだ、手出しするな!」
「ああ?」
「全く馬鹿げておる。巻き込まれたと判っておるのに、思惑通りに動くしかないとはな!」
「てけり・り」
小型化して肩に乗ったアルの剣幕に、九郎とダンセイニは絶句した
「だがこの場限りだ! 汝らに付き合うのも、この子らを護るのもな!」
デフォルメされた可愛い顔を忌々しげに歪め、ラクスやマリュー、マルキオに向かって叫ぶ。
ラクスとマルキオの表情は変わらないが、マリューは呆気に取られていた。
その後地下へ向かう間も何度か侵入者が襲ってきたが、マリューが見事な手際で撃退し、子供や非戦闘員に近づけない。
「あの人って技術者だろ? 何であんなに強いんだ?」
半ば呆れた九郎の呟きに、ラクスが答える。
「人は様々な才能を持っていますが、それを生かす道を選ぶとも、望むとも限りません」
「なるほどね」
マリューがいかに白兵の才能を持っていても、軍にあって技術仕官の道を選び、それを勝ち取ったのは彼女の自由であり、誰かが口出しする問題ではない。
地下シェルターの扉の前に辿り付く直前にバルトフェルトも合流し、マルキオがコンソールに開閉コードを入力する間マリューと二人で廊下の先を警戒する。
だがマギウススタイルで感覚が鋭敏になった九郎は、別の方向からの押し殺した気配に気付いた。
換気ダクトの格子の中から殺気が発せられ、レーザーポインタがラクスの後頭部を狙う。
「ラクス!」
「危ねぇ!」
それに気付いたキラがラクスに飛び付くより早く、九郎はマギウスウイングで銃弾を弾き落とし、愛用の大型拳銃でダクトを撃つ。壁に大穴が空き気配が消え、しばらくして血が流れ出す。
「ちっ……」
九郎が生身の人間を殺すのは、これが初めてだった。魔物や魔に堕ちた者を討った事はあるが、人間と戦ったのはユニウスセブン戦でジンを撃墜したくらいである。
「手を出すなと言ったであろう。気分が悪いのならなおさらだ」
「無理言うな。お前さっきから何をぶーたれてるんだ?」
「汝の為であろうが!」
「?」
よく判らない理由で怒鳴られて、九郎は戸惑うだけだ。
「ありがとうございます、助かりました」
キラに引き起こされたラクスが、深々と頭を下げる。
「気にすんなって。こういう時はお互い様だ」
「いえ、結局助けられてしまいました。私達はアル様の言う通り口先だけのようです」
「全くだ」
ラクスが九郎に話しかけるのも不快な様子で、アルが口を挟む。
「アルと何を喧嘩したのか知らねえけど、こいつが余計な事言ったか?」
「九郎!」
「いえ、私が全面的に悪いのです。アル様と大十字様にはどれだけ謝っても足りません」
「俺にも? 何だってんだ?」
「後で説明する」
どこまでも蚊帳の外という顔の九郎に、アルは不安になる。事情を知っても、我が主はちゃんと怒るのだろうか?
そうしている間にシェルターの分厚い扉が開き、バルトフェルトを殿に全員が中へ逃げ込む。
扉より隔壁と言った方が良いものが酷くゆっくりと閉じる間、襲撃を受けるのではないかとイライラしたが、閉じてしまえばこれ以上の安心はない。
「これで一安心、かな?」
バルトフェルトも緊張を解き、普段の妙な余裕のある口調に戻った。
「ああ……ってあんた、腕!」
血が流れていないので気付かなかったが、彼の腕には大きな裂傷があった。
「ん? ああ、義手だよ。知らなかったのか?」
驚く九郎に笑いかけながらバルトフェルトが左手首を掴んで捻ると、腕が抜けて中から銃身が現れた。
「へぇ……戦争で?」
「まあそんな所だ」
バルトフェルトはあくまで気楽に言うが、キラが顔を曇らせるのには気付かなかった。
「しかし何だってここが狙われたんだ? っと!?」
九郎の疑問に誰かが答える前に、振動が伝わってきた。
「狙われたというか狙われてるなまだ。くそっ」
「この振動はビーム兵器? MSまで持ち込むなんて」
「それも一機や二機じゃないな。何が何機いるか分からないが、この調子じゃ此処も長くは保たないぞ」
マリューとバルトフェルトの分析を聞くまでもなく、振動は核にも耐える筈のシェルターをも揺るがす。
子供達は悲鳴を上げ、キラはラクスを庇うように抱く。そのラクスが初めて不安な表情をするのを、アルは冷めた目で見ていた。
「ラクス、鍵は持っているな」
「!」
バルトフェルトの声にも、怯えたような顔を返す。
「扉を開ける。仕方なかろう。それとも、今ここでみんな大人しく死んでやったほうがいいと思うか?」
「いえ! でも……それは」
動揺するラクスが可笑しく、同時に腹立たしかった。
「ほう、躊躇うか。ならば妾の怒りも理解したであろう」
「アル様……」
叱られた子供のような表情のラクスは、視線を九郎の肩の小アルとキラの間を行き来させる。
「ラクス? ……あ!」
それを見たキラは何か思い当たった顔を見せた。
「鍵を貸して。僕が開ける」
「キラ!」
「僕は大丈夫だから。このまま君達のことすら守れず、そんなことになる方がずっと辛い」
なおも躊躇うラクスだが、
「そやつの方が腹が据わっておるではないか。汝も一度事を起こしたなら、覚悟は決めておろう」
「うん。だから鍵を貸して」
キラに促されて手に抱いたハロの口を開け、中から鍵を取り出す。
「なあ、話が見えないんだが」
「こ奴等は自由になる剣を持っているのに、使うのを躊躇っておったのだ。汝は利用したくせにな」
「う~ん、まだよくわからん」
「すぐに見られる」
キラとバルトフェルトはシェルターの奥の扉両脇のコンソールへ立ち、それぞれ鍵を挿す。
「いくぞ。3,2,1」
タイミングを合わせて同時に捻る様子は、映画で見た核ミサイル発射キーのようだ。
厳重な扉が開くと、奥の空間には巨人の姿があった。
「MS? これは……」
ミネルバのインパルスに似た顔。フェイズ・シフト装甲のグレーの待機色も同じだ。
「フリーダム。この世界最強といわれたMSだ」
アルが九郎に説明する間に、キラは胸のコックピットに潜り込む。
「けどよ、たった一機じゃあ」
「本当に何も知らぬのだな。あ奴はこの世界のMS撃破記録保持者だぞ」
「え? ええ!?」
無口で気弱そうな少年のイメージに合わな過ぎる話に、九郎が大口を開けて驚く。
「意外だろう? あんな顔してて戦場に出ると凄いのなんの」
口を挟むバルトフェルトが無意識に義手を撫でているのが、何となく気になった。
「そう、キラとフリーダムは無敵です」
頼もしげな事を言うラクスだが、その口調は忌々しい事実を述べているようだった。
アッシュ達の砲撃は遂に核シェルターの第一層を撃ち抜き、穴をモノアイが覗き込む。
「よし行くぞ、目標を探せ。オルアとクラブリックは……ん?」
その時彼は、マルキオ邸の背後の山から光の柱が天に向かって延びるのを見た。
新型のアッシュの砲をも上回る、太く高熱のビームの奔流。空に消える紅い火線を追うように、山の地下から白い巨人が飛び出す。
『あれはまさか……フリーダム!?』
通信で誰かが叫ぶ。前大戦で猛威を振るった青い翼を持つMSの名は、軍関係者ならば誰もが知っていた。
「ええぇ~っ!」
アッシュのパイロットのヨップが上げた情けない悲鳴は仲間達の代弁でもあったが、指揮官が部下の前で口にして良いものではない。
上空に舞い上がったフリーダムにアッシュ達は恐怖にかられた攻撃を開始したが、統制の乱れたとはいえ無数の火線をフリーダムは冗談のような機動性で避け―――そして、反撃!
右手のルプス・ビームライフル、両翼のバラエーナ・プラズマ収束ビーム砲、両腰のクスィフィアス・レールガン。飛来するビームの切れ間を突いて五門の砲が火を噴き、それぞれ別の目標を撃ち抜く。腕や足を破壊され戦闘能力を失ったアッシュが次々と地面へ転がるが、胴体や急所に直撃を受けた機体は一機もいない。
「なるほど、撃墜でなく撃破記録か」
フリーダムを追って地上へ出た九郎は、マギウスウイングで飛びながら戦場を見下ろし、白いMSの戦いに妙に感心した声を出した。
「フリーダムとやらの火力と機動力、それとあ奴の技量があって出来る戦いだな。人としては賞賛に値するのであろうが、仲間の命や任務を背負う兵としてはどうであろう」
九郎とアルが話す間にも、立っているアッシュはみるみる数を減らしてく。
「こっちは新型だぞ! 散開して十字砲火で仕留めろ!」
彼の悲鳴のせいで士気が落ちたのを棚に上げ、ヨップは仲間へ怒鳴る。
だが仲間の一機が指示を無視して、彼の機体に寄り添うように近付く。
「何をしている? 離れないと一撃で……」
何の脈絡もなく、仲間の機体から無数の触手が飛び出た。
「えっ?」
金属管や配線の触手がヨップの機体に触れた瞬間、コックピットのコンソールから同じものが弾け出た。
彼の愛機には既に、彼の知識の及ばない闇が潜んでいたのだ。
「ええっ!?」
それは短い悲鳴を上げる間に彼の身体を絡め取り、皮膚を破って体内に潜り込む。
「うぎっ……ああぁ……」
断末魔を上げる前に、ヨップの身体が一瞬で干乾び、彼は絶命した。
悲惨な最期だが、これすらも魔の陵辱による死としては、割と幸運といえた。
触手は更に伸び、ヨップの機体からも新たな触手が伸びて、無事な機体や地面に転がる機体に触れ、中のパイロットも同じ道を辿る。
「なっ……ぐっ!?」
予想を超えた異様な光景に、フリーダムを駆るキラは言葉を失い、次いで異様な吐き気と恐怖に襲われた。
その原因が人知を超えた魔の発する瘴気だと、彼は知らない。
「九郎!」
「ああっ!」
怪異の気配は、九郎とアルにはもはや馴染んだものだった。
「巻き込んだのは俺達かもな!」
擱座したアッシュの破損部から触手が伸び、飛び散った手足を捉えて胴体へ引き戻していく。
「くっ……!」
吐き気を堪えながらもキラはトリガーを握り、立ち上がりつつあるアッシュを撃つ。
動揺しながらも狙いは正確で、だが急所を外す余裕のない砲撃はアッシュに次々と大穴を空けるが、傷を埋めるように触手が湧き出、次いで細かな部品が無数に出現して、損傷を歪に再生していく。
「そんなっ?」
驚愕するキラのフリーダムへ、再生したアッシュがビームを放つ。回避が間に合わずシールドで受けるが、ラミネート装甲の熱量が一撃で危険域へ達した。
「威力も上がってる!?」
更に飛来する火線を何とか避けるが、その動きに先程までの切れはない。
「くそっ!」
心を覆いそうになる恐れを敵への怒りに捻じ曲げて、無理矢理押さえ込む。
敵は平和に暮らしていた彼の仲間や恋人を狙ったのだ。許せる筈がない。
「許せるもんか!」
「―――憎悪の空より来たりて―――」
「えっ?」
その時天に響いた声が、キラの耳にも届いた。
「正しき怒りを胸に、我等は魔を断つ剣を取る」
マギウススタイルの九郎が空中に魔法陣を描き、祝詞を叫ぶ。
「汝、無垢なる刃―――デモンベイン!」
そして限りなく零に近い、だが在るかも知れない可能性を収束して、彼の半身が顕現した。
MSを圧倒する巨体の着地が大地を揺らし、九郎とアルがコックピットに転送されて、三位一体が完成する。
出現したそれが己の天敵、魔を断つ剣と本能で察したか、アッシュが一斉に振り向く。
その姿を見た瞬間、彼を襲っていた怖気が和らいだ。
「あれは……あれがデモンベイン?」
九郎らの話でしか聞いていないキラにも、それが何か判った。
「魔力はまだ完全ではないが、短時間なら全力で行けるぞ。一気に決めろ!」
「オーケー! ごちゃごちゃ悩まないで済む相手なら楽勝だ!」
九郎とアルが機体チェックを終えるのが早いかアッシュ達の砲身がこちらを向き、破壊をもたらす光が収束する。
「断鎖術式一号ティマイオス、二号クリティアス、開放!」
ビームの雨が飛来する直前、デモンベインの両脚に装備されたシールドが空間を捻じ曲げ、元に戻る瞬間の爆発的な反発がデモンベインを弾き飛ばす。
舞い上がったのデモンベインにアッシュ達が一斉にミサイルを放つが、慣性を無視した動きでそれを避け、避け、避け―――避け切れないミサイルに頭部機関砲を放つ。
超知覚がミサイルとの距離と相対速度を正確に測定し、未来予測位置へ砲弾を投射していくと、空中に爆炎と焼けた破片の花が咲き乱れた。
「新型射撃システムとやら、悪くないではないか」
「頭が勝手に動くのが不気味だがな。それに俺はこっちが好みだぜ!」
爆炎に紛れてデモンベインが着地すると同時に、両手に魔力の光が収束していく。
右手には燃える闘志を凝縮する。黒鉄に紅い装飾の自動式拳銃、クトゥグア。
左手には凍れる殺意を結晶する。新雪のように白銀の回転式拳銃、イタクァ。
邪神の名を冠する、九郎が持ち歩く魔銃を巨大化したそれは、絶望に囚われた少女に託された二片の希望だった。
暴力で闇を裂き、無理矢理希望をもたらす。
「消し飛べ!」
一瞬で全弾発砲―――その全てが目標を外さない。
クトゥグアの一発でアッシュの半身が消し飛び、もう一発で残りが消し飛ぶ。
イタクァの銃弾は物理法則を無視した白い軌跡を描き、捕らえた目標を猛吹雪のように巻き込み、細片と化す。
数機のアッシュが再生能力を超えて、完膚なきまでに粉砕された。
魔を断つ剣の威力に、キラは思わず魅入っていた。
「凄い……」
その姿はあくまで力強く、凄まじく暴力的で―――何より美しい。
『キラ、フリーダム。聞こえるか?』
「あっ、はい」
突如入った九郎の通信で、我に返る。
『こういうのの相手は俺達が慣れている。手出しするなとは言わねぇが、絶対近付かずに一機ずつ破壊していけ!どうせパイロットはもう生きちゃ居ない!』
「は、はいっ」
初陣の頃のように不安だったキラは、素直に肯いた。
通信しながら予備弾装とスピードローダーを召喚し、両手が塞がった状態で瞬時に交換する。
「このまま一気に殲滅するぞ!」
「応よ!」
反撃のビームを避けながらまた一瞬で撃ち尽くし、敵を砕く。
上空からはフリーダムの砲撃が降り注いだ。五門の砲を集中し、一機ずつ粉々にしていく。
「さすが顔の割に経験豊富、回復が早いじゃねぇか」
「言い方が下品だぞ」
言い合う間にも攻撃の手を休めず、アッシュはみるみる数を減らしていく。
あと一撃で全滅させられるまで減らし、何度目かの弾交換の時―――新たな殺気に九郎がその場を飛び退くと、アッシュより遥かに太い火線が通り過ぎた。
鬼械神にも引けを取らない巨体が、海面を割って現れた。
怪異に相応しい異形のMA、ザムザザー。
「新手! でも何だありゃ?」
「あれもこの世界の兵器か?」
それは破損部から蠢く触手が漏れて、更に禍々しい姿となっていた。
生き残りのアッシュの上空に飛来したザムザザーの下部から触手が伸び、仲間とその残骸を取り込んでいく。
「融合する気か?」
「待ってやらねぇよ! フォマルハウトより来たれ!」
デモンベインの眼前に一発の弾丸を召喚し、魔力を込める。それをクトゥグアに装填すると、魔銃の放つ妖気が更に増大した。
「クトゥグア、神獣弾!」
通常の発砲を遥かに上回るマズルフラッシュと轟音。閃光を放つ銃弾は瞬時に炎を纏う獣と化して、ザムザザーへ襲い掛かる。
だが魔獣が喰い付く直前、ザムザザーの目が紅く輝き、光の障壁を発生させた。全てを焼き尽くす魔獣が受け止められ、食い破ろうと咆哮を上げ―――遂には果たせずに消滅した。
「結界? ならこれで!」
魔銃に弾を装填し、これまで以上の速度で全弾撃つ。一点を狙ったクトゥグアの弾丸に、軌道を変えたイタクァの弾丸が
一列になって続く。
かつて邪神の力を得た鬼械神の結界をも撃ち抜いた、一点収束銃撃。だがこれすらも、ザムザザーの障壁―――もはや陽電子リフレクターではない―――は全て弾いた。
「何ぃ!?」
「兵器と魔力の融合だというのか? これでは鬼械神以上ではないか!」
九郎とアルが驚愕の声を出すと同時に、融合は完成した。
ザムザザーを胴体に数機のアッシュを触腕とした、頭足類のような姿。両者の名称を九郎が知っていたら、アシュザザーとでも呼んだだろうか。
『大十字さん、これは!?』
「気をつけろ! さっきまでの雑魚とは違うぞ!」
通信機のキラに叫んだ瞬間、光芒が溢れ出た。
ザムザザーとアッシュ、それに取り込んだ残骸の砲門全ての発砲。無数のビームが空間を埋め尽くす。
「避けきれねぇ、アル!」
「エルダー・サイン!」
デモンベインの前に五紡星の防御結界が発生し、魔光の奔流を防ぐが、圧倒的な熱量に結界が軋みを上げる。
『大十字さん……うわっ!』
砲の大半がデモンベインを向いているが、残った砲が複数フリーダムを狙う。
「長くはもたんぞ!」
「ちいっ!」
弾を装填し撃ち返すが、やはり障壁で弾かれる。だが防御体勢だとこっちに向ける砲門が減るようで、その瞬間だけ砲撃は弱まった。
「やっかいだな。この隙に何とか接近して……」
横からのフリーダムの砲撃が、あっさりとアシュザザーを捉えた。
「あの結界、正面しか護れぬようだぞ」
「ああ、脅かしやがってこのカニタコ野郎!」
再度装填し、イタクァを左右に撃ち分ける。障壁の防御範囲外から回り込んだ銃弾が、アシュザザーの目―――いかにもバリア発生器っぽい部分を撃ち抜くと、やはり消えた。
「続けて喰らえ!」
無防備なアシュザザーにクトゥグアを叩き込み、主砲を破壊した。
またも装填して、銃撃。イタクァが身体中から伸びた砲門を砕き、クトゥグアが本体に大穴を空ける。フリーダムからも砲撃が加えられ、十字砲火がアシュザザーの巨体を削っていく。
これで勝負が決したか―――が次の装填の瞬間、破口全てから圧倒的な量の触手が溢れ出て、デモンベインとフリーダムを絡め取った。
「しまった? くそっ!」
まだ自由になる頭部の機関砲で触手の群れを撃つが、更に伸びた触手が無理矢理首を捻り、ご丁寧に射線をフリーダムへ向けた。
「陰険な真似しやがって!」
『構いません、撃って下さい』
「ああ?」
『頭部のセンサーと胸のダクトを避けてくれれば、フェイズ・シフト装甲は耐えられます!』
「だが衝撃は消せぬぞ!」
『早く、時間がありません!』
こうしている間にアシュザザーはゆっくりと再生し、破壊した砲が復活しつつある。
「くっ……しかたねえ、撃つぞ!」
MSのそれより大型の頭部機関砲が火を噴き、フリーダムに絡み付いた触手を砕いていく。
開いたままの通信回線から、着弾の轟音が響く。
「ちぃっ……」
「許せ」
我が身をそれに晒すほうが、九郎とアルは気楽だっただろう。
『うぅっ……うおおおっ!』
やがてフリーダムの右腕が解放され、ライフルを捨てビームサーベルを抜いて残りの触手を切り裂き、デモンベインへ飛ぶ。
左腕もシールドを捨ててサーベルを抜き、デモンベインを捕えた触手を切り裂いていき―――アシュザザーのMS一機分の質量を持つ剛腕が背後から伸びて、フリーダムを殴り飛ばした。
「キラ! てめぇ!」
残った触手を引き千切り、怒りを込めて脚の断鎖術式を開放する。
デモンベインの巨体をも飛翔させる空間湾曲の反発力を、直接相手に叩き込む―――
「アトランティス・ストライク!」
猛烈なミドルキックがアシュザザーの巨体を盛大に拭っ飛ばし、破片をばら撒きながら波打ち際に落ちて、砂利混じりの水柱を立てた。
「トドメだ九郎! ヒラニプラシステム、アクセス!」
「応よ! 光射す世界に、汝ら暗黒住まう場所無し!」
ユニウスセブンをも砕いた必滅奥義を発動させ、デモンベインが印を切る。
「渇かず、飢えず、無に還れ!」
右掌に宿った無限熱量の術式が、真の獲物―――人に仇成す魔を前にして、焼き喰らおうとかつて以上に荒れ狂う。
砂塵を上げて突進するデモンベインに、よろよろと立ち上がったアシュザザーが再生しかけの鍵爪を振りかざし―――
「レムリア・インパクト!」
それよりも早く、頭部に必滅の右掌が叩き込まれた。
無限熱量が敵の回路を焼き喰らい、構造物を焼き喰らい、宿った魔性を焼き喰らい、それが存在する空間をも焼き喰らい、喰らい、咆哮、CRY―――
「昇華!」
最後は己のエネルギーをも喰らい、巨大な暗黒洞と化す。
空間に生じた虚無に空気と海水が流れ込み、局地的な大嵐と化した中心には、塵すら残らない。
それは魔の存在を許さない者の下した、圧倒的な断罪だった。
殴り飛ばされたフリーダムは、砂浜に半ば埋もれて倒れていた。
「キラ、無事か?」
『頭がクラクラします』
歩み寄るデモンベインから九郎が呼び掛けると、情けないが余裕はある声が返ってきた。
コックピットから這い出た人影が、力なく手を振る。
「へへっ」
安堵の笑みを浮かべた九郎がデモンベインを操作し、巨大な右拳の親指を立てて答えた。
夜明け直前の海は、直前まで行われた死闘が嘘のように美しい。
だがアルは、主のように晴れやかな気分にはなれなかった。
―――一見美しいこの世界の裏にも、戦争の影だけでなく、人知を超えた魔が蠢いている。それを呼び起こしてしまったのは我らではないのか?
廃墟となったマルキオ邸を見やると、ラクスや子供達が地上に出てこちらを見ていた。
果たして巻き込まれたのはこちらか、彼らか。
様々な闇が交差するこの世界で、無垢なる刃は無垢なままでいられるか。
―――だが何があろうと妾は九郎を護り、共に有るだけ。それだけが妾に残された存在意義だ。
それは悠久の時を少女のままで過ごしたアル・アジフに芽生えた、女の決意だった。
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